日本レーザー医学会誌
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総説
光干渉断層計を用いた歯の加齢的変化の非侵襲画像診断
島田 康史 今井 加奈子セガラ ミッシェル和田 郁美サダル アリレザ中嶋 省志角 保徳田上 順次吉山 昌宏
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2018 年 39 巻 1 号 p. 28-36

詳細
Abstract

高齢者人口の急激な増加により歯の亀裂と摩耗が増加し,病変の進行が新たな課題となっている.光干渉断層計(OCT)は生体組織の内部から反射する後方散乱光を計測し,断層画像を構築することから,これらの病的変化の診断が可能と思われる.本研究では,OCTを用いて歯の亀裂と摩耗の観察を行い,評価を試みた.波長掃引型(SS-)OCTを用いると,後方散乱光シグナルによってエナメル質亀裂の有無と深さを観察することができ,象牙質まで侵入した亀裂も正確に診断することができた.また3D SS-OCTの評価により,エナメル質亀裂の形態が歯の発症部位によって異なることがわかった.非齲蝕性歯頚部欠損(NCCL)はセメント-エナメル境付近の欠損であり,齲蝕以外の原因によって発症する.In vivoのNCCLについてSS-OCTの断層画像を撮影し,NCCLの大きさと歯頚部エナメル質の亀裂,脱灰を調査し比較した.また,臨床でみられる咬合面の摩耗についてSS-OCTによる観察を行った結果,エナメル質と象牙質の残存歯質を表示することができた.

1.  はじめに

超高齢社会の日本では,口腔疾患の構造に変化がみられ,有歯列の高齢者では歯の亀裂や摩耗,咬耗などが顕在化している.このような従来からの齲蝕や歯周疾患とは異なった加齢に伴う病的変化は,自覚症状を伴わずに進行し,気づいた時には歯の喪失に至ることもあるため,健全な食生活による健康長寿を維持する上で,予防と進行抑制に向けた対応を確立する必要がある.

亀裂は位置と深さによって症状に変化がみられ,エナメル質表層に限局する亀裂は,臨床的には無症状であることが多い.しかしながら放置すると亀裂は象牙質へと侵入し,強い臨床症状が出現し,破折によって抜歯に至ることもある.したがって,亀裂の診断を正確に行い,疾患の抑制を検討する必要がある1,2)

歯頚部の非齲蝕性の実質欠損(Non-Carious Cervical Lesion, NCCL)は比較的多くみられる疾患であり,その発生率は加齢的に増加する.一般にNCCLは無症状だが,小さな欠損でも象牙質知覚過敏を伴うこともあり,食渣残留や齲蝕を誘発し,また欠損が大きくなると歯牙破折や歯髄損傷の原因となる3)

歯の咬耗は有歯列の高齢者に多くみられ,食生活習慣や歯軋りによって若年者にも生じることがある.放置すると露髄による歯髄疾患や破折,また不正咬合の原因となる.

光干渉断層計(OCT)は生体組織を透過する近赤外線の後方散乱光を利用した光干渉計の原理に基づいて,非侵襲的に組織内部の断層画像を構築する医療技術であり,波長掃引型OCT(SS-OCT)は画像深度に優れ,歯の内部の変化を観察するのに有利である4,5).SS-OCTの特徴として,空間分解能が約10–15 μmという高い解像度を具備し,歯科用X線写真やCTよりも解像度が高いことが挙げられる.そこでSS-OCTを用い,これらの疾患の観察と診断を行った.本実験におけるヒト抜去歯の使用,またSS-OCTの患者口腔内での使用に関しては,東京医科歯科大学倫理審査委員会の承認を得て行った.

2.  歯冠亀裂の診断

臨床現場における歯冠亀裂の診断は極めて困難である.多くの場合は亀裂が深部まで侵入しており,一見健全にみえる歯に強い咬合痛や冷水痛が出現することによってはじめて亀裂の存在を疑うことができる.しかしながら深部に侵入した強い症状を伴う亀裂でも確定診断には至らず,また正確な部位の特定はほぼ不可能である.亀裂の臨床症状は位置や深度によって多種多様であり,加えて亀裂の幅は十数ミクロン程度といわれており,視診で発見することは難しい.

現在行われている歯冠亀裂の診断方法としては,歯科用X線写真,歯冠部に光をあてて透過する光の影から診断を行う透照診,メチレンブルーなどの染色法,拡大鏡による視診が一般的である.様々な診断法のなかで,特に透照診はエナメル質亀裂の検知に有効といわれている.

SS-OCTを用いて歯と修復物の界面を観察した実験から,剥離(ギャップ)が生じると強い反射シグナルが形成され,理論的な画像解像度よりも小さい幅数ミクロン以下のギャップも白線となって表示することができることが判明している.そこでSS-OCTによる歯冠亀裂の診断に焦点をあて,in vitroの実験を行った1)

2.1  材料・方法

視診にて歯冠に亀裂を有すると思われるヒト抜去歯20本を実験に使用した.歯冠から健全部または亀裂が疑われる71の部位を抽出し,ブラシコーンを用いて歯冠部を清掃し,選択した観察部位において中心波長470 nm付近の光照射器(XL 3000;3M-ESPE社製)の透過光を用いた透照診とSS-OCT断層画像による亀裂の診断を行った(Prototype 2,パナソニックヘルスケア株式会社).10年以上の臨床経験を持つ3名の歯科医が,亀裂の有無と進行度の評価基準の一致を図るため,光照射器を用いた透照診,SS-OCT画像による診断方法について1時間程度話し合い,亀裂の状態について次のスコア分類を行った.

亀裂のスコア分類(Fig.1

Fig.1 

A schematic illustration and SS-OCT image for evaluation of tooth crack and score. Crack line was imaged as white line penetrates into the tooth structure. a. No crack (score 0). An intact surface without crack. b. Superficial enamel crack (score 1). The crack penetrates into the enamel within the 50% enamel thickness. c. Deep enamel crack (score 2). The crack penetrates into the enamel more than 50% enamel thickness but not extending up to the DEJ. d. Whole-thickness enamel crack (score 3). 100% enamel crack extending up to the DEJ. e. Dentin crack (score 4). The crack extending beyond the DEJ into dentin.

0:健全部.亀裂はみられない.

1:エナメル質表層亀裂.エナメル質の厚さの1/2よりも浅い亀裂.

2:エナメル質深層亀裂.エナメル質の厚さの1/2以上の深さの亀裂で,エナメル象牙境(DEJ)まで到達していない.

3:エナメル質全層亀裂.DEJまで到達した亀裂で,象牙質には侵入していない.

4:象牙質亀裂.DEJを越え,象牙質まで侵入している亀裂.

透照診およびSS-OCT画像による診断を行った後,観察部位を半切し研磨後,拡大率100倍にて共焦点レーザー顕微鏡(CLSM)を用いて観察し,実際の亀裂の有無と深さを記録した.CLSM画像から得られた実際の亀裂の深さは,透照診とSS-OCTの評価基準として採用した.カットオフ値を1–2間および3–4間に設定し,それぞれエナメル質亀裂の有無,エナメル質全層に及ぶ亀裂の検出とし,透照診とSS-OCTの結果について,感度(それぞれの亀裂を検出する確率),特異度(亀裂でないものを,亀裂ではないと診断する確率),ROC曲線Receiver Operating Characteristic Curve)から得られた面積(Az値)を算出した.また,評価者間の一致率(カッパ値)を,統計処理ソフト(SPSS)を用いて計算した.

2.2  結果

SS-OCTと透照診による亀裂の診断結果をTable 1に示す.SS-OCTを用いると,歯冠亀裂は亀裂面のシグナルの散乱によって白い線状に表示され,明瞭に観察することができた.亀裂の伸展方向や深さの情報は,半切面の観察結果とほぼ一致しており,多くの亀裂深さはエナメル質表層からエナメル象牙境までであった.しかしながら,亀裂の中にはDEJを超えて象牙質まで及んでいるものもあり,SS-OCTを用いて画像表示することができた.特に象牙質まで到達した亀裂は強い知覚過敏を生じるものと思われ,DEJまで達した亀裂の正確な診断は,臨床における有用性が高いと思われる.そこでスコア分類におけるカットオフ値をエナメル質表層亀裂の診断(カットオフ値1–2)およびエナメル質全層亀裂の診断(カットオフ値3–4)に設定し,比較を行った.

Table 1 

エナメル質表層亀裂と全層亀裂の感度,特異度,Az値および術者間の亀裂診断の一致率

エナメル質表層亀裂 感度 特異度 Az値
透照診 0.87 0.50 0.69
SS-OCT 0.95 0.75 0.85
エナメル質全層亀裂 感度 特異度 Az値
透照診 0.19 0.89 0.56
SS-OCT 0.90 0.63 0.77
術者間の一致率 1 vs. 2 1 vs. 3 2 vs. 3 平均 sd
透照診 0.120 0.304 0.109 0.178 0.111
SS-OCT 0.646 0.600 0.611 0.611 0.024

エナメル質表層亀裂と全層亀裂におけるSS-OCTの感度は,それぞれ0.95と0.90であり,透照診の0.87,0.19よりも高かった.また特異度は,SS-OCTは0.75,0.63であり,透照診は0.50,0.89であった.Az値は,SS-OCTは0.85,0.77であり,透照診は0.69,0.56であった.

評価者間における一致率は,透照診では0.178と低い結果であったが,SS-OCTは0.611と極めて高い結果が得られた.

2.3  考察

OCTは光干渉の原理を利用して組織の精密断層画像を得る医療技術であり,画像深度は観察対象の光透過性の影響を大きく受ける.エナメル質における光の透過性は後方散乱によって制限され,光散乱は1/λ3で減衰することから,波長によって光の浸透性は異なっている.したがって,中心波長1,330 nmの近赤外光を用いたSS-OCTは,470 nm付近に波長ピークを有する光照射器と比較して,エナメル質における透過性が高いといえる.またSS-OCTの光源がレーザーであることも高い透過性が得られる要因といえる.今回の実験でもSS-OCTはエナメル質全層に及ぶ亀裂を検知し,またDEJを超えて象牙質まで侵入した亀裂も表示することができた.

エナメル質亀裂の有無の検知では,透照診は感度0.87,SS-OCTも感度0.95となり,どちらの検出方法も高い結果が得られた.しかしながらエナメル質全層に及ぶ亀裂では,透照診の感度は0.19と低下するのに対し,SS-OCTの感度は0.90と高い値を維持しており,SS-OCTのほうが明らかに優れていた.臨床では亀裂に着色をともなうことがあり,このような高齢者のエナメル質に多発する亀裂は視診でも観察できることが多い.しかしながら知覚過敏が生じた場合,これらの亀裂から症状を伴う亀裂を識別するためには,深さの情報が必要である.

一方,特異度に関しては,エナメル質全層に及ぶ亀裂に対しSS-OCTは0.63であり,透照診の0.89よりもやや低い結果となった.その理由として,特にSS-OCT画像では亀裂のみならずエナメル葉やエナメル叢も明瞭に観察できることから,エナメル象牙境付近に存在するエナメル叢の影響が挙げられる.これらのエナメル質の解剖学的な構造は,線状で石灰化が低く,空隙に有機成分を含んでいる.この界面の相対屈折率の相違により,SS-OCTの後方散乱シグナルが増加し,SS-OCTは白線状のエナメル叢を,DEJ付近のエナメル質に多数観察することができる.したがって,深層エナメル質亀裂からの増強されたシグナルの一部がエナメル叢と重なると,SS-OCT画像において,あたかもエナメル質全層に及ぶ亀裂として表示されてしまう可能性がある.

しかしながら感度と特異度の比較から算出されるAz値を比較すると,エナメル質亀裂とエナメル質全層亀裂の値はそれぞれ,SS-OCTにおいて0.85と0.77,透照診では0.69と0.56であり,いずれもSS-OCTのほうが高く,SS-OCTでみられるわずかに低い特異度は高い感度に起因するものであり,ほとんど問題にならないことがわかる.また術者間の診断の一致率を比較すると,SS-OCTは0.611であり,透照診の0.178よりも極めて高い結果が得られており,SS-OCTを用いることによって信頼性の高い客観的な亀裂の情報を得られることが示唆される.

ところでSS-OCTの観察は近赤外光が到達する深さに限られ,光を透過しない組織や深部の画像を獲得することはできない.特に軟組織や骨組織では光が減衰してしまうため,歯肉縁下に生じた歯根破折の診断は困難になる.したがって,臨床で歯根破折の診断を行うためには,SS-OCTを用いた歯冠における亀裂の診断と,X線による歯根病変の有無の診断を併用して行う必要がある.今後,軟組織や骨組織に対する光透過性の検討やプローブ設計の改良を行い,歯根破折の診断のための精度を向上させる必要があると思われる.

3.  歯冠エナメル質の亀裂の3D評価

SS-OCTを用いることにより,歯冠部に生じた亀裂を白線状に画像表示し,深さも正確に診断することができる.エナメル質は生体で最も硬い組織であり,弾性率が低く,亀裂が生じやすいことが知られている.エナメル質は歯の外層に位置し,咬合接触による亀裂が多くみられる.近年のエナメル質亀裂に関する研究によれば,亀裂のみられる部位として,咬合接触部位,咬合接触直下,咬合接触とは遠位の歪みが生じる部位が報告されている.臨床における歯冠亀裂の多くは咬合が原因であり,咬頭接触による影響を考慮する必要がある.またエナメル質に限局した歯冠亀裂は早期発見により修復治療が可能である.

SS-OCTは画像解像度と処理速度に優れ,3D画像を容易に構築することができる.本研究はSS-OCTの3D画像構築を利用し,歯冠亀裂の分析を目的として行われた2)

3.1  材料・方法

年齢30歳から55歳の患者から,上顎,下顎の健全歯を前歯,犬歯,小臼歯,大臼歯をそれぞれ10本,合計80本収集し実験に使用した.抜去歯の歯冠部からSS-OCTによる3D画像を撮影し,3D画像からX,Y,Z軸方向の断層画像を抽出し,エナメル質亀裂の発症部位ならびに形態を観察した(Dental OCT,吉田製作所). 前歯は咬合接触部位と非接触部位の2か所から3D画像構築を行った.臼歯では機能咬頭と非機能咬頭において3D画像構築を行った.

SS-OCT画像観察後に歯冠を切断し,走査型レーザー顕微鏡(CLSM)による観察を行い,SS-OCT画像と比較して亀裂の確認を行った.歯種による亀裂の発症状況と咬合接触部位による影響を分類し,得られた結果を有意水準0.05にて統計処理を行った(Fischer Exact Test).

3.2  結果

SS-OCTの3D画像構築を用いることにより,歯冠部の亀裂を立体的に観察し評価することができた.歯冠部に発生したエナメル質亀裂は,3D画像から次の3タイプに分類することができた.

タイプ1:エナメル質表層に横断的・水平的に走る亀裂(Fig.2

Fig.2 

Type 1 enamel crack (transverse crack). Superficial transverse or horizontal cracks that may or may not include chipping (arrows). a. 3D SS-OCT image of canine. b. Axial view chosen from the 3D image. Superficial enamel crack runs transversely was observed at the cusp.

タイプ2:咬合面から歯肉側にかけて垂直方向に走る亀裂(Fig.3

Fig.3 

Type 2 enamel crack (vertical crack). Vertically (occluso-gingival) oriented cracks (arrows). a. 3D SS-OCT image of lower incisor. b. Horizontal view chosen from the 3D image. Vertical crack penetrates to DEJ was observed.

タイプ3:タイプ1とタイプ2のハイブリッド亀裂(Fig.4

Fig.4 

Type 3 enamel crack (hybrid crack). A combination of Type 1 and Type 2 crack (arrows). a. 3D SS-OCT image of upper molar. b. Cross-sectional view chosen from the 3D image. Hybrid enamel crack penetrates to the deeper zone was observed.

それぞれの亀裂タイプの抜去歯における発生頻度をFig.5に示す.タイプ1とタイプ3は前歯と犬歯の咬合接触部位,臼歯の機能咬頭に多くみられ,タイプ2は前歯と犬歯の咬合していない部位,下顎小臼歯の非機能咬頭,上顎大臼歯の非機能咬頭に多くみられた.上顎小臼歯と下顎大臼歯の非機能咬頭ではタイプ2とタイプ3の亀裂が同程度みられた.統計処理を行った結果,歯種と咬合接触によって亀裂タイプの発生に有意差がみられた(Fischer Exact Test, P < 0.05).

Fig.5 

Distribution of enamel crack patterns among maxillary teeth and mandibular teeth, and their locations per tooth types.

3.3  考察

本実験においてSS-OCTの3D画像構築を利用し,歯冠亀裂の詳細な分析を試みた結果,歯種と咬合接触の影響によって亀裂の形態が異なることがわかった.エナメル質の亀裂部位では微小な空隙ができ,SS-OCTではその屈折率の変化によって生じる反射シグナルを捉え,画像表示することができる.前実験で行ったエナメル質亀裂の2DのSS-OCT観察では,光照射器を併用した透照診よりも優れた診断精度が得られており,本実験の3D画像構築においても透照診よりも正確な結果が得られていると考えられる.

エナメル質は小柱構造をとり,エナメル小柱は互いに交差しながら走行している.またDEJ付近にはエナメル叢のような構造があり,亀裂の発生に関与すると考えられている.しかしながらその一方で,エナメル叢にはタンパク質が含まれており,亀裂の修復機能を有するともいわれている.

タイプ1の亀裂は,切歯や犬歯の咬合接触部位に多くみられ,また臼歯の機能咬頭にも観察することができた.したがって,咬合力によって生じた破壊と考えられ,このタイプの亀裂は深く侵入することがなく,エナメル質表層に限局して存在していた.これは咬頭に特有なエナメル質小柱構造に由来する高い破壊靱性が,亀裂の深部への侵入を阻止しているためにみられる形態と思われる.

タイプ3の亀裂はタイプ1と同様,エナメル質表層に限局しており,それが拡大しやや深部に浸透した形態と思われる.横断的に走行する表層部の複雑な形態と,エナメル小柱の走行に沿って深部へと侵入した亀裂が混在しており,咬合接触部位に多くみられることから,放置すると咬合力によってさらに深部へと侵入し,歯冠破折へ至るものと推察される.

タイプ2の亀裂もエナメル質表層から生じており,非咬合接触部位に多くみられたことから,応力によってエナメル小柱に沿って破壊が生じた形態と思われる.この亀裂はエナメル小柱の走行が変化する部位に到達すると,そこで進行が阻止されるが,さらに外力が加わると方向を変えてエナメル小柱の破壊を生じており,その様子をSS-OCTにて観察することができる.

本実験では,咬合接触のない非機能咬頭ではタイプ2の亀裂がみられたのに対し,機能咬頭部位ではハイブリッド亀裂のタイプ3が多くみられた.機能咬頭では咬合に由来する圧縮応力が高く,非機能咬頭では平衡側による引っ張りやせん断応力が加わると思われ,歯種と部位による応力の違いや,エナメル質の部位における解剖学的構造の変化が,亀裂の発症と進行に影響を与えていると推察された.

4.  非齲蝕性歯頚部欠損(non-carious cervical lesion, NCCL)

NCCLの成因には諸説あり,酸蝕や機械的摩耗,アブフラクション,またそれらが複雑に加わることなどが提起されている.また近年においては内在性の酸や,タンパク分解酵素による腐食説も提唱されている.しかしながら,NCCLの病態は様々であり,有効な診査・診断および治療方法は確立されておらず,予防も困難である.

このような問題の背景として,NCCLの内部構造を評価する手段の欠如が一因としてあげられる.SS-OCTは,生体組織の断層画像を非侵襲で得ることができ,齲蝕の診断や歯の亀裂の評価に有効である.また,SS-OCTのシグナルの変化から光の減衰係数を計測し,これを用いて歯の脱灰の評価に利用することができる.本研究の目的は,SS-OCTを用いてNCCLの観察を行い,NCCLの成因を調査することである.NCCLの欠損の大きさを計測し,歯頚部の亀裂と脱灰を観察し評価した3)

4.1  材料・方法

本実験ではヒト抜去歯を用いたin vitroの評価と,患者の口腔内にみられるNCCLの観察による臨床評価を行った.in vitroの研究では抜去歯にみられるNCCLの脱灰を定量評価し,減衰係数(μt)の閾値を求めた.臨床研究では口腔内のNCCLを,SS-OCT を用いて観察した(Prototype 2,パナソニックヘルスケア株式会社).

1)抜去歯によるNCCLの脱灰評価

NCCLを有するヒト抜去歯40本(小臼歯,大臼歯)を使用し,SS-OCTを用いてNCCLの歯軸方向の断層画像を近心から遠心に向かって50 μm毎に撮影した.得られた画像からNCCLのシグナルの変化をImageJを用いて分析し,ランベルト・ベール則から導かれる公式を利用して減衰係数μtを測定した.

次に,SS-OCTの断層画像と一致する部位についてNCCLを含む切片を作成し,TMR法によりミネラル密度の測定を行った.NCCL直下の象牙質にわずかな脱灰がみられ,象牙質のミネラル密度48 vol%を境として脱灰群と非脱灰群に分類し,それぞれのμtの平均値と標準偏差を計測した(Fig.6).

Fig.6 

SS-OCT image of NCCL and TMR image from the NCCL to measure the mineral density (vol%). a.TMR image from NCCL. b. Cross-sectional view of NCCL. c. Mineral density profile obtained along the line in (a). d. SS-OCT image of NCCL at the same location of (a).

2)SS-OCTによるNCCLの臨床観察

被験者35人(平均年齢45歳,27歳から75歳まで)の口腔内から,齲蝕検知液を用いて歯頚部に齲蝕のみられない被験歯242本(小臼歯,大臼歯)を選び,実験に使用した.

まず咬合面の咬耗について,視診にて象牙質の露出の有無を検査し,SS-OCTにて確認した.また歯頚部の知覚過敏の有無を,3秒間エアーを作用させ検査した.その後SS-OCTを用いてNCCLの断層画像観察を行い,NCCLの大きさ,歯頚部DEJの亀裂,歯頚部象牙質の脱灰について以下のように分類した.

・NCCLの大きさ

NCCL最深部の深さと幅を画像上で計測し,(深さ×幅)/2(mm2)の値を大きさの指標とした.

A群:歯頚部欠損なし.

B群:1.0 mm2までのNCCL.

C群:1.0 mm2から3.0 mm2までのNCCL.

D群:3.0 mm2より大きいNCCL.

・歯頚部DEJの亀裂

NCCL部におけるエナメル象牙境(DEJ)に沿った亀裂を画像上で確認し,亀裂なし群と亀裂あり群に分類した.

・象牙質脱灰

in vitroの実験から得られたμtの閾値を用い,NCCL歯頚部象牙質について,脱灰なし群(μt < 1.21)と脱灰あり群(μt > 1.21)に分類した.

咬耗,知覚過敏,亀裂,象牙質脱灰は大きさ別にカイ二乗検定(Bonferroni調整)を用いて統計処理を行った(有意水準α = .05/6 = .0083 及びα = .05/3 = .0167).さらに,NCCL の大きさと年齢の関係をSpearmanの順位相関係数を用いて統計処理を行った.

4.2  結果

被験者の口腔内にみられる242本の歯のうち,NCCLを有する歯は145本であり,欠損のみられない歯(A群)は97本であった.NCCLを有する歯は,B群73本,C群40本,D群32本であり,大きさと被験者の年齢の間に相関がみられた(R = 0.567, P < 0.05).全被験歯中で,咬耗は104歯,知覚過敏は64本,亀裂45本,脱灰103本であった.NCCLを有する歯の中では,咬耗は87歯,知覚過敏は58本,亀裂44本,脱灰100本であった.

NCCLの有無と大きさにおける咬耗,歯頚部亀裂,知覚過敏,歯頚部脱灰の発生率をFig.7に示す.咬耗,亀裂,知覚過敏,脱灰のすべてにおいて,A群とB群の間に有意差がみられた.また脱灰は小さなNCCL(B群)でも56%にみられ,大きくなると80%以上に増加した.

Fig.7 

Frequency of occlusal wear, cervical cracking, hypersensitivity, and dentin demineralization in each NCCL size group.

咬耗,歯頚部亀裂,知覚過敏,歯頚部脱灰の,年齢層における発現率をFig.8に示す.咬耗と亀裂は加齢とともに増加する傾向がみられたが,知覚過敏は20–39歳から60歳以上になると減少していた.NCCLの脱灰は全ての年齢層で65%以上にみられ,年齢による違いはみられなかった.

Fig.8 

Presence of occlusal wear, cervical cracking, hypersensitivity, and dentin demineralization among three age groups, 20–39 yrs, 40–59 yrs, and over 60 yrs.

4.3  考察

SS-OCTを用いた本実験では,NCCLを有する歯の欠損部においてDEJに沿ったエナメル質の剥離状亀裂を観察することができた.また象牙質には軽度の脱灰がみられ,抜去歯を用いた予備実験では,NCCL象牙質部における輝度の上昇部位はTMRでの脱灰象牙質と一致していた.一方,TMRにおいてNCCLの脱灰象牙質の定量評価を行うと,健全部と比較して12.3%のミネラル減少がみられた.過去の文献では,齲蝕病変におけるミネラルの減少は25%以上であることが報告されている.このことから,NCCLの脱灰は齲蝕病変よりも少ないと考えられる.抜去歯を用いた研究では,NCCLの70.6%に脱灰がみられ,また臨床試験では74.7%にみられ,NCCLにおける脱灰の発生頻度は近似していた.

NCCLにおける脱灰の発生率を臨床試験によって調査した結果,小さなNCCL(<1 mm2)にも多くみられ,初期段階のNCCLにおける脱灰の存在が示された.またNCCLが大きくなると脱灰の頻度は増加し,断面積3 mm2以上のNCCLにおいて有意差がみられた.さらに象牙質脱灰の頻度を年齢層で比較した結果,若年層のNCCLでも66.7%に脱灰所見がみられ,年齢層による有意差はみられなかった.これらはNCCLの病因子として象牙質の脱灰の可能性を示唆するものと思われる.

本実験では,NCCLにおける歯頚部の亀裂が確認され,また咬耗による象牙質露出の発生率はNCCLの大きさと正の相関がみられた.したがって,咬合ストレスによるアブフラクションの形成もNCCLの成因の1つと思われた.

5.  咬耗のSS-OCT診断

歯の咬耗は臨床的症状をほとんど伴わず,初期段階での発見が難しく,また診断も困難である.初期の咬耗ではエナメル質の残存状態を観察し,また象牙質が露出した症例では歯髄との位置関係を把握し,進行の抑制と修復を検討する必要がある.SS-OCTは歯の断層画像を得られることから,歯の咬耗状態を評価することができると考えられ,その診断への活用が期待される.

本実験では実際の患者口腔内にみられる歯をSS-OCT観察し,早期咬耗歯における残存エナメル質の状態の観察と,進行した咬耗歯における残存象牙質の厚さと歯髄との位置関係について観察を行った.

5.1  材料・方法

実際の患者の口腔内にて,健全に見える小臼歯の咬合面と,咬耗がみられ露髄が疑われる症例について,SS-OCTを用いて観察し,残存歯質の状態と歯髄の位置を断層画像にて観察した(Prototype 2,パナソニックヘルスケア株式会社).

5.2  結果

患者の口腔内にみられる咬耗歯の状態をSS-OCTにて観察した結果,エナメル質の咬耗は画像に表示されたDEJの深さを基準にして残存エナメル質の光学的な厚さを計測することができた(Fig.9).また咬耗が著しく象牙質まで欠損が及んだ症例では,象牙質内部の歯髄髄角部の位置を確認することができた(Fig.10).

Fig.9 

SS-OCT images of occlusal attritions. SS-OCT scanning was performed along the red lines in upper images. a2 and b2: SS-OCT imags. a1, a2. Remaining thickness of enamel at the buccal cusp was very thin, but still remained (arrow). b1, b2. Buccal cusp of premolar exhibited dentin exposure (arrow).

Fig.10 

SS-OCT image of mandibular incisor for 87 yrs patient. a. Severe incisal attrition was observed with the remaining dentin thickness thin. b. SS-OCT image along the line in (a). Pulp hone was clearly imaged in SS-OCT due to the increased backscattered reflection between the border (arrow).

5.3  考察

臨床にて患者の口腔内を観察すると,若年者であってもエナメル質の咬耗はみられ,特に咬合接触する咬頭部エナメル質では無症状に咬耗が進んでおり,SS-OCT画像によって象牙質の露出が確認できた症例があった.咬耗に関しては診断が難しく,従来の方法ではエナメル質の咬耗について正確に把握することはほぼ不可能である.SS-OCTを用いると,特にエナメル質の光透過性は高くDEJの表示も可能であることから,DEJの位置を指標として残存するエナメル質の厚さを計測することができる.SS-OCTを用いて残存歯質の厚みを計測する場合,画像における深さ方向の距離は媒体の屈折率による影響を受けることから,エナメル質と象牙質の屈折率を考慮して判断する必要がある.

6.  まとめ

SS-OCTを用いると,歯の亀裂や摩耗など,従来の画像診断法では捉えることのできなかった変化を断層画像により表示し,疾患の予防と進行抑制に向けた対応に利用できることが分かった.また歯の光学的変化を計測することにより,疾患の発症機序の解明に向けた研究に利用できる可能性が示唆された.

 利益相反の開示

利益相反なし.

参考文献
 
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