2018 年 21 巻 3 号 p. 1-13
「おもてなし」という概念は諸外国からも日本特有のものとして注目されている。しかし,マーケティングや消費者行動研究の観点から,「おもてなし」という概念を学術的に検討した研究の蓄積は少ない。そこで,本稿では,「おもてなし」を,消費者行動の観点から分析する。特に,ゲストである自分自身を喜ばせ,満足してもらおうという意図を持つホストに招かれるサービス消費行動を「おもてなし消費」と呼び,ゲスト側の消費者によるおもてなし消費への満足構造を分析した。分析から,飲食店側のマーケターは自社のサービス品質だけではなく,顧客間の相互作用についても適切に介入を行うことで顧客満足度向上に寄与できることを示唆した。
広義の非製造業であるサービス産業は我が国における国内総生産の多くを占めるようになり,サービス産業が社会に果たす役割が年々大きくなってきている。サービスはグローバルに展開される一方,その国の文化や社会的背景に強く影響される。例えば,サービス学会(2012)は,日本においてサービス研究を推進する際の重要な観点として,「高いサービス品質の伝統,おもてなしの文化」をとりあげた。
確かに,「おもてなし」という概念は「OMOTENASHI」として諸外国からも日本特有の概念として注目されている。類似の概念としてHospitalityが存在するが,Hospitality自体の定義は様々であり,見解が一致していない(Brotherton, 1999;Lovelock & Wright, 2001;Morrison & O’Gorman, 2006;徳江,2008;大島,2012)。その中で,大島(2012)は,おもてなしという言葉は精神性に注目したものでHospitalityはさらに広い概念であるとし,日本社会のおもてなしの定義とは異なる側面があると論じている。本研究でも大島(2012)が指摘するように,Hospitalityの方がおもてなしよりも広い概念である点を踏まえ,おもてなしとHospitalityは異なる日本特有の概念であると考える。
おもてなしの辞書的な意味は,「心をこめて客の世話をする。饗応(きょうおう)する。馳走(ちそう)する。」である(デジタル大辞泉,2013)。日本国内においても,経営者が自社の従業員に対してサービス品質向上を訴える場面,ロボット工学や製造業の分野で魅力的な機能開発を呼びかける場面,消費者が親族や知人に感謝の気持ちを示そうと食事会を催す場面など,「おもてなし」という言葉が用いられる場面も多岐に渡っている。しかしながら,「おもてなし」という言葉の意味するところは曖昧なまま,利用される場面に応じて都合よく使われていると言わざるを得ない。マーケティングや消費者行動研究の観点から見ても,「おもてなし」という概念を学術的に検討し,マーケティング活動に役立てようという研究の蓄積は少ない。
そのような中,Miyai and Nishio(2016)は,経営学の観点から「おもてなし」を扱った長尾・梅室(2012)らを参考に,消費者行動の観点から「相手を喜ばせ,満足してもらうために相手の立場に立ち,相手の目的・状況・ニーズに合わせて心配りし,それに基づいて行う直接的または間接的な行動」を「おもてなし消費」と定義した。
本研究でも,「おもてなし」を消費者行動の観点から捉えるため,Miyai and Nishio(2016)の定義する「おもてなし消費」を分析の対象とする。消費者同士によるおもてなしでは,単なる複数人によるサービス消費行動と異なり,「おもてなし」を企画する本人が,自身のニーズだけではなくおもてなし相手のニーズに配慮したり,消費者同士の関係性や相互作用を考慮する。そこには,これまでのようなサービス提供者と顧客の1対1の関係とは異なる消費行動の特徴が存在する可能性がある。また,実務的に見ても,複数人でかつ特別な機会として客単価の高い消費機会と言えるため,利益インパクトの大きいサービス消費機会に対するマーケティング・インプリケーションの導出が期待できる。
Miyai and Nishio(2016)は,おもてなし消費は少なくともおもてなしをする側の消費者(以下,ホスト側消費者),おもてなしを受ける側の消費者(以下,ゲスト側消費者)とサービスを提供する店舗側のスタッフによる3者で構成されるグループ・サービス・エンカウンター(Finsterwalder & Tuzovic, 2010;Finsterwalder, Kuppelwieser, & Tuzovic, 2010)で発生すると指摘し,ホスト側消費者,ゲスト側消費者,店舗側スタッフ間に各々やりとりが発生するとした。Miyai and Nishio(2016)は,ホストやゲストといった消費者に店舗側スタッフがサービスを提供する場をサービス・エンカウンター,ホスト側消費者,ゲスト側消費者間のおもてなしが行われる場をカスタマー・エンカウンターと呼び,サービス提供者と消費者間のやりとりと消費者同士のやりとりを分析する枠組みを提案した。その上で,宮井・西尾(2014)では,ホスト側消費者から見たおもてなし消費の満足・不満足要因を抽出した。
宮井・西尾(2014)やMiyai and Nishio(2016)では,ホスト側消費者から見たおもてなし消費に対する評価が研究の対象となっている。しかしながら,ホスト側消費者とゲスト側消費者は置かれている状況が異なるため,ホスト側からの視点だけでは不十分であり,ゲスト側消費者から見たおもてなし消費の分析を加えることでよりおもてなし消費に対する理解が深まると考える。そこで,本研究では,ゲスト側消費者から見たおもてなし消費を定義し,分析する。
サービス・エンカウンターとは,顧客がサービス提供側の従業員や施設と相互にやりとりしている場(Bitner, Booms, & Tetreault, 1990)である。一方,カスタマー・エンカウンターは,相手を喜ばせようとするホスト側消費者がゲスト側消費者におもてなしを行う場である。役割の異なる複数人でのサービス・エンカウンターは,特に「グループ・エンカウンター」と呼ばれ,共通の興味や目的を共有し,互いに相互作用を持ちながらひとつのかたまりになっている2人以上の人々と定義される(Finsterwalder & Tuzovic, 2010)。本研究で想定するおもてなし消費の場も,おもてなしをする・されるという意味で共通の興味や目的を有していると言え,Finsterwalder and Tuzovic(2010)の指摘するグループ・エンカウンターとして扱うことが可能である。おもてなしの定義自体から明らかであるが,ホスト側消費者はゲスト側消費者を喜ばせようという意図を持ち,ゲスト側消費者に働きかける存在である。そのため,ホスト側消費者は自身も消費者として店舗側サービスを受け,さらにゲスト側消費者に対しておもてなしというサービスを行うという,消費者とサービス提供者の両側面を持つ存在となる。
一方,ゲスト側消費者はそのようなホスト側消費者の意図を認識した上でなんらかの働きかけを期待する存在である。ホスト側消費者からおもてなしというサービス行為を受け,さらに店舗側スタッフからもサービス行為を受ける最終的な消費者となる。このように,ホスト側消費者とゲスト側消費者では置かれている状況が異なる。
ホスト側消費者はゲスト側消費者に対するおもてなしを通じて,長期的には相手との良好な関係を維持発展させようとしていると想定できる1)。その上で,短期的には直近のおもてなしを通じて相手を喜ばせ,満足させようとする。ゲスト側消費者は,ゲストを喜ばせようと意図するホスト側消費者から招かれて,サービス消費を行う消費者である。そのような状況では,ゲスト側消費者はホスト側消費者が自身を喜ばせようとして働きかけてくることを期待することになる。
以上のような状況を踏まえ,ゲスト側消費者にとっての「おもてなし消費」を以下のように定義する。
ゲスト側消費者にとっての「おもてなし消費」
「ゲストである自分自身を喜ばせ,満足してもらおうという意図を持つホストに招かれるサービス消費行動」
2.2 顧客間相互作用前節で述べたように,おもてなし消費の場はグループ・サービス・エンカウンターとなるため,顧客をグループとして分析することが必要になる。そこで重要となる観点が相互作用である。マーケティングのプロセスにおける相互作用には,顧客と企業の間だけでなく,顧客間や企業内組織間など様々なレイヤーがある。本研究では,顧客とサービス提供者間の相互作用に着目するだけでなく,顧客もオペラント資源(Constantin & Lusch, 1994)を発揮するという前提に立って,顧客間の相互作用にも着目する。このような顧客間相互作用は,口コミの研究という形で多くの研究者の注目を集めてきたが,サービス消費の観点から見れば,口コミは基本的にサービス消費の後に起こる顧客同士の相互作用(Harris, Baron, & Parker, 2000)である。サービスの特徴である同時性(Lovelock, 2008)を鑑みれば,「その場に居合わせた顧客同士の相互作用」は分析の対象として重要である。
「その場に居合わせた顧客同士の相互作用」は,CCI(Consumer-to-Consumer-Interaction)というキーワードで近年リレーションシップ・マーケティングの研究者を中心に議論されている。サービス消費におけるフィジカルなCCI研究の成果についてレビューしたNicholls(2010)は,いくつかの実証研究は,CCIが消費者満足や不満足につながる(Arnould & Price, 1993;Grove, Fisk, & Dorsch, 1998;Harris, Davis, & Baron, 1997)ことを確認した。ここで,「フィジカル」とは,顧客同士が対面での会話ができる水準で物理的に近接した距離にあるといった意味である。また,Nicholls(2010)は,CCIがすべてのサービスにとって等しく重要というわけではなく,CCIが重要となるサービスには特徴がある(Martin & Pranter, 1989)ことや,CCIを研究する状況の設定が,流通の現場(例えばDIYショップなど)における見知らぬ顧客同士の短時間かつ数回の相互作用に限定されていることを指摘した。具体的にはCCIが価値創造の主たる要素となるようなサービスに関するケーススタディや,CCIに敏感な消費者とそうでない消費者の区別である。本研究では,カスタマー・エンカウンターにおける顧客同士のやりとりがCCIに該当する。前節で見たように,おもてなし消費においてホスト側消費者は相手を喜ばせようとする意志を明確に持っているため,ゲスト側消費者へ働きかけ,CCIが発生する。Nicholls(2010)の指摘を踏まえれば,おもてなし消費は,CCIのような非市場取引の要素が価値創造において重要な要素となる消費体験のひとつと言える。単なる同伴者つきのグループによるサービス消費では,CCIは起こるかもしれないし,起こらないかもしれない。従って,おもてなし消費の特徴を捉えるためには,おもてなし消費におけるCCIとはどのような要素で,そういった要素がどのような役割を持っているのかを,店舗側サービスのもたらす影響とともに,ひとつのグループ・エンカウンターとして包括的に分析する必要がある。
本研究では,ゲスト側消費者が,自身のおもてなし消費体験をどのように評価するのかという点について検討する。そこで,先行研究を踏まえて幾つかの仮説を導出し,ゲスト側消費者のおもてなし消費体験に対する評価モデルを提案,分析する。その上で,導出した仮説の妥当性を統計的に検討する。仮説ならびにモデル構築に先立ち,これまでの先行研究を踏まえてゲスト側消費者から見たおもてなし消費の場の構造を図1に整理する。
ゲスト側消費者から見たおもてなし消費の場
最終的におもてなし消費を体験するゲスト側消費者は,店舗側スタッフからだけではなく,ホスト側消費者からもおもてなしというサービスを受ける。ゲスト側消費者から見ると,店舗側スタッフとホスト側消費者がサービス提供者グループのような存在となる。ゲスト側消費者から見れば,サービス・エンカウンター,カスタマー・エンカウンター各々からサービスを受けることとなる。このような消費の場では,単体で店舗側スタッフのサービスが良かった,ホスト側消費者とのCCIが良かったといった評価にとどまらず,「店舗側サービス提供者」と「消費者(1)ホスト側消費者」への双方に対する評価の影響(すなわち,交互作用)を考慮することも必要である。この点に関しては次節で詳細に述べる。
3.2 ゲスト側消費者のおもてなし消費体験を構成する要素本節では,ゲスト側消費者から見たおもてなし消費体験への評価を構成する要素を検討する。図1に整理したとおり,ゲスト側消費者は,お店からのサービス提供とホスト側消費者からのサービス提供の2つの要素について評価を行う。この点に関しては,宮井・西尾(2014)が,ゲスト側ではなく,ホスト側消費者の観点から整理している。宮井・西尾(2014)では,ホスト側消費者にとっての,飲食店を利用したおもてなし消費の中で,ゲスト側消費者を喜ばせることに影響した要素を「店舗側のサービス提供」と「顧客間相互作用(CCI)」として整理した。CCIの要素に関しては,そのプロセスを店内におけるサービス消費の前後も含めて「事前準備」「最中(店内)」「事後フォロー」の3ステップに分けて整理した。具体的な要素は,クリティカルインシデントテクニック(Flanagan, 1954)によって抽出され,ホスト側消費者のおもてなし当日を迎えるまでの事前準備や,おもてなし当日の幹事としての行動や会話,またおもてなし当日以後のアフターフォローなどが挙げられている。
ゲスト側消費者にとっての,「おもてなし消費」は,店舗側スタッフとホスト側消費者から受けたサービスが,ゲスト側消費者にとってどの程度満足のいくものだったのかによって測定できる。そこで,モデル化にあたっての目的変数は「ゲスト側消費者のおもてなし消費に対する満足・不満足」とする。より具体的には,「ホスト側消費者から招かれたおもてなし消費体験にゲストが主観的に満足したと評価したか否か」である。目的変数に影響を及ぼす独立変数は,サービス・エンカウンターにおける店舗側のサービス,カスタマー・エンカウンターにおけるホスト側消費者のおもてなしである。
以上の点を踏まえて図2にゲスト側消費者のおもてなし消費体験を構成する要素を整理する。カスタマー・エンカウンターにおけるホスト側消費者によるおもてなしは,宮井・西尾(2014)が,おもてなしに利用するお店に入店する前を「事前準備」,店内に入ってからの出るまでを「最中」,店を出てからを「事後」として抽出した要素を参考にした。店舗側のサービス提供行為に関しては,メニューの配膳や説明などの一般的なサービス提供に加え,例えば誕生日にサプライズでケーキを出すなどお店側が自主的に行うサービスが想定されるため,「店舗側サービス」「店舗側独自演出」に要素を二分している。図中の「ホスト側」とはホスト側消費者のことである。
ゲスト側消費者から見たおもてなし消費の評価構造
本項では,図2で整理した各要素の,ゲスト側消費者のおもてなし消費に対する評価に関する仮説を整理する。
はじめに,入店前後のホスト側の事前準備,事後フォローについて述べる。ホスピタリティの研究分野では知覚サービス品質におけるプロセス品質の一部としての事前準備,例えば予約(Reservation)やホテルでのチェックイン体験が顧客満足に与える影響が指摘されている(Danaher & Mattsson, 1994;Lu & Stepchenkova, 2012)。また,事後フォローに関して,ホスピタリティの研究分野において事後フォロー(After sales service)の重要性が指摘されている(Rigopoulou, Chaniotakis, Lymperopoulos, & Siomkos, 2008)。本研究においてもこれらの指摘を踏まえ,入店前後の事前準備や事後フォローに対するゲスト側消費者の評価は,ゲスト側消費者の満足・不満足にも影響を与えると考え,以下のように仮説を設定する。
H1:ホスト側事前準備に対するゲスト側消費者の高評価は,ゲスト側消費者のおもてなし消費への満足に正の影響を与える
H2:ホスト側事後フォローに対するゲスト側消費者の高評価は,ゲスト側消費者のおもてなし消費への満足に正の影響を与える
次に,入店後,おもてなし体験の「最中」の要素について整理する。サービス提供中の会話に関しては顧客間相互作用の中で重要な要素との指摘がある(Harris et al., 1997;Harris & Baron, 2004)。ホスト側の心配りについては,知覚サービス品質研究での,反応性(Responsiveness)概念に近い(Parasuraman, Zeithaml, & Berry, 2002)。ホスト側の演出についても「驚き」を伴う体験は顧客満足評価において重要な役割を演じることが指摘されている(Vanhamme & Snelders, 2001)。以上の先行研究を踏まえ,図2に示したホスト側の「最中(店内)」の要素はゲスト側消費者の満足・不満足に影響を与えると考え,以下のように仮説を設定する。
H3:ホスト・ゲスト間の会話に対するゲスト側消費者の高評価は,ゲスト側消費者のおもてなし消費への満足に正の影響を与える
H4:ホスト側の心配りに対するゲスト側消費者の高評価は,ゲスト側消費者のおもてなし消費への満足に正の影響を与える
H5:ホスト側の演出に対するゲスト側消費者の高評価は,ゲスト側消費者のおもてなし消費への満足に正の影響を与える
また,店舗側のサービスは,おもてなし消費においてホスト側消費者が相手を喜ばせるための主たる手段であるため,おもてなし消費への満足・不満足に影響すると考えられる。また,誕生日の顧客へのサプライズケーキの提供など,おもてなしのような機会にホスト側消費者からの依頼では無い店舗独自の演出を試みるケースもある。店舗側独自の演出についても,「驚き」を伴う体験であると考えることができ,ゲスト側消費者から見たおもてなし消費の満足へ影響すると推察できる。そこで,以下のように仮説を設定する。
H6:店舗側サービスに対するゲスト側消費者の高評価は,ゲスト側消費者のおもてなし消費への満足に正の影響を与える
H7:店舗側独自演出に対するゲスト側消費者の高評価は,ゲスト側消費者のおもてなし消費への満足に正の影響を与える
最後に,ホスト側のおもてなし要素と店舗側サービス,店舗側独自演出の交互作用効果に関する仮説を整理する。前節で述べたように,ゲスト側消費者から見た場合,店舗側サービス提供者とホスト側消費者は,サービス提供者グループである。ホスト側消費者は自身のおもてなしに加え,店舗側サービスや独自演出の両方をおもてなしの手段としている。グループとして評価するという観点に立てば,ゲスト側消費者の評価は単体で店舗側スタッフのサービスが良かった,単体でホスト側消費者のおもてなしが良かったといった評価にとどまらず,店舗側のサービスと共に良かったという形での交互作用効果が想定できる。交互作用効果については,主に増幅的,対立的,緩衝的などに類型できる(Andersson, Cuerve-Cazurra, & Nielsen, 2014)。一般的に知覚サービス品質評価のモデルは,複数の要因が効用の束として知覚サービス品質に影響を与える(Seth, Deshmukh, & Vrat, 2005)と考えられ,「増幅的」な交互作用効果が想定できる。そこで,ホスト側消費者のおもてなしと店舗側サービス提供行為の双方に対するゲスト側消費者の評価が期待を超えたケースでは増幅的な交互作用が存在すると仮定する。一方で,ホスト側消費者のおもてなしのどの要素が店舗側サービスないし独自演出と交互作用効果を持つのかに関する仮説は,現時点では仮説として特定することは先行研究も少ないことから困難である。以上の議論を踏まえ,以下のように交互作用効果に関する仮説を設定する。
H8:店舗側サービスに対するゲスト側消費者の評価とホスト側のおもてなし(事前・最中・事後)に対するゲスト側消費者の高評価は増幅的な交互作用として,ゲスト側消費者のおもてなし消費への満足に正の影響を与える
H9:店舗側の独自演出に対するゲスト側消費者の評価とホスト側のおもてなし(事前・最中・事後)に対するゲスト側消費者の高評価は増幅的な交互作用として,ゲスト側消費者のおもてなし消費への満足に正の影響を与える
3.4 変数の定義と提案モデル前節での議論を踏まえて,具体的な目的変数,独立変数を表1に示す。目的変数はおもてなし消費への満足・不満足を表す2値データである。各説明変数の詳細は,宮井・西尾(2014)を参考に作成し,表1に記載した。また,仮説に基づき,店舗側サービス(x6,h)ならびに店舗側独自演出(x7,h)とホスト側のおもてなし(x1,h, x2,h, x3,h, x4,h, x5,h)との交互作用項を投入する。
記号 | 変数 | 変数の詳細 |
---|---|---|
yh | おもてなし消費への満足 | 満足=1,不満足=0 |
x1,h | 事前準備 | ホスト側の事前準備に対する評価(メニューや席の予約,お店との相談など) |
x2,h | ホスト側の心配り | おもてなし当日のホストの心配り(メニューのオーダー,店員とのやりとりなど) |
x3,h | ホスト側の演出 | ホスト側による演出(プレゼント,サプライズ,写真撮影など。お店の人にお願いしてやってもらったことも含む) |
x4,h | ホスト・ゲスト間の会話 | おもてなし当日のホストとゲストの会話 |
x5,h | 事後フォロー | 店を出た直後から後日までのホスト側によるアフターフォロー |
x6,h | 店舗側サービス | おもてなし当日のお店のサービス(料理メニュー等の説明や配膳など) |
x7,h | 店舗側独自演出 | おもてなしの成功のためにお店が自主的に行なったこと(プレゼント,サプライズ,写真撮影など。お店の方があくまで自主的に行なったことに限る) |
x6j,h | 店舗側サービスの交互作用項 | 店舗側サービスとその他の変数の交互作用項(ただし,j ≠ 6, 7) |
x7j,h | 店舗側独自演出の交互作用項 | 店舗側独自演出とその他の変数の交互作用項(ただし,j ≠ 7) |
次に,ゲスト側消費者から見たおもてなし消費の評価に対する仮説モデルを示す。モデルはロジスティック回帰モデルの枠組みで表現する。
式(1)に,提案モデル(おもてなし消費の満足確率,Ph),式(2)に具体的な定式を示す。
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(2) |
おもてなし消費の満足・不満足はすなわち,「ホスト側のおもてなし」「店舗側のサービス提供行為」及び,店舗側サービス,店舗側独自演出とホスト側のおもてなしの「交互作用項」(表1)によって,規定すると仮定する。ただし,Xh = (1, x1,h ..., x7,h, x16,h ..., x56,h, x17,h ..., x67,h)tは,ホスト側のおもてなしならびに店舗側サービスの要素であり,19次元の説明変数ベクトル,B = (β0, β1 ..., β7, βx16 ..., β56, β17 ..., β67)はパラメータベクトルとする。
仮説モデルの妥当性を検討するために交互作用項を想定しないモデル(式(3))を設定し,データとの適合度を比較する。
(3) |
分析データは,消費者を対象としたアンケート調査票をインターネット経由で配信し,収集した。調査実施期間は2014年の9月で,全国に在住の20歳から70歳までの男女を対象とした。最初に,回答者におもてなし消費の定義を示す文章を提示した。ゲスト側消費者にとってのおもてなし消費の定義は,第2章で示したように,「ゲストである自分自身を喜ばせ,満足してもらおうという意図を持つホストに招かれるサービス消費行動」である。調査の際,ゲスト側消費者としてアンケートに回答する対象者は,おもてなしの定義に相手を喜ばせるという目的が含まれることを承知してもらう必要がある。そこで,アンケート回答時に上記のおもてなしに関する定義を一読してもらい,一読したことを次のアンケート画面に移るためのボタンを押してもらうことで確認した。その後,「このアンケートでは,あなたご自身が誰かに『飲食店やレストランを利用して,おもてなしを受けた』経験についてお伺いします。自分で誰かをおもてなしした経験ではありませんのでご注意ください。」という文章で,自分がおもてなしをするのではなく,おもてなしを受けた経験について答えてもらうことを理解してもらった。この点についても同様に,一読したことを次のアンケート画面に移るためのボタンを押して貰うことで確認した。
その上で,実際に説明文の内容に合致するおもてなし消費の経験の有無を確認した。具体的には,リスト形式でおもてなし消費の具体的なケース2)を示し,それぞれに「満足度の高かった経験」「あまり満足できなかった経験」3)があるかを尋ね本調査の対象者を選定した。
項目の測定に関しては,各アンケート回答者に対して表1に示した変数表と同様の説明を行い,その上で回答してもらうことで,項目間の弁別に配慮した。
各サンプルには,上記のリストの中からゲスト側消費者としておもてなし消費を受けた経験のうち,満足できた経験とあまり満足できなかった経験について1ケースずつ想起をしてもらい,各々のケースについて詳細を確認する形式を取った。調査回答者が解答対象としているケースは,6ヶ月以内(30%),6ヶ月~1年前(16.7%),1年~3年前(22.0%),それ以上前(31.3%)となっている。たとえば,ある回答者は,満足できた経験については,勤務先の同僚との経験について回答し,満足できなかった経験については,親族の行事について回答する等である。回答不備を除いた最終的な有効サンプルサイズは450であり,男女構成はそれぞれ225人である。年齢別の構成比は,20代が9.1%,30代が16.7%,40代が31.3%,50代が26.9%,60代が16%であった。
当日の消費経験に関する評価については,Cronin and Taylor(1994)を参考に作成した。具体的には,表1で示したホスト側おもてなしの各要素,店舗側のサービス行為の各要素について,当日の経験がどの程度期待とギャップがあったかという観点から評価をしてもらった。採点の方法は,長島(2011)を参考に,期待通りと感じた際には60点という前提の上で0点から100点で点数をつけてもらっている。この原データに対して,期待からの差という形で60点を減じて,–60から40点までの点数を投入する。評価が不可能な要素に関しては,期待からの差はないとみなして0点としている。
また,回答者(ゲスト側消費者)に対して,「満足度の高かった経験」「あまり満足できなかった経験」のそれぞれに対して当日利用した店舗に対する再利用意向を「この飲食店をあなたが再び利用する可能性を教えてください(再利用意向)」「あなたがこの飲食店を友人に勧める可能性をお答えください(他人推奨意向)」の2つの質問を用いて確認した。回答は「7.非常に可能性は高い」から「1.まったく可能性は無い」の7段階で収集した。それぞれのケースにおける評価は,満足度高ケースでは,再利用意向,他人推奨意向に対する各々の平均値が5.00,5.10であったのに対し,満足度低ケースでは,各々の平均値は3.14,3.02であった。おもてなし消費に満足すれば,その店舗をゲスト側消費者が再利用する可能性は高まるという結果になっている。
原データについては,特に交互作用項は最大で3600と桁数が多くなることを考慮し,主効果は原データを1000分の1に,交互作用項は原データの掛算後の数値を1000分の1にして用いた。式(1)にて示したロジスティック回帰モデルは最尤法にて推定をした。
4.2 モデル比較モデルは,式(2)で示した交互作用項を含むモデルと,式(3)で示した交互作用項を含まないモデルを統計的に比較する。その際,モデルの複雑さとデータとの適合度とのバランスを考慮したAIC(Akaike’s Information Criterion)規準(Akaike, 1998)を用いる(AICのより小さいモデルを選択する)。また,ロジスティック回帰の枠組みを援用していることを踏まえ,AICのより小さいモデルを選択した後は,正判別率の観点から,データとの適合度を確認する。提案モデル(式(2))と比較モデル(式(3))のAICは,提案モデルが754.8,比較モデルは873.2となっている。この結果から,交互作用項を想定した提案モデルがゲスト側消費者から見たおもてなし消費の評価構造の説明に適したモデルであると判断できる。
提案モデルの正判別率に関しては,式(4)で示した定式により算出した。不満足事象の正判別率(P1)で79.8%,満足事象の正判別率(P2)で87.2%,全体(P3)で83.1%であり,提案モデルはあてはまりもよく,その点で妥当性を有したモデルと言える。なお,nfは原データにおける不満足事象群の個数,nsは原データにおける満足事象群の個数である。aは提案モデルにより不満足事象を正確に不満足事象と判別できた個数,bは提案モデルにより満足事象を正確に満足事象と判断できた個数である。
(4) |
提案モデルのパラメータ推定結果を表2に示す。表2の表側「店サ」は店舗側サービス,「店独」は店舗側の独自演出の意味である。
変数 | 推定値 | 標準偏差 | Z値 | Pr(>|z|) | VIF |
---|---|---|---|---|---|
切片 | –0.47 | 0.14 | –3.43 | *** | |
ホスト側事前準備 | 19.49 | 8.44 | 2.31 | ** | 4.56 |
ホスト側心配り | 15.75 | 9.03 | 1.74 | * | 5.14 |
ホスト側の演出 | 5.80 | 7.44 | 0.78 | 4.65 | |
ホストゲスト間会話 | 51.35 | 7.10 | 7.23 | *** | 3.67 |
ホスト側事後フォロー | –0.27 | 7.00 | –0.04 | 4.15 | |
店舗側サービス | 43.57 | 9.31 | 4.68 | *** | 5.99 |
店舗側独自演出 | 0.24 | 6.32 | 0.04 | 3.38 | |
交互作用項(店サ・ホスト側事前準備) | 0.47 | 0.28 | 1.69 | * | 7.77 |
交互作用項(店サ・ホスト側心配り) | –0.17 | 0.28 | –0.62 | 8.13 | |
交互作用項(店サ・ホスト側の演出) | 0.39 | 0.23 | 1.67 | * | 8.18 |
交互作用項(店サ・ホストゲスト間会話) | 0.43 | 0.20 | 2.16 | ** | 4.09 |
交互作用項(店サ・ホスト側事後フォロー) | 0.79 | 0.24 | 3.22 | *** | 9.85 |
交互作用項(店サ・店独) | –0.12 | 0.22 | –0.56 | 8.43 | |
交互作用項(店独・ホスト側事前準備) | 0.09 | 0.26 | 0.36 | 9.03 | |
交互作用項(店独・ホスト側心配り) | –0.24 | 0.26 | –0.91 | 8.75 | |
交互作用項(店サ・ホスト側の演出) | 0.04 | 0.18 | 0.23 | 6.96 | |
交互作用項(店独・ホストゲスト間会話) | 0.63 | 0.19 | 3.36 | *** | 5.15 |
交互作用項(店独・ホスト側事後フォロー) | –0.13 | 0.18 | –0.74 | 6.98 |
主効果についてはホスト側事前準備(x1,h),ホスト側の心配り(x2,h),ホスト・ゲスト間会話(x4,h),店舗側サービス(x6,h)が選択された。交互作用項については,店舗側サービスと事前準備(x16,h),ホスト側演出(x36,h),顧客同士の会話(x46,h),事後フォロー(x56,h)の交互作用項,店舗側独自演出とホスト・ゲスト間会話(x47,h)の交互作用項が選択された。パラメータについては,それぞれの有意水準に応じた記号を付与した(P値<0.01は***,P値<0.05**,P値<0.1*)。また,VIF(分散拡大係数)はいずれも10以下であり,多重共線性は認められない。
以下に,3.3.節で導出した仮説に関する検証結果を述べる。はじめに,ホスト側消費者のおもてなしがゲスト側消費者の満足・不満足に与えた主効果に関する仮説を中心に検証結果を述べる。
まず,ホスト側事前準備は主効果として有意であり,H1:「ホスト側事前準備に対するゲスト側消費者の高評価は,ゲスト側消費者のおもてなし消費への満足に正の影響を与える」は支持である。ゲスト側消費者が,ホスト側消費者の手による事前準備がなされていることを認識した際には,それ単体でおもてなし消費に対する満足評価に正の影響を与える。おもてなし消費でも,知覚されたプロセス品質の一部として事前準備が顧客満足を高めるという知見が適用できることが確認できた。ゲスト側消費者から見れば,店内に入る前から一連のおもてなし消費に対する評価がされていると言える。
次に,ホスト・ゲスト間の会話,ホスト側の心配りと店舗側サービスの3要素は,主効果としておもてなしの成功に対して正の影響を持つ。仮説のうち,H3:「ホスト・ゲスト間の会話に対するゲスト側消費者の高評価は,ゲスト側消費者のおもてなし消費への満足に正の影響を与える」,H4:「ホスト側の心配りに対するゲスト側消費者の高評価は,ゲスト側消費者のおもてなし消費への満足に正の影響を与える」とH6:「店舗側サービスに対するゲスト側消費者の高評価は,ゲスト側消費者のおもてなし消費への満足に正の影響を与える」は支持となった。ホスト・ゲスト間という消費者間のサービスにおいても,顧客間相互作用の研究知見として重要視されている「会話」は同様に効果的であるし,心配りのような,知覚サービス品質評価における「反応性」に類する要素も効果的であることが確認できた。
ホスト側消費者から見たおもてなし消費の評価構造では店舗側サービスに主効果は見られなかった(宮井・西尾,2014)。しかしながらゲストから見れば店舗側サービスは主効果として満足につながるものと評価されている。ゲスト側の消費者から見れば,飲食店を利用したおもてなし消費である以上,飲食サービスはホスト側が行うおもてなしの中心的な要素であると認識されているため,おもてなし消費への満足度に正の影響を与えるとの推察が確認できた。
ホスト側の演出については主効果として効果を持たず,H5:「ホスト側の演出に対するゲスト側消費者の高評価は,ゲスト側消費者のおもてなし消費への満足に正の影響を与える」は不支持となった。ホスト側の演出について,ホスト側消費者は良かれと思ってやっているはずのことではあるが,ゲスト側が要求してやっていることでは無いため,会話や事前準備,心配りと比較して重要な要素と評価されなかったと考えられる。一方で,店舗側サービスとの交互作用効果は確認できた。この点に関しては後述する。
また,店舗側独自演出の主効果も見られず,H7:「店舗側独自演出に対するゲスト側消費者の高評価は,ゲスト側消費者のおもてなし消費への満足に正の影響を与える」は不支持となった。会話,心配りや演出という行為を比較すると,演出の方が出来不出来の差が大きくなることが理由であると考えられる。演出行為を行う場合はゲスト側消費者の喜ぶポイントをホスト側が知っているなどいくつか条件を揃える必要があるだろう。
最後に,交互作用項に関する仮説の検証結果について考察する。店舗側サービスに関しては,ホストの事前準備,ホスト側の演出,ホスト・ゲスト間の会話,事後フォローといった4つの要素に対する評価との交互作用効果が確認された。H8:「店舗側サービスに対するゲスト側消費者の評価とホスト側のおもてなし(事前・最中・事後)に対するゲスト側消費者の高評価は増幅的な交互作用として,ゲスト側消費者のおもてなし消費への満足に正の影響を与える」は支持された。ホスト側事前準備は主効果のあった要素であるが,ゲスト側から見れば,店側のサービスへの高評価はしっかりとホスト側が準備をしてくれた結果とも解釈することができ,増幅的な交互作用効果があると推察できる。ホスト・ゲスト間会話についても主効果のあった要素である。会話も盛り上がりお店のサービスも良かったという状況で,両方の要素に好意的な評価がなされ,増幅的な交互作用効果に繋がったと推察できる。ホスト側の演出は主効果としては効果を持たなかった要素である。ホスト側の演出の主効果は見られなかったことを鑑みると,店舗側のサービスに対する高評価状態では,ホスト側の演出にも好意的な目が向けられ,増幅的な交互作用効果が生まれるという構造と推察できる。ホスト側事後フォローについては,主効果は見られなかったが,店舗サービスとの交互作用効果は確認できた。アフターフォローが良い状態で行われることで,店舗サービスが再び思い出され,増幅的な効果を残すと考察できる。
店舗側サービスと交互作用効果が確認できなかった項目は,ホスト側心配りである。ゲスト側消費者は,店舗側サービスの良し悪しに関わらずホスト側がしてくれた心配りを別のものとして評価していると推察できる。そのため,ホスト側の心配りの主効果は見られるが,店舗側サービスとの増幅的な交互作用効果は見られないことに繋がると考えられる。
一方で,お店側の独自演出については,ホスト・ゲスト間の会話との交互作用効果についてのみ確認できた。H9:「店舗側の独自演出に対するゲスト側消費者の評価とホスト側のおもてなし(事前・最中・事後)に対するゲスト側消費者の高評価は増幅的な交互作用として,ゲスト側消費者のおもてなし消費への満足に正の影響を与える」は一部支持である。お店側の独自演出については前述の通りそもそも重要な項目としては評価されておらず,増幅的な交互作用効果を持ちにくい要素であると推察できる。ホスト・ゲスト間の会話についてのみ交互作用効果を確認できた背景としては,会話がおもてなし消費において重要な要素であり,会話への高評価がお店の独自演出の評価との間に増幅的な効果を持ち,会話が楽しければ店側の独自演出も効果的に評価されるような構造になっていると推察できる。店舗側は黒子的にホスト・ゲスト間の会話を良好な状態へと導くことで自分たちの提供サービスや独自演出がより効果を発揮するようになることを認識するべきである。
おもてなし消費が成功すれば,ホスト側4)・ゲスト側双方から店舗はその貢献を評価され,事後の再来店意向や他人推奨意向に良好な影響を与えるため,店舗側は自社のサービスや演出が顧客側の相互作用とどのように関わり合うのかを意識する必要がある。
本研究では,ゲスト側から見たおもてなし消費の評価構造を明らかにすることを目的として,「おもてなし消費」を経験したゲスト側消費者によるおもてなし消費体験の評価モデルを構築し,実証的な分析を行った。
5.1 学術的貢献本研究では,ゲスト側消費者,ホスト側消費者と店舗側サービススタッフという役割の違う2種類の消費者が介在するサービス消費体験評価を扱ってきた。これはグループ・エンカウンターにおけるサービス体験評価を扱ってきたと言い換えることができる。これまでのグループ・エンカウンター研究は概念整理が中心であった(Finsterwalder & Tuzovic, 2010)。飲食サービスを利用したおもてなし消費行動という限定範囲ではあるが,実証的な観点からグループ・サービス・エンカウンターを扱うことができた。
実証的な観点からグループ・サービス・エンカウンターを扱うとなると,グループ・サービス・エンカウンターに内在する登場人物の異質性の扱いが課題となる。例えば,おもてなし消費における「ホスト側の事前準備」について,ホスト側消費者による評価では主効果として有意ではなかった(宮井・西尾,2014)が,本研究においては主効果として有意であり,ゲスト側消費者の方がホスト側消費者に比較して事前準備を重要と考えていることがわかった。本研究のケースで言えば,ホスト側消費者は,ゲスト側消費者を喜ばせようという意図を持つため,事前にお店を調べたり,相手の好みを調べたりするなどの行為を通じて多くの情報量を持つ。一方でおもてなし消費の場合,ゲスト消費者は誘われる側であるため,お店の選択にもかかわらないことも多く,事前に自分が体験する消費体験に関する情報量はホスト側消費者と比べて少ない。情報量に差異があれば同じ場に居合わせていたとしてもどういった要素を評価するかという点は異なってくる。このような差異を踏まえれば,グループ・サービス・エンカウンターに内在する同じ「消費者」でありながらも,ホスト側消費者とゲスト側消費者には評価の非対称性があると考えられる。本研究を通じてこのような異質性を分析することの有用性を示したことは1つの貢献であると考えられる。
さらに,登場人物(その中でも特に消費者同士)の顧客間相互作用を分析する必要性を本研究で示すことができた。これまでの顧客間相互作用(CCI)の研究では,例えばDIYショップに偶然居合わせた顧客同士のCCIなどに関する分析はあったものの,サービス・エンカウンターにおける顧客間相互作用に関する分析は十分に行われていない(Nicholls, 2010)。また,先行研究における同様の研究では,偶発的に店舗に居合わせた顧客の振る舞いが知覚サービス品質評価にどのような影響を与えるか等の観点の分析にとどまっていた。本研究では消費者間に計画や期待が存在するという意味で,「偶発性の低い状況」においてCCIが消費体験にどのような影響を与えるのかという問題を扱った。この点がこれまでのCCI研究に比した新規性であると考える。おもてなし消費以外のシチュエーションであっても,グループ・サービス・エンカウンターに存在する役割の異なる消費者間にCCIは存在しうる。役割の異なる消費者間のCCIをいかに扱うかといった観点はサービス・エンカウンター研究において重要である。本研究ではおもてなし消費という限定的な状況ではあるが,CCIの要素を組み込んだモデルによる消費体験評価のアプローチを示提案することができた。
最後に,消費者と企業側のサービス共創という点について述べる。本研究では,ホスト側消費者と企業側サービス提供者が,サービス提供者グループとしてゲスト側消費者に働きかけるという枠組みでグループ・エンカウンターを捉えてきた。ホスト側消費者は消費者でありサービス消費者であるという2面性を持つ。その結果,自分自身も消費者としてサービスを消費しながらも,店舗側サービス提供者と共創でゲスト側消費者にサービスを提供するような形になる。ゲスト側消費者も店舗側サービスだけ,ホスト側消費者のおもてなしだけを個別に評価するのではなく,双方に交互作用が認められるような形の評価を行う。グループ・サービス・エンカウンターに前述のような評価構造が存在する点はおもてなし消費の重要な特徴である。おもてなし消費に限らず,消費者と企業側サービス提供者が価値を共同で別の消費者に提供していくケースは他にも想定され,本研究で示したような交互作用を考慮した評価モデルは有効であると考えられる。
5.2 実務的貢献本節ではゲスト側消費者のCCIに対する評価から得られた知見を実務的観点から,(1)店内におけるCCI活用の可能性,(2)店外におけるCCI活用の可能性,(3)顧客同士の関係性に関する情報取得の重要性 の3点について述べたい。
まず,店内におけるCCIについては,ホスト・ゲスト間の会話が重要であった。これは宮井・西尾(2014)でホスト側消費者から見たおもてなし消費の成功要因としても指摘された要素である。店舗側は,出来不出来の幅が広い演出よりも,会話を促進する取り組みや環境整備に経営資源を投資することで,ホスト側・ゲスト側双方の満足を引き出せる。
次に,店外におけるCCIについて述べる。ホスト側消費者による事前準備やアフターフォローへの評価は重要であった。本知見を参考にすれば,客単価を高める施策が導かれよう。これまでは,飲食サービス業の価格設定は,店内に消費者が入店している最中のサービス提供に対して対価を得るという考え方が主流であった。本研究では,ホスト側消費者はおもてなしの当日を迎える前後にもゲスト側消費者へ働きかけており,ゲスト側消費者もその働きかけを評価していることが確認できた。例えば単に予約をとるだけでなくコンシェルジュ的に事前準備や事後フォローをサポートするプログラムを開発すれば,事前準備や事後フォローのサポート業務から利益増加の機会が得られる。また,店外におけるCCIの要素を,Physical Evidence(物的証拠)としてサービス提供に取り入れることも可能であろう。ゲスト側消費者からは見えにくい事前準備など,ホスト側消費者のオペラント資源(Constantin & Lusch, 1994)の発揮を見える化する施策によってホスト・ゲスト双方から満足を得られると考えられる。例えば,当日のメニュー表に,ホスト側消費者と相談して考えたことがメモとして追加的に記載されていれば,ゲスト側消費者は,ホスト側消費者の準備に気づくことができる。このような店外におけるCCIは一見サービス提供を行う企業側には無関係の要素,もしくはコントロール不可能な要素として軽視されがちであるが,店舗側サービス提供者がうまく店内でのサービス提供に取り込むことで新たな顧客満足度向上の機会を得ることができる。
最後に,顧客同士の関係性に関する情報取得の重要性について述べる。消費者の属性だけではなく,消費者個人同士の関係性にも注意を払うことで,新たなマーケティング施策が生み出される可能性がある。例えば,おもてなしを行うグループの親しみを,集団の対人間の魅力や相互の結合性の程度を表す集団凝集性(泉井・宮下,2014)のような概念を用いて測定し,グループごとの評価構造の異質性を検討するのも有効であろう。予約の段階や予約名,人数などの事前の情報を活用すれば,ホスト・ゲスト間の関係性は分析可能であろう。ゲストが満足してくれれば,ホスト側消費者の満足感にもつながり,ゲストが別途来店してくれる可能性も高まる。サービス・マーケティングにおいてグループ・エンカウンターに特化した新たな情報取得の必要性が認識されれば,様々な施策が今後生まれてくるだろう。
5.3 本研究の課題本研究の残された課題としては,まず,ゲスト側消費者の事前準備がおもてなし消費への満足/不満足に与える影響を検討する必要性を挙げる。誘われる側のゲスト側消費者も,ホスト側消費者との会話の準備のための下調べなど,様々な準備活動を行う可能性がある。これらの行為が与える影響を考察することでさらなるインプリケーションが得られるだろう。ホスト側消費者の事前準備に関しては,ゲスト側消費者から見えにくいため,ゲスト側消費者が正確にホスト側消費者の事前準備を認識し,評価できているのかの確認をさらに精緻に行う必要がある。加えて,おもてなし消費における状況の差異(会の目的や参加者同士の関係性)による評価構造の差異の検討も必要である。また,本研究で解答対象となったおもてなし消費のケースについて,回答時より3年以上前のものも含まれており,回答時より時間が経っているケースについて記憶が曖昧になっていないかどうか,より詳細に検討すべき点も課題である。概念モデルに関しても,本研究ではCCIの各要素と店舗側サービスの各要素を独立変数として同列に扱ったが,CCIの各要素により構成されるCCIを潜在変数と考え,CCIに店舗側サービス評価が影響を与えると想定するなど,各概念間の階層構造を考慮したモデルも比較検討するべきであろう5)。さらに,本研究では先行研究を参考に60点を基準にして,期待からのギャップを申告してもらうという経験の測定方法を取っているが,その他の変数測定方法との比較も必要である。また,店舗側スタッフが,これらの調査で扱っているおもてなし消費をどのように捉えているのかを明らかにすべきである。店舗側は,事前の予約の状況などからある程度特別な機会としての飲食サービス利用であることは認識していると想定される。ただ,それがどの程度の認識なのかは本研究のサーベイの枠組みからは明らかにできていない。今後,店舗側スタッフに対するアンケートの実施等が期待される。最後に,対象とするサービス業種の拡大を挙げたい。本研究では飲食サービスを取り上げたが,その他のサービスでも同様の評価構造が見られるのか否かを分析する必要がある。