Reproductive Immunology and Biology
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総説
妊娠とsoluble VEGF receptor 1(sFlt-1)
熊澤 惠一入山 高行永松 健大須賀 穣藤井 知行
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2019 年 34 巻 p. 9-16

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要 旨

妊娠高血圧症候群の病態解明はこの約20年で急速に進んできた。Two step theoryが提唱され、受け入れられてきている。その中心的役割を果たすものの一つがsFlt-1である。今回は妊娠高血圧症候群とsFlt-1の関係、さらに妊娠とsFlt-1の関係に関し、我々の行ってきた研究を含め紹介する。

1.緒言

妊娠高血圧症候群は「妊娠時に高血圧を発症したもの」と定義される。発症頻度は全妊婦の5~10%を占め、さらに重症化すれば母児の生命を脅かす。本症はヒポクラテスの著書にも記載されている古くより注目されてきた疾患であるが、様々な学説が乱立し、かつては「病因論の疾患」と言われた。

妊娠高血圧症候群という名前は2005年4月になるまでは妊娠中毒症という名前であった。妊娠中毒症という用語は,胎児や胎盤由来の物質による中毒が原因であるという成因論的な立場から生まれた言葉であり、日本では絨毛由来のポリペプチド(真柄論)、胎盤由来の多糖体に対するアレルギー(加来論)等の胎盤からの物質に関する研究が盛んであったため、非常に受け入れやすい名称であった。この様に、以前より胎盤由来の因子がターゲットとして妊娠高血圧症候群の研究がなされていた。

2.Two Step Theoryと血管新生因子

血管内皮新生因子vascular endothelial growth factor(VEGF)の受容体には血管新生シグナルを細胞内に伝えるVEGF receptor-1(Flt-1)及びVEGF receptor-2(Flk-1)がある。前者のFlt-1は細胞膜貫通型であり、soluble VEGF receptor 1(sFlt-1) はそれに拮抗する可溶型タイプである。2003年に米国HのMaynardとKarumanchi[1]及び、日本の甲賀かをり、大須賀穣ら[2]は母体血中のsFlt-1濃度が妊娠高血圧症候群と関連していることを報告した。さらにMaynard&Karumanchiのグループは、ラットにsFlt-1を過剰投与することにより、高血圧、尿蛋白というpreeclampsiaの症状を呈する事を示した[1]。さらに、2004年、永松健、藤井知行はcytotrophoblastが低酸素下でsFlt-1を産生することを示した[3]。血管新生因子の研究はその後も盛んに行われており、placental growth factor(PlGF)やtransforming growth factor-β 1(TGF-β 1)などが胎盤より増殖する血管新生関連因子として注目されており、さらにそれに拮抗するsFlt-1,soluble endoglin(sEng)等とのアンバランスが妊娠高血圧症候群発症の本質的病態であることが広く理解されてきている。

現在ではさらに、妊娠初期の胎盤形成時の不全から妊娠中期以降の血管増殖関連因子のアンバランスまで妊娠高血圧症候群の病因も統一的に解釈した“Two Step Theory”が主流となっている。まず、胎盤形成の際、絨毛外トロホブラスト(extra-villous trophoblast: EVT)の子宮筋層内やラセン動脈へのリモデリング不全によりラセン動脈が妊娠後に十分に拡張できず、絨毛間腔への血流減少、低酸素状態を生じる。つまり胎盤形成に異常を生じる(1st step)。その後、低酸素状況下で絨毛間腔に血管新生を阻害するsFlt-1などが大量に分泌され、母体の新生血管の阻害、血管内皮障害を引き起こし、高血圧、蛋白尿などの症状を発症する(2nd step)(図1)。1st stepの原因として、免疫学的要因含め、様々なものが提唱されている。その一つとして、中島彰俊、斎藤滋らは妊娠初期の生理的酸素濃度においても、オートファジー欠損によりextravillous trophoblastの 細胞浸潤不全が誘導されることを示した[4]。このように妊娠高血圧症候群の発症の病態も少しずつ解明されてきている。

図 1

3.モデル動物

病因の解明は治療方法の開発につながる。そして、病因の解明にはモデル動物は重要な役割を持つ。今まで妊娠高血圧症候群のモデル動物は様々なものが報告されてきた。免疫に注目したモデル[5-7]、抗血管新生因子に注目したモデル[1, 8, 9]、低酸素に注目したモデル[10-14]、レニンーアンギオテンシン系に注目したモデル[15-17]、及びその他の視点に注目したモデル[18-20]がある妊娠高血圧症候群は単一の遺伝子疾患ではないため、病態の様々な側面を反映してモデル動物が作製されている。様々な種類のモデル動物があることは、病態解明及び治療方法開発に関して、様々な側面から解析できるメリットがある。その中で、我々が作製したもののうち、一部を紹介する。(図2)

図 2

4.胎盤特異的sFlt-1過剰発現

著者らはTwo step theoryのsecond stepに注目し、sFlt-1を胎盤特異的に過剰発現させて妊娠高血圧症候群のモデルマウスを作製した[9]。このマウスでは妊娠経過とともに血中のsFlt-1濃度が上昇し、血圧上昇、尿蛋白上昇を認めた。さらに妊娠高血圧症候群に随伴しやすい胎児発育遅延もみとめた。このモデルマウスの特徴の一つは胎盤特異的にsFlt-1を過剰発現させているため、胎盤娩出後には母体血中のsFlt-1濃度も減少し、血圧、尿タンパク量の改善を認める点である。この点においてもヒトの妊娠高血圧症候群をよく模倣していると考えられる。

5.高年妊娠マウス

妊娠高血圧症候群のリスク因子の一つに高年妊娠が挙げられる。また、女性の社会進出、晩婚化、生殖医療の発達などにより高年妊娠は日本をはじめ、先進国で増加している。45歳以上の妊娠では妊娠高血圧症候群を50%以上に認めるという報告もある[21]。著者らは、その背景に血管の老化などがあることを想定し、高年妊娠では血中sFlt-1が低い状態でも妊娠高血圧症候群を発症していることを示した[22]。さらに高年妊娠のモデルマウスの作製を試みた。ICRマウスを6か月齢以上の群(週齢33.0±9.7週)は、コントロール群(週齢13.0±2.7週)と比較して胎児発育遅延の頻度、子宮内胎児死亡率が上昇しただけでなく、血圧上昇も認めた。この高年妊娠モデルマウスでは血中のsFlt-1濃度がコントロール群と比して高値にならないのに血圧上昇を認めている(図3)。また、このマウスでも上述の胎盤特異的sFlt-1過剰発現マウス同様、分娩後には血圧の改善を認めた。

図 3

6.モデルマウスを用いた治療方法の開発

妊娠高血圧症候群のモデルマウスは様々なものがあるが、我々は胎盤特異的にsFlt-1過剰発現モデルマウスを用いて、治療方法の開発を行った。一つは血管新生因子であるPlGFを胎盤特異的にsFlt-1とともに共発現させることにより、sFlt-1過剰発現による血圧上昇、尿蛋白、胎児発育遅延を改善できた。さらに、本来は高コレステロール治療薬として用いられるHMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン)の一種、プラバスタチンを妊娠高血圧症候群モデルマウスに投与したところ、症状の予防ができた(図4) [9]。さらにプラバスタチンがこのモデルマウスにおいて血中のsFlt-1濃度を低下させ、PlGF濃度を増加させることを示した。その後、他のグループからも同様の結果が報告されてきている[23]。その後、プラバスタチンの妊娠高血圧症候群予防・治療のための臨床研究が世界中で盛んに行われており、非常に有力な予防薬・治療薬候補となっている[24]

図 4

7.sFlt-1の存在意義

既報からsFlt-1は妊娠高血圧症候群の発症の鍵ともいえる物質ではあるが、2004年にKarumanchiらのグループから報告されたように、正常妊娠においても妊娠経過中に妊娠週数と共に増加している[25]。今までは妊娠高血圧症候群の病態の中心物質としてのsFlt-1が注目を浴びていたが、著者達は、そのプラスの面に注目をした。

7-1.胎盤の細胞障害作用

著者らがsFlt-1を胎盤特異定期に過剰発現させた際に、胎盤重量がコントロール群と比較して約15%減少した。このことから、sFlt-1には胎盤、ひいては急速に増殖・増加する組織の発育を抑える働きがあることが推測され、そのカニズムを解析した。In vitro及びin vivoの実験においてsFlt-1は細胞障害作用を持ち、それがnon-apoptoticな経路が主であることを示した(図5)[26]。さらに卵巣癌細胞、大腸がん細胞、絨毛癌細胞で抗腫瘍効果を認め、肺がん細胞、肝臓癌細胞に対しても同様の効果があることを示した[26]

図 5

7-2. 胎盤におけるsFlt-1の効能: 胎盤のmigration

sFlt-1の細胞傷害性は胎盤の成長に関しても影響があるはずである。そこで我々は前置胎盤のmigrationに注目した。我々が日常診療で目にする胎盤のmigrationというeventは、ヒトの胎盤の子宮への浸潤形態を考慮すると考えにくく、内子宮口付近の組織が“消失”あるいは“消退”したと考えるのは自然であろう。また妊娠20週で前置胎盤であるものが妊娠37週まで前置胎盤であり続ける可能性は約20%くらいであり、この間の時期に増えるものの一つがsFlt-1である。上述のsFlt-1の細胞障害作用も考慮し、胎盤のmigrationにsFlt-1が寄与している可能性を調べた。前置胎盤の胎盤を図のように3時、6時、9時、12時方向で採取し、microarrayでmRNAの発現を調べると胎盤の子宮内における内子宮口付近で、sFlt-1, HIF1αが高発現していることが分かった。その上で、sFlt-1の発現をreal-time quantitative reverse transcription PCR法で調べると内子宮口付近の部位は、母体頭側の部位よりsFlt-1が高発現していた(図6)[27]。さらにマウスの妊娠子宮で子宮動脈の分枝を焼灼し、それより抹消部の胎盤への血流を減少させると、同部位の胎盤は同じ個体の中で未処置の胎盤よりsFlt-1の発現レベルは上昇し、胎盤及び胎児の大きさも小さくなっていた。内子宮口付近は子宮血流が少なく、その部位が虚血状態になり、sFlt-1が過剰発現し、その結果その領域の胎盤が障害され、結果として我々が観察するmigrationとなって行くと考えられる。このようにsFlt-1は妊娠を安定に保つ役割を果たしていることが予想される。

図 6

8.まとめ

妊娠高血圧症候群の研究は日々進歩している。sFlt-1をターゲットとすることで病態の把握、治療方法の開発などが進歩してきた。さらにsFlt-1のメカニズム、機能、役割なども少しずつ解明されてきており、さらなる研究が期待される分野である。

9.参考文献
 
© 2019 日本生殖免疫学会
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