2018 年 33 巻 p. 26-34
マクロファージ(Macrophage; MΦ)は、卵巣、子宮内でサイトカイン、脈管新生因子、増殖因子等を産生し、卵胞発育、排卵、黄体形成、着床というダイナミックな周期的変化に関与することが知られている。一方で、MΦは炎症を促進するM1型:M1 Mφ(炎症促進性)とM2型:M2 Mφ(抗炎症性、免疫抑制性)の2つのサブタイプに分類されるが、生殖生理におけるMΦのサブタイプごとの働きについては十分な検討がなされていない。本稿では現在までに報告されているマウスモデルの研究結果と我々が遺伝子改変マウスを用いて行った研究結果と合わせることで、卵胞発育におけるM1MΦ、M2MΦの役割についての検討結果を紹介する。
マクロファージ(Macrophage ; MΦ)は、骨髄由来細胞の免疫細胞一つで卵巣内、子宮内でサイトカイン、脈管新生因子、増殖因子等を産生し、卵胞発育、排卵、黄体形成、着床というダイナミックな周期的変化に関与することが知られている[1-10]。卵巣内ではMΦは、最も豊富な免疫細胞で莢膜細胞層、黄体、閉鎖卵胞内などでヒト、マウスともにその存在が示されている[2,4,7,8]。卵胞が発育するにつれ、卵巣にはMΦは集積し、その数が増えることが報告されている[11]。MΦの卵胞発育への関与については、MΦが産生するサイトカインや種々の因子が卵胞発育に影響を与えていると考えられている [2,3]。マウスモデルにおいては、clodronate liposomesを卵巣に投与して卵巣の汎MΦを除去できる系では、発育卵胞の減少が見られ [12]。また、MΦ産生に重要なcolony-stimulating factor-1を欠損したosteopetrotic mouse(op/opマウス)でも卵胞発育が低下した[13]。Turnerらは、汎MΦの表面マーカーであるCD11b陽性細胞をDiphtheria Toxinを投与することで除去できるCD11b Diphtheria Toxin receptor(DTR)マウスを用いて卵胞発育について検討したが、CD11c DTRでは卵巣内に出血を来し、閉鎖卵胞が増加し、卵胞発育は著しく障害されたことを示している[14]。これらの結果から、MΦが卵胞発育に重要であると言える。
近年、MΦは2つのタイプ、すなわち炎症を促進するM1型MΦ(M1MΦ)と抗炎症、免疫抑制性のM2型MΦ(M2MΦ)とに分類される[15]。MΦは、周囲の微小環境や種々の因子により、M1型とM2型のいずれにも変化できる可塑性を有している。MΦの卵胞発育への関与については、先に述べた通りだが、MΦのサブタイプごとの卵胞発育における役割についての検討はほとんど行われていない。
2-2 卵胞発育におけるM1,M2MΦの推移12週令の野生型C57/B6マウスにFollicle stimulating hormone(FSH)作用のある妊馬血清性性腺刺激ホルモン(pregnant mare serum gonadotropin; PMSG)10 IUを投与して、卵胞発育を促し(Fig. 1)[16]、PMSG 10IU投与後48時間後の時点で卵巣組織内のM1,M2 Mφの割合をフローサイトメトリーにて検討した。F4/80+ CD11c+細胞をM1MΦ、F4/80+CD206+細胞をM2MΦとすると(Fig. 2)、CD11c+ F4/80+ M1 MΦs の割合が有意に増加したのに対し、F4/80+ CD206+ M2 MΦs の割合は変化しなかった(Fig. 3)。
現在までにM1MΦ特異的なマウスモデルは存在しないが、M2MΦに関しては、戸邉らが報告しているCD206 Diphtheria toxin receptor (DTR)マウスが知られている。CD206 DTR遺伝子改変マウスは、Diphtheria Toxin(DT)を投与することでCD206+ M2MΦを特異的に除去できるマウスモデルである [17,18](Fig. 4)。我々はこのマウスモデルを用いて、PMSG 10 IUにて卵胞発育を誘導し、野生型マウスと比較することで、M2MΦの卵胞発育に与える影響について検討した。はじめに、野生型マウスにPMSG 10IUを投与して卵胞発育を促し[16]、PMSG 10 IU投与48時間後の卵巣組織をM2MΦマーカーであるCD206で免疫染色すると、CD206+ M2MΦs の卵巣莢膜細胞層への局在を確認した(Fig. 5)。CD206 DTRマウスにDTを投与してあらかじめCD206+ M2MΦを除去した後に、PMSG10 IUで卵胞発育を誘導したところ、卵巣の形態は野生型マウスと比べ変化は認めなかった。さらに卵胞発育の各段階、すなわち原始卵胞、一次卵胞、二次卵胞、胞状卵胞、閉鎖卵胞、黄体の数を野生型マウスと比較したが [19]、卵胞数に差を認めず、また血清Estradiol(E2)に関しても両群で差を認めなかった。以上のことと汎MΦ除去マウスでも卵胞発育が障害されるとの結果を合わせて考えると、卵胞発育に関しては、M2MΦよりもむしろ、M1Mφの関与の可能性が考えられた(Fig. 6)。
CD11cは、M1MΦのみならず、樹状細胞(Dendritic cell;DC)のマーカーでもある。そのため、CD11c DTRマウスにDTを投与するとCD11c陽性細胞、すなわち、この両者を除去することになる。このマウスを用いて卵胞発育を誘導して、CD11c 陽性細胞を除去すると卵巣は出血を伴い、萎縮を認めた(Fig. 7)。この結果は、Turnerらが報告した、CD11b DTRマウス(汎MΦ除去マウスモデル)で見られたphenotypeと同様の結果であった。細胞増殖マーカーであるKi-67免疫染色では、CD11 DTRマウスでは、卵胞内のKi-67陽性細胞の数は明らかに減少していた(Fig. 8)。卵胞発育の各段階(原始卵胞、一次卵胞、二次卵胞、胞状卵胞、黄体、閉鎖卵胞)において、卵胞数を比較すると、CD11c陽性細胞を除去した場合には、胞状卵胞は確認できず、閉鎖卵胞と一次卵胞の数が有意に増加した(Fig. 9)。E2に関しても、CD11c+細胞除去マウスの血清E2は有意に低かった(Fig. 9)。これらのことから、CD11c陽性細胞が除去されると、E2産生を有し、ゴナドトロピンや成長因子が十分に届くように、周囲の血管網が構築されないと発育できない2次卵胞以降の発育が障害されていることが示された。
CD11c DTR マウスでの結果から、卵胞周囲の血管網が障害されたことが予想されるが、これらの血管網がMΦや血管周皮細胞、血管内皮細胞により構築されるとの報告が散見される[20,21,22]。そこで卵胞発育時のCD11c DTRマウスの卵巣を血管周皮細胞のマーカーである血小板由来成長因子受容体(Platelet-derived growth factor receptorβ; PDGF-Rβ)と血管内皮細胞マーカーであるCD34で免疫染色すると、PDGF-Rβ陽性細胞、CD34陽性細胞の数が、野生型マウスに比べ、少ないことが明らかとなった(Fig. 10)。またPDGF-RβのリガンドであるPDGF-Bは、MΦが産生する血管新生因子であり、周皮細胞を呼びよせ、血管内皮細胞と協調して血管構築を行うことが知られているが[23]、このPDGF-Bの間質での染色性がCD11cDTRマウスでは、野生型マウスに比べ、低下していることも確認している。Kuhnertらは、PDGF-Rβの中和抗体をラットに投与すると卵巣出血を来したことを報告している [24]。さらに、PDGF-B変異マウスの 胎児期に出血を来して胎生致死となってしまうと報告されている[25]。またDi Pietro M はPDGF-B をラットの卵巣局所に投与すると、卵胞周囲の血管構造が保たれ、卵胞発育が改善したと報告している [26]。このようにMφの分泌するPDGFB – PDGFRβ のシグナルが卵胞発育に必要な血管構築に重要と考えられる。一方で、MicroarrayのデータからMφは、DCの5倍PDGF-Bを産生し(Bio GPS, http://biogps.org/#goto=welcome)、さらにM1MΦがM2MΦよりも多くPDGF-Bを産生するとの報告がある[27]。CD11cは、MΦだけでなくDCのマーカーでもあるので[28]、CD11c陽性M1MΦだけのphenotypeを区別することは、難しいが、CD11c DTRマウスでの結果と、汎MΦの研究結果と合わせて考えると、CD11c DTRマウスで見られた出血は、少なくともM1MΦが失われたことが原因の一部と考えられた。
以上のことから、M1MΦが卵胞発育に重要な血管構築を行うという点で卵胞発育に関与している可能性が示唆された(Fig. 11)[30]。
MΦには可塑性があるので、これらを制御することが、今後の卵胞発育不全患者のあらたな治療戦略となる可能性がある。今後、卵胞発育に限らず、さまざまな生殖生理の場面において、Mφの可塑性を生かし、治療に応用していけるように研究を進めていきたい。
本研究を遂行するにあたり、ご指導ご鞭撻を賜りました富山大学産科婦人科学教室の齋藤滋教授に深く感謝の意を表します。