育種学雑誌
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イネ穂孕み期低温感受性突然変異体の作出と解析
永澤 信洋川本 朋彦松永 和久佐々木 武彦長戸 康郎日向 康吉
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1994 年 44 巻 1 号 p. 53-57

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抄録
イネ穂孕み期耐冷性は直接収量に影響するため,稲作上重要な問題であるが,その遺伝的機構はほとんど明らかにされていない.イネ穂孕み期耐冷性の遺伝的機構を明らかにする目的で,耐冷性強であるイネ品種台中65号に突然変異源処理を施し,穂孕み期低温感受性突然変異体を育成した.N-メチル-N-ニトロソウレアで処理したM3世代317系統各3個体について,19℃,水深25Cmの長期冷水循環灌慨法によって低温処理を行った.常温で稔実率が明らかに低下した系統を除き,低温処理条件下において台中65号との間に稔実率で有意な差が見られた18系統を選抜した.これら18系統についてM4世代からM6世代まで同様な処理により選抜を行い(Table1),最終的に分離せずに固定したと考えられる突然変異体7系統を得た.いずれも常温では正常な稔性を示すが,低温処理により台中65号よりも有意に稔実率が低くなる系統であり,これらの突然変異系統をcts-1-cts7(cool temperature sensitive)と表記した(Tables2,3).M4-M6世代における,冷水処理区での稔実率は,台中65号が54-63%であるのに対し,cts1,cts2,cts3,cts4,では稔実率が0-7%を示しcts5とcts6は5-8%,cts7は32-43%の稔実率を示した.突然変異形質の遺伝様式を調べるためにM4世代のcts1-cts7と台中65号との間で交配を行い,F2における冷水処理区での稔実率の分離を調査した.いずれの場合も分布は連続的であったが,cts1,cts2を除く全ての系統で稔実率の高い集団と低い集団に分けると,その比はほぼ高:低=3:1となり,1遺伝子の劣性突然変異によるものと推定された.突然変異体の低温稔実性低下の要因を調べるために,M6世代の雄性,雌性器官の形態について調べた.タベート細胞の肥大は台中65号を含め全ての系統で観察され(Fig.1),4系統(cts1,cts3,cts4,cts6)で花粉数と花粉稔性が台中65号よりも有意に低かった(Table5).またcts1において,雌性化が高い頻度で認められ(Fig.2),cts7においては胚嚢の異常が認められた(Fig.2).以上,本研究により7系統の穂孕み期低温感受性突然変異体を得ることができた.その多くは1遺伝子の劣性突然変異によると考えられ,また低温による稔実率の低下の原因は,主に雄性器官の異常によるものであるが,雌性器官の異常を示す突然変異体もあった.これらの突然変異体はイネの耐冷性の機構を明らかにする上で有用な研究材料になると思われる.
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