International Journal of Marketing & Distribution
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Special Section (Guest editor: Takashi Niikura (Hosei University))
Characteristics of Japanese type of omnichannel and its theoretical issues
Kimihiko Kondo
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2018 Volume 21 Issue 1 Pages 77-89

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Abstract

ICTの発展を背景に,小売業の新たな成長モデルとしてオムニチャネルが大きく注目されている。オムニチャネルは歴史的に,電子商取引,クリック&モルタル,マルチチャネル,クロスチャネルから発展し,消費者にシームレスな買い物経験を提供するための統合的なチャネル管理を中心的な課題としてきた。オムニチャネルは米国のそれを標準型として研究されてきたが,その態様は各国の小売環境のもとでの企業の成長プロセスに規定される。米国型オムニチャネルが単一業態オムニチャネルを基本としているのに対し,日本型オムニチャネルは複数の業態から構成される多業態オムニチャネル,およびロジスティクス・ハブとしての店舗ネットワークの2つから特徴づけることができる。この日本型オムニチャネルを理論的に研究する際,多業態オムニチャネル,オムニチャネル・オペレーション,チャネル・コンフリクトとカニバリゼーション,オムニチャネル小売企業の出自,オムニチャネル行動のプロセス,オムニチャネル・ショッパーの特性,定性的・定量的アプローチ,および国際比較の8つの重要な課題が指摘される。

1  はじめに

近年のICT(Information Communication Technology)の発展を背景に,小売業の新たな成長モデルとしてオムニチャネル(omnichannel)が大きく注目されている1)。米国の大手百貨店メーシーズ(Macy’s)が2010年,オムニチャネルの概念を発表して以来,ウォルマート・ストアーズ(Wal-Mart Stores),ウォルグリーン(Walgreen’s),ステイプルズ(Staples)など,多くの米国小売企業がオムニチャネルを推進している。オムニチャネルは瞬く間に世界的規模で拡大し,期を同じくして日本でもまた,東急ハンズ,ヨドバシカメラ,良品計画といった専門店がネットで購入した商品の店頭受け取りや,顧客情報,在庫情報の一元管理,ネット上で店舗在庫を確認できるサービスを開始し,店舗とネットとの融合に着手しはじめた。2015年11月には,日本最大の小売企業グループであるセブン&アイ・ホールディングスがグループ企業(約20社)が扱う300万品目をネットで購入でき,コンビニエンス・ストアを中心としたグループ全店舗(約1万8500店)で受け取り・支払い・返品ができるオムニチャネル,Omni7を始動させた。

一方,アカデミアにおいてもJournal of Interactive Marketing誌が2005年19巻2号でMultichannel Marketingの特集,2010年24巻2号でEmerging Perspectives on Marketing in a Multichannel and Multimedia Retailing Environmentの特集を組み,またJournal of Retailing誌が2015年91巻2号でMulti-Channel Retailingに焦点を当てるなど,マルチチャネル,オムニチャネルを学術的に解明しようとする研究が蓄積されてきた。

この論文の目的は,オムニチャネルの生成・発展プロセスを概観するとともに,日本型オムニチャネルの特質を明らかにし,その理論的課題を提示することにある。以下ではまず,電子商取引の登場からオムニチャネルにいたる取引様式の変遷を敷衍し,オムニチャネルの本質と統合的チャネル管理の問題を分析する。次に,オムニチャネルの標準型として位置づけられる米国型オムニチャネルと比較することにより,日本型オムニチャネルの特質を考察する。最後に,日本型オムニチャネルを研究する際に取り組むべき理論的課題を提示する。

2  オムニチャネルへの発展

今日のオムニチャネルにいたる小売業と消費者との取引様式の歴史的展開は,1990年代の電子商取引(e-commerce)の出現に始まる(Ngai & Wat, 2002Webb, 2002)。ネット上で電子的に取引が行われる電子商取引の仕組みのもと,低価格や品揃えの豊富さを武器とする,いわゆるネット小売業(Internet retailing)が発展していった(Doherty & Ellis-Chadwick, 2010)。今日,世界最大のネット小売業に成長したアマゾン(Amazon)は,その代表例である。

一方,ネットでは実際に商品を見たり,触れたり,販売員に聞くことができないため,商品の探索や購入にはつねに知覚リスク(perceived risk)がともなう。この知覚リスクを削減するため,消費者は店舗で商品を実際に確認して知覚リスクを削減したうえで,ネットで安価に購入するという行動を取りはじめた。いわゆるショールーミング(showrooming)である(Rapp, Bakera, Bachrach, Ogilviea, & Beitelspacher, 2015)。消費者のショールーミングは,店舗を取引が発生しないショールーム化してしまう行動であり,店舗小売業にとっては販売機会の大きな損失となる。

以上のような拡大するネット小売業への競争上の対抗として,また消費者のショールーミング行動への対策として,店舗小売業が取り組んだのが店舗とネットを組み合わせ,相互補完的かつシナジー効果が発揮されるようにそれぞれのチャネルを活用するクリック&モルタル(click & mortar)である(Bahn & Fischer, 2003Steinfield, Bouwman, & Adelaar, 2002)。

店舗とネットという2つのチャネルからなるクリック&モルタルはさらに,販売員,電話,携帯電話,カタログ,ダイレクトメール,コールセンター,ソーシャル・メディアなど,チャネルの要素を拡大し,より多様な顧客接点を有するマルチチャネル(multichannel)へと発展していく(Neslin & Shankar, 2009Verhoef, Kannan, & Inman, 2015)。マルチチャネルとは一般に,2つ以上のチャネルを連動させて商品・サービス,あるいは顧客サポートを提供する活動を指す(Rangaswamy & van Bruggen, 2005Stone, Hobbs, & Khaleeli, 2002)。

小売企業がマルチチャネル化,すなわちチャネルを多様化する動機として,次のような点が指摘されてきた。第1に,チャネルを拡大することで,より多くの顧客セグメントに接近することができる(Neslin & Shankar, 2009Rangaswamy & van Bruggen, 2005Zhang, Farris, Irvin, Kushwaha, Steenburgh, & Weitz, 2010)。第2に,これに関連して,1つのチャネル(例えば,店舗)のみを利用するシングル・チャネル・ショッパー(single channel shopper)に比べて,複数のチャネルを利用し,より多く支出する傾向があるとされる(Kumar & Venkatesan, 2005)マルチチャネル・ショッパー(multichannel shopper)に訴求することができる。第3に,チャネルごとに異なった価格帯やサービスを用意することによって,価格水準に基づいた市場細分化や利益最大化を図ることできる(Valos, Polonsky, Geursen, & Zutshi, 20102)

このような利点を有するマルチチャネルは,チャネル間の連動性をどの程度認めるかについて広がりがあるものの,基本的にはチャネルの独立性を前提としている(Beck & Rygl, 2015Cao & Li, 2015)。逆説的ではあるが,マルチチャネル研究においてチャネル統合が主要な課題であることは,チャネル統合がその重要性にもかかわらず,適切に行われておらず,そのために十分な成果を上げられていないという問題意識に基づいている(近藤,2015Payne & Frow, 2004Yan, Wang, & Zhou, 2010)。

マルチチャネルにおいて統合によるチャネル間の連動に焦点を当てた考え方が,クロスチャネル(cross-channel)である3)。Cao and Li(2015, p. 200)によれば,クロスチャネル統合は「企業にシナジーを創出し,顧客に特定のベネフィットを提供するために,企業がチャネルの目的,設計,展開を調整する程度」と定義される。この定義に見られるように,クロスチャネルにおけるチャネル統合はチャネル間にシナジーを生み出し,顧客へのベネフィットを提供するための手段として捉えられている。

こうした企業の論理に立脚し,手段としてのチャネル統合の重要性に焦点を当てるクロスチャネルに対して,消費者視点からチャネル行動を理解することに発想を転換するのがオムニチャネルである。オムニチャネルについて最初の学術的な定義を示したRigby(2011, p. 67)によれば,オムニチャネルとは「実店舗と十分な情報を得られるオンライン・ショッピング経験の利点とを融合する統合的な販売経験」を意味する。この定義は,オムニチャネルにおける顧客の買い物経験が店舗とネットの融合から生まれることを示唆している。消費者が店舗とネットを自由に往来するプロセスにおいて,情報が統合的かつ間断なく提供される状態が「シームレス」(seamless)である(Schramm-Klein, Wagner, Steinmann, & Morschett, 2011)。この「シームレス」に焦点を当てて,Lazaris and Vrechopoulos(2014)はオムニチャネルを「シームレスな買い物経験と組み合わせて,実店舗とオンライン・チャネルの両方を利用すること」と定義している。Verhoef et al.(2015, p. 176)は,オムニチャネル管理の観点から「チャネル間の顧客経験とチャネルにわたる成果が最適化されるように,多くの利用可能なチャネルと顧客接点を相乗的に管理すること」と捉えている。この定義は,顧客にシームレスな買い物経験を提供するためには,チャネル間の調整が重要であることを示唆している。また,Levy, Weitz, and Grewal(2013, p. 67)は,オムニチャネル小売業を「調整されたマルチチャネル・オファリングであり,(消費者が)小売企業のすべての買い物チャネルを利用する際,シームレスな経験を提供する」と指摘している。

このような先行研究のオムニチャネルの理解を踏まえて,本論文ではオムニチャネルを「すべて(オムニ)のチャネルを統合し,消費者にシームレスな買い物経験を提供する顧客戦略」と定義することとする。この定義は次の視点に基づいている。すなわち,伝統的なマーケティング・ミックスの枠組みでは,物流あるいはロジスティクスは直接的な操作対象ではなく,外生的な与件として位置づけられ,そのためオムニチャネルで最も重要な課題の1つである消費者への配送問題を扱うことができない。これに対してオムニチャネルでは,後述するように,どのような方法で消費者へのロジスティクスを完結するかはきわめて重要な問題である(Hübner, Holzapfel, & Kuhn, 2016Hübner, Wollenburg, & Holzapfel, 2016)。オムニチャネルを顧客戦略と位置づけることで,こうした配送問題を戦略的課題として明示的に扱うことができる。さらに前述のように,オムニチャネルの発展が消費者のショールーミング行動への対応としてのクリック&モルタルを直接の起点とし,消費者主導によるチャネル拡大であることもまた,顧客戦略として位置づける論拠となる4)

また,店舗,販売員,電話,携帯電話,カタログ,ダイレクトメール,コールセンター,ネット,ソーシャル・メディアといったオムニチャネルの要素には,伝統的なマーケティングで中心的に位置づけられてきた所有権移転経路である取引チャネルだけでなく,売り手と買い手間でさまざまな情報が交換されるコミュニケーション・チャネルを含んでいる。Neslin et al.(2006)Beck and Rygl(2015)がチャネルを「企業と顧客が交流する顧客接点あるいはメディア」と理解し,またNeslin and Shankar(2009)がチャネルをコミュニケーション手段(communication vehicle)と捉えているように,多様な顧客接点を通じた取引・コミュニケーション・チャネルがオムニチャネルであり,そこでは顧客にシームレスな買い物経験を提供するためのチャネルの統合的管理が志向されている5)

3  オムニチャネルの統合的管理

チャネルの統合的管理の重要性は,オムニチャネルの前段階であるマルチチャネルにおいても早くから取り上げられてきた。例えば,Neslin and Shankar(2009)は,マルチチャネル顧客管理(multichannel customer management)という考え方のもと,マネジャーの5つのタスクとして顧客分析,マルチチャネル戦略の開発,チャネル設計,実行,および評価を指摘し,一連のチャネル戦略プロセスの管理に焦点を当てている。さらに彼らは,マルチチャネル小売ミックスの意思決定領域について,チャネル間での価格設定の一致,他のチャネルでの値下げとプロモーション,各チャネルでの品揃えと適切な在庫,およびチャネル間での商品の返品の可否を取り上げ,チャネルの均質化(homogenization)と調和化(harmonization)の観点からチャネル全体の最適化の重要性を指摘している。また,Valos et al.(2010)は,マルチチャネル・マーケティング(multichannel marketing)の主題として,マルチチャネル顧客行動の理解,販売・サービスおよび事前購入情報の提供,そして新規チャネルがもたらす組織の駆け引きやコンフリクトの処理をあげている。

Verhoef et al.(2015)は,表1のように,マルチチャネルとオムニチャネルにおける管理の相違を整理している。ここで注目すべきは,マルチチャネルが基本的にチャネル単位の管理を志向するのに対して,オムニチャネルは統合型のクロスチャネル管理を前提としていること,そして,その成果はマルチチャネルがチャネル単位の売上げや顧客経験に焦点を当てるのに対し,オムニチャネルのそれは全体的な顧客経験やチャネルをまたぐ総売上高であることである。このことは,マルチチャネルからオムニチャネルにいたるチャネルの発展がチャネルの個別的管理から統合的管理への進化であることを示している。彼らは,そうしたチャネルの統合的管理をオムニチャネル管理(omnichannel management)と呼び,「チャネル間にわたる顧客経験とチャネルをまたぐ成果を最適化するために,利用可能な膨大な数のチャネルをシナジーが上がるように管理すること」(p. 175)と捉えている。

表1  マルチチャネル管理とオムニチャネル管理
マルチチャネル管理 オムニチャネル管理
チャネルの焦点 双方向チャネルのみ 双方向チャネルとマスコミュニケーション・チャネル
チャネルの範囲 小売チャネル:店舗,オンライン・ウェブサイト,ダイレクト・マーケティング(カタログ) 小売チャネル:店舗,オンライン・ウェブサイト,ダイレクト・マーケティング,モバイル・チャネル(スマートフォン,タブレット,アプリ),ソーシャル・メディア),タッチポイント(テレビ,ラジオ,印刷物,C2Cなどマスコミュニケーション・チャネルを含む)
チャネルの分離 重複のない分離したチャネル シームレスな小売経験を提供する統合チャネル
顧客関係のフォーカス
ブランド対チャネル
顧客-小売チャネル・フォーカス 顧客-小売チャネル-ブランド・フォーカス
チャネル管理 チャネル単位 クロスチャネル
目的 チャネル目的(チャネル毎の売上高,チャネル毎の経験) クロスチャネル目的(全体的な小売顧客経験,チャネルにわたる総売上高)

出典:Verhoef, P. C., Kannan, P. K., & Inman, J. J. (2015). From multi-channel retailing to omni-channel retailing, Introduction to the special issue on multi-channel retailing, Journal of Retailing, 91(2), 176, Table 1.

3.1  チャネル統合

チャネル統合の目的は,チャネル間のシナジー効果を生み出し,顧客にシームレスな経験を提供することにある(Goersch, 2002Jin, Park, & Kim, 2010Payne & Frow, 2004)。Goersch(2002, p. 479)によれば,チャネル統合とは「ウェブや店舗を運営する小売組織が他のチャネルを付加して,それらを同時的かつ整合的に利用すること」を意味し,これによって顧客は,その購買プロセスでチャネルを変更してもシームレスな経験を引き出すことができるようになる。ここでチャネル統合は,複数のチャネルの同時・整合的な利用という活動レベルで理解されている。Stone et al.(2002, p. 40)は,それを「1つ以上のチャネルを通じて一貫した方法で顧客に商品・サービスを提供し,顧客を管理する方法」と定義し,チャネル統合による顧客管理に焦点を当てている。また,Coelho and Easingwood(2003, p. 27)は,チャネル統合を「流通諸活動が単体の管理のもとで行われる程度」と捉え,チャネル活動に関わる集権的意思決定に注目している。Yan et al.(2010, p. 434)は,「オンライン・チャネルと伝統的チャネルが相互作用し,広告やプロモーション等で協調する程度」と定義し,マーケティング・ミックス次元での活動の調整度に焦点を当てる。

こうしたチャネル統合の捉え方は,何を統合するのかというチャネル統合の要素と不可分である。Gulati and Garino(2000)は,チャネル統合の要素として,ブランド,管理,オペレーション,および資産の4つを挙げている。チャネル間でブランドを共有することによって顧客の信頼を獲得し,チャネルの統合的管理により一貫した戦略が遂行され,シナジー効果が生み出され,知識が共有しやすくなる。またオペレーションの統合を通じて,コストを削減し,魅力的で便利なサイトを提供し,そして資産の統合により店舗事業がネット事業の利益を享受することができる。Goersch(2002)は,ブランド,クロスプロモーション,マーケティング・ミックス(製品,価格設定,顧客サービス等),ロジスティクス,チャネル特有の能力,および情報管理の6つを指摘し,これらがチャネル間でシナジーを生み出す前提であると理解する。

Neslin et al.(2006)は,チャネル統合が取り組むべき課題の観点から,チャネル間のデータ統合,マルチチャネル環境での顧客行動,チャネル評価,チャネル間の資源配分,およびチャネル戦略の調整,を指摘している。Yan et al.(2010)は,チャネル参加者とチャネル・オプションとの最適な組み合わせに関する意思決定,チャネル内での顧客経験を活発に相互作用させるための方法,および,顧客が1つ以上のチャネルと相互作用する際の顧客に関する単一かつ統合的な視点を得るための方法,の3点を挙げている。Zhang et al.(2010)は,マルチチャネル戦略の領域という観点から,組織構造,データ統合,消費者分析,および評価・成果マトリクスを取り上げ,これにより顧客コミュニケーションとプロモーション,情報とマーケティング・リサーチ,価格比較,デジタル化,および物的資産とオペレーションの5つの領域において,チャネル間で潜在的シナジーが発揮されると指摘している。また,Emrich, Paul, and Rudolph(2015)は,チャネル間の品揃えの統合に焦点を当て,完全統合,店舗の品揃えよりもネットの品揃えを多くする非対称的統合,非統合という3つのレベルの品揃え統合を実証的に検討している。近藤(2015)は,こうした先行研究のレビューから,チャネル統合の要素をチャネル管理の組織,マーケティング・ミックス,それを支えるオペレーションやロジスティクス,および顧客や販売,ロジスティクスに関わるデータの4つの領域に類型化している。

このようにチャネルの統合的管理は,顧客分析,チャネル戦略,戦略評価,チャネル組織と多岐にわたっており,これらの効果的な管理がチャネル成果を規定することになる(Jin et al., 2010)。

3.2  チャネル組織

チャネルの統合的管理には一方で,それを担う組織とその仕組みの構築というチャネル組織に関わる重要な主題があり(Valos, 2010Zhang et al., 2010),そこでの論点の1つはチャネルを分権的に管理するか,集権的に管理するかにある(Neslin & Shankar, 2009)。すなわち,チャネルが異なれば,必要とされるスキルや能力も異なるため,各チャネルは独立の部門で運営されるべきであるという分権化の視点と,それぞれのチャネルが非効率な部分最適に向かうのを避けるためには,チャネル間の調整が行われなければならないとする集権的管理の視点である。Gulati and Garino(2000)は,マルチチャネルの観点から分権型組織の優位性を認め,それによって各チャネルが特有の競争状況に対応して焦点を絞り,柔軟に対応することができること,異なった市場セグメントに商品を提供するために各チャネルが小売ミックスを調整することができること,そして特定のチャネルで経験を有する経営幹部を誘引し,維持することができること,を挙げている。

一方,高嶋・金(2017)は,組織アーキテクチャーの観点からチャネル組織の統合の困難さを指摘している。すなわち,店舗事業とネット事業では,それを効果的に管理・運営するために必要な組織アーキテクチャーが異なる。そのため,店舗事業からネット事業,あるいはネット事業から店舗事業に進出する際,また,オムニチャネル・ショッパーの行動に対応するために店舗事業とネット事業間で情報をシームレスに共有・活用しようとする際,こうした異なった組織アーキテクチャーの存在がその制約要因となる。

3.3  チャネル統合のメリットとデメリット

チャネル統合はオムニチャネルの最重要課題であり,オムニチャネルをオムニチャネルたらしめている条件でもある。そこで,チャネル統合が小売企業および顧客にどのようなメリットをもたらすのかを整理しておくことにしよう。

第1の利点は,統合的な顧客情報の獲得である(Gulati & Garino, 2000Marianne, 2013Neslin et al., 2006Stone et al., 2002Zhang et al., 2010)。小売企業はチャネルを多様化すればするほど顧客接点が広がり,さまざまな顧客の属性,購買・利用情報を獲得することができる。このような顧客情報を個人レベルで統合することができれば,個々の顧客の多様な生活シーンを捕捉し,多面的な顧客プロフィールを抽出することができる。

第2は,最適な顧客サービスの提供とそれによる顧客満足の向上である(Jin et al., 2010Larivière, Aksoy, Cooil, & Keiningham, 2011Payne & Frow, 2004Sousa & Voss, 2006Stone et al., 2002Wikström, 2005Zhang et al., 2010)。オムニチャネルにおいては,店舗で販売員を通じて顧客と双方向的かつ詳細な情報を交換し,ネットで広範な商品情報を提供することができるなど,それぞれのチャネルには固有の特長がある。こうしたチャネル特性に基づいてチャネルを連動し,チャネルの特長を活用しつつ,その欠点を相互に補完することにより,シームレスな買い物環境を創出し,顧客サービスを向上させることができる。

第3は,オペレーション・コストの削減である(Neslin, 2009Payne & Frow, 2004Neslin & Shankar, 2009Zhang et al., 2010)。顧客分析,在庫やロジスティクス,施設や設備,管理等,オムニチャネルに必要な資源や能力を統合的管理のもとでチャネル間で共用・多重利用することによって,個々のチャネルで実践にあたるよりも全体としてのオペレーション・コストを引き下げることができる。

そして第4に,こうしたチャネルの統合的管理を成功裏に実践することにより,シームレスな買い物環境を提供し,顧客満足度を高め,その結果としてオムニチャネル小売業は売上げの向上と成長という経営成果を享受することができる(Cao & Li, 2015Payne & Frow, 2004)。

一方,チャネル統合には次のようなデメリットも存在する。組織アーキテクチャーの議論で示したように,それぞれのチャネルには,それを効果的・効率的に管理・運営するための特有の資源や能力が構築されている。有効な資源や能力が個々のチャネルに特定的であればあるほど,チャネル統合はそうした資源や能力を毀損してしまうことになる(Neslin & Shankar, 2009Sousa & Voss, 2006高嶋・金,2017Valos et al., 2010Zhang et al., 2010)。また,チャネル間で品揃えを統合すると,品揃えの最適規模を上回り,その管理等でコストが増大したり(Emrich, Paul, & Rudolph, 2015),かえって消費者の混乱を招いてしまう可能性もある(Neslin & Shankar, 2009)。さらに,チャネルの統合的管理が十分ではない場合,チャネルは部分最適に陥り,そのためチャネルの目的や資金,人員,商品,技術といった資源の配分をめぐってチャネル間でコンフリクトが生じたり,ターゲットとする顧客セグメントをチャネル間で奪い合うというカニバリゼーションが引き起こされる可能性もある(Falk, Schepers, Hammerschmidt, & Bauer, 2007Kollmann, Kuckertz, & Kayser, 2012Webb & Hogan, 2002)。

以上のように,オムニチャネルにおける最も重要な課題は,顧客にシームレスな買い物経験を提供するための統合的なチャネル管理である。そしてこのチャネルの統合的管理は,日本の小売企業,ならびにそれを取り巻く小売環境を前提とした日本型オムニチャネルにおいて,さらに複雑な課題を提起することになる。

4  日本型オムニチャネルの特質

これまでオムニチャネルにいたる理論的展開,ならびにその中心的課題であるチャネルの統合的管理について検討してきたが,そうした研究は明示的にも暗黙的にも,オムニチャネルが生成・発展してきた米国小売企業のそれを前提としている。しかしながら,小売企業の成長プロセスの典型が国によって異質であれば,そのもとで遂行されるオムニチャネルの態様もまた異なるだろう。そこでここでは,日本の小売業において発展してきたオムニチャネルを日本型オムニチャネルと呼び,米国型と比較しつつ,その特質を明らかにしていく。

4.1  多業態オムニチャネル

量販店,食品スーパー,コンビニエンス・ストアなど,特定の業態を運営する小売業に見られるように,米国の小売企業は基本的に単一業態の多店舗展開を図り,地理的に商圏を拡大し,顧客の絶対数を増やすことによって成長してきた(Miller, 1981中野,2007)。この成長プロセスを反映して,米国型オムニチャネルは単一業態の店舗とネットからなるオムニチャネルとして構築されている。食品スーパーとネットスーパーがその例である。オムニチャネルの前段階であるクリック&モルタルに象徴されるように,店舗小売業がネット・チャネルを付加する際にも,両者は基本的に同じ品揃え,商品カテゴリーを扱う同一業態の枠内にある(Avery, Steenburgh, Deighton, & Caravella, 2012Fernández-Sabiote & Román, 2012)。それゆえ,米国のオムニチャネル研究においては,「業態」そのものが議論の俎上に載ることはない6)

一方,日本の大規模小売企業はその歴史的な成長プロセスにおいて,多店舗展開に加えて業態を多様化することにより,企業あるいは企業グループ・レベルでの成長を追求してきた(近藤,1995)。流通コングロマリットともいうべき多様な業態を有する小売企業グループであるセブン&アイやイオンでは,その業態は,百貨店,量販店,食品スーパー,コンビニエンス・ストア,各種専門店,ディスカウントストア,ホームセンター,ネット販売等,さまざまな領域に及んでいる。日本型オムチャネルの特質の第1は,こうした業態それぞれが販売・コミュニケーション・チャネルの起点となる多業態オムニチャネルであることである(図1参照)。

図1 

マルチチャネル,米国型オムニチャネル,日本型オムニチャネルの比較

出典:Kondo, K. (2015). Opportunities and challenges of omnichannel strategy in Japanese retailing. Presented at 2015 international conference of Asian marketing associations.

多業態化による企業成長が可能であるのは,複数の業態を通じてより多くの顧客ニーズと顧客セグメントを取り込むことができるからである(近藤,1995)。例えば,百貨店は比較的富裕層に向けて高額な商品・サービスを提供する業態であるし,ネット販売は豊富な品揃えや時間の便宜性を求める消費者を対象としている。それゆえ,小売企業が業態を増やせば増やすほど,訴求しうる顧客セグメントの数は多くなり,その結果として企業レベルでの成長可能性は高くなる(図2参照)。

図2 

多業態小売企業と顧客セグメント訴求の関連

多業態オムニチャネルによる企業成長を消費者のミクロ次元から検討してみよう。マルチチャネル研究,オムニチャネル研究では,一定期間において特定の企業の複数のチャネルを利用する消費者をマルチチャネル・ショッパー(multichannel shopper:Kumar & Venkatesan, 2005Konuş, Verhoef, & Neslin, 2008),オムニチャネル・ショッパー(omnichannel shopper:Parker & Hand, 2009),あるいはオムニショッパー(Lazaris & Vrechopoulos, 2014)と呼ぶ7)。オムニチャネル・ショッパーは,マルチチャネル・ショッパーの発展型であり,複数のチャネルを平行して利用するのではなく,すべてを同時に利用する消費者を指す(Lazaris & Vrechopoulos, 2014Ortis & Casoli, 2009Parker & Hand, 2009)。

マルチチャネル・ショッパーあるいはオムニチャネル・ショッパーの行動特性については,これまで比較的多くの実証研究がなされてきており,シングル・チャネル・ショッパーよりも支出額が多く,小売企業にとってより高い価値をもたらす顧客セグメントであることが確認されている(Kumar & Venkatesan, 2005Kushwaha & Shankar, 2013;大世良,2013;Venkatesan, Kumar, & Ravishanker, 2007)。こうしたオムニチャネル・ショッパーをターゲットとして小売業が多様な業態チャネルを配置すれば,個々の消費者を企業グループ・レベルで囲い込み,顧客シェア(share of customer)を拡大することができるだろう。

4.2  ロジスティクス・ハブとしての店舗ネットワーク

注文された商品をいかに消費者に届けるかは,ラスト・ワン・マイル(Last mile fulfilment)としてオムニチャネルにおいてきわめて重要な問題として取り扱われてきた(Chatterjee, 2010Hübner, Kuhn, & Wollenberg, 2016)。

この問題に関して,米国型オムニチャネルが物流センター(distribution center)から消費者への配送を基本としているのに対し,日本型モデルではこれに加えて,グループ内の店舗が商品の配送・受け取り拠点である「ハブ」(Piotrowicz & Cuthbertson, 2014)として機能する。とくに緻密かつ膨大な数の店舗ネットワークを構成するコンビニエンス・ストアのハブ機能は,日本型オムニチャネルを特徴づける重要な要素である。

もちろん,店舗を配送・受け取り拠点として活用することは,日本型オムニチャネル特有の方法でない。クリック&コレクト(click and collect)や移動型クリック&コレクト・ショップ(mobile click and collect shop)では,消費者はネットで注文した商品を店舗で受け取ったり,返品や交換を行ったりすることができる(Beck & Rygl, 2015Piotrowicz & Cuthbertson, 2014)。しかしながら,日本の大規模小売企業グループの場合,グループのコンビニエンス・ストアや他の店舗からなる巨大な店舗ネットワークを分散型流通センター(decentralized distribution center:Hübner, Holzapfel, & Kuhn, 2016)として機能させることができる。このことは,日本型オムニチャネルに次のようなメリットをもたらす。

第1に,企業レベルあるいは企業グループ・レベルで店舗の商圏を重ねれば,カバーしうる地理的範囲は大きく広がり,受注から配送までのリードタイムを大幅に短縮することができる。第2に,膨大な数の店舗を商品の配送・受け取り拠点することにより,消費者の希望する時間により柔軟に対応することができる。第3に,ネットスーパーに典型的に示されるように,ネットでの注文に店舗の商品在庫から対応することができ,商品・在庫の回転率が高まる。こうしたメリットの結果として第4に,小売企業の配送コストと消費者の買い物コストが削減される。このように日本型オムニチャネルは,商品の配送・受け取りに関するラスト・ワン・マイル問題に特有の解決方法を提供する。

多業態オムニチャネルとロジスティクス・ハブとしての店舗ネットワークから特徴づけられる日本型オムニチャネルの便益を消費者視点から整理してみよう。多業態オムニチャネルがネット上のプラットフォームで提供する品揃えは、百貨店,量販店,各種専門店,ネット販売等、それぞれの業態が取り扱う商品を総合したものであり,きわめて広範にわたり,かつ深い。消費者はそうした膨大な品揃えから,自身の求める最適な商品を探索、選択、注文することができる。そして,注文された商品は,宅配による自宅受け取りだけでなく,自宅や勤務先に近い,あるいは通勤や帰宅途上など,グループの膨大な数の店舗ネットワークから自身に最も都合の良い店舗で受け取ることができる。こうして日本型オムニチャネルは,一連の購買プロセスにおける消費者コストを大幅に削減し,それによって顧客満足を向上させるのである。

4.3  日本型オムニチャネルの実践的課題

一方で,多業態オムニチャネルならびにロジスティクス・ハブとしての店舗ネットワークから特徴づけられる日本型オムニチャネルでは,その特質ゆえにオムニチャネル一般の実践的課題がより先鋭的に現れることになる。

①品揃えの管理

日本型オムニチャネルは,その多業態性から取扱商品もまた,食品,日用雑貨,家電製品,衣料品を初めとして数百万品目にも達する。このことは膨大な品揃えを有する総合的なネット・サイトから購入することを可能とし,消費者に便宜性を提供する一方(Emrich et al., 2015),業態を超えたオムニチャネルとして膨大な量と多様な種類の商品・サービスを統合的に管理する必要性を課すことになる。

②情報管理

日本型オムニチャネルにおいては,商品,販売,在庫・ロジスティクス,そして顧客に関する情報もまた膨大な量と種類になる。どのような商品が,いつ,どこで,どのように仕入れられ,販売されたのか。商品在庫はどこに,どれだけ保管され,どのように配送されるのか。誰が,いつ,何を,どのように購買・利用したのか。商品・在庫・顧客に関するこうした多様な情報は,顧客にシームレスな買い物経験を提供するオムニチャネルを遂行するためには,決定的に重要である。日本型モデルでは,多業態性に基づく多種多様かつ膨大な情報を統合的に管理する仕組みが必要となる。

③組織構造

日本型オムニチャネルを構成する小売企業グループは,経営・マーケティング活動をそれぞれ個別に遂行する多くの企業から構成されており,個々の企業の組織構造や管理様式は,組織単位で部分最適化されている。小売企業グループが多業態であればあるほど,組織構造や管理様式の多様性は増すことになり,そうした多様性を統合的に管理し,日本型オムニチャネルを円滑に遂行することは困難になる(近藤,2015)。

④組織能力

これに関連して,それぞれの業態には固有のオペレーションが存在し(Sousa & Voss, 2006),それを効果的・効率的に遂行するための組織能力が蓄積されている(近藤,2010)。例えば,百貨店における部門別管理能力やアパレル・メーカーとの関係構築・管理能力,量販店におけるチェーン・オペレーション能力や低コスト・オペレーション能力,またコンビニエンス・ストアでは単品情報管理能力や多頻度小口物流管理能力が重要な組織能力であろう。日本型オムニチャネルの実践には,業態特有の組織能力を企業あるいは企業グループ・レベルで編集するよりメタレベルの組織能力の構築が必要となる。

⑤ロジスティクス

日本型オムニチャネルのロジスティクスを考える場合,垂直的なサプライ・チェーンに関わる問題(Piotrowicz & Cuthbertson, 2014Tetteh & Xu, 2014)と業態間にわたる水平的な在庫調整の問題(Gallino & Moreno, 2014Schneider & Klabjan, 2013)の2つが指摘される。前者においては,顧客にシームレスな買い物経験を提供するためには,時間(商品の注文から入手までのリードタイム)と空間(商品の入手場所)の2つの視点から課題を克服しなければならない。後者においては,店舗,業態レベルで相互に商品在庫を調整し,ネット・チャネルと連動させる仕組みが必要である。また,特定の業態が特定の顧客経験と結びついていることを考慮すると(Berry et al., 2010),商品を受け取る店舗が属する業態は十分に配慮されなければならない。例えば,百貨店の取扱商品である貴金属をコンビニエンス・ストアで受け取ることになれば,その顧客経験は大きく損なわれてしまうだろう。

以上のような,品揃え,情報管理,組織構造,組織能力,およびロジスティクスに関して,業態間の違いが大きければ大きいほど,それを統合的に調整・統合することは困難になる。また,そうした業態間で調整・統合されたチャネル管理は,チャネルごとの特性や柔軟性を失わせ,市場への適応力を削ぐことに繋がるかもしれない(Neslin et al., 2006)。

5  日本型オムニチャネル研究の課題

オムニチャネル研究はまだ,その端緒についたばかりであり,研究すべき多くの領域が存在する。Cao and Li(2015)は,これまでのマルチチャネル,オムニチャネル研究を踏まえて,概念枠組み,分析モデルの構築,定性的アプローチによる探索的研究,および消費者調査に基づく経験的証拠の収集,というトピックを指摘している。また,Verhoef, Kannan, and Inman(2015)は,チャネルに焦点を当て,チャネルが成果に及ぼす影響,チャネル間のショッパー行動,およびチャネル間の小売ミックスを研究の主題として挙げている。さらに彼らは,分析の集計水準の観点から,小売企業レベル,小売チャネル・レベル,および顧客レベルでのオムニチャネル研究を指摘している。

こうした先行研究が掲げるオムニチャネル研究の課題,および日本型オムニチャネルの特質から,以下の点を日本型オムニチャネルに関わる研究課題として挙げることができる。

①多業態オムニチャネル

まず,日本型オムニチャネルの特徴である多業態オムニチャネルの理論的考察を深めることである。これまでの議論で指摘したように,日本型オムニチャネルは複数の業態から構成されるチャネルであり,そのために業態を超えたオムニチャネルの統合的管理はきわめて複雑なものとなる。単一業態のなかで店舗とネットを連動させる米国型オムニチャネルに比べて,多業態オムニチャネルとしての日本型オムニチャネルがどのような固有の問題を有するのかについて,本論文ではその一端を示したに過ぎず,より詳細な分析が必要とされる。とくに,業態を管理する組織を小売企業グループ・レベルで調整し,そこでの多業態オムニチャネルを効果的に遂行する仕組みが決定的に重要である。多業態オムニチャネルを機能させ,シームレスな買い物経験を提供するためには,そうした統合的管理の優れた仕組みの構築が条件となる。

②オムニチャネル・オペレーション

つぎに,顧客にシームレスな買い物体験を提供するオムニチャネルをオペレーションの側面から考察することである。シームレスな買い物経験の提供には,サプライ・チェーンの起点(生産,仕入れ)から終点(消費者)に至るまでのロジスティクス,在庫,受発注,マーチャンダイジング,顧客サービスのオペレーションが円滑に機能していなければならない。とくに,オムニチャネルのオペレーションを効果的・効率的に遂行するために,どのような資源・能力がどのように調整・統合されるべきであるのかは重要な問題である。さらに,日本型オムニチャネルにおいては,多業態組織間での横断的な資源・能力の調整と配分というきわめて高度な企業グループ・レベルでの問題解決をオムニチャネル小売業に課すことになる。個々の業態において部分最適的に蓄積されてきたオペレーション遂行のための資源・能力をより上位レベルで編集することが求められるのである。

③チャネル・コンフリクトとカニバリゼーション

さらに,オムニチャネルにおいて潜在的・顕在的に発生しうるチャネル間,業態間の水平的コンフリクトとサプライ・チェーンにおける垂直的コンフリクトの態様,およびその調整メカニズムを分析しなければならない。水平次元について,異なった業態によって異なった顧客セグメントをターゲットとしうることはすでに指摘したとおりであるが,個々の業態が訴求する顧客セグメントが重複することは常態であり,この際,業態間で顧客セグメントをめぐるカニバリゼーションとそれに伴うコンフリクトが生じる。この際,顧客セグメントをめぐる業態チャネル間のコンフリクトとその対処方法を検討することが重要である。また垂直次元においては,商品の配送に関わるロジスティクスについて,リードタイムや商品の配送・受け取り拠点をめぐるコンフリクトが焦点となる。リードタイムの短縮は顧客の待機コストを削減する一方,垂直的な時間調整のコストを生み,その負担を巡ってサプライ・チェーン組織間でコンフリクトが発生することになる。

④オムニチャネル小売企業の出自

また,企業の出自によって異なったオムニチャネル行動が生み出されることが考えられる。すなわち,どの業態に属する小売業か(例えば,百貨店か専門店か),あるいは店舗小売業かネット小売業かといったオムニチャネル小売業の出自が保有する資源や能力の違いを規定し,そうした資源・能力の相違が異なったオムニチャネル行動をもたらすことが想定される。具体的に,それぞれの業態がどのような固有の資源・能力を有し,それがオムニチャネル行動をどのように規定しているのかを明確にすることが必要である。また,店舗小売業がネット小売業を展開することによってオムニチャネル化する事例が,ネット小売業から店舗小売業に進出する事例に比べて多いという現実は,オムニチャネル化により適した資源・能力の展開方向性の存在を示唆しているのかもしれない。そうしたオムニチャネル化への資源展開の方向性はどのような論理によって決定づけられているのかを明らかにすることが重要である。

⑤オムニチャネル化のプロセス

これに関連して,小売企業のオムニチャネルに向けた戦略行動のプロセスを理論的に考察することが必要である。ここでは,オムニチャネルを推進あるいは阻害する要因に注目し,時系列で要因間の因果関係,ならびにそのダイナミズムを検討することが課題となる。その際,オムニチャネルを成長機会と捉え,先行者優位(first-mover advantage)を求めて能動的に推進してきた小売企業と,そうしたオムニチャネル小売業の発展を脅威として認識し,受動的な競争対応としてオムニチャネルに取り組む小売企業では,オムニチャネル化のプロセスはどのように異なるのか,あるいは既存の資源・能力に基づいたオムニチャネル化と他の小売企業をM&A等により取り込むことによるオムニチャネル化とでは,結果として遂行されるオムニチャネル行動がどのように異なるのかを明らかにすることも重要である。

⑥日本型オムニチャネル・ショッパー

日本型オムニチャネルが存在するとすれば,それを利用する特有の性質を持った日本型オムニチャネル・ショッパーが存在するはずである。日本型オムニチャネル・ショッパーに関しては,次のような研究課題が設定される。すなわち,複数の業態チャネルをシームレスに利用する日本型オムニチャネル・ショッパーは,どのような買い物行動を取っているのか。彼らは単一業態のオムニチャネル・ショッパーと比較して,顧客属性,買い物行動,支出等に関してどのように異なるのか。彼らは自身のニーズに沿って業態チャネルを使い分けているのか,あるいは業態の相違を意識していないのか。そうした日本型オムニチャネル・ショッパー行動はどのような要因によって規定されているのか。このように消費者を取巻く日本型オムニチャネル環境と彼らのオムニチャネル買い物行動を関連づけて考察する視点が必要である。

⑦定性的・定量的アプローチ

上記の理論的研究課題について,事例分析による定性的研究ならびにアンケート調査による定量的研究を通じて日本型オムニチャネルの特性を実証的に検討しなければならない。これまでのオムニチャネルの研究蓄積を踏まえて,チャネル管理,チャネル組織,オムニチャネル戦略,そしてその成果を統合的に分析しうる枠組みを設定する。この枠組みに基づいて,オムニチャネル小売業を対象として定性的な事例分析を行うことにより,実証分析のための作業仮説を導出する。そして,オムニチャネル小売業へのアンケート調査によりオムニチャネルの構造を定量的に理解する。こうした一連の定性的・定量的研究を通じて,より強固なオムニチャネル理論を構築する。

⑧国際比較

最後に,国際的な観点からオムニチャネルを比較・検討することが求められる。本論文では,研究上の標準型として位置づけられる米国型オムニチャネルに対して,日本型オムニチャネルの存在に焦点を当てて検討してきた。しかし,小売業の戦略様式は,その歴史的な発展プロセスや競争環境によって多様でありうる。そうであるとすれば,欧州型オムニチャネル,あるいはより特定的に英国型,ドイツ型といったさまざまな類型が存在するだろうし,またオムニチャネル・ショッパーの特性も異なるだろう。こうした問題意識からオムニチャネル研究を展開することによって,日本型オムニチャネルやオムニチャネル・ショッパーの特性を国際的に相対化するとともに,国レベル,あるいは地域レベルでのオムニチャネルの構造を鮮明にすることができる。こうした国際比較を実施する際、オムニチャネル研究者の国際的なネットワークづくりが不可欠となるだろう。

謝辞

本論文に対して,『流通研究』編集長,同編集委員,ならびに特集論文ゲストエディターの各先生から貴重なコメントをいただきました。記して感謝いたします。

本研究は,日本学術振興会科学研究費補助金(研究種目:基盤研究C,課題番号:15K03719)の助成を受けたものです。

1)  Piotrowicz and Cuthbertson(2014)によれば,次のような新技術の出現がオムニチャネル化に大きな影響を及ぼした。それらは,スマート・モバイル機器(スマートフォン,タブレットなど),関連ソフトウェア(モバイル・アプリ,モバイル決済,eクーポン,デジタルフライヤーなど),ビッグデータやクラウド・コンピューティング技術,新しい店内技術(バーチャル・スクリーン,インテリジェント・セルフサービス・キオスク,デジタル・サイネージ)やQRコード,およびソーシャル・メディアである。

2)  一方,次のようなマルチチャネル化を阻害する要因も存在する(Zhang et al., 2010)。例えば,高い人的サービスを提供する店舗小売業は,ブランド・イメージの毀損を恐れて,ネット・チャネルを付加したり,そのチャネルで高額商品を販売することに躊躇するかもしれない。また,ネット・チャネルを運用する企業にとっては,商圏を維持するために全国規模で店舗を展開するコストは禁止的なものとなる。

3)  クロスチャネルに関しては,「データ統合のレベルがシームレスといえないほど低い場合をクロスチャネルと呼ぶ場合もある」という理解もある(高嶋・金,2017,p. 2)。

4)  橋爪・成生・柯(2017)は,モデル分析から,店舗業者がネット・チャネルを併設したとしても,それがマルチチャネルに留まる場合には,ショールーミングへの対応策とはならないが,チャネル間を統合したオムニチャネルではショールーミングが解消され,店舗業者の利潤が増えることを明らかにしている。

5)  近年,商品・サービスの知覚から購入にいたる消費者の一連の購買行動プロセスに焦点を当てたカスタマー・ジャーニー(customer journey)が注目されているが,こうした消費者行動の理解はオムニチャネルにおけるそれと親和性が高い。カスタマー・ジャーニーについては,Lemon and Verhoef(2016)に詳しい。

6)  このことは,Verhoef, Kannan, and Inman(2015)の記述にも端的に表れている。彼らは既存研究を踏まえつつ,オムニチャネル研究のレベルとして,小売企業レベル,小売チャネル・レベル,そして顧客レベルの3つを挙げているが,そこに業態レベルは考慮されていない。

7)  ほかには,マルチチャネル・カスタマー(multichannel customer:Kushwaha & Shankar, 2013Neslin et al., 2006Neslin & Shankar, 2009Thomas & Sullivan, 2005),ハイブリッド・カスタマー(hybrid customer:Wind & Mahajan, 2002)といった呼称がある。

参考文献
 
© 2018 Japan Society of Marketing and Distribution
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