【目的】要介護状態の摂食・嚥下障害者に対し,摂食・嚥下運動を容易にするための補綴装置の作製や設計をする場合には,垂直的顎位の決定に困難を要する場合が多い.そこで,無歯顎者において補綴装置によって与えられた垂直的顎位の変化が嚥下時舌運動に及ぼす影響を明らかにし,摂食・嚥下障害者に対する補綴装置の垂直的顎位決定の指標を得ることを目的として検討を行った.
【対象と方法】対象は全身疾患のない無歯顎者9名(男性6名女性3名,平均年齢57.4歳)である.各対象者に実験用Swalloaidを作製し,「臼歯部が上下顎義歯を装着した際の咬合高径と同じ高さ(以下,Normal:Nとする)」「上顎装置装着時(以下,Reduced:Rとする)」「装置未装着時(以下,None:Noとする)」の各垂直的顎位において,37℃に保温した5mlの水を嚥下する際の嚥下時舌運動動態を,超音波診断装置(東芝社製SSA-320A)を用いて測定した.嚥下回数は,各設定につき5回以上解析可能な波形が得られるまで行った.測定時の体位は,歯科用ユニット上で垂直座位(90度)とした.なお,統計処理の検定にはONE WAY-ANOVA及びFisher's F-testを用いた.
【結果】対象者全員の嚥下時の陥凹深度の平均値は,NとRに陥凹深度の差はみられなかったが,Nと比較してNoでは有意に増加していた (p<0.05).
【考察】無歯顎の被験者が装置を用いずに舌が固定源のない状態においては,舌を大きく動かすことによって嚥下のための代償作業を行っていることが推察された.また「上顎のみ装着」であっても垂直的顎位の保たれることにより嚥下動作の補助になるものと考えられた.