日本食品工学会誌
Online ISSN : 1884-5924
Print ISSN : 1345-7942
ISSN-L : 1345-7942
ボールミル操作によるスターチの水分収着能変化と構造緩和
金 有珍鈴木 徹松井 悠子Chidphong PRADISTSUWANNA高井 陸雄
著者情報
ジャーナル フリー

2001 年 2 巻 3 号 p. 121-126

詳細
抄録

スターチは長時間ボールミルすることにより室温でも非晶質のアモルファススターチに転換されると同時にFig.2のようにエンタルピー緩和を伴うことが示されてきた [1] .アモルファス物質のエンタルピー緩和は自由体積の減少といった体積緩和を伴い, アモルファス物質の様々な物性に影響を与える.一般的にボールミルしたスターチは結晶質部分割合が低下するため, 高い水分収着性をもつと考えられてきたが, 先のボールミルによるエンタルピー緩和を考慮すると自由体積減少によって水分収着能の減少が予測される.本研究では, この予想を確認するためボールミル処理時間の違いによるスターチの水分収着能の変化を調べた.
試料にはポテトスターチを用い, 室温で種々の時間 (1から100時間) ボールミル処理を行った.それぞれ処理時間の異なる試料を, 飽和塩類を用いて相対水蒸気圧をコントロールしたデシケータに25℃で放置し, 試料の重量変化を測定することで水分収着平衡を調べた.ポテトスターチの水分収着平衡量はFig.1に示したようにミル時間の増加とともに, ほとんどの相対水蒸気圧において, 全体的に低下した.この結果は, エンタルピー緩和したアモルファスデンプンは水分収着能が低下するであろうという我々の推測を支持するものであった.さらに詳細な分析のため, ヘンリー型とラングミュア型吸着を合わせた次式のように表される二元収着モデルを用いて検討を行った.二元収着モデルは, ガラス状高分子へのペネトラントの収着に対する解析にしばしば用いられる.
C=kdp+〓
ここでC, pはそれぞれ収着量割合およびペネトラントの相対蒸気圧であり, kdはヘンリー定数である.そして, C'H, bはそれぞれラングミュア容量定数および親和力定数であり, 前者C'Hはガラス状高分子内の自由体積と関係するとされる.Fig.3には, 例として22時間ミルした試料の水分収着平衡と上式による曲線を示した.
その結果, 二元収着モデルはAw=0.8までの範囲で水分収着平衡をよく表せ, ラングミュア容量定数C'Hを決定することができた.さらに, このC'Hとミル時間をプロットしたところ (Fig.4) , C'Hはミルの進行とともに序々に減少することが示された.ただし, Fig.4では, 縦軸を対数表示しているにもかかわらず直線関係が得られないことから, 単純な一次反応的な減少ではないことが明らかになった.ここで, アモルファス合成高分子の緩和過程をよく表現できるとされる次のKWW式を用いて, 水分収着能の時間依存性を検討した.

ここでC0HCHC'Hの初期値および, 最終値であり, τ, βは緩和時間とその分布を表すパラメーターである.後者3つのパラメーターはfittingによって決定されるものである.
結果として, Fig.4の実線で示すようにKww式は, τ=19hr, β=0.4のとき, 水分収着能の指標であるC'Hのミル時間による減少過程を非常によく表せた.このような一致は, 水分吸収能減少の現象およびKWW式が本来適用される構造緩和と直接的な対応を有することを保証するものではないが, ボールミルによるスターチの水分収着能の減少は, スターチのアモルファス構造の緩和に起因することを示唆するものと考えられる.
以上, ボールミル処理によってポテトスターチの水分収着能が低下することがわかった.また, この現象はスターチ内の結晶質の減少としては説明できず, ボールミル処理によりアモルファススターチ分子の構造緩和が引き起こされた結果, 水分子の収着し得る自由体積が減少したと考えることによって理解される.スターチの構造緩和, あるいはエンタルピー緩和は, ボールミル処理時だけでなく, 通常の保存時でも起こりうる現象である.したがって, スターチを用いる食品, フィルム等への水分収着能を考えるうえで貯蔵中の構造緩和の影響を留意する必要性が示唆される.

著者関連情報
© 日本食品工学会
前の記事
feedback
Top