2018 Volume 21 Issue 1 Pages 13-28
本稿の目的は,便益遅延型サービスのサービス・デリバリー・プロセスにおける便益,顧客参加,顧客満足の関係の変化を考察することである。実証分析の結果,デリバリー・プロセスの初期・中期・後期段階において満足モデルの構造が変化していることが明らかになった。顧客参加と顧客満足は初期段階では影響しないが,中期段階では顧客参加が顧客満足に影響し,後期段階では顧客満足が顧客参加に影響しており,プロセスの進展とともに顧客参加と顧客満足の関係が変化していた。また,プロセス全般を通じて顧客満足には価値観的便益が影響していたが,顧客参加には各段階において影響する要素が異なっていた。各段階における価値観的便益,感情的便益の役割が異なることも示唆された。
顧客は様々なサービスを消費することによって,快適さや便利さを得る,あるいは喜びや楽しみを味わうなど便益を得ている。顧客にもたらされる便益に着目すると,サービスは顧客が便益を享受する時期によって分類することができる。多くのサービスでは,顧客がサービスを消費する時点において便益を享受することができる。そのようなサービスを「便益即時型サービス1)」と呼ぶ。一方,本稿で注目するのは,必ずしも便益がサービスの消費と同時に享受されず,顧客が便益を享受するまでに時間を要するサービスである。このようなサービスを「便益遅延型サービス」と呼ぶ。
藤村(2008)によれば,便益遅延型サービスとはサービス・デリバリー・プロセス2)が展開される時間とサービスの便益としての変化(結果・効果)の終了時点との間に時間的ズレが生じるサービスのことであり,便益としての変化(結果・効果)の対象が顧客の身体や能力である場合が多く,典型例は,医療サービスや教育サービスであるという。
サービスから得られる便益は,顧客がサービスに対して評価を行うことによって知覚されるものである。サービスの評価に広く活用されている指標として顧客満足がある。顧客満足は期待やサービス品質と関係の深い概念であり,サービス・マーケティング領域を中心に研究が蓄積されてきた。一般に,満足は購買前の期待と実際に得た結果の比較により発生する購買後の態度である(Westbrook, 1987)と考えられている。満足はサービス品質の影響を受け,購買意図に影響を与える(Bitner, 1990;Cronin & Taylor, 1992)。顧客満足は顧客維持や顧客の再購買意図にも影響を及ぼし(Anderson, Fornell, & Lehmann, 1994),顧客満足の高低は企業の利益にも関係する(Anderson & Mittal, 2000)。
便益即時型サービスでは,顧客はサービスを提供された直後に便益を享受するため,その便益に基づき顧客満足が発生すると考えられる。しかし,便益遅延型サービスでは,サービス消費の直後には顧客がサービス消費の最終目的となる便益を享受していないため,顧客がサービスに対して満足を感じるとしても,便益即時型サービスとは異なる理由で顧客満足が形成されていると考えられる。
藤村(2008)では,便益遅延型サービスが持つ特質を「便益遅延性3)」と呼んでいるが,便益遅延型サービスにおいてはこの便益遅延性のために,顧客がサービス品質を正当に評価できない危険性が指摘されている。従って,便益遅延型サービスの満足発生メカニズムを分析することは,サービス提供者が適正な評価を受けるための方途を検討することに繋がるであろう。
さらに藤村(2008)では,便益遅延型サービスでは便益としての変化の知覚が困難なために顧客参加が抑制される可能性と,顧客の参加の仕方によって品質評価や顧客満足が歪められる可能性が指摘されている。これらのことから,便益遅延型サービスの顧客満足の構造を考える際には満足構造における顧客参加の役割も検討されなければならない。
便益遅延型サービスの便益・顧客参加・顧客満足の関係に関する議論については,既に藤村・森藤(2015)において行われている。藤村・森藤(2015)では,医療サービスを事例に便益・顧客参加・顧客満足の影響関係を明らかにした上で,医師と患者の関係性品質を起点とした便益・顧客参加・顧客満足の関係モデルを提示している。そして,そのモデルを用いてサービス・デリバリー・プロセスの段階や病気の重篤度の違いで適合度を比較し,満足モデルが単一モデルではない可能性があることを明らかにしている。
前述の通り,便益遅延型サービスは,サービス消費の動機づけとなっている便益が遅れて享受されるという特性を持っている。藤村(2012)では,便益遅延型サービスではその便益を知覚・評価できるようになるまで代替物を用いて評価が行われるという仮説が支持されている。医療サービスを事例とした藤村(2013)では,医療サービスの最も基本的な便益を「疾病によって生じる健康度の低下を患者が望む元の状態に戻すこと」とし,これを機能的便益と定義し,便益の遅延とは,この機能的便益がサービス消費の直後には得られないことを意味するとした。そして,機能的便益の代替物として,患者の心理的な変化などに関する感情的便益4)と,人生観や価値観の変化など,患者の病気に対する考え方が変わることによって得られる価値観的便益5)の存在を指摘している。本稿でも,基本的にこの3つの便益の区分を踏襲する。
Morito and Fujimura(2017)では藤村・森藤(2015)で提示されたモデルの精緻化が行われ,各便益と顧客満足・顧客参加の関係に関して以下の3点が示されている。第1は,価値観的便益は顧客満足よりも顧客参加に対してより影響を及ぼすことである。第2は,感情的便益は顧客参加よりも顧客満足に対してより影響を及ぼすことである。そして,第3は,機能的便益は顧客参加よりも顧客満足に対してより影響を及ぼすことである。これらの結果から,各便益は性質によって顧客参加と顧客満足に対する影響度に差があることが示唆され,その性質を考慮したモデル構築が必要であると考えられる。先述したように,医療サービスは便益遅延型サービスの典型例であり,本研究も医療サービスを事例に論を進めていく。そこで,以下では特に医療サービスを事例とした研究において,顧客の満足と参加がどのように扱われてきたのかをレビューすることにしたい。
医療サービス分野における満足研究においては,サービスの性質上,顧客満足ではなく患者満足という言葉が用いられることもある。本稿では患者満足を顧客満足と同義として扱う。患者満足は広く認知された指標であり(Ross, Steward, & Sinacore, 1995),疾患の枠を越えて広く活用されている。医療サービスにおけるサービス品質は一般に医療の質と呼ばれる。医療の質は,構造品質・過程品質・結果品質から評価することができ,それらの評価に基づいて満足が形成される(Donabedian, 1980)。医療サービスの構造品質とは,機器や医療機関の様々なシステムのことであり,配置されている医療従事者も含む。過程品質は治療において提供される技術,医師などのサービス提供者と患者の相互作用や患者の参加などのことである。結果品質は,健康状態の改善や治療効果にあたる。構造品質は医療システムの収容能力によって,過程品質はサービス提供者と患者の相互作用によって,結果品質は患者の健康状態の変化によって評価される(Institute of Medicine, 2001)。構造品質は過程品質に影響し,過程品質は結果品質に影響する関係にあり,いずれが欠けても患者は不満足になるという(Donabedian, 2003)。
先行研究において,構造品質・過程品質・結果品質の評価から患者満足が生まれるという認識では一致しているが,患者が何によってそれぞれの品質を評価しているのか,すなわち各品質を評価するための測定項目については一様ではない。Marshall, Hays, Sherbourne, and Wells(1993)では,患者満足は,時間・技術的側面・対人関係的側面・情報伝達・金銭的側面・利便性の6次元で測定され,これらの次元の中でも技術的側面,対人関係的側面,情報伝達の3つが特に重要であるとしている。Ross, Steward, and Sinacore(1993)によれば,利便性(立地,待ち時間,予約管理など),利用可能なサービス(専門分野,救急対応,調剤など),専門技術(設備,検査,医師の経験など),対人関係(医療従事者の親切や安心感など),情報伝達(治療内容の説明,教育的な情報提供など),金銭面(医療費,金銭的な苦難など)の6つが満足に影響する要素であり,さらに,Hagedoorn et al.(2003)では,患者満足の測定項目に,技術的能力,対人マナー,情報伝達,医師との時間,利便性を採用し,Priporas, Laspa, & Kamenidou(2008)は,有形性,信頼性,対人コミュニケーション,敏感さを測定して患者満足としている。このように医療の質から患者満足を考察しようとする研究は,患者満足の測定項目において若干の違いはあるが,いずれにしても患者満足が多元的な要素によって構成されているという認識では一致している。
医療サービスにおける提供者と顧客のコミュニケーションは過程品質にあたるが,先行研究においては膨大な蓄積がある(Comstock, Hooper, & Goodwin, 1982;McKinstry, Colthartb, & Walker, 2006)。患者個別の事情に即したケアを提供する組織や提供者は患者から高い満足が得られる(Cleary & McNeil, 1988)という。提供者の中でも特に医師のサービス品質の影響は大きい。医師は医師の対人コミュニケーション能力の重要性を認識しており(Buller & Buller, 1987),医師は医療の結果よりも過程を重視しているという報告もある(Walbridge & Delene, 1993)。また,Hausman(2004)は,医師と患者の相互作用が患者満足をもたらし,再診と推奨に影響を与えることを示した。Stiles, Putnam, Wolf, and James(1979)によると,相互作用には感情的側面と認知的側面があり,医師から温かさと患者に対する理解が患者に感じられた時に感情的な満足が生じ,医師が客観的情報を伝え患者が病気と治療を理解した時に客観的な満足が生じるという。このように,医療サービスを対象とする満足研究においては,必ずしも機能的便益が遅延することを明示してはいないものの,医療サービスが患者に提供する便益には機能的便益以外の便益があること,さらにそれらの便益が満足に及ぼす影響には差があることなどが示されている。
しかし,藤村・森藤(2015)などでも指摘されているように便益による満足構造の分析は,品質による満足分析を補うことが可能であり,顧客満足や品質の評価に便益の発現様式を考慮することによって顧客評価の歪みを回避できる。また,品質による満足構造モデルは,そのモデルが静的である点に特徴がある。すなわち,品質による満足モデルはそれが一定期間の後に変化することは想定されていない。しかし,本稿は顧客満足の構造がサービス・デリバリー・プロセスの経過によって変化することを想定しており,このような動的モデルの構築には便益に着目したモデルの方がより適当であると考えられる。
また,医療サービスの一義的な目的は病気を治癒すること(機能的便益を獲得すること)であり,そこにばかり注目が集まりがちである。しかし,Bendall-Lyon and Powers(2004)は,医療サービスの構造属性と過程属性に対する満足が共に全体の満足に影響すると指摘している。また,Vinagre and Neves(2008)は,患者満足における関係性と感情の重要性を主張し,患者の関与が高ければ高いほど関与は感情に対する直接的で重要な影響を及ぼし,サービス提供者に対する満足は高くなるという。患者は病気や治療,今後の生活の見通しなどに対する漠然とした不安を持っており,それらの見通しがたつと,医療サービスに対する満足が高まる(森藤,2010)。このことは,医療サービスにおいては治療の成果もさることながら,治療のプロセスや治療を受ける環境等も満足に対して強い影響を持つということを示唆している。本稿は,機能的便益が獲得されるまでの治療期間を調査対象とすることにより,サービス・プロセスの経過によって感情的便益と価値観的便益がどのように満足に対して影響を及ぼすのかを考察する。次節では,患者満足に影響を及ぼす重要な要素として,患者のサービス・プロセスへの参加の問題を取り上げることにしたい。
2.2 医療サービスにおける顧客参加2000年以降,顧客参加に関する研究は価値共創という観点から重要性が増している概念である。Mustak, Jaakkola, and Halinen(2013)は,顧客参加に関する論文のレビューを通して,顧客参加は顧客にとって様々な好ましい結果をもたらすことができることを示している。医療サービスでは,提供者と患者の関係性が患者満足に高めることについての多数の研究蓄積があり,その議論に関連する重要な概念として提供者と顧客の相互作用における患者参加が取り扱われている(Crosby, Evans, & Cowles, 1990;Laing, 2002;Turner & Pol, 1995)。So(2002)によれば,医療サービスの提供者と患者が協力し合うことによって患者の自発的な健康行動が促進されるという。
患者参加は医療安全,患者中心の医療に基づく協働による意思決定(shared decision making),アドヒアランス6),エンパワーメントの観点でも議論がされている(Ouschan, Sweeney, & Johnson, 2006)。Institute of Medicine(2001)では,患者は医療現場でほとんど活用されていない重要な資源であり,患者に自分の受けている治療に関する知識を持たせることが重要であると指摘している。医療サービスでは,患者がサービスに主体的に関わることで様々な課題の解決につながると考えられている。Gorini, Mazzocco, and Pravettoni(2013)によれば,PROMs(患者が健康状態や治療がどのように機能しているかを報告する評価尺度)を用いて患者の意思決定を促進することによって,成果の改善や健康関連QOL,患者満足も向上するという。つまり,顧客参加が機能的便益を高め,ひいては顧客満足を高めると理解することができる。
患者は,提供される医療サービスの結果に関して,事前にポジティブな情報とネガティブな情報を伝えられ,自身が受ける医療サービスの意思決定を行う。患者自身が治療を選択する行為は,患者中心の医療や患者の主体的な意思決定を実現する患者参加の重要な場面と考えられている。また,投薬に関しても,患者が回数・方法等を理解して適切に服用しなければ,医療サービスから期待した便益は得られない。患者参加には,患者の意思決定,服薬の遵守,健康状態の報告など患者の健康に関わるあらゆる行動が含まれる。
医師と患者の関係性に関する研究においても,顧客参加と顧客満足の関係を明らかにしている研究がある。医師のコミュニケーションスキルが患者満足に直接的に影響し,医師と患者間で行われる共感的プロセスが,患者の認知的,感情的変化をもたらし,その結果,行動的変化を生じさせるという(Larson & Yao, 2005)。患者参加を促進する要因については,この他にも診療での対話を通じて患者の治療への関与が高まると患者満足が高まることを示した研究(Greenfield, Kaplan, & Ware, 1985)や,患者が診療の意思決定に参加すると患者満足は高まることを示した研究(Kaplan, Greenfield, Gandek, Rogers, & Ware, 1996),医師が支援的に有益な情報提供を行い,患者中心のコミュニケーションを進めると,患者はより積極的に治療に参加することを明らかにしたもの(Street, O’Malley, Cooper, & Haidet, 2008)などがある。また,医師と患者の関係が良好であれば,患者は素直な態度を示す(Smith, 2002),患者参加型の意思決定によって診療を進めると患者満足が高まる(Cooper-Patrick et al., 1999)ことなどが示された。Gallan, Jarvis, Brown, and Bitner(2013)のクリニック患者を対象とした調査によれば,患者の積極性が顧客参加に影響し,患者参加が技術的品質と機能的品質に影響し,その2次元の品質が顧客満足に影響を及ぼすという。このように医療サービスにおいては,顧客参加が促進されると顧客満足が高まるとする報告と,顧客満足が高まると顧客参加が促進されるという両方の報告が存在しており,満足と参加の因果関係については議論が錯綜している。
以上のように,医療サービスの消費時における顧客参加と顧客満足は密接な関係があることが明らかになっている。しかし,これらの先行研究ではサービスの便益遅延性については考慮されておらず,サービス・デリバリー・プロセスの進展に伴って顧客参加と顧客満足の関係が変化するのかという点は取り扱われていない。
藤村・森藤(2015)とMorito and Fujimura(2017)では,便益遅延型サービスにおいて従来のサービス品質から顧客満足が導かれる満足モデルではなく,便益を媒介した新たな満足モデルを提示している。また,そのモデルがサービス・デリバリー・プロセスの経過によって異なる可能性を明らかにしている。しかし,これらの研究では,便益遅延型サービスの満足モデルとして全プロセスに対して最も適合度の高いものを採用し,そのモデルでの各要素の影響関係を見ており,満足モデルの構造そのものが変化することは想定していなかった。従って,この点については検証できていない。
以上の先行研究レビューを踏まえ,本稿では便益遅延型サービスの満足構造は動的なモデルであるという前提のもと,便益・顧客参加・顧客満足の関係が時間経過と共にどのように変化するのか,また,その構造を構成する諸要素の関係がどのようになっているのかを明らかにすることを研究目的とする。本稿において,便益の享受の時期を考慮した顧客満足モデルの変化を捉えることができれば,満足管理に時間軸の概念が加わり,サービス・デリバリー・プロセスの各段階に対応したマネジメント課題が見えてくると考えられる。また,便益遅延型サービスにおける顧客参加・顧客満足のマネジメントに対して実務的な示唆を提示することもできると考えられる。
以上,便益遅延型サービスの一事例である医療サービスを中心に満足の構造と発生要因,顧客参加と顧客満足に関する議論を概観してきた。本稿では,機能的便益が享受されるまでの感情的便益と価値観的便益の役割に着目し,各便益と顧客参加,顧客満足との関係,並びに顧客参加と顧客満足の関係を考察する。ここでは先行研究の議論を踏まえた上で,便益遅延型サービスの満足モデルの変化に関する仮説を導出する。
これまでの研究成果から明らかになったことは,便益遅延型サービスの満足モデルはサービス・デリバリー・プロセスの時間経過と共に変化する可能性があること,機能的便益が享受されない段階において価値観的便益と感情的便益が満足を高めていることである。先行研究のレビューにおいていくつか新たなモデルの仮説が抽出された。藤村・森藤(2015),Morito and Fujimura(2017)のモデルでは,感情的便益が顧客参加に影響を及ぼすというパスは設定されていなかったが,Kok et al.(2013)の報告から感情的便益が顧客参加に影響する可能性を検討する必要が出てきた。また,医療サービスでは,顧客参加と顧客満足の因果関係について,顧客参加が顧客満足に影響する,顧客満足が顧客参加に影響するという両方の報告がある。それは,どの時点で調査を行ったかによって異なることを意図していると考えられる。つまり,サービス・デリバリー・プロセスの各段階に仮説を設定する必要がある。
髙室(2014a, 2014b)では,医療サービスの便益遅延性の提供プロセスを,初診・治療準備段階,本格的治療段階 手術後の本格的治療段階の3段階に分けて,患者インタビューによる定性的な調査を行い,各段階で形成される便益を分析している。本稿では,髙室(2014a, 2014b)と同様にサービス・デリバリー・プロセスを治療の進展度に応じて初期段階・中期段階・後期段階の3段階に区分する。前述の問題意識に基づき,先行研究のレビューをもとに,各段階における価値観的便益,感情的便益,機能的便益,顧客参加,顧客満足の関係に関する仮説を導出する。
【初期段階】
治療の初期段階は,治療による機能的便益が十分に獲得できていない時期である。そのため,機能的便益から顧客満足へのパスは繋がらないと考えられる。なお,感情的便益から機能的便益へのパスが有意となることは先行研究において実証済みである(Morito & Fujimura, 2017)。
初期段階では,患者は自身の症状について十分な知識を持ち合わせておらず,これから始まる治療に対して大きな不安を抱いている。従って,医師から温かい言葉をかけられたり,自分を理解してもらえたと感じられた時には感情的便益が生じ,患者は満足を感じるであろう。また,医師からの客観的情報が伝えられ病気の状況や治療方針について患者が理解できた時には価値観的便益が生じ,患者は満足するであろう。価値観的便益と感情的便益の関係であるが,先行研究では価値観的便益を起点として感情的便益が影響を受けるというモデルが実証された(藤村・森藤,2015;Morito & Fujimura, 2017)。ただし,そのモデルは価値観的便益に対する医師との関係性の影響を組み込んでおり,本稿で導出する仮説モデルとはその点で異なる。先行研究では,構造品質,過程品質,結果品質から価値観的便益と感情的便益が得られ,さらに価値観的便益と感情的便益の間に因果関係が認められないと解釈できるものも存在した(Stiles et al., 1979)。そこで,ここでは価値観的便益と感情的便益の関係については一方向に定義せず共変関係であると仮定する。
次に,顧客参加と便益の関係であるが,感情的便益が高まることで顧客参加は進むと考えられる。同様に価値観的便益が高まると顧客参加を促進すると考えられる。最後に顧客参加と顧客満足の関係であるが,治療の初期段階では顧客参加を促進する要素が少なく,従って治療の開始とともに得られた満足によって患者が診療に参加することの意義を知覚する必要があると考えられる。以上を踏まえると,初期段階における満足モデルの仮説として,以下の仮説1~9が導出される。初期段階の仮説モデルは図1のようになる。

初期段階の便益・顧客参加・顧客満足の仮説モデル
仮説1 初期段階において価値観的便益と感情的便益は共変関係である(ab)
仮説2 初期段階において感情的便益は機能的便益に直接的に影響する(bc)
仮説3 初期段階において価値観的便益は顧客参加に直接的に影響する(ad)
仮説4 初期段階において価値観的便益は顧客満足に直接的に影響する(ae)
仮説5 初期段階において感情的便益は顧客参加に直接的に影響する(bd)
仮説6 初期段階において感情的便益は顧客満足に直接的に影響する(be)
仮説7 初期段階において機能的便益は顧客満足に直接的に影響しない
仮説8 初期段階において顧客満足は顧客参加に直接的に影響する(ed)
仮説9 初期段階において顧客参加は顧客満足に直接的に影響しない
【中期段階】
治療の中期段階は,ある程度治療が進み,患者も自身の症状について理解を深め,医師との関係性が構築されている段階である。中期段階に入ると,患者は一定の知識や情報を獲得しているため,目指すゴールに向けて治療方法を主体的に選択できるようになる。また,病状の的確な申告や服薬の着実な実施などサービスへの参加が動機づけられた状態となる。従って,顧客参加が顧客満足に影響を及ぼすと考えられる。
中期段階においても,価値観的便益と感情的便益の間には共変関係があると考えられる。顧客参加と便益の関係は,感情的便益が高まることで顧客参加が進むと考えられる。同様に価値観的便益が高まると顧客参加が促進されると考えられる。また,医師からの言葉かけや,自分を理解してもらえたと感じられた時には感情的便益が生じ,患者は満足を感じるであろう。医師からの客観的情報が伝えられ病気の状況や治療方針について患者が理解できた時には価値観的便益が生じ,患者は満足するであろう。ただし,初期段階とは異なり,機能的便益も少しは感じられるようになっていると考えられる。以上を踏まえると,中期段階における満足モデルの仮説として,以下の仮説10~18が導出される。中期段階の仮説モデルは図2のようになる。

中期段階の便益・顧客参加・顧客満足の仮説モデル
仮説10 中期段階において価値観的便益と感情的便益は共変関係である(ab)
仮説11 中期段階において感情的便益は機能的便益に直接的に影響する(bc)
仮説12 中期段階において価値観的便益は顧客参加に直接的に影響する(ad)
仮説13 中期段階において価値観的便益は顧客満足に直接的に影響する(ae)
仮説14 中期段階において感情的便益は顧客参加に直接的に影響する(bd)
仮説15 中期段階において感情的便益は顧客満足に直接的に影響する(be)
仮説16 中期段階において機能的便益は顧客満足に直接的に影響する(ce)
仮説17 中期段階において顧客満足は顧客参加に直接的に影響しない
仮説18 中期段階において顧客参加は顧客満足に直接的に影響する(de)
【後期段階】
治療の後期段階では,さらに治療が進み,医師との関係は安定したものとなっている段階である。また,後期段階に入ると,中期段階よりも多くの知識や情報を獲得しているため,患者も自身の症状について十分に理解を深めている。そのため,患者の関心は価値観的便益と感情的便益よりも機能的便益に向いてくるであろう。従って,顧客参加は機能的便益の獲得に重要な要素であることを患者は認識しているものの,その顧客参加を動機づける要因として医療サービスの結果を求めるようになり,機能的便益を実感することによる顧客満足が生じることで顧客参加が促進されると考えられる。
後期段階においても,価値観的便益と感情的便益の間には共変関係があると考えられる。顧客参加と便益の関係は,初期・中期段階と同様に感情的便益が高まることで顧客参加が進むと考えられる。また価値観的便益が高まると顧客参加が促進されると考えられる。医師の親身な対応や患者自身に対する理解は感情的便益を生じさせ,患者は満足を感じるであろう。病気とのつきあい方について患者が理解できた時には価値観的便益が生じ,患者は満足するであろう。ただし,この段階では機能的便益がこれまでよりも敏感に感じられるようになっていると考えられる。以上を踏まえると,後期段階における満足モデルの仮説として,以下の仮説19~27が導出される。後期段階の仮説モデルは図3のようになる。

後期段階の便益・顧客参加・顧客満足の仮説モデル
仮説19 後期段階において価値観的便益と感情的便益は共変関係である(ab)
仮説20 後期段階において感情的便益は機能的便益に直接的に影響する(bc)
仮説21 後期段階において価値観的便益は顧客参加に直接的に影響する(ad)
仮説22 後期段階において価値観的便益は顧客満足に直接的に影響する(ae)
仮説23 後期段階において感情的便益は顧客参加に直接的に影響する(bd)
仮説24 後期段階において感情的便益は顧客満足に直接的に影響する(be)
仮説25 後期段階において機能的便益は顧客満足に直接的に影響する(ce)
仮説26 後期段階において顧客満足は顧客参加に直接的に影響する(ed)
仮説27 後期段階において顧客参加は顧客満足に直接的に影響しない
本稿では,独立行政法人科学技術振興機構社会技術研究開発センター問題解決型サービス科学研究開発プログラムの「医療サービスの『便益遅延性』を考慮した患者満足に関する研究」(研究代表者 香川大学経済学部藤村和宏教授)における調査で取得されたデータを借用して分析を行う。この調査は,2014年2月,3月,8月に大阪府,香川県,千葉県に所在する4つの総合病院7)の外来患者に対して質問票調査を実施された。これらは,香川大学及び各病院の倫理委員会の承認を得て実施された調査である。この調査の尺度開発は然るべき手続きを経て行われている8)。本稿では,そのうち,年齢,性別,職業,疾患タイプ(慢性・急性),罹患疾患の命への影響度,治療段階,価値観的便益,感情的便益,機能的便益,顧客参加,顧客満足のデータを用いる。サービス・デリバリー・プロセスは,治療の初期段階(初診・治療準備段階),中期段階(本格的治療段階),後期段階(安定通院段階)の3段階に区分する。一般に,急性疾患よりも慢性疾患の方が治療期間は長期間にわたり,患者にとって便益が実感しにくいことから,回答者のうち20歳以上の慢性疾患患者を本稿の分析の対象とする。有効サンプル1111の概要は以下の通りである。
1111サンプルの内訳は,A病院112(10.1%),B病院321(28.9%),C病院242(21.8%),D病院436(39.2%)である。男性530(47.7%),女性573(51.6%),無回答8(0.7%)である。年代は,20代35(3.2%),30代81(7.3%),40代151(13.6%),50代210(18.9%),60代293(26.4%),70代235(21.1%),80代以上96(8.6%),無回答10(0.9%)である。職業は,無職333(29.9%),会社員265(23.8%),専業主婦189(17.0%),自営・自由業113(10.2%),パート・アルバイト93(8.4%),公務員42(3.8%),その他32(2.9%),農林水産業24(2.2%),無回答13(1.2%),学生7(0.6%)である。治療段階の内訳は,初期段階131(11.8%),中期段階455(40.9%),後期段階525(47.3%)である。罹患疾患の命への影響度は,全く影響しない208(18.7%),あまり影響しない262(23.6%),早期発見なら大丈夫153(13.8%),やや影響する309(27.8%),非常に影響する173(15.6%),無回答6(0.5%)である。
本サンプルは男女比がほぼ均等であり,年代,職業,治療段階および罹患疾患の命への影響度についても多様性が確保されていることから,便益遅延型サービスのサービス・デリバリー・プロセスの時間経過による変化と顧客満足モデルを分析するためのデータとして適当であると判断した。
4.2 分析方法本稿では,価値観的便益,感情的便益,機能的便益,顧客満足,顧客参加の5つの構成概念を用いて治療の初期・中期・後期段階の満足モデルを構築する。実証分析による検証は,spssによる因子分析とamosの共分散構造分析で行った。観測変数は「医療サービスの『便益遅延性』を考慮した患者満足に関する研究」において尺度開発された質問項目である。価値観的便益(6項目),感情的便益(5項目),機能的便益(3項目),顧客参加(7項目),顧客満足(4項目)の25項目を用いて実施した。天井効果・フロア効果を確認し,探索的因子分析(主因子法・プロマックス回転)を行い,因子負荷量の高い17項目を採用した。尺度の一次元性の確認を行い,クロンバックα係数9)を用いて内部一貫性(信頼性)の確認を行った後,抽出された因子を用いてモデル構築を行った。
本稿の仮説は,各治療段階によって有意になるパスが異なるというものである。まず,仮説1,10,19を検証するために,価値観的便益と感情的便益の2つの構成概念を用いて,①価値観的便益→感情的便益 ②感情的便益→価値観的便益 ③価値観的便益↔感情的便益の3種のモデルを準備し,初期・中期・後期段階で①②③のモデル適合度の比較を行い,価値観的便益と感情的便益の関係の特定を行った。その後,仮説1,10,19の結果を反映し,初期・中期・後期段階で図1,図2,図3のモデルの探索的モデル特定化10)を行った。仮説1,10,19のモデル比較,仮説1~27の探索的モデル特定化の検証では,豊田(2007)に従い,BICの値が最も小さいものを最適モデルとした。
本稿では,25項目に天井効果・フロア効果がないことを確認し,探索的因子分析(主因子法・プロマックス回転)を行ったところ,回転後の因子負荷量0.4以下の項目はなかった。因子負荷量の高い17項目(0.6以上)で再度探索的因子分析を行った結果,累積寄与率60%以上で5因子が抽出された(表1)。尺度の一次元性の確認を行い,クロンバックα係数を用いて内部一貫性(信頼性)の確認を行ったところ,一定の信頼性が確認された。抽出された因子の相関行列は表2である。
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 共通性 | α | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 再利用意向 | 0.880 | –0.025 | –0.059 | –0.004 | –0.012 | 0.672 | 0.850 |
| 推奨意向 | 0.757 | –0.008 | –0.001 | 0.067 | –0.025 | 0.610 | |
| この病院で良かった度 | 0.753 | –0.028 | 0.022 | 0.027 | 0.059 | 0.646 | |
| 現時点での満足度 | 0.624 | 0.019 | 0.069 | –0.035 | 0.025 | 0.455 | |
| 自覚症状の説明 | 0.062 | 0.691 | –0.007 | –0.071 | 0.034 | 0.503 | 0.777 |
| 受療内容の意思決定 | –0.194 | 0.677 | 0.011 | 0.067 | 0.023 | 0.391 | |
| 病気に関する情報収集 | –0.037 | 0.626 | –0.074 | 0.002 | –0.020 | 0.318 | |
| 医療者との良好な関係作り | 0.114 | 0.604 | 0.095 | –0.018 | –0.081 | 0.480 | |
| 納得した受療 | 0.145 | 0.597 | 0.004 | 0.026 | 0.035 | 0.522 | |
| 毎日一所懸命生きる意思 | –0.008 | 0.003 | 0.942 | –0.051 | –0.024 | 0.802 | 0.901 |
| 一日一日の充実感 | –0.073 | –0.001 | 0.858 | 0.065 | 0.026 | 0.748 | |
| 受療による人生観の好転 | 0.195 | –0.014 | 0.724 | 0.012 | –0.001 | 0.749 | |
| 恐怖感の低減 | 0.097 | 0.004 | –0.077 | 0.892 | –0.092 | 0.723 | 0.831 |
| 日常生活に関する不安解消 | –0.039 | –0.017 | 0.120 | 0.768 | 0.023 | 0.692 | |
| 病気に関する不安解消 | –0.023 | 0.033 | 0.000 | 0.552 | 0.235 | 0.533 | |
| 自覚症状の軽減 | 0.019 | –0.016 | –0.010 | –0.050 | 0.977 | 0.888 | 0.860 |
| 身体の痛みの緩和 | 0.018 | 0.014 | 0.012 | 0.089 | 0.721 | 0.650 | |
| 累積因子寄与率 | 41.10 | 48.72 | 53.86 | 58.18 | 61.06 |
| 因子 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 顧客満足 | 1 | 0.565 | 0.671 | 0.615 | 0.536 |
| 2 顧客参加 | 0.565 | 1 | 0.557 | 0.416 | 0.406 |
| 3 価値観的便益 | 0.671 | 0.557 | 1 | 0.619 | 0.526 |
| 4 感情的便益 | 0.615 | 0.416 | 0.619 | 1 | 0.665 |
| 5 機能的便益 | 0.536 | 0.406 | 0.526 | 0.665 | 1 |
第1因子に負荷が高かった項目は「再利用意向」「推奨意向」「この病院で良かった度」「現時点での満足度」であり,「顧客満足」とした。第2因子は「自覚症状の説明」「受療内容の意思決定」「病気に対する情報収集」「医療者との良好な関係作り」「納得した受療」であり,「顧客参加」とした。第3因子は「毎日一所懸命生きる意思」「一日一日の充実感」「受療による人生観の好転」であり,「価値観的便益」とした。第4因子は「恐怖感の低迷」「日常生活に関する不安解消」「病気に関する不安解消」であり,「感情的便益」とした。第5因子は「自覚症状の軽減」「身体の痛みの緩和」であり,「機能的便益」とした11)。
5.2 各治療段階における最適モデルの特定仮説1,10,19については,価値観的便益と感情的便益の構成概念の①価値観的便益→感情的便益 ②感情的便益→価値観的便益 ③価値観的便益↔感情的便益の3つのモデルに対し初期・中期・後期のサンプルでそれぞれ共分散構造分析を実施し,パス係数と適合度指標を比較した。各段階の①②③のパス係数は同一で,初期0.65,中期0.71,後期0.60であり,GFI,CFI,RMSEA,AIC,BICも同一であった。よって,価値観的便益と感情的便益は共変関係であると判断した。価値観的便益と感情的便益の共変モデルの結果は表3の通りである。
| 初期 | 中期 | 後期 | |
|---|---|---|---|
| 価値観的便益↔感情的便益 | 0.650 | 0.710 | 0.600 |
| GFI | 0.958 | 0.981 | 0.976 |
| CFI | 0.976 | 0.990 | 0.981 |
| RMSEA | 0.096 | 0.070 | 0.090 |
| AIC | 43.56 | 52.03 | 67.67 |
| BIC | 80.94 | 105.60 | 123.09 |
次に,初期・中期・後期段階の最適モデルを検証するために,探索的モデル特定化を行った。各段階においてBICが最小となるモデルを最適モデルとして採択した。各段階の採択されたモデルの結果を表4に示す。最適モデルは,初期段階が図4,中期段階が図5,後期段階が図6のようになった。
| パラメータ | df | C | C-df | BBC 0 | BIC 0 | C/df | p | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 初期 | 39 | 114 | 231.038 | 117.038 | 0.000 | 0.000 | 2.027 | 0.000 |
| 中期 | 40 | 113 | 304.293 | 191.293 | 68.963 | 0.000 | 2.693 | 0.000 |
| 後期 | 40 | 113 | 286.503 | 173.503 | 52.463 | 0.000 | 2.535 | 0.000 |

初期段階の最適モデル(標準化係数)
図4の初期段階の最適モデルの特徴は,3段階において唯一,価値観的便益が顧客参加に影響しないこと,感情的便益が顧客参加に直接的に影響することである。また,顧客参加と顧客満足の間に影響関係は認められなかった。便益遅延型サービスではあるものの,治療の初期段階で機能的便益が顧客満足に影響を与えているモデルが採択された。
図5の中期段階の最適モデルの特徴は,価値観的便益は顧客参加と顧客満足に影響を及ぼしており,感情的便益は顧客参加ではなく顧客満足に影響していることである。また,顧客参加が顧客満足に影響を与えていること,機能的便益によって顧客満足が高まらないことである。便益が遅延していることを示しているモデルと言える。
図6の後期段階の最適モデルの特徴は,価値観的便益は中期段階と同様に顧客参加と顧客満足に影響している一方で,感情的便益は中期段階とは異なり機能的便益を媒介して間接的に顧客満足に影響を及ぼしていることである。また,中期段階とは逆で顧客満足が顧客参加に影響しており,顧客参加以外の要素は他のいずれかの要素に影響を及ぼしているモデルが採択された。
仮説1~27の結果をまとめると,表5のようになる。初期・中期・後期段階の最適モデルの有効なパスのパラメータ推定結果を表6に示す。

中期段階の最適モデル(標準化係数)

後期段階の最適モデル(標準化係数)
| パラメータ | 初期 | 中期 | 後期 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ab | 価値観的便益↔感情的便益 | 仮説1 | 支持 | 仮説10 | 支持 | 仮説19 | 支持 |
| bc | 感情的便益→機能的便益 | 仮説2 | 支持 | 仮説11 | 支持 | 仮説20 | 支持 |
| ad | 価値観的便益→顧客参加 | 仮説3 | 棄却 | 仮説12 | 支持 | 仮説21 | 支持 |
| ae | 価値観的便益→顧客満足 | 仮説4 | 支持 | 仮説13 | 支持 | 仮説22 | 支持 |
| bd | 感情的便益→顧客参加 | 仮説5 | 支持 | 仮説14 | 棄却 | 仮説23 | 棄却 |
| be | 感情的便益→顧客満足 | 仮説6 | 棄却 | 仮説15 | 支持 | 仮説24 | 棄却 |
| ce | 機能的便益→顧客満足 | 仮説7 | 棄却 | 仮説16 | 棄却 | 仮説25 | 支持 |
| ed | 顧客満足→顧客参加 | 仮説8 | 棄却 | 仮説17 | 支持 | 仮説26 | 支持 |
| de | 顧客参加→顧客満足 | 仮説9 | 支持 | 仮説18 | 支持 | 仮説27 | 支持 |
| パラメータ | 初期 | 中期 | 後期 | |
|---|---|---|---|---|
| ab | 価値観的便益↔感情的便益 | 0.68 | 0.73 | 0.64 |
| bc | 感情的便益→機能的便益 | 0.60 | 0.77 | 0.72 |
| ad | 価値観的便益→顧客参加 | ― | 0.60 | 0.32 |
| ae | 価値観的便益→顧客満足 | 0.44 | 0.33 | 0.53 |
| bd | 感情的便益→顧客参加 | 0.73 | ― | ― |
| be | 感情的便益→顧客満足 | ― | 0.34 | ― |
| ce | 機能的便益→顧客満足 | 0.31 | ― | 0.35 |
| ed | 顧客満足→顧客参加 | ― | ― | 0.41 |
| de | 顧客参加→顧客満足 | ― | 0.27 | ― |
| GFI | 0.839 | 0.931 | 0.939 | |
| CFI | 0.888 | 0.957 | 0.963 | |
| RMSEA | 0.089 | 0.061 | 0.054 | |
| AIC | 309.0 | 384.3 | 366.5 | |
| BIC | 421.2 | 549.1 | 537.0 |
※標準化推定値 p < 0.001
本稿では,便益遅延型サービスの顧客満足モデルはサービス・デリバリー・プロセスの進行と共に変化するという仮説を設定し,そのモデルがどのように変化していくのか,またそのモデルを構成する諸要素の関係はどのように変化していくのかを検証した。そして,その変化を捉えるべく,サービス・デリバリー・プロセスの初期・中期・後期段階の最適モデルを特定した。
初期段階では,インフォームド・コンセントによって患者は提供される医療サービスに対するポジティブ・ネガティブな情報を取得している。その結果,不安が解消される,あるいは気持ちが楽になるといった感情的便益だけでなく,新たな考え方や見方を取り入れるという価値観的便益を獲得すると考えられる。例えば,同じ診療方針を提示されるにしても,厳しく見える医師に不愛想に説明を受けるよりも,笑顔で親身になってわかりやすく説明してくれる医師から提案される方が患者にとって受け入れやすくなるであろう。
しかし,初期段階では感情的便益は顧客参加には影響したが,顧客満足には影響していなかった。比較的早期に享受することができる感情的便益を知覚することによって満足が形成されていると推測したが,初期段階で不安を取り除かれるとまずサービスに対する積極性が働き,参加しようと動機づけられるようである。感情的便益は即時的に感じやすい便益であり,医療サービスの消費を継続するという意思決定を促し,初期段階の顧客参加を支援する役割をしていると考えられる。また,価値観的便益は顧客満足には影響したが,顧客参加に影響していなかった。これは,サービス提供者の専門的な情報提供によって価値観的便益を享受することで医療サービスを開始したことから顧客満足が生じると考えられる。その価値観的便益が顧客参加に影響を及ぼすに至るまでには,顧客が認識の転換を消化するのに若干の時間を必要とするためであろう。
初期段階では,顧客参加と顧客満足の間には影響関係が見られなかった。医療サービスでは,初期段階において患者が動機づけられているかどうかは別として,問診や検査や治療の選択など患者に参加を強いる状況が存在する。その場合,患者が満足したから参加している,あるいは参加をすることによって満足しているとは限らないため,このような結果になったと考えられる。そのような状況を打破するために,医師をはじめとする医療サービスの提供者は,受身的ではなく,患者が価値観的便益や感情的便益によって前向きに顧客参加を促進したり顧客満足を向上させたりするよう相互作用を行っていると考えられる。つまり,この段階では患者が自身の参加によって得られる便益を確信できないため,患者が遅延したとしても便益を享受できると期待できるように価値観的便益と感情的便益を知覚させることが,顧客参加と顧客満足の影響関係を生じさせる上で重要と考えられる。
また,機能的便益から顧客満足へのパスが有意であった点も注目すべきであろう。この理由として,医療サービスの提供が開始されたことで,最終的な便益が享受できていないものの受診前と比較すると,幾ばくかの身体状況の変化が感じられているからではないかと考えられる。
中期段階では,顧客参加が顧客満足を動機づけるモデルが確認された。顧客は既に一定の治療経験を積んでおり,その経験からサービスに参加することによって顧客満足が得られることを学習している。中期段階は治療が本格化する時期であり,この時期まで来ると患者と医師の間に一定の信頼関係が形成されていると考えられる。従って,中期段階以降は,患者側に医師からのアドバイスを咀嚼し,価値観の転換を受け入れることができる(価値観的便益を知覚できる)環境が整っていると考えられる。価値観的便益は,病気に対する姿勢や人生観の好転が主な要素であり,サービス提供者の態度によって生じる感情的便益とは異なり,顧客が自らの内面と対話することで初めて知覚できるものである。こうして,自身の思考の変化を感じ取ることで,患者は主体性をもって治療に取り組むことができるようになる。価値観的便益から顧客参加へとパスが出ているのは,まさにこのような患者自身の意識の変化があったことを示唆している。顧客が能動的に参加するようになれば,満足が高まると推測できる。実際,中期段階のモデルでは参加から満足に向かうパスが確認できた。
しかし,中期段階では機能的便益が顧客満足に影響を及ぼさないという結果になった。機能的便益が顧客満足に影響しない理由は,機能的便益が遅延しているからであると考えられる。しかし,初期段階では機能的便益が顧客満足に影響を及ぼしていた。これは初期段階で知覚された機能的便益と,この段階で患者が想定している機能的便益の中身が異なっていることが考えられる。また,中期段階では感情的便益が顧客参加に影響していなかった。この段階では治療についての理解が進み,患者自身が納得した上でなければ参加しようという意識が芽生えないのではないかと考えられる。
後期段階では,患者がさらに治療経験を積み,治療による効果をより実感できるようになっている。価値観的便益と感情的便益の共変関係は持続しており,価値観的便益が顧客満足と顧客参加に影響を及ぼしていることが確認された。この結果から,価値観的便益はサービス・プロセスの全体を通じて顧客満足に影響していることが実証された。このことは,便益遅延型サービスの顧客満足を考える際に,価値観的便益が重要な意味を持つことを示唆していると言えよう。
しかし,後期段階では感情的便益からの直接的な顧客満足への影響は確認できなかった。これは後期段階では治療の成果を期待するようになるため,心理的な不安が解消されるだけでは患者が満足しないことを意味していると考えられる。その証左として感情的便益は機能的便益を経由して顧客満足に影響している。この段階では,感情的便益は機能的便益を知覚しやすくする役割を果たしていると考えられる。つまり,感情的便益の役割が治療の経過を経て変化していることが実証されたと言えよう。
6.2 まとめと今後の課題本稿では,便益遅延型サービスの時間経過に伴う満足モデルの構造変化を明らかにした。満足モデルには,価値観的便益,感情的便益,機能的便益,顧客参加,顧客満足の構成概念を用いた。サービス消費の主たる目的である機能的便益が享受されない時期における感情的便益と価値観的便益の役割に注目した。また,顧客参加と顧客満足に対して感情的便益と価値観的便益がどのような効果をもたらしているかを考察した。その結論は以下のようにまとめられる。
医療サービスを事例とした調査の結果,医師と患者の関係を構築し始める治療の初期段階においては,価値観的便益が顧客満足を高め,感情的便益が顧客参加に影響を及ぼしていることが示された。一方,医師と患者の関係が構築された中期段階と後期段階では,価値観的便益が顧客参加と顧客満足に影響を及ぼしていた。また,中期段階では感情的便益が顧客満足に影響していたが,後期段階では感情的便益が顧客満足に影響しないモデルが採択された。
このように,サービス・プロセスの推移によって顧客の満足モデルが異なることが実証された。特に,機能的便益の遅延は中期段階において実証された。従って,機能的便益の遅延によって顧客満足の低下が生じないようにするためには,サービス・デリバリー・プロセスの早期から顧客が感情的便益と価値観的便益を知覚できるようにサービスを提供していくことが重要であると考えられる。これを医療サービスに引きつけて考えれば,医療サービス提供者の丁寧な説明や患者に接する態度や,病気や治療を受容するための専門知識の提供や支援が患者満足を高めることに繋がるということである。
顧客参加と顧客満足の関係については,中期段階では顧客参加が顧客満足に影響することが確認された。患者が心身の変化など患者本人しかわかり得ないことを提供者に伝える,あるいは患者自身が回復に必要な行動を考え実行することによって,サービス提供側は新たな支援の方法を見い出すことができるが,このような患者参加が見られるには治療開始から一定の時間が必要であることが示唆されていると言えよう。
星野・牟田(2005)の大学生の授業満足度の因果関係に関する研究では,学生の積極性の有無によって学生の授業に対する満足度に影響を与える要因が異なることが明らかにされている。すなわち,学生が学習に対して動機づけられている場合は,提供者である教員の教授努力(板書や教材などを因子とする潜在変数)が満足に影響しているのに対して,動機づけがされていない学生では,学生とのコミュニケーションが教授努力と同程度,満足に影響しているという。つまり,顧客のサービスへ参加の動機づけには提供者と消費者の間でのコミュニケーションが重要な意味を持つことが指摘されている。その結果を医療サービスに援用すると,治療に動機づけられていない患者に対しては,提供者と患者のコミュニケーションを強化し価値観的便益や感情的便益を知覚させることで,顧客参加を動機づけられると考えることができるだろう。
以上,本稿の議論から,便益遅延型サービスは時間の経過によって満足モデルが変化し,サービス・デリバリー・プロセスの段階において各便益の役割が変わっていく点に最大の特徴があることが指摘できる。最後に今後の課題について述べる。第1は他の便益遅延型サービスへの適応可能性を実証的に検討していくことである。教育サービスを事例とした研究には,田中・向後(2014)のオンライン大学の卒業後の満足度に関するものがある。それによると「思考力とスキル」が身についたことなどが卒業後における大学への評価の規定要因となっていることが実証されている。このことから最終的な顧客満足は思考力とスキルの獲得という便益の享受によって生じていることが示唆されており,本稿の議論を敷衍することが可能と考えられる。
次に,医療サービスにおいては患者が医療サービスに期待する機能的便益と,実際にサービス提供者が提示できる機能的便益が乖離している可能性を検討することである。つまり,患者はあくまで症状の回復を求めていたとしても,サービス提供者側では患者の病状などの情報から病気の完治を目標とするのではなく,いかに現在の患者の生活や心の持ち方を変えるかという方向に方針が変更されている場合がある。このように,医療サービスにおいては,サービス提供者とサービス消費者の間で機能的便益の認識のズレが生じた場合,大きな問題になる。
また,本稿では顧客の期待については議論を行わなかったが,価値観的便益は顧客の期待する最終的な便益を知覚する前段階において顧客の期待を修正する役割を担っており,感情的便益は価値観的便益が知覚されやすくなるように環境設定をしていることが示唆される。特に,教育や医療等自分の能力や努力によって結果が異なるサービスでは,自己変化に対する期待のコントロールが満足に大きく影響すると考えられるため(森藤,2009),顧客に便益の遅延が起こる状況やサービスの限界,あるいは顧客の役割,積極的な参加の必要性を理解させ,サービスへの期待を修正することが満足を高めることにつながると考えられる。これらの点についてもさらに実証研究を行い,議論を精緻化する必要がある。
本稿は,2015年度日本商業学会第65回全国研究大会における研究報告を基に検討を追加し,論文にしたものである。本稿の調査は,独立行政法人科学技術振興機構・社会技術研究開発センター「問題解決型サービス科学研究開発プログラム」の「医療サービスの「便益遅延性」を考慮した患者満足に関する研究」(研究代表者 香川大学経済学部 藤村和宏教授)で実施された調査データを借用し行った。プロジェクトの研究代表者である藤村和宏先生をはじめ研究メンバーの先生方には,示唆に富むご助言と丁寧なご指導を頂いた。また,レビューアーの先生方からも貴重なご助言を多数頂いた。この場を借りて厚く御礼申し上げる。なお,本稿には日本学術振興会学術研究助成基金助成金(課題番号26380579研究代表者 森藤ちひろ)の一部を使用した。