抄録
高齢者における総義歯の使用に際しては種々の口腔関連機能の適応能力低下等が問題となる。これまでにも高齢者に対する総義歯作製については多くの優れた方法も報告されている。しかし, その一方で高齢者施設や在宅の患者の口腔内には依然として安定した咬合や咀嚼につながらない総義歯がしばしば見受けられる。このことから, 口腔関連適応能力が低下した患者に対して施術が容易な総義歯様装置が必要とされていることが容易に推測される。
咬合・嚥下床は, 日常生活における動作時, 会話時ならびに摂食時に安定した下顎位を得ることを目的とした床装置であり, 咬合接触による床の動揺を回避することで痛みなく安定して機能・維持できるよう作製された。すなわち, 歯槽頂ならびに両側のレトロモラーパッドを最低限覆うものとし, 舌および唇頬側関連筋群の随意および不随意運動時にも床縁がこれらの運動を全く侵害しない大きさの床縁を有する形態とした。すなわち咬合・嚥下床の唇舌幅径および頬舌幅径は, 健常無歯顎者の口腔関連筋群の機能運動と「調和」するよう作製される通常の総義歯よりも狭小に設定された。また, 人工歯排列は基本的に両側の下顎第二小臼歯と下顎第一大臼歯程度とした。
本症例は入院時には義歯装着を拒否する患者と理解されていたが, 疼痛なく安定する咬合・嚥下床ならびに咀嚼・嚥下床は装着直後から積極的に受け入れられ, 咬合・嚥下機能のリハビリテーションを円滑に進めることが可能であった。