育種学研究
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原著(研究論文)
品種特性情報および後代予測により交配親を選定する「育種支援システム」
田中 凌慧山田 哲也山本 英司鐘ヶ江 弘美
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電子付録

2026 年 28 巻 1 号 p. 12-25

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摘 要

交配組合せの選択は,交雑育種の成否に直結する.しかし,優れた交配組合せを選定するには,表現型データやゲノムデータをはじめとする多種多様な育種関連データを統合的に解析しなければならない.そこで本研究では,育種関連データの活用を推進するため,品種育成試験データや遺伝子ハプロタイプデータを解析・統合して得られる「品種特性情報」と,全ゲノムDNA多型データを用いた「後代予測」の結果を表示・検索・可視化できる「育種支援システム」を開発した.品種・系統ごとに表現型や遺伝子ハプロタイプを整理した「品種特性情報」を参照することで,それぞれの系統がどのような遺伝子ハプロタイプを保有し,どのような形質を示すかを簡単に調べられる.この「品種特性情報」では,複数の年次・環境・栽培条件からなる品種育成試験データに線形混合モデルを当てはめ,品種・系統の育種価(遺伝的能力)を推定することで,異なる年次や栽培条件で測定された表現型値に基づき,系統間の遺伝的特性を比較できるようにした.また,ゲノミック予測に基づく量的形質の後代分離予測結果と,両親の保有する遺伝子ハプロタイプから導かれる各遺伝子座の分離に関する情報を集約した「後代分離」を参照することで,交配組合せごとの特性を調べられる.育種支援システムの絞り込みや並べ替え機能を使うことで,成熟期が大きく分離してしまう組合せを除外した上で,必要な病害抵抗性を持ち,かつ多収な交配組合せをリストアップするといった操作が簡単に実施できるようになった.このように,育種支援システムを活用することで,品種・系統の,また,それらの交配によって得られる後代分離世代の,データに基づく長所や短所を把握することができる.育種担当者が圃場で培った経験知に,データに基づく評価が追加されることで,優れた交配組合せを選択できると期待される.

Translated Abstract

Plant breeding success or failure is directly related to cross-selection. However, data required to find promising crosses can only be obtained following integration and analysis of multiple types of breeding-related data such as phenotypic and genomic data. To promote the use of breeding data, the authors developed a breeding support system consisting of two functionalities, “variety characteristics information” and “progeny predictions,” using standard genetic analyses on typical breeding-related datasets. Users of the system can search gene haplotypes and traits of cultivars or breeding lines on the “variety characteristics information” page. As typical phenotypic data from a breeding program consist of multiple years, locations, and conditions, a linear mixed-effects model was applied to estimate breeding values (genetic abilities) of cultivars and breeding lines so that users could compare traits of all cultivars and lines even when not all are evaluated together in a single trial. In addition, the “progeny predictions” page shows genetic characteristics of crosses, such as prediction results of quantitative traits, based on genomic prediction and segregation of each locus derived from parental gene haplotypes. This enables users to find promising crosses such as those with high yields with little segregation in days to maturity. Collectively, the breeding support system provides data-driven information on strengths and weaknesses of lines and crosses. The system may facilitate selection of promising crosses by breeders based on both tacit knowledge from experience in the field and explicit knowledge obtained by genetic analyses of breeding-related data.

緒言

交配組合せの選択は,圃場における個体・系統選抜と並んで,交雑育種の成否を大きく左右する意思決定の機会である.しかしながら,優れた交配組合せを選定するために参照すべき情報は多岐にわたる.気候変動や消費者需要の変化に即応して新品種を作出するには,交雑育種を加速するための情報を取得・集積するとともに,それらの情報を有効に活用できる仕組みを整備することが極めて重要である.

改良対象の形質について優れた遺伝的特性を有する品種・系統を交配親に使用することは,交配組合せの選択における基本である.例えば,多収品種を育成する場合,多収な品種・系統を交配親として用いるのが標準的な選択となる.ただし,多くの育種事業では,開発予定の品種の普及・利用に必須な制約条件が複数存在するため,様々な形質の情報を総合的に考慮しなければならない.育種目標や制約条件は時代によって異なるが,例えば昨今のダイズ育種では,主力品種であるフクユタカ(大庭ら 1982)と同程度のタンパク質含有率(約43%)や粒大(百粒重約30 g)であること,各地域の標準品種と同程度の熟期であることなどが求められてきた.また,特にイネなどの遺伝研究が盛んな品目では,質的・量的形質に関わる遺伝子または遺伝子座が多数特定されている.遺伝子座の機能に関わる配列情報に基づき,注目しているゲノム領域の配列をいくつかのグループに分類したものを,当該遺伝領域(遺伝子座)の遺伝子ハプロタイプ(または,遺伝子アレル)と呼ぶ.例えば,イネの出穂遺伝子Hd1は,少なくとも3種類の,異なる日長感受性を示すハプロタイプに分類できることが知られている(Yano et al. 2000, Yano et al. 2016, Itoh et al. 2018).優れた品種の育成とは,交配と選抜によって,両親の遺伝子ハプロタイプの「できるだけ良い組合せを選択」をすることに他ならない.したがって,優れた遺伝的特性を有する品種・系統を探すためには,複数の形質に関する表現型情報と,主要な遺伝子座に関するハプロタイプ情報の全てを参照することが望ましい.

優れた遺伝的特性を有する品種・系統同士を交配することは,優れた交配組合せであることが多いものの,最善の組合せであるとは限らない.優れた交配組合せを選択する場合,両親の遺伝的特性から推測される「交配後代における目標形質の分離」を考慮するべきである.多収品種の育成を例にすると,多収性に関する遺伝子座のハプロタイプが同じ系統同士を交配しても,後代における目標形質の分離はほとんど生じないため,両親を上回る多収品種を得るのは困難である.したがって,異なる遺伝要因を持つ系統同士を交配することで両親を上回る系統が得られるような超越分離を引き起こし,多収性の遺伝要因が集積された系統を選抜することが重要である(Bernardo 2014).ただし,どのように量的形質の後代分離を予測し,それに基づき優れた交配組合せを選択すべ‍きかについては,いまだ明確な結論は出ていない.特に,‍高密度なDNA多型を取得できなかった時代の研究例では,そもそも分離の予測精度が高くないこと,交配組合せ間で分離の大小には大きな差があるとは限らないことの2点を主な理由に,分離を考慮しなくても遺伝的改良の効率はそれほど変わらないのではないか,という議論も交わされてきた(Utz et al. 2001, Zhong and Jannink 2007, Bernardo 2014).それでも,ゲノムワイドで高密度なDNA多型を用いたゲノミック予測(Meuwissen et al. 2001)が量的形質の遺伝変動をうまく説明・予測できることが明らかになると,ゲノミック予測モデルと後代遺伝子型のシミュレーションを組合せた後代予測手法(Iwata et al. 2013, Mohammadi et al. 2015)が開発され,予測精度や有効性が検討されるようになった(Lado et al. 2017, Yao et al. 2018, Wartha and Lorenz 2024).また,マーカー回帰のような線形モデルについては,後代遺伝子型のシミュレーションを経ずに後代分散を求める高速な計‍算手法も開発された(Bonk et al. 2016).このような後‍代予測手法は,表現型,DNA多型,および連鎖地図という,比較的入手しやすい3種類の情報に基づき交配組合せごとの分離を予測できる汎用性の高い手法であるた‍め,多くの作目で利用できる.また,ゲノミック選抜に関する近年のシミュレーション研究では,この方法で計算された後代分離の大小を考慮して交配組合せを選ぶことで,遺伝的改良を効率化できることが示唆されている(Lehermeier et al. 2017, Wolfe et al. 2021, Sakurai et al. 2024).なお,大部分の先行研究は,ある形質を改良する(両親よりも大きな,または,小さな値にする)ことを目的としているため,分離が大きい交配組合せを積極的に選ぶことを提案している.しかし,実際の育種では,後代分離は大きければ大きいほど良いわけではない.例えば,「中生の品種を作りたい」という目的であれば,後代の平均値ができるだけ目標の成熟期(中生)に近く,かつ,分離が小さいことが望ましい.

このように,交配組合せの選択において参照すべき情報は,その種類・量ともに膨大である.さらに,これらの情報は別々に取得・管理されることがある.例えば,表現型情報は圃場試験を行う育種担当者が,DNA多型などのゲノムデータは分子遺伝学分野の研究者やゲノム解析サービスを提供する企業が,また後代予測などの解析結果は統計解析・遺伝解析の専門家がそれぞれ担当するなど,情報取得における分担と連携が進んでおり,とりわけ大規模な育種事業ではこの傾向が顕著である.また,情報の収集単位もそれぞれ異なっており,表現型情報はプロットや個体を一つの単位に,ゲノムデータはサンプルを一つの単位に,解析結果は品種・系統を一つの単位とすることが多い.このように,育種に関わるデータを取り巻く状況は複雑化しており,多大な手間と費用をかけて取得した貴重な情報が散逸し,有効に活用されていないことが課題となりつつある.この問題を解決するためには,複数の情報を適切に整理・統合してデータベースを構築するとともに,そのデータベースに格納された情報にアクセスできるwebシステムを開発し,適切な情報を適切な利用者に提供できる仕組みを整備することが求められる.

育種に関わる情報を格納・提供するデータベースやwebシステムとして,日本国内では,圃場試験(表現型・環境)データや遺伝子型データの統合利用を支援するBRIMASS(米丸ら 2022)や,様々な品種・系統が保有する遺伝子ハプロタイプ(アリル)の組合せを可視化するアリルグラフが開発されてきた(杉本ら 2023).また,様々な植物種のゲノム情報やDNAマーカー情報を集約したポータルサイトとしてPlant GARDEN(Ichihara et al. 2023)も開発・公開されている.対象を主要穀物に限定すれば,イネのRAP-DB(Sakai et al. 2013, Kawahara et al. 2013)やダイズのDaizu-net(Yano et al. 2025)などを用いることで,遺伝子に関する詳細な情報を検索・取得できる.また,海外の事例に目を向けると,表現型・遺伝子型データの管理だけでなく,それらデータの統計解析まで一気通貫にサポートするBreedBase(Morales et al. 2022)のようなシステムも開発されている.これらのシステムをフル活用して表現型データとゲノムデータを取得・整理し,必要に応じてデータの前処理・解析を行うことができれば,育種に役立つ様々な情報が得られる.しかし,そうしたデータの取得・解析は,仮にBreedBaseのような解析システムがあったとしても,量的遺伝学に関する一定の知識と経験が求められる.ListenField株式会社が東京大学大学院農学生命科学研究科,公益財団法人かずさDNA研究所と共同で開発が進められているDDB(Data-Driven Breeding platform)は,植物育種家や科学者がより良い意思決定を行うための強力な解析ツールを提供するクラウドベースのプラットフォームである(堀ら 2025).公式ウェブサイトで主要な機能の概要が公開されており,ゲノミック・セレクション(GS),ゲノムワイド関連解析(GWAS),交配シミュレーション,環境補正,欠測値の補完(Imputation)といった機能を有することが言及されている(https://www.listenfield.com/deprec).Webベースで利用できるため,利用者側がサーバーなどを準備する必要がなく導入後すぐに利用開始できるといった利点がある.さらに,DDBと連携した複合的な有償の育種支援事業(https://smartbreed.org/)も展開されていることから,多様な作物育種におけるゲノム育種の発展が期待されている.しかし,これらのシステムでは英語表記のGUIのみを提供しており,今後の育種現場への適用を考慮すると,GUIの日本語対応に加え,品種名や系統名などの情報を日本語で検索・表示可能とする機能の実装が不可欠である.また,BreedBaseやDDBでは,ユーザー自身が解析データを準備し,予測モデルを構築する必要がある.一方で,育種現場からは,品種登録に関わる未公開性を厳格に保持しつつ,機密情報をオンプレミスで解析できること,さらにモデル構築の負担を軽減し,予測結果のみを容易に参照できるシステムの実現が強く求められていた.

このような状況から,日本の育種現場に特化し,育種に関わる多様なデータを「活用」するためのシステムが,交雑育種を加速するために求められている.長年にわたる品種育成の過程で取得してきた品種・系統の表現型情報はデータ駆動型の育種にとってかけがえがないデータであるが,多くのデータはExcelファイルなどに保存されたままであり,育種現場で十分に活用できない状況であった.ゲノム情報や有用遺伝子の遺伝子型情報の取得も近年大いに進み,様々なデータベースやwebツールが開発されてきたが,それらの大部分は育種への利用を前提に作られたものではなかった.本研究では,育種担当者が交配設計に役立つ情報をweb上で俯瞰できる「育種支援システム」を開発した.本システムは,これまでの育種事業で作出され栽培評価されてきた品種や育成系統の形質や遺伝子座に関する情報を整理して表示する「品種特性情報」機能と,これらの品種・系統を交配して得られる後代における量的形質や遺伝子座の分離に関する予測結果を表示する「後代予測」機能から構成されている.これらの機能により,育種目標に応じた交配親候補の絞り込みや交配組合せの比較が可能になると考えられる.

材料および方法

1. データセットと遺伝解析

育種支援システムで表示する品種特性情報や後代予測結果のファイルは,原則としてユーザー自身が用意する必要がある.これらデータベース構築に用いるファイルは,上述した形式を満たしてさえいれば,どのようなデータに基づき,いかなる方法で用意しても構わない.交配設計において参照すべき遺伝的特性は作物種ごとに異なり,また,後代予測に関しては形質ごとに予測精度の高い手法を採用することが望ましいため,品種特性情報や後代予測結果を準備するための画一的な方法は存在しない.一方で,育種事業において得られる典型的なデータセットから品種特性情報や後代予測結果を取得するための標準的な遺伝解析を理解することは,育種支援システムを活用するためにも重要である.そこで,典型的なデータセットとして,表現型データ(付表1),全ゲノム多型データ(付表2),連鎖地図(付表3),メタ情報(付表4),遺伝子ハプロタイプ情報(付表5)という5種類のファイル(図1)を乱数生成し,これら仮想データに基づき品種特性情報と後代予測結果を取得するための遺伝解析プログラムをR言語(R Core Team 2023)によって整備した.なお,乱数生成した仮想データには,説明をわかりやすくするため,ダイズ育種を模した形質名(収量,タンパク質含有率など)や遺伝子座名(Soybean mosaic virus: SMV抵抗性遺伝子など)を付与した.以降,仮想データを用いて育種支援システムの説明を行う際には,これら仮想的な形質・遺伝子座名を用いるが,実際には全て乱数生成された値であることに注意が必要である.Pedigree Finderにユーザー登録(https://pedigree.db.naro.go.jp/)を行うことで,「育種支援シスステム」の「品種特性情報」および「後代予測」の「育種支援システム論文仮想データ」にアクセスし,利用することが可能である.

図1. 典型的なデータセット.

育種支援システムにおいて表示できる「品種特性情報」や「後代予測」は,これら5つの表形式データセットがあれば,遺伝解析を行うことで作成できる.なお,ここに表示したデータセットは全て乱数生成した仮想データであるが,列名に関しては,ダイズ育種を参考に,わかりやすい名前に置き換えている.

本稿では,品種育成試験データに線形混合モデルを当てはめて推定される遺伝効果を育種価(breeding value)と呼び,これを量的形質に関する「品種特性情報」の一つとして使用することを解析例として示した.品種特性情報は,育種価に,遺伝子ハプロタイプ情報とメタ情報を追加することで作成できる.量的遺伝学における「育種価」は,『親から子に伝わる遺伝的能力』と定義され,これは相加効果と優性効果の両方に依存する量であり,後代検定によって推定することが普通である(Falconer and Mackey 1996).そのため,品種育成試験データから推定した遺伝効果を「育種価」と呼称することは厳密な意味では妥当ではなく,『表現型値(phenotypic value)のうち遺伝的に(=環境に依存せず)定まる値』として,遺伝子型値(genotypic value)と呼称するほうが適切である.ただし,典型的な自殖性作物の育種では,純系の両親から純系の品種を作出すること,また,ヘテロ性の高い世代の表現型・遺伝子型を定量的に評価・記録することが滅多にないことから,優性効果を評価することが難しく,したがって,品種・系統の遺伝子型値と育種価を区別することが困難である.また,例えば他殖性作物の育種では,後代検定によって形質評価を行う(つまり,定義通りに育種価を評価する)こともあり,この場合には本研究とは全く異なる方法で,(本来の定義に基づく)育種価を計算して品種特性情報として参照することが考えられる.このように,植物育種では,栽培試験や形質評価によって得られる値の意味合い(遺伝子型値と呼ぶべきか,育種価と呼ぶべきか,あるいは,いずれにも該当しない特殊なケースか)が,作物種の生殖様式・育種事業の規模・対象形質の測定手法などによって異なる.このような複雑な状況を鑑み,本稿では,「育種価」という用語に『ある量的形質について,品種・系統の遺伝的特性を代表する値』という広義の解釈を与えて使用した.

品種育成試験から得られる表現型データ(付表1)は,一つの行が1件の栽培レコードに対応する表形式のファイルである.典型的な表現型データは複数の年次・育成地・試験種別から構成され,異なる栽培試験では異なる品種・系統群が評価されるが,異なる年次や環境で取得された表現型値を品種・系統間で比較することは適切ではなく,何らかの方法で年次効果や環境効果に関する補正を行うことが望ましい.そこで,遺伝解析によって,観測された表現型値を,品種・系統固有の遺伝的特性である育種価と,非遺伝的な環境効果(年次や栽培環境が表現型値に及ぼす効果)に分割する(Piepho et al. 2008, Matsushita et al. 2024).例えば,付表1に示した仮想の品種育成試験データでは,異なる年次・試験地・試験種別・播種期で表現型値が測定されているので

  
y i j k l m = μ + g e n i + l o c j + ( g e n : l o c ) i j + ( l o c : y r ) j k + ( l o c : y r : t y p e : s o w ) j k l m + e i j k l m

このような線形混合モデルを当てはめることが考えられる.ここで,yijklmは系統iを試験値j・年次k・試験種別l・播種期mで評価して得られた表現型値,μは全体平均,geniは系統iの育種価,locjは試験地jの効果,(gen:loc)ijは系統iと試験地jの交互作用効果,(loc:yr)jkは試験地jと年次kの交互作用効果,(loc:yr:type:sow)jklmは各栽培試験の効果,eijklmは誤差であり,全体平均μを除く全ての項は変量効果とする.各形質に対して,このモデルを当てはめてgeniの推定値を得ることが育種価の計算であり,例えばR言語の{lme4}パッケージ(Bates et al. 2015)を用いることで,この計算が実装できる.モデルの当てはめによって得られた育種価(付表6)は,複数の年次・環境で栽培された標準系統(比較品種)の測定値に基づき,観測された表現型値から年次や環境の効果を統計的に取り除いたものであるため,異なる年次や試験種別で評価された系統であっても,育種価を用いて量的形質の大小を比較できる.また,育種価はそれぞれの品種・系統に紐づく数値であるため,これとメタ情報(付表4)や遺伝子ハプロタイプ情報(付表5)を,系統・品種IDをキー列として統合することで,品種特性情報(付表7)が作成できる.ここで例示した育種価の計算プログラムは電子付録Aに含めたほか,モデルの設計や推定結果に関する詳細な解説を電子付録Bに示した.なお,育種価を推定するための統計モデルは,品種育成試験データの構造を踏まえて適切に設計する必要があり,上記の線形混合モデルは,あくまで仮想データについて設計したものにすぎないことに注意が必要である.

量的形質の後代予測は,①育種価を全ゲノム多型で推定・予測する統計モデル(ゲノミック予測モデル)を構築する,②それぞれの交配組合せについて,連鎖地図と両親の全ゲノム多型に基づく交配後代の全ゲノム多型をシミュレーションする,③シミュレーションした後代個体群の全ゲノム多型にゲノミック予測モデルを適用し,形質の予測値を求める,という3つの解析から構成される.解析に用いる典型的な全ゲノム多型データを付表2に,連鎖地図は付表3に示し,これらのデータと育種価(付表6)から後代予測を行う解析プログラムを実装した(電子付録A).ゲノミック予測や後代遺伝子型のシミュレーションを行うパッケージは複数開発されているが,同プログラムでは{BGLR}パッケージ(Pérez and de los Campos 2014)に実装されたBayesBモデルを予測モデルに採用し,{BreedingSchemeLanguage}パッケージ(Yabe et al. 2017)を用いてF2分離世代200個体の遺伝子型をシミュレーションした.なお,育種価を変量効果とみなして推定した上で,その推定値をゲノミック予測モデルの構築に利用する二段階の解析は,縮小推定が繰り返されることから最善の解析手法ではないと考えられている(Holland and Piepho 2024)が,本研究では解析パイプラインを単純化するため,この問題を考慮しなかった.

なお,分離の予測(後代全ゲノム多型のシミュレーション)はF2世代を対象に計算を実施したが,十分多くの遺伝子座に支配される量的形質について,無選抜かつ自殖によって世代を更新する場合には,形質の集団平均値は世代間で変化せず,Ft世代における分散σFt2

  
σ t 2 = 2 [ 1 ( 1 2 ) t 1 ] σ F 2 2

によって計算できる(Falconer and Mackay 1996).ここで,σF22は後代予測によって計算されたF2世代における分散である.特にtの場合には

  
σ t 2 = 2 σ F 2 2

であるため,無選抜で自殖を繰り返して得られる純系集団の分散は,F2世代における分散の2倍であり,したがって,標準偏差は21.4倍である.

2. 育種支援システムの概要

開発した育種支援システムの全体像を図2に示した.育種支援システムの基本機能は,それぞれの品種・系統について形質や遺伝子の情報を整理した「品種特性情報」と,交配後代における量的形質や遺伝子ハプロタイプの分離に関する予測結果をまとめた「後代予測」という二つの情報を表示し,絞り込みや並べ替えに基づく交配親の選定を支援することである.具体的には,利用者が品種特性情報と後代予測結果にアクセスできるように,農研機構で開発したPedigree Finder(鐘ヶ江ら 2022)の新たな機能として「育種支援システム」を追加した.また,データ管理者が品種特性情報と後代予測結果を追加・更新・削除できるように,ライフサイエンス統合データベースセンターから公開されている「データベースを簡単に作ることができるサービスTogoDB(http://togodb.org/)を利用して開発されたNARO TogoDB(https://togodb.db.naro.go.jp/)を用いてwebデータベースを構築する仕組みを整備した.

図2. 育種支援システムの全体像.

育種支援システムは,品種特性情報と後代予測から構成される.品種特性情報は,表現型データに基づき推定された品種・系統の遺伝的特性である育種価に加え,各品種・系統のメタ情報や,保有する遺伝子ハプロタイプの情報から構成される.後代予測は,全ゲノム多型と連鎖地図,および育種価に基づき計算される量的形質の後代予測結果と,両親が保有するハプロタイプから導かれる,遺伝子ハプロタイプの分離に関する情報からから構成される.ユーザーは,GUIを通して,NARO Togo DBに構築されたデータベースのうち,自身に閲覧権限が付与されたものにアクセスすることができる.

3. 品種特性情報の表示

交配親候補の品種・系統が有する種々の遺伝的特性を比較検討することは,交配設計の基本である.そこで,一つの行が一つの品種・系統(集団改良などの場合は,個体や集団などの1単位)に対応し,一つの列が一つの形質や遺伝子,あるいは品種育成に関する種々のメタ情報に対応する表形式のファイル(付表7)を,育種目標に適合する交配親選択を可能とするデータセットの標準フォーマットとして構築し,「品種特性情報」データと定義した.メタ情報の典型例として,その品種や系統が育成された年度や育成地,近代品種か遺伝資源か,ゲノム情報が取得済みかどうか,などが挙げられる.それぞれの品種・系統に紐付き,一つの数値や文字列で記載される情報であれば,交配設計に役立つ情報をメタ情報として品種特性情報ファイルに含めることができる.

次に,品種特性情報に基づく交配親の適切な選定を目的として,品種特性情報を検索・表示するGUI(graphical user interface)を開発した.開発した「品種特性情報」画面では,品種特性情報を表形式で閲覧できるほか,品種・系統名での検索や,各形質の育種価(遺伝的能力)や遺伝子ハプロタイプによる絞り込み・並べ替えなどの標準的な操作が可能である(図3).品種・系統名での検索については,テキスト形式の系統リストファイルをアップロードすることにより,興味のある品種・系統群の情報のみを表示できる機能を整備した.また,ヒストグラムを用いた形質や遺伝子に関する絞り込み機能を開発し,データに含まれる品種・系統群における形質の分布や遺伝子ハプロタイプの頻度を視覚的に捉えられるようにした.これらの機能により収量・品質などの量的形質を可視化するだけでなく,病害抵抗性の遺伝子ハプロタイプなどの質的形質を同時に評価することが可能となった.さらに,表全体をcsv形式で,または,系統名(ID)をテキスト形式でダウンロードする機能を整備することで,品種特性情報を利用者のPC上で参照したり,比較検討した品種・系統のリストを保存したりできるようにした.

図3. 品種特性情報タブの概要.

品種特性情報タブでは,各品種・系統に関するメタ情報,形質情報(育種価),遺伝子ハプロタイプ情報が表形式で表示される.画面右側のフィルタ機能による絞り込みや,列名の右側に表示されるソートアイコン(▲/▼)を使用した昇順・降順での並べ替えができるほか,列の表示・非表示や,表のダウンロードも可能である.本図は,仮想データにおいて収量の高い順に並べ替えた際の画面を,抜粋・簡易化したものである.実際のweb画面は付図1に示した.

4. 後代予測の表示

ある遺伝子座について両親の保有する遺伝子ハプロタイプが特定されていれば,交配後代における,当該遺伝子座の分離の有無を判断できる.また,表現型データとDNA多型データに基づく遺伝解析によって,量的形質についても交配後代における分離を予測することができる.量的形質の後代分離予測結果と,遺伝子ハプロタイプの分離に関する情報を合わせた表形式のファイル(付表8)を,育種目標に適合する交配親選択を可能とするデータセットの標準フォーマットとして「後代予測」データと定義し,「品種特性情報」画面と同様の表示・検索GUIとして「後代予測」画面を開発した(図4).「後代予測」データは,1件のレコードが一つの交配組合せに対応する.そのため,表の1列目には交配組合せの名前(ID)を,2列目と3列目には種子親と花粉親の名前(ID)を記載することとした.なお,量的形質の分離は平均と標準偏差という二つの数値で表示されるが,並べ替えや絞り込み機能では後代平均のみを参照する仕様とした.後代平均での並べ替え後に,標準偏差の値を用いて分離の大きさも確認可能である.複数形質を考慮し,ある形質での超越分離を確認した上で,他の重要形質についても検証することで,総合的な有用性を確認することができる.データの表示・絞り込み・並べ替えなどの各種操作に関する仕様は,品種特性と後代予測で共通である.

図4. 後代予測タブの概要.

後代予測タブでは,交配組合せごとに,量的形質と遺伝子ハプロタイプに関する分離の予測結果が表示される.品種特性情報タブと同様に,画面右側のフィルタ機能による絞り込み,列名の右側に表示されるソートアイコン(▲/▼)を使用した昇順・降順での並べ替え,列の表示・非表示,表のダウンロードなどが可能である.本図は,仮想データの後代予測結果を表示し,後代平均収量の高い順に並べ替えた際の画面を,抜粋・簡易化したものである.実際のweb画面は付図4に示した.

可能な総当たり交配の総数は,親候補がN系統ある場合にはN(N−1)通りである.そのため,例えば品種特性情報に1,000品種・系統が含まれる場合,それらの総当たり交配は999,000通りとなる.このような大規模データを標準的な表計算ソフト(Excelなど)で表示・検索することは困難であり,データベースの利用が必須となる.また,データベースを構築していたとしても,データ全体をサーバーから読み込んで表示するには相応の時間を要する.そこで,「後代予測」画面では,まず種子親と花粉親をユーザーが指定し,選ばれた種子親と花粉親から構成される交配組合せだけをサーバーから取得して表示する仕様とした.

5. データセットの管理

育種支援システムの設計に当たっては,データの追加・修正・更新が比較的容易であること,および,利用者ごとのアクセス権限が詳細に制御できることを目的に,NARO TogoDBを用いた.ほとんどの育種事業では毎年新たな品種・系統が作出され,それらが新たな交配親の候補となるため,最新の情報を育種関係者間で共有できるよう,データを容易に追加・更新できる仕組みを整備することは重要である.他方,育種支援システムで表示する品種・系統の特性や予測結果には,誰でも自由にアクセス・利用・再利用できるものだけでなく,機密性や知財確保などの観点から利用範囲を制限すべきデータも存在する.そこで,データ提供機関の希望に応じてアクセス権限を制御し,特定のユーザーのみが当該データを閲覧できるよう設定することを可能にした.また,本データベースでは,閲覧権限だけでなく,編集権限もユーザーごとに細かく設定できる.そのため,データセットごとに適切なユーザー(各作物の責任者や,その委任を受けたデータ管理者)へ編集権限を付与することで,システム管理者が全てのデータについて更新・修正作業を行う必要がなくなり,効率的なデータの管理が可能になった.

育種支援システムは,BreedBase(Morales et al. 2022)やDDB(堀ら 2025)のようにユーザー自身がwebシステム上で解析プログラムを実行するのではなく,事前に実施された解析結果を集約した情報をユーザーに表示する仕様とした.特に交配後代の後代予測には相応の計算資源が必要であることから(例えば500系統の総当たり交配組合せ数は249,000通りにもなる),オンデマンドで解析を行うには大規模なデータをサーバーに保持しなければならず,また,結果の表示に長い待ち時間が生じることでユーザーの利便性も悪化する.計算負荷の高い解析を事前に実施することで,サーバーの負荷を抑え,ユーザーの利便性を向上した.この仕様には,多くの場合に秘匿性が求められる生データ(例えば付表1のような栽培試験のデータや,付表2のような全ゲノム多型データ)をサーバーにアップロードする必要がないという利点もある.

結果

1. 「品種特性情報」タブを活用した有望な交配親候補の検索

開発した育種支援システムの活用例を示すため,乱数により生成された仮想データを用いて,多収品種を育成するためにどのような交配親候補が考えられるかを検索した.Pedigree Finderにログインして,画面上部の「育種支援」をクリックし,利用する機能として「品種特性情報」を選択すれば,ユーザーの権限に応じて閲覧可能なデータセットがリスト表示された.リストから,「育種支援システム論文仮想データ」を選択すると,選択した品種特性情報データの冒頭部分が表示される初期画面に遷移し,仮想データ150系統の情報を閲覧できた.多収品種を育成することを想定して「収量」列で並べ替えを行うと(図3,付図1),Line122が収量44.1 kg/aで最も多収であった.ただし,この系統は全ゲノム多型データの有無を記載する「Genotyped列」がNo(ゲノム情報なし)となっており,育種上重要な遺伝子座に関する遺伝子ハプロタイプ情報が全く登録されていなかった.また,試験回数などのメタ情報を確認すると,Line122は,これまでに延べ4回しか試験されていないことも明らかとなった.一方で,収量が2番目に高いLine013は,延べ8回の栽培試験データがあり,遺伝子ハプロタイプも取得されているなど,Line122よりも情報量が豊富であった.試験回数が多い系統は,交配親として多く利用されてきた主要系統であると考えられるが,試験回数が少ない系統に比べて育種価の推定データは正確であると考えられる.次に,3番目に多収なLine040をLine122やLine013と比較すると,Line040は成熟期が早く,開花期に関する遺伝子座qFTも早生型(注:このqFTは,ftが早生型,FTが晩生型となるように乱数生成された架空のQTLである)であるため,早生な多収品種の育成に向いた系統であることが推察できた.このように,表現型(育種価),遺伝子型,そしてメタ情報の3つを同時に参照することで,複数の多収素材候補系統に関して,それぞれの系統が持つ収量性以外の遺伝的特性も比較することができた.

育種支援システムは,表形式データの検索をサポートする並べ替えなどの基本機能に加えて,データの可視化により,複数の形質を評価したり,ある形質について中間的な値を示すような品種・系統を抽出したりといった,様々な育種目標に対応した操作ができるよう開発した.例えば,表の左側に配置された「散布図の表示」ボタンをクリックし,x軸とy軸に表示したい形質を選ぶと,表で選択した系統をハイライトした散布図が表示される(付図2).これにより,自身が注目している品種や育成系統の収量やタンパク質含有率がデータセット全体の上位何%程度に当たるかを確認することができる.また,画面右側のフィルタには,シンプルな完全一致による系統名の検索だけでなく,ヒストグラムを用いた数値データの絞り込み機能を開発した.例えば中生品種の育成を目標に,極早生・極晩生の品種・系統を除外したデータを表示したい場合には,ヒストグラム下部のスライダー左端・右端を動かすことで,成熟期が一定の範囲に収まる系統群だけに絞り込むことができる.さらに,このヒストグラムでは,全データにおける度数分布を背景に薄い緑色で,絞り込み後のデータにおける度数分布を前面に濃い緑色で表示した.これにより,もし成熟期に関するスライダーを左に動かして早生型だけに絞り込むと,成熟期と正の相関がある収量に関するヒストグラムが左側にシフトする(付図3).このように,形質間のトレードオフを参照しながら,絞り込みの閾値を調節できるようにした.

2. 「後代予測」タブを活用した有望な交配組合せの検索

「後代予測」に関しても,仮想データにおける有望な交配組合せの検索を行った.先述の「品種特性情報」と同じく,「後代予測」でも最初にデータセットを選択する.ただし,「後代予測」では,さらに種子親と花粉親を選択して「絞り込みを適用」ボタンをクリックするまでは,データが表示されない(付図4a).後代予測結果の表は大規模になる傾向があるため,仮に種子親として使いたい系統が決まっている場合には,その系統に関する組合せだけを事前に選ぶことで,データセットの表示にかかる時間を大幅に減らすことができる.ただし,今回の仮想データは系統数が少なく,全通りの交配組合せを対象に検索しても問題ないため,種子親・花粉親ともに「全選択」してから「絞り込みを適用」ボタンを押した.これにより,仮想データにおいてDNA多型が取得済みの100系統に関する総当たり交配(9,900通り)の結果が表示された(付図4b).

なお,育種支援システムは,雌雄を入れ替える正逆交配を区別することを原則に設計した.多くの作物は両全性であり,後代分離の予測結果は雌雄を入れ替えても同じになることが普通だが,対象とする作物・形質によっては雌雄を区別する必要や利点が生じる可能性がある.例えば,ミトコンドリアに育種上有用な遺伝子が存在する場合(例えばNakazato et al. 2024)には,その遺伝子が母系遺伝する.種子親の選択が後代の生育や形質に影響を及ぼし得ることから,正逆交配を区別することが望ましい.

表示された9,900通りの組合せについて,多収品種の育成を想定して「収量」列で並べ替えを行ったところ(図4,付図4c),最も交配後代の平均収量が高くなるのはLine006とLine013の組合せで,39.3 kg/aと予測されていた.そのほか,Line013とLine040の組合せなど,収量の育種価が高い系統同士の交配組合せが,この並べ替えで上位を占めた.ゲノミック予測を用いた後代予測では,優性効果を考慮しない限り,交配後代の集団平均は両親平均とほぼ一致するため,これは当然の結果である.また,分離世代で達観評価や栽培試験を行い多収な個体・系統を表現型選抜することを考えると,分離が大きいほど選抜の効果が大きくなるが,今回の仮想データでは,後代分離の大きさ(±記号の後ろに表示される,F2世代における標準偏差)も,平均収量上位の組合せ間にほとんど違いがなかった.そのため,収量に関する予測結果のみを踏まえて交配組合せを選ぶのであれば,Line006とLine013を交配するのが最善だと考えられた.

しかし,改良したい形質に注目して育種価上位の系統同士を交配することは,必ずしも優良系統や新品種の作出に結びつくとは限らない.改めてLine040 × Line013に関する交配予測の結果を詳細に確認すると,この組合せでは,qFT遺伝子座の遺伝子型が分離してしまうことがわかった.また,これを反映してか,成熟期の分離が大きい(F2世代での標準誤差が ±7.9日)と予測されていた.開花や成熟に関わる遺伝子座は生育の全般に影響することが多いため,Line006 × Line013の後代を展開した場合,圃場内で生育に大きなムラが生じてしまい,栽培管理が難しくなったり,達観評価による初期選抜が難しくなったりすることが懸念される.そこで,「qFT遺伝子型がft/ftで固定される」という条件で絞り込むと,収量の後代平均が高いのはLine040 × Line006で38.3 kg/aであった(付図5).この組合せでは,両親ともqFT座がft型(早生型)であることから,後代における生育が揃いやすい.また,架空のウイルスに対する抵抗性遺伝子SMVも抵抗性型(R型)で固定されている(Line006 × Line013ではR/Sで分離する)ことから,この病害抵抗性が必須の場合には,マーカー選抜の手間も削減できる.よって,Line040 × Line006という交配組合せは,収量の後代平均こそLine006 × Line013よりわずかに劣るものの,特に早生品種を育成したい場合には,有力な選択肢だと考えられた.このように,育種支援システムを用いて,様々な基準で絞り込みや並び替えを行うことで,異なる交配組合せの長所と短所を把握することができた.

考察

優れた交配組合せを選ぶためには,様々な品種・系統の遺伝的特性を比較・検討するとともに,組合せごとの後代における遺伝子ハプロタイプや量的形質の分離予測を参照することが望ましい.そこで,表現型や遺伝子ハプロタイプ,交配後代の予測結果など,交配親の選択に有益な情報を,「品種特性情報」と「後代予測」という2種類のシンプルな形式に統合し,これらを適切な範囲の利用者に提供するために,育種支援システムを開発した.また,ダイズ育種を模したデータを仮想生成するとともに,育種価の推定や後代予測を行う遺伝解析プログラムを作成することで,育種支援システムの入力ファイルを取得するための典型的なデータの解析フローを整備した.さらに,開発したシステムの利用事例として,作成した仮想データを題材に,育種支援システムのweb画面を用いて交配組合せを選択した.この利用例では,育種支援システムの活用によって,多収系統同士の交配組合せであっても,早晩性が大きく分離してしまう組合せや,あまり分離しない組合せがあることが確認できた.実際の品種育成において参照するべき形質や遺伝子座は,仮想データのそれよりも圧倒的に多いため,交配組合せの選択は極めて複雑な意思決定プロセスとなるが,仮想データの場合と同様に,様々な基準で品種・系統の比較を行うことで,優れた交配組合せを発見できる確率が高まると期待される.

育種支援システムは,「品種特性情報」と「後代予測」という2種類の機能を構築するために必要な「品種特性情報」と「後代予測」の表形式ファイルは,原則としてユーザーが用意する必要がある.本研究では,生殖様式や育種法,入手可能なデータの種類・量・質が異なる様々な作物種・育種事業に育種支援システムを展開するために,このような,遺伝解析とシステム本体を切り離した設計を採用した.例えば,後代予測を行うための解析プログラムは,生殖様式に依存する.本研究で例示した遺伝解析では,自殖性作物の育種を想定し,親系統が純系,つまり全ての多型がホモ接合型であることを前提とした.一方,例えば他殖性作物や循環選抜を対象とする場合には,親系統(個体)のゲノムにヘテロ接合型の多型が存在するため,後代予測を行うには,後代遺伝子型のシミュレーションに先立って,遺伝子型データのハプロタイプフェージング(haplotype phasing,母親由来のゲノムと父親由来のゲノムに分けること)を実施しておく必要がある(例えばIwata et al. 2013).また,サツマイモなどの高次同質倍数性の作物に関する後代分離の予測手法は,いまだ確立されていない.後代分離予測だけではなく,「品種特性情報」を用意するための育種価の計算方法(使用するべき統計モデル)も,使用できる品種育成試験データに依存している.しかし,異なる解析手法を用いても,品種育成試験データに基づく育種価や,品種・系統ごとのメタ情報,遺伝子ハプロタイプ情報は,本研究で定義したような,品種・系統の名前(ID)を一つの行とする表形式のファイルにまとめることができる.後代予測に関しても同様であり,どのような解析手法・予測モデルを採用しても,一つの交配組合せごとに予測結果を整理することで,育種支援システムを利用できる.本研究では,このように,対象の作物種を問わず共通して利用できる部分を育種支援システムとして開発し,自動化することが難しいデータ解析に関しては,解析の一例を示した.

1. 品種育成試験データの遺伝解析手法

品種・系統の遺伝的特性を網羅する「品種特性情報」は,多数の品種や育成系統を一元的に比較できるよう,形質や遺伝子座に関する情報を,品種・系統を単位として整理・集約したものである.この集約においては,表現型データの遺伝解析が特に重要な役割を果たす.表現型データを取得するための典型的な品種育成試験では,異なる複数の環境・年次・栽培条件で,異なる品種群が栽培されることから,単に測定された表現型値の平均値を品種・系統ごとに計算することは,品種・系統間の遺伝的特性を比較するのに最適な方法ではない.この問題に対応する簡単な方法として,何か一つ基準となる品種(標準品種)を定めて,栽培試験ごとに対標準品種比を計算する(複数回の試験記録があれば,同じ標準品種について対標準品種比を計算して,その平均をとる)ことも広く行われている(例えば 羽鹿ら 2016).しかし,とりわけ大規模な長期間の品種育成試験データを統合したい場合には,必ずしも全ての年次・環境で同じ標準品種が栽培評価されているとは限らない.本研究で例示した線形混合モデルの当てはめによる育種価の計算手法は,対標準品種比の適用が困難なデータセットであっても使用可能な,より汎用性の高い方法である.ただし,統計モデルでどのような要因(年次,環境,施肥など)を考慮するかによって育種価の推定結果も変化するため,統計モデルの設計には十分な検討が必要である.例えば,農研機構におけるイネの品種育成試験で取得された約30年分の表現型データを解析した研究(Matsushita et al. 2024)では,年次・環境・施肥に関する主効果と交互作用効果を含めた飽和モデル(saturated model)を出発点として,lmerTestパッケージ(Kuznetsova et al. 2017)のstep関数を用いて不要な項を削除するという方法で,最適だと思われる統計モデルを決定した.また,同研究では,アミロース含有量に関しては,測定が特定の環境(試験地)に大きく偏っていたことから,環境効果をあらかじめモデルから削除するという工夫も行われていた.なお,本研究では,仮想データも含めて,生育途中に測定される形質や,収量構成要素などに細かく分解した形質を具体例から省いたが,一つの値で記録される形質であれば,収量や成熟期と同様に遺伝解析を実施し,育種支援システムで扱うことができる.

本研究では複数の試験地にまたがる(仮想的な)品種育成試験データ全体に対して線形混合モデルを当てはめて育種価を推定する解析例を示したが,データを試験地ごとに分割し,個々の試験地に対して線形混合モデルを当てはめることもできる.育種価は環境によらない遺伝的変動を推定したものであるため,全国規模の品種育成試験データが解析対象の場合,データ全体から推定される育種価は,その品種・系統が(データを取得した環境で)平均的にどの程度のパフォーマンスを示すかを表す値と解釈できる.開発しようとする品種の普及対象地域が事前に決まっている場合には,対象地域において優れた遺伝的特性を示すかどうかを意思決定の判断材料とするべきである.したがって,遺伝子型と環境の交互作用により大きく変動する形質については,試験地ごとにモデルを構築して後代の分離を予測することで,特定の試験地では分離が大きく(または小さく)なる可能性がある.この現象は,特定の試験地でのみ効果が顕著となる遺伝子が存在し得るためである.また,このような場合には,目的形質の分散が大きく(または小さく)なる試験地を特定することも可能であるため,各試験地における育種価を個別に推定することが望ましいと考えられる.育種支援システムにデータセットを追加することは容易であるから,例えば,同じダイズの品種育成データに基づく解析であったとしても,「ダイズ品種特性_全国版」として全地域のデータ解析結果を,「ダイズ品種特性_東北版」などとして地域ごとの解析結果を,それぞれ分けてシステムに搭載することができる.

2. 後代分離予測の活用と精度評価に関する課題

望ましい遺伝的特性を持つ系統同士の交配は優れた交配組合せであることが普通だが,最善の交配組合せであるとは限らない.交配組合せの善し悪しは,その交配によって生じる後代個体・系統の分離に基づき判断するべきである.育種支援システムの「後代予測」は,量的形質に関する分離の予測結果や,両親の遺伝子ハプロタイプに基づく遺伝子型の分離を一覧表示することで,分離も考慮した交配組合せ間の比較を可能にした.全ゲノム多型に基づく後代予測は,ゲノミック予測モデルの構築に加えて後代遺伝子型のシミュレーションを実施するなど追加の計算が必要であり,解析手法を理解して使いこなすのが難しく,また,利用可能な育種素材の総当たりのような多数の交配組合せを対象に解析を実行するためには相応の計算資源が必要となることもあり,主要穀類に関する大規模な交雑育種の現場で広く活用されているとは言い難い状況であった.育種支援システムによって,後代予測のような比較的新しい情報解析技術がさらに普及することが期待される.

表現型値は,遺伝要因および環境要因の影響を受けて決定されるため,環境要因により変動する.表現型値の変動がどの程度遺伝要因によって説明されるかを示す統計的指標として「遺伝率」がある.遺伝率が高いほど,表現型の違いが遺伝的に説明できる割合が高く,ゲノミック予測の精度が高くなる傾向があるとされる.一方で,遺伝率が低く,環境要因の影響が大きい形質は,ゲノム情報のみでの予測が難しく,精度が低下する.後代予測の精度は,ゲノミック予測と同様に,予測対象とする形質の遺伝様式や予測モデルの訓練に用いるデータセットに依存する(Yao et al. 2018).しかし,ゲノミック予測とは大きく異なり,後代分離の予測精度を検証するのは極めて難しい.というのも,後代予測では一つの交配後代集団が一つのデータ点であるため,例えばn = 100点のデータで精度検証をするには,100通りの交配組合せについて分離集団の表現型分布を測定する必要がある(つまり,仮に一つのF2分離集団につき30個体で集団平均と分散を測定するとしても,合計3,000個体の表現型計測が必要となる)からである(Wartha and Lorenz 2024).よって,現段階では,個別の育種事業で取得されたデータセットを用いて後代予測の精度を見積もることは難しい.育種支援システムにおける量的形質の後代予測には,このような限界があることを理解して参照することが望ましい.なお,後代予測に関する研究開発を加速するためには,育種学研究に関わる多くの専門家が連携して,多数の分離集団について表現型データを取得・解析することが必要不可欠である.育種事業の規模にもよるが,交雑育種では複数の交配組合せに由来する分離集団を展開する.通常,F2やF3のような多数の個体を展開する分離世代では,達観によって生育不良な個体を淘汰するのみで定量的な形質評価は実施しないが,例えば高速フェノタイピング技術(Ninomiya 2022)を用いてこのような分離世代の表現型値を測定することで,後代予測の精度検証に必要な表現型データを取得できる可能性がある.育種支援システムはゲノム育種(genomics-assisted breeding)の普及を目的とするものであるが,システムで参照される遺伝子情報や遺伝解析手法を拡充・改善するためには,育種現場で日常的に作出・展開される交配集団を材料とする育種ゲノミクス(breeding-assisted genomics)研究(Poland 2015)が極めて重要だと考えられる.

一方,イネおよびダイズにおける多収性の向上を目指す育種戦略において,F1ハイブリッドによる超優性効果やエピスタシス効果の固定化は,現状のシステムでは十分に活用されていない.「育種現場で日常的に作出・展開される交配集団の材料」のみでは,遺伝的多様性の確保や新たなアレルの組合せには限界があり,複雑な遺伝的相互作用を十分に捉えることが難しいと考えられる.単交雑由来の選抜やアレル組合せに依存する場合,組合せの多様性の制限や遺伝的天井に直面する可能性は否定できない.したがって,MAGIC集団のような多系統交配による多様なアレル組合せの導入などの取り組みは,今後の育種戦略において不可欠である.育種現場における実践的知見と,統計遺伝学およびゲノム解析の融合により,より広範な遺伝的背景を活用する育種体系の構築が求められる.

3. 育種支援システムの運用・改良

育種支援システムは,幅広い利用者の需要に応えるため,データの共有・秘匿を柔軟に調整できるよう設計した.ほとんどの育種事業では,知財確保などの観点から,育成試験データの一部または全部を秘匿する必要がある.一方で,国研や大学などが基礎研究として実施した栽培試験の表現型データや,すでに育成者権を喪失した古い品種・代表的品種のゲノム情報に関しては,我が国における育種の効率化につながる公共性の高い情報であることから,多くの(あるいは,全ての)育種事業者で共有・活用可能な公開データにできる可能性もある.いずれにせよ,育種に関するデータの公開・共有・秘匿は,極めて繊細な取り扱いが求められる複雑な問題である.育種支援システムは,ユーザー登録システムによって情報の利用者を明確にするとともに,データセットごとにアクセス権限を制御して,この複雑な問題に対処できる.こうしたデータの共有・秘匿を含む具体的な育種支援システムの運用に関しては,今後,様々な育種事業者と議論を深めることで,最適な方法・体制を探ることが必要だと考えられる.

育種支援システムの機能は,今後も利用者の要望に応じて追加・改善を継続する予定である.例えば,これまでPedigree Finder(鐘ヶ江ら 2022)が整理・提供してきた系譜情報との連携は,未実装の課題として残されている.系譜情報は,品種特性と後代予測の両方に有益である.例えば,ある病害抵抗性が一つの真性抵抗性遺伝子に支配される場合を考えると,ある系統の両親がともに真性抵抗性かつ純系であれば,その系統自身も(突然変異などを除けば)真性抵抗性を示すことがほぼ確実であるため,圃場や接種試験による病害抵抗性の評価が行われていなかったとしても,系統の遺伝的特性(抵抗性か感受性か)が,系譜と両親の形質(または抵抗性遺伝子のハプロタイプ)から判断できる.後代分離に関しても,全ゲノム多型が未取得で系譜しかない系統の表現型データをゲノミック予測に活用することができ,予測精度の改善が期待される.また,血縁関係にある品種・系統は共通するハプロタイプを保有する遺伝子座が多くなるため,交配後代の分離は小さくなることが期待されるなど,系譜情報から算出される両親間の近縁係数に基づき,分離の大小をおおよそ見積もることができると考えられる.また,BRIMASSやアリルグラフなどの各種ゲノム情報データベースと連携し,表現型・遺伝子型データを取得・解析する仕組みを整備することも重要課題の一つである.主要穀類を中心に,農業上有用な遺伝子座のカタログ化が進んでいる.現在の育種支援システムでは,表形式で各品種・系統が保有する遺伝子ハプロタイプを表示することはできるが,アリルグラフのような可視化機能は未実装である.また,カタログ化された有用遺伝子の遺伝子ハプロタイプを活用した量的形質の予測や,構築した予測モデルに基づく交配後代の分離予測も興味深い研究課題だと考えられる.全ゲノム多型を用いる場合でも,少数の遺伝子に関するハプロタイプを用いる場合でも,予測に用いる統計モデルは同じものを使用でき,解析プログラムにもほとんど変更を加える必要はない.一方で,既存の後代分離予測プログラム群はbi-allelicな遺伝子型データを想定して開発されており(Mohammadi et al. 2015, Yabe et al. 2017, Gaynor et al. 2021),一つの遺伝子座が複数のハプロタイプに分類されるmulti-allelicな遺伝子型データを扱うためには,やや大規模なプログラムの書き換えが必要となる.

これまでに開発されてきた育種データの管理・活用に関するwebシステム・解析ツール群は,必ずしも育種担当者が使いやすい形式で情報を提供するものではなかった.例えば,TASUKE(Kumagai et al. 2013, 2019)やDaizu-net(Yano et al. 2025)によって,ある遺伝子座の機能や染色体上での位置を確認したり,当該遺伝子座に変異を持つ品種・系統を調べたりすることはできるが,ある品種・系統を選んで,その品種・系統が持つ複数の遺伝子ハプロタイプを一覧表示することはできなかった.そのため,ある遺伝子について調査・研究するためには非常に便利である一方で,ある品種・系統の遺伝的特性を把握する目的には適さなかった.そこで,「品種特性情報」や「後代予測」では,品種・系統ごとに(あるいは,交配組合せごとに)情報を整理することにより,育種担当者にとって参考にしやすいシステムを開発した.育種支援システムによって,育種担当者がこれまで自身の知識・経験に基づき思考していた交配組合せの設計に,農業上重要な遺伝子のハプロタイプ情報や,様々な形質の育種価などの,育種データに基づく判断材料が追加される.これにより,それぞれの品種・系統について,これまで見過ごされてきた長所や短所を把握するとともに,交配組合せごとの分離も考慮しながら,優れた交配組合せを選択できるようになると期待される.

謝辞

本研究は,「戦略的イノベーション創造プログラム(豊かな食が提供される持続可能なフードチェーンの構築)」(JPJ012287),農林水産省委託プロジェクト研究「令和5年度農林水産研究の推進(委託プロジェクト研究)作物横断的育種効率化基盤プロジェクト」(JPJ012037)の予算により実施されました.システム開発に当たっては,ペンギンシステム株式会社,株式会社ペンク,農研機構農業情報研究センターデータ研究推進室,作物研究部門ゲノム育種支援室,農研機構ダイズ育種関係者の各位に多くのご協力をいただきました.また,本研究の遂行と原稿の執筆に当たり,農研機構作物研究部門石本政男博士に多くのご助言をいただきました.ここに記して深謝致します.

電子付録

電子付録A.本稿で使用した仮想データの生成および解析プログラム.

電子付録B.育種価計算に関する補足資料.

付表1.仮想生成した表現型データ.

付表2.仮想生成した全ゲノム多型データ.

付表3.仮想生成した連鎖地図.

付表4.仮想生成したメタ情報.

付表5.仮想生成した遺伝子ハプロタイプ情報.

付表6.仮想データに基づき推定された育種価.

付表7.仮想データに基づき作成した「品種特性情報」ファイル.

付表8.仮想データに基づき作成した「後代分離」ファイル.

付図1.「品種特性情報」タブのweb画面.

付図2.「品種特性情報」タブにおける散布図の表示.

付図3.ヒストグラムを用いた絞り込みの例.

付図4.後代予測タブのweb画面.

付図5.qFT遺伝子座の分離に基づく絞り込みの例.

引用文献
 
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