2026 年 28 巻 1 号 p. 3-11
近年のコンピューターシミュレーション技術の発達により,発生過程の植物器官の形状をシミュレートすることができるようになりつつある.このような技術は植物育種学研究において,どのような貢献をするだろうか? 本総説では,まず,植物の器官成長モデリングと呼ばれる技術について,基礎となる概念を紹介する.特に,植物における相対成長率,成長の方向を決める軸性,器官の変形を生み出す軋轢について,最近の研究例とともに概説する.さらに,本技術の植物育種学への応用可能性を論ずる.
Recent advances in computer simulation technologies have made it increasingly possible to simulate the shapes of plant organs during their developmental processes. How may such technologies contribute to research in plant breeding science? This review introduces the fundamental concepts of a technique known as plant tissue growth modeling. In particular, we outline recent studies focusing on relative growth rates, axiality that determines growth direction, and mechanical conflicts that lead to organ deformation. Furthermore, we discuss the potential applications of this technique in the field of plant breeding studies.
多細胞生物は,適応的な形を有する様々な器官から構成される.これは植物にとっても例外ではなく,植物は光合成を行うための薄く広がった葉,上部の構造を支えるための円柱状の茎,地下にある養分や水分を効果的に摂取するために枝状に広がる根など,適応的と考えられる形を有する器官を持っている.このような器官の形が潜在的に有する機能性は,植物が生存するうえで無くてはならないものであるため,進化の過程で自然選択の対象であったと考えられる.すなわち,植物は,様々な自然環境に適応する機能的な形を,進化の過程で獲得してきたと考えることができる.
同様に,現在,人類によって栽培されている栽培植物は,栽培環境において機能を発揮する様々な器官の形を栽培化の過程で獲得してきたと考えられる.例として,収穫量を増やすことに貢献する大型の貯蔵器官(根や果実)や,集約栽培に向くコンパクトな草型などが挙げられる.これら形の変化は栽培化シンドロームの一例としても知られている.すなわち,栽培植物の形は古来より人類による選抜の対象であったと考えることができる.このことは,作物の形をいかに制御するか,ということが,現在あるいは将来の育種にとって重要な命題であることを暗示している.
育種学においても,作物あるいは器官の形を決定する遺伝子は,重要な研究対象の1つである.例えば,穂の構造を変更する遺伝子(Ishii et al. 2013, Tanaka et al. 2017など)や,草丈を変える遺伝子(Monna et al. 2002)などについての無数の自然変異あるいは人為突然変異が研究の対象となり,様々な遺伝子の機能が明らかになっている.これら遺伝子のうちいくつかは,細胞の数や細胞の大きさと関係することが知られている.すなわち,細胞の数が増加する,あるいは細胞の大きさが大きくなることによって,器官の大型化が達成されることがわかっている(Mizukami and Fischer 2000).しかしながら,細胞数の増加や細胞サイズの増加が,器官の形の変化にどのように貢献しているのかはあまりよくわかっていない.特に,複雑な3次元形状を持つ器官の場合,細胞数や細胞サイズの変化と,器官形状の変化はどのように結びついているのだろうか.
近年の計算技術の進歩により,植物器官の形状変化をシミュレートすることが可能となっている.このようなシミュレーション技術は,作物の形の変化を予測するだけでなく,個々の遺伝子がどのように形の変化に関与するかを明らかにするための基盤技術となるであろう.本論文では,植物の器官形状の変化を理解するためのシミュレーションモデルを概説するとともに,複雑な3次元形状を示す植物器官がどのように発生するのかという点について最近の研究を紹介する.これらの技術および考え方は,作物の器官形状の自在な制御を通じ,将来の育種学に貢献すると考えられる.
生物の器官の変形を数学的枠組みによって捉えようとした様々な試みのうち,その源流にあたるといえるものは,ダーシー・トムソンによる「On Growth and Form」(邦題は「生物のかたち」)であろう(Thompson 1917).彼はこの著作の中で,様々な近縁種間における生物の形の違いに着目し,その違いを数学的概念により記述している.なかでも特に有名なものは,ハリセンボンとマンボウの図(図1)である.この図は,近縁の生物種における形の違いが,特定の座標変換によりもたらされることを示している.このことは同時に,近縁の生物種において,形を決定する共通の仕組みが存在することを示しており,さらに,特定の種や個体においては座標変換で表される固有の変形の法則が存在することも示唆している.このような考え方は,発生学においても重要な示唆をもたらす.すなわち,近縁種間の生物における形の違いと同様に,発生の過程で生じる個体あるいは器官の形の変化も,何らかの法則で決定されるというものである.現在の発生生物学においては,発生に関わる共通の仕組み,さらに,座標変換のような変形をもたらす固有の法則に関する生物学的基盤を探ることが1つの大きな研究目標となっている.

A:ハリセンボンとB:マンボウの形に特定の座標が割り当てられている.
ハリセンボンに割り当てられた座標を,鉛直方向において同心円状に,水平方向において双曲線状に変形すると,マンボウに割り当てられた座標を得ることができる(Tompson 1917より).
ここで,ダーシー・トムソンやその後の数理生物学者に倣い,いくつかの概念を紹介していきたい.まずは「成長率」という概念である.初めに,最も簡単な例として,長さLである1本の線分の片方の端に,ある時間(Δt)後に,長さΔLの線分が追加されることを想定しよう.この場合,「成長率」は,追加された線分の長さ(ΔL)を単位時間(Δt)で割ったもの(ΔL/Δt)で表される.生物学的には,このような成長はある組織の末端に何らかの組織が追加されることを表している(図2A).例として,一列に並んだ細胞列の端に1つの細胞が追加されることを想定することができる.しかしながら,植物細胞の場合,このような細胞が追加される成長が一般的でないことは自明であろう.植物の場合,細胞は伸長と分裂によって,全ての部位が成長する.したがって,初めの線分が長ければ長いほど,単位時間後に追加される線分の長さは長くなる.このような成長の場合,「成長率」は単位時間当たりの,初めの線分の長さに対する追加された線分の長さ(ΔL/LΔt)で表される(図2B,前者と後者の「成長率」を区別するため,後者は「相対成長率(Relative Growth Rate)」と呼ばれることもある.本論文では,主に後者の成長率を扱い,2者を区別する必要が無いため,単に「成長率」という単語を用いて後者を表すものとする).

A:単位時間当たりに増加した長さを成長率とした定義.
B:単位時間当たりに増加した長さの元の長さに対する割合を成長率とした定義.
Aは線分の端に新たに線分が追加される際の長さの増加率を表すために利用され,Bは線分が全体的に等しく伸びる際の長さの増加率を表すために利用される.
これらは細胞列の端に新たに細胞が追加されるような成長と,細胞全体が伸長・分裂するような成長の違いを反映する.
次に,この成長率が形の変形にどのように関与するかを考えてみよう.ここでは,まず,XY座標に存在する平面図形を考えてみたい.ここで,仮にこの平面図形がその形を保ったまま,拡大すると考えてみよう.その場合,この平面図形の“成長率”は,図形の“拡大率”で表すことができる.したがって,平面図形内の任意の部位における成長率は等しく,1つの値が与えられることになる.(例えば全ての部位において成長率が1の場合,ある単位時間後に,平面図形は形を保ったまま,2倍の大きさに拡大されることとなる).このように,ある部位が全ての方向に等しく成長することを「等方的成長(Isotropic Growth)」と呼ぶ(図3A).

A:等方的成長 正方形が全ての方向に等しく成長した際の結果を表す.正方形上の白丸の形は,成長の前後で変化しない.
B:異方的成長 正方形が矢印と平行な軸に沿って成長した際の結果を表す.正方形上の白丸は,成長後には縦に伸ばされた形となる.
図中のスケールバーの長さは全て等しい.
では,平面図形の形が変形する場合,平面図形内の部位毎の成長率はどのように表されるだろうか.まず考えられる表現の仕方が,ベクトル場による表現である.この場合,平面図形内の部位毎に異なるベクトルが与えられ,ベクトルの方向と大きさに従って,図形の変形が行われることになる.しかしながら,ベクトル場による表現には1つ問題がある.それは,ベクトルの基準となる点の取り方により,部位毎のベクトルの大きさや向きが変化してしまうことである(例えば,葉の基部に基準を置けば,頂端部分は基部から離れるように移動するが,頂端部分に基準を置けば,基部側が動くことになる).このことから,植物の成長を表現するために,ベクトル場を利用することは困難である.この困難を克服するために,平面図形内の個々の部位に,向きを持たない2つの数値を与えることが提案されている.この場合,部位毎に与えられる2つの数値は,ある2つの方向の成長率を表すことになる.2つの方向(例えば,X軸方向とY軸方向)の成長率が等しい場合,この部位は等方的成長をすることになる.一方,2つの方向の成長率が異なる場合,この部位は「異方的成長(Anisotropic Growth)」をすることになり,平面図形は形が変化することになる(図3B).例えば,ある平面図形の全ての部位において,Y軸に沿った方向の成長率がX軸に沿った方向の成長率よりも大きい場合,平面図形は縦に引き伸ばされたような形に変形するだろう(図3B).この2つの方向の成長率に加え,方向を決定する数値,局所的な部位毎の回転の大きさを表す数値を加えたテンソル場を考えることにより,平面図形の変形を表すことができるようになる.このようなテンソル場による表現は,ダーシー・トムソンのハリセンボンとマンボウの図(図1)により表されるような座標変換を行うことと同じである.すなわち,ある座標において,軸に沿った変形の大きさや軸の方向を変更することを表しているのである.
前節では,植物の成長と変形を数値として表すための方法論を概説した.続くこの節では,植物の器官における“座標系”を考えたい.植物のほぼ全ての器官はその発生過程において変形を伴うことから,異方的成長を経ていると考えることができる.この異方性は,その器官が持つ「軸性(Axiality)」が基盤となっている.植物表面において機能を持つ(成長方向の決定に関わる)座標系は,観察者が外部から与えるXY座標系とは異なるものであることは自明である.機能を持つ座標系がどのように決定されるかという問いは,個々の細胞がいかにして自分が置かれている位置や向きを認識するかという問いと同じものであろう.
細胞が自身の位置や向きを認識するために,周囲からの機械的(物理的)刺激を用いているという仮説が存在する(図4A).ある細胞にかかる異方的な力には,周囲の細胞の成長に伴って生じる圧縮力や張力,半球状のシュート頂分裂組織や茎の表皮組織といった組織の湾曲した形状に由来する張力などがある.これまでに,異方的な機械的刺激によって細胞壁を構成する微小管の配向に特定の方向性(軸性)が与えられ,この軸性の変化が,細胞の伸長や分裂といった動態を変化させることが観察された(Hejnowicz et al. 2000, Hamant et al. 2008, Uyttewaal et al. 2012, Zhao et al. 2020, Hoermayer et al. 2024, Höfler et al. 2024).これらの観察に基づいて,個々の細胞に与えられた機械的刺激が細胞の成長率を決定し,実際の成長を引き起こすという仮説が立てられた.この仮説によると,成長後の細胞においては,機械的刺激の大きさや方向が更新されることで,細胞の成長率が時間変化するというフィードバック制御が存在することになる.例えば,シロイヌナズナの子葉の敷石細胞では,そのジグソーパズル型の形状に由来する刺激が細胞壁の特定の側面を強固にし,それによって異方的に変化した成長が,さらにその細胞に与えられる刺激のパターンを制御するというフィードバック機構が明らかにされている(Sampathkumar et al. 2014).また,シロイヌナズナの萼片では,先端側と基部側の細胞における微小管の配向の違いが,組織間の成長率の差を生むことによって,細胞同士が物理的な力を受けることになり,さらに,この力により,細胞の微小管が再配向されるというフィードバック機構が確認された(Hervieux et al. 2016).しかしながら,器官全体の軸性の存在を考慮した際,この仮説では十分に説明ができない点が存在する.例えばHervieux et al.(2016)による萼片形成の計算モデルでは,各細胞にかかる局所的な刺激に従って器官発生をシミュレーションした場合よりも,器官全体で平均化した刺激を想定した場合のほうが,結果としてより安定した器官の形が得られた.しかし,局所的に生じる機械的刺激と,器官全体に加わる機械的刺激が異なる状態で同時に存在する際,植物がこれら2つの刺激をいかに調和させ,器官全体の軸性を決定しているのかはよくわかっていない.

A:細胞に対する機械的刺激の方向が軸性を決定する基盤となるという仮説.
B:細胞における物質の移動の向きが軸性を決定する基盤となるという仮説.
器官内の座標系を決定している刺激は,化学物質であるという仮説も存在する(図4B).例えば植物ホルモンであるオーキシンは,輸送タンパク質により,特定の向きの細胞に輸送されることがわかっている.このことは,器官全体には何らかの化学物質で規定される「極性(Polarity)」が存在することを示唆している(ここで「極性」は向きを持つ,いわばベクトルのようなものである一方,「軸性」は向きを持たないことに留意されたい).植物はこのような極性を軸性の基礎として利用しているのかもしれない.この仮説に従い,もしも器官全体の極性に従う形で個々の細胞が極性を持ち,その極性に従って細胞毎の軸性が決定されるとする.その場合,器官全体の軸性と個々の細胞の軸性がうまく調和する.さらに,化学物質により生じた極性と軸性は,細胞内の微小管の配向とは独立に存在し得るため,個々の細胞は軸に平行な成長と,軸に垂直な成長の双方をコントロールすることが可能となるだろう(例えば,軸に垂直な成長を強める,あるいは弱めるといったコントロールができるようになるであろう).このような柔軟な成長の制御は,機械的刺激に対する反応を軸とするのみでは行うことができない.したがって,植物が化学物質の極性を軸として利用すると考えることは魅力的な仮説となっている.ただし,“向き”である極性を経由して“方向”である軸性を決定する点は,機械的刺激から直接,軸性を決定する仮説と比べると,情報を徒費している仕組みといえるかもしれない.
化学物質により決定される極性と軸性の関係性については,Green et al.(2010),Kuchen et al.(2012)によって研究されている.Green et al.(2010)は,キンギョソウの花弁を用いて器官成長に関する研究を行っている.キンギョソウのいくつかの系統では,温度依存的に,色素合成に必要な遺伝子の上流に挿入しているトランスポゾンの転移が生じ,トランスポゾンによって抑制されていた色素合成が,細胞単位で復帰することが知られている(Coen et al. 1986).この現象により発生する色素を有する細胞群(セクター)は,同じ細胞系譜を持つと考えることができるため,このセクターの大きさや,セクターを楕円近似した時の長軸の方向を調べることで,器官内の部位毎の成長を定量することができる.Green et al.(2010)は,このクローナル解析を用いて,キンギョソウ花弁の3次元的な形がどのような細胞成長(細胞の伸長および分裂)により生じているのかを明らかにした.解析の結果,花弁に見られたセクターは,異方的成長(軸性の存在)を示しており,さらに,セクターの形状を楕円近似した時の長軸の方向(成長が最も大きい方向)が部位毎に異なることが明らかとなった.Green et al.(2010)はまた,有限要素法という計算手法を用いて,数学的モデルにより花弁の形を再現することができることを示した.このモデルにおいて,Green et al.(2010)は,ある極性に平行な成長率と,垂直な成長率を定義し(図5),これら成長に関するパラメーターの値を変更することで,実際の観察で見られたセクターの形や,花弁の形を再現している.さらに,花弁の形を変える変異体を用いた解析から,成長率に関するパラメーターの値と関係していると思われる遺伝子を明らかにしている.Kuchen et al.(2012)は,シロイヌナズナを用いて,葉の形態形成に関する研究を行った.この研究において著者らは,器官に存在すると仮定した軸性が,成長過程においてどのように変化するか調査を行っている.観察とモデリングを合わせた研究の結果,成長過程の器官変形に従って軸性が局所的に向きを変えることが示唆された.さらに,この研究は軸性を決定する極性の存在も示唆している.すなわち,器官内の組織が有する極性は組織の変形とともにその向きを変え,このことが軸性の回転移動の基盤となると考えられる.

植物ホルモンであるオーキシンが器官成長における極性と密接に関係することは実験結果からも示唆されている(Sauret-Güeto et al. 2013, Richardson et al. 2016).Sauret-Güeto et al.(2013)は,シロイヌナズナの葉と花弁の成長の比較を行い,2つの器官で成長率がどのように異なるかを推定した.その過程で,オーキシン応答性レポーター系統を用い,基部から頂端部に向けたオーキシンの極性を,有限要素法を用いた器官形成モデルの内の極性として計算に組み込むことにより,器官の形を再現するモデルを構築した.また,Richardson et al.(2016)は,オーキシンの極性が変化するオオムギの変異体を用い,変異体において見られる形態の変化を,やはり,有限要素法を用いた器官形成モデル内での極性を変更することにより再現している.これらの研究は,器官形成に関与すると考えられる極性に関する生物学的基盤を明らかにしたともいえる.
前節では,異方的成長の基盤となる軸性について述べた.では,実際の植物の成長において,変形はどのように生じるのであろうか.このことを考えることにより,成長と変形について,生物学的基礎を与えることができるようになるであろう.生物の形の変形について,ダーシー・トムソンは「偏差成長」というアイデアを導入している.この偏差成長のアイデアを理解するために,バイメタルを紹介したい.バイメタルは,熱膨張係数の異なる2種類以上の金属を張り合わせたもので,温度変化により湾曲する性質を持つ.これは熱膨張率の高い金属が熱膨張率の低い金属と結合していることにより,板の片側がより大きく膨張するため生じる性質である.植物においても,片側が大きく成長することで湾曲が生じることが,重力屈性の試験などにより示されている.すなわち,偏差成長により植物の器官に湾曲や変形が生じていることが示唆される.
この偏差成長というアイデアを植物の器官の変形に導入し,その制御機構を考えるにあたり,我々は,2つの異なる成長率を定義する必要がある.1つ目は「予定された成長率(Specified Growth Rate)」である.これは,器官内のある部位が,他の部位と結合していなかった際に達成されたであろう成長率のことである.バイメタルの例でいうと,2種類の金属を張り合わせる前の,それぞれの金属の熱膨張率にあたるものである.細胞のレベルで考えると,この成長率は,個々の細胞が他の細胞とは独立して存在したと仮定し,その細胞自身の膨圧や細胞壁の伸張性などにより,どの程度成長するかを示す指標となる.2つ目の成長率は「観察された成長率(Resultant Growth Rate)」である.これは,器官内の部位が他の部位と結合しているため,他の部位による影響を受けた結果,目に見える表現型として現れる成長率のことである.バイメタルの例では,2種類の金属を張り合わせた後,温度変化によって湾曲した変形を示すこととなる.隣接し結合する部位の間で成長率が異なる場合,それぞれの部位はお互いに物理的な制約を受け,それ自身が独立して存在するときとは異なる成長率を示すこととなる.このように2種類の成長率を考えることで,器官の変形に関する制御機構をより深く理解することができるようになる.すなわち,細胞分裂や伸長に関わる遺伝子の働きにより個々の細胞が持つ成長のポテンシャルと,周囲の細胞からの物理的な制約により生じる実際の成長を,切り離して考えることができるようになる(しかしながら,成長のポテンシャルは,実際の成長によりフィードバック制御を受けている可能性も示唆されている.この点に関しては前述の物理的刺激による軸性の決定を参照して欲しい).
Rebocho et al.(2017)は,成長する器官内の部位間の「物理的制約」(本稿では,これ以降「軋轢」と称する)に関する先駆的研究を進め,異なる種類の物理的制約が植物の器官形成に関与していることを示した.1つ目の制約は「表面の軋轢(Surface Conflict)」と呼ばれるものである(図6A–D,Rebocho et al. 2017).今,2つの表面を持つ1枚のシート状の器官が存在すると仮定する(そしてこのようなシート状の構造は植物にとって一般的なものであることが多い).このシートの2つの面にそれぞれ異なる「予定された成長率」が与えられたとしよう.この場合,「観察された成長率」はどのようになるであろうか.2つの表面は異なる成長率(予定された成長率)で成長しようとする一方,物理的に結合しているため,2つの面の間で成長に関して軋轢が生じることになる.この軋轢を解消するために,シートは変形することとなる.結果として,バイメタルの例のように,成長率の大きい面が外側になるような曲面が形成される(図6B–D,Rebocho et al. 2017).2つ目の制約は,「面積の軋轢(Areal Conflict)」である(図6E–H,Rebocho et al. 2017).この例では,1枚のシート状の器官内の全ての部位が等方的に成長すると仮定する.ここで,ある一部の部位において,「予定された成長率」が大きかった場合,どのような変形が生まれるだろうか.予定された成長率が大きい部位は,周りの部位との軋轢を解消するために平面から飛び出すこととなり,結果的に膨らんだ曲面が形成される(図6F–H,Rebocho et al. 2017).3つ目の制約は,「方向の軋轢(Directional Conflict)」である(図6I–L,Rebocho et al. 2017).この例では,1枚のシート状の器官において,部位毎の成長方向が異なることを仮定する.例えば,シートの全ての部位において,中心に向かう成長率(予定された成長率)が大きい場合,中心の点はやはり平面から飛び出し,山のような形を作ることとなる(図6J–L,Rebocho et al. 2017).今回は,軋轢の解消を説明するために,例として単純なシート状の構造を初期形状として用いた.しかし,実際の植物の形はより複雑で,3つの軋轢が複雑に存在している.さらに,組織毎にその硬さも異なるため,図6において示した3つの例よりも一層複雑に変化することは容易に想像できるだろう.

A–D:表面の軋轢 赤で示した面は水色で示した面に比べて成長率が大きい.この場合,赤の面が水色の面を覆うような形に変形する.
E–H:面積の軋轢 オレンジは成長率を示し,正方形の中心部分で成長率が大きい.この場合,中心部分が膨らみ平面から飛び出すように変形する.
I–L:方向の軋轢 矢印は成長方向を示し,中心に向かって成長する.この場合,中心の部分で平面から飛び出すように変形する.
A,E,I:成長前のイメージ.
B,F,J:成長後のイメージ.
C,G,K:成長後のイメージ(B, F, J)をそれぞれ灰色の点線部分で切断した際のイメージ.
D,H,L:切断したイメージ(C, G, K)をそれぞれ切断面と垂直な方向から見た際のイメージ.
植物の器官形成において,このような3種類の軋轢(表面の軋轢,面積の軋轢,方向の軋轢)の解消が生じていることが示されている(Rebocho et al. 2017, Lee et al. 2019).Rebocho et al.(2017)は,Green et al.(2010)が行ったキンギョソウ花弁の形態形成に関する研究をさらに進めている.その中で,部位毎の成長率の違いが部位間の3種類の軋轢を引き起こし,その軋轢を解消した結果,成長に伴う器官の変形が生じることを示した.また,Lee et al.(2019)においても,部位間の面積の軋轢や方向の軋轢を解消することで,成長に伴う器官の変形が生じることが示されている.
これまでは,形の基準となる軸がどのように形成されているのか,あるいは,植物の器官形成において変形がどのように生じるのか,具体的な研究事例とともに述べてきた.ここでは,これら理論的枠組みを用いて行われたいくつかの研究を概説し,植物の器官発生において明らかになってきたこと,特に種内の形の多様性がどのように説明されているかを紹介したい.Sauret-Güeto et al.(2013),Eldridge et al.(2016),Lee et al.(2019),は,それぞれ,シロイヌナズナの葉と花弁,シロイヌナズナの近縁種であるCapsella rubellaの果実,食虫植物であるUtricularia gibba(オオバナイトタヌキモ)の補虫嚢の器官形成過程を調べた研究である.Sauret-Güeto et al.(2013)は,同じ種内の他の器官(葉と花弁)において,同様の成長モデルが利用でき,葉と花弁の形の違いは,頂端部において極性が収束するか発散するかの違いであることを示唆している.Eldridge et al.(2016)は,シロイヌナズナの近縁種間の果実形状の違いに着目し,この違いが,軸性と垂直な成長率の大きさの違いにより生じることを示した.Lee et al.(2019)は,球の表面に近い形を示すUtricularia gibbaの補虫嚢の成長過程の解析を行い,その過程が,シロイヌナズナなどの葉の成長過程で見られるものと同様の成長のモデルにより記述されることを示した.これらの研究は,ダーシー・トムソンが示したように,形を決定する共通の法則が,異なる器官,異なる種においても存在しており,ある種類の座標の変換(成長率の大きさの違いや,極性の違い)により,種や器官に固有の形が生じることを表している.以上の研究例は,全て2次元的なシートの変形を考えたものであるが,同様の考えを3次元的な器官の変形に適用することができる(Kennaway and Coen 2019).この枠組みを用いて,ドームのような形を示す3次元的な器官原基から,葉や補虫嚢,花弁の成長を再現できることが示されている(Richardson et al. 2021, Whitewoods et al. 2020, Cheng et al. 2023).
前節までで紹介した一連の研究は,植物の器官がどのように形成されるのかを考えるための枠組みを提供し,また,それを確かめるための数学的手法を提供した.このモデリング手法を用いた育種学の研究の方向性の1つは,植物の器官形状を機構的に予測することであろう(ただし,植物の器官成長モデリング研究の方向性としては,器官形成に関するより普遍的なメカニズムを解明する方向に進んでおり,必ずしも個々の器官の形状の予測を目標とはしていないことに注意する必要はある).これまで,器官形状を予測する手法は全て経験的モデルを用いるものであった.一方,機構的モデルを新たに組み込むことにより,器官形状をより高精度に予測する技術開発に取り組むことができる.では,育種操作により得られる植物の器官形状をより高精度に予測するためにはどのような研究が必要だろうか?
1つは,数理モデル内の諸パラメーターと,遺伝子との関係性を明らかにすることであろう.これにより,遺伝子型の変更といった育種操作が,「予定された成長率」をどのように変更するかを明らかにすることができる.すなわち,遺伝子型から「予定された成長率」を推定し,「予定された成長率」を用いることで,「観察された成長率」を算出することが可能となる.すなわち,遺伝子型から器官の形を予測することが可能となるであろう.このようなモデルは,経験から得られるモデルと異なり,これまでに存在しない新たな形に対する予測を高精度で行うことができると考えられる.例えば,極性を変えるような遺伝子操作など,経験から得られるモデルでは表現型の予測が困難な場合において,有益な手法となることが想定できる.
2つ目は,数理モデル内の諸パラメーターと周辺環境との相互作用を明らかにすることである.細胞の成長率は気温や日射量などの要因と密接に関係することが示唆されている.したがって,器官成長モデルにおける「予定された成長率」は,気温や日射量の関数として表すことができるであろう.これら2つの研究を通じて,特定の遺伝子型,特定の環境下での作物の器官形状を高精度に予測することができるようになれば育種学に大きく貢献することができると考えられる.
本論文では,近年の技術的進歩が著しい器官成長モデリングに関して,その理論的枠組みと,実際の例を紹介した.また,この技術を育種に利用するための将来の研究の方向性について考察した.今回,取り上げることができなかったが,器官成長モデルを構築,実証するにあたり器官の成長を定量する3次元形状のイメージングも重要な技術となるであろう.また,今回の枠組み以外の数理的手法を用いたモデリングソフトも次々に考案されている.このような手法を十分に活かすためには,今回,解説することができなかった3次元要素による数理モデリング手法など,当該分野の技術的進歩を把握し続ける必要がある.
本総説の執筆にあたり,器官成長モデリング研究に関する重要な考え方をご指導いただいたEnrico Coen博士に深く感謝の意を表する.本総説で述べた重要な考え方の枠組みの多くは彼の天才的な発想によるものである.