2025 年 27 巻 4 号 p. 21-35
本研究は日本の地域企業によるプレイス・ブランディングの取り組みに着目し,プレイス・ブランディングにおける主要なアクターとしての地域企業の役割を中心に精緻化する。具体的には,山形県の清酒製造企業を事例として,地域(高等学校)との協働による新たなものづくりの取り組みを分析対象とした。分析手法としては事例研究とSCAT(Steps for Coding and Theorization)を用いた。その結果,地域プラットフォーム上のアクターとして地域企業のダイナミック・ケイパビリティと,持続可能な開発のための教育(ESD)における役割が明らかになった。
This study focuses on place branding initiatives undertaken by local businesses in Japan, with a particular emphasis on refining the role of local businesses as key actors in place branding. Specifically, it examines a sake brewing company in Yamagata Prefecture as a case study, investigating a new product development effort executed in collaboration with a local high school. A case study approach and SCAT (Steps for Coding and Theorization) were used for analysis. The findings highlight the dynamic capabilities of local businesses as actors within a regional platform and clarify their role in Education for Sustainable Development (ESD).
予測を大きく上回る人口減少期を迎えた今日の日本において,持続可能な社会の構築への取り組みは一層の重要性を増している。地域社会に対する施策もその例外ではない。2014年施行の「地方創生」(「まち・ひと・しごと創生法」)の枠組みのもとで実施された多様な政策は,その成果と限界が改めて評価されるべき段階にある。2024年で施行から10年を迎えるが,人口減少や東京圏への一極集中といった課題には依然として大きな変化が見られず,地方は引き続き厳しい状況に直面している1)。このような現状において,地域社会の持続的発展を支える取り組みの重要性は今なお高い。
地域産業における地域資源を活用した内発的な活性化は持続可能な地域社会の構築に不可欠である。小林(2024)は「地域に根ざし,地域と繋がり,地域と共に継承・発展する企業」として地域企業の重要性を指摘している。地域企業は経済的価値(製品やサービスの提供)と社会的価値(文化の継承や地域ウェルビーイングの向上)の両立を目指し,「ローカル・ゼブラ企業」として特徴づけられる(中小企業庁,2024)。これらの企業は,地域課題の解決を図りながら収益性を確保し持続可能性を追求する。さらに,新たな価値創出や企業目的の明確化を通じ,多様なステークホルダーとの協働を推進する点で特筆される(小林,2024)。したがって,地域企業の概念を再構築し,その役割を改めて評価することは,地域における経済的・社会的価値の創出を担う中小・零細企業を重要なアクターとして位置づけ直す上で大きな意義を持つ。
日本におけるプレイス・ブランディングに関する研究では,各地域の価値創出に関して多様な知見が蓄積されてきた。和田他(2009)は,従来の購買や観光を中心とした経済的拡大にとどまらず,地域への誇りや愛着の創造,持続可能な地域発展を含む包括的なブランド化を提唱した。この議論を基に,若林・徳山・長尾(2018)は海外の研究を視野に入れつつ,プレイス・ブランディングの枠組みを発展させた。しかし,プレイス・ブランディングを実現するためには,多様なアクターによる協働を通じた経済的・社会的価値創出という課題が残されている。この点に関連して近年では「地域プラットフォーム」の重要性が注目されている(長尾・山崎・八木,2022)。
今後の日本において,地域企業と多様なアクターとの協働を促進し,プレイス・ブランディングの実現に向けた知見のさらなる蓄積が求められる。本稿では,山形県の清酒製造業を対象に,地域との協働によるものづくりや持続可能な開発教育(ESD)に関連する取り組みに焦点を当てる2)。さらに,地域プラットフォームおよびダイナミック・ケイパビリティの観点を踏まえた考察を行い,地域企業による経済的・社会的な価値創出の具体的なプロセスを明らかにすることを目的とする。
地域を対象としたブランディング研究は,さまざまな実践を基盤としながら2000年代以降,「プレイス・ブランディング」として理論的に集約されてきた(若林・徳山・長尾,2018)。Kotler et al.(1993)が提唱した地域マーケティングのように,企業のマーケティング手法を非営利的な性質を持つ地域に適用する試みも,この分野の初期段階に含まれている。これらの研究では,ブランディングを主導する組織やそのマネジメントのあり方に焦点が当てられ,効果的な運営方法が議論されてきた(Kavaratzis, 2004, 2012;Hanna & Rowley, 2011)。さらに,近年ではデジタル・トランスフォーメーションをはじめとする新しい視点からの知見も蓄積されつつある(Medway, Warnaby, & Byrom, 2021)。
日本では,2000年代以降に地域ブランディングへの注目が高まり,2006年施行の「地域団体商標制度」を契機に広く普及した。小林(2016)は,海外においては地域空間そのものを対象としたブランディング研究が進展してきた一方で,日本では地域の特定製品を対象とした「地域産品ブランディング」が議論の中心になってきた点を指摘している。この違いを踏まえ,日本の研究では近年,地域全体の多用な価値創出を視野に入れた「地域空間」や「地域そのもの」に焦点を当てたブランディング研究が進展している(和田他,2009;小林,2016;若林他,2018)。
一方で,企業ブランディングと地域を対象としたブランディングには,実行主体(アクター)や対象の性質に根本的な違いがあり,多くの課題が指摘されてきた(小林,2016;徳山,2023)。その一例として,地域における多様なアクター間の協働の必要性が挙げられる。協働の実現には,利害関係の調整や多様性,不確定性の克服が求められる。しかし,イニシアティブをどのアクターが取るべきかといった問題が,行動のまとまりを阻害する要因となっている(Kavaratzis & Hatch, 2013;小林,2016)。
こうした課題に対し,人文地理学の「センス・オブ・プレイス(場所の感覚)」や「地域愛着(プレイス・アタッチメント)」,さらには「地域プラットフォーム」など,他分野の概念を取り入れることで克服を試みる動きが進んでいる(若林他,2018,2023;長尾他,2022;徳山,2023)。とりわけ「地域プラットフォーム」は,地域内外の多様なアクター間の協働を深めるための重要なフレームワークとして,理論的にも実務的にも注目されている。
2.2 地域プラットフォーム地域プラットフォームは,地域内外の多様なアクターを有機的に結び付け,新たな価値創出を促進する仕組みとして位置付けられている(国領他,2011;飯盛,2015)。日本では実務的に産学官連携の枠組みとして期待される一方で(堀家,2021),ユーザー間で製品やサービス,通貨を交換する「プラットフォーム型ビジネス」との類似性も指摘される(Moazed & Johnson, 2016)。両者は「場」と「アクター(ユーザー)」という共通点を持つものの,プラットフォーマーの存在やデジタル技術の活用といった根本的な違いがある。
地域プラットフォームの概念については,以前から混乱が指摘されており,その精緻化を目指した議論が展開されてきた(敷田・森重・中村,2012;山崎・長尾・八木,2023;長山,2021,2022)。長山(2021,2022)は,地域プラットフォームを含む6つの類型(産地型産業集積,企業城下町型産業集積,産業クラスター,地域エコシステム,地域プラットフォーム,デジタルプラットフォーム)に分類し,それぞれの特徴を明確化している。この中で,「地域プラットフォーム」の地理的範囲はコミュニティからローカル・エリア(市町村の範囲より狭い)とされ,参画アクターには地域住民,コミュニティビジネス,フリーランス,自治体などが含まれる。また,地域経済循環の促進や地域課題解決が期待されている(長山,2021,p. 49)。
さらに地域プラットフォームは,個人的認識を社会的な共通認識へと変換するプロセスを通じ,社会的連帯経済を広げる役割も果たす(長山,2022,p. 30)。特に,この「個人的認識の共有認識への変換」という視点は,プレイス・ブランディング研究における「センス・オブ・プレイス(場所の感覚)」や「地域愛着(プレイス・アタッチメント)」の議論とも共通する(長尾他,2022;山崎他,2023)。長尾他(2022)は,地域プラットフォームを「多様なアクターの協働を通じたプレイス・ブランディング実現のための包括的なシステム」として位置付け,これが駆動することで創発的な価値が生まれ,センス・オブ・プレイスや地域愛着の醸成が促進されるとしている。
長尾他(2022)の分析は,地域プラットフォームを地域の経済・社会活動やプレイス・ブランディングを促進する仕組みとして位置付け,概念的要素と実務的要素を接合する試みといえる。特に,地域プラットフォームの発展段階を踏まえた議論では,コラボレーションによる創発的な価値創造の構図や,地域プラットフォームの伝播プロセスを描き,単なる類型論を超えた視点を提示している3)。一方で,いくつかの課題も残されており,その一つが地域企業の役割に関する問題である。
地域企業がアクターとして地域プラットフォームに関与する際,CSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)の意識が高ければ地域ビジョンを有し,プラットフォームの機能を強化する可能性が高いとされる(長尾他,2022)。しかし,先行研究における議論は,地域企業そのものを詳細に分析するまでには至っていない。長尾他(2022)では,地域プラットフォームに関与するアクターとして,個人から産官学連携体まで幅広く取り上げられているが,地域企業そのものの具体的な役割やその影響についての議論は十分ではないと考えられる。
地域企業は,時代背景や地域の実情に応じて変化しながら存続している。その存続の根幹には,地域内の多様なアクター間の継続的なつながりがある。地域企業が生み出す雇用は,地域の持続性を支える重要な基盤であり,持続的な雇用を維持するためには,地域アクターとの関係構築や地域資源を活用した製品・サービスの創出が求められる。また,地域外のアクターとの関係を通じて需要を取り込み,地域経済を活性化させる役割も果たしている。このように,地域企業は地域プラットフォームにおいて中心的な存在の一つであり,結節点として機能している。
地域プラットフォーム内で地域企業が果たす役割は,単なる経済的価値の創出にとどまらない。むしろ地域内外のアクターとの協働を通じ,新たな社会的価値を生む仕組みを構築することにある。一方で,地域プラットフォームにおけるアクターには,地域愛着の醸成や心理的価値の提供といった役割も期待される。つまり,地域企業は地域プラットフォームを支える中核的存在であると同時に,地域全体の活性化に向けた多面的な役割を担っているといえる。
これらの点を踏まえると,地域プラットフォームのアクターとしての地域企業を分析することは,多様なアクターとの関係性に着目した視点からの重要な研究課題である。このような分析はプレイス・ブランディングの理論的精緻化に寄与する可能性がある。
2.3 地域企業への視点本研究では,先行研究で示された「創発的な価値を生み出す仕組み」を,企業内外の環境への能動的適用を分析する理論であるダイナミック・ケイパビリティ(Dynamic Capability)を用いて分析し,地域プラットフォームの形成過程を明らかにすることに意義がある。
ダイナミック・ケイパビリティの代表的論者であるTeeceは,企業を取り巻く事業環境が競争優位を決定するとした従来の戦略論や,経営資源を基軸とする戦略論の限界を指摘した4)。そのうえで,Teeceは,企業の内外の環境適応に対する能力としてのダイナミック・ケイパビリティについて,急速に変化する事業環境に対応したり,可能ならば環境を創り変えたりするための企業内外の資源やコンピタンスを統合・構築・再配置するような組織能力を決定するより高次のコンピタンスであると定義した(Teece, 2019, p. 114)。
ダイナミック・ケイパビリティの分析視点は,「感知(Sensing)」「捕捉(Seizing)」「変容(Transforming)」の3つに大別される。感知は内外の環境認知と評価,捕捉は感知した機会を活用して様々な価値を共創するための経営資源の活用,変容は捕捉した機会を進化させ,周囲のアクターや社会に変化をもたらす能力を指す。この理論の理解には,VRIN資産の確保と経路依存性を打破する経営者の能力,さらにアクター間のオーケストレーションが重要である5)。
従来,ダイナミック・ケイパビリティは大企業を対象に研究されることが多かったが,近年では地域研究への適用が進んでいる。Salazar(2011)は,ダイナミック・ケイパビリティを地域イノベーションシステムに適用し,国や地域が連携して資源を相互依存的にマネジメントする能力と位置付けた。また,野澤(2021)はイギリス・ティーサイドの化学産業クラスターを事例に,感知・捕捉・変容のプロセスから製造システム,イノベーションシステム,ガバナンスシステムの相互作用を分析し,産業集積における地域のダイナミック・ケイパビリティの視座を提示した。さらに船田・増田(2019)は,都市部・地方部の企業支援施策の有効性の検証にあたり,企業規模別の自己分析を通じて,中小企業(売上100億円以上)が感知・捕捉・持続的整合化と再構築において高い能力を有し,新規事業創出や継続において他の規模の企業を上回る成果を示したと報告している。
これらの研究は,地域社会の変容にダイナミック・ケイパビリティを適用し,地域の競争力を説明する理論としてその有用性を示している。また,企業が地域社会のネットワーク構造の中で,制度的影響を受ける集合的アクターであることを強調しており,本研究の枠組みを補強する基盤となる。ダイナミック・ケイパビリティを地域研究に応用した研究は,徐々に蓄積されてきている。これらを踏まえ,日本において地域との協働によるものづくりや持続可能な開発教育(ESD)に関連する取り組みと地域の持続性に関する研究は新たな視点として有用性を持ち,学術的・社会的貢献に資すると考える。
2.4 地域プラットフォームと地域企業の課題本研究では,先行研究で示されたプレイス・ブランディングを促進する仕組みとしての地域プラットフォームにおいて,中核アクターとしての地域企業に着目する。特に,アクターによる「創発的な価値創造」については,地域企業に関する説明が十分ではないという課題がある。そこで,企業内外の環境への能動的適用を分析する理論であるダイナミック・ケイパビリティを適用し,地域企業が経済的・社会的価値を創出する過程を明らかにすることを試みる。
従来のダイナミック・ケイパビリティ研究では,主に単一の大企業を対象としてきたが,本研究では地域企業である清酒製造業を取り上げる。清酒製造業は,地域との密接な関係を維持しながら法制度の影響を受けつつ存続してきた伝統産業であり,量的拡大から質的拡大への転換が進む中で,自己変革能力を構築してきた特性を持つ。このような産業を分析対象とすることで,地域プラットフォームにおける地域企業が果たす多様な価値創出の役割について,より精緻な知見を得ることが期待される。
さらに,共創の観点から,地域の教育機関である農業高等学校との関係性にも焦点を当てる。近年注目されている持続可能な開発教育(ESD)は,多様な地域主体との連携を重視しており,この枠組みの中で教育機関が果たす役割を分析する。また,アクター間の協働を通じてどのような創発的な価値が生まれているのか,地域企業におけるダイナミック・ケイパビリティの視点から,環境変化に対する変容プロセスを明らかにすることを目指す。
以上の分析により,地域企業を軸としたアクターによる地域プラットフォームを志向した協働が,地域社会の活性化や持続可能性にどのように寄与するのかを示し,プレイス・ブランディング研究に新たな視座を提供することを目指す。
本研究では,地域プラットフォームを形成し,プレイス・ブランディングを担うアクターである地域企業や農業高校の活動を分析するために,フィールドリサーチに基づく事例研究を実施した。さらに,地域企業の経営者に対するインタビューデータについて,質的研究手法であるSCAT(Steps for Coding and Theorization)を用いた分析を行った。
SCATは,大谷(2011,2019)によって提案された質的データ分析手法であり,インタビューデータから新たな知見を得るために次の4つのステップを通じて分析を行う。まず,データ内の注目すべき語句を特定し,それを言い換えるデータ外の語句を抽出する。次に,それらを説明するための語句を導き出し,最終的にテーマや構成概念を抽出する。この手法は,医学,看護学,教育学などの分野で幅広く活用されてきたほか,近年では経営学分野においても経営者を対象に適用される事例が見られる(山岡,2020;Yamaoka & Oe, 2021)。
本研究ではこれらの手法を用い,地域における多様なアクターの活動状況を把握するとともに,地域企業の経営者という中核的アクターに焦点を当てた分析を行った。このアプローチにより,地域における多様な価値の創出の構図を明らかにするだけでなく,経営者が地域における多様な価値創出をどのように認識しているのか,その意識や視点を詳細に把握することを目指している。
3.2 調査対象本研究の調査対象は,地域プラットフォームを形成する山形県に立地する清酒製造業および農業高校である6)。フィールドリサーチの一環として行政機関への調査も実施した7)。対象者は表1の通りである。
No | 協力者 | 所属・担当等 | 備考 |
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1 | 松岡 茂和 | 株式会社 六歌仙 | 代表取締役 社長 |
2 | 佐藤 健太 | 山形県立村山産業高等学校 | 教諭・花ひかりプロジェクト前任者 |
3 | 柴田 和幸 | 山形県立村山産業高等学校 | 教諭・花ひかりプロジェクト現責任者 |
4 | 山形県農林水産部 農業経営・所得向上推進課 |
農地調整・構造政策主査 | ※2~3および 4~8はグループ・インタビューの実施 |
5 | 課長補佐 (総括・構造政策担当) |
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6 | 山形県農林水産部 農村整備課 |
課長補佐 (農地中間管理担当) |
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7 | 山形県農林水産部 農村計画課 |
副主幹(兼) 課長補佐(企画調整担当) |
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8 | 山形県総務部総務厚生課 | 課長補佐 |
※協力者に対し60~90分程度の範囲で半構造化インタビューを実施した。
清酒製造業を取り上げる理由は以下の通りである。清酒製造業は全国各地に点在し,その大半が地域と強い結びつきを持つ中小企業である。これらの企業は地域農産物(主に米)を原料として製品を製造し,地域内外の需要に応えながら長期間存続してきた伝統産業の基本構造を持っている。現在,酒造好適米として著名な「山田錦」・「雄町」は,流通量は少なく品評会向けの出品酒に使用されてきた経過があり,食用米やそれぞれの地域で開発された酒造好適米を原料とするのが一般的である。また,山形県内の清酒製造業を分析対象とした理由は以下の点にある。山形県は中小規模の企業が多数点在しており,企業規模に大きな偏りがない。さらに,新潟県や秋田県といった日本有数の清酒生産地に挟まれた地理的条件の中で,技術情報の交換や進化のために,公設試験研究機関が結節点の機能を発揮して経営資源の開発に取り組み,知名度を高めてきた先進的な産地である。このような背景から,山形県の清酒製造業は,需要減少や生産量減少という厳しい外部環境に適応し,柔軟な対応を余儀なくされる中で経営資源を蓄積し続けてきた産業である。特に,近年では原材料確保(酒造好適米)の課題が大きな経営課題の一つとなっている(庄司・山崎,2024)。
本研究で調査対象とする農業高校は,清酒製造に必要な酒造好適米を開発し,清酒製造業に提供する役割を担っている。また,農業高校は,地域の農産物や産業についての学びを通じて,地域愛着の醸成を目指した教育を行っている。これにより,農業高校は清酒製造業とともに地域プラットフォームを形成し,プレイス・ブランディングを担うアクターとして重要な機能を果たしている。
株式会社六歌仙(以下,六歌仙)は,山形県東根市に所在する清酒製造業の企業であり,1972年に山形県北村山地域の5社による共同瓶詰および販売拠点として設立された。その後,拠点の集約や部門の統合を経て現在の事業体系が確立された(表2)。
年(西暦) | 株式会社六歌仙 | 山形県立村山産業高等学校 |
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1972年 | 山形銘醸株式会社設立 山形県北村山地域5社の共同瓶詰・販売拠点 |
山形県立村山農業高等学校 山形県立東根工業高等学校 |
1985年 | 六歌仙酒造協業組合設立 構成5社の醸造部門を集約 |
↓ |
1992年 | 山形銘醸株式会社を株式会社六歌仙に社名変更 | ↓ |
2014年 | 村山産業高等学校開校 ※2校を統合 |
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2016年 | 「花ひかりプロジェクト」開始 ※株式会社六歌仙と村山産業高等学校による商品開発 酒造好適米生産とものづくりの協働 (初年度はものづくり体験を実施) |
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2017年 | 「花ひかりプロジェクト」に酒造好適米「山酒4号」を株式会社六歌仙に提供 | |
2019年 | 「花ひかりプロジェクト」第1期参加の生徒が株式会社六歌仙に入社 | |
2020年 | 六歌仙酒造協業組合を六歌仙酒造株式会社に 組織変更 |
↓ |
2021年 | 株式会社六歌仙と六歌仙酒造株式会社を 事業統合 |
↓ |
2024年 | 株式会社六歌仙・村山産業高等学校「花ひかりプロジェクト」進行中 |
出所:株式会社六歌仙Webサイト・村山産業高等学校提供資料及びインタビューをもとに筆者作成
六歌仙は地域プラットフォームを形成する企業として,他のアクターと連携し,商品開発や取り組みを進めている。代表取締役社長である松岡茂和氏は,地域で活気を生み出す拠点となるため,企業が地域にしっかり認識されることの重要性を強調している。さらに,地域の史跡としての役割を果たし,地域活性化に貢献するというビジョンを持つ8)。
本研究で取り上げる六歌仙は,地域プラットフォームの中で活気を生み出す場所として,企業の近隣にある高校や飲食店・温泉旅館や原料米生産組織といった多くのアクターとの連携を積極的に進めている。特に,山形県立村山産業高等学校(以下,村山産業高校)との連携による「花ひかり」プロジェクトが代表的な事例で現在も継続しているプロジェクトの一つである。
「花ひかり」プロジェクトの始まりは,2016年に村山産業高校の統合開校直後に,同校の校長から六歌仙に依頼があったことに端を発する。村山産業高校は,前身の農業高校と近隣の工業高校が統合され,商業科が併設された経緯から,地域との協働による教育効果を狙い依頼されたという。松岡氏は,農業高校で生徒が生産する米を使って日本酒を生産することは,企業と学校にとって有益だと認識した。このプロジェクトを通じて,地域の就農者の減少という課題に対しても,六歌仙を通して様々な情報を発信することにより,若手の就農者を増やせるきっかけを作ることができると考えた。
2016年の「花ひかり」プロジェクト初年度は,プロジェクト開始時期に原料米の収穫が間に合わない事情から,原料米は別の品種である「出羽の里」を使用して製品が作られた。2年目の2017年には,村山産業高校がかつて品種改良に成功した酒造好適米「山酒4号」(玉苗)に注目して製品を生産することを決めた。この品種は,1983年に山形県内の高校で初めて品種改良に成功した酒造好適米であり,六歌仙はこの米を使って製品を作ることに決定した。
村山産業高校での酒造好適米生産は,米穀卸売業の協力のもと,農業高校の水田を借りて作付けをし,様々な品種改良に取り組んだ成果である。村山産業高校での品種改良成功は,山形県の酒造好適米生産の原点を作り出したとも言っても良い成果であったと松岡氏は認識している。また松岡氏は,企業と同じ山形県北村山地域にある高校が品種改良に成功した酒造好適米を,製品として受け継いでいかなければいけないと考えた。さらには,品種改良に携わった卒業生達の偉業や誇りを,在校生自身がしっかりと体感して,後世に残していく形を作っていかなければならないと考え,高校との連携事業を2016年のプロジェクト開始から現在まで継続している。
六歌仙の「山酒4号」を原料米とした製品戦略について,松岡氏によれば,確保できる原料米である「山酒4号」の数量が限られていることもあり,知名度のある既存の銘柄の原料米として使用することによって「山酒4号」の認知を高め,プロジェクト自体を地域に認知させる手法を取っているという。具体的には,「山酒4号」を使用して生産される製品ブランドは,「花ひかり」が全体量のおよそ半分位で,「山法師」という別ブランドを用いて情報発信をしている。「花ひかり」プロジェクトのコンセプトについて松岡氏は,高校生が田植えから刈り取りまで苦労して作ったお米が日本酒という製品になり,それを楽しめるまでの一連の流れを若年層に理解してほしいと考えている。
企業としての六歌仙は,「花ひかり」プロジェクトをはじめとする,原料米生産組織からの原料米調達,蔵参観や温泉旅館・飲食店と連携した企業の販売施設活用といった地域との多様な取り組みを行っている。松岡氏によればこれらの取り組みにより「面白いことをやる企業」という印象を様々な人に持ってもらうことを目指しているという。地域への取り組みに関する企業理念は,「地域にしっかりと根を下ろして,地に足を付けた形で,その地域と共に歩もうとする姿勢」にあるとされる。六歌仙の取り組みは,地域の住民に理解が徐々に広がりつつあるという感触を松岡氏は持っている。例えば蔵参観9)では,近時の参加者数が7,000名を超える来場者を毎回確保しているという。「花ひかりプロジェクト」は,蔵参観の中でコーナーを設けて消費者に試飲・販売して認知度が高まっていると松岡氏は語る。
六歌仙の最終的な目的は,取り組みを通じて「この町が楽しくなる」ことにあるとされている。六歌仙は,その役割の一翼を担うことが存在意義でもあり,良い製品を作らなければならない使命感に駆られる部分であると松岡氏は理解している。また松岡氏は,スタッフに対して「面白いことをやっていこう」と常に伝えている。スタッフが感じる「面白さ」は,顧客の共鳴に繋がり,さらに新たなアイデアを生み出すことが連鎖し,「みんなで楽しく,この町が動くような仕組み」を作り出すことにつながるとの考えがもとになっているとされる。
「花ひかり」プロジェクトは,スタートの段階において他の関係者の間では半信半疑のところからスタートしていたという。その後,六歌仙が開催する消費者を招く蔵参観イベントや山形県北村山地域の観光業・飲食業との連携により,企業のスタッフや高校全体,地域に徐々に浸透していった。2019年には「花ひかり」プロジェクトの第1期生だった高校生が,六歌仙の社員(蔵人)になるという予想外の出来事が生まれている。現在ではこの社員が「花ひかり」プロジェクトの主軸となり,田植えから稲刈りまで行っている。第一期生だった高校生が六歌仙で働きたいと考えたきっかけは,米作りから酒造りになるプロセスに対して魅力を感じていたところにあった。また,米作りだけでなくて酒造りに作用する微生物に対しても興味を持っていたことも影響したという10)。
松岡氏は日本酒におけるテロワールを目指しているという11)。そこでは,原料供給者である地場の農家としっかりと手を組んで,地域の中にある酒蔵として製品を作っていき,地場のものをしっかり使い続けた日本酒を介した地域の魅力の発信を続けていくことが重要であるとしている。こうしたテロワールを組み込んだ製品を介することで,顧客がこの地域を訪れ,風土で培った食とともに日本酒を楽しんでもらえるようになることを期待している。また松岡氏は,六歌仙が観光の史跡や施設拠点として,多くの人を迎え入れ地場の魅力に触れてもらえるような機会をより多く作り出していく場所になることを目指している。その一環として,六歌仙は製造拠点の敷地内に古民家を移築して,製品の直販とコミュニティスペースを併設した施設を作り,周辺の温泉旅館や飲食店から紹介があったときに対応できるように運営している。こうした取り組みの積み重ねが,テロワールを実現する地域企業の意義と捉えている。
4.2 村山産業高等学校の取り組み村山産業高校は,地域に根ざした企業と生徒が協働学習できる機会を提供することを目指していた。特に,酒造りや地域の食文化の学びを深めることが目的であった。村山産業高校では,品種改良に成功した酒造好適米「山酒4号」があることに注目して,校地と同じ地域に立地する六歌仙と連携した製品を作り上げるプロジェクトを立ち上げることを考えた。生徒に対しては,自分が在籍する高校に先輩たちが育種してきた酒造好適米の品種があること,この品種ができてから四十数年経っていながら,その間クローズアップされずに時間が経過したこと,現在では貴重な品種になっていることを十分に理解してもらうことを目指したという。
プロジェクトの初年度の2016年では,村山農業高校が改良した「山酒4号」の栽培を希望していた。しかし,栽培ノウハウの不足と種子の調達が困難であったため,山形県で開発された他の酒造好適米である「出羽の里」を使用して日本酒を製造することになった。日本酒の製造にあたり,米作りから原料が生産され加工されていく工程を生徒が学ぶことが基本であり,それを踏まえて地元の酒蔵を通して地域の文化を学ぶことがプロジェクトの目的とされた。
村山産業高校にとって六歌仙との日本酒製造の取り組みは,松岡氏が学校評議員であったこともあり,滞りなく連携が進んだ。しかし,「山酒4号」という品種を栽培するにあたって,品種改良に成功した村山産業高校に種子を保存していなかったことが課題となった。このことは,「山酒4号」の種子を保存していた山形県内の米穀卸売業の協力がなければ,プロジェクトが進まないことを意味していた。協力を要請した米穀卸売業の代表者は当初,「山酒4号」の栽培が生半可な気持ちで栽培してきた品種ではないことや,簡単に作って「自分たちが栽培したお米」だと言って日本酒にしてもらいたくないなど,芳しくない反応であったという。このため村山産業高校は,米穀卸売業の代表者に対して,地域の先輩方が苦労して育種してきた酒造好適米であること,全国でも学校の名前で登録された酒造好適米がない希少性を生徒に徐々に浸透させ,大切に育てて行く意義を粘り強く説明した。その後,米穀卸売業の代表者は種子の提供に応じることになり栽培が可能になった。
プロジェクトの2年目以降は,この米穀卸売業から種子を毎年提供してもらえるようになり,それを育苗して定植するという流れが生まれた。その後,プロジェクトは2024年においても進行中である(表2)。実習を担当した教員によると,「山酒4号」については,高校生の手による品種改良が成功し,その希少性および付加価値が浮き彫りとなったという。さらに,プロジェクトを通じて生徒とともに栽培を行い,商品化に至ったことは,在校生や卒業生に対して「山酒4号」および「花ひかり」の存在を再認識させる結果をもたらしたと感じている12)。
次に,中核アクターである経営者に対するインタビューからSCATによる分析を行った。本稿では紙幅の都合により,SCATから得られたストーリーラインの概要を示している。ストーリーラインとはグラウンデッド・セオリーなど質的研究で広く使われているものである。大谷(2019)によるSCATでは,4ステップからデータに記述されている出来事に潜在する意味や意義について,分析上記述した構成概念を紡ぎ合わせて書き表したものがストーリーラインと位置付けられている。本研究においても4つのステップ(データ内の注目すべき語句を特定,それを言い換えるデータ外の語句,それを説明するための語句,そこから浮き上がるテーマ・構成概念の導出)に従い,フォームに記入しながら分析を進め,ストーリーラインを導出した。[ ]内の語句はデータから得られたテーマ・構成概念を示している13)。
①六歌仙と村山産業高校との連携プロジェクトについて社長である松岡氏は,地域企業や地酒の存在価値について,[地域のアクターとしての存在意義]を見据えた,[地域活性化のハブとしての酒蔵]を志向する。これまで [自社製品に込めたメッセージ]として,[地域とつながる製品ビジョン]をもちながら,[企業によるプレイス・アタッチメントの醸成]を目指してきたという。
高校との産学連携プロジェクトは,[協働による製品化]における[商品開発による学びと分析の両立]のなかで,[課題解決型学習]が行われていった。このなかで企業として[地域課題のリフレーミング]がなされ,[若年層就農と企業存続の結びつき]と[社会的企業への進化]につながった。プロジェクトにおいて[ステークホルダー間の製品コンセプト共有]がなされていくなかで,[隠れた地域資源の活用]が行われていった。背景として山形県における酒米の[過去の原料供給体制]について,[山形県産酒造好適米のルーツ]があり,これに対し[原料米開発の後進性]の課題が存在していた。このため高校との連携プロジェクトは[ものづくりマインドの継承]や[次世代への地域愛着のバトンタッチ]の側面をもっていた。
[プロジェクトの展開]は,企業にとって[製品から派生する地元産原材料の認知向上]や[製品コンセプトへのストーリーの取り込み]の側面がある。一方で,[一過性の注目]や[外部関係者との理念の共感不足]が課題として残っている。[事業ミッションの到達点]についても,[高品質な原材料確保と次世代教育のマッチング]を目指しつつも,[製品ストーリーの非共有]の課題が残されている。
松岡氏は,[若者の存在価値への注目]を通じて,[ストーリーとしてのものづくり]が内外に伝わることで,[テロワールを取り入れたものづくり]へ繋がっていくことを企図している。現状は[テロワールを目指す取り組みへの理解不足]がみられ,[ブランディングとテロワールの接合点の模索]の状況にある。また,本プロジェクトは作り手の高校生が,アルコールの消費者にはなれないという前提がある。しかし,そこには[未来の消費者の育成]という観点から[新しい飲酒層としての期待]と[記念としての消費者認知]を見据えている。プロジェクトに参加した高校生たちは,[ものづくりの自分事化]により[ブランディング体験]をしていく。プロジェクトに対する周囲からの[企業の見え方の変化]については,[地域連携の効果測定の困難性]が伺える。反面,他アクターに対する[共愉性の伝播]への期待につながっている。
②今後の課題についてコロナ禍を通じた課題として,松岡氏は次のように考えている。まず,[ボトルネックとしてのマーケティング・コミュニケーション]があげられる。本来は[テロワール化した地域の自律的な情報発信]や[境界を超えたフラットな情報発信]が望ましいとしている。[地域アクターとの連携による価値創出]を念頭におき,[蔵のアトラクション・コンテンツ化]を通じて,[地域資源の有機的連結による価値の創出]を志向している。一方で[地域アクター間連携とコミュニケーションの課題]が存在する。
こうした課題に対するうえでの[協働による意識変容]の要点は,[プロダクトの本質]を見据えながら[製品の見せ方による差別化]を図ることにある。このことは[プロダクトの本質を外れない新奇性]を探求することを意味している。地域との関わりは[組織内ステークホルダーの参画意識向上]が必要である。
これまでの先行研究では,地域プラットフォームの機能や役割が議論されてきたものの,中核アクターとしての地域企業や,そこでの創発的な価値の創造を促進する要因については十分に解明されていない。本研究では,フィールドリサーチを通じて,清酒製造業企業である六歌仙株式会社と村山産業高等学校の酒造好適米づくりを通じた地域プラットフォーム上の共創の構図を明らかにした。
六歌仙は地域企業としてのものづくりを基盤に,地域プラットフォーム内で結節点としての役割を担うことを志向してきた。一方で,日本酒の産地として知られる山形県においては,酒造好適米の持続的確保や生産農家の育成という課題が存在していた。近年の日本酒の需要の低下という市場環境の中,六歌仙は伝統的な酒づくりの継承とともに,こうした課題に対する新たな価値創出を目指していた。この志向は,産学連携プロジェクトを通じて,地域課題を再認識する契機となった。特に,高校との継続的なプロジェクトは,教育を軸にしたものづくりマインドの継承や次世代への地域愛着の醸成という,より広範な社会的価値の創出に結びついている。
さらに,このプロジェクトは六歌仙のものづくりやマーケティング戦略にも重要な影響を与えた。具体的には,六歌仙の製品ブランドに「ストーリー」という付加価値をもたらし,地元産原材料への認知向上に寄与した。これは,参画アクター間の連携を通じて,単なる製品ブランド化にとどまらず,地域資産の意味を共有し,その価値を深化させることに繋がったといえる。また,このプロジェクトの成功を駆動させる要因として,参画アクター間における共愉性(Illich, 1973/2015;長尾・山崎・八木,2018;松田,2021)の広がりが重要であることが確認された。
共愉性については,六歌仙の松岡氏が「面白いことをやっていこう」とスタッフに呼びかける姿勢に象徴される。この「面白さ」を共有する文化はスタッフだけでなく,顧客にも共鳴をもたらし,新たな取り組みや関係性が生み出される連鎖を引き起こしている。それは企業内においては新製品の開発や蔵を中心とした地域における関係人口増加への取り組み(蔵参観の拡充など蔵参観の定期開催や地域内の温泉旅館・飲食店との連携,直販施設を訪れた観光客による発信と外部者からのコラボレーションの依頼による新製品開発)であり,高校との連携におけるプロジェクトでは地域資産を活用したものづくりを通じた地域愛着や理解の醸成につながっている。このように,個々のアクターが楽しみを共有し,創発的な価値創造を目指すことで,地域全体にポジティブな循環が生まれていると考えられる。
これらの取り組みの連鎖や継続は,地域プラットフォームの機能を駆動させ,プレイス・ブランディングを実現する構図を示している。このプロセスは,地域企業と教育機関の協働を通じた創発的な価値創造の連鎖の一つの形である。
6.2 地域企業に対するダイナミック・ケイパビリティの視点による分析本節では,地域プラットフォームを形成する地域企業と教育機関の取り組みについて,協働による創発的な価値創造の過程をダイナミック・ケイパビリティの視点で分析する。
六歌仙は,「花ひかり」プロジェクトを通じて,農地の維持や就農者の減少といった地域課題を認識し,原料米生産組織との連携強化や地域住民と観光客などの来訪者を繋げる場所として蔵参観や温泉・飲食店との連携の取り組みを継続している。この課題の認知は,ダイナミック・ケイパビリティの感知(sensing)に該当する。
さらに,六歌仙は村山産業高校と連携し,同校が開発した酒造好適米「山酒4号」を用いた製品づくりを決定し,田植えから収穫までのプロセスに関わった。この活動は,感知のプロセスに続き,地域資源を活用して価値を創出する捕捉(seizing)の段階と評価できる。六歌仙は,毎年「山酒4号」を用いた製品製造を行うことを継続するなかで,自社の製品ブランドから酒造好適米の認知を派生させる形を取っている。具体的には,知名度のある既存の製品銘柄「山法師」の原料米として使用し,自社の製品ブランドの中から「山酒4号」の酒造好適米としての認知を高め,プロジェクト自体を地域の認知に繋げる形を取っている。
「花ひかり」プロジェクトは,六歌仙にとって地域にしっかりと根を下ろし,地に足を付けた形で,その地域と共に歩もうとする姿勢を持つコンセプトで運営されている。地域の住民に対しては,蔵参観でのコーナー設置による消費者への試飲・販売や直販施設と温泉・飲食店との連携を通して認知度を高めている。「花ひかり」プロジェクトに関わった生徒が,2019年に自社の社員になり企業の中核となる人材になるために活動し,地域の愛着の醸成のために大きな役割を担うようになる途上である現在の過程は,変容(transforming)の段階と評価できる。
一方で,村山産業高校は2014年に近隣の工業高校と統合され,農業科に加え工業科・商業科を併設する新しい体制となった。統合後,学校としては地域に根ざした企業との協働学習の機会を模索しており,この課題認識は感知(sensing)の段階に該当する。その後,同校は「山酒4号」の種子を取得し,「花ひかり」プロジェクトを立ち上げた。プロジェクトに参加した生徒たちは,「山酒4号」が先輩たちの努力による成果であり,学校名義で登録された希少な酒造好適米であることを認識する中で,プロジェクトの重要性を理解していった。このプロセスは,価値の創出を具体化する捕捉(seizing)の段階と評価できる。
現在,村山産業高校では「山酒4号」を活用した活動が,多様な形で展開を続けている。この取り組みは,生徒の記憶や卒業後の社会での活動にも影響を与え,「山酒4号」や「花ひかり」が地域社会へ定着していく変容(transforming)の段階にあるといえる。
以上の分析を通じて,六歌仙と村山産業高校による酒造好適米づくりによる,地域プラットフォーム上での創発的な価値創造プロセスが明らかとなった。また,ダイナミック・ケイパビリティの視点から分析した結果,地域企業と教育機関がそれぞれの課題認識を基点に,相互作用を通じて「花ひかり」プロジェクトが発展し,新たな経済的・社会的価値が生み出される構図が浮き彫りになった。このような地域企業を中心とした取り組みは,地域資源を活用したプレイス・ブランディングに昇華し,地域の特性を強調する結果を生んだ。山形県における地域企業(清酒製造業)の取り組みは,共愉性の広がりと創発的な価値創造を通じて,「日本酒におけるテロワール」を追求する方向性であることが明らかとなった(図1)。
出所:筆者作成
本研究では事例研究を中心として地域企業によるプレイス・ブランディングへの取り組みを分析し,特に地域プラットフォームにおける地域企業を中核アクターとして位置づけた。その中で六歌仙の事例は「日本酒におけるテロワール」を理念的な目標とする点で特徴的である。六歌仙は,蔵参観の定期開催や地域内の温泉旅館・飲食店との連携,直販施設を訪れた観光客による発信と外部者からのコラボレーションの依頼による新製品開発など地域内外の多様なアクターと連携している。また,地域の歴史・文化も含めた広範な地域資産を活用したものづくりを通じて,関わる人々に地域に対する愛着など多様な価値の深化を目指している。こうした取り組みは地域プラットフォームによるプレイス・ブランディングにほかならない。それらを日本酒づくりという視点から包括的に「テロワール」と位置づける試みとして評価できる。
また,地域企業と教育機関の連携が,参画する個人に与える影響も確認された。企業内部において,従業員に対するプロジェクトの浸透は,企業内外の環境を従業員が認識する契機となった14)。地域企業が教育機関と連携することは,従業員の課題解決能力を向上させ能動的適用を高める効果を生み出した。一方で,教育機関では,生徒が企業の姿勢や製品のストーリーに共感し,その後の進路として選択する様子が伺えた。このように,参加者個人の内的変容を通じて,自律性と共愉性が融合した価値創造が生じていることが示唆される。地域企業は,こうした創発的な価値創造を意識的に推進し,地域愛着の深化と自らのアイデンティティを再構築しているといえる。その結果,アクター同士の共愉性の広がりを通じて,顧客との新たな価値の創造が期待される。このプロセスは「共愉性の循環」となる可能性が示唆される。
本研究に残された課題として,地域プラットフォームのさらなる広がりを探るため,他の参画アクターや個人の心理的プロセスを,マクロとミクロの両面から分析する必要がある。また,地域プラットフォームの発展段階に関する先行研究(長尾他,2022)に基づき,動態的把握を進めることも求められる。さらに,「日本酒におけるテロワール」について,テリトーリオの概念(木村・陣内,2022)などを検討しながら,その精緻化を図ることが課題となる。方法論としては,事例研究を中心に据えつつ,SCAT(大谷,2019)を用いた分析を実施したが,経営学分野におけるさらなる適用と検証が必要である。インタビューデータに対するアプローチとして,Zeithaml et al.(2020),関根(2021)に見られるような,多角的な手法の検討も必要だろう。
地域企業を取り巻く環境は大きな変化を迎えている。その中で,地域企業が地域プラットフォームの中核アクターを担うことは,プレイス・ブランディングの重要な要素である。今後は,関係人口と地域企業をめぐる多角的な視点を取り入れる必要があるだろう。プレイス・ブランディングのさらなる深耕のためには,方法論も含めた多角的かつ長期的な分析が求められる。
本研究の調査にご協力いただいた株式会社六歌仙の松岡茂和氏,山形県立村山産業高等学校の佐藤健太氏,柴田和幸氏,ならびに山形県農林水産部(農業経営・所得向上推進課,農村整備課,農村計画課)並びにインタビューにご協力いただいた皆様に,深く感謝申し上げます。また,本論文の審査過程において,アリアエディタおよび2名の査読者の先生方から賜りました貴重なご指摘に,心より御礼申し上げます。本研究はJSPS科研費JP23K17122の助成を受けて実施されました。
カテゴリー1 | 質問項目概要 |
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1-1 「花ひかりプロジェクト」 地域資源(自然,食,歴史等)の活用 |
取り組みの背景・経緯,理念(考え方等)について |
1-2 価値創出にあたるアクター | 取り組みに関係する人々について |
1-3 プロジェクトの経緯と効果 | 手応えを感じたきっかけ |
自社製品のブランディングの影響 | |
地域住民,顧客に与えた影響 | |
従業員,関係者に与えた影響 | |
1-4 他アクターとの連携状況と影響 | 観光DMOや地域商社,大学,消費者との関係 構築の過程,経営戦略の変化 |
1-5 今後の課題 | さらなる取り組みの構想など |
カテゴリー2(追加調査) | 質問項目概要 |
---|---|
2-1 テロワール | 日本酒におけるテロワールとは |
経営者として捉えるテロワールの形 | |
ブランド構築とテロワールの接点について | |
近隣から県全体を含む地酒のイメージ | |
2-2 関係人口 | 「地域」の範囲をどのようにとらえているか |
「関係人口」のとらえ方とアクターの想定 | |
「外部アクター」との関係性構築について | |
地域発のボトムアップの取り組み | |
「蔵参観」の考え方 | |
2-3 「花ひかりプロジェクト」 | プロジェクトの社内側の体制の構築プロセス |
プロジェクトと六歌仙ブランドの関係 | |
2-4 組織内部への影響 | 社員のプロジェクトへの関わり方 |
プロジェクトと社員の能力向上の関係 | |
2-5 経営者の認識 | 「楽しい」をどのようにとらえるか,範囲など |
「①六歌仙と村山産業高校との連携プロジェクト」に関する分析例(地域企業の経営者が日本酒のあり方について語るシーンの一部)について示す。分析は異なる専門性を有する共同研究者らが議論を重ねながら実施した。まず,SCATのフォーム(「〈1〉テクスト中の注目すべき語句」「〈2〉テクスト中の語句の言い換え」「〈3〉左を説明するようなテクスト外の概念」「〈4〉テーマ・構成概念」「〈5〉疑問・課題」及び「ストーリーライン」等で構成される)を用いた。テクストの分割と抽出は,インタビューにおける1回分の発話を1セルに記録し,もし複数の内容が含まれる場合は適宜セグメント化した。
その後,テクストを精読し,各セグメントで重要と判断される語句を〈1〉に抽出した。
例:最終的な製品ありき/その後ろ/日本の成り立ち/歴史/山形/土地柄/農家/お付き合い/どのような環境下で造っている
次に,〈2〉にはテクスト中に明示されていない,言い換えが可能な語句を検討し記入した。
例:目に見えるモノで判断する/背景となるもの/地域資産/交流/地域に根差したものづくり
さらに,〈3〉では,〈2〉に記入した語句を,データの文脈内で説明可能な概念,語句,または文字列として記入した。なお,この概念には,既存の概念や研究上の概念など,多様なものを採用してもよいとされる(大谷,2019)。
例:木を見て森を見ない傾向/交流による地域資産の捉え直し/地域におけるものづくりへの根本的理解への期待
〈4〉では,これまでのプロセスを踏まえて,抽出された語句や概念を代表するテーマや新たな構成概念を記入した。
例:ストーリーとしてのものづくり/テロワールを取り入れたものづくり
本研究ではこうしたステップに従い,対象者の一つ一つの発話に対し分析を重ねていった。なお,大谷によればこれら〈1~4〉までの分析過程を一言で言えば,「語を,または概念を,〈1〉ぬきだす,〈2〉いいかえる,〈3〉さがしてくる,〈4〉つくりだす,と表すことができる。」としている(大谷,2019,p.300)。またグラウンデッド・セオリーと対比して,SCATは「シークエンス分析」であるため,インタビューや観察を1つずつ分析しそれらを1つに合わせた分析を行うわけではないと述べている(大谷,2019)。