流通研究
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一般論文
ポイント制と消費者厚生
山下 貴子成生 達彦
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2025 年 27 巻 4 号 p. 37-48

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Abstract

小売企業は,ポイントを利用しない消費者には表示価格で販売し,ポイントを利用する消費者には実質的に低い価格で販売している。つまりポイント制は第3級の価格差別である。また小売企業はポイントを付与する販売額の一定割合の手数料を支払っている。この手数料は売上税と同等の効果を持つ。それゆえポイント制導入の効果は価格差別効果と手数料効果を併せたものとなる。価格差別効果では,ポイント利用者の消費者余剰が増えて,ポイントを利用しない消費者の余剰は減る。また小売企業の総利潤は増えるが,総消費者余剰は減る。手数料効果では,ポイント利用者の実質価格が上がり,彼らの厚生水準を低下させると同時に,小売企業の利潤を減少させる。これら2つの効果を踏まえればポイントを利用しない消費者の厚生および総消費者余剰は減少する。また,ポイント利用者の割合が高くかつ手数料が高い場合には,すべての消費者の厚生が悪化する可能性がある。

Translated Abstract

This paper examines the effect of retailers’ introduction of a point system on consumer welfare. Retailers sell at the listed price to consumers who do not use points and sell at a substantially lower price to consumers who do use points. In other words, the point system is a third-degree price discrimination. In addition, retailers pay a percentage commission on the retailer’s sales under point system. This commission has a similar role as sales tax. Therefore, the effect of introducing a point system is a combination of price discrimination effect and commission effect. In the price discrimination effect, the consumer surplus of point users increases, while the surplus of consumers who do not use points decreases. Also, the total profit of the retailer will increase, but the total consumer surplus will decrease. The commission effect raises the actual price of point users and reduces their welfare level while at the same time decreasing the retailer’s profit. Given these two effects, the welfare of consumers who do not use points and total consumer surplus will decrease. In addition, if the percentage of point users is high and the commissions are high, the welfare of all consumers may be worsened.

1  序論

2018年に閣議決定された経済産業省の「成長戦略フォローアップ」1)では,「2025年6月までにキャッシュレス決済比率を倍増し,4割程度とすることを目指す」とされていた。消費税率引上げに伴う需要平準化対策として,2019年10月から2020年6月までの9ヶ月の間,政府によるキャッシュレス・ポイント還元事業が実施され,この事業の加盟店登録件数は約225万件となった。決済事業者数も,2020年3月時点で決済金額100億円以上の大型決済事業者が62社,その他587社と多くの事業者が参入している。その後,新型コロナウイルス感染症の流行を受け,オンライン・ショッピングの増加とともに,衛生面から現金に触ることや店舗で従業員と接触することを避ける傾向が生まれた。また,決済業者もポイント還元率を競うことで利用者の獲得に注力したため,キャッシュレス決済は急速に普及していった(経済産業省,2020)2)。2023年6月には大手コンビニエンスストア(以下,「コンビニ」と略す)のキャッシュレス決済金額は販売額の44.4%,決済件数は43.1%と,コンビニだけを見れば,2018年の経済産業省の目標である4割を既に達成している3)4)

コンビニでキャッシュレス決済が普及した理由の一つに,ポイント還元の恩恵が挙げられよう。表1はコンビニ各社で使用できる主な電子マネーのポイント還元率である。ポイントには特定の企業や店舗が発行する「自社ポイント」5)と複数の企業や店舗で共通して利用できる「共通ポイント」6)がある。自社ポイントの場合は,ポイントサービスの実施費用は小売企業の負担になる。また共通ポイントの場合は,加盟店がポイントサービス提供事業者に支払う手数料で費用がまかなわれている。消費者は電子マネーを組み合わせることで,複数のポイント還元を受けることができる。例えば,ローソンで買い物をする際にPaypayで支払うと,ローソンの自社ポイントであるPontaポイントと共通ポイントであるPaypayポイントの両方をもらうことができる。このように,消費者がキャッシュレス決済の利便性やポイント還元の恩恵を受ける一方で,導入する小売企業にとっては自社ポイントの自己負担や,共通ポイントの決済業者に支払う手数料の高さが問題となる。交通系(Suica・PASMO・ICOCAなど)や流通系(WAON・nanacoなど)の電子マネーの決済ごとに発生する手数料は販売額の3~4%程度であり,PaypayやLINEpayなどスマホアプリを使ったQR・バーコード決済では1.6~3%前後となる7)

表1.主な電子マネーのポイント還元率8)

電子マネー ポイント
付与率
電子マネー ポイント
付与率
nanaco(セブンイレブン) 0.5% Pay pay 0.5%
Famipay(ファミリーマート) 0.5% 楽天ペイ 1.0%
Ponta(ローソン) 0.5~1.0% Suica 0.5%

(出所)各社ホームページ

小売企業がキャッシュレス決済やポイント還元を導入する際,その費用を補填するために(小売)表示価格が高く設定されるのであれば,消費者の厚生が悪化する可能性がある。そこで本稿では,小売企業がポイント制を実施した場合,そのことが消費者の厚生にどのような影響を及ぼすかについて検討する。

値引きが一時的であるのにたいし,ポイントを貯める必要があるポイント制は売り手と買い手とのある程度長期的な関係を形成する可能性がある9)。また,すべての購買者が恩恵を受ける「値引き」とは異なり,ポイントを付与されるのはポイント制に参加している一部の消費者のみである。ポイントを利用する人と利用しない人というように,異なるタイプの消費者が存在する場合,彼らに対して異なる対応を採ることが売り手にとっての得策であり10),そうすることで売り手は利潤を増やすことができる11)

ポイント制の下では,ポイントを利用しない消費者には高い表示価格を,ポイント利用者にはポイントの付与を通じて低い実質価格を設定している12)。このようなポイント制は第3級の価格差別として捉えることができる‍13)。この際,ポイント制の下での表示価格が統一価格(すべての消費者に同じ価格を設定する通常販売)の下での表示価格よりも高いのであれば,ポイントを利用しない消費者の購買価格が高くなるから,彼らの厚生は悪化する。また,ポイント制の下で表示価格が高く設定され,かつポイント付与率が低ければ,ポイント利用者の厚生も統一価格時と比べて悪化するかも知れない。本稿の主張は,ポイント制の導入によって,ポイントを利用しない消費者の厚生が統一価格の場合よりも悪化するのみならず,ポイントを利用する消費者の厚生を合わせた総消費者余剰も減少するというものである。さらに,ポイントを利用する消費者の厚生も悪化する可能性もある。

本稿の構成は次のとおりである。次節ではポイント制と価格差別についての先行研究をサーベイする。3節ではモデルを提示し,4節では統一価格,価格差別およびポイント制の下での小売企業の利潤最大化均衡を求める。5節では,3つの均衡を比較することでポイント制導入の効果を検討し,主要な命題を導いた後に,すべての消費者の厚生が悪化する可能性を示す。6節は結語である。

2  先行研究のレビュー

ポイント制が購買行動に与える効果については,特にロイヤリティプログラムを中心に多くの研究が行われている。Leenheer et al.(2007)は,小売企業のロイヤリティプログラムによって顧客関係が成り立つ時,顧客の全支出額における当該企業への支出シェアが大きくなることを示した。Lewis(2004)は,食品小売店とドラッグストアを対象に理論モデルを作成し,ロイヤリティプログラム参加者の方が購買金額が大きくなること,また,近視眼的で単一期間の意思決定から動的で複数期間の意思決定に移行することを示した。Dorotic, Bijmolt and Verhoef(2011)も,ロイヤリティプログラムは重要なマーケティングツールであり,導入の際には市場特性,消費者の行動,競争環境を十分に考慮した長期的に持続可能なロイヤリティプログラムの設計と,パーソナライズされたマーケティングの活用がより高い効果を生む可能性を示唆した。Kumar(2018)は顧客から企業への価値の生成を概念化する顧客評価理論(customer valuation theory: CVT)を提唱し,顧客と企業との関係性における経済的貢献度について明らかにした。さらに顧客生涯価値(customer lifetime value:CLV)の概念について,CLVを推定するための経済モデル,ポートフォリオ管理を用いたCLVの管理方法,CLVを最大化するための戦略について論じている。すなわち,企業は顧客セグメンテーションを行い価値の高い顧客に対して差別化されたマーケティング施策を実施するべきであり,顧客の維持やリテンション施策,そして離脱予防策を効果的に組み合わせることで,長期的な利益を得られるとした。

また,キャッシュレス決済の利用について Prelec and Simester(2001)Runnemark et al.(2015)は,現金よりもクレジットカードやデビットカードなどのキャッシュレス決済時の方が購買金額や支払意欲が高くなると述べている。

さらに中川(2015)は,ポイント付与を「値引き」として捉えた上で,スーパーマーケットでの実験14)を行い,値引き率・ポイント付与率が低い水準においては,値引きよりも同額相当のポイント付与の方が知覚価値が高いことを明らかにした。中川・星野(2017)も,食品スーパーの購買履歴データを用いてポイント制と値引きによるプロモーションの弾性値を推定し,ベネフィット水準が高くなるほど値引きの弾性値が高くなる一方,ポイント付与の弾性値は低くなる傾向があると論じている‍15)。そして,商品単価が低くかつ値引き率・ポイント付与率も低いときには,ポイント付与の方が弾性値が高くなり,売上効果が大きくなることを確認した16)

第3級の価格差別については,Pigou(1920)以降,多くの研究者によって検討されている。Schmalensee(1981)は,分割された2つの市場(=消費者のグループ)の各々が他の市場から影響を受けないという意味で「独立」であれば,1人の売り手が価格差別を行う場合,需要の価格弾力性の大きい(小さい)市場の価格が低く(高く)設定され,当該市場の販売量が増え(減り),消費者余剰が増加(減少)すると論じている。また,売り手の各市場からの利潤や総利潤が増え,総消費者余剰は減るという極めて頑強な結果を導いている。

電話などのネットワーク財は,同種の財を利用する人の数が多ければ便益も大きくなる。その意味で,市場を分割できたとしても,一方の市場の需要が他方の市場の需要によって影響を受けるという意味で市場間に依存性がある。この種のネットワーク財市場の価格差別については,Adachi(2005)Ikeda and Nariu(2009)Hashizume, Ikeda, and Nariu(2021)などによって検討されており,価格差別によってすべての消費者余剰が増加(減少)する可能性を示している。

クーポンの利用者には低い実質価格で販売するという意味で,クーポンもまた価格差別(第2級)の一種である。湯本(2017)は複占企業の空間的競争モデルを分析し,各小売企業がクーポンを発行することで彼らの利潤は増えるが,消費者厚生や社会的厚生は悪化すると主張している。またHolmes(1989)は,差別化された財の複占市場で価格競争が行われる場合には,価格差別によって両企業の利潤が減少すると述べている(囚人のディレンマ)。価格差別についての包括的なサーベイについてはVarian(1989)Armstrong(2006)および Stole(2007)などを参照されたい。

本稿はポイント制を価格差別の枠組みで分析した最初の論文であり,1人の売り手が独立した市場で価格差別を行う状況における従来の主要な結果を導いている。のみならず,ポイント制の運用には費用(手数料)がかかるため,価格差別によってすべての消費者の厚生が悪化する可能性を示している。確かに,市場が相互に依存している状況では,すべての消費者の厚生が悪化することもあるが,1人の売り手が独立した市場で販売する状況でも,同様なことが生じることを示した点には新奇性がある。

3  モデル

ある小売企業が2種類のタイプの消費者に財を販売する状況を想定する。タイプ1の消費者は購買に際して電子マネーやクレジットカードなどで決済する人々であり,ポイントを利用する。一方,タイプ2の消費者は現金で決済し,ポイントを利用しない。タイプ1の消費者の多くは都市部に住む若年層で,情報リテラシーを持ち,ポイント利用の費用が低い。一方,タイプ2の消費者の多くは地方に住む中・高年齢層である。もっとも都市部に住む若者でもポイントを利用しない人もいるし,地方に住む高齢者でもポイントを利用する人もいる。前者はタイプ2に,後者はタイプ1に分類される。都市部には代替的な小売店舗が多数あり,価格が高くなれば購入先を変えるため,小売企業の販売量は価格に大きく反応するのに対し,代替的な小売店舗が少ない地方に住むタイプ2の消費者は,価格への反応が相対的に低い。また,ポイントを利用すること自体,価格に敏感に反応することを意味しよう。このことを反映して,小売企業が販売する商品(群)に対する各タイプの消費者の需要 q ̂ i i = 1, 2)が q ̂ 1 = a b p 1 q ̂ 2 = a p 2 で表されるものとする。ここで, a ( > 0 ) は需要の規模を表すパラメータ,b(>1)はタイプ1の消費者の価格反応度(=需要関数の傾き), p i はタイプ i の消費者向けの価格である。価格は商品群の加重平均であり, p 2 は表示価格, p 1 はポイント付与を考慮した割引実質価格である。以下では,総消費者数を1と基準化し,タイプ1の消費者の比率を r ( 0 r 1 ) ,タイプ2の消費者比率を 1 r とする。この状況におけるタイプ i の消費者の総購入量(=市場 i の需要関数 q i )と総需要量 q

q 1 = r ( a b p 1 ) (1−1)

q 2 = ( 1 r ) ( a p 2 ) (1−2)

q = q 1 + q 2 = r ( a b p 1 ) + ( 1 r ) ( a p 2 ) (1−3)

で与えられる。ここで,消費者の購入量は非負であるから, p 1 a / b p 2 a であるとする。また,小売企業の市場 i からの利潤 y i および総利潤 y

y 1 = ( p 1 w ) q 1 = r ( p 1 w ) ( a b p 1 ) (2−1)

y 2 = ( p 2 w ) q 2 = ( 1 r ) ( p 2 w ) ( a p 2 ) (2−2)

y = y 1 + y 2 = r ( p 1 w ) ( a b p 1 ) + ( 1 r ) ( p 2 w ) ( a p 2 ) (2−3)

で表される。ここで w ( < a ) は商品1単位あたりの販売原価で,それは商品の仕入れ費用や輸送費,販売員の賃金,店舗の光熱費など,販売にかかる可変費用の合計である。小売企業は,自らの利潤を最大にするように価格を設定する。

4  分析

この節では,小売企業が両市場で同じ価格を設定する場合(統一価格),市場ごとに異なる価格を設定する場合(価格差別),キャッシュレス決済者に対してポイントを付与する場合(ポイント制)の各々における価格設定について検討する。

4.1  統一価格(uniform price)

最初に,統一価格の場合を検討する。小売企業が両市場で同じ価格を設定する場合 ( p 1 = p 2 = p ) ,各市場の需要関数は

q 1 = r ( a b p ) (3−1)

q 2 = ( 1 r ) ( a p ) (3−2)

q = q 1 + q 2 = a 𝔇 p (3−3)

で与えられる。ここで 𝔇 = r b + ( 1 r ) は総需要関数の傾きで, 𝔇 = 1 i f r = 0 ,かつ 𝔇 = b i f r = 1 である。また,小売企業の各市場からの利潤および総利潤は

y 1 = ( p w ) q 1 = ( p w ) r ( a b p ) (4−1)

y 2 = ( p w ) q 2 = ( p w ) ( 1 r ) ( a p ) (4−2)

y = y 1 + y 2 = ( p w ) ( a 𝔇 p ) (4−3)

である。したがって,両市場での販売を前提とすれば17),小売企業の意思決定問題は

M a x y = ( a 𝔇 p ) ( p w ) , w . r . t . p

と定式化される。

上記の最大化問題の極大化の1階条件より,最適小売価格

p U = a 2 𝔇 + w 2 (5)

が導かれる18)。ここで上付き添え字 U は,統一価格の下での利潤最大化均衡(以下では「 U 均衡」と呼ぶ)を示している。また,このときの販売量や小売企業の利潤は

q 1 U = r ( a a b 2 𝔇 b w 2 ) (6−1)

q 2 U = ( 1 r ) ( a a 2 𝔇 w 2 ) (6−2)

q U = 1 2 ( a 𝔇 w ) (6−3)

y 1 U = 1 4 r ( a 2 ( 2 𝔇 b ) 𝔇 2 2 a w + b w 2 ) (7−1)

y 2 U = 1 4 ( 1 r ) ( a 2 ( 2 𝔇 1 ) 𝔇 2 2 a w + w 2 ) (7−2)

y U = ( a 𝔇 w ) 2 4 𝔇 (7−3)

と計算される。さらに,このときの消費者余剰は

c s 1 U = ( q 1 U ) 2 ( 2 b r ) = r 2 b ( a a b 2 𝔇 b w 2 ) 2 (8−1)

c s 2 U = ( q 2 U ) 2 ( 2 ( 1 r ) ) = 1 2 ( 1 r ) ( a a 2 𝔇 w 2 ) 2 (8−2)

c s U = c s 1 U + c s 2 U = 1 2 ( 1 r ) ( a a 2 𝔇 w 2 ) 2 + r 2 b ( a a b 2 𝔇 b w 2 ) 2

(8−3)

と計算される。ここで留意すべきことは,(1)式より各市場の需要量が当該市場の価格の減少関数であり,(8)式より消費者余剰が需要量の増加関数であるから,消費者余剰は価格の減少関数になるということである。また,

y 1 p | p = p U = a ( b 1 ) ( 1 r ) r 𝔇 < 0 (9−1)

y 2 p | p = p U = a ( b 1 ) ( 1 r ) r 𝔇 > 0 (9−2)

であるから,統一価格が高くなれば市場1(2)からの利潤が減る(増える)。すなわち, p U は市場1からの利潤 y 1 を最大にする水準よりも高く,市場2からの利潤 y 2 を最大にする水準よりも低く設定されているのである。

4.2  価格差別

小売企業が市場1の価格を p 1 ,市場2の価格を p 2 に設定する場合,需要関数は(1)式,小売企業の利潤関数は(2)式で与えられる。したがって,小売企業の意思決定問題は

M a x y = r ( p 1 w ) ( a b p 1 ) + ( 1 r ) ( p 2 w ) ( a p 2 ) w . r . t . p 1 a n d p 2

と定式化される。

上記の最大化問題の極大化の1階条件より,最適小売価格

p 1 D = a 2 b + w 2 (10−1)

p 2 D = a + w 2 (10−2)

が導かれる19)。ここで上付き添え字 D は,価格差別の下での利潤最大化均衡(以下では「 D 均衡」と呼ぶ)を示している。また,このときの販売量は

q 1 D = 1 2 r ( a b w ) (11−1)

q 2 D = 1 2 ( 1 r ) ( a w ) (11−2)

q D = q 1 D + q 2 D = 1 2 ( a + 𝔇 w ) (11−3)

と計算される。さらに,小売企業の利潤は

y 1 D = r ( a b w ) 2 4 b = r 4 b ( a b w ) 2 (12−1)

y 2 D = 1 4 ( 1 r ) ( a w ) 2 (12−2)

y D = y 1 D + y 2 D = 1 4 ( ( 1 r ) ( a w ) 2 + r b ( a b w ) 2 ) (12−3)

と計算される。最後に,消費者余剰は

c s 1 D = ( q 1 D ) 2 ( 2 b r ) = r 8 b ( a b w ) 2 (13−1)

c s 2 D = ( q 2 D ) 2 ( 2 ( 1 r ) ) = 1 8 ( 1 r ) ( a w ) 2 (13−2)

c s D = c s 1 D + c s 2 D = 1 8 ( 1 r ) ( a w ) 2 + r 8 b ( a b w ) 2 (13−3)

と計算される。

次に,統一価格の場合と価格差別の場合を比べれば,

p 1 D p U = a ( b 1 ) ( 1 r ) 2 𝔇 < 0

p 2 D p U = a ( b 1 ) r 2 𝔇 > 0

であるから,価格差別によって市場1の価格 p 1 が下がり,市場2の価格 p 2 が上がることが分かる。これらの価格は小売企業の各市場からの利潤を最大にする価格である。また,販売量を比べれば,

q 1 D q 1 U = a r ( b 1 ) ( 1 r ) 2 𝔇 > 0

q 2 D q 2 U = a r ( b 1 ) ( 1 r ) 2 𝔇 < 0

q D q U = 0

であるから,価格が下がった市場1の販売量 q 1 が増えて,価格が上がった市場2の販売量 q 2 が同量だけ減り,総販売量 q は変化しないことになる。さらに,小売企業の利潤については

y 1 D y 1 U = a 2 ( b 1 ) 2 ( 1 r ) 2 r 4 b 𝔇 2 > 0

y 2 D y 2 U = a 2 ( b 1 ) 2 ( 1 r ) r 2 4 𝔇 2 > 0

y D y U = a 2 ( b 1 ) 2 ( 1 r ) r 4 𝔇 > 0

となる。すなわち,価格差別の下では各市場からの利潤が最大になっているため,統一価格の場合と比べて各市場からの利潤が増加する。それゆえ,総利潤も増えることになる。

最後に消費者余剰を比べれば,

c s 1 D c s 1 U > 0

c s 2 D c s 2 U < 0

c s D c s U = 3 a 2 ( b 1 ) 2 ( 1 r ) r 8 b ( 1 + ( b 1 ) r ) < 0

であり,価格が下がって(上がって)購買量が増えた(減った)タイプ1(2)の消費者余剰は増える(減る)。そして,消費者の総余剰 c s は減ることになる。ここでの議論をまとめれば次の結果を得る。

結果1:価格差別効果(U均衡からD均衡への移行)

統一価格から価格差別に移行するとき,市場1では価格 p 1 が下がって販売量 q 1 が増え,消費者余剰 c s 1 が増える。逆に,市場2では価格 p 2 が上がって販売量 q 2 が減り,消費者余剰 c s 2 が減る。また,小売企業の利潤は両市場で増えるから,総利潤 y も増える。他方,消費者の総余剰 c s は減る20)

この小節を終えるに際し,市場閉鎖について触れておこう。小売企業は,市場iの価格を p i D の水準に設定すれば y i D の利潤を得ることができる。仮に,この利潤が統一価格の下での利潤 y U よりも多いのであれば,価格差別ができない状況でも,小売企業にとって統一価格を p i D の水準に設定することが得策となる。というのは,仮に他の市場 j の販売量がゼロで,そこからの利潤がゼロであったとしても,少なくとも市場 i から y i D の利潤を得ることができるからである。すなわち,2つの市場の需要規模に大きな差がある場合には,需要の小さい市場 j で販売するために低い統一価格 p U を設定するよりは,この市場を閉鎖し,需要の大きい市場 i で高い価格 p i D を設定することで多くの利潤を得ることができるのである21)。本稿では,2つの市場の需要規模に大きな差は無く,統一価格の下で市場閉鎖が生じないものとする。

4.3  ポイント制

ポイント制の下で小売企業は,現金決済者向け(市場2)の表示価格 p 2 を設定し,キャッシュレス決済者に対しては販売額の一定割合のポイントを付与する。このポイント付与は実質的な値引きであり,市場1の実質価格は p 1 = ( 1 d ) p 2 となる。ここで, d はポイント付与率(=値引き率)である。また小売企業は,ポイント制を運営するために,販売額の一定割合 c を手数料としてキャッシュレス事業者に支払っている。

この状況における需要関数は(1)式であり,小売企業の利潤関数は,

y 1 = r ( ( 1 c ) ( 1 d ) p 2 w ) ( a b ( 1 d ) p 2 ) (14−1)

y 2 = ( 1 r ) ( p 2 w ) ( a p 2 ) (14−2)

y = r ( ( 1 c ) ( 1 d ) p 2 w ) ( a b ( 1 d ) p 2 )

+ ( 1 r ) ( p 2 w ) ( a p 2 ) (14−3)

で与えられる22)。ここで, c はポイント制を運営するための手数料率であり,この手数料は市場1における売上税と同様に機能する23)。小売企業は,自らの利潤を最大にするように,表示価格 p 2 とポイント付与率 d を設定する。この状況における彼の意思決定問題は

Max y = r ( ( 1 c ) ( 1 d ) p 2 w ) ( a b ( 1 d ) p 2 )

+ ( 1 r ) ( p 2 w ) ( a p 2 ) , w.r.t. p 2 and d

と定式化される。ここで p 1 = ( 1 d ) p 2 に留意すれば,上記の最大化問題は

Max y = r ( ( 1 c ) p 1 w ) ( a b p 1 )

+ ( 1 r ) ( p 2 w ) ( a p 2 ) , w.r.t. p 1 and p 2

へと変換される。この最大化問題の極大化の1階条件より,最適小売価格

p 1 P = ( 1 c ) a + b w 2 b ( 1 c ) = a 2 b + w 2 ( 1 c ) (15−1)

p 2 P = a + w 2 (15−2)

を求めることができる24)。ここで上付き添え字 P は,ポイント制の下での利潤最大化均衡(以下では「 P 均衡」と呼ぶ)を示している。上式より,仮に手数料率 c がゼロであれば p 1 P = p 1 D であり,手数料が売上税と同様に機能するため p 1 P > p 1 D となることが分かる。このときのポイント付与率(割引率)は

d P ( p 2 P p 1 P ) p 2 P = a ( b 1 ) ( 1 c ) b c w b ( 1 c ) ( a + w ) (16)

と定義・計算される。上式より,ポイント付与率は a および b の増加関数, c w の減少関数で, r には依存しないことがわかる25)

また,均衡における販売量は

q 1 P = r ( a ( 1 c ) b w ) 2 ( 1 c ) > 0 , i f c < a b w a c | q 1 p = 0 (17−1)

q 2 P = 1 2 ( 1 r ) ( a w ) (17−2)

q P = q 1 P + q 2 P = a ( 1 c ) ( 1 c + ( b 1 + c ) r ) w 2 ( 1 c ) (17−3)

と計算される。上式より,ポイント制の運営手数料が高いとき( c > c | q 1 p = 0 )には市場1での販売が行われず,ポイント制は導入されないことになる。

さらに,小売企業の利潤は,

y 1 P = r ( a ( 1 c ) b w ) 2 4 b ( 1 c ) (18−1)

y 2 P = 1 4 ( 1 r ) ( a w ) 2 (18−2)

y P = y 1 P + y 2 P = 1 4 ( 1 r ) ( a w ) 2 + r ( a ( 1 c ) b w ) 2 4 b ( 1 c ) (18−3)

と計算される。最後に消費者余剰は,

c s 1 P = ( q 1 P ) 2 ( 2 b r ) = r ( a ( 1 c ) b w ) 2 8 b ( 1 c ) 2 (19−1)

c s 2 P = ( q 2 P ) 2 ( 2 ( 1 r ) ) = 1 8 ( 1 r ) ( a w ) 2 (19−2)

c s P = c s 1 P + c s 2 P = 1 8 ( 1 r ) ( a w ) 2 + r ( a ( 1 c ) b w ) 2 8 b ( 1 c ) 2 (19−3)

と計算される。

ここで,手数料率 c が市場1の諸変数の均衡値に及ぼす効果をみれば,

p 1 c P = w 2 ( 1 c ) 2 > 0

q 1 c P = b r w 2 ( 1 c ) 2 < 0

y 1 c P = r ( a 2 ( 1 c ) 2 b 2 w 2 ) 4 b ( 1 c ) 2 < 0 , i f q 1 P > 0

であるから,手数料率 c が上昇すると市場1の価格 p 1 が高くなり,販売量 q 1 ,小売企業の市場1からの利潤 y 1 ,市場1の消費者余剰 c s 1 が減る。他方,市場2の諸変数には影響を及ぼさない26)

次に,P均衡とD均衡を比べると,

p 1 P p 1 D = c w 2 ( 1 c ) > 0

q 1 P q 1 D = b c r w 2 ( 1 c ) < 0

y 1 P y 1 D = c r ( ( 1 c ) a 2 b 2 w 2 ) 4 b ( 1 c ) < 0

c s 1 P c s 1 D = c r w ( 2 a ( 1 c ) b ( 2 c ) w ) 8 ( 1 c ) 2 < 0 , i f q 1 P > 0

である。すなわち, D 均衡と比べて P 均衡では p 1 が上がり, q 1 y 1 c s 1 が減る。市場2については, P 均衡値と D 均衡値は同じである。それゆえ,次の結果を得る。

結果2:手数料効果(D均衡からP均衡への移行)

D 均衡から P 均衡へ移行するとき,市場2の価格,消費量,消費者余剰および市場2からの小売企業の利潤は変わらない。他方,市場1の価格が上がって販売量が減る。その結果,小売企業の利潤や消費者余剰は少なくなる。すなわち,ポイント制の運営手数料は市場1での販売に対する売上税として機能し,市場2の諸変数には影響を及ぼさない。

5  ポイント制導入の効果

この節では,統一価格の状態からポイント制に移行することの効果について検討する。はじめに, P 均衡と U 均衡を比べれば次の命題を得る。

命題1:ポイント制導入の効果

(市場閉鎖が生じない)統一価格からポイント制に移行すると,市場2の価格が高くなり,そこでの消費量および消費者余剰が減るが,そこからの小売企業の利潤は増える。また,総消費量および総消費者余剰は減る。

この命題は次のように説明される。 U 均衡から P 均衡への移行は,価格差別効果(結果1)とポイント制運用の手数料効果(結果2)を併せたものである。市場2の諸変数は後者の効果に影響されないから,価格差別効果と一致する。したがって,表2に示されるように,ポイント制の導入によって市場2では表示価格 p 2 が上がって販売量 q 2 が減り,消費者余剰 c s 2 が減る27)。また,小売企業の市場2からの利潤は増える。総消費量は価格差別によって変わらないから,手数料効果によって減少する。最後に,総消費者余剰はいずれの効果でも減少する。

表2.U均衡からP均衡への移行に伴う諸変数の変化

p1 p2 q1 q2 q = q1 + q2 y1 y2 y = y1 + y2 cs1 cs2 cs = cs1 + cs2
UD 0
DP 0 0 0 0
UP ? ? ? ? ?

それでは,市場1の諸変数や小売企業の総利潤はどうなるか。この際に留意すべきことは,ポイント制への移行によって小売企業の総利潤が減るのであれば,彼はポイント制を導入しないということである28)。ここで

Δ y y P y U

= n r ( a 2 ( 1 c ) ( c ( 1 + b r ) ( b 1 ) 2 ) + b 2 c ( 1 + b r ) w 2 4 b ( 1 c ) ( 1 + b r ) (20)

と定義すれば,小売企業はΔy>0のときにのみポイント制を導入する。この状況では,命題1で述べたように,市場2の価格が上がって購入量が減り,タイプ2の消費者の厚生は悪化する。仮に,タイプ1の消費者厚生も悪化するのであれば,ポイント制は小売企業の利潤を増やすのみで,すべての消費者の厚生が悪化するという「不都合な事態」が生じることになる。ここで,消費者厚生が購入量の増加関数で,購入量が価格の減少関数であることに留意すれば,ポイント制の導入によって(手数料を補填するために)市場1の価格が高くなれば,タイプ1の消費者の厚生は悪化し「不都合な事態」が生じることになる。

今後,情報技術が浸透することでタイプ1の消費者の比率 r が高くなることが予想される。仮に r = 1 とすれば,

P U = a 2 b + w 2 < a 2 b + w 2 ( 1 c ) = p 1 P

であるから,ポイント制の導入によって市場1の価格が上昇し,タイプ1の消費者の厚生は悪化する。もっとも,このときには(運営費用を負担する)小売企業の利潤も統一価格の場合よりも減少するから,ポイント制は導入されない。また,ポイント制の運営費用が十分低ければ(例えば c 0 ), P 均衡は D 均衡に近似するから,ポイント制が導入され,タイプ1の消費者の厚生は増加する。いま,

Δ p 1 p 1 P p 1 U = n r ( a ( b 1 ) ( a c ) + b c ( 1 + b r ) w ) 2 ( 1 c ) ( 1 + b r ) (21)

と定義すれば, Δ p 1 >0のときにはタイプ1の消費者の厚生が悪化する。したがって,不都合な事態が生じる条件は Δ y >0かつ Δ p 1 >0で与えられることになる。

以下では,本稿のモデルで不都合な事態が生じる可能性について検討する。この際,議論を簡明にするために,いくつかのパラメータの値を措定する。具体的には, a = 1 と基準化し, b = 1.1 w = 0.8 0.85 または 0.875 を措定する29)

いま, Δ y = 0 となるタイプ1の消費者の比率を r y ,Δ p 1 = 0となる r r p 1 とすれば,それらは

r y = a 2 ( ( b 1 ) 2 c ) ( 1 c ) + b 2 c w 2 ( b 1 ) ( a 2 ( 1 c ) ( b 1 + c ) b 2 c w 2 ) (22−1)

r p 1 = a ( b 1 ) ( 1 c ) b c w ( b 1 ) ( ( 1 c ) a + b c w ) (22−2)

と計算される。上式に a = 1 , b = 1.1 , w = 0.8 を代入すれば,

r y = 10 + 1375 ( 1 c ) 125 + c ( 157 1250 c )

r p 1 = 5 ( 5 49 c ) 25 3 c

c q = 3 25 = 0.12

を得る。これらは図1に示される。

図1. {a = 1, b = 1.1, w = 0.8}の場合

ここで, y U c から独立で, y P c の減少関数であるから, c が大きくなると Δ y は小さくなる。したがって,図1 r y 曲線の右側では Δ y < 0 となるから,ポイント制が導入されるのは r y 曲線の左側の領域である。また, p U r の減少関数で, p 1 P r から独立であるから, r が大きくなると Δ p は大きくなる。さらに p U c から独立で, p 1 P c の増加関数であるから, c が大きくなると Δ p は大きくなる。したがって, r p 1 曲線の右上(左下)では Δ p 1 >(<)0となるから,ポイント制の導入によって市場1の価格が上がり(下がり),タイプ1の消費者の厚生は減少(増加)する。それゆえ,ポイント制が導入される領域( r y 曲線の左下)では常に Δ p 1 <0となるから,タイプ1の消費者の厚生は増加し,不都合な事態は生じない。

次に,(22)式の r y および r p 1 a = 1 b = 1.1 w = 0.85 を代入して図示すれば図2を得る30)。ここでも, r y 曲線の右側(左側)では Δ y < ( > ) 0 で, r p 1 曲線の右上(左下)では Δ p 1 > ( < ) 0 となる。この場合には,斜線部の領域において Δ y > 0 かつ Δ p 1 > 0 となるから,ポイント制が導入され,タイプ1の消費者の厚生が減少する。すなわち,小売企業によるポイント制の導入がすべての消費者の厚生を悪化させるという不都合な事態が生じるのである31)

図2. {a = 1, b = 1.1, w = 0.85}の場合

最後に, 22 ) r y r p 1 a = 1 b = 1.1 w = 0.875 を代入して,それらを図示すれば図3を得る32)。ただし, c > 0.0375 であれば q 1 p < 0 となるから,ポイント制は導入されない。この状況では,斜線部の広い領域において不都合な事態が生じることになる。実際, c = 0.03 r = 0.5 のときには, Δ y > 0 かつ Δ p 1 < 0 であるから,ポイント制が導入され,タイプ1の消費者の厚生は増加する。他方, c = 0.03 r = 0.75 のときには, Δ y > 0 かつ Δ p 1 > 0 となるから,ポイント制が導入され,タイプ1の消費者の厚生が減少し,不都合な事態が生じることになる。この数値例から分かることは,販売原価 w が低い場合には不都合な事態は生じないが, w が高くなると,タイプ1の消費者の割合 r が大きく,手数料率 c が高いときに不都合な事態が生じるということである。今後,情報技術が浸透することでタイプ1の消費者の比率 r が高くなると,ポイント制の導入によってすべての消費者の厚生が悪化する可能性がある。

図3. {a → 1, b → 1.1, w → 0.875}の場合

6  結語

本稿では,小売企業によるポイント制の導入が消費者厚生に及ぼす効果について検討した。ポイント制の下で小売企業は,ポイントを利用しないタイプ2の消費者には表示価格で販売し,ポイントを利用するタイプ1の消費者にはポイントを付与することで,実質的に低い価格で販売している。このように,小売企業が異なるタイプの消費者に異なる価格で販売するという点で,ポイント制は(第3級の)価格差別である。また,小売企業はポイント制を運営するために,販売額の一定割合を手数料として負担している。この手数料はポイント利用者への販売における売上税と同等の効果を持つ。したがって,ポイント制導入の効果は,価格差別効果と手数料(売上税)効果を併せたものになる。価格差別効果( U 均衡から D 均衡への移行)では,結果1で記したように,タイプ1の消費者向けの価格 p 1 が下がり,タイプ2の消費者向けの価格 p 2 が上がるから,前者の消費者余剰が増えて後者の消費者余剰が減る。また,小売企業の総利潤は増えるが,総消費者余剰は減る。

一方手数料効果では,結果2で記したように,タイプ1の消費者向けの実質価格が上がり,彼らの消費者余剰を減少させると同時に,小売企業の利潤を減少させるが,タイプ2の消費者向けの販売には影響を及ぼさない。これら2つの効果を踏まえれば,命題1で記したように,ポイント制の導入によってポイントを利用しないタイプ2の消費者余剰および総消費者余剰は減少することになる。そして,ポイント利用者の割合が高くかつ手数料が高い場合には,ポイントを利用するタイプ1の消費者向けの実質価格も高くなり,すべての消費者の厚生が悪化するという不都合な事態が生じる可能性がある。

所与の表示価格の下での値引きがすべての消費者の厚生を増加させるのに対し,小売企業が運営費用を負担するポイント制は,運営費用を消費者に転嫁するために表示価格を引き上げるから,ポイントを利用しない消費者の需要が減り,厚生を悪化させる。確かに,ポイントを利用する消費者の厚生を増加させるかも知れないが,総消費者余剰は減少するという意味で,消費者の利益を損なうのである。今後,情報技術が浸透することでタイプ1の消費者の比率 r が高くなると予想されるから,ポイント制の導入によってすべての消費者の厚生が悪化する可能性があり,このことへの対応を検討する必要がある。

実証研究についていえば,ポイント制の導入によって表示価格が高くなるから,実質的な値引き率はポイント付与率よりも低くなる。例えば,ポイント制の導入によって表示価格が2%上昇するとき,ポイント付与率が2%であれば実質的な値引き率はゼロである。この点を踏まえて,値引きとポイント付与の販売促進効果の比較についての実証を再考する必要があろう。また,値引きの場合には消費者全体の変化から弾力性を推定するが,ポイント制の場合にポイント利用者の需要変化で推定を行うのであれば,タイプ2の消費者の需要減少を無視することになり,プロモーション効果を過大に評価する危惧がある。本稿の結果からは,価格差別効果では総販売量に変化はなく,手数料効果ではタイプ1の消費者の購買量が減るため,消費者全体へのプロモーション効果はポイント制の導入によってマイナスになる。こうした結果についても追加的な実証が必要である。さらに,キャッシュレス決済を伴うポイント制の場合,プロモーション効果がキャッシュレス決済によるものか,値引きによるものかを識別する必要があろう。この点と関連して,キャッシュレス決済という決済方法自体の利便性や,ロイヤリティプログラムのもとでの長期にわたる顧客関係がプロモーションに与えるポジティブな影響も無視することはできない。

このような課題は残されているものの,消費者のキャッシュレス決済におけるポイント利用が拡大している中で,小売企業によるポイント制の導入が消費者厚生に及ぼす効果を検討することは意義があると考えた。今後の検討課題として寡占市場への拡張がある。Holmes(1989)などは複占市場における価格差別を分析し,価格差別を行うことで小売企業間の競争が激しくなり,両企業の利潤が減るという結果を導いている。この際,小売企業が同質的であれば不都合な事態は生じないが,企業間の差別化が大きければ,不都合な事態が生じる可能性が残ると推察される。この点については稿を改めて論じたい。

1)  「成長戦略フォローアップ」経済産業省(2018)(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/fu2019.pdf)(2024年8月12日アクセス)

2)  「キャッシュレス決済を取り巻く環境の変化と本検討会で議論いただきたい点」経済産業省(2020).(https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/cashless_payment/pdf/001_04_00.pdf)(2024年8月12日アクセス)

3)  「コンビニエンスストア決済動向調査2023年12月5日公表」一般社団法人キャッシュレス推進協議会(https://paymentsjapan.or.jp/cvs-payments/202304-06/)(2023年12月7日アクセス)

4)  電子マネーが普及する以前から,クレジットカード決済は主要なキャッシュレス手段として利用されてきた。特に高額商品やオンライン決済では広く浸透しており,各カード会社のポイント制度も消費者の利用を促す要因となっている。一方で,電子マネーやQR決済の利便性が向上した結果,小額決済でもキャッシュレス化が進んだ。

5)  自社ポイントの特徴としては,利用範囲の限定がある。ポイントを貯めたり使えたりするのは,その企業やグループ内の店舗に限られる。しかし,カスタマイズの自由度は高く,企業は独自にポイントの付与条件や使用条件を設定できるため,顧客ロイヤリティを高めるための柔軟な施策が可能である。

6)  共通ポイントの特徴としては,利用範囲の広さがある。ポイントは提携している多くの企業や店舗で利用可能であり,顧客は様々な場所でポイントを貯めたり使ったりできるため,利便性が高い。さらにポイントは共通のプラットフォームによって管理されるため,利用者は一つのアカウントで様々なサービスを受けることができる。

7)  「キャッシュレス決済事業者の中小・小規模事業者向けプラン一覧」一般社団法人キャッシュレス推進協議会(https://area18.smp.ne.jp/area/table/32291/KhEKKJ/M?S=pftjm2lgkfrj)(2024年8月20日アクセス)

9)  ポイント制の導入によって消費者を囲い込み,顧客関係の下での共創活動が生じる可能性もある。その意味でKumar(2018)が述べたように,ポイント制は将来の負債(値引きの約束)ではなく,資産である。

10)  例えば映画鑑賞券の学生割引やシニア割引などのように,売り手は買い手をいくつかのグループに分け,異なるタイプの買い手に異なる価格を設定している。割引の対象となる消費者(学生やシニア世代)は,一般の消費者と比べて需要の価格弾力性が大きく,価格を下げることで販売量を大きく増やすことができる。他方,需要の価格弾力性が低い消費者の価格を高くしても,販売量が大きく減ることはない。シニア割引については池田(2009)を参照のこと。

11)  異なるタイプの消費者に同じ価格を設定するという制約条件の下での利潤が,制約のない状況での利潤よりも少なくなることは当然である。

12)  一部の食品スーパーでは現金決済者にもポイントを付与しており,決済手段の相違は必ずしも本質的ではないのかも知れない。

13)  買い手が利用するか否かを選択するクーポンやポイントは,購買量が多いと単価が低くなるという「数量割引」(買い手が購買量を決める)と同様に,経済学の分野では(買い手の自己選択にもとづく)「第2級の価格差別」として分析されてきた。本稿では,ポイント制をグループ別に異なる価格を設定するという「第3級の価格差別」として検討する。

14)  Web調査によるアンケート実験調査。通常のポイント付与率が1%のスーパーマーケットにおいて,[1000円/5000円/10000円]の買い物計画で来店したという想定の下,バスケット価格において[1%/5%/10%/25%]の[値引き/ポイント付与]を提示して7件法で知覚価値を測定した。

15)  二項回帰モデルの推定結果に従ってプロモーションの弾性値の推定を行った結果,値引き率の2乗項が正で有意であるのに対し,ポイント付与率の2乗項は負となったことより,値引き率が高くなるほど値引きの弾性値が高くなる一方,ポイント付与率が高くなるほどポイントの弾性値が低くなることを示した。また,値引き率×商品単価の交互作用の係数が正で有意になった一方,ポイント付与×商品単価の交互作用は負で有意になり,商品単価が高いほど値引きの弾性値が高くなる一方で,商品単価が高いほどポイント付与の弾性値は低くなることを示した。

16)  商品単価ごと,また値引き率・ポイント付与率ごとに,値引きおよびポイント付与の弾性値を算出した結果,商品単価が100円の場合,1%から3%までの範囲においてポイント付与の弾性値のほうが値引きの弾性値を上回った。商品単価が200円の場合,1%ではポイント付与の弾性値と値引きの弾性値の間に有意差がなくなっていた。商品単価が250円,300円,350円の場合,すべての値引き率・ポイント付与率において値引きの弾性値のほうがポイント付与の弾性値を上回っており,なおかつ値引き率・ポイント付与率が高くなるにつれて,値引きの弾性値とポイント付与の弾性値の差が開いている。

17)  需要の小さい市場で販売するために低い価格を設定するよりも,この市場を閉鎖し,需要の大きい市場で高い価格で販売する方が得策かも知れない。このような「市場閉鎖」については4.2節の最後で論じる。

18)  パラメータの設定より,極大化の2階条件 −2(1 + (b − 1)r) < 0 は満たされている。

19)  極大化の2階条件 4br(1 − r) > 0 は満たされている。

20)  この結果はSchmalensee(1981)などによって既に示されており,一般的な需要関数の下でも成立するという意味で頑強なものである。

21)  市場閉鎖が生じる条件についてはLayson(1998)を参照のこと。

22)  小売企業は,付与した共通ポイントに相当する金額を決済事業者に手数料の一部として支払い,自社で用いられた共通ポイントに相当する金額を決済事業者から受け取っている。したがって,小売企業が負担するのは自らが付与したポイントに相当する金額である。したがって,消費者がためたポイントをどこで使うかは,小売企業にとっての関心事ではない。

23)  手数料が表示価格p2に依存するとしても,ポイント付与率が数パーセントであれば,本稿の結論には影響を及ぼさない。この想定の下では数式が複雑になるため,本稿では手数料が実質価格p1に依存すると想定している。

24)  極大化の2階条件 4b(1 − c)r(1 − r) > 0 は満たされている。

25)  実際,ポイント付与率dPをパラメータで偏微分すれば,

d P a = ( b 1 + c ) w b ( 1 c ) ( a + w ) 2 > 0

d P b = a b 2 ( a + w ) > 0

d P c = w ( 1 c ) 2 ( a + w ) < 0

d P w = a ( b 1 + c ) b ( 1 c ) ( a + w ) 2 < 0

d P r = 0

を得る。

26)  市場1と市場2は独立であるから,小売企業の市場2からの利潤を最大にする意思決定問題は市場1の手数料の影響を受けない。

27)  その意味で,ポイント制の導入前後で表示価格が同じであれば,当該小売企業は利潤を最大にしていないことになる。

28)  命題1で述べたように,ポイント制の導入によって小売企業の市場2からの利潤が増えるから,市場1からの利潤が減ったとしてもポイント制は導入されるかも知れない。

29)  b = 1.1 は,タイプ1の消費者の方がタイプ2と比べて,価格に対する反応が10%ほど大きいことを意味する。このように2つの市場の需要に大きな相違がなければ,市場閉鎖の可能性は低い。また,セブンイレブンの2023年度の年間販売額は約5兆円,営業利益は2千5百億円であるから,売上高利益率は5%である。このことから,仕入原価,人件費,光熱費を含む販売原価(=可変費用)は販売額の85%強と推察される。このことがwの値の根拠である。

30)  (22)式にパラメータの値を代入すれば

r p 1 = 200 2070 c 200 13 c

r y = 10 + 44000 ( 1 c ) 4000 + c ( 1031 40000 c )

c q = 13 200 = 0.065

を得る。

31)  実際,斜線部の領域の点 c = 0.04, r = 0.6 において Δy > 0 かつ Δp1 > 0 である。

32)  (22)式にパラメータの値を代入すれば

r p 1 = 80 850 c 80 3 c

r y = 10 + 7040 ( 1 c ) 640 + c ( 169 + 6400 c )

c q = 3 80 = 0.0375

を得る。

参考文献
 
© 2025 日本商業学会
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