日本レーザー医学会誌
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総説
レーザー医療に関わる安全教育の現状と課題
佐藤 俊一
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2019 年 40 巻 2 号 p. 140-143

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Abstract

日本レーザー医学会安全教育委員会が取り組んでいるレーザー医療安全に関わる活動の現状と課題について私見を述べる.現在同委員会では,年3回の定例安全教育講習会を開催している他,国が新規レーザー治療機の承認に当たって義務付ける安全講習会の支援を行っている.また当学会が認定しているレーザー専門医等の個人資格取得に必要な専門制度試験の作問等を担当している.上記講習を受講しているのはレーザーを扱う医療従事者のごく一部と考えられ,レーザー医療安全向上のためには,抜本的な検討が必要と考えられる.

Translated Abstract

The author’s personal opinions about the current status and problems of safety education for laser medicine that is handled by the JSLSM Safety Education Committee are described. In addition to regular safety seminars three times a year, the committee supports safety seminars that are required by the government for approval of new medical laser devices. The committee also deals with the examination for qualification as laser medicine specialists, which are authorized by the JSLSM. The problem is that participants in the above-mentioned seminars are quite limited among the various physicians who are using medical laser devices. Drastic measures are needed to improve the safety of laser medicine.

1.  はじめに

日本レーザー医学会安全教育委員会は,その名の通りレーザー医療の安全教育を使命としており,安全教育講習会の開催,および専門制度試験1)の実施(作問,合否判定等)を主なルーチンワークとしている.現在,定例の安全教育講習会は,日本レーザー医学会総会,同関西地方会,日本レーザー治療学会に合わせて年3回開催している(以下定例安全教育講習会という).レーザー医療に携わる全ての人にこの講習を受講していただくのが理想であるが,様々な理由で限界があり(後述),補完的に次のようなケースにおいても安全講習を実施している.すなわち,最近,国が新しいレーザー医療機器を承認するに当たり,同機器を使用する医師に対して安全講習の受講を義務付けるケースが増えているが,これに伴い,レーザー医療機器製造・販売会社からの依頼を受けて安全講習会に協力するケース,また限定的ではあるが,特定機関から個別に依頼されて講習会を開催するケースもある.

日本レーザー医学会が認定を行っているレーザー専門医,専門レーザー技師等の個人資格を取得するためには,上記安全教育講習会の受講が義務付けられており,さらに専門制度試験に合格する必要がある(資格更新の際にも受講が必要).

これらの活動にもかかわらず,残念ながらレーザー医療事故は多発している.著者は2012年に当委員会の委員長を拝命したが,本稿では,それ以降の上記活動の状況と課題について私見を述べたい.

2.  定例安全教育講習会

定例安全教育講習会の内容は,I.光とレーザーの基礎,II.医用レーザーの基礎,III.代表的なレーザー治療の原理と注意事項,IV.レーザー治療に関する安全対策の実際の4講よりなり,計約3時間のコースとなっている.安全教育委員会の委員より,各講につき2名以上の講師を指定している.従来,教材として講習用のスライドを冊子にして配布していたが,2016年8月に講習内容を網羅した教科書「レーザー医療の基礎と安全」を出版し(Fig.1),以来,それに準拠して講習を実施している.レーザー医療の安全かつ効果的な施行のためには,光・レーザーとその生体作用に関する理解が不可欠との考えに基づき,これらの基礎的事項についても力を入れている点が特色と言ってよいと思われる.

Fig.1 

Textbook for regular safety seminars.

講習はオープン化し,誰でも参加可能である(ただし有料).Fig.2に講習参加者数の推移を示した.回ごとのばらつきが大きいが,レーザー医学会総会時(赤丸印),および東京ないしその近郊で開催した講習の参加者が多い傾向が認められる.また毎回参加者全員に対してアンケート調査を行い,各講について有益度と難易度を5段階評価(1~5点)してもらうとともに,自由意見を書いてもらい運営上の参考にしている(Fig.3).Fig.4に各回のアンケート結果の推移を示した.4点を目標最低ラインと考えると,おおむねその水準に達しているものの,下回っているケースもあり,原因の分析と改善が必要である.

Fig.2 

Numbers of participants of regular safety seminars.

Fig.3 

Questionnaire for participants of regular safety seminars.

Fig.4 

Results of the questionnaire for participants of regular safety seminars.

アンケートの自由意見に関しては,事故例について紹介してほしいという要望が多く,現在,安全教育に反映すべく事故情報の集積を進めている.また受講者の負担軽減のため,Eラーニングの導入を希望する意見があり,検討課題としている.

より基本的な問題として,講師の質をいかに担保するかという問題がある.講師は基礎,臨床を問わずいずれもレーザー医療に関わる医師ないし研究者ではあるが,必ずしも安全を専門としているわけではない.現在,各講習会において講義内容の講師間相互チェックを推奨しているが不十分であり,改善が必要である.米国においてはLIA(Laser Institute of America)など,レーザー安全を専門的に扱う学会があることから,そのような学会への参加,情報収集は講師陣のレベルアップに資するであろう.

3.  専門制度試験

専門制度試験を年何回開催すべきかについては議論があったが,現在,日本レーザー医学会総会,日本レーザー治療学会に合わせて2回開催している(ただし後者においては定足数を満たした場合のみ開催).試験問題は5者択一形式で,上記安全講習会の4つの講につき各5題,計20題出題している.すなわち,レーザー医療の基礎と安全に関する全般的知識が求められる.合否については安全教育委員会において,回ごとに全出題問題の内容を分析した上で慎重に判定を行っている.Table 1に試験の合格率の推移を医師と看護師・技師等に分けて示した.医師についてみると,教科書出版後の直近3回は90%以上であり,前年度は100%であった.教科書には例題があり,また試験問題は持ち帰り可としている.このため試験の「傾向と対策」が進んでいることも背景にあると思われるが,受験者のレーザー医療に関する知識水準は高まっていると言えるであろう.

Table 1  Pass rates for qualification examination for laser medicine specialists.
回数 合格率(%)
医師 看護師・技師等 平均
15 82 86 84
16 73 50 62
17 75 60 68
18 50 100 75
19 90 80 85
20 78 63 70
21 73 63 68
22 75 83 79
23 64 25 44
24 90 50 70
25 96 100 98
26 100 78 89

4.  レーザー医療機器認可に伴う安全教育

上述したように,最近,国が新しいレーザー医療機器を承認するに当たり,同機器を使用する医師に対して安全講習の受講を義務付けるケースが増えている.本来,レーザー医療機器の安全な使用に関しては,製造・販売業者,すなわち「産」が責任を有する.具体的に製造・販売業者は,レーザー医療機器販売時に使用者に対して安全に関する十分な情報を提供するとともに,購入した医療機関の責任者に安全管理者を指名させ,その安全管理者は使用者に対して安全教育を行わなければならない.これらが機能していれば,機器承認に伴ってあらためて安全教育を義務付ける必要は本来ないはずである.しかしながら冒頭述べたようにレーザー医療事故は絶えず,製造・販売業者ないし医療機関の安全対策の不備が露呈するケースも少なくない.また,レーザー医療(および機器)の高度化,複雑化も背景にあると思われる.当安全教育委員会では,これまで以下に示す4件の承認機器に関わる安全教育に協力を行っている.

・原発性悪性脳腫瘍患者に対する光線力学的療法(PDT)

・化学放射線療法又は放射線療法後の局所遺残再発食道癌患者に対する光線力学的療法(PDT)

・レーザー脱毛装置(ロングパルスアレキサンドライトレーザー)

・レーザー脱毛装置(ダイオードレーザー)

医師主導治験による画期的な治療成績の実現を経て認可された原発性悪性脳腫瘍,および局所遺残再発食道癌に対する光線力学的療法(PDT)には,それまでレーザーを扱ったことのない医師も大きな関心を寄せることとなった.しかし悪性脳腫瘍に対するPDTにおいては,腫瘍中心部を外科的に摘出した後の摘出腔壁のうち,再発が危惧される部位に対して血管を保護しつつレーザーで狙い撃ちする必要があり,また遺残再発食道癌に対するPDTにおいては,蠕動の激しい食道壁の腫瘍を標的に内視鏡的に長時間レーザー照射する必要がある.いずれも極めて高度な手技が要求され,十分な訓練が必要であろう.一方,レーザー脱毛は,上記PDTの例のように命に関わる疾患を対象とした治療ではないが,レーザー脱毛の原理は高度に物理的である.すなわち,同治療の最終的な標的は毛包幹細胞であるが,それ自体を選択的に破壊することはできないため(特異的光吸収体がない),毛のメラニンにレーザーを吸収させて加熱し,その熱伝導により毛包幹細胞を加熱して破壊する必要がある.標的とする光吸収体はメラニンであるが,メラニンはレーザーの通り道となる表皮にも存在するため,その加熱が避けられない.このため,レーザー脱毛には表皮の冷却が不可欠である.毛の解剖学的,光学的特性は性別,年齢,部位等により千差万別であるため,過照射,過冷却の生じない適切な条件設定と正確な手技が求められる.実際,未承認機器によるレーザー脱毛に関連した事故が多発しており2),そのことが機器承認条件としての安全教育の義務化を後押ししたと推察している.

以上の例に見た通り,レーザーの高エネルギー性と,高度な判断や手技を必要とすることを考えると,これらのレーザー治療を行う医師に対して安全教育を義務付けることは重要なことと思われる.問題はその内容と実施体制であるが,機器を売る側,すなわち「産」に全責任を負わすのには限界があるであろう.そこで中立かつ専門機関である学会の役割が重要となる.医療の安全は関連学会の最重要使命の一つであり,そのための努力を惜しまないのが各学会のスタンスであると思われる.しかし現状では,この機器承認に伴い義務付けられる安全教育の在り方には多くの課題がある.まず,この種の講習はその性質上,該当機器の製造販売会社が主催すべきであると思われるが,それに対する学会のコミットは利益相反の問題が付きまとうとともに,学会の責任も不明瞭になりがちである(Fig.5).また企業主催の講習は,ユーザー,すなわち機器を使用する医師の利便性を重要視する傾向が強く,往々にして十分な時間を割くことができない.冒頭述べたように,本来,レーザー医学会主催の定例安全教育講習会を受講してほしいが,受け入れられにくい.さらに座学だけでなく,実機でのトレーニングを行うことが望ましいが,安全管理上,一般的な講習会場では実施できない.管理区域を有する安全教育環境の整備が不可欠と思われる.

Fig.5 

Structure of organizations involved in new medical laser device approval.

5.  おわりに

以上,レーザー医学会における安全教育委員会の活動の現状と課題について私見を述べた.最も大きな問題は,本稿で述べた安全講習会の受講者は,レーザーを扱う医療従事者のごく一部に過ぎないということである.受講者増のための学会レベルの宣伝や啓発には限界があろう.レーザーはその高い能力と裏腹に一歩間違えると凶器になり得るため,その使用に関して特段の安全義務を課すことは合理性を有するものと思われる.安全を担保するためのシステム作りに関して,産官学一体となった検討が急務である.

謝辞

平素,レーザー医療安全のためにご尽力いただいている日本レーザー医学会 安全教育委員会委員の先生方,および同学会事務局に深甚なる謝意を表します.当初,委員会名の報告とすることも考えたが,私見を多く述べたことからあえて個人名の報告とさせていただいた.この点ご理解を賜りたい.また,掲載した統計データの作成にご協力いただいた委員会幹事の川内聡子氏,学会事務局の田井保行氏に深謝します.

利益相反の開示

利益相反なし.

引用文献
 
© 2019 特定非営利活動法人 日本レーザー医学会
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