抄録
両側唇顎口蓋裂患者では, 中間顎部分の口腔前庭がきわめて浅く, 口腔前庭を拡大する処置を要する場合が多い.この方法として, 前庭部を切開し, 生じた創面上に頬粘膜または皮膚を移植するなどの手術が行われているが, より簡便な方法として, 生じた創面はそのまま開放創として自然の上皮化を待つという方法がある.この方法は手術法が簡便である反面, 再癒合や新生上皮の収縮による後戻りなど成績が安定していない.そこでこの簡便な方法で, より安定した成績をだせるよう実験を試みた.ラットの前歯のすぐ側方部で横2cm, 縦1cmの露出面を作成した.実験I. (1) 切開のみ, (2) 粘膜断端を上顎骨膜に縫合固定, (3) 露出面に滅菌凍結乾燥豚真皮を縫合固定, (4) シリコンゲルシートを縫合固定, (5) テルダーミス真皮欠損用グラフトを縫合固定, の5種類で1週後, 2週後, 3週後の固定状態を観察した.その結果, (4) と (5) で良好な上皮化があり, 上顎骨上方の固定と表面の被覆が重要と考え, さらに次の実験を追加した.実験II. (1) 実験Iの (4) と同様の操作を行い, 上顎のもっとも深部にあたる部分の縫合糸を, 頬部を通し, つりあげ固定した. (2) 実験IIの (1) と同様の操作を行った後, ガーゼを挿入して, シリコンゲルシートで包み込んだ.この結果は, (1) , (2) とも3週後まで固定されており, 新生上皮化した創面の縦の長さは, (1) が, 5.4±0.49 (Mean±SD) mm, (2) が, 6.6±0.49mmであった.このことから実験IIの (2) の方法がより確実な方法であり, 上方へ引き上げる力と被覆物の圧迫固定が重要な要因であると考えられた.つぎに新生上皮の収縮による上皮化創面の縮小について調べた.実験III.実験IIの (2) の方法で処置したものを4・7・10日目, 2・3週目, 1・2カ月目に固定をはずし, その後の経過を観察した.この結果は3週間以上経過したものは, ある程度, 縮小するが, 一定以上の縮小はしない.また固定期間は長いほうが安定するということができた.結論: 自然の上皮化を利用した口腔前庭拡大術の成績を安定させるために, 以下の条件が重要である.1.上皮化するまでの間, 癒合をおこさせないように, 強度の保てる介在物が必要である.2.上皮化するまでの間, 創面が縮小しないように, 上方への固定と介在物の硬さが必要である.3.使用する介在物は上皮化を妨げないものである必要がある.4.新生上皮化面の縮小を少なくするために, 新生上皮が成熟するまで, 最低でも3週間以上の固定が必要である.この結果を反映させれば, 安定した臨床成績を得られると考えられる.