抄録
「予防」という概念はさまざまな実践的領域で用いられる。基本的な特徴としては、何か望ましくないことが生じることが予想されるときにそれを生じなくする、ないしはそれが生じる確率を低減するような行動を事前にとることが予防と呼ばれる。こうした予防は当然科学的知見に基づかねばならないが、予防という営みの難しさにまつわる方法論的な課題があり、そこに科学哲学の知識が役に立つ余地があると考える。
予防とかかわる学術領域は、予防が必要な実践的課題と同様多岐にわたる。多様な分野の知見を一つの対策へと落としこむところに学際領域特有の困難さがある。予防という営みにまつわる方法論的な難しさはいくつかに整理することができるだろう。まず、予防が問題となる事象の多くは非決定的な事象であり、数値的な見積もりも不可能な、いわゆるナイト的不確実性がかかわるという点があげられる。また、予防が観察的な研究に頼らざるを得ないという点も予防を困難にするポイントである。さらに、ハザードの価値負荷性や異種混淆性も問題を難しくする。「予言の自己否定」と呼ばれる、社会科学系の研究全般に生じる問題が予防に関する知見には特に強く生じる可能性がある。最後に以上のような研究の結果を政策に反映させる際に、どのように非専門家に伝えるのかというコミュニケーションにまつわる難しさもある。