抄録
歌川広重の「東都名所」と題される浮世絵の揃い物には、版元や発行年の異なる多くの種類があるが、天保3~5年に喜鶴堂から発刊されたシリーズは、名品として知られている。その中の「吉原仲之町夜桜」は傑作として評価が高く、この作品に描かれた空間には、同シリーズの他の作品とは異なる印象が強く感じられる。筆者はそこに、浮世絵独特の平面的色彩構成による絵画空間ではない、現実に近い空間の広がりを感じた。それは、同時代の絵画の空間表現とは異質の、より現代の空間感覚に近いものである。その印象はどこから生まれているのかを考察することが、本論の主題である。そのため、透視図としての絵画空間の分析、投影法の観点からの他の作品との比較、描かれた対象の形体や構図と色彩についての考察等を行った。その結果、広重は透視図法の表現効果と、構図との関係を考えながら作品を制作しており、表現された絵画空間には他の作品に見られない、現代の写真や絵画に通じる現実感があることなどがわかった。