2017 年 32 巻 p. 21-26
【目的】
子宮内膜症(内膜症)の病因として免疫応答の脆弱性が注目されている。有経婦人の腹腔内には逆流経血を排除する免疫担当細胞が存在するが、内膜症ではとくにNatural Killer(NK)細胞やマクロファージ(Mφ)の機能低下が報告されている。教室では、その要因として内膜症における抑制型NK細胞増加とMφの抗原提示能低下を証明してきた。一方、これまでに腹腔免疫担当細胞の動態を直接的に観察し、その差異を内膜症と非内膜症で比較した報告はない。今回、腹腔細胞の動態をタイムラプスシステムで撮影し、内膜症と非内膜症とで比較検討する事を目的とした。
【材料と方法】
腹腔鏡下手術時に得た腹腔内貯留液中のNK細胞、Mφ、リンパ球の動態を微小培養ディッシュ内で顕微鏡下にCCDカメラでタイムラプス撮影(30秒/1コマ)し、移動軌跡を描出した。この移動軌跡から得られた各細胞の単一時間の移動距離より移動速度を算出し、内膜症群と非内膜症群で比較した。さらに、NK細胞は偽足運動により移動することから、単一時間内の偽足運動回数を測定し、両群で比較した。
【結果】
内膜症群のNK細胞の平均移動速度は、非内膜症群の50%程度に低下していたが、Mφとリンパ球の平均移動速度は両群に有意差を認めなかった。また、NK細胞の偽足運動回数は、内膜症群で有意に減少していた。
【結論】
本システムを用いた検討から、内膜症ではNK細胞の逆流内膜細胞への傷害能が低下しているのみならず、腹腔内での逆流内膜細胞に向かう走化能も抑制されていることが示唆された。これらの逆流経血への免疫監視機構の脆弱性が内膜症の病因に関与している可能性が考えられた。
子宮内膜症の発生機序は、未だ十分には明らかにはされていないが、これまでに、Sampsonの提唱した「子宮内膜移植説」[1]とMeyerが提唱した「体腔上皮化生説」[2]の2つの説が提唱されている。いずれも1900年代初頭に発表されたもので、現在でも有力視されている仮説である。いずれの説においても、子宮内膜細胞の異所性生着・増殖を許容するのか拒絶するのか、宿主の免疫学的監視機構が子宮内膜症発症に重要な役割をはたすと考えられる。
『鍵』となるのが「月経血の逆流現象」であり、逆流経血に伴い、子宮内膜細胞などの自己抗原や、細菌などの外来抗原が腹腔内に流入すると考えられる。一方、腹腔内には多くの免疫応答細胞が存在し、免疫学的監視機構を形成しているが、子宮内膜症ではNatural Killer(NK)細胞・マクロファージ(Mφ)の機能低下が報告されており、これらの免疫応答細胞による子宮内膜細胞の処理能低下が子宮内膜症発症に繋がると推察される。当教室ではその考えに基づき、これまでに逆流経血中の抗原および免疫応答細胞であるNK細胞・Mφに注目し検討を重ねてきた[3-7]。今回、腹腔内の免疫応答細胞の動態をタイムラプスシステムで直接観察・撮影し、内膜症と非内膜症とで比較検討する事を目的とした。
腹腔鏡下手術時に腹腔内貯留液を採取し研究に用いた。全ての検体は高知大学医学部倫理委員会の承認を得たうえで患者の同意を得て採取した。
①腹腔内貯留液を遠沈(1,500rpm、7分)し、上清と沈殿物に分離。
②沈殿物にACK溶解緩衝液を添加し溶血。
③溶血後の沈殿物を腹腔内貯留液上清で再懸濁。
④再懸濁液を微小培養ディッシュに入れ、顕微鏡下にCCDカメラでタイムラプス撮影(30秒/1コマ)。
上記の方法で撮影した動画を解析し、NK細胞、Mφ、リンパ球の移動軌跡を描出した(Fig.2)。この移動軌跡から得られた各細胞の単一時間における移動距離より移動速度(pixel/sec)を算出し、内膜症群と非内膜症群で比較した。さらに、NK細胞は偽足運動により移動することから、単一時間内の偽足運動回数を測定し、両群で比較した。
NK細胞、Mφ、リンパ球の移動速度を内膜症群と非内膜症群で比較した結果をFig.3に示す。Mφとリンパ球の平均移動速度は両群に有意差を認めなかった。一方、NK細胞の平均移動速度は、内膜症群では非内膜症群の50%程度に低下しており、内膜症ではNK細胞の走化性が低下していることが示唆された。
内膜症でNK細胞の移動速度が低下していたことから、細胞が移動する際に必要となる偽足運動に着目し、個々の細胞の偽足運動回数を測定した。その結果(Fig.4)、単一時間におけるNK細胞の偽足運動回数は内膜症群で有意に減少しており、これが内膜症群にみられたNK細胞の走化性低下の原因と考えられた。
子宮内膜症の発症には、腹腔内に逆流した経血中に含まれる子宮内膜細胞に対する免疫応答細胞の処理能力低下が関与するとの仮説にもとづいて、当教室では検討を重ねてきた。
NK細胞に関しては、これまでに抑制型レセプターについての検討を行い、内膜症症例の腹腔NK細胞において、抑制型レセプターの1つであるkiller cell Immunoglobulin-like receptor(KIR)2DL1を発現するNK細胞の比率が高く、腹腔NK細胞の細胞障害能が低下していることを示した。さらに、内膜症症例では血中でもKIR2DL1陽性NK細胞が高い比率で存在することを明らかとした[8]。
一方で腹腔内に逆流した子宮内膜細胞の抗原についても検討を行い、月経期の子宮内膜細胞にはHLA-Gが発現しており、腹腔内に逆流してきた子宮内膜細胞にもHLA-Gが発現していることを証明した[9]。月経周期別に腹腔内のHLA-G陽性細胞の比率について検討したところ、内膜症症例では黄体期以降もHLA-G陽性細胞が高率に存在したことから、NK細胞の細胞障害能が低下していることが推察された。
今回の検討により、内膜症におけるNK細胞の走化性の低下が示されたことから、子宮内膜症症例の腹腔内ではNK細胞の細胞障害能低下に加え走化性低下により逆流経血中の子宮内膜細胞の処理能力が低下しており、子宮内膜細胞の生着・増殖が許容され、子宮内膜症の発症・進展に関与していると推察される(Fig.5)。
本研究を遂行するにあたり、ご指導を賜りました高知大学産科婦人科学教室前田長正教授に深謝いたします。