抄録
予防精神医学は社会精神医学の一分野であり、介入可能な社会環境因子を同定し、策につなげることが基本である。しかしここ数十年の歩みは、狭義の医学疾患モデルを適用した統合失調症研究とともに展開してきたため、臨床病期モデルやat risk mental state概念など、個人側への介入に焦点化された感が否めない。しかしここ10年で、早期発見・早期介入戦略の限界を示すエビデンスが積み重なってきた。当事者の側からも、疾患の有無とは独立に主体的な人生を取り戻すという回復のあり方が提起され、精神保健疫学研究から、小児期の逆境体験、都市居住、マイノリティ状況などの社会環境因子が統合失調症の発症率上昇因子として報告された。統合失調症の支援や研究が再度社会モデルに戻ってきていることを受けて、予防精神医学もその回復に向けて再出発点に立ったと言える。個人の多様性とマジョリティ向けにデザインされた社会構造・文化・環境との間に生じる見えにくいディスアビリティを同定して、それが予防のターゲットとなるべきである。マイノリティ性があってもディスアビリティが生じない「だいじょうぶな社会」を当事者と専門家で共に創っていくことが、ひいては「こころの健康社会」の実現につながるという視座を持ち、足元からできる小さな社会実験に取り組んで行きつ戻りつしている。