本号の特集として「スポーツ外傷・障害・疾病における疫学調査の理解」を取り上げました.安全で安心感のあるスポーツ現場の構築はスポーツ界全体で取り組むべき重要課題の一つであり,近年ではスポーツ外傷・障害の予防や健康管理に関する専門的な教育を受けたアスレティックトレーナーに対する期待が高まっていると感じます.スポーツ外傷・障害・疾病における疫学調査は,安全・健康管理や外傷・障害および疾病予防のための基礎研究として不可欠な取り組みとなります.更に外傷・障害予防プログラム介入による効果検証や,アスレティックトレーナーなどの配置による社会的利益に関する分析を行う際などにも重要なエビデンスとして活用されております.
スポーツ外傷・障害・疾病に関する疫学調査データの信頼性や客観性,更には調査結果から導き出されたデータの解釈などは,調査を行う際の定義や手法に大きな影響を受けます.しかし,本邦では統一された定義や手法に関するガイドラインが策定されていなかったため,国内におけるスポーツ外傷・障害および疾病の実態を正確に把握することが困難な状況でした.そこで,2020年12月に日本アスレティックトレーニング学会と日本臨床スポーツ医学会は,有識者による合同ワーキンググループを発足させ,2022年4月には「スポーツ外傷・障害および疾病調査に関する提言書:日本臨床スポーツ医学会・日本アスレティックトレーニング学会共同声明」を公開いたしました.
本特集では,スポーツ外傷・障害・疾病における疫学調査に関する理解をさらに深めていただくとともに,調査を実践する際の留意点や工夫すべき点などについて理解することを目的と致しました.ユーフォリアスポーツ科学研究所の山中美和子先生には,これまでに国内外で発表された合計15編の共同声明についてレビューいただき,調査目的に適した定義や手法を設定するために必要な情報について分かりやすく解説いただきました.大阪電気通信大学共通教育機構の眞下苑子先生には,現在世界で運用されている15のスポーツ外傷・障害調査システムおよび国内で運用されている5つのスポーツ外傷・障害調査システムについてレビューいただき,それぞれのシステムの特徴を分かりやすく解説いただきました.日本女子体育大学体育学部の永野康治先生には,all complaint injuries(症状を有する全ての問題)を調査対象とする際に用いられるOslo Sports Trauma Research Center 質問紙の概要や実施方法,更には調査報告について詳細に解説いただきました.国立スポーツ科学センターの大伴茉奈先生には,2022年に公開された「スポーツ外傷・障害および疾病調査に関する提言書」に記載されている推奨文に沿って,調査時の留意点について解説いただくとともに,より正確な情報を収集するためのポイントなどについても解説いただきました.最後に帝京平成大学人文社会学部の大垣亮先生には,スポーツ外傷・障害・疾病における疫学データの活用方法について紹介いただくとともに,スポーツ現場に関わるステークホルダーとの関わりについて具体例を示し解説いただきました.
本特集が,スポーツ外傷・障害・疾病における疫学調査活動を推し進めるための一助となり,更なる学術的活動の発展に寄与することが出来れば幸いです.