抄録
うつ病患者の3割程度は薬物治療抵抗性を示すといわれており,うつ病における薬物療法の治療効果と関連するさまざまな要因が知られている.本研究では,未治療の大うつ病患者の薬物治療反応性を初診時の近赤外線スペクトロスコピー(NIRS)により予測しうるかを検討した.対象は初診時に大うつ病性障害と診断された患者32名(男性12名,平均年齢48.1±17.8歳).初診時(治療前),全例に52チャンネルのNIRSを用い,語流暢課題を遂行中の前頭葉の酸素化ヘモグロビン(oxy-Hb)値の測定を行った.また,初診時と抗うつ薬による薬物療法開始後8週~12週の2時点で,ハミルトンうつ病評価尺度(HRS-D)による症状評価を行い,2時点目のHRS-D得点が7点以下となった例を反応良好例,2時点目のHRS-D得点が初回の半分以下にならなかった例を反応不良例とした.反応良好例と反応不良例について,治療前のoxy-Hbの変化をチャンネルごとに比較した.32名中,4名が2時点目で診断変更となり,除外した.2時点目の症状評価において13名が反応良好群,9名が反応不良群となった.治療前における両群のNIRS所見の比較では,反応良好群では標的課題遂行中の前頭領域におけるoxy-Hb値の増大がむしろ反応不良群と比較して小さく(hypofrontality),一部のチャンネルで有意な差を認めた.さらに,長期経過において,反応不良群においてのみ,さらに3名が診断変更となった.治療反応良好群では,うつ病患者に典型的なNIRS所見として従来報告されているhypofrontalityを認めたが,反応不良群のNIRS所見はむしろ健常者と類似していた.初診時に操作的診断基準で大うつ病性障害と診断されても,NIRS所見で明らかな前頭前野のoxy-Hbの減衰を認めない場合,薬物療法の効果が限定的であり,病像も非典型的である場合があると推測された.治療前のNIRS反応性がうつ病の治療予測に有用である可能性が示唆された.