抄録
癌細胞を正常細胞類似の細胞に分化誘導することにより, 細胞増殖・造腫瘍性を低下させる試みが主として白血病細胞を用いてなされている.臨床的に治療が困難なヒト骨髄性白血病細胞においても, in vitro培養系で種々の化学物質やタンパク性の分化誘導因子により, マクロファージ様細胞に分化することが明らかにされてきた.我々は, 急性骨髄性白血病の患者から樹立されたM-L-1細胞を用いて, 作用に特異性があり毒性の少ないタンパク性の分化誘導因子に着目し研究を進めてきた.しかし, 分化誘導因子単独では作用が弱い.分化誘導因子と他の薬剤を組み合わせることにより, より効果的に分化を誘導する方法を検討した.一連の実験では, 分化の指標として主に活性酸素の産生を示すNBT還元能を測定した.高濃度のヒト末梢血単核白血球培養上清 (LCM) を添加すると, ML-1細胞は形態的にも機能的にもマクロファージ様細胞に分化した.LCM30%添加で約50~60%の細胞がNBT還元能陽性を示した.低濃度LCM添加 (1%) では対照と殆んど変わりのない低値のNBT活性しか示さない.そこでこのとき同時に細胞増殖を抑制する目的でActinomycin D 10-12Mを併用した.約90%の増殖阻害がかかり, NBT陽性細胞は80%と著しく上昇することが認められた.なおActinomycin D単独では分化誘導作用は殆んど示さない.同様のことがCylocide l×10-6M, Methotrexate 2.5×10-8M, Adriacin l×10-7Mでも認められた.以上の相乗効果には薬剤が同時に存在することが必要なのか, あるいは増殖の停止状態が必要なのか不明であったために, 薬剤と細胞をpreincubationし, 細胞を洗い薬剤を除去した後に1% LCMを添加した.Actinomycin Dで24時間前処理すると, 90%以上の細胞がNBT陽性となり, sequentialな処理によっても分化が強く誘導されることが判明した.薬剤の代わりに紫外線を短時間照射することによっても同様の相乗効果が認められた.これは紫外線によりDNA鎖が切断され, DNA複製に支障をきたした結果増殖が抑制されたものと思われる.以上の結果から, 分化誘導因子の作用は細胞の増殖を抑制した状態で著しく増強されることが判明した.現在その機構は不明であるが, この現象は以下の二点で臨床的観点からも重要な知見となると思われる.一つには, 化学療法剤の新たな役割が明らかにされたことであり, また二つ目として分化誘導活性を有する諸因子の生体内での産生を高める方法が確立できれば, 化学療法剤との併用により, 分化誘導療法を臨床で応用していくことが可能と思われることである.