Reproductive Immunology and Biology
Online ISSN : 1881-7211
Print ISSN : 1881-607X
ISSN-L : 1881-607X
学会賞受賞論文
胎盤でのCD73依存的なアデノシンの過剰蓄積とA2Bアデノシン受容体の活性化が妊娠高血圧腎症の発症に関与する
入山 高行大須 賀譲藤井 知行
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2016 年 31 巻 p. 16-23

詳細
要 旨

〈目的〉アデノシン(Ado)は低酸素状態で誘導され、様々な疾患の発症において重要な役割を担うシグナル伝達分子である。我々は最近、妊娠高血圧腎症(PE)患者の胎盤においてAdoが過剰に蓄積しており、AMPをAdoに変換する酵素であるCD73の活性がPE患者の胎盤において亢進していることを報告した。しかしながら胎盤でのCD73の病態生理学的な役割については何も知られていない。そこで本研究では、アンジオテンシンII1型受容体に対する活性化型自己抗体(AT1-AA)により誘導されるPEマウスモデルを用いて、in vivoでのCD73の役割およびAdo受容体を介したシグナル伝達経路のPE発症における関与を検討した。

〈方法〉患者血清より精製したAT1-AAを妊娠マウスに投与するPEマウスモデルを施行し、野生型(WT)妊娠マウス、CD73欠損(Cd73-/-)妊娠マウス、およびA2B Ado受容体(ADORA2B)欠損(Adora2b-/-)妊娠マウスを用いて表現型の比較検討を行った。尚、本研究は所属研究機関の倫理委員会の了承と患者からの文書での同意を得て行われた。

〈成績〉AT1-AAの投与によりPE表現型を呈したWTマウスの胎盤においてAdoは過剰蓄積しており、Ado変換酵素であるCD73の発現および活性の上昇が認められた。Cd73-/-妊娠マウスにAT1-AAを投与した群ではAdoの胎盤への蓄積が抑制されており、PEの表現型も改善していた。このことは、活性の上昇したCD73を介する胎盤へのAdoの過剰蓄積がPE表現型の誘導に関与することを示唆している。また、4種類存在するAdo受容体のうちA2B Ado受容体(ADORA2B)のみがPE表現型を呈したWTマウスの胎盤で有意に発現上昇していた。そこでAdora2b-/-妊娠マウスにAT1-AAを投与したところ、WTマウスで見られたPEの表現型がほぼ消失していた。

〈結論〉胎盤でのCD73依存的なAdoの過剰蓄積およびADORA2Bの活性化が、AT1-AAにより誘導されるPEの発症機序に関与する可能性を明らかとした。

1)緒言

胎盤形成の異常とそれに伴う胎盤機能不全(Placental dysfunction)は、妊娠高血圧腎症(Preeclampsia: PE)の発症において重要な因子であることが知られている[1]。胎盤の障害へと至るメカニズムとして、遺伝的素因、母児間免疫寛容の異常、酸化ストレス、自己抗体、母体の炎症反応の亢進等、これまでに様々な因子の関与が報告されてきたものの、その分子機序については未解明の点が多い[2]。PEに対する病態に即した治療法はいまだに存在せず、PEの発症における分子メカニズムの解明と治療法の開発、有効な発症予知マーカーの発見は喫緊の課題である。

アデノシン(Ado)は主に低酸素などのストレス条件下で誘導され、生体の生理応答において重要な働きをするシグナル伝達分子である(図1)[3]。細胞は低酸素などによる障害を受けると細胞外にATPを放出する。この細胞外ATPが膜結合型酵素CD39によりAMPに加水分解され、さらに膜結合型酵素CD73によりAMPが分解を受けAdoが産生される。産生された細胞外Adoは、アデノシン分解酵素であるAdenosine deaminase (ADA)による分解を受けたり、トランスポーターにより細胞内に取り込まれたりすることで、その濃度が厳密に制御されている。そして細胞外Adoは、ヒトおよびマウスにおいて4種類存在するGタンパク共役受容体であるアデノシン受容体(A1R, A2AR, A2BR, A3R)の活性化を介して様々な生理機能を発揮する[3]。Adoは、PE患者の循環血液中および臍帯血中で発現が上昇していることが報告されてはいるものの[4, 5]、その病態における意義は不明であった。我々は最近、妊娠高血圧腎症(PE)患者の胎盤においてAdoが過剰に蓄積しており、AMPをAdoに変換する酵素であるCD73の活性がPE患者の胎盤において亢進していることを報告した[6]。しかしながら胎盤でのCD73の病態生理学的な役割については何も知られていない。そこで本研究では、アンジオテンシンII1型受容体に対する活性化型自己抗体(AT1-AA)により誘導されるPEマウスモデル[7]を用いて、in vivoでのCD73の役割およびAdo受容体を介したシグナル伝達経路のPE発症における関与を検討した。

図1

アデノシンシグナル伝達経路

細胞は低酸素などの強いストレス条件下におかれると細胞外にATPを放出する。アデノシンは、ATPからCD39やCD73を介して産生される。細胞外のアデノシン濃度は、その産生経路の調節のみならず、アデノシン分解酵素であるAdenosine deaminase(ADA)による分解やトランスポーター(ENT)による細胞内への取り込みにより、その濃度が厳密に制御されている。細胞外のアデノシンは、哺乳類には4種類存在するアデノシン受容体を介してその生理機能を発揮する。

2)材料および方法

アンジオテンシンII1型受容体に対する活性化型自己抗体(AT1-AA)により誘導されるPEマウスモデル(図2)[7] 正常血圧妊婦(normotensive pregnant women: NT)および妊娠高血圧腎症妊婦(PE)の血清より、過去の報告のようにIgGを精製した[7]。8-10週齢の妊娠マウス(C57BL/6)の妊娠13日および14日目に、正常血圧妊婦もしくは妊娠高血圧腎症妊婦より精製したIgG(NT-IgGもしくはPE-IgG)0.8mgを眼窩静脈叢に投与した。妊娠13日目より連日、妊娠18日目までテールカフ法により血圧測定を行った。妊娠17日目より18日目にかけて代謝ケージを用いて尿の採取を行い、尿蛋白量の測定をELISA法にて行った。妊娠18日目に血液や胎盤などのサンプルの採取を行った。また、アンジオテンシンII受容体拮抗薬であるLosartanおよび7つのアミノ酸(AFHYESQ)で構成されるAT1-AAのエピトープペプチド(7aa)をPE-IgGと同時投与することで、AT1-AAの表現型への関与を確認した。AT1-AAにより誘導されるPE表現型におけるCD73およびアデノシン受容体の関与を検討する目的で、CD73欠損 (Cd73-/-)妊娠マウス、およびA2B Ado受容体(ADORA2B)欠損(Adora2b-/-)妊娠マウスを用い、野生型(WT)妊娠マウスとの表現型の比較検討を行った。尚、本研究は所属研究機関の倫理委員会の了承と患者からの文書での同意を得て行われた。

図2

アンジオテンシンII1型受容体に対する活性化型自己抗体(AT1-AA)により誘導されるPEマウスモデル妊娠高血圧腎症妊婦より精製したIgGを、妊娠マウスの妊娠13日および14日目に投与することで高血圧や蛋白尿などのPE表現型を誘導するモデルである。

3)結果

①AT1-AAによる胎盤でのアデノシンの過剰蓄積 (図3)
図3

AT1-AAによる胎盤でのアデノシンの過剰 蓄積

HPLC法を用いて、マウス胎盤におけるアデノシンの発現量を測定した。PE患者由来のIgG(PE-IgG)を投与した妊娠マウスの胎盤では、正常妊婦のIgG(NT-IgG)を投与した妊娠マウスの胎盤に比較して、アデノシンが過剰蓄積していた。このアデノシン発現量の上昇は、アンジオテンシンII受容体拮抗薬であるLosartanもしくはAT1-AAのエピトープペプチド (7aa)により阻害された。このことは、PE-IgGによる胎盤でのアデノシンの過剰蓄積は、AT1-AAによるアンジオテンシンII受容体の活性化によること、すなわち、AT1-AAより胎盤でアデノシンが過剰蓄積したことを示しいる。

まず、HPLC法を用いて、マウス胎盤におけるアデノシンの発現量を測定した。PE患者由来のIgG(PE-IgG)を投与した妊娠マウスの胎盤では、正常妊婦のIgG(NT-IgG)を投与した妊娠マウスの胎盤に比較して、アデノシンが過剰蓄積していた。このアデノシン発現量の上昇は、アンジオテンシンII受容体拮抗薬であるLosartanもしくはAT1-AAのエピトープペプチド(7aa)によりほぼ完全にブロックされた。このことは、PE-IgGによる胎盤でのアデノシンの過剰蓄積は、AT1-AAによるアンジオテンシンII受容体の活性化によること、すなわち、AT1-AAより胎盤でアデノシンが過剰蓄積したことを示している。

②AT1-AAによる胎盤でのCD73の発現の亢進 (図 4図5)
図4

AT1-AAによる胎盤でのCD73の発現の亢進

妊娠マウス胎盤において、アデノシンの発現濃度の調節に関与する分子群の発現解析を、定量的RT- PCR法を用いて行った。CD73の発現のみが、AT1- AAにより亢進していた。

図5

AT1-AAによる胎盤でのCD73の発現の亢進

マウスの胎盤の免疫染色を行い、CD73の発現をタンパクレベルで解析した。AT1-AAによりspongiotrophoblast zoneに顕著にCD73の発現が亢進していた。

妊娠マウス胎盤において、アデノシンの発現濃度の調節に関与する分子群の発現解析を、定量的RT-PCR法を用いて行った(図4)。結果として、AMPをAdoに変換する酵素であるCD73の発現のみが、AT1-AAにより亢進することが分かった。さらには、マウスの胎盤の免疫染色を行い、CD73の発現をタンパクレベルで解析した (図5)。AT1-AAにより、spongiotrophoblast zoneに顕著にCD73の発現が亢進していることが分かった。これらの結果は、AT1-AAの投与によるアデノシンの過剰蓄積にCD73の発現の亢進が関与している可能性を示唆していた。

③胎盤でのアデノシンの過剰蓄積はCD73依存的 に引き起こされる(図6)
図6

CD73依存的な胎盤でのアデノシンの過剰蓄積

Cd73-/-雌マウスとCd73-/-雄マウスを交配し、AT1-AAによるPEモデルを同様に施行した。HPLA法にてアデノシンの発現量を測定したところ、Cd73-/-マウスにおいては、WTマウスで観察されたAT1-AAにより誘導されるアデノシンの発現の亢進がほぼ消失していた。

CD73のAT1-AAにより引き起こされる表現型への関与および病態生理学的な意義を調べる目的で、CD73欠損(Cd73-/-)妊娠マウスを用いての解析を行った。Cd73-/-雌マウスとCd73-/-雄マウスを交配し、AT1-AAによるPEモデルを同様に施行した。HPLA法にてアデノシンの発現量を測定したところ、Cd73-/-マウスにおいては、WTマウスで観察されたAT1-AAにより誘導されるアデノシンの発現の亢進がほぼ消失していた。このことは、発現亢進したCD73依存的に胎盤でアデノシンの蓄積が生じることを示している。

④AT1-AAにより誘導されるPE表現型へのCD73 の関与(図7)
図7

AT1-AAにより誘導されるPE表現型へのCD73の関与

WTマウスで観察されたAT1-AAによる高血圧および過剰な蛋白尿の表現型が、Cd73-/-妊娠マウスにおいては有意に抑制されていた。

血圧及び尿蛋白量を測定し、AT1-AAにより誘導されるPE表現型について解析を行った。WTマウスで観察された高血圧および過剰な蛋白尿の表現型が、Cd73-/-妊娠マウスにおいては有意に抑制されていた。このことは、AT1-AAにより誘導される高血圧および蛋白尿の表現型の表出において、CD73が重要な役割を果たしていることを示している。

⑤AT1-AAによる胎盤でのアデノシンA2B受容体 (ADORA2B)の発現の亢進(図8)
図8

AT1-AAによる胎盤でのアデノシンA2B受容体(ADORA2B)の発現の亢進

定量的RT-PCR法を用いてマウス胎盤における4種類のアデノシン受容体の発現解析を行った。アデノシンA2B受容体(ADORA2B)のみがAT1-AAにより有意に発現が誘導されていた。

哺乳類には4種類のアデノシン受容体が存在する。そこで、定量的RT-PCR法を用いてマウス胎盤における4種類のアデノシン受容体の発現解析を行った。結果として、アデノシンA2B受容体(ADORA2B)のみがAT1-AAにより有意に発現が誘導されていた。

⑥アデノシンA2B受容体(ADORA2B)の活性化 によりAT1-AAによるPE表現型が誘導される (図9)
図9

アデノシンA2B受容体(ADORA2B)の活性化によりAT1-AAによるPE表現型が誘導される

ADORA2B欠損(Adora2b-/-)妊娠マウスを用い、WT妊娠マウスとの表現型の比較検討を行った。血圧及び尿蛋白の測定の結果、Adora2b-/-妊娠マウスでは、AT1-AAによるPEの表現型が抑制されていた。

そこで、AT1-AAにより胎盤で過剰蓄積したアデノシンがADORA2Bの活性化を介した経路でPE表現型に関与しているのではないか、という仮説に基づき、ADORA2B欠損(Adora2b-/-)妊娠マウスを用い、WT妊娠マウスとの表現型の比較検討を行った。血圧及び尿蛋白の測定の結果、Adora2b-/-妊娠マウスでは、AT1-AAによるPEの表現型が抑制されていた。このことは、ADORA2Bの活性化によりAT1-AAによるPE表現型が誘導されることを示している。

4)考察

本研究では、以下のことを明らかとした(図10)。

図10

胎盤でのCD73依存的なアデノシンの過剰蓄積とA2Bアデノシン受容体の活性化が妊娠高血圧腎症の発症に関与する

② 胎盤で発現・活性の亢進したCD73が、アデノシンの過剰蓄 積およびPE表現型の誘導に寄与すること

② PE表現型の誘導にはA2Bアデノシン受容体の活性化が関与す ることを in vivo で、AT1-AAにより誘導されるPEマウスモデル を用いて示すことができた

① AT1-AAにより誘導されるPEマウスモデルを 用いて、胎盤で発現の亢進したCD73が胎盤で のアデノシンの過剰蓄積に関与し、さらには PE表現型の誘導に寄与する。

② CD73依存的に胎盤で過剰蓄積したアデノシ ンは、ADORA2Bの活性化を介してPE表現型 の誘導を引き起こす。

本研究の成果は、ヒトPE患者の胎盤で観察されるCD73活性の亢進という現象6が、実際にPE患者胎盤でのアデノシンの過剰蓄積に関与している可能性があることを示すものである。また、胎盤局所でのアデノシンの過剰蓄積がPE表現型を誘導しうること、すなわち胎盤由来の因子がPEの発症のトリガーとして必要十分であることを示す興味深い結果である。

正常妊娠の過程では、胎盤形成の初期において胎盤絨毛細胞の子宮らせん動脈への浸潤と血管壁の置換(リモデリング)が生じることで絨毛間腔への十分な血流が維持されることになる。PEの発症においては、このリモデリング過程が障害され胎盤が低酸素状態となり、sFlt-1などのPE発症に関与する因子の産生や炎症反応の亢進が惹起される、という病態形成モデルが提唱されている[1, 2]。アデノシンは、主に低酸素刺激などの強いストレス化において細胞から放出されたATPからCD39やCD73などの細胞外酵素を介して産生されることが知られている[3]。また、CD73やADORA2Bは、生体の低酸素応答で重要な働きを担う転写因子であるHIF1-αの直接の転写ターゲットとして知られ、腸管の虚血性障害や慢性腎疾患の発症に関与し重要な役割を果たすことが報告されている[8, 9]。これらのことは、妊娠初期における子宮らせん動脈のリモデリング不全により引き起こされる低酸素状態の応答においてアデノシンが重要な役割を果たしている可能性、およびその機構の破綻がPE発症につながる可能性を示唆している。しかしながら、アデノシンンの過剰状態が子宮らせん動脈のリモデリング不全そのものに関与している可能性も十分に考えられ、今後の検討課題である。

アデノシンシグナル経路のPEの発症および病態への関与の全貌の解明には、分子的な機序においては、CD73の発現及び活性の亢進の契機となる刺激やシグナル伝達、PEの発症・進展に関与するADORA2B下流のシグナル伝達、過剰なADORA2Bの活性化が胎盤の形成および胎盤機能に与える影響、など検討すべき課題は多い。また、臨床への応用に向けては、薬理学的な検討によるアデノシンシグナル経路の阻害による治療的可能性、胎盤のアデノシンの蓄積量とPEの病型および重症度との関係、PE患者における胎盤でのアデノシンの上昇と血中アデノシン値の相関の有無、PE患者での血中アデノシン値の上昇時期の同定、など、未だ多くの検討の余地がある。しかしながら、本研究において得られた知見は、CD73やADORA2Bを標的としたPEの新規の治療法の開発につながりうるものであり、臨床への応用に向けた大きな可能性を秘めていると考えられる。

5)謝辞

本研究の大部分ははテキサス大学医学校ヒューストン校にて遂行した成果であり、ご指導を賜りましたテキサス大学医学校ヒューストン校のDr. Yang Xia,Dr. Rodney E. Kellems,Dr. Baha M. Sibai に深く感謝の意を表します。

References
 
© 2016 日本生殖免疫学会
feedback
Top