抄録
腐性ブドウ球菌 Staphylococcus saprophyticus は, ブドウ球菌属の中でも急性膀胱炎を起こし女性の外来患者から主に分離されるという性差の違いをもつ極めて特徴的な尿路感染起因菌として知られている。全ゲノム配列を解読した結果, 黄色ブドウ球菌 Staphylococcus aureus 型の病原因子全てを保有せず, その一方, 尿中のイオン組成に適したトランスポート類をパラログとして多数保有していた。その中でも, 海洋細菌の多くが保有するNa+依存型の鉄獲得系をS. saprophyticus も保有しており, 尿という豊富なイオン組成と高濃度下での生存・感染成立に貢献しているものと考えられた。S. aureus は20種の細胞壁結合型の定着因子を保有していることが知られているが, S. saprophyticus は1個のみしかゲノム配列から推定できなかった。定着因子候補が少ないという解析結果は, 多臓器に重篤な感染症を引き起こすS. aureus とは異なり, 主に尿路における感染症に限定されている事実を反映したものと思われる。その蛋白質の過剰発現によって, 羊赤血球を凝集し, 膀胱由来のT24細胞に顕著な定着が見られたことから, 尿路親和性を担う新規定着因子であることが示唆された。また, ウレアーゼ産生が他のブドウ球菌よりも亢進しており, 尿中の尿素を迅速にアンモニアに代謝し, 尿路感染に貢献しているものと思われる。ゲノム解読により, 尿路感染に極めて重要な接着・増殖に関与する因子を特定し, 尿路感染に関与している可能性が示唆された。