抄録
材料の破壊に先行して小さな擾乱で構造の崩壊を招く座屈不安定性は, 設計上最も注意を払わなければならない現象のひとつである. よく知られているように, 座屈の基本的なタイプは「極限点」と「分岐点」の2種類に分類される. 極限点を起点とする座屈は, 荷重変位曲線の主経路の変形モードと座屈モードが一致し, わずかな荷重増分に対して変形が急成長する現象である. 特に極限点が荷重極大点となるとき, 荷重変位曲線は不安定経路に達し, 次の安定なつり合い状態まで飛び移るか, そのまま屈服して崩壊してしまう. 一方, 分岐点を起点とする分岐座屈は, 荷重変位曲線の主経路が分岐経路へと枝分かれする現象であり, その座屈後の状態からさらに「非対称分岐」, 「安定対称分岐」, 「不安定対称分岐」に分類される. 極限点は, その点に達する前に著しい剛性低下が現れるため, 比較的予測が容易である. 一方, 分岐点は主経路から突如分岐経路へ切り替わるため, 一般的に予測が困難である. 特に不安定な方向に枝分かれする非対称分岐座屈や不安定対称分岐座屈は, 設計上最も回避すべき現象のひとつであるといえる. 従来は, 系に起こる座屈の安定性・不安定性の判断は, 適当な初期不整を解析形状に与えてトライアンドエラー式に後座屈解析を実施するか, 特異点において座屈モードの情報を元に分岐経路への切り替えを行う高度なスイッチング技術を使わない限り調べることができなかった. しかしながら, このような初期不整の影響を逐次調べていく方法論や特異点でのスイッチング技術は多くの経験則と膨大な労力を要する. 著者らは, 後座屈解析を要しない新たな分岐座屈解析手法として, 超双対数(HDN)の使用を前提とした2-mode漸近展開法を提案する. 本手法では恣意的な初期不整を与えることが不要であり, また後座屈解析を必要としないことから, 非常に効率的に座屈のタイプを特定することが可能になる. 本手法は, Koiterの学位論文に代表される漸近分岐理論をベースにしている. Koiterは分岐点近傍で摂動展開した分岐方程式の中の支配的な高次項を特定することによって分岐座屈のタイプを識別した. この方法では, 非対称分岐・対称分岐の識別, および座屈後の安定性・不安定性の識別を行うために, 接線剛性マトリクスの独立変数に関する高階微分値が必要になる. また, Koiterの手法では, 支配的な高次項を特定するためにLiapunov-Schmidt-Koiter簡約と呼ばれる自由度の消去を行う必要がある. 一般のFEM解析においては剛性マトリクスの高階微分値を解析的に求めることは式の複雑性からみて非現実的であり, また差分法による誤差の大きい数値微分法を使って算出することは計算精度の面からみて非実用的である. また, Liapunov-Schmidt-Koiter簡約は自由度数が多いと実施不可能である. このため, Koiter理論は数学の抽象モデルとして扱われるに過ぎなかった. したがって従来までは, 剛性方程式の低次情報のみを用いて分岐構造を解明する手法が盛んに研究されてきた. このような観点から, 特異点における剛性行列の高次導関数情報から座屈のタイプを特定し, その後の系の後座屈挙動を事前に予測できる意義は大きい. HDNによる高精度数値微分法を利用すれば, 数値誤差なしで高階微分値を得ることが可能になる. さらに, 本論文では主経路と分岐経路の2つの変形モードを用いることによって, Liapunov-Schmidt-Koiter簡約を実施することなく, 系の分岐方程式を自由度の多寡に拘わらず常に2元連立3次方程式へ帰着できる2-mode漸近展開法を提案する. これにより, 後座屈解析を要することなく, 特異点における2元連立3次分岐方程式の実数解の個数を数え挙げるだけで, 分岐座屈のタイプを高い信頼性で特定することが可能になる. また, 分岐方程式の実数解の分布は, グラフ描画ソフトを利用することで, 視覚的に瞬時に提示することが可能である. これらの技術により, Koiterによる漸近理論を工学的に応用することが可能になったといえる. 本論文では, 特に, HDNを用いた2-mode漸近展開法を非線形有限要素法プログラムへ効率的に実装する方法を詳細に示し, また, 実用解析規模の数値計算例を通じて本手法の妥当性と有用性を確認する.