流通研究
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先行型市場志向,反応型市場志向,萌芽型市場志向が新製品パフォーマンスへ及ぼす影響:製品開発チームの学習プロセスの媒介効果
石田 大典
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電子付録

2018 年 21 巻 3 号 p. 27-41

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Abstract

過去に取り組まれてきた市場志向研究において,3つのタイプの市場志向(先行型,反応型,萌芽型)がイノベーションや新製品パフォーマンスへ及ぼす影響については十分に議論されてきたが,そのメカニズムについては必ずしも明らかにされていない。そこで本研究では,製品開発チームの学習プロセスに着目し,市場志向と新製品パフォーマンスを結び付ける媒介要因として検討した。日本の上場製造業企業から得られたサンプルを基に分析を行ったところ,先行型市場志向と反応型市場志向は製品開発チームの市場学習を促進させ,萌芽型市場志向は製品開発チームのアンラーニングを促進させていた。また,製品開発チームの市場学習は新製品優位性を高め,結果として新製品パフォーマンスを高めていた。一方,アンラーニングはマーケティング創造性を高めていたが,マーケティング創造性は新製品パフォーマンスへは結びついていなかった。

1  はじめに

顧客のニーズを注視し,それを最大限に満たそうとする企業の志向は市場志向と呼ばれ,マーケティング研究において中心的な課題として議論されてきた(e.g., Narver & Slater, 1990Jaworski & Kohli, 1993)。市場志向研究が蓄積され,概念が精緻化される中で,先行型市場志向と反応型市場志向という2つの市場志向の次元が認識されるようになってきている(e.g., Narver, Slater, & MacLachlan, 2004)。先行型市場志向と反応型市場志向を提唱し,測定尺度を開発したNarver et al.(2004)を契機として,多くの実証研究が進められてきた。たとえば,石田(2015)によるメタアナリシスでは,2014年までに49篇の論文が発表されていると指摘されている。さらに,Govindarajan, Kopalle, and Danneels(2011)によって萌芽型市場志向という新たな概念も提起されている。

このように,多くの研究者たちによって市場志向研究が進められてきたが,いくつかの課題もある。第1に,先行研究の多くは先行型市場志向と反応型市場志向がイノベーションあるいは新製品パフォーマンスに及ぼす直接的な影響を解明することに終始しており,そのメカニズムについては必ずしも十分には明らかにされていない。‍第2に,萌芽型市場志向に関する実証研究は,Govindarajan et al.(2011)Beck, Janssens, Debruyne, and Lommelen(2011)以外ほとんど取り組まれていない。先行型市場志向と反応型市場志向は既存顧客を対象とした概念であり,萌芽型市場志向は潜在顧客を対象とした概念である。市場を包括的にとらえるためには,萌芽型市場志向を取り入れた研究も求められるだろう。第3に,欧米をはじめとする海外企業を対象とした研究成果は報告されているが,日本企業を対象とした実証研究はほとんど着手されていない。日本と海外では,企業の組織文化や外部環境などに違いがあるため,先行研究の知見が日本企業にそのまま適合するとは限らない。したがって,日本企業を対象とした調査が必要である。

これらの課題に対応するため,本研究では日本企業を対象とした調査を実施し,分析を試みた。具体的には,Slater and Narver(1995)の枠組みに基づき,3つの市場志向(先行型市場志向,反応型市場志向,萌芽型市場志向)と新製品パフォーマンスの間に開発チームの学習を媒介させた仮説モデルを検証した。媒介変数して開発チームの学習を導入した理由は,従業員の学習は,組織文化である市場志向が強く反映された行動のひとつと考えられるからである。チーム学習には,市場学習とアンラーニングという2つのタイプを取り上げた。Baker and Sinkula(2002)は市場志向がイノベーションへと結びつく過程におけるアンラーニングの役割を指摘し,Lin, Che, and Ting(2012)は市場志向とイノベーションの関係における市場学習の媒介効果を検証している。こうした先行研究を踏まえると,市場学習とアンラーニングを導入することで3つの市場志向と新製品パフォーマンスの関係をより詳細にとらえられるものと考えられる。

2  概念規定

本研究の仮説モデルはSlater and Narver(1995)の組織学習モデルに依拠しており,組織文化である市場志向が製品開発チームの学習行動に影響を及ぼし,結果として新製品パフォーマンスへと結びつくという流れを表している(図2参照)。Slater and Narver(1995)は,組織の学習能力は複雑で模倣困難であるため競争優位の源泉であり,また新製品パフォーマンスや顧客満足などの重要な先行要因であると指摘した。その理由として,組織学習を通じて,企業は自社を取り巻く環境要因をより深く理解し,顧客やサプライヤーと良好な関係を築き,市場環境の変化に対して資源を有効に再配分できることをあげている。組織の学習能力を促進させる要因には,大別すると組織文化と組織風土がある(Slater & Narver, 1995)。組織文化とは組織に深く根付いた価値観や信念を表しており,組織風土とは組織文化を実行するための構造やプロセスを表している(Slater & Narver, 1995)。市場志向は,顧客ニーズをビジネスの中心に据えようとする組織文化であり,そうした文化が根付いた組織ほど積極的に市場から情報を収集し,事業に活用しようとするだろう。以下では,仮説モデルにおける各変数の概念について議論していく。

図1.

市場志向の類型

市場志向とは,「買い手に優れた価値を創造しようとする従業員の行動を促し,ひいては継続的に優れたパフォーマンスを効果的かつ効率的に作り出す組織文化」(Narver & Slater, 1990)である。つまり,企業がどれほど市場に軸足を置いてビジネスを展開しているのかを示している。市場志向についてはNarver and Slater(1990)Kohli, Jarworski, and Kumar(1993)による尺度開発を契機として,多くの研究者が実証研究を試み,また概念的な議論が展開されてきた。過去に議論されてきた市場志向の概念は,ターゲットとなる顧客セグメントとそのニーズという2つの軸によって整理することができる(図1)。顧客セグメントに関しては,企業がこれまでターゲットとしてきた既存の顧客セグメントと新たにターゲットとしようとする新規の顧客セグメントに分けられる。また,顧客のニーズに関しては,顕在ニーズと潜在ニーズがある。先行型市場志向は既存顧客の潜在ニーズに焦点を当てており,顧客がまだ気づいておらず,口に出して語ることが難しい潜在ニーズを発見し,理解し,それを充足させようとする志向と定義される(Narver et al., 2004)。一方,反応型市場志向は既存顧客の顕在ニーズに焦点を当てており,表出化した顧客のニーズを発見し,理解し,それを充足させようとする志向と定義される(Narver et al., 2004)。既存市場を構成する顧客とは異なる新たな市場セグメントの開拓に焦点を当てた志向を萌芽型市場志向という(Govindarajan et al., 2011)。

本研究では,開発チームの学習を市場学習とアンラーニングいう2つの視点からとらえた。市場学習とは,製品開発チームのメンバーが市場に関する情報を収集し,チーム内でその情報を共有し,開発プロセスにおいて有効に活用する一連の情報処理プロセスを表している(Adams, Day, & Dougherty, 1998)。市場情報を収集し,共有し,対応するというプロセスは,市場志向を組織全体の行動として定義したKohli and Jaworski(1990)の構成概念と同様であるが,本研究では開発チームにおける行動に焦点を当てており,測定単位および分析単位は異なっている。また,本研究は市場志向を組織文化として定義しているため,市場志向と市場学習とは概念的に弁別されている1)。アンラーニングとは,過去の開発プロジェクトを通じて蓄積されてきた信念や行動を変えることである(Akgün, Lynn, & Byrne, 2006)。アンラーニングには,顧客,能力,そして戦略に関する考え方に対して疑問を抱いたり,様々な事象や物事の関係性を新しい視点や枠組みでとらえたりすることが求められる。Weerawardena(2003)のように,市場学習の結果としてアンラーニングをとらえ,アンラーニングを含めて市場学習を概念化している研究もあるが,本研究では市場学習とアンラーニングを異なる構成概念として位置づけた。その理由として,市場学習はアンラーニングを引き起こす場合もあるが,引き起こさない場合もあると考えられるからである。

新製品優位性とは,当該新製品が競合製品と比較して優れていると知覚される程度である(Song & Parry, 1997)。マーケティング創造性とは,新製品導入におけるマーケティングが競合他社よりも新奇で有用な違いを有する程度と定義される(Andrews & Smith, 1996Moorman, 1995)。

3  仮説の導出

先行型市場志向の強い企業は,顧客の潜在ニーズを見つけ出し,それに効果的に対応しようとする(Narver et al., 2004)。顧客の隠れたニーズを見出そうとする志向が強い組織ほど,観察調査や体験調査など様々な手法を用いて市場の情報を収集するだろう(Kouropalatis & Morgan, 2009恩藏,2007)。したがって,先行型市場志向は製品開発チームの市場学習を促進させると考えられる。

既知のニーズ以外に目を向けようとするほど,製品開発チームの視野が広がり,顧客の動向に関して新たな解釈が生み出されるようになる(Atuahene-Gima, Slater, & Olson, 2005Baker & Sinkula, 2005)。その結果,開発プロジェクトにおいて既存の知識や考え方を転換させるようなアイデアがもたらされるだろう。したがって,組織の先行型市場志向は製品開発チームのアンラーニングを促進させると考えられる。以上より,次の仮説を設定した。

仮説1:先行型市場志向は製品開発チームの(a)市場学習と(b)アンラーニングへプラスの影響を与える

反応型市場志向の強い企業は,顧客の顕在ニーズを収集し,それに効果的に対応しようとする(Narver et al., 2004)。顧客に耳を傾けようとする文化が醸成されるほど,製品開発チームは顧客からニーズや要望を聞き出し,それを基に開発を進めようとするだろう。したがって,反応型市場志向は市場学習を促進するだろう(Li, Lin, & Chu, 2008Slater & Narver, 1995)。

一方,反応型市場志向は,アンラーニングの阻害要因になると考えられる。一般的に,顧客が語ることのできるニーズは既存の技術や機能の延長である傾向が強い。なぜならば,顧客は製品の技術や機能に対して要望や不満を抱くからである。そうしたニーズは,開発チームが自覚する問題点との関連性は高いが,新たな視点をもたらすものではない。結果として,開発チームにおける顧客ニーズに対する考え方は強化されるが,既存の考え方を捨てて新しい視座に立つことは難しくなる。したがって,反応型市場志向はアンラーニングを抑制するだろう。

市場志向と技術学習について議論したLichtenthaler(2016)も同様の主張をしている。反応型市場志向が高まるほど,外部の企業や組織から新たな技術を探索しなくなるという。というのも,既存の顧客ニーズと関連した技術へフォーカスするあまりに,新たな技術に関して注意を払わなくなるためである。以上より,次の仮説を設定した。

仮説2:反応型市場志向は製品開発チームの(a)市場学習へプラスの影響を与え,(b)アンラーニングへマイナスの影響を与える

萌芽型市場志向は,新たな市場セグメントにアプローチし,市場を開拓しようとする志向である(Beck et al., 2011;Govindarajan et al., 2011)。新たな市場セグメントをターゲットとして新製品を開発するためには,十分な経営資源を投入して彼らのニーズを把握しなければならない(Govindarajan et al., 2011)。したがって,製品開発チームは積極的に顧客へアプローチし,耳を傾け,ニーズを学ぼうとするだろう。さらに,これまでの常識を超えた発想が求められる場合もある。たとえば,O’Connor and Rice(2013)は,新市場を創造するイノベーション・プロジェクトを成功裏に導くためには,積極的に変革していこうとするメンバーの態度が重要であると指摘している。

先行研究では,萌芽型市場志向がイノベーションへ及ぼす直接的な影響について明らかにされてきた。たとえば,ベルギーとオランダの中小企業を対象としたBeck et al.(2011)は,萌芽型市場志向によってイノベーションが促進されることを明らかにし,Govindarajan et al.(2011)はアメリカの企業を対象とした調査から,萌芽型市場志向は特に破壊的イノベーションを生み出すことを明らかにした。その理由として,市場学習やアンラーニングが重要な役割を果たしていることがあげられている(Govindarajan et al., 2011)。以上より,次の仮説を設定した。

仮説3:萌芽型市場志向は製品開発チームの(a)市場学習と(b)アンラーニングへプラスの影響を与える

開発チームが顧客のニーズや競合に関する情報を多様な手段で収集し,メンバー間で共有し,開発プロセスにおいて活用することで,新製品優位性やマーケティング創造性は高められるだろう。

市場学習が新製品優位性を高める理由として,開発チームは市場学習を通じて他社よりも的確に顧客ニーズとらえられること(Jayachandran, Hewett, & Kaufman, 2004)や顧客との関係構築を通じて暗黙知が獲得できること(Harmancioglu, Grinstein, & Goldman, 2010Moorman, 1995)などがあげられる。また,先行研究では市場学習が新製品優位性を高めることが実証されている(e.g., Li & Calantone, 1998Sarin & McDermott, 2003Veldhuizen, Hultink, & Griffin, 2006)。

一方,マーケティング創造性に関する先行研究では,市場学習の影響を否定するものもある。Andrews and Smith(1996)は米国マーケティング協会のメンバー企業を対象とした調査を通じて,マーケティング・マネジャーの市場に関する知識が必ずしもマーケティング創造性に結び付かないことを指摘している。しかし,開発チームにおける市場学習はマーケティング創造性を高めるものと考えられる。なぜならば,開発チームで市場情報が共有され,様々な視点からの解釈が開発プロセスにもたらされることで,製品のマーケティングはより創造的になるからである(Im, Montoya, & Workman, 2013)。以上より,次の仮説を設定した。

仮説4:製品開発チームの市場学習は,(a)新製品優位性と(b)マーケティング創造性へプラスの影響を与える

アンラーニングは,過去の経験に基づく信念やルーティンに固執せず,意図的に変更したり忘却したりすることである。製品開発チームは市場や技術に関する情報をこれまでとは違う視点から解釈したり,新たな情報を積極的に受け入れたりすることで,外部環境の変化をより機敏にとらえられるようになる(Akgün et al., 2006Akgün, Byrne, Lynn, & Keskin, 2007ab)。また,製品開発チームは,新たに獲得した情報と社内に蓄積された知識を組み合わせることで,画期的な新製品やマーケティングを開発できるだろう(Leal-Rodríguez, Eldridge, Roldán, Leal-Millán, & Ortega-Gutiérrez, 2015)。

過去の実証研究では,アンラーニングが新製品パフォーマンス(Akgün et al., 2006Lee, 2011Lee, Hsu, Lin, & Chen, 2011)やイノベーション(Leal-Rodríguez et al., 2015Lee & Sukoco, 2011Wang, Lu, Zhao, Gong, & Li, 2013Yang, Chou, & Chiu, 2014)に及ぼすプラスの影響が確認されている。以上より,次の仮説を設定した。

仮説5:製品開発チームのアンラーニングは,(a)新製品優位性と(b)マーケティング創造性へプラスの影響を与える

新製品が特有の機能を有しており,競合製品と明確に差別化されている場合,顧客はその優位性を高く評価するはずである。そして,顧客からの支持を得た結果,当該新製品の売上や市場シェアは高まるだろう。新製品優位性と新製品パフォーマンスの正の関係は,先行研究において支持されてきた。Henard and Szymanski(2001)Evanschitzky, Eisend, Calantone, and Jiang(2012)によるメタアナリシスでは新製品優位性が新製品パフォーマンスと正の相関関係にあることが示されている。また,日本企業を対象としたSong and Parry(1997),Nakata, Im, Park, and Ha(2006),石田(2009)においても,新製品優位性が新製品パフォーマンスを向上させることが確認されている。以上より,次の仮説を設定した。

仮説6:新製品優位性は新製品パフォーマンスへプラスの影響を与える

業界の常識にとらわれない独創的なマーケティングを展開することで,企業は他社との違いを明確化するとともに,市場のニーズに対して創造的な方法で対応できる(Im & Workman, 2004)。それは競争優位の構築に結び付き,結果として高い新製品パフォーマンスをもたらすだろう。Atuahene-Gima, Li, and De Luca(2006)は業界外との関係が強い場合や市場変化の程度が強い場合といった条件下において,マーケティング創造性がパフォーマンスへプラスの影響を与えることを確認しており,Slater, Hult, and Olson(2010)はマーケティング創造性とパフォーマンスのプラスの線形関係を確認している。以上より,次の仮説を設定した。

仮説7:マーケティング創造性は新製品パフォーマンスへプラスの影響を与える

4  調査概要

4.1  サンプル

株式会社ダイヤモンド社が有する会社職員録のデータベースに基づき,上場製造業企業の事業部門に所属する1,579名の管理職(事業部長,部長,課長など)および非管理職の従業員を抽出し,2013年2月中旬に郵送調査を実施した。そのうち,異動などにより調査票が届かなかったり,回答を辞退したりしたケースが28件あった。120票の回答が得られたが,そのうち1票は不適切な回答であったため,分析から除外した。結果として,分析に用いた有効回答数は119票である(回答率7.7%)2)。回答企業の従業員数と売上高の中央値はそれぞれ5,530人と1,637億円である3)

新製品の評価に関して,回答者があまり関与していない新製品や成功した新製品を意図的に選択してしまうという問題を回避するため,以下の点に留意した。それは,(1)回答者が開発,商品化プロセスに関与した新製品であること,(2)成否にかかわらず,発売から少なくとも1年は経過しており,成果が測定できる新製品であることである。調査対象者の妥当性を検討するため,製品開発プロセスに対する関与を5ポイントのリッカート尺度(1:全く関与していなかった-5:非常に関与していた)で測定した。その結果,製品開発への関与の平均値は4.284(S.D. = 1.114)であり,回答者が本研究の調査対象として十分な妥当性を有していることが示された。また,同様に5ポイントのリッカート尺度で測定した新製品パフォーマンスの平均値は3.212(S.D. = 1.055)となり,関与度と新製品パフォーマンスの相関係数は.137(p > .10)となった。したがって,成功した製品を選んでしまうという選択バイアスや開発に関わった製品を過度に評価するという社会的望ましさのバイアスが回避できていることが確認された。

非回答バイアスを検討するため,早期に得られた回答(上位25パーセンタイル)と後期に得られた回答(下位25パーセンタイル)をt検定によって比較した(Armstrong & Overton, 1977)。その結果,本研究で用いた各構成概念の下位尺度得点4)や,従業員数,ROA,創業年数といった企業特性を表す指標5)の平均値には有意差が確認されなかった(p > .10)。また,回答者と非回答者の属性を比較する方法によっても非回答バイアスを検討した(Rogelberg & Luong, 1998)。非回答者から122人を系統抽出し,本研究のサンプルと比較した結果,従業員数,ROA,創業年数の平均値には有意差が確認されなかった(p > .10)。さらに業種の割合についても統計的な有意差は確認されなかった(χ2 = 13.577, d.f. = 15, p > .10)。したがって,本研究において非回答バイアスは問題とならないと判断した。

4.2  コモン・メソッド・バイアス

本研究では独立変数と従属変数を単一の回答者へ尋ねているため,コモン・メソッド・バイアスによって因果関係が過度に強調されてしまう恐れがある。そこでHaman’s One Factor TestとMaker Variable(MV)法によって,コモン・メソッド・バイアスを検討した。Harman’s One Factor Testでは,Podsakoff and Organ(1986)に従い,11の構成概念(質問項目の合計数=39)を用いて,固有値1以上を因子抽出の条件とした主因子法による探索的因子分析(回転なし)を行った。その結果,11の因子が抽出され,また第一因子の寄与率は十分に低いため(16.390%),コモン・メソッド・バイアスは問題とならないことが示された6)

MV法では,Lindell and Whitney(2001)に従い,コモン・メソッドの代理変数としてMVを設定し,MVが構成概念間の関係へ及ぼす影響を検討した。Yannopoulos, Auh, and Menguc(2012)と同様に,MVには個人レベルの変数であるネガティブ感情を設定した(付属資料を参照)。その理由として,回答者の感情は,本研究で用いている組織レベルの構成概念とは理論的に相関が低く,またコモン・メソッド・バイアスを引き起こす要因のひとつと考えられているためである(Spector & Brannick, 2009)。ネガティブ感情にはWatson, Clark, and Tellegen(1988)の測定尺度を援用し,5ポイントのリッカート尺度で測定した(α = .887)。MVと各構成概念間の相関係数を求めたところ,符号がすべて負になったため,得点を逆転させたうえで相関係数を再び算出し,正の最小値(rm)を選び出した。次に,選出した相関係数を用いて,MVによる影響を調整した構成概念間の相関係数(rijm)を求めた7)。調整済みの相関係数と調整していない相関係数(rij)と比較することでコモン・メソッド・バイアスによる影響を検討した。

1の下三角行列には各構成概念の下位尺度得点間の相関係数が示されており,上三角行列にはMV調整済み相関係数が示されている。各構成概念間の相関係数(rij)とMV調整済み相関係数(rijm)を比較した結果,2つの係数は近似した値(rijrijm = .027~.056)となったが,(1)先行型市場志向-新製品優位性,(2)先行型市場志向-新製品パフォーマンス,(3)アンラーニング-マーケティング創造性において,MV調整済み相関係数のp値が.10以上となってしまった8)。したがって,コモン・メソッド・バイアスの影響を統制するため,MVをコントロール変数としてモデルに導入した。

表1. 構成概念の相関行列と記述統計量
PMO RMO EMO ML UL NPA MPC NPP FSa TSa IND MV
PMO 1 .422 .439 .346 .052 .147 .216 .140
RMO .450 1 .296 .361 –.077 .201 .092 .275
EMO .466 .330 1 .280 .159 –.034 .255 .072
ML .377 .392 .315 1 .027 .215 –.111 .182
UL .098 –.025 .200 .074 1 .010 .145 –.071
NPA .188 .240 .016 .253 .058 1 .165 .293
MPC .254 .136 .291 –.057 .187 .205 1 .079
NPP .181 .310 .117 .222 –.019 .327 .124 1
FSa .201 .207 .118 .248 –.073 .097 –.094 .124 1
TSa .005 .098 .021 .217 .118 –.006 –.100 .010 .495 1
IND –.054 –.012 .009 .074 –.034 –.062 –.100 .020 .182 .199 1
MV .120 .135 .050 .049 .177 .146 .089 .062 .075 .086 .084 1
項目数 4 4 2 9 9 3 4 4 1 2
平均値 3.719 3.853 3.000 3.810 3.061 4.349 3.006 3.212 8.670 2.472 .538 3.504
標準偏差 .695 .629 .972 .562 .743 .548 .954 1.055 1.851 .897 .501 .990

上三角行列にはMVを統制した相関係数が示されており,下三角には相関係数が示されている。

a 自然対数変換された値を用いている。

PMO:先行型市場志向,RMO:反応型市場志向,EMO:萌芽型市場志向,TL:市場学習,UL:アンラーニング,NPA:新製品優位性,MC:マーケティング創造性,NPP:新製品パフォーマンス,FS:企業規模,TS:チーム規模,IND:業種,MV:コモン・メソッド

4.3  測定尺度

各構成概念の測定尺度には,先行研究において信頼性と妥当性が十分に確認されているものを採用した。マーケティング創造性の測定には5ポイントのSD尺度を採用し,それ以外の構成概念では「1:全くそう思わない-5:非常にそう思う」という5ポイントのリッカート尺度を採用した。先行型市場志向と反応型市場志向はNarver et al.(2004),萌芽型市場志向はGovindarajan et al.(2011)の尺度を援用し,すべて4項目で測定した。市場学習は,市場情報の獲得,共有,活用という要素から測定した。市場情報の獲得と活用はKohli et al.(1993)の尺度を援用し,チーム学習の文脈に即して修正した。市場情報の共有はAkgün, Keskin, Lynn, and Dogan(2012)の尺度を援用した。アンラーニングはAkgün et al.(2006)を援用し信念の変化(6項目)とプロセスの変化(5項目)という2つの要素から測定した。新製品優位性はIm et al.(2013)Nakata et al.(2006)Song and Parry(1997)から5項目を援用した。マーケティング創造性については,Moorman(1995)の新製品創造性の尺度に基づいて質問項目を作成した。新製品パフォーマンスについてはIm and Workman(2004)を援用した。

企業の特性や市場環境が,市場学習,アンラーニング,新製品優位性,マーケティング創造性,そして新製品パフォーマンスへ及ぼす影響を統制するため,企業規模,開発チーム規模,業種をコントロール変数として導入した。コントロール変数については,企業の財務データと調査から得られたデータを用いている。企業規模は従業員数とし,開発チーム規模はチームの人数とした。従業員数と開発チームの人数の尖度は5以上となり,また歪度は2以上となったため,自然対数変換したうえでモデルに導入した(Ghiselli, Campbell, & Zedeck, 1981)。業種については楠木・野中・永田(1995)に従い,注2における食料品から金属製品を素材型,機械からその他製品までを組立型とし,ダミー変数として扱った。

5  分析結果

5.1  測定尺度の信頼性と妥当性

測定尺度の信頼性と妥当性を検討するため,最尤推定法による確認的因子分析を行った。観測変数の数と比較してサンプル・サイズは小さく,Bentler and Chou(1987)の5:1基準(サンプル・サイズ:推定パラメータ数)を大きく下回ったため,(1)3つの市場志向,(2)市場学習とアンラーニング,(3)新製品優位性とマーケティング創造性と新製品パフォーマンス,という3つのモデルに分けて確認的因子分析を実行した。それぞれの確認的因子分析モデルの因子負荷量と適合度指標は,表2に示されている。カイ二乗検定の結果はすべて有意となったが,SRMR,GFI,IFI,CFI,RMSEAの値は概ね良好であり,測定尺度の一次元性が確認された。新製品優位性以外の構成概念におけるComposite Reliability(CR)とα係数は.70以上となり,測定尺度は高い信頼性を備えていることが示された(Hair, Black, Babin, & Anderson, 2010Nunnally, 1978)。新製品優位性のCRは.652であり,またα係数は.644となり一般的な推奨基準である.70を下回ったが,.60以上でも許容できると指摘する研究もあるため(e.g., Bagozzi & Yi, 1988),受容可能な水準であると判断した。

表2. 確認的因子分析の結果
Std. λ S. E. Std. λ S. E.
確認的因子分析(市場志向) 確認的因子分析(チーム学習)
χ2(32) = 46.698, p < .01, SRMR = .063,
GFI = .929, IFI = .964, CFI = .963, RMSEA = .062
χ2(41) = 216.796, p < .01, SRMR = .089,
GFI = .837, IFI = .902, CFI = .900, RMSEA = .075
先行型市場志向(AVE = .483, CR = .788) 2次因子
PMO1 .624 市場学習
PMO2 .718 .159 MIA .743
PMO3 .744 .196 MIS .604 .398
PMO4 .687 .172 MIR .578 .342
反応型市場志向(AVE = .387, CR = .714) アンラーニング
RMO1 .709 ULB .709
RMO2 .667 .182 ULP .807
RMO3 .538 .133 1次因子
RMO4 .558 .152 市場情報の獲得(AVE = .559, CR = .790)
萌芽型市場志向(AVE = .806, CR = .892) MIA1 .650
EMO1 .887 MIA2 .850 .239
EMO2 .908 .135 MIA3 .729 .179
市場情報の共有(AVE = .522, CR = .764)
確認的因子分析(成果変数) MIS1 .719
χ2 (25) = 65.934, p < .01, SRMR = .065,
GFI = .914, IFI = .961, CFI = .961, RMSEA = .072
MIS2 .818 .157
MIS3 .617 .158
新製品優位性(AVE = .394, CR = .652) 市場情報への反応(AVE = .649, CR = .845)
NPA1 .776 MIR1 .819
NPA2 .605 .129 MIR2 .900 .120
NPA3 .463 .159 MIR3 .682 .116
マーケティング創造性(AVE = .659, CR = .884) アンラーニング:信念(AVE = .500, CR = .799)
MC1 .659 ULB1 .737
MC2 .876 .185 ULB2 .672 .151
MC3 .849 .180 ULB3 .779 .131
MC4 .845 .181 ULB4 .632 .138
新製品パフォーマンス(AVE = .678, CR = .893) アンラーニング:プロセス(AVE = .538, CR = .850)
NPP1 .852 ULP1 .643
NPP2 .907 .092 ULP2 .578 .166
NPP3 .825 .094 ULP3 .690 .150
NPP4 .696 .096 ULP4 .893 .172
ULP5 .818 .183

構成概念のAverage Variance Extracted(AVE)について,先行型市場志向,反応型市場志向,そして新製品優位性以外の構成概念では.50以上となり,十分な収束妥当性が確認された(Bagozzi & Yi, 1988Fornell & Larcker, 1981)。先行型市場志向,反応型市場志向,そして新製品優位性のAVEは.50を下回ったが,因子負荷量はすべて.45以上となり,受容可能な収束妥当性を有していた(Comrey & Lee, 2009)。測定尺度の弁別妥当性については,2つの構成概念間の相関を1に固定した確認的因子分析モデルと自由推定した確認的因子分析モデルを比較して検討した。その結果,自由推定したモデルのAICは低くなり,カイ2乗差は有意となった(Δχ2[1] = 8.328~9.023, p < .01)。したがって,本研究の測定尺度は,十分な弁別妥当性を備えていることが確認された。

5.2  仮説の検定

仮説モデルの分析には,最尤推定法によるパス解析を用いた(図2参照)。モデルの構成においては,市場学習の3つ次元(情報収集,共有,反応)とアンラーニングの2つの次元を(信念とプロセス)をそれぞれパーセリングしたうえで,下位尺度得点を算出している。モデルの適合度指標は,χ2(11) = 29.270, p < .01,SRMR = .060,GFI = .963,IFI = .918,CFI = .891,RMSEA = .119だった。カイ二乗検定の結果は有意となり,CFIは多くの研究(e.g., Hair et al., 2010)で推奨されている基準(>.90)を下回り,RMSEAはBrowne and Cudeck(1993)の基準(<.08)を上回ってしまった。しかし,SRMRは.08以下であり(Hu & Bentler, 1999),GFIとIFIは0.9以上となった(Hair et al., 2010)。したがって,本研究の分析モデルは受容可能な適合度であると判断した。

図2.

分析結果

先行型市場志向は,開発チームの市場学習へプラスの影響を与えていた(β = .202, p = .039)。しかし,先行型市場志向からアンラーニングへのパスは有意水準を満たさなかった(β = .070, p = .512)。同様に,反応型市場志向から市場学習へのパスは1%水準で有意だったが(β = .233, p = .010),アンラーニングへのパスは有意水準を満たさなかった(β = –.136, p = .169)。2つの市場志向と異なり,萌芽型市場志向から市場学習へのパスは有意ではなかったが(β = .134, p = .139),アンラーニングへのパスは5%水準で有意だった(β = .224, p = .023)。したがって,仮説1a,仮説2a,仮説3bは支持され,仮説1b,仮説2b,仮説3aは棄却された。

製品開発チームの市場学習から新製品優位性へのパスは1%水準で有意だったが(β = .247, p = .007),マーケティング創造性へのパスは有意水準を満たさなかった(β = –.048, p = .606)。一方,開発チームのアンラーニングからマーケティング創造性へパスは5%水準で有意だったが(β = .185, p = .045),新製品優位性へのパスは有意水準を満たさなかった(β = .033, p = .716)。したがって,仮説4aと仮説5bは支持されたが,仮説4bと仮説5aは棄却された。新製品優位性は新製品パフォーマンスへプラスの影響を及ぼしていたが(β = .300, p = .001),マーケティング創造性は新製品パフォーマンスへ有意な影響を及ぼしていなかった(β = .069, p = .441)。したがって,仮説6は支持され,仮説7は棄却された。

5.3  媒介効果の分析

ブートストラップ法を用いて,市場学習とアンラーニングの媒介効果を検討した。市場学習とアンラーニングそれぞれの媒介効果を明確にするため,仮説の検証で用いたパス解析のモデルを基にして(1)市場学習を除外したモデルと(2)アンラーニングを除外したモデルを推定した。Hedges(1992)に従い,B = 2,000のブートストラップにより信頼区間を検討した結果,先行型市場志向(βPMONPP = .001)と反応型志向(βRMONPP = .002)が市場学習を介して新製品パフォーマンスへ及ぼす影響は10%水準で有意であった。しかし,アンラーニングを媒介させたモデルにおいては,先行型市場志向と反応型市場志向が新製品パフォーマンスへ及ぼす間接効果は有意水準を満たさなかった。萌芽型市場志向に関しては,市場学習とアンラーニングどちらを媒介させたモデルにおいても,間接効果は有意とはならなかった。

5.4  追加的分析

パス解析を用いた分析の結果,いくつかの仮説は支持されなかった。その理由のひとつとして,独立変数と従属変数間の関係が非線形であることが推測される。たとえば,Atuahene-Gima et al.(2005)Tsai, Chou, and Kuo(2008)は市場志向と新製品パフォーマンスにおいて,またYang and Rui(2009)は組織学習と新製品創造性において,それぞれ非線形の関係を主張している。そこで追加的分析として,変数間の非線形(2次項)の関係を探索的に検討した。1次項と2次項において多重共線性が問題となるのを回避するため,Aiken and West(1991)に従い,すべての下位尺度得点を中心化し,各構成概念の2次項を作成した。仮説が支持されなかった変数間において,回帰分析を施した結果,アンラーニングの2次項から新製品優位性へパスは10%水準で有意となった(β = .188, p = .078)。下位検定の結果,低アンラーニング水準(b = –.096, p = .169)と中ラーニング水準(b = .104, p = .204)においては有意な関係が確認されなかったが,高アンラーニング水準ではプラスの関係が確認された(b = .303, p = .003)。

また,マーケティング創造性と新製品パフォーマンスが支持されなかった理由として,B to B製品のサンプルが含まれていることが考えられる。なぜならば,プッシュ戦略が中心のB to B製品とプル戦略も行われるB to C製品では,新製品のマーケティングが異なるためである。そこで,サンプルを製品のタイプ(B to BとB to C)で分割し,マーケティング創造性を独立変数とし,新製品パフォーマンスの関係を従属変数とする回帰分析を施した。分析の結果,B to B製品のサンプル(n = 84, β = –.055, p = .628)においてもB to C製品のサンプル(n = 32, β = .182, p = .326)においても,統計的な有意水準を満たさなかった。したがって,マーケティング創造性は製品のタイプにかかわらず新製品パフォーマンスへ影響を及ぼさないことが示された。

6  議論

日本企業を対象とした調査の結果,6つの仮説が支持され,一方で6つの仮説が棄却された。本節では,仮説が支持されなかった結果を中心に議論していく。先行型市場志向は,アンラーニングに対して有意な影響を及ぼしていなかった。つまり,顧客の隠れたニーズを見出そうという志向性が組織に備わっていたとしても,製品開発チームにおいて必ずしもアンラーニングが促進されるわけではないということである。その理由として,潜在ニーズであってもターゲットは変わらないので,これまでの考え方が通用しないほど異質性が高いわけではないということが考えられる。ただし,先行型市場志向とアンラーニングの関係は,モデレータ変数の影響を取り入れた分析によってプラスとなる可能性がある。たとえば,リスクテイクを促進する組織文化がモデレータ変数の役割を果たすかもしれない。リスクを許容する組織文化が強いほど,製品開発チームは新しいアイデアやプロセスを積極的に受け入れられるだろう。

反応型市場志向とアンラーニングの関係は,統計的に有意な水準を満たしてはいなかった。仮説における議論とは異なり,顕在ニーズにフォーカスすることは,製品開発チームのアンラーニングを阻害するわけではなかった。この結果の背後には,組織の特性や外部環境がモデレータ変数として寄与していることが考えられる。たとえば,組織の革新性によって,反応型市場志向とアンラーニングの関係は変わるかもしれない。Googleには,10xという考え方がある。これは,10%の改善ではなく10倍の変化を目指すという意味である(岩下・石田・恩藏,2013)。10倍の変化を達成するためには,既存の技術やプロセスを超える発想が求められる。このように,顧客の顕在ニーズであってもより革新的な方法で解決しようとする企業では,製品開発チームのアンラーニングは促進されるだろう。一方,組織の革新性が低い場合は,反応型市場志向はアンラーニングを低下させる可能性がある。

萌芽型市場志向は市場学習に対して影響を及ぼしていなかった。この結果は,新たなセグメントを見つけ出そうとする志向が強くとも,市場学習が促進されるというわけではないことを意味している。その理由として,新たなセグメントに対する企業のアプローチが大きく2つに分けられることにあるかもしれない。仮説で示したように,新たなセグメントをターゲットとする場合,綿密に市場学習を行い,ニーズを的確にとらえようとする企業もあるが,他社よりもいち早く市場に製品を導入して先発優位性を構築しようとする企業もあるだろう。Chen, Reilly, and Lynn(2012)は,ターゲット市場が企業にとって新しい場合,新製品の開発速度を短くするほどパフォーマンスも向上することを明らかにしている。あえて未完成のまま市場に製品を導入し,顧客の声を基に改善しようとするのである。

新製品開発チームの市場学習は,マーケティング創造性へ結びついていなかった。市場から様々な情報を収集し,活用することはより創造的なマーケティングの展開に結び付くというわけではなかった。この結果は,アメリカの消費財企業を対象に調査を行ったAndrews and Smith(1996)を追認するものであった。したがって,個人レベルだけでなくチームレベルにおいても,市場学習はマーケティング創造性へは影響を及ぼさないと結論づけられるだろう。

アンラーニングと新製品の優位性の関係は,線形ではなく曲線形であることが,追加的分析によって明らかとなった。具体的には,アンラーニングの程度が大きい場合は,新製品の優位性へ寄与するが,平均以下の水準の場合は寄与していなかった。この結果は,製品開発チームが意識や行動を変革させる場合は,大胆でなければならないということを示唆している。そうすることで,競合他社と差別化された新製品が生み出されるのである。

新製品優位性は新製品パフォーマンスへプラスの影響を及ぼしていたが,マーケティング創造性は影響を及ぼしていなかった。さらに,B to B製品とB to C製品にサンプルを分割した追加的分析においても,マーケティング創造性からの影響は統計的な有意水準を満たしていなかった。新奇性の高いマーケティングは話題になりやすいが,必ずしも高い成果をもたらすわけではないのだろう。

7  まとめと今後の課題

本研究では,先行型市場志向,反応型市場志向,そして萌芽型市場志向という3つのタイプの市場志向に焦点を当て,それらが製品開発チームの学習を介して新製品パフォーマンスへ及ぼすというモデルの検証を試みた。日本の上場製造業企業を対象とした調査によって,3つの市場志向がパフォーマンスへ結びつくメカニズムの違いが確認された。具体的には,先行型市場志向と反応型市場志向は市場学習を促進させていたが,萌芽型市場志向はアンラーニングを促進させていた。また,製品開発チームの学習と新製品優位性の関係に関して,市場学習は線形関係にあった一方で,アンラーニングは非線形の関係にあった。本研究によって,市場志向とパフォーマンスの間に介在する重要な媒介変数として指摘されてきた組織学習の効果を統計的に検証できたことや,3つの市場志向における媒介効果の違いを確認できたことは,理論的に意義があるだろう。

このように,本研究では有用な知見が得られたが,いくつかの限界や今後の課題もある。本研究の限界としては,以下の2点があげられる。第1に,新製品パフォーマンスが主観的な尺度になってしまったことである。本研究では,コモン・メソッド・バイアスを統制するためにMVをモデルに導入したが,完全に排除できたわけではない。今後の研究では,実際の売上や利益といった客観的な尺度を用いるべきだろう。また,主観的な尺度を用いる場合は,独立変数と従属変数の測定時期を分けて,コモン・メソッド・バイアスを排除する調査設計を用いるべきである。第2に,本研究の調査では回答率が比較的低い水準にとどまってしまった。調査の回答者と非回答者に大きな相違は確認されなかったが,母集団分布を正確に反映するためには,より高い回答率が求められる。そのため,今後の研究では回答率を高めるために様々な工夫を施すべきだろう。

今後の研究の方向性としては,以下の4つがあげられる。第1に本研究において不支持だった仮説に関するさらなる実証的な検証が求められるだろう。上で議論したように,仮説が支持されなかった変数間では,様々なモデレータ変数の存在が考えられる。たとえば,先行型市場志向とアンラーニングにおけるリスクテイクを奨励する文化や反応型市場志向とアンラーニングにおける組織の革新性などである。今後の研究では,こうした変数の影響を検証するべきである。第2に,時系列的調査の採用である。たとえば,製品開発を進めているチームに対して市場学習やアンラーニングを測定し,新製品が上市されるタイミングで新製品優位性やマーケティング創造性を測定し,その後十分な時間が経過してから新製品パフォーマンスを測定することができれば,因果関係を明確にできるだろう。加えて,市場学習やアンラーニングのプロセスを把握することも可能となる。アンラーニングには,外部環境のとらえ方,外部の情報に対する反応の仕方,反応の組み合わせ方といった情報処理プロセスに即した考え方もあり(Hedberg, 1981),時系列的調査を採用すればどの段階でどのようなアンラーニングが起こっているのかを測定できるだろう。第3に,新製品パフォーマンスを長期的に測定するべきである。先行型市場志向や萌芽型市場志向によって新製品の優位性は高まるが,市場において大きな成果を生み出すまでには時間がかかるかもしれない。したがって,先行型市場志向や萌芽型市場志向が新製品パフォーマンスへ及ぼす長期的な影響を正確にとらえるためには,時間をかけた測定が重要になるだろう。第4に,サービス業や非上場の製造業を対象とした調査を行うべきである。幅広い業種を対象にした研究を積み重ね,再現性を確認していくことで,研究成果の一般化へと結びついていくだろう。

謝辞

本稿の作成においては,アリアエディターと2名の匿名レビューアーの先生より多数の貴重なコメントをいただいた。ここに記して,謝意を表したい。

1)  先行型市場志向,反応型市場志向,萌芽型市場志向,市場学習の測定尺度を用いた確認的因子分析により,3つの市場志向と市場学習の弁別性を検討した。市場学習と3つの市場志向の相関係数を1に設定したモデルと自由推定したモデルを比較した結果,自由推定したモデルのAICは低くなり,カイ2乗差は有意となった(Δχ2[1] = 51.332~60.772, p < .01)。

2)  欠損値のあるサンプルについては,当該項目に平均値を割り当てている。欠損値のあるサンプル(n = 27)とないサンプル(n = 92)で企業規模,ROA,創業年数を比較した結果,すべてにおいて有意な差が確認されなかった(p > .10)。したがって,欠損値の有無がバイアスとなる可能性は低いと考えられる。

3)  回答企業の業種は,食品(5社),繊維(9社),パルプ・紙(1社),化学(13社),医薬品(5社),ゴム(5社),窯業(4社),鉄鋼業(3社),非鉄金属および金属製品(9社),機械(11社),電気機器(25社),自動車・自動車部品(7社),造船(8社),輸送用機器(2社),精密機器(3社),その他製造業(9社)である。業種分類は日経に基づいている。

4)  各構成概念の質問項目の得点を合計し,項目数で除したものを下位尺度得点とした。

5)  サンプル企業の従業員数,ROAについては,各社の2012年9月から2013年8月の有価証券報告書のデータを利用した。

6)  Podsakoff and Organ(1986)によると,探索的因子分析(回転なし)によって,(a)因子がひとつしか抽出されない場合と,(b)第一因子がデータの分散の過半数以上(the majority)を説明する場合,コモン・メソッド・バイアスが問題になるという。

7)  調整済みの相関係数とt値は,以下の式を用いて算出した(Lindell & Whitney, 2001)。

rijm = (rijrm)/(1 – rm)

tα/2, N–3 = rijm/([1 – r2ijm]/[N – 3])1/2

8)  構成概念間の相関係数とMV調整済み相関係数の値が大きく異なる場合,構成概念間の相関の一部がコモン・メソッドによると考えられる。

参考文献
 
© 2018 日本商業学会
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