日本レーザー医学会誌
Online ISSN : 1881-1639
Print ISSN : 0288-6200
ISSN-L : 0288-6200
総説
医療安全 歯科・口腔外科領域における安全対策
吉田 憲司
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2019 年 40 巻 2 号 p. 125-131

詳細
Abstract

レーザー治療は,現在歯科領域で広く普及しているが,口腔の狭い領域での事故を防ぐために安全対策について考慮する必要がある.現在,多くの種類のレーザーが使用されているが,CO2,Nd:YAG,Er:YAG,半導体レーザーが最も頻繁に使用されている.これらのレーザーの応用は,生物学的組織に対して所望の熱効果を達成するために高出力を使用する必要がある.過度の熱エネルギーは,照射領域に隣接する組織および歯槽骨壊死をもたらす.したがって,レーザーを使用する前に,組織相互作用に関する十分な知識を得ておく必要がある.また歯科におけるレーザー治療後の皮下気腫についていくつかの報告がある.口腔中で歯槽膿瘍の外科的レーザ切開中に,圧縮された冷却空気流があるときは医原性皮下気腫の合併症が起こることがあることに留意すべきである.歯科用レーザーの使用に関するこれらの合併症を回避するためには,口腔の解剖学的特徴および各レーザーの特徴を考慮した基礎知識および技術を念頭に置かねばならない.

Translated Abstract

The laser treatment spreads widely now in dentistry domain, but it is necessary to consider it about safety and safeguard to prevent any accident at the narrow area of oral cavity. Many kinds of lasers heve been used at present, carbon dioxide, Nd:YAG, Er:YAG and diode laser are used most often. These laser applications require the use of high power to attain the desired thermal effects on biologic tissues. Excessive heat energy results in tissue and alveolar bone necrosis close to the irradiated area. Therefore, it is necessary to obtain sufficient knowledge about tissue interaction in advance before using the laser. Several cases were reported about subcutaneous emphysema following laser treatment in dentistry. It should be kept in mind that complications of iatrogenic subcutaneous emphysema may occur during surgical laser incision of abscess, whenever compressed cooling air-flow used inside the mouth. To avoid these complications for the use of dental laser are keep in mind of anatomical features of oral field and the basic knowledge and technique considering the feature of each laser.

1.  はじめに

平成30年度の歯科診療報酬改定にて「レーザー機器加算」,「口腔粘膜処置」,「口腔粘膜血管腫凝固術」の3件が新規技術として保険収載された.「レーザー機器加算」については,歯科点数表のみならず医科点数表にも適用され,レーザー治療は今後とも各領域において益々普及していくであろう1).しかし臨床への応用が広まるにつれ,レーザー治療に関連するインシデントやアクシデントも一定割合で発生していることが推察され,患者に安全,安心なレーザー医療を提供するために最善の安全対策を講じなければならない.

歯科・口腔外科領域における安全対策も基本的な事項はレーザー医学・医療における内容と変わりはないが2-5),口腔という環境下においては,これまでに報告されているインシデントやアクシデントに特徴的な傾向がみられる.

本稿においては,歯科・口腔外科領域におけるレーザー治療に関わる安全対策について解説する.

2.  レーザー安全教育研修による安全対策

国内におけるレーザー医療に関する安全教育研修は,特定非営利活動法人 日本レーザー医学会が各領域を対象に施行しており,安全教育委員会が編集した「レーザー医療の基礎と安全」の中で歯科,口腔領域における安全対策についても解説されている6).一般社団法人 日本レーザー歯学会(日本歯科医学会 専門分科会)においては,平成13年に認定医・指導医制度(専門医制度は平成25年度に発足)発足と同時に資格取得・更新者には学術大会時に開催される安全講習会への参加が義務づけられている.また平成19年4月に日本レーザー歯学会内に研修委員会(現 研修・安全講習委員会)が設置され,歯科医師およびスタッフを対象として安全管理教育等を目的に第20回日本レーザー歯学会学術大会開催時に第1回歯科用レーザー安全講習会が開催された.その後,レーザー歯学・歯科医療に関する安全教育研修の機会を増やすため,学術大会時に開催される安全講習会とは別に平成25年2月に第1回教育研修会を開催した.また参考書として,平成27年4月に一般社団法人日本レーザー歯学会が監修した「レーザー歯学の手引き」が刊行され,レーザーの基礎から安全管理,臨床への応用など必要な情報が得られるように配慮された.

特筆すべきは,日本レーザー歯学会主催の歯科用レーザー安全講習会,教育研修会参加者のアンケート調査分析を施行し,レーザーの使用頻度,安全管理,使用しているレーザー機種,過去の講習会参加の有無,参加者の経験したレーザー歯科治療中のインシデント・アクシデントなどの詳細な集計と分析から事故防止,安全対策の一助となるよう同学会誌に論文形式で報告されてきている7-10).大橋らによれば,教育研修会参加者79名中,インシデント・アクシデントの経験は全体で「経験がある」が20名(27%),「経験が無い」が37名(49%)で,内容として「チップ・ファイバーの破折」,「誤照射」,「皮下気腫」,「疼痛憎悪」,「腐骨形成」,「防護メガネのかけわすれ」,「注水切れ」,「故障」などであったと報告している9)

国内における承認歯科用レーザー機器(CO2,Nd:YAG,Er:YAG,半導体レーザー)の累計販売台数(R&Dの調査資料)は,2017年の時点で47,616台であり(Fig.1),これに加え未承認の機器を個人輸入で取得している使用者も含めて類推すると,未報告のインシデント・アクシデントの発生件数はかなりあるのではないかと推察される.

Fig.1 

Cumulative sales volume of approved dental laser equipment in Japan.

3.  添付文書に記載されている警告,禁忌・禁止事項

国内承認のレーザー医療機器で添付文書に記載されている警告,禁忌・禁止事項の中から,歯科・口腔外科領域で使用される機種(CO2,Nd:YAG,Er:YAG,半導体レーザー)について関連する主な内容を挙げてみると,大橋らが報告した安全教育研修会参加者のアンケートの調査にも回答されたインシデント・アクシデントと同様,「チップ・ファイバーの破折」,「誤照射」,「皮下気腫の発生」,「過剰照射条件に起因する腐骨形成」に加え,「口腔白板症に対するレーザー照射後の悪性化の可能性」,「引火性の麻酔ガス,空気中の濃度以上の酸素環境下における引火・爆発」「可燃物に対する引火・燃焼」,「高酸素濃度環境下での引火」などがある.これらのインシデント・アクシデントは,口腔という特殊な環境下でのレーザー使用実態や病態に起因するものがあり,以下に各々取り上げて安全対策を含めて解説する.

4.  皮下気腫の発生原因と安全対策

レーザー歯科治療に起因した皮下気腫発生について国内から2001年に初めて報告された.原因は明らかであり,冷却用のエアーがコンタクトチップ先端から放出される機種のレーザー装置を使用する際に,閉鎖腔内の内圧が高くなるとエアーが隣接組織間隙を通じて皮下気腫が発生する.ときとして頚部から縦隔にまで至る広範囲かつ重篤な皮下気腫が発生したとの報告もある.筆者は以前よりレーザー歯科治療に起因する皮下気腫発生の注意喚起と報告例を集積している11-13).Mitsunagaら14)は,2001年から2012年までの期間における皮下気腫の報告例を検索し,13事例について内訳や概要を纏めている.その後Mitsunagaらは1例を追加報告しているが15),それらの報告に含まれていない事例を含めて,本稿を執筆中までの期間に渉猟し得た報告例16-26)を併せてFig.2に一覧を示す.学会報告など抄録内容からの調査事例では,経過の詳細が不明な事項もあるが,内訳を見てみると,国内において普及している承認半導体レーザー機器は,コンタクトチップ先端に冷却用エアーが放出される構造にはなっていないので,当然ながら同機種を使用しての皮下気腫は発生しない.一見するとCO2レーザー装置使用下における気腫の発生頻度が多いように見受けられるが,Nd:YAGレーザー,Er:YAGレーザー装置に比較して普及台数が多いことが関連していると推察される(Fig.1).皮下気腫発生時の使用目的は,歯肉膿瘍の切開にレーザーを用いていた事例が多くを占めており,歯肉歯槽部に発生した膿瘍閉鎖腔においてチップエアー,冷却用エアーの送気で内圧が高まり皮下気腫の発生原因となる.防止策として使用状況に応じて冷却エアーをOffにして使用するか,連続照射を避けることである.一部の添付文書に警告記載されているように,チップエアーや冷却用エアーによる気圧が管腔内で高くなると,出血部位から血管内にチップエアーが入り,ガス塞栓症になる危険性が指摘されている.歯科治療中にレーザーを使用して皮下気腫が発生した報告例は,かなり念入りに検索してもこれまで国外からの報告事例はみられない.この背景については今後とも調査が必要である.

Fig.2 

Report example in which subcutaneous emphysema occurred after dental laser treatment (2001~2018 Oct )14,15-26).

5.  白板症へのレーザー照射と注意事項

白板症は口腔粘膜に発生する白色病変であり,経過観察中に異形成,癌化する危険性がある病変である.WHO Classification of Head and Neck Tumoursでは,口腔潜在的悪性疾患:Oral Potentially Malignant Disorders(OPMDs)に分類されている27).喫煙や飲酒など危険因子の曝露による影響もあり,OPMDsの悪性転化の予測や防止は困難であるとされている28,29)

白板症の主な外科的療法は病変の切除であるが,レーザーを使用して切除もしくは蒸散した症例の予後経過観察中に,悪性化したとの報告があり30-32),レーザー療法の是非が問われてきた.しかし,白板症が経過観察中に異形成,癌化する性質のある病変であることに加え,その他の環境,宿主要因もあり,はたしてレーザー療法の介入が白板症の悪性転化に影響したのか原因を特定するのは一概には論じ得ない.そこで筆者等は白板症のレーザー療法と予後に関して動物モデルによる基礎実験を行った.Iidaら33)は,DMBA誘発ハムスター頬嚢発癌にCO2レーザー照射,スチールメスによる創傷を作製し,発癌過程に及ぼす影響について検討したところ,実験的前癌病変に対する外科的侵襲,とくにCO2レーザーによる侵襲は発癌を強く促進する危険性が示唆された報告している.Takeuchiら34)は,4NQO誘発のラット舌前癌病変におけるCO2レーザー照射の影響について,レーザー蒸散後の早期の創傷治癒過程およびレーザー蒸散,スチールメス切除後における発癌の観察を病理組織学的および免疫組織学的に検索し,レーザー蒸散による病変切除が不完全である場合には,残存上皮部から発癌が促進される可能性について報告している.

白板症の外科的療法を選択する際には,予め生検を施行しておくことが必要である.Takeuchiらは,術前の生検で細胞異形成を認めなかった症例に対して,Nd:YAGレーザーによる蒸散を施行したところ術後に悪性転化した2症例を報告している30).また榎本らは,CO2レーザーにより口腔白板症を切除し,経過観察中に悪性化した3症例について検討し報告している32).3症例のうち2症例は術前の生検で細胞異形成があり,いずれの症例も5 mmの安全域を設定し切除を施行しているが,術前の病理組織学的検査にて異形成を認める症例については,たとえ安全域を設けて切除しても悪性化する可能性が高いことを示唆している.一方,Takeuchiらの報告のように,術前の生検で細胞異形成を認めなくとも,白板症病変を直接照射する蒸散治療では,残存上皮部からの発癌をきたした可能性が高い.口腔白板症のレーザー療法に関する臨床研究では,これまで多数の報告があるが,いずれも症例数,経過観察期間が十分とは言いがたい.しかし2017年にNammourら35)により報告された口腔白板症に対するCO2レーザー療法(蒸散,切除)の臨床研究は,複数施設で施行され,2,347病変,観察期間6年とこれまでの報告と比較すると,十分なサンプル数,観察期間である.この研究では,術前の生検にて全て異形成を認めなかった症例を対象としており,また過去に治療歴がないことや予後に影響を与える可能性のある危険因子を有する患者を除外しており,症例の均質化を図っている.プロトコールとして,P1~P4の4群に分けCO2レーザー療法後(蒸散,切除)の再発,悪性化について検討した(Fig.3).

Fig.3 

Research outline and protocol by Nammour S et al.35).

その結果,P3の切除群の1,202病変中1,176病変(97.8%)では,6年後の観察期間中においても再発,悪性化を認めなかった.しかしP1の直接蒸散を施行した群の35病変では,6年後においてわずか2病変(5.7%)のみが再発,悪性化をきたさなかった.この群の9病変(26%)は経過観察中に異形成の所見を呈し,7病変(20%)は高率に悪性化が認められ,failed treated casesと評価している.

これら過去の基礎的,臨床的報告を要約すると,口腔白板症に対するレーザー療法は,病変の直接蒸散は単回,繰り返し蒸散を含め悪性化の危険性が極めて高いといえよう.また3~5 mmの安全域を設けてレーザー切除を行っても,術前の生検で異形成が見られる病変も悪性化の危険性が高いといえる.口腔白板症に対してレーザー療法を行う際には,①治療前に生検を施行する.②術後は長期間の観察が可能な患者にのみ施行する.③病変部への直接レーザー蒸散は不完全となりやすく,残存上皮部からの発癌の可能性が示唆される.④安全域を設定しレーザー切除するにしても,術前の生検で異形成の認められる場合には悪性化の可能性がある.以上の要点を十分に検討し,その他に患者の生活習慣や危険因子を十分に考慮して選択すべきある.

6.  過剰照射,誤照射の防止

口腔は解剖学的に狭小で,複雑な臓器に囲まれ構成されており,また血管,神経が隣接して走行している.照射エネルギー量が過剰になると深部の重要臓器への影響や照射部位の治癒遅延,壊死をきたすこともある.目的とする適切なレーザー照射条件を選択するとともに,皮下気腫の併発に注意しながら,冷却エアーの使用や注水下に施行する.金属製の歯冠補綴,修復物が装着されている場合には,レーザー光が誤照射されると反射するので注意を要する.黒色にコーティングされた器具を使用したり,生理食塩水を含ませたガーゼで器具や術野周辺で被い防御する.

7.  引火・爆発事故の防止

可燃物への着火の危険性があるので,アルコールなど揮発性液体や可燃性ガスなどを周辺に置かないようにする.また術衣,ドレープなど可燃物へ不用意に照射しないよう配慮する.全身麻酔下における手術では,シリコンゴム等の可燃性の気管チューブへのレーザー光の誤照射,麻酔ガスへの引火・爆発事故防止のため,燃えない材質でできた専用のチューブを使用するか,生理食塩水を含ませたガーゼで周辺を被う.またカフ付の気管チューブで酸素ガスが周辺へ漏れないように対策を講じる36,37).酸素は支燃性が高く,酸素濃度が25%程度でもその支燃性の強さはさほど降下しないとされている37)

医療現場において高濃度の酸素を使用する環境として在宅酸素療法がある.在宅酸素療法患者が居宅にて喫煙による引火が原因で焼死するなど,重篤な健康被害の調査結果があり火気に対する危険性について警告されている38,39)(Fig.4).近年では,小型の半導体レーザー装置が普及してきており,携行も可能であることから,在宅酸素療法患者にレーザー照射を不用意に施行した場合,酸素吸入中の鼻カニューレ周辺から引火する可能性は否定できない.現状このような事故報告例は見られないが,高齢社会で在宅歯科医療が推進されてきている社会的背景もあり,想定外の危険性についても注意喚起が必要である.

Fig.4 

Distance limitation with fire at home oxygen therapy: Cannula for inhalation, portable oxygen cylinder, liquefied oxygen device and extension tube, patient himself during inhalation should not come close to the fire38).

8.  結語

レーザー治療と医療安全について歯科・口腔外科領域における安全対策について解説した.安全・安心なレーザー治療を患者に提供できる一助となれば幸いである.

利益相反の開示

利益相反なし.

参考文献
 
© 2019 特定非営利活動法人 日本レーザー医学会
feedback
Top