Reproductive Immunology and Biology
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学会賞受賞論文
マウスアロ交配では精漿のプライミングにより免疫寛容誘導性樹状細胞が誘導され父親抗原特異的Tregを増加させる
牛島 明美島 友子稲田 貢三子中島 彰俊吉野 修齋藤 滋
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2017 年 32 巻 p. 13-20

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要 旨

【緒言】

制御性T細胞(Treg)により誘導される母児免疫寛容は、妊娠の成立維持に重要なシステムである。これまで我々は、マウスアロ交配における父親抗原特異的Tregの増殖には精漿によるプライミングが重要であることを報告している。今回、父親抗原特異的Tregの誘導と樹状細胞(DC)との関連性について検討した。

【方法】

(1)BALB/cマウス(♀)×DBA/2マウス(♂)のアロ交配において、DCの表面マーカーの発現をフローサイトメトリーにて解析し、免疫寛容誘導性の性格を有しているか検討した。また、精漿を欠く精嚢除去DBA/2マウス(SVX)を作成し、BALB/cマウス(♀)と交配させ(SVXアロ交配)、DCの表面マーカーを解析した。

(2)Mixed lymphocyte reaction(MLR)を用い、アロ交配およびSVXアロ交配での子宮由来DCと脾臓由来DCによる細胞増殖能とTregの誘導について検討した。

【結果】

(1)アロ交配では非妊娠時と比較して免疫応答の活性化に働くDC上のMHC classIIとCD86発現が子宮において着床直前(day3.5)と着床直後(day5.5)で有意に低下し、免疫抑制性共刺激分子であるB7-DCが有意に上昇しており、免疫寛容誘導性の性格を持つtolerogenic DCが増加していた。ただし、脾臓や表在性リンパ節では変化していなかった。一方で、精漿のプライミングを欠くSVXアロ交配では子宮での変化が乏しく、tolerogenic DCが誘導されていないことが分かった。

(2)アロ交配の子宮由来DCでのMLRでは、非妊娠脾臓由来DCに比較し単核球の増殖が有意に抑制された(p<0.05)。一方,SVXアロ妊娠における子宮由来DCを用いた場合には,単核球の増殖抑制作用を認めなかった。さらに、アロ交配の子宮由来DCを非妊娠時脾臓由来単核球とIL-2を共培養することで父親抗原特異的Tregが特異的に誘導されることを確認した。

【結論】

アロ交配では、精漿のプライミングによりtolerogenic DCが誘導され、その結果父親抗原特異的Tregが誘導され、妊娠維持に関与することが初めて示唆された。

緒 言

妊娠は、父親由来の精子と母親由来の卵が受精することで成立し、胎児は父親由来の形質(移植抗原)と母親由来の移植抗原を両方持つ。このため、胎児は母体にとって半異物となり、母体より拒絶されるはずである。しかしながら、母児免疫寛容の成立により、胎児は母体免疫機構から拒絶されずに妊娠の維持・継続が可能となる[1]

これまで、制御性T細胞(Treg)が胎児母体間の免疫寛容においてキーファクターとなることが報告されている。ヒト[2-5]、マウス[6-10]ともに妊娠時には脱落膜(子宮内膜)や末梢血中にTregが増加しており、流産モデルマウス[7,9]、ヒト反復流産症例[2,11,12]、ヒト妊娠高血圧症候群症例[13]ではTreg細胞数の減少が認められている。また精嚢や前立腺背側を除去したマウスやラットでは不妊になることが知られており[15,16]、これまで我々は、アロ交配のマウスモデルを用いて、T細胞受容体のVβ6はDBA/2が持つMls1a抗原を認識することに着目し(図1)、父親抗原特異的Tregが着床直前には既に子宮所属リンパ節で増加している事、着床直後から子宮にて父親抗原特異的Tregが集簇する事、さらにこの父親抗原特異的Tregの変化には精漿によるプライミングが重要な役割を果たしている事を報告してきた[14]。またRobertsonらも精漿が父親抗原特異的T細胞の誘導に重要な役割を果たしていることを報告している[10]

図1

精漿により子宮内に集簇してくる免疫細胞の主体はマクロファージと樹状細胞(DC)であるといわれており[17]、その中の免疫寛容を誘導する機能を持つtolerogenic DCが抗原提示細胞として父親由来抗原を子宮所属リンパ節へ運搬し、父親のMHC classIやclassII抗原を母親のT細胞へ抗原提示していると想定される。その抗原提示により父親抗原特異的Tregが分化誘導され、母児間免疫寛容に働き、妊娠の維持につながるのではないかと考えた。

そこで本研究では、精漿のプライミングによるDCと父親抗原特異的Tregとの関連性について解明することを目的とし、ヒトと同じアロ妊娠であるマウスモデルを用いて、妊娠時の各臓器におけるDCの抗原提示に関わる分子発現の推移と、DCによる免疫寛容の誘導性について検討した。

材料および方法

交配には8-12週齢のBALB/c(♀)およびBALB/c(♂)、DBA/2(♂)マウスを使用した。また、DBA/2(♂)マウスの精嚢を除去し、精漿分泌をほとんど欠く精嚢除去(SVX)マウスを作製した(図2)。

図2

① 正常アロ妊娠、SVXアロ妊娠、同系妊娠の妊娠時の脾臓、表在性リンパ節、子宮所属リンパ節、子宮でのCD11c陽性DCの表面マーカーの発現をFlow Cytometryにて解析した(図3)。

図3

② アロ妊娠、SVXアロ妊娠、非妊娠時の脾臓単核球由来のDCと子宮および子宮所属リンパ節由来のDCをそれぞれ抗原提示細胞として、responderにはBALB/c(♀)脾細胞を、stimulatorにはDBA/2(♂)脾細胞を5日間共培養するMLR反応により、妊娠時のDCが機能的に免疫寛容誘導性を示すかどうかサイミジン取り込み試験にてDNA合成能を測定した。

③ ②と同様のMLRを用いて8日間培養し、妊娠時のDCが父親抗原特異的Tregを誘導する働きをもつかどうかFlow Cytometryにて解析した。

有意差検定にはマンホイットニーのU検定を用い、P値<0.05を有意差ありとみなした。

結 果

①マウスにおける妊娠時DCの表面マーカーの検討

アロ妊娠、SVXアロ妊娠、そして同系妊娠における各臓器でのCD11c陽性DC上のMHC classII、CD80、CD86、B7-DC、B7-H1の発現量をFlow Cytometryでmean fluorescence intensity (MFI)として解析した。非妊娠時と比較して、免疫応答の活性化に関与するDC細胞上のMHC classII抗原とCD86抗原の発現量は、アロ妊娠においてday3.5(着床直前)とday5.5(着床直後)ともに子宮で有意に低下していた(表1)。一方、免疫抑制性共刺激分子であるB7-DC抗原の発現量は、アロ妊娠においてday3.5(着床直前)とday5.5(着床直後)ともに子宮で有意に増加していた。しかしこれらの増減はアロ妊娠での子宮以外の臓器、そしてSVXアロ妊娠と同系妊娠において全ての臓器で変化は認めなかった。これらのことより、アロ妊娠において着床前後に子宮に集簇しているDCは、表面抗原上は免疫抑制や免疫寛容誘導性の性状を有しているtolerogenic DCであり、その誘導には精漿のプライミングが必要である可能性が示唆された。

表1

②マウスにおける妊娠時DCによる免疫寛容誘導性の検討(MLR反応の抑制)

アロ妊娠、SVXアロ妊娠、そして非妊娠マウスの脾臓単核球由来のDCと子宮および子宮所属リンパ節由来のDCをそれぞれ抗原提示細胞としてMLR反応を行い、サイミジン取り込み試験にてDNA合成能を測定したところ、アロ妊娠の子宮由来DCは非妊娠時の脾臓由来DCに比較し、脾細胞の増殖を有意に抑制したが、SVXアロ妊娠の子宮由来DCはそのような抑制は見られなかった(表2)。また、脾臓由来DCはアロ妊娠、SVXアロ妊娠ともに増殖抑制能を示さなかった。このことから、アロ妊娠における子宮由来のDCは機能的にも免疫寛容誘導能をもつことが示唆された。また、精漿のプライミングがないとtolerogenic DCを誘導できないことが推察された。

表2

③マウスにおける妊娠時DCによる父親抗原特異的Treg誘導の検討

②と同様の条件で8日間MLR反応を行った後、Flow CytometryにてTregの解析を行ったところ、CD4陽性中のFoxp3陽性Tregは、抗原提示細胞として脾臓由来DCを混ぜた時も子宮由来DCを混ぜた時も非妊娠時と比べアロ妊娠、SVXアロ妊娠ともにあまり変化がなかったが、その中の父親抗原特異的Treg(Vβ6陽性Foxp3陽性細胞)は非妊娠時と比べ有意に増加していた(図4)。すなわち、アロ妊娠における子宮由来のDCは、父親抗原特異的Tregを誘導することでMLR反応を抑制している事が示唆された。また、精漿を欠くと父親抗原特異的Tregの誘導は弱いと推察された。

図4

考 察

精漿の妊娠率に与える影響として、ヒトではリスク因子不明不妊症患者の体外受精胚移植時に精漿を投与することで着床率が改善したことや[18]、不妊症患者の体外受精胚移植で胚移植前後に夫と性交渉をもつことで妊娠率が有意に改善したこと[19]が報告されている。ヒト以外では、ブタにおいて、交配前に子宮を精漿で洗うと仔の大きさが増すことや[20]、精漿を含まない精子浮遊液で人工授精した場合、妊娠率が低下すること[21]、ラットにおいて精子浮遊液を腟に入れてから胚盤胞移植すると着床率が改善すること[22]、そしてヒツジにおいて精漿を50%濃度添加した精子浮遊液で人工授精すると産仔数が有意に大きくなったこと[23]などが報告されているように、精漿は妊娠において、着床や妊娠の維持・継続に影響を与えることがわかっている。またShimaらは2015年に、マウスアロ交配で父親抗原特異的で増殖しているTregが着床直前(day3.5)から子宮所属リンパ節で既に増加しており、着床直後(day5.5)から同Tregが子宮局所で増加するが、それには精漿のプライミングが重要であることを報告している[14]

今回の研究では、マウスアロ妊娠において精漿のプライミングによる抗原提示細胞としてのDCの分子発現の推移を検討したところ、精漿のプライミングによって子宮中のDCでは免疫応答の活性化に関与するCD86とMHC classII分子発現が着床直前ならびに直後で低下し、免疫抑制性共刺激分子であるB7-DC分子発現が増加するというtolerogenic DCの性質を持ち、母児間免疫寛容の誘導を担っていることが初めて同定された。さらに、MLRにおいて脾臓と子宮側へ着床直前に集簇してきたDCの機能を解析したところ、子宮側のDCでは父親抗原特異的Tregを増加させ免疫寛容へ働き脾細胞の増殖を抑えたことに対し、精嚢除去(SVX)アロ妊娠マウス由来の子宮のDCでは父親抗原特異的Tregがあまり増加せず脾細胞増殖抑制が弱く、非妊娠マウスと同程度であった。本研究におけるDC上の表面マーカー及びMLR反応の結果から、マウスアロ妊娠において精漿のプライミングにより着床前後にtolerogenic DCが子宮へ誘導され、その結果父親抗原特異的Tregが誘導されることで免疫寛容を誘導し、胎児を許容していると考えられた(図5)。

図5

DCは一次免疫応答だけでなく末梢性の免疫寛容を誘導する働きもある。この働きを示すのがTolerogenic DCである。Tolerogenic DCは、その機能としてT細胞のアナジーを誘導したり、IL- 10産生Tr1細胞を誘導したりするほか、Foxp3陽性Tregの増幅を行うことが報告されている[24-26]。アロ妊娠では精漿のプライミングにより子宮内にtolorogenic DCが誘導され、さらに父親抗原特異的Tregの誘導に関与していることが本研究により初めて明らかにされた。また、TregはDC上のCD80/86発現をCTLA-4およびLFA-1依存性に低下させる[27]など、DCの免疫寛容誘導性を維持する働きを持っている。妊娠においてもtolorogenic DCとTregのクロストークが、母児免疫寛容の誘導に重要であると考えられる。今後、さらなる研究により、精漿、樹状細胞、Tregの相互作用が妊娠成立維持に寄与するメカニズムを解明していきたい。

謝 辞

本研究を遂行するにあたり、ご指導ご鞭撻を賜りました富山大学産科婦人科学教室の齋藤滋教授に深く感謝の意を表します。

引用文献
 
© 2017 日本生殖免疫学会
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