抄録
多くの主要な作物は冠水条件すなわち嫌気条件により生育が阻害されるが,イネはこのような条件に耐性を持つ.嫌気条件での植物の生育に大きな影響を与える要因の1つは発酵によるエネルギーの獲得である.この発酵に関与するアルコール脱水素酵素(ADH)と嫌気条件への耐性との関連を明らかにするため,イネにおけるADH欠失突然変異体を選抜した. 水稲品種金南風のN-methyl-N-nitrosourea(MNU)処理により得られたM2系統から発芽と電気泳動によるスクリーニングの結果,ADHの欠失した個体を選抜した.この系統(92K-2S-40)のM2,M3世代におけるADH活性についての分離から,この突然変異は単因子劣性の遺伝子により交配されると推測された(Table1).この突然変異体を好気条件で生育させた幼植物体は,野生型と同様な生育を示すが,3つの全てのADHアイソザイムを欠失していた(Fig.2).この突然変異体を冠水条件で発芽させたところ,野生型で見られる子葉鞘の伸長はほとんど観察されず,明かに生育が不良であった.しかし5日間の冠水条件の後,好気条件に移すと再び生長を続けることから致死はしていないことが明かとなった(Fig.1).以上の結果からイネ種子の冠水条件での発芽においてADHが重要な役割を果たしていることが明らかとなった.