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Strategic Channel Choice to Improve Marketing Performances: Considering Interaction Effects between Channel Integration and Firm-Specific Factors
Yonghoon ChoiYoritoshi Hara
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2019 Volume 22 Issue 1 Pages 17-33

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Abstract

本研究は,ポジショニング戦略と経営資源のような企業特殊的要因(firm-specific factors)が,チャネル構造と結合することにより,マーケティング成果に如何なる影響を与えるのかを経験的に分析したものである。従来のチャネル研究は,チャネル構造の選択およびチャネル管理行動を考察する際に,企業特殊的要因を考慮するという視点に欠けていた。また,既存研究は,チャネル行動が企業の市場成果および財務成果に与えるインパクトに関する経験的証拠の蓄積を疎かにしてきた。本研究は以上の点に着眼し,前方チャネルの統合に関する製造業者の意思決定が,当該企業のポジショニングおよび保有資源のあり方と符合して行われるのか否かが,ブランド資産の強化と財務成果の向上というマーケティング成果を規定するという分析モデルを提示し,その経験的妥当性を日本の製造企業396社から収集したサーベイデータを用いて検証する。

Translated Abstract

1  はじめに

マーケティング・ミックスが企業固有のターゲット市場,ポジショニング,資源と符合すべきというのはマーケティングの基本である。製品,価格,プロモーション及びチャネルに関わる種々の意思決定は,当該製品のターゲット,企業の市場地位や資源によって制約される(Kotler & Armstrong, 2017)。ターゲット市場,ポジショニング,資源などの企業特殊的要因(firm-specific factors)にそぐわないマーケティング行動が,マーケティング成果に望ましくない影響を及ぼすことは想像に難しくない。翻って,従来のチャネル研究を概観すると,チャネル構造選択及びチャネル管理行動を考察する際に,企業特殊的要因を十分に考慮しているとは必ずしも言えない(e.g., Ghosh & John, 1999)。

また既存研究は,チャネル行動が企業の市場成果及び財務成果に与える影響に関する経験的証拠の蓄積を疎かにしてきた(Homburg, Vollmayr, & Hahn, 2014Brettel, Engelen, Müller, & Schilke, 2011Srinivasan & Hanssens, 2009結城,2014)。システム・アプローチや社会的交換論を拠り処にするチャネル研究は,もっぱら行動的成果を強調してきた(久保,2003)。

一方で,取引費用分析(Transaction Cost Analysis:以下TCA)に基づく構造選択論においては,背後に効率性という経済的基準を仮定しつつも,成果変数を明示的に分析の俎上に載せた研究は限られている(Geyskens, Steenkamp, & Kumar, 2006)。近年,チャネル行動が企業の成果指標に与えるインパクトを正面から分析する研究が徐々に増加しているものの1),依然としてその蓄積は薄い。

本研究の目的は,環境要因や取引属性とチャネル構造(行動)との整合性に焦点を当ててきた既存研究の限界点を克服すべく,戦略要因と資源要因など企業特殊的要因が,特定のチャネル構造と結合することにより,ブランド資産と財務成果というマーケティング成果に如何なる影響を与えるのかを解明することである。

本研究の発見は,環境要因や取引属性以外に,戦略要因と資源要因もガバナンス形態との整合性によってパフォーマンスに影響することを示唆している。また,機会主義的行動などの負の側面の回避に重点を置く消極的な成果ではなく,市場成果や財務成果を従属変数とする分析モデルを提示することも目的としている。これらの点で,本研究は既存のチャネル研究の限界点を発展的に補完する。

以下本稿は次のように構成される。第2節ではチャネル構造選択に関する既存研究を簡略に振り返るとともに,伝統的なチャネル構造選択の分析枠組みに企業特殊的要因を組み入れたガバナンス価値分析(Governance Value Analysis:以下GVA)モデルを紹介しながら本研究の問題意識を鮮明にする。第3節では,ターゲット市場の範囲及び流通能力(distribution capabilities)とチャネル統合度が結合し,マーケティング成果にどのような影響を与えるかに関する研究仮説を提唱する。続く第4節は実証分析の結果を示す。調査概要,各変数の測定尺度及びその妥当性を示した後,仮説の検証結果を提示する。第5節では本稿の分析結果を改めて吟味し,学術的及び実践的インプリケーションを述べた後に,本研究の問題点を踏まえ今後の研究課題について言及する。

2  既存研究のレビューと本研究の問題意識

2.1  チャネル構造選択研究の展開とその問題点

チャネル構造選択の問題はチャネル研究の中心的テーマの一つであり,マーケティング研究の草創期から現在に至るまで多くの研究蓄積がある2)Copeland(1923, 1924)に代表される初期の研究は,製品特性の違いが消費者の購買習慣の差を生むため,それが最適なチャネル密度を規定し,さらにチャネルの長さにも連動すると主張した。しかし,この時期の構造選択論は経験的証拠を伴わない記述的なものが多く,因果論的に明確な理論ベースに欠けていた(Fein & Anderson, 1997)。また,初期研究は密度と長さの問題を明確に区分せず,「広く長いチャネル」と「狭く短いチャネル」という単純な二分法の発想に基づいていたため,例えば,類似なチャネル密度を維持しつつも長さの異なるチャネルを利用するという企業間の違いを説明することができなかった。

それ以降チャネル構造選択の研究は長らく停滞するが,Williamson(1975, 1985)によって集大成されたTCAの登場をきっかけに活発化するようになった。周知のように,TCAは「企業の境界」の問題を取り扱うための有用な分析枠組みを提供しており,それ故に種々の学問分野で利用されてきた3)。その理論命題の経験的妥当性を最も精力的に追及してきたのはマーケティング研究者,中でもチャネル研究者である(Anderson, 1996)。

マーケティング研究においてTCAは,特にチャネルの前方統合や協調的チャネル関係の形成を説明する支配的な研究パラダイムとしての地位を確立している(渡辺・久保・原編,2011Palmatier, Dant, & Grewal, 2007)。TCAは取引費用の最小化という効率性の観点から,取引を統御する代替的メカニズムとして市場と階層(または中間)組織との間の選択問題に着目する。この枠組みに依拠するチャネル研究は,製造業者が自社製品を顧客に提供するに当たり,流通機能を内部組織で遂行するのか(または内部組織に近い関係的連帯を流通業者と取り結ぶのか),それとも市場を通じて外部流通業者に委託するのかという問題に焦点を当てている。

とりわけ,(1)環境不確実性に起因する不適応問題,(2)行動的不確実性に起因する成果測定問題,及び(3)資産特殊性による機会主義的行動の問題を巡る議論が盛んに展開されてきた4)。TCAは,これらの諸問題が顕著な場合,市場を利用する際の取引困難性が増大するために,所有権的に統合されたチャネルや組織内取引の要素を含む中間組織的チャネルが採用されやすいと主張するが,それが説得的であることは多数の経験的研究によって概ね支持されてきた5)

TCAを積極的に活用することにより,チャネル研究は飛躍的な発展を遂げたものの6),TCAに基づく諸研究に対してはその影響力の大きさ故に,多岐にわたる批判がなされている。特に本研究との関連で問題視される論点は次の二点に集約できる。

第一に,TCA的チャネル研究は外生的な取引属性にだけ焦点を当てるため,環境決定論的であり,戦略的マーケティングの視点に欠けるという批判が存在する(Hunt & Morgan, 1995石井,2012)。TCA的チャネル研究は分析単位として「取引」に注目し,チャネル統合・分離の選択を,資産特殊性と環境及び行動的不確実性という取引属性の関数として捉えてきた7)。それは,TCA的チャネル研究が,資源や戦略的動機,組織的異質性など,企業特殊的要因を分析の埒外に置いてきたことを意味する8)

第二に,既存研究はチャネル構造選択とマーケティング成果との関連性を明示的な分析対象としていない点が指摘できる。多くのTCA的チャネル研究は終始,特定の条件下で如何なるチャネル構造が選択されやすいのかという問題に注目し,取引属性に符合するチャネル構造が選択されれば,成果は自ずと担保されると暗黙裡に想定してきた。しかし,成果変数への影響に関する明示的な検証結果が出されない限り,TCAの規範論的インプリケーションを裏付けることは困難であろう9)Geyskens et al., 2006)。

2.2  チャネル構造に影響する戦略要因と資源要因

TCA的チャネル研究が抱える上述の問題点を克服しようとする試みはGhosh and John(1999)によってなされた。彼らは,企業戦略は費用最少化と価値最大化の両方を追求すべきであり,そのためには価値創造(value creation)と価値請求(value claiming)という二つの根本的プロセスを理解する必要があると主張する。そして,価値創造と価値請求に向けた企業固有の戦略的考慮(strategizing calculus)を分析するためには,TCAの枠組みを資源ベース理論(Resource-Based View)などの知見と融合させ,組織間関係のデザインに対する企業異質性と経路依存性の影響を取り入れるべきだと主張した。

彼らの提案したGVAモデルは,四つの鍵概念(資源・ケイパビリティ,ポジショニング,取引特徴,ガバナンス形態)が相互作用し,取引関係における価値創造と価値請求を可能にするという発想に基づいている。GVAモデルは,チャネル研究において,マーケティング戦略要因や経営資源要因を考慮することが重要であることを強調することにより,「同一産業内の企業間で顧客市場へのアプローチが異質なのはなぜか」,「ポジショニングや資源の違いがガバナンス形態の違いに如何に影響を及ぼすのか」などの疑問に答える糸口を提供する(Ghosh & John, 19992012)。

このような視点を考慮した研究は徐々に増えている。例えば,Nickerson, Hamilton, and Wada(2001)は,企業ポジショニング,資源,ガバナンス形態の相互関係に関して,日本の国際宅配業者を対象に実証分析を行った。Ghosh and John(2005)は,特殊的投資とガバナンス形態(不完備契約の程度)が異質的な資源(製品力)と結合し,品質改善という取引成果にどのような影響を与えるかを,部品サプライヤーとOEMの関係を対象に分析している。

これらの一連の研究は次のような意味でTCA的チャネル研究の持つ問題点を補完している。第一に,企業特殊的要因を分析の射程に入れることにより,ポジショニング,資源,取引属性及びガバナンス形態の相互関連性を踏まえた分析を展開している。第二に,企業戦略の成果として,負の回避(機会主義の抑制や費用最少化)だけでなく,正の促進(利益増大という価値創出)を積極的に模索する企業行動(Jap, 1999)を捉えている。

上述のようなTCA的チャネル研究の問題点を克服すべく,まず本研究は戦略要因の一つであるターゲティングとガバナンス形態との関係に注目する。Porter(1980, 1985)によれば,競争戦略の3つの基本戦略(コスト・リーダーシップ戦略,差別化戦略,集中戦略)は,戦略ターゲットの広狭水準ならびに競争優位の志向点(低コストまたは差別化)という2つの次元から分類される。特定のターゲットを対象にする戦略は集中戦略と呼ばれるが,その中で低コストを追求する戦略がコスト集中,差別化を追求する戦略が差別化集中と呼ばれる。ただ,マーケティング分野において,伝統的に,集中戦略もしくはニッチ戦略を追求する企業の狙いは,特定のニッチ市場に対するフォーカスと差別化を通じて,独自の市場地位を構築することと考えられている(Glazer, 1991)。本研究は,差別化集中戦略を駆使する企業が,自社製品のブランド資産を強化するためには,如何なるチャネル構造を選択すべきか,という点に注目する。

企業固有の資源属性として,本研究はマーケティング能力(marketing capabilities)を構成する一要素である流通能力に着目する(Morgan, Vorhies, & Mason, 2009;Vorhies & Morgan, 2005)。田村(1996)は,これに相当する能力を流通支配型経路力と呼び,市場支配力に繋がる能力として位置づけている。後述するが,流通能力は本研究において企業間関係のガバナンスとしての役割を果たすものとして捉えられている。換言すれば,それはチャネル構築と管理行動を直接的にも間接的にも規定しうる資源の一つであるといえる(Ghosh & John, 1999)。

本研究では,以上のようなターゲティングや資源属性とガバナンス形態の組み合わせが企業のマーケティング成果に影響すると仮定している。つまり,企業固有の戦略要因や資源要因に見合う適切なチャネル構造が選択されてはじめて,所期のマーケティング成果に結びつくと考えている。GVAモデルの考え方を実証的に解明しようとする研究は増加の傾向にあるが,流通チャネルをその対象にしたものは見当たらない。本研究は製造業者の前方チャネルを分析対象とし,企業特殊的要因とガバナンス形態,そしてマーケティング成果間の関連性を紐解く希少な試みとして位置づけられるだろう。

3  本研究の仮説

3.1  分析モデル

1は本研究の分析モデルを示している。本研究ではマーケティング成果に対するターゲット市場のニッチさ及び流通能力それぞれとチャネル統合度との交互作用効果を想定している。一方で,ターゲット市場のニッチさ及び流通能力の主効果に関しては明示的に研究仮説を設定していない。

図1.

本研究の分析モデル

マーケティング成果は,ブランド資産10)と財務成果によって尺度化されている。ブランド資産をターゲット市場とチャネル統合度の交互作用の成果変数として選択したのは,ターゲティングとチャネル管理の問題がブランド資産の強化や維持に深く関わっているためである。一方で,後述するように,流通能力は垂直統合に代替しうるガバナンス手段と考えられる。この代替的な関係を検証するために,個々の事業の最終的な目標である成長性や収益性を示す財務成果を成果変数として設定した。

3.2  ブランド資産に対するターゲット市場の特性とチャネル統合度の交互作用効果

製造業者にとって如何なるチャネル構造を選択するのかという問題は,どのような特性を持つセグメントを標的にするのかという側面に強く規定される。そのことは,ターゲット市場の特性とチャネル構造との間に不整合(misalignment)が存在する場合,マーケティング成果の改善が困難になることを意味する(Ghosh & John, 19992012)。一般的にニッチ戦略を追求する企業の目標は,独自の特性をもつ差別的な製品・サービスを供給し,最終顧客からブランド・ロイヤルティを勝ち取ることにより,高収益を達成することに置かれる(e.g., Doyle, 1990)。

ニッチ市場においてハイエンド・ブランドとしての地位を狙う製造業者にとって,適切なチャネル構造を選択し管理することは重要である(Palmatier, Stern, El-Ansary, & Anderson, 2014Kotler & Levy, 1971)。通常,差別化集中戦略を採用する企業のチャネル戦略は,高統合度と低密度によって特徴づけられる(Frazier & Lassar, 1996)。換言すれば,製造業者がハイエンドなブランド・ポジションを獲得,維持するためには,チャネル密度を制限するとともに,流通過程に自社の統制力を利かせる統合度の高いチャネル構築が不可欠である。その理由は次の三点に集約される。

第一に,過度なブランド内競争や流通業者のフリーライド(Telser, 1960)を防止するためには,流通業者の裁量を制限し,製造業者自らが流通過程に介入する必要がある。ブランド内競争の激化がブランド・イメージと競争力の維持に有害であることは広く知られている(Fein & Anderson, 1997Frazier & Lassar,1996)。高品質,高機能,高級感を訴求する製品は,それを取り扱う店舗の評判やイメージが,製品イメージに投影されるために,価格設定や付随サービスを含む種々の流通課業を流通業者の裁量に一任せず,製造業者自らが統制する必要がある。

第二に,ハイエンドなブランド・ポジションを確立,維持するためには流通過程に特殊的資産が求められるため,統合型チャネルを形成する必要性が高まる。ニッチ戦略を追求する企業は,最終顧客に自社製品を差別的なものと知覚させることによってはじめて高い収益率を達成できる。そのような差別化のためには,有・無形の製品属性のみならず,カスタマイズされた流通サービスが要求される(Majumdar & Ramaswamy, 1995)。

ところが,カスタマイズ度の高い流通サービスを提供するためには,流通過程に特殊度の高い資産が必要である。顧客の嗜好に合わせたカスタマイズされた製品説明やアフター・サービスのためには,販売や流通過程に関わる担当者に特別なトレーニングや教育を受けさせる必要がある。また,特別な販売設備の利用や自社ブランドのみの売場編集を製造業者が意図する場合は,それに相応する特殊的投資が求められる。

しかし,特殊的資産への投資は事後的な機会主義の問題を引き起こすが故に,流通業者は投資を躊躇しがちになる(Williamson, 1975, 1985Anderson, 1996)。その結果,製造業者は,自社が必要とする特別な流通サービスを市場から調達し難くなるため,自ら流通機能を遂行せざるを得ない。以上の議論はTCAの典型的なストーリである。

第三に,統合度の高いチャネルを通じて市場情報を入手する必要があるからである。プレミアム・ポジショニングを追求するニッチ製品のマーケティングには,ブランド・ロイヤルティの構築に重きが置かれるため,ニッチ・チャネルは顧客関係管理を求められる(Jarvis & Goodman, 2005Palombo, 2009)。

Glazer(1991)によれば,経験効果を基盤とする低コスト・大量生産のリーダーシップ戦略と,差別化を武器とするニッチ戦略は,それぞれ重視する情報の内容が異なる。前者にとっては生産や製品知識の重要度が高い反面,後者の遂行には,顧客との間に蓄積された経験,すなわち市場情報が重視されるという。特に,特定のターゲット市場に関する的確かつ詳細な情報収集能力と,情報を迅速かつ正確に加工処理できる能力が,ニッチ戦略においては中核的な要素となる(Glazer, 1991, p. 10)。

市場情報に基づく顧客関係管理を効果的に行おうとする場合,外部チャネルの利用にはいくつかの問題が付きまとう。外部チャネルを利用する場合,製造業者が入手できる市場情報は流通業者というフィルターを一旦通らざるを得ないため,情報の的確性と迅速性が制約される。また,そもそも流通業者は自社の持つ組織内外の情報を製造業者と共有することを警戒しがちである。それは,製造業者を通じて情報が漏洩することを懸念するという理由もあれば(Sislian & Satir, 2000Wathne & Heide, 2000),製造業者への情報提供によって流通業者自身にどのようなベネフィットが生まれるかが不明確であるという理由もある(Frazier, Maltz, Anita, & Rindfleisch, 2009)。

流通業者は顧客との直接的なコンタクトを持つが故に,彼らが保有する市場情報は,製造業者が市場調査などを活用し独自に取得することが不可能ではないにしろ,流通業者を通じずに取得することは困難なものである(Frazier et al., 2009, p. 31)。製造業者が,外部チャネル利用に伴う情報取集の制約を取り払う確実な手段は,統合度の高いチャネルを構築することによって顧客との直接的な接点を構築することである。本研究では以上の一連の議論に基づき次の仮説を立てる。

 

仮説1 差別化集中戦略を追求する製造業者は統合度の高いチャネルを利用することにより,自社製品のブランド資産を強化することができる。

3.3  流通能力とチャネル統合度の交互作用が財務成果に与える影響

Williamson(1975)によると,取引費用とは「関係を統御(governance)するための費用」のことである。本研究の分析コンテクストである製造業者の前方統合問題に鑑みると,自社製品を取り扱う川下の流通業者との取引関係を構築,維持,発展させるために求められる諸々の費用に該当する(Heide, 1994)。先述のように,TCA的チャネル研究は,資産特殊性や不確実性が高い条件下では取引費用が高まりやすいため,所有権的統合または中間組織を通じて取引を内部化することが,効率性を達成できる手段であると主張してきた(Rindfleisch & Heide, 1997)。資産特殊性と不確実性の高い取引関係は,市場メカニズムを用いることによって十分に防御(safeguard)されず,権限関係と持続性という組織内取引の要素(高嶋,1994)が組み込まれることによって,取引困難性が克服されるのである。

以上のようなTCAの基本命題に対して,Shervani, Frazier, and Challagalla(2007)は,市場支配力のある企業は,取引困難性の高い条件下ですらチャネル統合を選択せずとも統合の目的を達成できると主張した。製造業者が前方統合に乗り出すことの究極的な目的が,流通業者の行動と意思決定を自社の統制下に置くことにあると考えると,市場支配力は所有権統合に取って代わる統御メカニズムになり得ると,彼らは主張する11)

ここで忘れてならないことは,市場シェアを追求するために,例えば日本のいくつかの産業の市場リーダーたちは,流通能力の獲得を目指したということである(田村,1996)。つまり,市場支配力は結果であり,流通能力の獲得は手段ということになる。本研究では,市場支配力というよりかはむしろ流通能力を企業固有の資源として考え,その資源が代替的なガバナンス手段となると仮定している。流通能力は,マーケティング能力の一要素であり,顧客に価値を届けるために流通チャネルを効率的・効果的に管理する能力である(Weitz & Jap, 1995Morgan et al., 2009Vorhies & Morgan, 2005)。

チャネル管理に関して流通能力に優れている企業が享受できるメリットとしては次の二点が考えられる。第一に,流通能力の高い企業は,販売力や営業力を背景に高い市場シェアと製品差別化を獲得することにより,比較的容易に新規チャネルを開拓できると同時に,既存チャネルから販売努力を確保できる。最終顧客が個別ブランドをどれほど認知しているかは,流通業者にとって重要な考慮事項である(Hoyer & MacInnis, 2004)。シェアと差別化の程度が低い製品は,最終顧客からの評価と認知度も低いが故に,流通業者から高評価を受けることは困難である。反面,差別化と認知度の高い製品は,それに対する顧客の知覚価値が高く,早い回転率と大量販売を通じて流通業者の財務成果に貢献するために,流通業者からの選好度も高い(Frazier, 1983Scherer, 1980)。

優れた流通能力を持つ製造業者の製品は,それを品揃えに欠くと流通業者自身の評判を低下させる恐れがあるため,相対的に容易くマーケティング上の支援を流通業者から引き出すことができる(Palmatier et al., 2014Anderson & Narus, 1990)。

Reibstein and Farris(1995)は,最寄品カテゴリで,チャネル密度が一定のレベルを超えると,市場シェアが収穫逓増的に伸びる現象を発見した。あるブランドのチャネル密度が高まれば,当該ブランドの露出度も高まり,消費者が他のブランドに強い拘りを持たない限り,自然に選ばれる確率が高くなる。その結果,売上と市場シェアが向上すると,当該ブランドを品揃えに含もうとする流通業者のインセンティブは強くなる。なぜなら,有力ブランドを品揃えに欠くことは,ストア・イメージを落とす恐れがあるからである。よってチャネル密度は一層高まり,売上と市場シェアを吊り上げる好循環が期待できる。

この研究から得られる主な知見は,チャネル密度が市場シェアに与える影響であるが,市場シェアが高いブランドや企業は,比較的少ない努力と費用でチャネルを開拓し,流通業者の販売努力を取り付けることもできるという推論をも可能にさせてくれる12)

第二に,流通能力のある製造業者は,流通業者の意思決定を統制する能力に優れている。強い流通能力を持つ企業は,モニタリングと監視能力に長けている。また彼らは,正当性パワーを行使し,流通業者に対して多様なインセンティブを提供する資源と能力を持ち合わせている(e.g., Hunt & Nevin, 1974)。従って,外部チャネル利用時に懸念される機会主義,情報の非対称性,成果測定の曖昧性は緩和される可能性が高い(Shervani et al., 2007)。チャネル関係における交渉,情報収集,そして調整に関連する諸プロセスは,パワーの保有によって促進されるからである(Palmatier et al., 2014)。

また,流通業者は流通能力のある製造業者の意思に反する行動を起こし短期的な利益を追求するよりは,彼らの意向に従うことによって安定的な製品供給と長期的な利益の源泉を確保したいと考える。その意味で流通能力は,高い取引費用を伴わず流通業者の統制を可能ならしめるため(Gaski, 1986Payan & McFarland, 2005),機会主義的行動に対する抑制メカニズムとしての働きを担う(Heide & John, 1992, p. 4)。以上の議論から,流通能力の強い製造業者は統合チャネルを利用せずとも,外部チャネルを利用することの欠点である統制の問題を最小化できると考えられる(Heide & John, 1990)。

一方で,流通能力の強い企業にとって統合チャネルの選択は,彼らの有する資源とガバナンス形態間の不整合を意味し,マーケティング成果を低下させる危険性がある。その理由は,資源の浪費と流通課業遂行の効率性悪化にある。

統合型チャネルの構築と運営は高い費用を要する。特定の流通段階を所有権的に統合する場合,人員,装備,施設,在庫などへの固定資本の投入は不可避である(Harrigan, 1983)。中間組織的チャネルを利用する場合にも,時間と労力を含む諸々の関係構築費用が発生する。近年のチャネル研究においては,統合型チャネルの優位性がむやみに強調されているが,そこでは統合型チャネルを構築するために不可欠な費用が看過されており,結果的に外部チャネルの相対的優位性に対する視点が欠落している(Bercovitz, Jap, & Nickerson, 200613)

また,流通能力のある製造業者は,統合チャネルを用いることにより外部チャネルの利用時に得られる規模の経済性を放棄しなければならない(Brettel et al., 2011Rapp, 2009)。流通(商)業者のみが取引活動への専門化によって最小最適規模の取引量に到達できるため,外部チャネルを利用する製造業者は取引専門化による規模の経済性を享受できる(田村,2001,pp. 71–72)。

以上のことを勘案すれば,統合チャネルを選択することが正当化されるのは,統合によって犠牲にされる効率性を「統制によるベネフィット」が上回る場合に限られる。チャネルの前方統合問題は,流通過程に対する統制力の確保とそのための資源投入間のトレードオフとして考えることができる(Anderson, Day, & Rangan, 1997)。製造業者は流通能力という資源を背景にこのトレードオフを解決することができる。すなわち,流通能力の強い製造業者は,チャネル統合を行わずにして流通過程に統制力を発揮できるために,彼らにとってチャネル統合は無駄な資源の投入を意味する。製造業者が持つ資源の有限性を前提すれば,チャネル統合に伴う余計な資源投入は,本来売上成長のために配分されるべき投資を拒むと同時に,外部チャネル利用時に享受できる効率性を自ら放棄することにより投資収益率に悪影響をもたらすなど,財務成果の改善を阻害する一因に繋がるはずである。以上の議論から次の仮説が導出される。

 

仮説2 流通能力の強い製造業者は統合度の低いチャネルを選択することにより,相対的に高い財務成果を達成することができる。

 

本研究においてターゲット市場のニッチさと流通能力の主効果を敢えて仮定しない理由については敷衍する必要がある。まず,ターゲット市場のニッチさは,それ自体としてはブランド資産の強化に影響を及ぼさないと考えられる。ニッチ戦略をとる製造業者には,生産能力の欠如やマーケティング能力の不足で,狭いターゲットしか狙えない企業が含まれており(Frazier & Lassar, 1996),ニッチ戦略の採用が直ちにブランド資産を強化しうるという根拠は存在しない。

一方で,流通能力に関しては,確かに単独でも財務成果に正の主効果を持つであろうと予想される。なぜなら,企業は流通能力を背景に,顧客の愛顧を勝ち取り,高いオペレーション効率を維持することにより,競合他社より優れた財務成果を達成する可能性があるからである。しかし,本研究の理論的関心はあくまでも,流通能力が財務成果に及ぼすポジティブな効果は,チャネル統合度と結合することにより緩和されるだろうという点にある14)

4  実証分析

4.1  サーベイ概要

以上の両仮説を検証するために,本研究は日本の製造企業から収集したサーベイ・データを用いる。分析コンテクストは製造業者による卸売段階の前方統合である15)。研究モデルを構成するすべての理論変数について観察可能な客観的指標の入手が容易でなかったため,実務家の知覚評価による1次データを使用した。

調査実施期間は2015年1月から同年3月までである。サンプル・フレームとしては,『会社四季報2015』(東洋経済新報社)掲載の製造企業が網羅された。分析結果における産業特殊的要因によるバイアスを避け,外的妥当性を確保するため,調査は業界横断的に実施された。ランダム・サンプリングで抽出された1,507社3,000事業部に対して,調査の趣旨と調査への協力を促す手紙を添えた質問票が郵送された。その際に主情報源としては,各社のマーケティング部門の役員または最高経営者を指定し回答を依頼した。

製造業全部門にまたがる415事業部からの協力が得られたが(回答率13.83%),そのうち,主要構成概念に関連する複数の項目で欠損値が見られた16票を除き,336社396事業部からの回答を最終分析に用いた(有効回答率13.2%)16)

1には各変数の概要が示されている。企業属性を除くすべての変数は,既存研究をベースに複数項目で設計され,リカート7点尺度でスケーリングされた(1:「全くそう思わない」~7:「非常にそう思う」)。両仮説を検証するために,主変数以外に従属変数に影響を及ぼすと思われる複数の統制変数が加えられた。企業属性として両モデルに共通的に含まれたのは,企業経験,企業規模及び産業ダミー(15産業)である。企業経験としては操業年数を,企業規模に関しては正社員数をそれぞれ代理変数として用いた。その際に,操業年数に関しては,調査時点(2015年)から創業年を引いた値を,正社員数については対数変換したものをそれぞれ使用した。なお,仮説1に関しては二つの製品属性(複雑性と新奇性)を統制変数として導入した。製品の技術的複雑性やユニークさは,ブランド資産の強化に役立つ可能性が高い。仮説2については,上記二つの製品属性に加え,TCAの中心概念である,環境・行動的不確実性を統制変数として取り入れた。環境不確実性は環境変化への適応を困難にし,行動的不確実性は成果の評価を巡る交渉の余地を作り出すために,流通課業遂行上の効率を阻害し,財務成果の向上を妨げると予想されるからである。

表1. 測定尺度の概要と構成概念の妥当性指標
構成概念 測定尺度 因子負荷量 α CR AVE
ターゲットのニッチさ
Frazier & Lassar, 1996
1.主力製品は,意図的に限られた数の潜在顧客を対象にしたものである。 0.85 0.88 0.89 0.72
2.主力製品は,狭い範囲の顧客だけにアピールすることを意図している。 0.97
3.主力製品のマーケティングは隙間(ニッチ)戦略である。 0.72
流通能力
Shervani et al., 2007
1.貴社の販売力は競合他社に比べて強い。 0.91 0.81 0.83 0.56
2.貴社のマーケティング力は競合他社に比べて強い。 0.64
3.貴社の営業力は競合他社に比べて強い。 0.81
4.貴社の市場シェアは業界平均より高い。 0.57
製品複雑性
Solberg, 2008
高田,2013
1.主力製品は技術的に複雑な製品である。 0.70 0.86 0.87 0.69
2.主力製品の製造技術や生産工程は高度に特殊である。 0.90
3.主力製品の製造技術や生産工程は高度なイノベーションの結果である。 0.87
ブランド資産
Aaker, 1996
Frazier & Lassar, 1996
1.主力製品は競争他社の同種製品に比べて高価格である。 0.43 0.76 0.81 0.53
2.主力製品は競争他社の同種製品に比べて高品質・高機能である。 0.95
3.主力製品は競争他社の同種製品に比べて品質の一貫性がある。 0.75
4.主力製品は競争他社の製品とは差別化されている。 0.68
製品新奇性
Lee & O’Connor, 2003
Calantone, Chan, & Cui, 2006
1.主力製品は競争相手の製品とは画期的に違う。 0.82 0.91 0.91 0.67
2.主力製品の製品化に使用された技術は顧客にとって斬新である。 0.88
3.主力製品は競合製品の属性に目覚しい改善を加えたものである。 0.74
4.主力製品は競合製品にない完全に新しい特徴を備えたものである。 0.85
5.主力製品は非常にユニークである。 0.79
環境不確実性
(Wathne & Heide, 2004;
Kim, McFarland, Kwon, Son, & Griffith, 2011
1.主力製品に対する顧客ニーズの変化は予測困難である。 0.79 0.88 0.89 0.66
2.主力製品の販売量の変化は予測困難である。 0.82
3.主力製品市場の成長率は予測困難である。 0.88
4.主力製品市場の競争業者の動きは予測困難である。 0.75
財務成果
結城,2014
1.主力製品の売上成長率は業界平均より高い。 0.75 0.79 0.8 0.67
2.主力製品の投資収益率は業界平均より高い。 0.88
チャネル統合度
高田,2013
1.小売や最終顧客への販売を,(販社などを含め)自社で遂行している。 0.87 0.87 0.87 0.57
2.小売や最終顧客への物流を,(販社などを含め)自社で遂行している。 0.68
3.小売や最終顧客への販促を,(販社などを含め)自社で遂行している。 0.79
4.小売や最終顧客への流通に用いる設備やシステムは貴社所有の資産である。 0.64
5.小売や最終顧客への販売を担当するのは貴社の従業員である。 0.77
行動的不確実性
Stump & Heide, 1996
1.卸売段階での販売成果に対する客観的な評価は困難である。 0.69 0.88 0.89 0.74
2.卸売段階で貴社が求める適切なサービスが提供されているか否かを把握することは困難である。 0.96
3.卸売段階で販売や流通サービスが効率的に遂行されているかどうかを評価することは困難である。 0.89
企業規模 従業員(正社員)数 N/A N/A N/A N/A
企業経験 操業年数 N/A N/A N/A N/A

注)( )内の文献は,尺度設計の際に主に参考にしたものを表す。

回答者の適切性に関する主情報源バイアス(key informant bias)をチェックするために,自社の流通活動に対する知識を問う二つの設問が用意された17)。両質問に対する回答者の知識水準はそれぞれ平均5.0(S.D. = 1.29)及び4.8(S.D. = 1.36)であった。また,回答者の平均勤続年数は27.6年(S.D. = 11.52)であり,調査時点で当該業務に携わって平均7.27年(S.D. = 7.2)が経過していた。以上を総合的に考慮すると,本調査の情報提供者はサーベイ内容に対する十分な経験と知識を持つものと判断され,主情報源バイアスは限定的であると思われる。

さらに無回答者バイアスをチェックするため,2週間以内に返送された回答とそれ以降のものに関して,本研究モデルに含まれる全ての変数について平均差検定を行った(Armstrong & Overton, 1977)。無回答者バイアスは,遅期回答者は無回答者と同じ属性を持つという想定に基づくものである。その結果,いずれの変数においても統計的に有意な差は見られず,無回答者バイアスは存在しないと判断できる。

なお,独立変数と従属変数が同じ対象から回答されたため,コモン・メソッド・バイアス(common method bias)を検証する必要性もあり,Harman’s one-factor testを実施した。全ての構成概念の観測変数を用いて,固有値1以上を因子抽出の条件とする主因子法による探索的因子分析を行った(Podsakoff & Organ, 1986)結果,寄与率が50%を超えない複数の因子が抽出されたため,コモン・メソッド・バイアスの問題は深刻でないと考えられる。

4.2  構成概念の妥当性

仮説の検証に先立ち,複数項目で設計された構成概念の収束妥当性及び弁別妥当性を把握するために,測定モデルの検証を行った。ただし,本研究の全ての変数を一つの測定モデルに取り入れると,推定パラメーター数に対するサンプル数の比率が5を下回るため,主変数群(独立変数,従属変数及び調節変数)と統制変数群に分けて確認的因子分析を実施することにした18)

分析の結果,二つの測定モデルの適合度指標は概ね良好であった。主変数群については,χ2 = 345.174(p < .00, d.f. = 125),GFI = .916,CFI = .934,RMSEA = .067,統制変数群に関してはχ2 = 230.867(p < .00, d.f. = 84),GFI = .‍927,CFI = .961,RMSEA = .067,という指標が示され,いずれもモデルに対するデータの当てはまりの良さを表している。潜在変数に対する因子負荷量がやや低い観測変数が一つ(ブランド資産の第1項目)検出された(因子負荷量0.43)。しかし,当該項目は製品の価格水準を問うものであり,価格水準の高低はブランド資産という変数を構成する中核的部分の一つであるという理論的考慮から,当該項目を除外せず分析を進めることにした。

各構成概念の内的一貫性と収束妥当性を表すクロンバックαと合成信頼度(CR: composite reliability)は,一般的な推奨値(0.7)を満たしていた(Bagozzi & Yi, 1988Fornell & Larcker, 1981)。収束妥当性を表す平均分散抽出(AVE: average variance extracted)に関しても,すべての構成概念が推奨値(0.5)をクリアしている19)(以上表1参照)。弁別妥当性については各変数のAVEの平方根と潜在変数間の相関係数とを比較した。前者が後者より大きいと変数間の弁別妥当性は確保されると見なされる。表2に示す通りこの条件は満たされている。表2には記述統計及び相関マトリックスを併記しておく。以上の結果を以て仮説の検証に進む。

表2. 相関マトリックスと記述統計
変数 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26
1.流通能力 .75
2.ブランド資産 .28** .73
3.製品複雑性 .17** .53** .83
4.製品新奇性 .24** .62** .58** .82
5.ターゲットのニッチさ −.11* .17** .17** .23** .85
6.環境不確実性 −.16** .05 .06 .07 .16** .81
7.行動的不確実性 −.23** −.00 .04 .01 .23** .33** .86
8.チャネル統合度 .14** .07 .11* .08 .12* .06 −.06 .75
9.財務成果 .44** .34** .25** .42** .06 −.11* −.12* .15** .82
10.企業経験 .01 −.03 .01 −.10 −.08 −.15** −.11* −.10 −.11* N/A
11.企業規模(ln) .13** .13** .26** .12* −.18** −.20** −.15** .11* .10 .28** N/A
12.ダミー(非鉄金属) .02 −.01 .01 .06 .01 .00 .04 .05 .08 .04 −.03 N/A
13.ダミー(繊維) .03 .09 .00 .02 −.01 .07 .01 −.07 −.05 .10 −.11* −.03 N/A
14.ダミー(ガラス・土石) .00 –.00 .01 −.07 −.02 .04 −.05 .01 .07 .07 −.02 −.03 −.04 N/A
15.ダミー(医薬品) −.04 −.07 −.01 −.11* .08 −.07 .07 −.05 .09 −.05 −.10 −.02 −.03 −.02 N/A
16.ダミー(輸送機器) −.16** .05 .07 .07 .02 –.00 .00 .10* −.11* .00 .25** −.04 −.07 −.05 −.04 N/A
17.ダミー(鉄鋼) .10* −.05 .04 −.03 −.01 .02 –.00 .08 .01 .04 −.04 −.02 −.03 −.03 −.02 −.05 N/A
18.ダミー(パルプ・紙) .01 −.15** −.18** −.14** −.02 −.06 −.04 .12* −.02 .02 −.02 −.02 −.03 −.02 −.02 −.04 −.02 N/A
19.ダミー(精密機器) .00 .00 −.03 .06 −.07 −.02 −.05 −.02 −.02 −.04 −.03 −.03 −.05 −.04 −.03 −.06 −.03 −.03 N/A
20.ダミー(金属製品) .12* −.03 −.08 −.05 −.02 −.02 .02 .05 −.01 −.01 −.07 −.04 −.06 −.05 −.03 −.07 −.04 −.03 −.05 N/A
21.ダミー(ゴム) −.06 .03 −.04 .00 −.03 .00 .03 −.07 .01 .12* .01 −.02 −.03 −.02 −.02 −.04 −.02 −.02 −.03 −.03 N/A
22.ダミー(石油・石炭) .02 −.12* −.07 −.12* −.1 −.12* −.05 −.01 .07 −.00 .03 −.02 −.02 −.02 −.01 −.03 −.02 −.01 −.02 −.03 −.01 N/A
23.ダミー(電気) −.06 −.11* .04 −.01 .06 −.07 .03 .00 −.04 −.10* .15** −.06 −.10 −.08 −.06 −.13* −.07 −.06 −.09 −.11*2 −.06 −.04 N/A
24.ダミー(機械) −.04 .11* .06 .03 .14** .04 −.03 .07 −.00 −.01 −.01 −.07 −.10* −.06 −.06 −.14* −.07 −.06 −.09 −.12* −.06 −.05 −.20** N/A
25.ダミー(食料品) .05 .01 −.03 .02 −.21** .03 .03 −.08 .01 −.08 −.05 −.04 −.06 −.05 −.04 −.08 −.04 −.04 −.06 −.07 −.04 −.03 −.12* −.13** N/A
26.ダミー(化学) .09 .06 .03 .05 .03 −.03 −.07 −.07 .05 .09 −.08 −.07 −.10* −.08 −.06 −.13* −.07 −.06 −.09 −.12* −.06 −.05 −.20** −.21** −.13* N/A
記述統計量
平均 4.50 5.06 4.58 4.03 3.71 3.32 3.43 4.24 4.23 74.18 6.87 N/A N/A N/A N/A N/A N/A N/A N/A N/A N/A N/A N/A N/A N/A N/A
標準偏差 1.05 0.90 1.26 1.20 1.62 1.11 1.13 1.44 1.22 28.64 1.53 N/A N/A N/A N/A N/A N/A N/A N/A N/A N/A N/A N/A N/A N/A N/A

(注)** p < 0.01,* p < 0.05(両側検定)なお,斜線にある太字の値は,各構成概念のAVEの平方根を表している。

4.3  仮説の検証

本研究モデルは次の二つの回帰方程式として定式化できる。BEはブランド資産,FPは財務成果,CIはチャネル統合度,NSはセグメントのニッチさ,DCは製造業者の流通能力をそれぞれ表す。

 

モデル1 BE = c + a1 (NS) + a2 (CI) + a3 (NS × CI) + controls + ε.

モデル2 FP = d + b1 (DC) + b2 (CI) + b3 (DC × CI) + controls + u.

 

これら二つの回帰方程式を推定するため,ブランド資産及び財務成果を従属変数とする二回の重回帰分析が実施された20)。分析結果は表3の通りである。

表3. 仮説検証の分析結果
説明変数 モデル1 モデル2 仮説
基本モデル フルモデル 2SLS 基本モデル フルモデル 2SLS
常数 2.71 (.243)** 2.69 (.241)** 2.28 (.420)** 3.24 (.445)** 3.42 (.450)** 3.26 (.524)**
ターゲットのニッチさ .021 (.024) .017 (.023) .047 (.036)
流通能力 .353 (.054)** .339 (.054)** .364 (.068)**
チャネル統合度 .008 (.025) .011 (.025) −.315 (.254) .067 (.037) .060 (.037) −.096 (.268)
ニッチさ×チャネル統合度 .040 (.014)** .032 (.017) H1
流通能力×チャネル統合度 –.075 (.037)* –.088 (.040)* H2
製品複雑性 .167 (.035)** .158 (.035)** .189 (.048)** −.023 (.052) −.025 (.052) −.010 (.057)
製品新奇性 .341 (.037)** .346 (.037)** .342 (.043)** .393 (.054)** .396 (.054)** .393 (.054)**
行動的不確実性 −.037 (.049) −.051 (.049) −.065 (.054)
環境不確実性 −.069 (.051) −.075 (.050) −.053 (.062)
企業経験 −.001 (.001) −.001 (.001) −.003 (.002) −.004 (.002)* −.005 (.002)* −.006 (.003)*
企業規模 .035 (.027) .042 (.027) .081 (.044) .045 (.040) .034 (.040) .045 (.044)
産業ダミー(輸送用機器) −.021 (.190) −.005 (.188) .262 (.302) −.534 (.281) −.589 (.280)* −.441 (.374)
産業ダミー(金属製品) .102 (.198) .076 (.196) .360 (.318) −.219 (.293) −.206 (.292) −.083 (.357)
産業ダミー(電気機器) −.233 (.165) −.224 (.164) −.100 (.214) −.229 (.242) −.214 (.241) −.134 (.275)
産業ダミー(機械) .175 (.163) .172 (.162) .392 (.254) −.087 (.259) −.112 (.238) −.000 (.303)
産業ダミー(食料品) .085 (.189) .103 (.188) .168 (.225) −.147 (.276) −.156 (275) −.147 (.273)
産業ダミー(化学) .100 (.164) .107 (.162) .224 (.210) −.055 (.242) −.023 (.262) −.034 (.252)
産業ダミー(非鉄金属) −.199 (.281) −.195 (.278) .148 (.420) .398 (.412) .364 (.410) .524 (.489)
産業ダミー(繊維) .393 (.212) .398 (.210) .473 (.253) −.334 (.312) −.358 (.311) −.342 (.309)
産業ダミー(ガラス・土石) .165 (.243) .175 (.241) .412 (.337) .599 (.358) .549 (.357) .639 (.386)
産業ダミー(医薬品) −.063 (.296) −.007 (.294) −.018 (.345) 1.17 (.436)** 1.16 (.434)** 1.19 (.433)**
産業ダミー(鉄鋼) −.211 (.270) −.205 (.267) .217 (.453) −.190 (.399) −.223 (.397) −.052 (.489)
産業ダミー(パルプ・紙) −.256 (.300) −.214 (.298) .424 (.605) .059 (.442) .068 (.440) .377 (.683)*
産業ダミー(精密機器) −.022 (.225) .003 (.223) .133 (.280) −.373 (.331) −.367 (.329) −.319 (.340)
産業ダミー(ゴム) .348 (.296) .358 (.293) .365 (.343) .290 (.434) .260 (.432) .271 (.428)
産業ダミー(石油・石炭) −.407 (.370) −.344 (.368) −.203 (.444) 1.12 (.548)* 1.16 (.545)* 1.23 (.556)*
F 15.41** 15.34** Wald χ2 = 247.43n.s. 9.69** 9.58** Wald χ2 = 231.89n.s
R square .464 .475 .236 .375 .383 .353
adjusted R square .434 .444 .336 .343
N = 396 N = 396 N = 396 N = 396 N = 396 N = 396
VIF最大値 3.23 3.32 3.3 3.3
ΔR square .011** .008*
被説明変数 ブランド資産 財務成果

p < 0.1 ; * p < 0.05 ; ** p < 0.01(two-tailed test)OLS 注:回帰係数は非標準化係数であり,括弧内は標準誤差を表す。

まずブランド資産を従属変数とするモデル1(基本モデル)の推計結果を見ると予想通りセグメントのニッチさがブランド資産に与える主効果は見当たらない(b = 0.021, p > 0.1)。前述したように,ニッチ・セグメントの選択が直ちにプレミアムなブランド価値を担保するわけではないことが読み取れる。チャネル統合度との交互作用項を追加した場合(フルモデル)のR2値の変化量から,交互作用項を取り入れるとモデルの説明力が有意に向上することが分かる。基本モデル同様にセグメントのニッチさの主効果は存在しない(b = 0.017, p > 0.1)。本研究の関心事である交互作用項の回帰係数は有意な正の値を示し(b = 0.040, p < 0.01),ニッチ戦略をとる企業は,統合型チャネルを通じて製品を流通することによりはじめてブランド資産を強化できるだろうという予想を裏付けている。

仮説2では,流通能力が財務成果に与える正の効果が,チャネル統合度と結合することによって弱まると予想された。まず,製造業者の財務成果に対する流通能力の主効果は予想に従って有意にポジティブであり(b = 0.339, p < 0.01),流通能力が強まるほど企業は高い財務成果を成し遂げることが分かる。本研究の関心事である流通能力とチャネル統合度の交互作用に関しても,回帰係数の符号は仮説2の予想と整合している(b = –0.075, p < 0.05)。この結果は,流通能力が財務成果に及ぼす正の効果が,チャネル統合度との結合を通じて相殺されるだろうという,仮説2の予想をサポートするものである。

3には二段階最小二乗法(two stage least squares: 2SLS)による分析結果が併記されている。両モデルには,調節変数である「チャネル統合度」との交互作用項が含まれているが,チャネル統合度に関しては内生性バイアスが憂慮されるからである。そのため,「資産特殊性」を「チャネル統合度」の操作変数(instrumental variable)とした2SLSを実施した。「資産特殊性」は「チャネル統合度」とは有意な相関を示し(r = 0.184, p < 0.01),従属変数であるブランド資産(r = 0.081, p > 0.1)及び財務成果(r = 0.007, p > 0.1)とは,ほぼ相関が観られなかったため,操作変数として適切であると判断される21)

しかし,Wu-Hausman検定の結果,いずれのモデルにおいても,チャネル統合度の外生性仮定は崩されなかった(モデル1は,F(2, 372) = 1.925,p > 0.1,モデル2は,F(2, 370) = 0.237,p > 0.1)。チャネル統合度の内生性が否定されたため,交互作用項が含まれても内生性バイアスは限定的であると考えられる22)。なお,内生性仮定の棄却にも関わらず2SLSの分析結果を表3に示すが,両モデルにおける交互作用項の説明力は,OLSによる分析結果と矛盾するものではなかった(モデル1に関しては,b = 0.032,p < 0.1,モデル2については,b = –0.088,p < 0.05)。以上は,本分析結果の頑健性(robustness)を担保するものである。

以上の二つの交互作用効果の形態が我々の仮説を裏付けるか否かをさらに確かめるため,単純傾斜分析を用いた事後検定に進む。

4.4  事後検定(post-hoc analysis)

モデル1では,「セグメントのニッチさ×チャネル統合度」が「ブランド資産」に,モデル2においては,「流通能力×チャネル統合度」が「財務成果」に与える,それぞれの交互作用効果が検出された。これら交互作用効果の形態を吟味するために,Aiken and West(1996)及びHolmbeck(2002)の提案した手順に沿って事後検定を行った。「セグメントのニッチさ」と「ブランド資産」の関係性及び「流通能力」と「財務成果」の関係性を示す単純傾斜(simple slope)が,「チャネル統合度」の高低(平均値±標準偏差)に応じて如何に変化するかを確認するのがその目的である。その結果は図2にまとめられている。

(a)仮説1の単純傾斜分析

図2.

事後検定(post-hoc analysis)の結果

(b)仮説2の単純傾斜分析

図2.

事後検定(post-hoc analysis)の結果

まず図2aは,統合度の低いチャネルを利用するニッチ製品は,プレミアムなブランド・ポジショニングを確立することが困難であることを示唆している(b = –0.04, β = –0.07, t = –1.26, p > 0.1)。同時に,ニッチなセグメントを対象とする製品を展開する製造業者は,統合度の高いチャネルを用い流通機能を自社の統制下に置くことによって,製品の付加価値を高め,ブランド資産を強化できることが分かる(b = 0.07, β = 0.13, t = 2.46, p < 0.05)。この結果は仮説1の支持を追認するものである。

一方で図2bからは,流通能力が強まるにつれ財務成果は高まる傾向を示しているが,統合度の低いチャネルが利用された場合,より急な勾配を表している模様が窺える23)。この結果は,流通能力の強い企業は,敢えて統合チャネルを選択しないほうが,資源の浪費を避け,財務成果を向上させる上で相対的に有利になることを示唆しており,仮説2の予想に符合している。

5  ディスカッション

5.1  インプリケーション

本研究は企業特殊的要因とチャネル構造との関係性に焦点を当てた。特に,企業の戦略的意図(Hamel & Prahalad, 1989)や,企業の資源や能力といった戦略論の知見をチャネル研究と融合させることの重要性を喚起している。

本研究の主な発見を改めて要約しよう。第一に,企業のターゲティングとチャネル構造の選択がブランド資産に与える影響を検証した。差別化集中戦略を採用する企業が,ブランド資産を高めるためには,統合型チャネルを利用する必要がある。従来,ハイエンド・ブランドを志向する企業はチャネル統制を高めるものと単純に仮定されてきたが,本研究では,当該企業のターゲティング戦略との関係で適切なチャネル構造の選択がなされるべきことが見出された。

第二に,財務成果に対する企業特有の資源や能力とチャネル構造との交互作用効果を検証した。企業能力の一つとして,本研究では流通能力に注目した。流通能力の強い企業は,敢えて統合度の低いチャネルを選択することにより,財務成果のさらなる改善が期待できる。統合チャネルの構築に投じられる資源の浪費を防ぐ必要があるというのがその理由である。また,この結果は流通能力が垂直統合というガバナンスに代替しうる企業能力としての役割を担うことを示しており,冗長的なガバナンス・メカニズムが企業成果に逆効果をもたらすことを示す近年の一連の研究成果とも整合的である(e.g., Rowley, Behrens, & Krackhardt, 2000Dong, Zeng, & Su, 2018Yang, Zhou, & Jiang, 2011)。

本研究の学術的な貢献は次のようにまとめられる。第一に,従来のTCA的チャネル研究では扱われてこなかった企業固有の戦略及び能力とチャネル構造間の関係性を検討することによって,チャネル研究の領域を拡張させたことである。既存のチャネル研究は,主に環境要因や取引属性とチャネル構造(行動)との整合性に焦点を当ててきたために,類似な外生的環境下にある企業間で,差別的なチャネル行動が採用される理由を説明できなかった。本研究の発見は,環境要因や取引属性以外に,戦略要因と資源要因もまたガバナンス形態との交互作用によってパフォーマンスに影響することを示唆している。本研究は,戦略要因としてターゲティング,資源要因として流通能力だけを扱った訳であるが,本研究の発見はガバナンス形態と関係する他の戦略または資源要因を探る必要性を促しており,チャネル研究の射程を広げたといえよう。

もう一つの学術的貢献としては,企業特性とチャネル構造間の整合性が企業のパフォーマンスに与える影響を明示的に分析の射程に入れていることと,チャネル戦略に関わる複数の具体的な成果尺度を提示していることである。とりわけ,関係維持への期待や機会主義的行動の抑制など従来のチャネル研究が扱ってきた「行動的成果」ではなく,具体的な「戦略的成果」を取り上げたことは本研究の貢献であると考える。また,多くの先行研究が機会主義的行動の回避などの消極的な成果を成果変数としていた一方で,本研究は「価値創出」に関係する成果に焦点を当てることにより,既存研究の限界点を発展的に補完することができた。

本研究の実務的貢献としては,具体的な成果変数を従属変数に取り入れて実証分析を行うことによって,製造企業のチャネル戦略の立案に対してより直接的な示唆を与えていることである。ブランド価値の向上には,製品,価格,プロモーションだけでなく,チャネル戦略が大きく影響することは従来から述べられてきたが,本研究は,ブランド価値向上のためのチャネル戦略の立案に重要な示唆を提供している。特に,差別化集中戦略を採用する企業にとって,ブランド資産を高めるためには,チャネル統合度を高める必要があることを示唆している。また,チャネル構造の選択問題は企業にとって大きな投資が絡むために,チャネル戦略において重要な位置を占める。本研究は,流通能力という企業資源が,大きなセットアップ費用のかかる垂直統合に代替しうることを示すことによって,流通能力をもつ企業にとっては,統合チャネルの構築のための一律的な資源投入を慎み,効率的な資源投入の可能性を示すことができたと考える。

5.2  本研究の限界点

もちろん本研究にはいくつかの限界がある。第一に,データが取引関係における片側,つまり製造業者からのみ得られているという問題である。さらに,仮説はすべてクロスセクショナル・データによって検証されているため,本研究の分析結果は因果関係というより相関関係を表していると解釈すべきかも知れない。また,本研究で用いたデータに関してコモン・メソッド・バイアスは確認されなかったが,従属変数については,知覚データではなく,客観的二次データを用いるべきであったかもしれない。

第二に,本研究では企業特殊的な要因として,ターゲット市場の特性と流通能力に注目して分析を展開したが,チャネル行動に直接・間接的に影響を及ぼす要因は他にも多数存在する。企業固有の資源,ケイパビリティ及び戦略変数の中に,チャネル行動との結合を通じて企業成果を規定しうるクリティカルな要因とは何かを,理論的かつ実証的に分析するための後続研究が急がれる所以である。

最後に,モデル2では,売上成長率と投資収益率が一つの構成概念として合成されているという批判が提起されうる。それらは別個の指標であり,それぞれを最大化する戦略の在り方も異なるからである(三品,2015)。さらに,それら両指標間には階層的関係が存在するという見解があり,今後の研究では精緻化が必要であることを指摘しておきたい24)。いずれの問題もモデルの拡張や新たなデータ収集などを含む,今後の研究課題である。

付記

本論の公表にあたり匿名のアリアエディターおよびレビューアーの先生方から,貴重なご意見を賜りました。なお本研究は,JSPS科研費(24530539)及び(15H03396)の助成を受けて行われたものです。記して感謝いたします。

1)  具体的な成果変数を明示的に分析モデルに取り入れている近年のチャネル研究としては,例えば,Brettel et al.(2011)Sande and Haugland(2015)などがある。

2)  チャネル構造選択の対象は,チャネル密度とチャネル統合・分離に大別される。統合・分離の選択とは,特定の流通段階における流通機能を,製造業者が自社内で遂行するのか(統合),それとも外部業者に委託するのか(分離)ということを意味するため,チャネル長さの選択と密接に関連する。

3)  詳細なレビューに関しては,David and Han(2004)Macher and Richman(2008)などを参照されたい。

4)  取引費用分析を用いたチャネル研究の包括的レビューに関しては,Anderson(1996)Rindfleisch et al.(2010)John and Reve(2010),Rindfleisch and Heide(1997),Geyskens et al.(2006)高田(2009)など多数存在する。

5)  代表的な研究としては,Anderson and Coughlan(1987)Gatignon and Anderson(1988)Heide and John(1988)Heide and John(1990)Klein(1989)Klein, Frazier, and Roth(1990)などがある。ただし環境不確実性がチャネル統合度に与える影響に関しては,負の効果と正の効果を示す研究が混在しているため,その解釈は留保的である。この問題については,Anderson(1996)Rindfleisch and Heide(1997)Geyskens et al.(2006)Krickx(2000)高田(2009)などで検討されている。

6)  TCAを活用することにより著しく発展したのは「チャネル統合・分離」の研究である。一方で「チャネル密度」に関する研究は,Frazier and Lassar(1996)Fein and Anderson(1997)などが散見されるものの,統合・分離の研究に比して相対的に研究蓄積が希薄である。

7)  しかし,チャネル構造を選択しようとする企業にとって,資産特殊性と不確実性という要因そのものは,完全にアンコントローラブルなものではなく,その中に企業の戦略的意図が投影されているために,TCA的チャネル研究が一概に環境決定論的であるとする批判にはいささか問題があるという見解も存在する。この点は,久保(2011)及び崔(2013)などにおいて論じられている。

8)  この問題に関連してTCAに対する批判的見解を披露する代表的な研究としては,Ghoshal and Moran(1996)Madhok(2002)Zajac and Olsen(1993)などがある。

9)  チャネルにおける垂直的取引関係の構造が,企業成果に与える効果を明示的に分析している例外的研究としては,Buvik and John(2000)Noodeweir, John, and Nevin(1990)Kalwani and Narayandas(1995)を挙げることができる。

10)  周知のようにAaker(1991)は,ブランド資産(brand equity)を「あるブランド名やロゴから連想されるプラスとマイナスの要素の総和(差し引いて残る正味価値)」として捉え,「同種の製品であっても,そのブランド名が付いていることによって生じ得る価値の差である」と定義している。

11)  Shervani et al.(2007)は,この主張の経験的妥当性を,米国の電子及びテレコミュニケーション分野の製造業者から収集したデータを用いて検証した。その結果,市場支配力が強い製造企業は,取引費用要因(資産特殊性及び行動的不確実性)が顕著な場合でも,統合チャネルを選択しない(つまり,非統合チャネルを選択する)傾向があることが発見され,彼らの主張を裏付けるものとなった。

12)  結城(2014)の研究にも類似な分析結果が出されている。同研究は,市場ポジションによるチャネル行動の違いに関する分析の中で,高い市場シェアを持つリーダー企業は流通業者から高い同調を獲得していることを報告している。この結果については多様な解釈が可能であろうが,リーダー企業が既存販路群から同調を獲得するための限界費用が相対的に低いことを考慮すると,彼らに対する取引先の同調値が高い理由を「リーダー企業はそもそも競合他社に比して容易に流通業者からの同調を獲得しうる立場にある」という点に求める蓋然性は大いにある。

それに対して結城(2014)の解釈は異なる。同研究は,リーダー企業が流通業者から高い同調を獲得できる理由として,「リーダーは既に広範に販路を確保しているため新規販路開拓による売上の限界的増分は大きくなく,既存販路群からの同調獲得に資源投入を優先させる」という点を指摘している(pp. 186–189)。この解釈は興味深いものの,企業は余剰資源を「新規チャネルの開拓」と「既存チャネル関係の強化」のうちどちらかには必ず投入するという前提に基づいている。

13)  この点に関連して,Buvik and John(2000)は,取引困難性の低い状況下で濃密な垂直的調整(vertical coordination)を行うことは,単にガバナンス費用を高めるだけであると警告している。

14)  また,本研究では「ニッチ戦略×チャネル統合度」が財務成果に与える影響,および「流通能力×チャネル統合度」がブランド資産に与える影響については仮説を設定していない。その理由についても敷衍する必要かあるかもしれない。本研究における財務成果という潜在変数には,売上成長率という観測変数が含まれているが,ニッチ戦略を追求する製造企業の場合,売上の急速な成長は主要な成果目標の一つではないというのが前者の理由になる。市場規模の急速な拡大は,大企業よる市場参入のインセンティブを高めるために,隔離された独自の生存領域を確保しようとするニッチャーにとっては大きな脅威となるからである(例えば,Kotler & Keller, 2006)。一方,後者に関しても,「流通能力の強い企業が敢えてチャネルを統合せずにマーケティングを展開する場合に,ブランド資産の強化が重要な成果目標とはならない」というのがその理由として挙げられる。換言すれば,マーケティング力の強い企業は,前方統合をせずとも,外部効果によるブランド資産の毀損は防げるかも知れないが,それが直ちにブランド資産の強化につながるとは考えにくい。

15)  分析コンテクストとして卸売段階を選定した理由は次の通りである。まず,本研究のサンプルには,消費財だけではなく,生産財の製造業者が多数含まれている(サンプルの68.4%)。さらに,製造業者の中で小売段階までを統合しているケースは稀である。よって十分なサンプル数とチャネル統合度に関する適切な分散を確保するためには,卸売段階を対象とするほうが妥当であると考えられる。同様の理由で製造業者の前方統合を取り扱った先行研究の多くも,卸売段階の前方統合を対象にしている。

16)  統制変数(企業経験と企業規模)に欠損値がある回答が7票含まれていたものの,推定結果に重大な影響を及ぼすものではないと判断し,系列平均値を代入し分析に用いることにした。なお,最終サンプルの業種構成は,ガラス・土石(12),ゴム(7),パルプ・紙(7),医薬品(7),化学(67),機械(70),金属製品(24),食料品(29),精密機器(15),石油・石炭(4),繊維(19),鉄鋼(9),電機機器(63),非鉄金属(8),輸送用機器(31),その他・不明(24)である。

17)  設問項目は,「私は主力製品の流通全般についてよく知っていると思う」及び「私は卸売流通段階の取引全般についてよく把握していると思う」である。

18)  Bentler and Chou(1987)は,推定パラメーター数に対するサンプル数の比率が5を下回る場合,パラメーターの推定が正しく行われない可能性があると指摘し,測定モデルを分割することが望ましいと提案している。この提案に従い,マーケティング分野においても,Moorman and Miner(1997)Atuahene-Gima(2005)Gu, Kim, Tse, and Wang(2010)など複数の研究が,理論的関連性を基準に,構成概念を2つまたは3つにグルーピングした上で測定モデルを検証している。本研究でも同様の手法を踏襲した。

19)  Fornell and Larcker(1981)によると,AVEが0.5を下回ってもCRが0.6を超えていれば,収束妥当性は保たれていると見做せる。

20)  本研究モデルには交互作用項が含まれるために多重共線性の問題が懸念される。そのため実際の分析では,関連するすべての変数について平均でセンタリングした値を用いた。その結果,共線性の診断尺度であるVIF指数が著しく下がり,経験的基準値をクリアしている。一般的にVIFの値が10以上であると多重共線性が疑われるとされ(Neter, Wasserman, & Kutner, 1990),より厳しい基準としては4を求める場合もある。

21)  内生変数を含む交互作用項に関しても操作変数を設定する必要があるという指摘がありうる。しかし,近年の研究によると,内生変数と外生変数の交差項にはOLSの適用が可能であるという分析結果が出されている(Bun & Harrison, 2018)。

22)  例えば,Ter Braak, Dekimpe, and Geyskens(2013)Dean, Griffith, and Calantone(2016)などを参照されたい。

23)  図2bに関しては視覚上の理解を助けるため,横軸の流通能力に関して「平均値±2σ」のグラフが示されている。

24)  つまり,田村(1996)結城(2014)においては,投資収益率は種々のマーケティング成果が集約的に表現されており,売上成長率はそれを規定する原因変数として位置づけることができると述べられている。

参考文献
 
© 2019 Japan Society of Marketing and Distribution
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