日本食品工学会誌
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解説
分光分析による食品の非破壊評価に関する研究
粉川 美踏
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2025 年 26 巻 4 号 p. 127-133

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Abstract

食品の分析に用いられる多くの分析法が破壊的かつ時間を要するという課題を踏まえ,本研究では分光分析による食品の非破壊評価技術を開発した.蛍光指紋は自家蛍光を示す成分を網羅的に検出でき,チーズの熟度やアボカドの追熟度,豆乳の加熱履歴,スパイスの抗酸化能など複合的な品質指標の推定に有効である.さらに蛍光指紋計測とイメージング技術を組み合わせることにより,食品中の成分分布を可視化することができる.レーザー散乱法は光の多重散乱が対象の微細構造に影響を受けることを利用し,リンゴをはじめとする果実の貯蔵に伴うテクスチャーの変化を迅速かつ非破壊的に行える点に特徴がある.空間的スペクトル分解は試料の不均一性を利用して成分を分離し,複雑な混合物中でも目的成分を高精度に定量できることを示した.これらの手法は迅速性・非破壊性・環境負荷の低さに優れ,食品品質の包括的評価に新たな可能性を拓くものと期待される.

Translated Abstract

This study explored non-destructive spectroscopic techniques for food evaluation, aiming to overcome the limitations of conventional chemical assays and chromatography, which are destructive and time-consuming. The research focused on three approaches: fluorescence fingerprint (FF) measurement and FF imaging, laser scattering, and spatially factorized spectroscopy. FF measurement enabled assessment of food quality indicators such as fruit ripeness and antioxidant capacity by comprehensively measuring auto-fluorescent compounds. FF imaging further visualized the spatial distribution of auto-fluorescent compounds in food. Laser scattering provided a rapid, non-invasive method to evaluate food texture by analyzing light scattering patterns, as demonstrated in apples during storage. Finally, spatially factorized spectroscopy addressed the challenge of selectively quantifying specific components within complex mixtures by utilizing microscale heterogeneity, allowing robust prediction models that are less affected by interfering substances. These methods collectively enhance food quality evaluation by enabling rapid, non-destructive, and environmentally friendly analyses. The research highlighted the potential of integrating advanced optical techniques into practical food assessment, offering complementary information on chemical composition, structural properties, and texture that are difficult to capture with traditional methods.

1. 緒言

高品質かつ安全な食品を安定的に生産するために,食品加工現場では様々な成分分析が行われている.多くの場面では,化学アッセイやクロマトグラフィー手法(高速液体クロマトグラフィー(HPLC)やガスクロマトグラフィー(GC))が使われ,前者は高い選択性や精度,後者は多数の成分を同時に高精度で測定できる点が利点といえる.一方,これらの測定手法は結果が出るまでに時間がかかることが多く,計測したサンプルは破壊されてしまうため,原料・製品の一部しか調べることができない.これに対し,近年,分光分析による非破壊評価方法の研究が進み,様々な実用的技術が開発されている.X線を使った金属探知機[1],近赤外光を使った青果物の糖度計測[2, 3]は代表的な例であるが,迅速であること,試料を破壊しないため全数検査が可能であるということ,試薬を用いないため廃棄物等の問題がないことが非破壊評価の利点である.

食品の成分分析に最も多く用いられる近赤外分光法は,分子振動エネルギーに対応する赤外領域でありながら透過性が高く,食品内部の成分についての情報が得られる点が利点である.一方,食品中に最も多く存在する水分子の振動の信号が支配的になること,分子振動を捉えるため選択性が低いこと,また食品の微細構造に影響を受ける散乱は通常「ノイズ」として数学的に取り除かれてしまい,その情報は捨てられてしまうことなどが欠点となる.構造に関する情報もまた,食品の品質を評価する上で重要であると思われるが,近赤外分光法の一般的な解析手法では散乱に関する情報は利用しづらい.

以上を踏まえ,筆者は自家蛍光を示す分子を選択的に計測できる蛍光指紋法,食品の微細構造についての情報を取得できるレーザー散乱法,そして空間的不均一性を利用することで成分の選択性を上げた空間的スペクトル分解という3つの技術に取り組んできた.ここでは三技術の概要を述べながら,応用事例について解説する.

2. 蛍光指紋計測と蛍光指紋イメージング

蛍光指紋は励起蛍光マトリックス(Excitation Emission Matrix, EEM)とも呼ばれ,試料に照射する光(励起光)の波長を変化させながら,各励起波長における蛍光スペクトルを重ね合わせたデータである(Fig. 1).通常の蛍光測定では,計測する成分に合わせた特定の波長の励起光を用い,蛍光スペクトルのピーク強度を計測するのに対し,蛍光指紋では励起波長と蛍光波長の組み合わせにおける蛍光強度を網羅的に計測し,指紋のようなパターンとして扱う.このような網羅的計測は,食品のように様々な成分が混在し,成分間のバランスが重要であったり,微量な成分の存在が重要であったりするサンプルには非常に効果的な計測法である.

Fig. 1

Schematic diagram of the fluorescence fingerprint.

イメージングの波長情報として蛍光指紋を用いる技術を蛍光指紋イメージングとよぶ.通常のカラー画像は赤・緑・青の三色の組み合わせで色を表現するが,色の表現をより多くの階層で行う技術をマルチスペクトルイメージングやハイパースペクトルイメージングとよぶ.蛍光指紋イメージングはマルチスペクトルイメージングの一種といえるが,画像を取得する蛍光波長だけでなく,試料に照射する励起波長も分光することが特徴である.励起波長の数と蛍光波長の数の組み合わせの分だけ分光画像を取得し,各画素の蛍光指紋から成分の情報を得ることになる.

2.1. 食品の複雑な指標を蛍光指紋で推定する

筆者らはこれまで蛍光指紋を用いて,農産物の産地判別[4, 5],豆乳の加熱履歴[6],チーズの熟成度合い[7]や官能評価指標[8],アボカドの追熟度[9],そしてスパイスの抗酸化能[10]など様々な品質情報の推定に用いてきた.これらの指標の多くは複数の成分が関連しているため,計測時に成分の特定を行わない蛍光指紋計測との相性が良い.またこれらの指標に関連する化合物はすべて自家蛍光を示す.例えば,加熱に伴い変化するタンパク質(とくに芳香族アミノ酸),加熱や熟成によって増えるメイラード化合物,農産物の熟成と関連性が高いクロロフィル,抗酸化能との関連性が高いポリフェノール類などは自家蛍光物質であり,蛍光指紋により変化が捉えやすい.Fig. 2には,未熟・適熟・過熟なアボカドの果皮の蛍光指紋を示しているが,蛍光波長680 nmから750 nmにかけて観察できる幅広いピークがクロロフィルの蛍光に対応し,未熟から適熟にかけて蛍光強度が下がることがわかる.

Fig. 2

Fluorescence fingerprints of avocado skin obtained from (a) unripe, (b) ripe, and (c) overripe avocados.

これらの研究の基本的な手順は以下の通りとなる.まず,ターゲットとなる指標に対して幅広い値をとるサンプル群を準備する.一般的な成分分析の際に検量線を作成する場合,想定する成分濃度範囲を網羅するように標準品の濃度範囲を設定ことが重要であるが,蛍光指紋測定の場合も想定しうる変動範囲を網羅できるようにサンプルを準備することが望ましい.次にサンプル群に対し,蛍光指紋測定とともにターゲット指標の計測を行う.そして蛍光指紋とターゲット指標を結びつけるための推定モデルを構築する.推定モデルは単純な重回帰分析や判別分析から,多変量である蛍光指紋や近赤外の解析に向く部分的最小二乗(Partial Least Squares, PLS)回帰分析・判別分析,そして非線形の関係もモデル化できるサポートベクターマシーン(SVM)やランダムフォレスト等が用いられる.最後に,モデル構築のために使用したデータ(キャリブレーションデータ)とは別に取得した蛍光指紋とターゲット指標のデータ(バリデーションデータ)をモデルに当てはめ,未知データの推定精度を確認する.

推定モデルが複雑になるほど,キャリブレーションデータに対してモデルが過剰に適合するオーバーフィッティングという現象が起こりやすいため,必ず別のデータで推定精度を確認する必要がある.しかしどの程度「別」のデータを用いて推定精度の検証を行うべきか,という点については明確な基準が存在しないため,キャリブレーションデータと非常に似たデータ(極端な例では,同一試料に対して複数回計測を行ったデータ)で検証をすれば,オーバーフィッティングが起こっていたとしても見かけ上の推定精度は高くなってしまう.そのため,構築したモデルが未知試料に対してどの程度適用できるかが不明瞭である点がこのような非破壊評価法の欠点である.

2.2. 蛍光指紋イメージング装置と計測事例

前述したように,蛍光指紋イメージングでは画像を取得する蛍光波長だけでなく,試料に照射する励起波長も分光する.Fig. 3に蛍光指紋イメージングを行うための装置の概要を示す.大まかには,光源,CCD/CMOSカメラ,2つの分光装置(ここでは光学フィルター)および観察を行うための光学系(対物レンズやマクロレンズ)で構成される.通常の光源(キセノンランプやハロゲンランプ)は広い波長範囲の光を連続して出力するため,試料に照射する前にこの光を分光する.また,試料が発する蛍光も様々な波長の光を含んでいるため,カメラで画像を取得する前にも分光を行う.このため2つの分光装置を設置する点が通常のスペクトルイメージング装置と異なる.

Fig. 3

Schematic diagram of the device for fluorescence fingerprint imaging.

ハイパースペクトルイメージングの研究の多くでは,分光機能がカメラの中に組み込まれたハイパースペクトルカメラや,液晶チューナブルフィルター(Liquid Crystal Tunable Filter: LCTF)や音響光学素子フィルター(Acousto-Optic Tunable Filter: AOTF)など一台で様々な波長の光を透過させることができる分光装置を使用することが多い.しかし,蛍光指紋イメージングでは敢えて単純なバンドパスフィルターを使用し,フィルターホイールを物理的に回転させることで計測波長の切り替えを行っている.

多くの食品に共通して観察される蛍光の1つに,トリプトファン,チロシン,フェニルアラニン等の芳香族アミノ酸の蛍光やポリフェノールの蛍光がある.これらの成分の蛍光は一般的に励起波長300 nmより短い紫外領域にある[11].これに対し,LCTFを含む分光器の多くが400 nmより長波長(可視・近赤外領域)にしか対応しておらず,紫外領域に対して高感度の装置を組むことが技術的に困難だったため,バンドパスフィルターを使用するに至った.

このように構築した装置を用い,主に小麦製品中の成分分布可視化を目的とした論文をいくつか発表してきた[12-15].パン生地中のグルテン・澱粉の分布可視化ではミキシングの段階を変えることでグルテンの均一性が向上することが画像で示された[13](Fig. 4).澱粉自体は自家蛍光を示す物質ではないが,澱粉粒の表面には薄いタンパク膜が存在しているため,全く蛍光シグナルが観察されない気泡部分とは明確に区別が可能であった.

Fig. 4

Fluorescence fingerprint images acquired from (a) undermixed, (b) optimally mixed, and (c) over-mixed wheat dough [10].

3. レーザー散乱

食品の「美味しさ」は味や香りだけでなく,テクスチャーにも強く影響を受ける.著者が博士号取得後に客員研究員として滞在したベルギーのルーヴェン・カトリック大学では,テクスチャーと関係性が強い光の多重散乱の測定に取り組んでおり,ベルギー特有品種の牛肉の計測[16]を行いながらその手法を学んだ.しかしルーヴェン・カトリック大学で開発された方法は正確に散乱係数を求めるために試料を1 mm未満の切片にする必要があり,また散乱係数を求めるためのモンテカルロシミュレーションや関連アルゴリズム[17]は解が収束するまでに一晩かかることもあった.そこで非破壊かつ迅速にテクスチャーの推定ができないかと考えて開発した技術がレーザー散乱法である.

レーザー散乱で捉えている多重散乱は内部での単散乱の繰り返しにより生じる現象であり,散乱体である内部の構造が複雑であればあるほど,散乱の方向性が失われ,最終的に拡散点でランダム化される.この時点での散乱光を多重散乱光とよび,多重散乱光のうち,表面から光の入射方向と同じ向きに出てくる光を拡散反射光もしくは後方散乱光とよぶ.多重散乱の挙動を説明する拡散反射理論モデルは拡散反射光の強度と入射点からの動径距離の関係性を示すモデルであり,光学定数として,吸収係数(absorption coefficient)および等価散乱係数(reduced scattering coefficient)を含む.特に生体試料において, 拡散反射光の強度はモデル式(1)に従うことが実験的に示されている[18].

  
(1)

R(ρ)は拡散反射光の強度を示し,ρは入射点からの動径距離である.ここでCは実験パラメータであり,光学系の条件等で変化する.またμeffは実効減衰係数(effective attenuation coefficient)であり,吸収係数(μa)と等価散乱係数(μs')を用いて式(2)のように表現される.吸収係数は光を吸収する成分の濃度に,そして等価散乱係数は対象の物理的な構造に依存する.

  
(2)

なお,生体試料では,μa>>μs'であるため,実効減衰係数を吸収係数と等価散乱係数の積を用いて近似することができる.

レーザー散乱では,モノクロカメラで捕捉された後方散乱光(入射光の方向に散乱した光)の空間分布を定量化し,目的変数であるテクスチャー指標に結びつける.レーザー散乱法では安価な単波長のレーザー光を使う代わりに,異なる露光時間で取得した複数の画像を組み合わせることで合成されるハイダイナミックレンジ画像を作成することで,照射点付近の強い散乱光から,照射点から離れた位置で観察される微弱な散乱光まで幅広いダイナミックレンジのデータを取得する(Fig. 5).また計測時に得られる実効減衰係数は吸収と散乱の情報を両方とも含んでいるため,単波長で計測を行う場合は試料の吸収が少ない(もしくは一定の吸収を示す)レーザー波長を選択することが重要である.

Fig. 5

Schematic image of laser scattering and high-dynamic image analysis.

レーザー散乱では,貯蔵に伴い微細構造とテクスチャーが変化するリンゴを対象に研究[19, 20]を行った.Fig. 6にリンゴの貯蔵に伴う微細構造の変化および硬さの推定結果を示す.Fig. 6(a)および(b)の電子顕微鏡画像から,貯蔵に伴いリンゴの細胞構造が変化することがわかる.このような微細構造の変化がレーザー光の散乱特性に影響を及ぼすとともに,テクスチャーにも影響を及ぼす.そのため,散乱特性からテクスチャーを間接的に推定することが可能になる.Fig. 6(c)より,全体としては貯蔵とともに果肉の硬さが徐々に低下する傾向が確認できるが,同じ貯蔵期間でも硬さの値には個体差が大きく,個々のリンゴを計測することに意義があることがわかる.果物や食品の品質は従来,甘味や酸味などの化学的属性や物理的外観によって評価されてきた.レーザー散乱法は,果物品質評価に「テクスチャー」という新たな評価軸を付与できる可能性があり,農産物や食品のより包括的な評価が期待される.

Fig. 6

SEM images of apple flesh after (a) 2 weeks and (b) 7 weeks of storage at 20°C. (c) Estimation of apple hardness using laser scattering.

4. 空間的スペクトル分解

非破壊的な分光分析手法の利点は試料の抽出や分離を行わずに迅速に計測ができる点,また計測時に廃液や廃棄物が発生しない点にある.しかし食品のように多数の成分が混ざり合った試料に対し,目的とする成分のみを選択的にかつ高精度で定量するのは難しい.通常は,試料全体のスペクトルと目的成分の量の間の相関から推定モデルを構築するが,目的成分以外の成分が変化することで推定モデルの精度が大きく下がってしまうこともある.クロマトグラフィーベースの手法は,カラムなどの機構を用いて成分を分離してから計測することで,多数の成分が混ざり合った試料でも目的成分のみを定量できる.

そこで,非破壊分析でありながら試料に含まれる成分を分離する方法はないだろうかと考えて開発した手法が空間的スペクトル分解である.多くの計測対象はミクロスケールでみると不均一であり,成分は局在している.そこで顕微鏡と分光器を組み合わせた顕微分光法を用い,微小領域のスペクトルを計測することで,成分の不均一性を成分分離に生かすことができると考えた.以下に糖類などを混合したシンプルな試料を用いて,空間的スペクトル分解の利点を示した事例を紹介する[21].なお,蛍光指紋やレーザー散乱法と比べて実験手順が複雑であるため,具体的な実験・解析手法も示した.

4.1. 実験・解析方法

糖類・塩類を混合し,錠剤化して試料とした.グルコースを定量対象成分とし,推定モデルを構築するためのキャリブレーション試料では,グルコース,フルクトース,ガラクトースの3種類の粉体を異なる濃度で混合した.推定モデルの精度を確認するためのバリデーション試料では,グルコース,ラクトース,炭酸カルシウムの3種類の粉体を異なる濃度で混合した.全ての濃度に対して錠剤を3個作製・測定した.

スペクトルの計測には,顕微ラマン分光装置(NRS-5100, 日本分光)を用い,一錠剤あたり200点の計測を行った.顕微ラマン分光装置では20倍の対物レンズを通じてレーザー光を試料に照射し,同軸にてラマンスペクトルを取得した.レーザー光のスポット径は約4 μmであり,大体このスポット径に入る範囲の成分の情報が取得できると考えられる.試料に用いた粉体の粒子径は4 μmよりも大きいため,3種類の粉体を混合した試料では測定位置によって測定できる糖の種類が異なってくると予想できる.

このように測定した多点計測データに対し,非負値行列分解を適用した.非負値行列分解とは非負値という制約の下で元の行列を2つの行列の積に分解する手法である.例えば元の行列が[測定点数×波数]という次元で表される時,分解によって得られる2つの行列は[測定点数×成分数]と[成分数×波数]となる.分解後の2つの行列は,純粋な成分のスペクトルと各成分の割合と解釈することができ,各測定値が純粋な成分のスペクトルの線形和になるという直感的な理解が可能である.また本実験では錠剤ごとに200点の計測を行っているため,その200点のグルコース割合を平均化すれば錠剤としての平均グルコース割合が得られることになる.実際には非負値行列分解で得られた割合行列は正規化が施されているため,実際のグルコース割合を求めるためには係数をかける必要がある.そこでモデル構築のためのキャリブレーション試料を用いてこの係数を求め,バリデーション試料についても同様にスペクトル分解を行った後にこの係数をかけてグルコース割合を推定した.

定量手法の比較対象として,分光分析に標準的に用いられるPLS回帰分析を行った.一錠剤あたり計測した200点のスペクトルを平均化して説明変数とし,グルコース濃度を目的変数としてPLS回帰モデルを構築した.

4.2. 結果

Fig. 7(a)にグルコース・フルクトース・ガラクトースを混合して作製した錠剤上で取得したスペクトルの主成分分析結果を示す.測定点を主成分空間にプロットすると三角形の分布が出現し,三角形の角に当たる点のスペクトルはグルコース・フルクトース・ガラクトースの純品のスペクトルに非常に高い類似度を示すことがわかった.これはベクトルの線形和の性質を考えると直観的な結果である.顕微分光法を用いることで1つの試料中の不均一性を捉えることができるため,比較的少ない試料数でもFig. 7に示す分布の「端点」が見えてくることが空間的スペクトル分解法の利点と言える.

Fig. 7

(a) Principal component scatter plots for the spectra measured on the surface of the sugar tablets. (b) Glucose ratios estimated with spatially factorized spectroscopy. (c) Glucose ratios estimated with PLS regression. Orange dots represent calibration samples and green dots represent validation samples.

またFig. 7(b)と(c)に空間的スペクトル分解および比較法としてのPLS回帰分析によって推定したグルコース割合の結果を示す.空間的スペクトル分解ではグルコース以外の成分が異なっていても割合を精度よく推定できたのに対し,PLS回帰分析ではバリデーションサンプルの推定値が実際の割合と大きく異なってしまった.空間的スペクトル分解を用いた推定では,正確にスペクトル分解をした上で,グルコースの情報のみを用いて定量を行っている.そのため,バリデーションサンプル中のグルコース割合も精度よく推定できたと考察できる.試料の複雑さに飛躍があるが,リンゴ中の糖濃度を推定するモデルを構築し,そのモデルでブドウ中の糖濃度を推定するとPLS回帰分析では大きく値が外れてしまうが,空間的スペクトル分解法を応用することによって対象試料が異なっても推定モデルを適用できるようになることが期待される.今後はより複雑な混合物や食品モデルを対象とするとともに,計測手法の精度向上や計測時間短縮に取り組みたいと考えている.

5. 結論

食品の品質計測には,特定の成分を定量するような計測,成分群の定量(例えば総ポリフェノール量),さらには「鮮度」や「産地」など多くの成分が絡む複雑な指標の推定など,様々なレベルでの計測法が存在する.本解説文で紹介した空間的スペクトル分解は特定成分の定量に向き,逆に蛍光指紋やレーザー散乱法は複数の成分や微細構造が絡む指標の推定に向いていると考えられる.しかし複雑な指標の推定の場合も,単純に目的変数とスペクトルを相関に基づいて結びつけるのではなく,なぜ推定が可能なのか,どういう成分がスペクトルに影響を及ぼして推定を可能にしているのかを明らかにする必要がある.機械学習や深層学習の発展とともに,推定の精度を向上させるだけでなく,推定モデルの仕組みを明らかにする方法の発展が望まれる.

6. 謝辞

本稿にて紹介した一連の研究は,卒業研究を行うために食品総合研究所(当時)の杉山純一ユニット長と蔦瑞樹氏が率いる計測情報ユニットに入ったところから始まりました.元々,工学部建築学科に進学していた私は,食品に関わる勉強がしたいと思い,3年生の時に農学部に転学部.相良泰行教授の研究室に入ったのですが,実家が茨城県という理由からか,連携大学院となっていた食総研でお世話になることになりました.卒論・修士・博士課程に渡り,鍋谷浩志教授や食総研の皆さまにも支えていただきながら,伸び伸びと研究に取り組むことができ,本当に有り難く思います.

博士号取得後に滞在したベルギーのカトリック・ルーベン大学では,Prof. Wouter Saeysの研究室に入り,特別暗室内に組み上げられた巨大な散乱測定装置を使わせていただきました.休憩室にはビールサーバーがあり,当時世界最大のビール会社でルーベンに本社があったInBevのビールがいつも飲めることが印象的でした.

筑波大学に助教として着任後は,多くの熱心な学生に恵まれ,私には絶対できない実験に数多く取り組んでもらいました.論文として成果をまとめられなかった研究も数多くあり,それぞれに小さな発見や思い出があります.

最後になりますが,日本食品工学会の皆様にはいつも温かい声をかけていただき,感謝の念に堪えません.ありがとうございました.

References
 
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