抄録
われわれは, 従来より循環器系疾患を有する患者の歯科処置時の生体反応についての研究を行っているが, 今回は循環器系疾患を有する75歳以上の高齢者患者において精神鎮静法を使用した症例について検討を加えた。全身状態の把握および動脈硬化の判定のため術前検査を行った。その結果, 加齢に伴う程度の変化は認められたが, 著しい異常を呈した症例はなかった。ただし, 今回の症例の多くは外来患者で, 歩行通院しているもので, かつ循環器系疾患に対しての内科的治療を受けており比較的病状が安定しているもので, 内科入院中のものは1名だけであった。しかし, 術前検査は患者の状態把握として重要と考えられた。歯科処置は, ジアゼパム静脈内鎮静法もしくは低濃度笑気吸入鎮静法応用下で局所麻酔を併用し, あるいは局所麻酔単独で行った。処置中は, 8チャンネルポリグラフを使用し, 心電図, 末梢容積脈波, 呼吸曲線などの連続記録と同時に, 頻回の血圧測定も行った。その結果, 処置中に不快症状を発現した症例はなかった。高血圧症を伴う症例では, とくにジアゼパム静脈内鎮静法を応用した症例においては処置直前値より処置中のほうが血圧が低い症例が多かった。これは, 処置に伴って上昇する血圧を精神鎮静法で抑えたものと解釈された。笑気吸入鎮静例では, 血圧の下降例と上昇例が認められたが, いずれも, 処置中の患者の状態は安定しており, 鎮静法に伴う副作用もしくは処置後に異常を来たした症例は認められなかった。高齢者における合併症もしくは患者の病態は, 症例毎に異なるため, 歯科処置に際しては, 当日の体調を含めた処置前の患者の把握にも注意し, さらに処置中の監視が患者管理上, 重要と考えられた。