舌は,口腔期嚥下の主体をなす重要な器官である.近年,口腔期障害を有する摂食・嚥下障害患者を対象に,舌接触補助床を用いた治療効果が報告されている.舌接触補助床は,舌運動の低下によって相対的に拡大した嚥下時の固有口腔の容積を,口蓋を肥厚させることで代償する口腔内装置である.しかし,その効果の作用機序については,明らかになっていないことも多い.そこで,本研究の目的は,固有口腔容積の実験的な拡大を口蓋床によって回復した場合の,嚥下時の舌口蓋接触様相の変化を舌圧を指標に評価し,舌接触補助床の作用機序を調べることである.
対象は,健常成人有歯顎者10 名とした.固有口腔容積の拡大とその補償は,咬合挙上(5 mm)用スプリントおよび口蓋床の装着によって行い,非装着時,スプリント装着時,スプリントおよび口蓋床装着時,の3 つを実験条件として設定した.5 個所の測定点を有する舌圧センサシートを直接口蓋へ貼付し,水10 ml,プリン10 g 嚥下時の舌圧を測定し,5 個所の測定点における舌圧発現様相,持続時間,最大舌圧値,積分値を算出し,3 条件で比較した.
この結果,舌圧発現順序は,実験用スプリント装着時に非装着時とは異なり,口蓋床装着時に非装着時と同等の発現順序となる傾向を示した.その他の測定値は,水嚥下時,プリン嚥下時ともに,スプリント装着時において値が小さくなり,スプリントおよび口蓋床装着時において値が非装着時と同等の値になる傾向を認めた.特に,正中前方部および正中後方部で,非装着時と同等になる傾向が認められた.舌接触補助床は,固有口腔容積の相対的な拡大による舌口蓋接触の低下を床の厚みによって回復することで,代償的効果を発揮している可能性が示唆された.