2025 年 27 巻 2 号 p. 141-149
ゲノム情報は非常に大きく複雑であるため,多型情報そのままでは全容を理解することは困難である.そこで著者らは,2つのイネ系統のゲノムを「日本晴」をベースに比較し,多型をゲノム上に位置づけて図として可視化する手法「ゲノム塗り絵」を開発した.ゲノム塗り絵はPythonおよびRで作成したプログラムで,特定の2系統の多型情報を含むVCF(Variant Call Format)ファイルをもとに多型を可視化し,比較することを目的に作成したプログラムである.ゲノム領域は染色体を模した長方形に,多型を異なる色の線として表現する.ゲノム塗り絵を用いることで,同質遺伝子系統や準同質遺伝子系統における目的遺伝子の置換領域や遺伝背景の残存領域の確認をより正確に行うことができた.また,系譜間でゲノム塗り絵を比較することにより,特定の遺伝子や遺伝領域の系譜間での伝達のされ方を容易に理解することが可能であった.さらに,系統どうしのゲノム的関連性を解析することにより,系統どうしの新たな類似性や系譜上の関連性を見つけ出すこともできた.以上のことから,ゲノム情報を総体として可視化できるゲノム塗り絵は,全ゲノムデータをイネ育種家がより手軽に育種選抜や品種評価に利用するために,またイネ遺伝学者や分子生物学者がゲノム情報を理解するために役立ち,複雑なゲノムデータと育種などの実用的な応用との間のギャップを埋めるものである.
Genomic information is inherently large and complex, making it difficult to understand the big picture based on polymorphism data alone. We have developed “Genome Painting”, a Python and R-based visualization method, to address this issue. This tool compares the genomes of two rice varieties to the ‘Nipponbare’ reference genome, representing the twelve chromosomes as rectangles and polymorphisms as colored lines. The method uses VCF (Variant Call Format) files to visualize and compare polymorphisms between specific varieties. This tool enabled more accurate identification of substitution regions containing target genes and residual genetic background in near-isogenic lines. By comparing visualizations between pedigrees, it facilitated the understanding of gene and genetic region transfer. It also enabled the discovery of new correlations and relationships by analyzing genomic relationships between varieties. This comprehensive visualization approach improves the accessibility of whole genome data for rice breeders in the selection and variety evaluation processes. It also provides rice geneticists and molecular biologists with a tool to better understand and interpret complex genomic information. “Genome Painting” thus bridges the gap between complex genomic data and its practical application in rice breeding and research.
植物のゲノム研究は,遺伝学や分子生物学の進歩に伴って急速に進展してきた.2004年にイネゲノムが解読された後(International Rice Genome Sequencing Project 2005),2012年にはオオムギ(The International Barley Genome Sequencing Consortium 2012),2018年にはコムギ(International Wheat Genome Sequencing Consortium 2018),2010年にはダイズ(Schmutz et al. 2010)のゲノム配列が公開された.さらに2010年代以降,次世代シーケンシング技術の普及により,より多くの植物のゲノムが解読され,比較ゲノム解析や遺伝子機能解析が進んでいる(Song et al. 2023).
このようにして得られたゲノム情報は,基礎研究の発展ばかりでなく,品種改良や栽培技術の進展にも大きく寄与した.実際,これまでゲノム情報をもとに染色体上に数多くのDNAマーカーが作成されてきた.そして,DNAマーカー多型をもとに染色体を塗り分け,ゲノム情報を図化する「グラフ遺伝子型」は,染色体断片置換系統の図化(Ando et al. 2008),同質遺伝子系統における有用遺伝子導入部位と背景の置換程度(堀ら 2023, 松本ら 2023),ソメイヨシノの起源推定(鶴田ら 2017)などの様々な局面で数多く利用されてきた.
現在,グラフ遺伝子型を描くことができるソフトウエアとしてGeno Type Manager(Deblieck et al. 2020)などがあるが,このソフトで扱えるDNAマーカーの数は50,000が上限である.しかし,次世代シーケンシング技術の進展により我々が得ることができるゲノム多型情報はこの上限を遙かに超える.このような膨大な多型情報を視覚的に確認するツールとして,IGV(Integrative Genomics Viewer)やTASUKEが良く知られているが(Robinson et al. 2023, Kumagai et al. 2019),これらは1度にはゲノム中の特定の染色体のごく一部の多型情報を確認することができるにとどまり,ゲノム全体の多型分布を一覧することはできない.そこで,多型をゲノム上に位置づけ1つの図として可視化することができれば,系統間で染色体上のどの部分が異なるのかを比較する助けになると考えた.さらに,ゲノムレベルでの比較が可能となれば,特定の遺伝子変異アリルの系譜上での伝達のされ方や,系統どうしの新たな類似性や系譜上の関連性を見つけ出すことが容易になる,準同質遺伝子系統の残存領域の検証など多大なメリットがある.以上のことから,著者らは,2つのイネ系統のゲノムを「日本晴」をベースに比較する手法「ゲノム塗り絵」を開発した.
本解析に供した水稲品種・系統のうち,越南系統は福井県農業試験場(以下,福井農試)に保管されている育種家種子を用いた.なお,「越南」とは福井農試で育成された水稲系統に付与される固有の地方系統名である.品種または系統ごとのゲノム解析深度を以下に記す.「コシヒカリ(越南17号),デプス12.9」,「ヤマヒカリ(越南114号),デプス12.8」,「越南148号,デプス12.9」,「イクヒカリ(越南176号),デプス12.9」,「いちほまれ(越南291号),デプス12.8」.「コシヒカリつくばSD1号,デプス18.5」および「富富富,デプス15.0」は市販の玄米から再生した種子を用いた.「中生愛国(JP6744)」は農業生物資源ジーンバンクより分譲された種子を用い,解析に用いたゲノムデータのデプスは結果に記述した.「アケボノ(JP6798),デプス12.0」,「中穣2号(JP9075),デプス11.8」,「金南風(JP14971),デプス19.2」,および「中生新千本(JP15118),デプス10.5」は農業生物資源ジーンバンクより分譲された種子を用いた.
2. 栽培および形質評価「いちほまれ」の系譜上の品種・系統,「コシヒカリ」および「コシヒカリつくばSD1号」は2023年,「中穣2号」「金南風」「中生新千本」は2024年に福井農試で栽培した.移植日は2023年5月19日および2024年5月13日で,元肥のみ6.6 kgN/10 aを施用し,適期に収穫した10個体について稈長,穂長,穂数,穂重を測定した.また5穂を適期にサンプリングして流水に浸し,7日目と10日目の穂発芽程度を2~8の7段階で達観評価した.玄米の整粒率を穀粒判別機(サタケRGQI-90A)で測定し,玄米タンパク質含有率は食味計(静岡製機TM-3500)で測定した.白米粉のアミロース含有率をオートアナライザー(ビーエルテックAA3)で測定した.
3. 各イネ系統の多型データの準備種子を発芽させ,幼苗の葉身から過去の文献と同様にDNAを抽出した(Yoshida et al. 2023).ライブラリー調整および150 bpペアエンドのショートリードシークエンスデータの取得はBGI Japanが行った.取得したシークエンスデータを日本晴リファレンスゲノム_IRGSP-1.0に対してbwa-mem2でアラインし,samtoolsでBAM(Binary Alignment Map)ファイルに変換した.その後,BAMファイルをGATK MarkDuplicatesで処理して重複リードを除き,GATK HaplotypeCall -ERC GVCFによってgVCF形式のファイルとして多型情報を出力した.
比較したい2系統間の多型情報を含むVCF(Variant Call Format)ファイルを,各系統のgVCFファイルからGATK CombineGVCFsおよびGenotypeGVCFsにより作成し,vcftoolsの--min-allele 2 --max-allele 2オプションによって3パターン以上の多型が検出されたポジションは除いた.このVCFファイルをインプットファイルとしてゲノム塗り絵に供した.
シークエンスデータは断りがない系統についてはデプス10以上(約4 Gbp以上)のデータを解析に用いた.多型がヘテロとコールされたポジションについては,多型情報がないポジションと同じ扱いとした.
ゲノム塗り絵はPythonおよびRで作成したプログラムで,特定の2系統の多型情報を含むVCFファイルをもとに多型を可視化し,比較することを目的に作成したプログラムである.ゲノム塗り絵のプログラムを付図1に示した.ゲノム領域は染色体を模した長方形に多型を異なる色の線として表現する.図1に線を描画するルールを示した.〔系統A=ref(日本晴)型,系統B=alt型〕の場合は青線,〔系統A=alt型,系統B=ref型〕は赤線を引く.〔系統A=系統B=日本晴型〕および〔系統A=系統B=alt型〕の場合は線を引かない.どちらかの系統の多型情報がない(NA)場合も線は引かない.以上の条件において比較したい2系統間の多型情報を可視化した.

VCFファイルをもとに,日本晴referenceゲノムに対して2つの系統の多型の違いを可視化する.多型のある物理位置に赤線または青線を引く.多型にはIn/Delを含む.どちらかがNAの場合は,線は引かない.
まず,解析に用いるシークエンスデータのデプスがゲノム塗り絵の結果に与える影響について検討を行った.「中生愛国」のシークエンスデータ(デプス42.0)をそのまま用いた場合の多型情報と,このシークエンスデータから1/8をランダムに抜き出して作成した多型情報(デプス5.25)をゲノム塗り絵プログラムに供した(図2A).この際,リピート領域内の多型はデータから除去した.ゲノム全体に渡り赤線および青線が散在しているが,1つのまとまりとしてデプス5.25特有の領域やデプス42.0特有の領域は見られず,両者はほぼ同一のゲノムとして示されていた.また,解析深度が浅いデプス5.25はデプス42.0に比較して多型がコールされていない場合が多いことが予想されるが,本条件ではその場合が解析結果に出力されないので,デプス5~40の範囲では,デプスの違いはゲノム塗り絵の出力結果に大きな影響を及ぼさないと結論した.

A:デプスの違いによる影響.「中生愛国」のデプス42.0(赤色)およびデプス5.25(青色)のシークエンスデータを解析に用いた.それぞれに特異的な多型の数は1930,374.印刷の都合により原図よりコントラストを調整している.B:「コシヒカリ」と「アケボノ」について,リピート配列中の多型を除いた出力結果.コシヒカリ特異的な多型数は46713,アケボノは38409.C:「コシヒカリ」と「アケボノ」について,リピート配列中の多型も含めた出力結果.コシヒカリ特異的な多型数は86917,アケボノは70303.緑枠内は,Bでは示されない多型が多く描画された領域.
ゲノム中のリピート配列は特定領域に偏在することで,局所的に多数の多型を生じさせ,ゲノム塗り絵の結果に影響を与えることが予想された.そこで,RAP-DBのリピート領域情報(https://rapdb.dna.affrc.go.jp/download/irgsp1.html)をもとに,リピート領域の多型の有無がゲノム塗り絵に与える影響を評価した.「コシヒカリ」と「アケボノ」の多型情報を用いて,図2Bにリピート配列中の多型を除去した場合,図2Cにリピート配列中の多型も含めた場合の結果を示した.両者を比較すると,ゲノム全体に渡りほぼ同様のパターンが見られるが,予想された通り,リピート配列多型を含んだ場合(図2C)の方が全体的に多型数が多くなった.また,5番染色体の9~15 Mb 付近,9番染色体の10~16 Mb付近,11番染色体の10~14 Mb付近などでは,リピート配列中の多型を除去したゲノム塗り絵では示されない多数の多型が描画された(図2C,緑枠内).これらはリピート配列によるシークエンスやアライメントのエラーによる多型を多数含むと予想され,形質に影響を及ぼすゲノムの違いを見つけるという目的から逸脱すると考えられた.従って,今回提案するゲノム塗り絵においてはリピート領域中の多型は除去することとした.
2. ゲノム塗り絵を利用した解析例以下に,ゲノム塗り絵を利用した3つの事例について紹介する.
1) 同質遺伝子系統の置換領域の確認「コシヒカリつくばSD1号」は母本に「コシヒカリ」,父本に短稈品種「IR24」を交配し,「コシヒカリ」を連続戻し交配した後代からDNAマーカーにより選抜した品種で,「IR24」に由来する半矮性遺伝子sd1を有する(農林水産省).実際,ゲノム塗り絵の結果も,「コシヒカリつくばSD1号」と「コシヒカリ」のゲノムは,2つの領域を除いて同一のゲノムとして示された(図3A).両者が異なったのは,まず1番染色体長腕の38 Mb付近で,ここには「IR24」由来のsd1が座乗しており,さらにその上流およそ2 Mbが「IR24」のゲノムで置換されていることが可視化された.また12番染色体の短腕末端からおよそ2.5 Mbの領域も「IR24」の断片が残存することが確認された.

A:「コシヒカリつくばSD1号」と「コシヒカリ」の比較.「コシヒカリつくばSD1号」は,SD1領域の他に第12染色体にも「コシヒカリ」とは異なる断片が残存していた.コシヒカリつくばSD1号特異的な多型数は18377,コシヒカリは810.B:「コシヒカリ」と「富富富」の比較.「富富富」は「コシヒカリ」の遺伝背景に4つの有用遺伝子を集積した品種であるが,それぞれの導入領域の大きさは遺伝子によって異なった.コシヒカリ特異的な多型数は1247,富富富は25755.
「コシヒカリつくばSD1号」を2023年に福井農試で栽培したところ,「コシヒカリ」に比べて,稈長および穂長はそれぞれ約15 cmおよび1.5 cm短く,千粒重は約1.3 g重かったが,出穂期,穂発芽程度,1株穂数,1株穂重,整粒率,タンパク質含有率およびアミロース含有率は「コシヒカリ」とほぼ同等であった(表1).稈長および穂長の差は,SD1遺伝子によるものと考えられるが,千粒重の差は1番染色体のまたは12番染色体の置換領域の可能性も考えられる.一方,農林水産省品種登録迅速化総合電子化システムによると,「コシヒカリつくばSD1号」は『「コシヒカリ」と比較して,稈が短いこと,穂発芽性が易であること等で区別性がみとめられる』とされている.SD1はジベレリン合成酵素(OsGA20ox2)をコードし,「IR24」アリルはGA20ox2機能欠失型(ジベレリン合成不全型)であることを考えると発芽抑制効果は期待できても促進効果は考えられず,1番染色体のSD1より上流の置換領域または12番染色体の残存領域に穂発芽誘導を促す遺伝的要因が想定される.ただし,福井農試での栽培では「コシヒカリ」との間に穂発芽性に違いは認められず,また現時点で両領域に発芽に関係する遺伝子は同定されていない.
供試品種の栽培特性
| 品種名 | 試験年次 | 出穂期 | 稈長 | 穂長 | 穂数 | 穂重 | 千粒重 | 整粒率 | 穂発芽程度 | タンパク質含有率 | アミロース含有率 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 7日目 | 10日目 | |||||||||||
| cm | cm | 本/株 | g/株 | g | % | (2–8) | % | % | ||||
| コシヒカリ | 2023 | 7月28日 | 80.2 | 18.7 | 13.5 | 29.0 | 20.9 | 40.6 | 4.4 | 5.0 | 4.7 | 14.3 |
| コシヒカリつくばSD1号 | 7月29日 | 65.4 | 17.2 | 13.1 | 27.1 | 22.2 | 45.5 | 4.5 | 5.0 | 5.2 | 13.5 | |
| 中穣2号 | 2024 | 8月11日 | 71.7 | 17.9 | 14.7 | 24.4 | 21.2 | 12.1 | 5.0 | 5.5 | 4.5 | ― |
| 金南風 | 8月11日 | 71.2 | 17.7 | 15.8 | 23.6 | 21.6 | 24.2 | 5.0 | 5.5 | 5.1 | ― | |
| 中生新千本 | 8月5日 | 72.0 | 18.1 | 17.2 | 29.1 | 21.4 | 24.2 | 5.0 | 5.5 | 5.2 | ― | |
福井農試において元肥6.6 kgN/10 aで栽培.移植日は2023年5月19日および2024年5月13日.稈長,穂長,穂数,穂重は10個体の平均値.整粒率は穀粒判別機(サタケRGQI-100A)で測定.タンパク質含有率は食味計(静岡製機TM-3500)で測定.アミロース含有率はオートアナライザー(ビーエルテックAA3)で測定.
「コシヒカリつくばSD1号」育成当時は,標的遺伝子sd1および遺伝背景の選抜は,全染色体を網羅するDNAマーカーを用いて行われていた(王ら 2005).この場合,マーカー間の距離が大きい領域や,DNAマーカーが作成できない領域については,「コシヒカリつくばSD1号」の12番染色体のように残存領域を見落とす可能性もある.一方で,近年では全ゲノムシーケンスがより低コストで可能となったが,そうして得られたゲノム情報を育種選抜に利用するには,解析の専門家の助力が必要である.しかし,本研究で開発したゲノム塗り絵のプログラムを利用すれば,ゲノム情報をグラフ遺伝子型として簡便に可視化することができ育種現場においても利用可能となる.
「富富富」は「コシヒカリ」の遺伝背景に4つの有用遺伝子sd1,pi21,Apq1,Pita-2を集積した品種でその栽培特性は「コシヒカリ」と同等であると評価された(村田ら 2022).さらにゲノム全体を包含する768個のSNPを用いたイルミナ社ゴールデンゲートアッセイによる解析により,4箇所の置換領域は,sd1が38.3~38.8 cM,pi21が19.4~20.0 cM,Apq1が25.4~27.2 cM,Pita-2が10.0~15.1 cMと推定されていた(村田ら 2022).実際,「富富富」と「コシヒカリ」を比較したゲノム塗り絵においても,上記4遺伝子の座乗領域のみに多型が検出されそれ以外は多型が検出されなかったことから(図3B),「富富富」の育成過程において標的遺伝子領域以外の挿入は適切に除かれたことが確認できる.さらに,この4箇所の挿入領域の詳細な物理位置についても特定可能であり,残存ゲノム領域における有害遺伝子(deleterious genes)の存在可能性の評価にも利用できる.
以上のように,全ゲノムの解析情報をゲノム塗り絵によって可視化することにより,同質遺伝子系統や準同質遺伝子系統を育成する際の目的遺伝子の置換領域や遺伝背景の残存領域の確認をより正確に行うことができるようになる.
2) 育成系譜をゲノム塗り絵でトレースし,育種過程をゲノムレベルで理解する図4は,「コシヒカリ(越南17号)」(図4A)から「いちほまれ(越南291号)」(同E)までの育成系譜について,その途中段階で育成された品種・系統(「ヤマヒカリ(越南114号)」(同B),「越南148号」(同C),「イクヒカリ(越南176号)」(同D)と「コシヒカリ」とのゲノム塗り絵の結果を示したものである.さらに,2023年に福井農試で栽培した際の出穂期および稈長を示した.

青線は「コシヒカリ」特有の領域,赤線は各系譜品種・系統特有の領域.形質値は2023年に福井農試で栽培した結果である.新たな遺伝子が導入された場合に,その遺伝子が座乗する領域に「◄遺伝子名」を記し,その後代の系譜品種・系統で当該遺伝子が維持されたと考えられる場合は「◄」のみを記した.A:コシヒカリ特異的な多型数は50714.B:ヤマヒカリ特異的な多型数は45169,コシヒカリは25895.C:越南148号特異的な多型数は56498,コシヒカリは42413.D:イクヒカリ特異的な多型数は63665,コシヒカリは28837.E:いちほまれ特異的な多型数は50714,コシヒカリは17106.
まずこれら4品種・系統に共通して,12番染色体の7.5~14.1 Mbにコシヒカリゲノムと異なる長いゲノム領域が存在することが明らかとなった.この領域は「ヤマヒカリ」育成時に「中国26号(サトミノリ)」から導入されたと考えられ,その後「いちほまれ」まで導入時の非常に長い領域が維持され続けたことが確認された.この領域にはいもち病真性抵抗性遺伝子Pita-2(Takahashi et al. 2017)が座乗しており,またPita-2の抵抗性型を示す35の越南系統全てにおいてほぼ同様の挿入領域が確認されていることから(データ省略),越南系統のPita-2抵抗性型はこのゲノム領域が担っていると考えられた.またこの長い挿入領域が何世代にも渡り維持され続けたことに関連して,Pita-2保有系統は,保有しない系統に比べて収量性が有意に高いことが観察されており(小林ら 2017),育種家がこの領域を耐病性と多収性を両立できるハプロタイプとして意識的に保存してきた可能性が考えられた.もしくは,「富富富」の当該領域においても越南系統よりは短腕テロメア側は短いが,5 Mb程度の長い断片が残存することから,この領域においては物理的に組み換えが非常に起こりにくい領域である可能性も考えられる.
出穂期は「コシヒカリ」に対して「ヤマヒカリ」および「越南148号」では12日程度晩生化しており,この晩生化はHd16によると考えられた.実際,3番染色体長腕のHd16領域において,「コシヒカリ」(早生型hd16)は「日本晴」(晩生型Hd16)に対して異なるハプロタイプを示すのに対し,「ヤマヒカリ」や「越南148号」は「日本晴」と同様のハプロタイプを持つことが確認された(図4B,C,青線で表示).それに対し「イクヒカリ」は「コシヒカリ」と同様のハプロタイプを示し(当該領域に線が表示されない),実際,「イクヒカリ」の出穂は「コシヒカリ」と同程度に早生化した.一方,「いちほまれ」と「コシヒカリ」ではHd16領域は両者間で相違は見られないにも関わらず,出穂日は「コシヒカリ」や「イクヒカリ」より5~6日晩生化していた.そこで,別の出穂遺伝子領域を比較したところ,8番染色体短腕2.4 Mb付近のHd18の座乗領域に「いちほまれ」特有の領域が見つかった(図4E).そこで,Hd18の機能変化をもたらす多型を確認したところ,予想通り「コシヒカリ」および「イクヒカリ」は日本晴型(早生型hd18)ハプロタイプを持つのに対し,「いちほまれ」は変異型(晩生型Hd18)ハプロタイプを持つことが確認された.
稈長に関しては「コシヒカリ」および「ヤマヒカリ」に比べて「越南148号」以降の品種・系統では約12~13 cmの短稈化が見られた.これまで福井農試の育種家は「ヤマヒカリ」から「越南148号」を育成した過程で短稈化が達成され,その遺伝的要因が「いちほまれ」まで継代されたと想定していた.しかしゲノム塗り絵の結果は,「IR24」由来のsd1が「どんとこい」より導入されたのは「イクヒカリ」であり,「越南148号」はsd1を持たないことが判明した.一方,「越南148号」の片親である「黄金晴」は3番染色体長腕33.66~35.62 Mbに座乗する半矮性座d63(t)を保有しており(富田 2013),「ヤマヒカリ」と「越南148号」の第3染色体長腕領域は異なる多型のパターンを有していた(付図2)ことから,この領域は「黄金晴」から「越南148号」に遺伝したことが確認された(図4C).その後,「越南148号」から「イクヒカリ」を育成した際,早生型hd16とともにd63(t)も連鎖してコシヒカリ型に戻ったのと同時に,「どんとこい」のsd1が導入され短稈性が維持されたと考えられた(図4D).このように短稈性に関与する遺伝子が置き換わっていても,同程度の短稈形質が維持された場合,形質に関連する責任遺伝子が入れ替わったかどうかを推測することは困難であるが,ゲノム塗り絵を用いることで,ゲノムレベルでその機構を容易に理解することができる.この事例は,ゲノム塗り絵の有効性を示す優れた例であると言える.
3) 過去に育成された品種のゲノム的関連性を解析する「金南風」,「中穣2号」および「中生新千本」の育成年はそれぞれ1948年,1949年および1950年で,いずれも愛知県農業試験場で育成された品種であり,「金南風」は1958~1961年の全国作付け1位となるなど,「日本晴」以前の日本を代表する良食味多収の品種として広く栽培された.「中穣2号」は「日本晴」の父本である「幸風」の母本であり,「幸風」は「日本晴」以外にも多くの母本として利用され,その育種的重要性は高いと評価されている(愛知の稲編さん会 1991).「中生新千本」は「金南風」の陰に隠れて愛知県での普及は伸び悩んだが,中国や関東地方を中心に良食味中生品種として広い地域で普及した.一方,育種系譜上これら3品種は,異なる家系に属し(図5A,B),ゲノム的にも相当の相違が期待される.にも関わらず「中生新千本」は,育成当初からその形質が「金南風」と酷似することから,記載の系譜と異なる組合せにより育成された可能性が取り沙汰されていた(愛知の稲編さん会 1991).そこで,ほぼ同時期に愛知県農試で育成されたこれら3品種について,ゲノム塗り絵による解析を行った.その結果,系譜上全く異なるはずの「金南風」と「中穣2号」は(図5B),ゲノム的にはほぼ同一のものとして示され(図5C),福井農試で栽培した両者も主要な栽培特性に大きな差は認められなかった(図5D,表1).一方,「中穣2号」と「中生新千本」,「金南風」と「中生新千本」の比較において,5番染色体の中央付近と11番染色体の長腕24 Mb付近の限定されたゲノム領域に相違が認められた(図5E,F).11番染色体長腕に位置する「中生新千本」特有の狭い領域には,種子発芽を制御するGF14h(Yoshida et al. 2022)が座乗しており,実際,「中生新千本」は機能型GF14hハプロタイプ(Hap.2)を持ち,「中穣2号」に比べて30°Cにおける発芽速度が増加することが認められた(図5G,H).

A:イネ品種データベースにおける「中生新千本」の系譜図.B:イネ品種データベースにおける「中穣2号」および「金南風」の系譜図.C:「中穣2号」と「金南風」を比較したゲノム塗り絵.中穣2号特異的な多型は1226,金南風は1225.印刷の都合により原図よりコントラストを調整している.D:福井農試で栽培した稲姿.左から「中穣2号」,「金南風」,「中生新千本」.E:「中穣2号」と「中生新千本」を比較したゲノム塗り絵.中穣2号特異的な多型は6951,中生新千本は3146.F:「金南風」と「中生新千本」を比較したゲノム塗り絵.金南風特異的な多型は6660,中生新千本は3389.G:「中穣2号」,「金南風」,「中生新千本」のGF14h遺伝子のハプロタイプ.H:「中生新千本」と「中穣2号」の発芽速度の差.
「中生新千本」の交配組合せは,イネ品種・特性データベース(https://ineweb.narcc.affrc.go.jp/index.html)においては農林22号/隼となっているが(図5A),上述したように,この「中生新千本」の育成については疑義が持たれていた(愛知の稲編さん会 1991).一方で,香村(2008)の図(P67)によれば,「中生新千本」は「金南風」に由来すると読み取れる.今回の解析により,「中生新千本」は「金南風」との同質性は非常に高いことが分かり,従来からささやかれていた疑義の裏付けがとれたと言える.「金南風」は平坦地向けの多収品種であるのに対し,「中生新千本」は中山間地向けの品種であり,育苗期に低温条件となることから,より早い発芽速度が求められる.一方で収穫時期には気温も低下するため,穂発芽が問題となることは少ない.後に「中生新千本」となる初期世代が養成されたのは1947~1949年にかけてであり,「金南風」が愛知県での奨励品種に採用された1948年と時期が重なっている.これらのことから,「中生新千本」は未固定の「金南風」の集団から,中山間地向けに発芽の良いイネが選抜されて育成された可能性が高いと推測された.
以上,ゲノム情報を総体として可視化できる手法として開発した「ゲノム塗り絵」を利用することにより,これまでイネ育種家が形質の観察からは気づけなかった染色体の残存領域やイネ育種に利用された遺伝子の違い,異なる系統の間の類似性などを明らかにできる事例を幾つか紹介した.今後,全ゲノムデータの取得はますます低コスト化されていくことが予想されるが,そのようにして得られた全ゲノムデータも利用されなければ宝の持ち腐れである.「ゲノム塗り絵」は,全ゲノムデータをイネ育種家がより手軽に育種選抜や品種評価に利用するために,またイネ遺伝学者や分子生物学者がゲノム情報を理解するために役立つことと思う.また本プログラムを発展させることで他の植物種においても同様の解析が可能であり,今後の積極的な利活用を期待したい.
農業生物資源ジーンバンクからは「アケボノ」,「中生愛国」,「中穣2号」,「金南風」,および「中生新千本」の種子を分譲いただいた.記して深謝申し上げる.本研究の一部はJSPS科研費(24K01886,23K23560),福島国際研究教育機構(F-REI)の委託研究費(JPFR24030101,JPFR25020105),共同利用・共同研究拠点として文部科学大臣認定を受けた糖鎖生命科学連携ネットワーク型拠点(J-GlycoNet)における共同研究により実施した.
付図1.ゲノム塗り絵のプログラム.
付図2.「ヤマヒカリ」と「越南148号」の第3染色体を直接比較したゲノム塗り絵.