抄録
小麦属、エギロプス属の各種植物20系統、及び最近育成された半矮性、高肥料反応性品種Mexi-Pakを含む西パキスタンの栽培小麦6品種の葉の内部構造を比較観察し、葉光合成能力との関係を論じた。小麦属、エギロプス属植物20系統を比較した場合、葉肉の厚さと維管束の間隔との比の大なる系統の方が葉面積当たりの光合成率が高い傾向が見られた(相関係数+0.658,1%水準で有意)。この比と光合成率ともに最高であったのは野生2倍種の1系統Triticum aegilopoides var. boeoticumであり、両者ともに最低であったのは栽培6倍性パン小麦に属するT.bulgare var. erythrospermumであった。他の葉構造特性についても差が見られた。T.aegilopoides var. boeoticumでは互に近接して発達した夫々の維管束をとりかこみ、小型の葉肉細胞が、密に、厚く、放射状に配置されている。この葉構造は“chlorophyllous parenchymatous bundle sheath”を欠くのでpanicoid型そのものとは言えないが、panicoid型に近いものである。一方、T.vulgare var.erythrospermumは維管束間の間隔が大で、多くの葉肉細胞は維管束を放射状にとりまく形ではなく、非放射状に、維管束より離れて配置され、細胞のサイズは比較的大型で、細胞の配置はルーズで間隙率が高いように観察され、葉肉の厚さは薄い。これらは、festucoid型の葉特性そのものである。全20系統の葉構造の観察の詳細については別に報告するが、上記の葉構造の差は、主として野生型と栽培型、あるいは野生型の生育する乾生的立地と栽培型の生育する中生的立地に関係があるものと推定される。(1)同じ小麦属において、葉構造について、大差が見られ、ある種は典型的なfestucoid型の葉特性を示すのに対し、種によっては“panicoidに近い葉構造”を持つ、(2)この“近Panicoid型葉構造”は“chlorophyllous parenchymatous bundle sheath”を欠くが、高い葉面積当たりの光合成率を伴なう、(3)この“近panicoid型葉構造”は一般に乾地に生育する野生型に見られる、などの点が観察され指摘されたことは、特に興味深く、また意義のあるところと思われる。パキスタンの栽培小麦6品種のうちで、半矮性、高肥料反応性のMexi-Pakは、他の古い品種に比べて葉肉細胞の配列が密であった。これは既報の葉面積当たりの窒素含量についての小麦のeyolutionary trend(進化傾向)と密接に関係しているものであろう。葉面積当たりの窒素含量については、乾地に生育する野生種では高く、栽培中生植物で低いが、栽培品種中近年育成された高肥料反応性のMexi-Paxでは、比較的高いことが既に報告され、葉光合成率との関係が論ぜられている。