育種学研究
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原著論文
日本における隔離ほ場試験による遺伝子組換えトウモロコシの生物多様性影響評価の実例
中井 秀一干川 奏山根 精一郎下野 綾子大澤 良
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2015 年 17 巻 1 号 p. 1-15

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摘 要

日本における遺伝子組換え作物の生物多様性影響評価は,「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」(カルタヘナ法)に基づき行われている.現在,海外で栽培された遺伝子組換え作物の収穫種子をコモディティ(食品・飼料・加工用)として日本で利用する場合は,当該遺伝子組換え作物を日本において栽培する予定がない場合であっても,国内での隔離ほ場試験の結果に基づく生物多様性影響評価が求められている.本稿では日本モンサント株式会社が過去に隔離ほ場試験を行い,既にカルタヘナ法に基づく生物多様性影響評価を終え,「食用又は飼料用に供するための使用,栽培,加工,保管,運搬及び廃棄並びにこれらに付随する行為」が承認された遺伝子組換えトウモロコシ11系統の中から,除草剤グリホサート耐性及びコウチュウ目害虫抵抗性の形質を持つMON88017系統,チョウ目害虫抵抗性の形質を持つMON89034系統,高リシンの形質を持つLY038系統,そして乾燥耐性の形質を持つMON87460系統の4系統に関する隔離ほ場試験の結果をまとめることで,遺伝子組換えトウモロコシの生物多様性影響評価に用いられた基礎的データを提示した.これらの結果に基づいて,筆者らがどのような視点で生物多様性影響評価を行ったかについて詳述し,結果に基づいて,今後の日本における遺伝子組換えトウモロコシの生物多様性影響評価の在り方に関する考察を行った.

緒言

遺伝子組換え作物の商業栽培は1996年から開始され,2013年の世界の遺伝子組換え作物の栽培面積は約1億7,520万ヘクタールであり(James 2013),この面積は日本の全国土の約4.6倍に相当する.また,2012年の日本への穀物の輸入量と輸出国における遺伝子組換え作物の普及率から推定すると,国内のダイズ使用量の約91%(約248万トン),トウモロコシ使用量の約75%(約1,117万トン),ナタネ使用量の約95%(約228万トン)が遺伝子組換え作物であると考えられる(三石 2013).このように,日本は推定で毎年1,600万トン(国内のコメ生産量の約2倍)もの大量の遺伝子組換え作物を食用,飼料用,そして加工用に輸入しているが,その事実はあまり知られていない.

日本において海外で栽培された遺伝子組換え作物を輸入するためには,事前に食品,飼料,環境に対する安全性の確認を終える必要がある.

食品としての安全性は,1991年から「組換えDNA技術応用食品・食品添加物の安全性評価指針」に,2000年からは「食品衛生法」に基づいた審査が行われた.さらに,2003年に「食品安全基本法」が施行され,内閣府に食品安全委員会が発足したことに伴い,2003年7月1日以降,遺伝子組換え食品の安全性審査は食品安全委員会により行われている.

飼料としての安全性は,農林水産省の所管する「組換え体利用飼料の安全性評価指針」により確認されていたが,2003年から「飼料の安全性の確保及び品質の改善に関する法律」に基づいた安全性確認が行われている.

環境に対する安全性は,1989年4月からは農林水産省の「農林水産分野等における組換え体の利用のための指針」により確認されてきたが,2004年2月18日に本指針は廃止された.その後,2004年2月19日より,日本において「生物の多様性に関する条約のバイオセーフティに関するカルタヘナ議定書(カルタヘナ議定書)」の効力が正式に施行されたことに伴い,「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律(カルタヘナ法)」のもとで,遺伝子組換え作物の日本の生物多様性に対する影響評価が行われるようになった.

カルタヘナ法において,遺伝子組換え作物の取り扱いは,大きく「第一種使用等」と「第二種使用等」に分かれている.実験室や閉鎖系温室,特定網室など外界から遮断された施設内で遺伝子組換え農作物を利用する「環境中への拡散を防止する意図をもって行う使用」を第二種使用等と分類し,隔離ほ場や一般ほ場などの周囲の環境と隔離されていない条件で栽培する場合や発芽可能な種子などの遺伝子組換え作物を商業的に流通する場合など,「環境中への拡散を防止しないで行う使用」を第一種使用と分類している(田部井 2010).遺伝子組換え作物の第一種使用規程の承認は,第一段階として実験室や温室における試験結果に基づいて生物多様性影響評価書を作成し,申請者が当該遺伝子組換え作物の隔離ほ場試験の承認申請を行う.この実験室や温室における試験の実施場所は,国内外を問わない.この評価書の妥当性を生物多様性影響評価検討委員会が判断することにより申請の承認の可否が検討される.次に申請者は隔離ほ場試験において一般的な使用,すなわち一般ほ場における栽培などのために必要な情報を収集し,生物多様性影響評価書を作成する.この生物多様性影響評価書の妥当性が生物多様性影響評価検討委員会により確認され,併せて食品や飼料としての安全性が確認されれば,最終的に,栽培を含む一般使用の承認が得られる.

日本においては,栽培される予定がなく,食品・飼料・加工にのみ利用するコモディティとして輸入される場合にも,生物多様性影響評価においては国内での輸送中の種子のこぼれ落ちも念頭に入れるため,申請される作物が競合における優位性,有害物質の産生性,交雑性のいずれかによって生物多様性に影響を及ぼす可能性があれば,一般ほ場栽培を要件とする場合と同様の情報が求められる(與語 2010).さらに,国内で商業栽培が行われているトウモロコシやダイズ等の作物に関しては,栽培用種子への遺伝子組換え作物の非意図的な微量混入を考慮して,栽培を含めた承認が求められている(大澤・下野 2012).

與語(2010)は,隔離ほ場試験の必要性について土壌,気象,近縁野生種の種類など生育環境が異なれば,遺伝子組換え作物の表現形質やリスクが異なる可能性が否定できないためであるとしている.一方で,乾燥耐性を夏作物に導入した場合には,モンスーン気候である日本においては優位性が発揮されず,競合における優位性が現れない可能性があることを例に挙げている.すなわち,付与された形質が日本の環境下でどの程度発現されるかを知ることは,生物多様性影響評価に必須であるということである.導入形質によっては,競合における優位性,有害物質の産生性,交雑性のいずれも大きな変動があるとは想定できないこともあるが,海外で開発された遺伝子組換え作物の形質が日本の環境下で評価がなされることはなかったため,申請者が評価書を作成するためにも,又,生物多様性影響評価検討委員会がその評価書を審議するためにも,隔離ほ場試験は必要不可欠なステップである.

現在までにカルタヘナ法による安全性確認が終了し,日本において栽培地を限定されずに栽培できるか,又は日本へコモディティとしての輸入が可能な遺伝子組換え作物は,隔離ほ場試験を求められないスタック系統を除くと,2014年12月の時点で,アルファルファ2系統,カーネーション8系統,セイヨウナタネ8系統,ダイズ13系統,テンサイ1系統,トウモロコシ23系統,バラ2系統,パパイヤ1系統,ワタ12系統の全9作物種,70系統であり,トウモロコシが3分の1を占める.

本稿は日本モンサント株式会社が過去に隔離ほ場試験を行った11系統の遺伝子組換えトウモロコシの中から,主要栽培国で最も広く普及している形質である除草剤耐性と害虫抵抗性(James 2013)の形質を持つ2系統に加えて,近年開発の進んでいる栄養改変の形質を持つ1系統及び乾燥ストレス耐性の形質を持つ1系統の計4系統の遺伝子組換えトウモロコシ系統を選び(表1),これら4系統の隔離ほ場試験の結果を示した.

表1. 隔離ほ場試験に供試された組換えトウモロコシ系統
供試系統名 導入遺伝子 付与された形質
MON88017系統 改変cp4 epsps
改変cry3Bb1
除草剤グリホサート耐性
コウチュウ目害虫抵抗性
LY038系統 cordapA 高リシン含量
MON89034系統 cry1A. 105
改変cry2Ab2
チョウ目害虫抵抗性
MON87460系統 改変cspB
nptII
乾燥耐性
抗生物質耐性マーカー

なお,日本における隔離ほ場試験の目的は,主に導入遺伝子による非意図的な影響の有無を確認することであるため,現在では導入遺伝子による目的とした形質の確認は,海外のほ場あるいは温室で得られたデータにより行われている.隔離ほ場試験における調査項目は,「農林水産大臣がその生産又は流通を所管する遺伝子組換え植物に係る第一種使用規程の承認の申請について(通知)」(農林水産省 2007)に詳細が記載されている.

また,遺伝子組換え作物の生物多様性影響は,野生植物と栄養分,日照,生育場所等の資源を巡って競合し,それらの生育に支障を及ぼす性質である「競合における優位性」,野生動植物又は微生物(以下「野生動植物等」という)の生息又は生育に支障を及ぼす物質を産生する性質である「有害物質の産生性」,そして近縁の野生植物と交雑し,法が対象とする技術により移入された核酸をそれらに伝達する性質である「交雑性」について評価されている(田部井 2010與語 2010).

本稿では,上述した4系統の遺伝子組換えトウモロコシについて,隔離ほ場試験において収集された情報を明らかにし,日本における遺伝子組換え作物の生物多様性影響評価の実例を報告する.また,得られた結果に基づいて,トウモロコシに限ってであるが,隔離ほ場試験の在り方と当該試験における調査項目の必要性等について論議し,導入形質を考慮した今後の隔離ほ場試験の在り方について考察する.なお,本稿で使用する形質情報の概要は日本版バイオセーフティクリアリングハウス(J-BCH)中の概要書に記載されているが,詳細についてはこれまで社外秘として一般に公開されていなかったものである.また,本稿ではこれら4系統の遺伝子組換えトウモロコシの導入遺伝子により付与された意図的な形質に関する生物多様性影響評価については触れていないが,これらの具体的な評価内容はJ-BCH中の概要書に記載されている.

材料及び方法

1. 供試材料

供試系統は,除草剤グリホサート耐性及びコウチュウ目害虫抵抗性トウモロコシMON88017系統,高リシントウモロコシLY038系統,チョウ目害虫抵抗性トウモロコシMON89034系統及び乾燥耐性トウモロコシMON87460系統の遺伝子導入された初期世代に対して,複数の非組換え栽培品種を掛け合わせることにより作出したF1雑種を供試した(表1).また,対照の非組換えトウモロコシのF1雑種は,組換え系統のF1雑種と遺伝的な背景がほぼ同等となるように作出されている.これらはいずれもデント種である.なお,LY038系統の対照の非組換えトウモロコシには,LY038系統の後代F4世代(生物多様性影響評価書においてはBC0F4と記述)における分離によって得られた非組換えトウモロコシに,LY038系統に掛け合わせた自殖系統と同じ系統を交配して得られたF1雑種を用いた(以下Null型トウモロコシとする).このNull型トウモロコシに導入遺伝子が残存していないことは,サザンブロット分析及びPCR分析により確認した(データ未掲載).

また,MON88017系統とLY038系統については,それぞれ異なる二つのF1雑種が隔離ほ場試験に供試されているが,この理由はこれら2系統の隔離ほ場試験を行った2001年と2004年は,新たに評価される遺伝子組換え系統について二つ以上の異なる遺伝的背景を持つF1雑種品種を供試することが,農林水産省より求められていたからである.なお,2006年以降,二つ以上の異なる遺伝的背景を持つF1雑種品種を隔離ほ場試験に供試する必要性はないものと変更された.

さらに,本稿では過去に実施した組換えトウモロコシ11系統[DLL25系統(1998年),NK603系統(2000年),MON863系統(2000年),MON810系統(1996年,2001年),MON88001系統(2002年),MON88012系統(2002年),MON88017系統(2002年),LY038系統(2004年),MON89034系統(2006年),MON87460系統(2010年),MON87427系統(2010年)]の隔離ほ場試験において,対照として用いられた非組換えトウモロコシの形態及び生育特性並びに種子の生産量に関する評価項目の調査結果に基づく平均値の最小値と最大値を提示した.

なお,日本モンサント株式会社が既にカルタヘナ法に基づく生物多様性影響評価を終えている11系統の遺伝子組換えトウモロコシの中から,上述した4系統を選んだ理由は,この4系統に含まれる形質が残りの7系統に含まれる形質をほぼ網羅しているためである.特にMON88017系統に含まれる除草剤グリホサート耐性とコウチュウ目害虫抵抗性の形質,及びMON89034系統に含まれるチョウ目害虫抵抗性の形質は,北米を中心に世界17カ国で栽培されている遺伝子組換えトウモロコシの大部分を占めている(James 2013).

各組換えトウモロコシ系統中の導入遺伝子の詳細な作用機構は,以下のJ-BCHに掲載されている概要書に記載されている.

 

MON88017系統:除草剤グリホサート耐性及びコウチュウ目害虫抵抗性トウモロコシ(導入遺伝子は改変cp4 epsps,改変cry3Bb1

https://ch.biodic.go.jp/bch/OpenDocDownload.do?info_id=727&ref_no=1

LY038系統:高リシントウモロコシ(導入遺伝子はcordapA

https://ch.biodic.go.jp/bch/OpenDocDownload.do?info_id=937&ref_no=1

MON89034系統:チョウ目害虫抵抗性トウモロコシ(導入遺伝子はcry1A. 105,改変cry2Ab2

https://ch.biodic.go.jp/bch/OpenDocDownload.do?info_id=1002&ref_no=1

MON87460系統:乾燥耐性トウモロコシ(導入遺伝子は改変cspB, nptII

https://ch.biodic.go.jp/bch/OpenDocDownload.do?info_id=1549&ref_no=1

2. 試験期間及び試験場所

MON88017系統,LY038系統,MON89034系統及びMON87460系統の隔離ほ場試験は全て日本モンサント株式会社河内研究農場(茨城県稲敷郡河内町)内の隔離ほ場で2001年から2011年にかけて行われた(表2).

表2. 隔離ほ場試験が行われた時期
供試系統名 試験期間
MON88017系統 2001年6月から
2002年1月まで
LY038系統 2004年6月から
2005年1月まで
MON89034系統 2006年6月から
2007年1月まで
MON87460系統 2010年6月から
2011年1月まで

3. 隔離ほ場試験の項目及び試験方法

1) 形態及び生育の特性

形態及び生育の特性調査はMON87460系統を除き,1区3反復で行った.MON87460系統は1区4反復とした.1区は3又は4条からなり,条間は全て1 m,株間は20 cmで1条15株とした.

同一条件で栽培された組換えトウモロコシ及び対照の非組換えトウモロコシについて,登録出願品種審査要領に基づく農林水産植物種類別審査基準「とうもろこし種審査基準」(農林水産省 2014a)を参考に作成した形態及び生育の特性の評価項目と,その定義(表3)に基づき評価を行った.形態及び生育の特性に関する評価項目は,発芽揃い(月日),発芽株数(MON89034系統のみ),発芽率(%),雄穂抽出期(月日),絹糸抽出期(月日),稈長(cm),着雌穂高(cm),分けつ数,草型,成熟期(月日),収穫期の地上部重(kg),粒型,粒色である.発芽揃い(月日),発芽株数(MON89034系統のみ),発芽率(%)は区ごとに調査し,雄穂抽出期(月日),絹糸抽出期(月日)は全反復全ての個体を調査した.成熟期(月日)は各反復から無作為に抽出した数個体を調査した.粒型,粒色は無作為に抽出した収穫種子の概観を目視観察した.稈長(cm),着雌穂高(cm),分けつ数,草型,収穫期の地上部重(kg)は,MON87460系統を除き,各反復につき5個体を調査した.MON87460系統については,各反復の中央2条のうち10個体を調査した.

表3. 形態及び生育の特性に関する評価項目とその定義
評価項目 定義
発芽揃い(月日) 80%の個体が発芽した日
発芽株数 最終的に発芽した個体の株数(MON89034系統のみ)
発芽率(%) 発芽した個体の割合
雄穂抽出期(月日) 50%の個体が雄穂抽出始めに達した日
絹糸抽出期(月日) 50%の個体で絹糸抽出が観察された日
稈長(cm) 主稈の地際より穂首までの長さ
着雌穂高(cm) 地際から最上位雌穂着生節までの長さ
分けつ数 分けつの数(主稈を除く)
草型(上位葉角度) 葉の着生角度の程度
成熟期(月日) 雌穂中央部を爪で押して硬化の程度を判断する
収穫期の地上部重(kg) 調査個体1個体あたりの地上部の重量
粒型 収穫した穀粒を平面に置いたときの形
粒色 収穫した穀粒の色

2) 生育初期における低温耐性

組換えトウモロコシ及び対照の非組換えトウモロコシを閉鎖系温室内(最低温度20℃)で第3~4葉期になるまで1/2000 aワグネルポットで生育させ(各5個体/ポット × 3反復),5℃(12時間日長)に設定した人工気象室に移した後に生育状況の調査を行った.なお,MON87460系統については,モンサント・カンパニー(米国)の人工気象室において行ったため,本稿では報告しない.

3) 成体の越冬性

収穫期あるいは冬期の組換えトウモロコシ及び対照の非組換えトウモロコシの生育状況について調査を行った.

4) 花粉の稔性及びサイズ

組換えトウモロコシ及び対照の非組換えトウモロコシから採取した花粉をヨウ素ヨードカリ溶液で染色し,花粉の稔性及びサイズを比較した.なお,各系統のサンプリング方法は以下に示した.

 

・MON88017系統:導入遺伝子発現確認区の無除草区の各供試トウモロコシ個体から花粉を採取(3試料 × 5株/供試トウモロコシ)

・LY038系統:形態及び生育特性調査区において出穂始めの雄穂に袋掛けを行い,開花した雄穂から花粉を採取(3穂 × 3反復/供試トウモロコシ)

・MON89034系統:形態及び生育特性調査区の各反復から開花している15個体を無作為に選び,花粉を採取(15個体 × 3反復/供試トウモロコシ)

・MON87460系統:形態及び生育特性調査区の各供試トウモロコシから花粉を採取(3個体 × 4反復/供試トウモロコシ)

 

5) 種子の生産量,脱粒性,休眠性及び発芽率

種子の生産量:同一条件で栽培された組換えトウモロコシ及び対照の非組換えトウモロコシについて,種子の生産量に関する7項目(有効雌穂数,雌穂長(cm),雌穂径(cm),粒列数,一穂着粒数,一列粒数(MON87460系統を除く),百粒重(g))を調査した(表4).MON87460系統を除き,各反復につき5個体を調査した.MON87460系統については,各反復の中央2条のうち10個体を調査した.

表4. 種子の生産量に関する評価項目とその定義
評価項目 定義
有効雌穂数 1/3以上を穀粒で覆われている雌穂の数
雌穂長(cm) 雌穂の基部より先端までの長さ
雌穂径(cm) 雌穂中央部の直径
粒列数 雌穂の中央部における粒列の数
一穂着粒数 一雌穂に着粒した穀粒の数
一列粒数 雌穂基部から先端までの粒数(MON87460系統を除く)
百粒重(g) 雌穂中央部の粒を集めて各雌穂ごとに測定(MON88017系統,LY038系統)あるいは約40 gの穀粒を計った後,その数をカウントする.その後1粒あたりの重量に100をかけて100粒重とする(MON89034系統,MON87460系統)

脱粒性:同一条件で栽培された組換えトウモロコシ及び対照の非組換えトウモロコシを収穫時に目視で苞皮に包まれているか否か,苞皮を取り除いた後の脱粒の有無やその程度を観察した.なお,MON88017系統及びLY038系統については,本調査を行っていない.

休眠性及び発芽率:同一条件で栽培された組換えトウモロコシ及び対照の非組換えトウモロコシの収穫種子を反復ごとにバルクにし,MON88017系統とLY038系統の場合は反復あたり30粒,3反復,MON89034系統では60粒,3反復,そしてMON87460系統では50粒,4反復で発芽率を調査した.

6) 有害物質の産生性

有害物質の産生性を評価するために,後作試験,土壌微生物相試験及び鋤込み試験を行った.

後作試験:収穫時に土壌を採取し,採取土壌をポットに詰めて,検定植物であるハツカダイコン(MON88017系統及びLY038系統では品種「アイシクル」,MON89034系統及びMON87460系統では品種「フレンチブレックファースト」)の種子を播種し,温室で発芽率(MON89034系統は発芽株数も含む)を調査した.その後,播種日から25~38日目に収穫し,その生体重(MON87460系統を除く),乾燥重(MON88017系統及びMON89034系統を除く),並びに草丈(MON88017系統及びLY038系統を除く)を調査した.なお,各系統のサンプリング方法は以下に示した.また,収穫時に採取した土壌には施肥は行っていない.

 

・MON88017系統:30粒/ポット × 3反復で播種し,発芽率の調査を行った.発芽率調査後に生育調査のため無作為にポットあたり5株とした.

・LY038系統:30粒/ポット × 3反復で播種し,発芽率の調査を行った.発芽率調査後に生育調査のため無作為にポットあたり5株とした.

・MON89034系統:3粒/ポット × 15ポット × 3反復で播種し,発芽率の調査を行った.発芽率調査後に生育調査用に無作為にポットあたり1株とし,10ポット/反復とした.

・MON87460系統:3粒/ポット × 4ポット × 10反復で播種し,発芽率の調査を行った.発芽率調査後に生育調査用に無作為にポットあたり1株とした.

 

土壌微生物相試験:収穫時に形態及び生育特性調査区の各反復から栽培土壌を採取し,細菌・放線菌用培地(PTYG培地)及び糸状菌用培地(ローズベンガル培地)を用いて,平板希釈法にて土壌中の細菌,放線菌及び糸状菌数を調査した.なお,各系統のサンプリング方法は以下に示した.

 

・MON88017系統:4シャーレ/希釈濃度/区 × 3反復

・LY038系統:5シャーレ/希釈濃度/区 × 3反復

・MON89034系統:5シャーレ/希釈濃度/区 × 3反復

・MON87460系統:5シャーレ/希釈濃度/区 × 4反復

 

鋤込み試験:組換えトウモロコシ及び対照の非組換えトウモロコシの地上部を60度,3昼夜で乾燥して粉砕した後,クレハ園芸培土に0.5%(W/W)混和してポットに詰めた.その後,検定植物であるハツカダイコン(MON88017系統及びLY038系統では品種「アイシクル」,MON89034系統及びMON87460系統では品種「フレンチブレックファースト」)の種子を播種し,温室で発芽率(MON89034系統は発芽株数も含む)を調査した.また,播種日から22~39日目に収穫し,その生体重(MON87460系統を除く),乾燥重(MON88017系統及びMON89034系統を除く),並びに草丈(MON88017系統及びLY038系統を除く)を調査した.なお,各系統のサンプリング方法は以下に示した.

 

・MON88017系統:30粒/ポット × 3反復で播種し,発芽率の調査を行った.発芽率調査後に生育調査のため無作為にポットあたり5株とした.

・LY038系統:30粒/ポット × 3反復で播種し,発芽率の調査を行った.発芽率調査後に生育調査のため無作為にポットあたり5株とした.

・MON89034系統:3粒/ポット × 13ポット × 3反復で播種し,発芽率の調査を行った.発芽率調査後に生育調査用に無作為にポットあたり1株とし,10ポット/反復とした.

・MON87460系統:3粒/ポット × 4ポット × 10反復で播種し,発芽率の調査を行った.発芽率調査後に生育調査用に無作為にポットあたり1株とした.

結果

1. 形態及び生育の特性

MON88017系統

形態及び生育に関する特性として評価した12項目(発芽揃い,発芽率,雄穂抽出期,絹糸抽出期,稈長,着雌穂高,分けつ数,草型,成熟期,収穫期の地上部重,粒型,粒色)のうち,稈長において組換えトウモロコシ017-Bと対照の非組換えトウモロコシCont-Bの間で統計学的有意差が認められ,017-Bの稈長の平均値は226.9 cm,Cont-Bは233.4 cmだった(表5).一方,組換えトウモロコシ017-Aと対照の非組換えトウモロコシCont-Aの間で統計学的有意差や差異は認められなかった(表5).

表5. 形態及び生育の特性の調査結果(MON88017系統,LY038系統)
MON88017系統 LY038系統 従来品種の
範囲5)
017-A Cont-A 有意差1) 017-B Cont-B 有意差 LY038-A Cont-38A 有意差 LY038-B Cont-38B 有意差
平均値2)
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
発芽揃い
(月日)
6.10 6.10 6.10 6.10 6.12 6.12 6.12 6.12
発芽率
(%)
99.6
(0.64)
99.6
(0.64)
99.6
(0.64)
99.6
(0.64)
97.8
(1.80)
97.8
(0)
96.3
(1.04)
97.8
(0)
93.4–99.8
雄穂抽出期
(月日)
7.29 7.29 7.29 7.28 8.4 8.3 8.1 8.1
絹糸抽出期
(月日)
8.1 8.2 8.4 8.2 8.4 8.4 8.2 8.2
稈長
(cm)
231.6
(2.09)
228.2
(0.85)
226.9
(0.57)
233.4
(4.67)
219.7
(9.62)
210.4
(5.87)
236.5
(6.48)
236.5
(7.71)
179.7–276.5
着雌穂高
(cm)
105.3
(0.50)
105.4
(1.56)
97.3
(1.46)
102.4
(1.98)
89.3
(4.7)
85.1
(7.72)
98.9
(7.52)
99.5
(7.51)
71.1–135.2
分けつ数 0 0 0 0 1.2
(0.75)
1.2
(0.65)
1.1
(0.57)
0.7
(0.79)
草型3) DD DD DD DD TND TND TND TND
成熟期(月日) 9.3 9.3 9.4 9.3 9.12 9.12 9.10 9.10
収穫期の地上部重
(kg)
1.23
(0.02)
1.24
(0.06)
1.19
(0.02)
1.20
(0.07)
1.14
(0.039)
1.12
(0.042)
1.14
(0.031)
1.10
(0.016)
0.50–1.33
粒型4) D.F D.F D.F D.F D.F D.F D.F D.F
粒色 黄白 黄白 黄白 黄白 黄白

1) 発芽率,稈長,着雌穂高,収穫期の地上部重については,分散分析により統計処理を行った(P < 0.05で有意).

2) 発芽率,稈長,着雌穂高,分けつ数,収穫期の地上部重については平均値を示した.

3) 最上部雌穂着生節より上位の葉の稈に対する角度で評価:30° = 立型(UP),~60° = 中間型(TND),60°~ = 開平型(DD).

4) 収穫した穀粒を平面に置いたときの形:D. = デント,D.F = デント/フリント,F. = フリント.

5) 過去に実施した組換えトウモロコシ[DLL25系統(1998年),NK603系統(2000年),MON863系統(2000年),MON810系統(1996年,2001年),MON88001系統(2002年),MON88012系統(2002年),MON88017系統(2002年),LY038系統(2004年),MON89034系統(2006年),MON87460系統(2010年),MON87427系統(2010年)]の隔離ほ場試験において,対照として用いられた非組換えトウモロコシの調査結果に基づく平均値の最小値と最大値.

LY038系統

形態及び生育に関する特性として評価した12項目(発芽揃い,発芽率,雄穂抽出期,絹糸抽出期,稈長,着雌穂高,分けつ数,草型,成熟期,収穫期の地上部重,粒型,粒色)のうち,組換えトウモロコシLY038-Aでは,対照のNull型トウモロコシCont-38Aとの間で,稈長に統計学的有意差が認められ,LY038-Aの稈長の平均値は219.7 cm,Cont-38Aの稈長の平均値は210.4 cmだった(表5).一方,組換えトウモロコシLY038-Bと対照のNull型トウモロコシCont-38Bの間で統計学的有意差や差異は認められなかった(表5).

MON89034系統

形態及び生育に関する特性として評価した13項目(発芽揃い,発芽株数,発芽率,雄穂抽出期,絹糸抽出期,稈長,着雌穂高,分けつ数,草型,成熟期,収穫期の地上部重,粒型,粒色)において,組換えトウモロコシMON89034系統と対照の非組換えトウモロコシとの間に統計学的有意差や差異は認められなかった(表6).

表6. 形態及び生育の特性の調査結果(MON89034系統,MON87460系統)
MON89034 対照品種 有意差1) MON87460 対照品種 有意差2) 従来品種
の範囲6)
平均値3)
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
発芽揃い(月日) 5.31 5.31 6.19 6.19
発芽株数(/360株) 348 351
発芽率(%) 96.7
(0.00)
97.5
(1.44)
99.6
(0.48)
99.8
(0.42)
93.4–99.8
雄穂抽出期(月日) 7.15 7.15 7.26 7.26
絹糸抽出期(月日) 7.18 7.18 7.29 7.29
稈長(cm) 178.6
(2.27)
185.1
(9.91)
223.8
(8.2)
218.9
(4.7)
179.7–276.5
着雌穂高(cm) 82.5
(3.71)
85.3
(4.71)
100.7
(6.2)
93.7
(2.5)
71.1–135.2
分けつ数 0
(0.00)
0
(0.00)
0.53
(0.22)
0.50
(0.36)
草型4) UP UP UP UP
成熟期(月日) 8.24 8.24 9.6 9.6
収穫期の地上部重(kg) 0.88
(0.02)
0.90
(0.01)
0.81
(0.08)
0.84
(0.04)
0.50–1.33
粒型5) D.F D.F D.F D.F
粒色

1) 発芽株数についてはFisher's exact testにより統計処理を行い,稈長,着雌穂高,収穫期の地上部重については分散分析により統計処理を行った(P < 0.05で有意).なお,分けつ数については個体間でばらつきが認められなかったため,統計処理を行っていない.

2) 発芽率,稈長,着雌穂高,分けつ数,収穫期の地上部重については,分散分析により統計処理を行った(P < 0.05で有意).

3) 発芽率,稈長,着雌穂高,分けつ数,収穫期の地上部重については平均値を示した.

4) 最上部雌穂着生節より上位の葉の稈に対する角度で評価:30° = 立型(UP),~60° = 中間型(TND),60°~ = 開平型(DD).

5) 収穫した穀粒を平面に置いたときの形:D. = デント,D.F = デント/フリント,F. = フリント.

6) 過去に実施した組換えトウモロコシ[DLL25系統(1998年),NK603系統(2000年),MON863系統(2000年),MON810系統(1996年,2001年),MON88001系統(2002年),MON88012系統(2002年),MON88017系統(2002年),LY038系統(2004年),MON89034(2006年),MON87460系統(2010年),MON87427系統(2010年)]の隔離ほ場試験において,対照として用いられた非組換えトウモロコシの調査結果に基づく平均値の最小値と最大値.

MON87460系統

形態及び生育に関する特性として評価した12項目(発芽揃い,発芽率,雄穂抽出期,絹糸抽出期,稈長,着雌穂高,分けつ数,草型,成熟期,収穫期の地上部重,粒型,粒色)において,組換えトウモロコシMON87460系統と対照の非組換えトウモロコシとの間に統計学的有意差や差異は認められなかった(表6).

2. 生育初期における低温耐性

5℃の低温条件下において生育させた組換えトウモロコシ(MON88017系統,LY038系統,MON89034系統)及びそれらの対照の非組換えトウモロコシは,人工気象室へ移してから22~35日後には枯死していることが確認された.

3. 成体の越冬性

トウモロコシは夏型一年生植物であり,結実後,冬季の降霜等により枯死する.再生長して栄養繁殖することや,種子を生産することはない.実際に,隔離ほ場で生育させた全ての組換えトウモロコシ(MON88017系統,LY038系統,MON89034系統,MON87460系統)で収穫期に枯死が始まっている,あるいは冬期に枯死していることを確認した.

4. 花粉の稔性及びサイズ

ヨウ素ヨードカリ溶液で染色した花粉を顕微鏡で観察した結果,いずれの組換えトウモロコシ系統及びそれらの対照の非組換えトウモロコシともに高い花粉稔性を示しており,その稔性に差異は認められなかった.また,花粉の形態や大きさにも差異は認められなかった(図1).

図1.

花粉の稔性及びサイズの結果.

a.MON88017-A系統の花粉(× 50倍),b.対照の非組換えトウモロコシCont-Aの花粉(× 50倍),c.MON88017-B系統の花粉(× 50倍),d.対照の非組換えトウモロコシCont-Bの花粉(× 50倍),e.LY038-A系統の花粉(× 20倍),f.対照のNull型トウモロコシCont-38Aの花粉(× 20倍),g.LY038-B系統の花粉(× 20倍),h.対照のNull型トウモロコシCont-38Bの花粉(× 20倍),i.MON89034系統の花粉(× 200倍),j.対照の非組換えトウモロコシの花粉(× 200倍),k.MON87460系統の花粉(× 100倍),l.対照の非組換えトウモロコシの花粉(× 100倍).

5. 種子の生産量,脱粒性,休眠性及び発芽率

MON88017系統

種子の生産量に関する評価項目(有効雌穂数,雌穂長,雌穂径,粒列数,一穂着粒数,一列粒数,百粒重)及び収穫種子の発芽率を比較した結果,雌穂径において組換えトウモロコシ017-Bと対照の非組換えトウモロコシCont-Bの間で統計学的有意差が認められ,017-Bの雌穂径の平均値は44.0 mm,Cont-Bは45.7 mmであった(表7).一方,組換えトウモロコシ017-Aと対照の非組換えトウモロコシCont-Aの間で統計学的有意差は認められなかった(表7).

表7. 種子の生産量に関する評価項目,休眠性及び発芽率(MON88017系統,LY038系統)
MON88017系統 LY038系統 従来品種
の範囲2)
017-A Cont-A 有意
1)
017-B Cont-B 有意
LY038-A Cont-38A 有意
LY038-B Cont-38B 有意
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
有効雌穂数 1.0
(0.0)
1.0
(0.0)
1.0
(0.0)
1.0
(0.0)
1.0
(0.0)
1.0
(0.0)
1.0
(0.0)
1.0
(0.0)
雌穂長
(cm)
21
(0.14)
20.5
(0.19)
19.9
(0.5)
21.0
(0.79)
17.5
(0.82)
16.6
(0.28)
17.5
(0.25)
17.2
(0.28)
13.8–22.7
雌穂径
(cm)
45.3 mm
(1.20)
44.5 mm
(0.58)
44.0 mm
(0.61)
45.7 mm
(0.10)
4.5
(0.023)
4.6
(0.065)
4.8
(0.013)
4.9
(0.072)
3.6–5.3
粒列数 13.1
(0.82)
12.3
(0.38)
13.6
(0.33)
13.3
(0.50)
14.7
(0.50)
15.9
(0.19)
14.3
(0.50)
16.9
(0.50)
12.3–16.9
一穂着粒数 587.6
43.1
549.2
52.5
539.8
26.6
582.5
11.9
559.7
(7.04)
610.0
(28.15)
584.1
(5.45)
725.6
(34.91)
549.2–728.6
一列粒数 45.9
(1.16)
46.1
(0.81)
41.1
(0.50)
44.7
(1.89)
39.5
(1.37)
39.7
(1.20)
41.4
(1.23)
43.9
(0.50)
23.6–46.2
百粒重(g) 35.0
(1.21)
33.7
(0.47)
32.4
(0.38)
34.4
(1.61)
29.1
(0.82)
28.1
(0.78)
30.7
(0.44)
26.6
(0.60)
22.3–43.9
収穫種子の
発芽率(%)
100.0
(0.00)
98.9
(1.96)
96.6
(3.35)
100.0
(0.00)
98.9
(1.56)
96.7
(2.74)
97.8
(2.92)
93.3
(0)

1) 分散分析により統計処理を行った(P < 0.05で有意).

2) 過去に実施した組換えトウモロコシ[DLL25系統(1998年),NK603系統(2000年),MON863系統(2000年),MON810系統(1996年,2001年),MON88001系統(2002年),MON88012系統(2002年),MON88017系統(2002年),LY038系統(2004年),MON89034(2006年),MON87460系統(2010年),MON87427系統(2010年)]の隔離ほ場試験において,対照として用いられた非組換えトウモロコシの調査結果に基づく平均値の最小値と最大値.

LY038系統

種子の生産量に関する評価項目(有効雌穂数,雌穂長,雌穂径,粒列数,一穂着粒数,一列粒数,百粒重)及び収穫種子の発芽率を比較した結果,雌穂径と粒列数において組換えトウモロコシLY038-Aとその対照のNull型トウモロコシCont-38Aとの間で統計学的有意差が認められ,LY038-Aの雌穂径と粒列数はそれぞれ4.5 cmと14.7,Cont-38Aはそれぞれ4.6 cmと15.9であった(表7).また,組換えトウモロコシLY038-Bとその対照のNull型トウモロコシCont-38Bとの間で粒列数,一穂着粒数,百粒重,収穫種子の発芽率において統計学的有意差が認められ,LY038-Bの粒列数,一穂着粒数,百粒重,収穫種子の発芽率はそれぞれ14.3,584.1,30.7 g,97.8%であり,Cont-38Bはそれぞれ16.9,725.6,26.6 g,93.3%であった(表7).

MON89034系統

種子の生産量に関する評価項目(有効雌穂数,雌穂長,雌穂径,粒列数,一穂着粒数,一列粒数,百粒重),脱粒性,収穫種子の発芽率及び発芽株数を比較した結果,雌穂径と一穂着粒数においてMON89034系統と対照の非組換えトウモロコシとの間に統計学的有意差が認められた(表8).MON89034系統の雌穂径と一穂着粒数の平均値は,それぞれ5.1 cmと663.6であり,対照の非組換えトウモロコシでは,それぞれ5.0 cmと592.1であった(表8).

表8. 種子の生産量に関する評価項目,脱粒性,休眠性及び発芽率(MON89034系統,MON87460系統)
MON89034 対照品種 有意差1) MON87460 対照品種 有意差 従来品種
の範囲3)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
有効雌穂数 1.0
(0.00)
1.0
(0.00)
1.0
(0.00)
1.025
(0.05)
雌穂長(cm) 16.7
(0.27)
16.1
(0.99)
23.13
(0.86)
22.36
(0.81)
13.8–22.7
雌穂径(cm) 5.1
(0.06)
5.0
(0.04)
4.19
(0.12)
4.19
(0.03)
3.6–5.3
粒列数 16.8
(0.40)
16.1
(1.01)
14.00
(0.52)
13.70
(0.38)
12.3–16.9
一穂着粒数 663.6
(18.98)
592.1
(31.87)
614.67
(33.92)
559.96
(40.46)
549.2–728.6
一列粒数 40.4
(0.53)
37.9
(4.17)
23.6–46.2
百粒重(g) 29.3
(0.67)
30.3
(0.05)
29.95
(2.67)
30.53
(0.43)
22.3–43.9
脱粒性の有無
収穫種子の発芽率(%) 99.40
(0.98)
100
(0)
99.50
(1.00)
98.00
(2.31)
収穫種子の発芽株数(/180株)2) 179 180

1) 脱粒性及びMON89034系統の収穫種子の発芽率及び発芽株数以外の項目については,分散分析により統計処理を行った(P < 0.05で有意).なお,有効雌穂数については個体間でばらつきが認められなかったため,統計処理を行っていない.

2) MON89034系統の収穫種子の発芽株数についてはFishers exact testにより統計処理を行った(P < 0.05で有意).

3) 過去に実施した組換えトウモロコシ[DLL25系統(1998年),NK603系統(2000年),MON863系統(2000年),MON810系統(1996年,2001年),MON88001系統(2002年),MON88012系統(2002年),MON88017系統(2002年),LY038系統(2004年),MON89034(2006年),MON87460系統(2010年),MON87427系統(2010年)]の隔離ほ場試験において,対照として用いられた非組換えトウモロコシの調査結果に基づく平均値の最小値と最大値.

MON87460系統

種子の生産量に関する評価項目(有効雌穂数,雌穂長,雌穂径,粒列数,一穂着粒数,百粒重),及び収穫種子の発芽率を比較した結果,全ての項目においてMON87460系統と対照の非組換えトウモロコシとの間に統計学的有意差は認められず,目視による脱粒性に関しても差異は認められなかった(表8).

6. 有害物質の産生性

組換えトウモロコシから土壌微生物(細菌,放線菌及び糸状菌)あるいは植物に影響を与える物質が産生されていないことを確認するため,後作試験,土壌微生物相試験及び鋤込み試験を行った.

その結果,MON88017系統においては,鋤込み試験でハツカダイコンの生体重に組換えトウモロコシ017-Aの栽培土壌と対照の非組換えトウモロコシCont-Aの栽培土壌との間で統計学的有意差が認められ,その平均値は7.17 gと8.38 gであった(表13).なお,後作試験及び土壌微生物相試験ではいずれの項目においても統計学的有意差は認められなかった(表9,表11).

LY038系統においては,後作試験でLY038-Aの栽培土壌とその対照のNull型トウモロコシCont-38Aの栽培土壌との間で,ハツカダイコンの生体重に統計学的有意差が認められ,その平均値は22.7 gと19.5 gであった(表9).また,LY038-Bの栽培土壌とその対照のNull型トウモロコシCont-38Bの栽培土壌との間で,ハツカダイコンの乾燥重に統計学的有意差が認められ,その平均値はそれぞれ1.17 gと1.40 gであった(表9).なお,土壌微生物相試験及び鋤込み試験ではいずれの項目においても統計学的有意差は認められなかった(表11,表13).

MON89034系統とMON87460系統においては,後作試験,土壌微生物相試験及び鋤込み試験で,いずれの項目においても統計学的有意差は認められなかった(表10,表12,表14).

表9. 後作試験におけるハツカダイコンの発芽率,生体重及び乾燥重(MON88017系統,LY038系統)
MON88017系統 LY038系統
017-A Cont-A 有意差1) LY038-A Cont-38A 有意差 LY038-B Cont-38B 有意差
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
発芽率(%) 96.7
(2.74)
98.9
(1.56)
87.8
(4.15)
94.4
(4.16)
86.7
(4.71)
93.3
(7.22)
生体重(g) 3.0
(0.42)
3.29
(0.81)
22.7
(4.38)
19.5
(2.33)
19.3
(3.58)
20.8
(3.32)
乾燥重(g) 1.28
(0.29)
1.20
(0.25)
1.17
(0.17)
1.40
(0.22)

1) 分散分析により統計処理を行った(P < 0.05で有意).

表10. 後作試験におけるハツカダイコンの発芽株数,発芽率,草丈生体重及び乾燥重(MON89034系統,MON87460系統)
MON89034 対照品種 有意差1) MON87460 対照品種 有意差
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
発芽株数(/135株) 135 134
 発芽率(%) 100
(0.00)
99.3
(1.27)
94.20
(7.91)
95.00
(7.03)
 草丈(cm) 15.72
(0.69)
15.08
(0.63)
16.53
(0.50)
17.01
(0.60)
 生体重(g) 8.41
(0.23)
8.59
(0.39)
 乾燥重(g) 0.51
(0.04)
0.55
(0.04)

1) MON89034系統の発芽株数については,Fishers exact testにより統計処理を行った.それ以外の項目については,分散分析により統計処理を行った(P < 0.05で有意).

表11. 土壌微生物相試験における細菌数,放線菌数及び糸状菌数(CFU/g)(MON88017系統,LY038系統)
MON88017系統 LY038系統
017-A Cont-A 有意差1) LY038-A Cont-38A 有意差 LY038-B Cont-38B 有意差
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
細菌数 4.75 × 107
(6.33 × 106
4.48 × 107
(5.60 × 106
3.20 × 107
(0.21 × 107
3.87 × 107
(0.44 × 107
3.35 × 107
(0.18 × 107
3.17 × 107
(0.30 × 107
放線菌数 6.12 × 106
(8.72 × 106
6.83 × 106
(1.91 × 106
4.08 × 106
(0.60 × 106
3.97 × 106
(0.30 × 106
3.61 × 106
(0.08 × 106
4.08 × 106
(0.60 × 106
糸状菌数 2.90 × 105
(7.63 × 104
3.07 × 105
(3.85 × 104
2.79 × 105
(0.30 × 105
2.71 × 105
(0.10 × 105
2.75 × 105
(0.26 × 105
2.74 × 105
(0.48 × 105

1) 分散分析により統計処理を行った(P < 0.05で有意).

表12. 土壌微生物相試験における細菌数,放線菌数及び糸状菌数(CFU/g)(MON89034系統,MON87460系統)
MON89034 対照品種 有意差1) MON87460 対照品種 有意差
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
細菌数 7.1 × 108
(3.3 × 108
7.3 × 108
(2.8 × 108
6.0 × 108
(6.3 × 107
6.2 × 108
(7.0 × 107
放線菌数 5.4 × 108
(0.5 × 108
7.2 × 108
(1.6 × 108
8.0 × 107
(2.7 × 107
9.3 × 107
(1.1 × 107
糸状菌数 3.7 × 107
(0.8 × 107
3.0 × 107
(0.4 × 107
5.5 × 107
(2.7 × 107
3.8 × 107
(1.7 × 107

1) 分散分析により統計処理を行った(P < 0.05で有意).

表13. 鋤込み試験におけるハツカダイコンの発芽率,生体重及び乾燥重(MON88017系統,LY038系統)
MON88017系統 LY038系統
017-A Cont-A 有意差1) LY038-A Cont-38A 有意差 LY038-B Cont-38B 有意差
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
発芽率(%) 97.8
(1.91)
100
(0.00)
84.4
(4.16)
80
(4.71)
84.4
(6.85)
84.4
(1.57)
生体重(g) 7.17
(0.21)
8.38
(0.10)
23.3
(12.75)
27.6
(5.96)
31.9
(7.58)
26.3
(7.82)
乾燥重(g) 1.03
(0.47)
1.28
(0.23)
1.23
(0.23)
1.08
(0.24)

1) 分散分析により統計処理を行った(P < 0.05で有意).

表14. 鋤込み試験におけるハツカダイコンの発芽率,発芽株数,草丈,生体重及び乾燥重(MON89034系統,MON87460系統)
MON89034 対照品種 有意差1) MON87460 対照品種 有意差
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
発芽株数(/117株) 117 116
 発芽率(%) 100
(0.00)
99.1
(1.48)
83.33
(15.21)
88.30
(8.96)
 草丈(cm) 10.77
(0.47)
11.19
(0.49)
18.84
(0.91)
17.95
(1.05)
 生体重(g) 8.59
(0.48)
9.21
(1.47)
 乾燥重(g) 0.95
(0.10)
0.97
(0.10)

1) MON89034系統の発芽株数については,Fishers exact testにより統計処理を行った.それ以外の項目については,分散分析により統計処理を行った(P < 0.05で有意).

考察

隔離ほ場試験の結果に基づく項目ごとの生物多様性影響評価

以下にMON88017系統,LY038系統,MON89034系統及びMON87460系統の隔離ほ場試験において収集された情報が,項目ごとにどのようにして生物多様性影響評価に用いられたかについて詳しく記載することで,日本における遺伝子組換えトウモロコシの生物多様性影響評価の実例を報告する.

なお,実際の生物多様性影響評価では,導入遺伝子により意図的に改変された形質が及ぼす影響についての考察も併せて行われるが,本稿では隔離ほ場試験の結果に基づいた評価結果のみを記載する.

1. 競合における優位性

トウモロコシの栽培起源は今から9,000年前とされている(OECD 2003).その後,人類の手により育種,品種改良が行われ,紀元前1500年~200年頃には,現代の栽培型に近いトウモロコシが出現し,メキシコ,メソアメリカの地から南北アメリカ大陸の各地に伝播した.日本には,1579年に導入された(菊池 1987).

競合性が高く,優占化する傾向にある雑草は,いくつかの特性(例:休眠性,長期間に渡る大量の種子生産,裂莢性など)を二つ以上併せ持つことが知られている(Anderson 1996, Baker 1974, Radosevich et al. 1997).その一方で,トウモロコシの完熟した種子は雌穂の苞皮で覆われており,脱粒性はない.また,トウモロコシは長い間栽培植物として利用されてきた過程で,自然条件下における自生能力を失っており,その種子を分散させるためには人間の仲介が必要であることが知られている(OECD 2003)

競合性における項目では,上述したように高度に栽培化され自然条件下における自生能力を失ったトウモロコシが,新たに付与された形質又は形質転換により生じた非意図的影響により,周辺の野生植物と競合し,駆逐するほどの競合における優位性を獲得するかを以下のように評価した.

MON88017系統の競合における優位性に関わる諸形質(形態及び生育の特性,生育初期における低温耐性,成体の越冬性,花粉の稔性及びサイズ,種子の生産量,休眠性及び発芽率)を比較検討した結果,稈長及び雌穂径の項目でのみ組換えトウモロコシ017-Bと対照の非組換えトウモロコシとの間で,統計学的有意差が認められた(表5,表7).しかし,1998年から2010年までに実施した11系統の組換えトウモロコシの隔離ほ場試験において,対照として用いられた非組換えトウモロコシから得られた平均値の最小値と最大値を従来トウモロコシ品種の変動範囲(表5,表7)として比較した場合,有意差の認められた稈長及び雌穂径における組換えトウモロコシ017-Bの平均値は,従来トウモロコシ品種における変動の範囲内であることが確認された(表5,表7).このことから,これらの差異によってMON88017系統の競合における優位性が高まるとは考えにくいと判断された.このように,仮に組換えトウモロコシと対照の非組換えトウモロコシとの間に統計学的有意差が認められた場合でも,有意差の認められた項目が,これまで栽培されてきた非組換えトウモロコシの種内品種間変動の範囲内であれば,その差異による影響は,従来のトウモロコシ品種を超えるものではないという考え方は,「ファミリアリティ(familiality)」という概念に基づいている.ファミリアリティとは,実際に遺伝子組換え作物の使用を予定している環境下で,宿主植物の使用経験がどのくらいあるかという考え方で,生物学的特性が良く理解されている作物が宿主である場合のみに適用できると考えられている(OECD 2005).また,宿主植物の使用経験以外にも,植物系統に導入される特定の形質や,同一の形質を有する新たな植物系統を用いた温室及び小規模の野外試験などの結果の蓄積も,ファミリアリティとして評価に用いることが可能である(OECD 2005).

LY038系統の競合における優位性に関わる諸形質(形態及び生育の特性,生育初期における低温耐性,成体の越冬性,花粉の稔性及びサイズ,種子の生産量,休眠性及び発芽率)を比較検討した結果,組換えトウモロコシLY038-Aでは,対照のNull型トウモロコシCont-38Aとの間で,稈長,雌穂径及び粒列数に統計学的有意差が認められ(表5,表7),もう一方の供試組換えトウモロコシLY038-Bにおいては,対照のNull型トウモロコシCont-38Bとの間で,粒列数,一穂着粒数,百粒重及び収穫種子の発芽率に統計学的有意差が認められた(表7).しかし,上述の従来トウモロコシ品種の変動範囲(表5,表7)と比較した場合,有意差の認められた稈長,雌穂径,粒列数,一穂着粒数及び百粒重におけるLY038系統の平均値は,全て従来トウモロコシ品種における変動の範囲内であることが確認された(表5,表7).また,収穫種子の発芽率についても,LY038-AとLY038-Bは,共に95%以上と高い発芽率を示しており,結論として休眠性は持たないと考えられた.したがって,これらの差異によってLY038系統の競合における優位性が高まるとは考えにくいと判断された.

MON89034系統の競合における優位性に関わる諸形質(形態及び生育の特性,生育初期における低温耐性,成体の越冬性,花粉の稔性及びサイズ,種子の生産量,脱粒性,休眠性及び発芽率)を比較検討した結果,雌穂径と一穂着粒数において,MON89034系統と対照の非組換えトウモロコシとの間に統計学的有意差が認められたが(表8),従来トウモロコシ品種の変動範囲(表8)と比較した場合,有意差の認められた雌穂径と一穂着粒数におけるMON89034系統の平均値は,全て従来トウモロコシ品種における変動の範囲内であることが確認された.したがって,これらの差異によってMON89034系統の競合における優位性が高まるとは考えにくいと判断された.

MON87460系統の競合における優位性に関わる諸形質(形態及び生育の特性,成体の越冬性,花粉の稔性及びサイズ,種子の生産量,脱粒性,休眠性及び発芽率)を比較検討した結果,いずれの調査項目においても差異は認められなかった.

さらに,MON87460系統中で発現する改変CSPBはRNAシャペロンとして働き,土壌水分を制限した条件下において,光合成産物を発達中の雌穂に分配するなど重要な生理的機能を保持することにより,収量の減少を抑制するため,通常の灌漑条件に加えて,灌漑を行わない条件下で試験を行った.さらに,その自生能力を調査するために灌漑,施肥,病害虫駆除,雑草管理などの栽培管理を行わない条件下でも試験を行った.その結果,MON87460系統は成体の越冬性,脱粒性及び休眠性において,対照の非組換えトウモロコシとの間に差異が認められなかったことから,雑草性について差異はないと判断された.一方,付与された乾燥耐性により,灌漑を行わない条件下及び栽培管理を行わない条件下において,対照の非組換えトウモロコシと比較し,種子の生産量が高いことが確認されたものの,MON87460系統の種子生産能力は,栽培管理を行わない条件下では,栽培管理を行う条件下と比べ著しく低下していることが確認された(日本モンサント株式会社 2012).また,最も種子生産性が高くなる通常の栽培条件で栽培した場合,MON87460系統の生産性は従来のトウモロコシ品種と同等であり,すなわち,競合における優位性は従来のトウモロコシ品種と比べて高まっていないと考えられた.

2. 有害物質の産生性

トウモロコシは日本に導入された1579年以来,長期間の使用経験があり,これまでトウモロコシにおいて有害物質の産生性は報告されていない.しかしながら,MON88017系統,LY038系統,MON89034系統及びMON87460系統に意図的に付与された形質又は遺伝子導入による非意図的な影響に起因して各遺伝子組換えトウモロコシ系統において,有害物質の産生性に起因する生物多様性影響を生ずる恐れがないかを以下のように考察した.

MON88017系統における有害物質の産生性の有無に関して,後作試験,土壌微生物相試験及び鋤込み試験(表9,表11,表13)を行い比較検討した.その結果,鋤込み試験において,組換えトウモロコシ017-Aとその対照である非組換えトウモロコシCont-Aの栽培土壌との間でハツカダイコンの生体重に統計学的有意差が認められたが(表13),同時に試験に供試した他の2イベント(MON88001系統,MON88012系統)では,ハツカダイコンの生体重に統計学的有意差は認められなかった(表15).また,鋤込み試験におけるハツカダイコンの発芽率や後作試験及び土壌微生物相試験では017-AとCont-Aの栽培土壌との間で統計学的有意差は認められなかったことから,組換えトウモロコシ017-Aにおいて観察されたハツカダイコンの生体重の統計学的有意差は017-Aにおいて有害物質の産生性が増大したことによるとは考えにくいと判断された.

表15. 鋤込み試験におけるハツカダイコンの発芽率及び生体重(MON88001系統,MON88012系統)
MON88001 対照品種 有意差1) MON88012 対照品種 有意差
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
平均値
(標準偏差)
発芽率(%) 99.0
(1.73)
100
(0.00)
99.0
(1.73)
100
(0.00)
生体重(g) 7.34
(0.86)
8.38
(0.10)
8.10
(0.17)
8.38
(0.10)

1) 分散分析により統計処理を行った(P < 0.05で有意).

LY038系統における有害物質の産生性の有無に関して,後作試験,土壌微生物相試験及び鋤込み試験(表9,表11,表13)を行い比較検討した.その結果,ハツカダイコンを用いた後作試験において,組換えトウモロコシLY038-Aの栽培土壌ではハツカダイコンの生体重で,LY038-Bの栽培土壌ではハツカダイコンの乾燥重でそれぞれ組換えトウモロコシと対照のNull型トウモロコシとの間で統計学的有意差が認められた(表9).しかしながら,組換えトウモロコシLY038-Aと対照のNull型トウモロコシCont-38Aの栽培土壌におけるハツカダイコンの生体重は,LY038-Aの値の方がCont-38Aよりも高く(22.7 g,19.5 g),乾燥重では,有意差が認められなかった.これに対して,LY038-Bと対照のNull型トウモロコシCont-38Bの栽培土壌におけるハツカダイコンの乾燥重では,LY038-Bの値はCont-38Bよりも低く(1.17 g,1.40 g),生体重では有意差は認められなかった.以上のように,LY038-AとLY038-Bが,それぞれの対照のNull型トウモロコシとの間で示した有意差には,LY038系統でハツカダイコンの生育を阻害するような有害物質の産生性が高まっていることを示唆する一貫した傾向は認められなかった.

MON89034系統における有害物質の産生性の有無に関して,後作試験,土壌微生物相試験及び鋤込み試験(表10,表12,表14)を行い比較検討した.その結果,いずれの試験項目においてもMON89034系統と対照の非組換えトウモロコシとの間に統計学的有意差は認められなかった.よって,MON89034系統において意図しない有害物質の産生性はないと考えられた.

MON87460系統における有害物質の産生性の有無に関して,後作試験,土壌微生物相試験及び鋤込み試験(表10,表12,表14)を行い比較検討した.その結果,いずれの試験項目においてもMON87460系統と対照の非組換えトウモロコシとの間に統計学的有意差は認められなかった.よって,MON87460系統において意図しない有害物質の産生性はないと考えられた.

3. 交雑性

トウモロコシの近縁種はTripsacum属とZea属に分類されるテオシントであるが,トウモロコシと自然交雑可能なのはテオシントのみである.日本では,テオシント及びTripsacum属の野生種は報告されていない.よって,交雑性に起因する生物多様性影響を受ける可能性のある野生動植物等は特定されなかった.以上のことから,いずれの組換えトウモロコシ系統も交雑性に起因する生物多様性影響を生ずるおそれはないと判断された.

上述したように,除草剤グリホサート耐性及びコウチュウ目害虫抵抗性の形質を持つMON88017系統,高リシンの形質を持つLY038系統,チョウ目害虫抵抗性の形質を持つMON89034系統,及び乾燥耐性の形質を持つMON87460系統について,項目ごとの生物多様性影響評価を行った結果,生物多様性に影響を及ぼすような非意図的な影響は認められず,総合的評価として,これら遺伝子組換えトウモロコシ系統を第一種使用規程に従って使用した場合に生物多様性影響が生ずるおそれはないと結論された.

日本における生物多様性影響評価では,ファミリアリティの概念が用いられている.この概念は既述したように,ほとんどの遺伝子組換え生物が,作物のようにその生物学が良く理解されている生物から作られるという事実に基づいている.すなわち,隔離ほ場試験の結果,仮に対照の非組換えトウモロコシとの間に統計学的有意差が認められた場合でも,有意差の認められた項目の値が,過去に隔離ほ場で栽培された非組換えトウモロコシの平均値の最大値と最小値の範囲内であるなど,これまで栽培されてきた非組換えトウモロコシの種内品種間変動の範囲内であれば,その差異による影響は,従来のトウモロコシ品種が環境に与える影響を超えるものではないと判断できる.さらに,従来のトウモロコシ品種の変動範囲に関する情報がない場合は,有意差の認められた項目が,これまで栽培されてきたトウモロコシの範囲を超えると仮定して,導入遺伝子の形質を含めたこれらの差異が,競合における優位性や有害物質の産生性に起因する生物多様性影響を生ずるかの観点で生物多様性影響評価が行われている.このように,ファミリアリティの概念を取り入れながら系統ごと(Product base)に評価を行う日本の生物多様性影響評価手法は,米国農務省(USDA)が採用している環境安全性評価の手法と一致している(Raybould et al. 2012).

隔離ほ場で収集する情報については,通知に掲載されている場合であっても,それらを収集する必要がないと考えられる合理的な理由がある場合は,収集しなくても良いこととなっている(農林水産省 2007).通知に掲載されている後作試験,土壌微生物相試験及び鋤込み試験は,遺伝子組換え作物中でのアレロパシー等の有害物質の産生性を調査するための項目であるが,現在のところこれらの調査項目は,宿主作物や導入遺伝子の特性に関わらず全ての遺伝子組換え作物に対して一律に求められている.仮に遺伝子組換え作物から有害物質が産生されるとすれば,その原因は導入遺伝子産物である場合と,導入遺伝子の挿入箇所による影響である場合が考えられる.ここで述べる挿入箇所による影響とは,目的遺伝子が植物ゲノムに挿入される際に内在性遺伝子が破壊されたあるいは導入遺伝子の近傍に新たなオープンリーディングフレーム(ORF)が形成された場合のことである.しかし,本稿における有害物質の産生性に関する調査項目の試験結果からも明らかなように,導入遺伝子の位置効果等により非意図的にアレロパシー物質等の有害物質を放出した事例は少なくとも本報告で示した一連の遺伝子組換えトウモロコシでは確認されていない.また,トウモロコシを含めて現在までに隔離ほ場試験を終えた全9作物種,70系統の遺伝子組換え作物においても,導入遺伝子の位置効果等により,非意図的にアレロパシー物質等の有害物質が産生されたという結果はこれまでに確認されていない(日本版バイオセーフティークリアリングハウス 2014).

さらに,トウモロコシの栽培起源は今から9,000年前とされており(OECD 2003),現在に至るまでの従来育種による品種改良の過程でトウモロコシのゲノム中では,トランスポゾンによるDNA断片の転移などが頻繁に起こっていると考えられる.しかし,これまでのところ従来育種による品種改良によってもトウモロコシから非意図的にアレロパシー物質等の有害物質が産生された報告はない.これらのことから,トウモロコシのように長期間の使用経験があり,有害物質の産生性が報告されていない宿主作物においては,導入遺伝子の挿入箇所による影響等により非意図的な形態の変化等を示す可能性はあっても,有害物質を突然産生する可能性は,従来育種による品種改良以上に高まることはないと考えられた.

以上のことから,トウモロコシのような長期間の使用経験があり,有害物質の産生性が報告されていない宿主植物で,導入遺伝子についても生理学・遺伝学的見地から有害物質の産生性に関与しないことが明らかな場合は,その科学的知見を学術論文あるいはデータベース等の引用で示すことで,有害物質の産生性に関する情報の収集の代替とすることが可能になると考えられる.本稿の目的も,生理学・遺伝学的見地から有害物質の産生性に関与しないと考えられる除草剤耐性,害虫抵抗性,栄養改変等の遺伝子をトウモロコシに導入した場合の日本の環境下での知見を蓄積することで,これらの遺伝子組換えトウモロコシのファミリアリティを構築することである.このように遺伝子組換え作物の温室等での試験結果を知見として蓄積し,類似した形質を持つ遺伝子組換え作物を評価する際に用いることは,OECDにより提唱されているファミリアリティの概念とも一致している(OECD 2005).

また,既述したように日本においては,栽培される予定がなく,コモディティとしてのみの目的で使用される遺伝子組換え作物については,栽培用種子への意図せざる混入などの懸念から,日本における隔離ほ場試験が求められている.しかしながら,中国を除くその他の輸入国のほとんどは,仮に栽培用種子への意図せざる混入があったとしても,当該遺伝子組換え作物の環境への暴露量が極めて低いことを考慮して環境影響評価を行っている.例えば,EUや南米諸国では,栽培を前提とする場合は自国での隔離ほ場試験を要求するのに対して,コモディティとしてのみの使用を予定している場合は,栽培国で収集された隔離ほ場試験の結果を用いて環境影響評価を行っている.さらに,最近では栽培を目的とする場合であっても,一つの栽培国での隔離ほ場試験の結果をその他の複数の栽培国間で共有する枠組み作りが,ほ場試験のデータトランスポータビィリティ(情報の可搬性)として検討されはじめている(Garcia-Alonso et al. 2014).

日本においてもトウモロコシに限ってではあるが,論文等により作用機序が明らかな遺伝子が導入されており,その遺伝子により付与された性質により生じさせる可能性のある生物多様性影響の程度が,既に第一種使用規程の承認を受けているトウモロコシの生物多様性影響と同程度又は超えないと認められるものであれば,日本における隔離ほ場試験は実施しなくても良いことになった(農林水産省 2014b).

このように,申請案件ごとに考慮することを前提として,日本においても,これまでの日本における隔離ほ場試験に関する知見の蓄積と,諸外国における遺伝子組換え作物の規制との整合性を科学的に考慮しながら,栽培国で収集された隔離ほ場試験の結果を有効に活用する可能性について幅広く議論される時期に来ていると言える.

引用文献
 
© 2015 日本育種学会
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