抄録
本研究は、現代美術家・原口典之(1946–2020)の全制作(1963–2020)を通観し、「原風景」と「構築性」の二概念を枢軸として作家像の再定位を試みる。方法として作家論的アプローチを採り、一次資料・同時代言説・地誌資料を併用しつつ、制作を四期に区分して分析した。第Ⅰ期では<Ship>や《Tsumu 147》など作品にみられる生活環境の観察と記憶に根差した「原風景」の再構築が確認される。第Ⅱ–Ⅲ期には《I-Beam and Wire Rope》を嚆矢とする工業素材・幾何学構成による空間支配へと関心が移行し、<ドクメンタ6>出品作《Matter and Mind》において、工業物を媒介に「原風景」と「構築性」の統合が達成された。従来、原口は“もの派”の周縁として語られがちであったが、本研究は素材実験や空間構成への自覚的探究、および国際的ミニマリズム/コンセプチュアル・アートとの接続を根拠に、同潮流との同一視を再検討する。第Ⅳ期には初期主題の反芻が展開し、展示・市場・著作権環境の変化の中でも一貫した造形原理の持続が確認された。以上より、原口の真価は“もの派の延長”ではなく、「原風景」を「構築性」へ翻訳し、展示空間単位での知覚経験を構築した持続的実践にあることを示す。