小売企業は,ポイントを利用しない消費者には表示価格で販売し,ポイントを利用する消費者には実質的に低い価格で販売している。つまりポイント制は第3級の価格差別である。また小売企業はポイントを付与する販売額の一定割合の手数料を支払っている。この手数料は売上税と同等の効果を持つ。それゆえポイント制導入の効果は価格差別効果と手数料効果を併せたものとなる。価格差別効果では,ポイント利用者の消費者余剰が増えて,ポイントを利用しない消費者の余剰は減る。また小売企業の総利潤は増えるが,総消費者余剰は減る。手数料効果では,ポイント利用者の実質価格が上がり,彼らの厚生水準を低下させると同時に,小売企業の利潤を減少させる。これら2つの効果を踏まえればポイントを利用しない消費者の厚生および総消費者余剰は減少する。また,ポイント利用者の割合が高くかつ手数料が高い場合には,すべての消費者の厚生が悪化する可能性がある。
This paper examines the effect of retailers’ introduction of a point system on consumer welfare. Retailers sell at the listed price to consumers who do not use points and sell at a substantially lower price to consumers who do use points. In other words, the point system is a third-degree price discrimination. In addition, retailers pay a percentage commission on the retailer’s sales under point system. This commission has a similar role as sales tax. Therefore, the effect of introducing a point system is a combination of price discrimination effect and commission effect. In the price discrimination effect, the consumer surplus of point users increases, while the surplus of consumers who do not use points decreases. Also, the total profit of the retailer will increase, but the total consumer surplus will decrease. The commission effect raises the actual price of point users and reduces their welfare level while at the same time decreasing the retailer’s profit. Given these two effects, the welfare of consumers who do not use points and total consumer surplus will decrease. In addition, if the percentage of point users is high and the commissions are high, the welfare of all consumers may be worsened.
2018年に閣議決定された経済産業省の「成長戦略フォローアップ」1)では,「2025年6月までにキャッシュレス決済比率を倍増し,4割程度とすることを目指す」とされていた。消費税率引上げに伴う需要平準化対策として,2019年10月から2020年6月までの9ヶ月の間,政府によるキャッシュレス・ポイント還元事業が実施され,この事業の加盟店登録件数は約225万件となった。決済事業者数も,2020年3月時点で決済金額100億円以上の大型決済事業者が62社,その他587社と多くの事業者が参入している。その後,新型コロナウイルス感染症の流行を受け,オンライン・ショッピングの増加とともに,衛生面から現金に触ることや店舗で従業員と接触することを避ける傾向が生まれた。また,決済業者もポイント還元率を競うことで利用者の獲得に注力したため,キャッシュレス決済は急速に普及していった(経済産業省,2020)2)。2023年6月には大手コンビニエンスストア(以下,「コンビニ」と略す)のキャッシュレス決済金額は販売額の44.4%,決済件数は43.1%と,コンビニだけを見れば,2018年の経済産業省の目標である4割を既に達成している3)4)。
コンビニでキャッシュレス決済が普及した理由の一つに,ポイント還元の恩恵が挙げられよう。表1はコンビニ各社で使用できる主な電子マネーのポイント還元率である。ポイントには特定の企業や店舗が発行する「自社ポイント」5)と複数の企業や店舗で共通して利用できる「共通ポイント」6)がある。自社ポイントの場合は,ポイントサービスの実施費用は小売企業の負担になる。また共通ポイントの場合は,加盟店がポイントサービス提供事業者に支払う手数料で費用がまかなわれている。消費者は電子マネーを組み合わせることで,複数のポイント還元を受けることができる。例えば,ローソンで買い物をする際にPaypayで支払うと,ローソンの自社ポイントであるPontaポイントと共通ポイントであるPaypayポイントの両方をもらうことができる。このように,消費者がキャッシュレス決済の利便性やポイント還元の恩恵を受ける一方で,導入する小売企業にとっては自社ポイントの自己負担や,共通ポイントの決済業者に支払う手数料の高さが問題となる。交通系(Suica・PASMO・ICOCAなど)や流通系(WAON・nanacoなど)の電子マネーの決済ごとに発生する手数料は販売額の3~4%程度であり,PaypayやLINEpayなどスマホアプリを使ったQR・バーコード決済では1.6~3%前後となる7)。
電子マネー | ポイント 付与率 |
電子マネー | ポイント 付与率 |
---|---|---|---|
nanaco(セブンイレブン) | 0.5% | Pay pay | 0.5% |
Famipay(ファミリーマート) | 0.5% | 楽天ペイ | 1.0% |
Ponta(ローソン) | 0.5~1.0% | Suica | 0.5% |
(出所)各社ホームページ
小売企業がキャッシュレス決済やポイント還元を導入する際,その費用を補填するために(小売)表示価格が高く設定されるのであれば,消費者の厚生が悪化する可能性がある。そこで本稿では,小売企業がポイント制を実施した場合,そのことが消費者の厚生にどのような影響を及ぼすかについて検討する。
値引きが一時的であるのにたいし,ポイントを貯める必要があるポイント制は売り手と買い手とのある程度長期的な関係を形成する可能性がある9)。また,すべての購買者が恩恵を受ける「値引き」とは異なり,ポイントを付与されるのはポイント制に参加している一部の消費者のみである。ポイントを利用する人と利用しない人というように,異なるタイプの消費者が存在する場合,彼らに対して異なる対応を採ることが売り手にとっての得策であり10),そうすることで売り手は利潤を増やすことができる11)。
ポイント制の下では,ポイントを利用しない消費者には高い表示価格を,ポイント利用者にはポイントの付与を通じて低い実質価格を設定している12)。このようなポイント制は第3級の価格差別として捉えることができる13)。この際,ポイント制の下での表示価格が統一価格(すべての消費者に同じ価格を設定する通常販売)の下での表示価格よりも高いのであれば,ポイントを利用しない消費者の購買価格が高くなるから,彼らの厚生は悪化する。また,ポイント制の下で表示価格が高く設定され,かつポイント付与率が低ければ,ポイント利用者の厚生も統一価格時と比べて悪化するかも知れない。本稿の主張は,ポイント制の導入によって,ポイントを利用しない消費者の厚生が統一価格の場合よりも悪化するのみならず,ポイントを利用する消費者の厚生を合わせた総消費者余剰も減少するというものである。さらに,ポイントを利用する消費者の厚生も悪化する可能性もある。
本稿の構成は次のとおりである。次節ではポイント制と価格差別についての先行研究をサーベイする。3節ではモデルを提示し,4節では統一価格,価格差別およびポイント制の下での小売企業の利潤最大化均衡を求める。5節では,3つの均衡を比較することでポイント制導入の効果を検討し,主要な命題を導いた後に,すべての消費者の厚生が悪化する可能性を示す。6節は結語である。
ポイント制が購買行動に与える効果については,特にロイヤリティプログラムを中心に多くの研究が行われている。Leenheer et al.(2007)は,小売企業のロイヤリティプログラムによって顧客関係が成り立つ時,顧客の全支出額における当該企業への支出シェアが大きくなることを示した。Lewis(2004)は,食品小売店とドラッグストアを対象に理論モデルを作成し,ロイヤリティプログラム参加者の方が購買金額が大きくなること,また,近視眼的で単一期間の意思決定から動的で複数期間の意思決定に移行することを示した。Dorotic, Bijmolt and Verhoef(2011)も,ロイヤリティプログラムは重要なマーケティングツールであり,導入の際には市場特性,消費者の行動,競争環境を十分に考慮した長期的に持続可能なロイヤリティプログラムの設計と,パーソナライズされたマーケティングの活用がより高い効果を生む可能性を示唆した。Kumar(2018)は顧客から企業への価値の生成を概念化する顧客評価理論(customer valuation theory: CVT)を提唱し,顧客と企業との関係性における経済的貢献度について明らかにした。さらに顧客生涯価値(customer lifetime value:CLV)の概念について,CLVを推定するための経済モデル,ポートフォリオ管理を用いたCLVの管理方法,CLVを最大化するための戦略について論じている。すなわち,企業は顧客セグメンテーションを行い価値の高い顧客に対して差別化されたマーケティング施策を実施するべきであり,顧客の維持やリテンション施策,そして離脱予防策を効果的に組み合わせることで,長期的な利益を得られるとした。
また,キャッシュレス決済の利用について Prelec and Simester(2001)や Runnemark et al.(2015)は,現金よりもクレジットカードやデビットカードなどのキャッシュレス決済時の方が購買金額や支払意欲が高くなると述べている。
さらに中川(2015)は,ポイント付与を「値引き」として捉えた上で,スーパーマーケットでの実験14)を行い,値引き率・ポイント付与率が低い水準においては,値引きよりも同額相当のポイント付与の方が知覚価値が高いことを明らかにした。中川・星野(2017)も,食品スーパーの購買履歴データを用いてポイント制と値引きによるプロモーションの弾性値を推定し,ベネフィット水準が高くなるほど値引きの弾性値が高くなる一方,ポイント付与の弾性値は低くなる傾向があると論じている15)。そして,商品単価が低くかつ値引き率・ポイント付与率も低いときには,ポイント付与の方が弾性値が高くなり,売上効果が大きくなることを確認した16)。
第3級の価格差別については,Pigou(1920)以降,多くの研究者によって検討されている。Schmalensee(1981)は,分割された2つの市場(=消費者のグループ)の各々が他の市場から影響を受けないという意味で「独立」であれば,1人の売り手が価格差別を行う場合,需要の価格弾力性の大きい(小さい)市場の価格が低く(高く)設定され,当該市場の販売量が増え(減り),消費者余剰が増加(減少)すると論じている。また,売り手の各市場からの利潤や総利潤が増え,総消費者余剰は減るという極めて頑強な結果を導いている。
電話などのネットワーク財は,同種の財を利用する人の数が多ければ便益も大きくなる。その意味で,市場を分割できたとしても,一方の市場の需要が他方の市場の需要によって影響を受けるという意味で市場間に依存性がある。この種のネットワーク財市場の価格差別については,Adachi(2005),Ikeda and Nariu(2009),Hashizume, Ikeda, and Nariu(2021)などによって検討されており,価格差別によってすべての消費者余剰が増加(減少)する可能性を示している。
クーポンの利用者には低い実質価格で販売するという意味で,クーポンもまた価格差別(第2級)の一種である。湯本(2017)は複占企業の空間的競争モデルを分析し,各小売企業がクーポンを発行することで彼らの利潤は増えるが,消費者厚生や社会的厚生は悪化すると主張している。またHolmes(1989)は,差別化された財の複占市場で価格競争が行われる場合には,価格差別によって両企業の利潤が減少すると述べている(囚人のディレンマ)。価格差別についての包括的なサーベイについてはVarian(1989),Armstrong(2006)および Stole(2007)などを参照されたい。
本稿はポイント制を価格差別の枠組みで分析した最初の論文であり,1人の売り手が独立した市場で価格差別を行う状況における従来の主要な結果を導いている。のみならず,ポイント制の運用には費用(手数料)がかかるため,価格差別によってすべての消費者の厚生が悪化する可能性を示している。確かに,市場が相互に依存している状況では,すべての消費者の厚生が悪化することもあるが,1人の売り手が独立した市場で販売する状況でも,同様なことが生じることを示した点には新奇性がある。
ある小売企業が2種類のタイプの消費者に財を販売する状況を想定する。タイプ1の消費者は購買に際して電子マネーやクレジットカードなどで決済する人々であり,ポイントを利用する。一方,タイプ2の消費者は現金で決済し,ポイントを利用しない。タイプ1の消費者の多くは都市部に住む若年層で,情報リテラシーを持ち,ポイント利用の費用が低い。一方,タイプ2の消費者の多くは地方に住む中・高年齢層である。もっとも都市部に住む若者でもポイントを利用しない人もいるし,地方に住む高齢者でもポイントを利用する人もいる。前者はタイプ2に,後者はタイプ1に分類される。都市部には代替的な小売店舗が多数あり,価格が高くなれば購入先を変えるため,小売企業の販売量は価格に大きく反応するのに対し,代替的な小売店舗が少ない地方に住むタイプ2の消費者は,価格への反応が相対的に低い。また,ポイントを利用すること自体,価格に敏感に反応することを意味しよう。このことを反映して,小売企業が販売する商品(群)に対する各タイプの消費者の需要
で与えられる。ここで,消費者の購入量は非負であるから,
で表される。ここで
この節では,小売企業が両市場で同じ価格を設定する場合(統一価格),市場ごとに異なる価格を設定する場合(価格差別),キャッシュレス決済者に対してポイントを付与する場合(ポイント制)の各々における価格設定について検討する。
4.1 統一価格(uniform price)最初に,統一価格の場合を検討する。小売企業が両市場で同じ価格を設定する場合
で与えられる。ここで
である。したがって,両市場での販売を前提とすれば17),小売企業の意思決定問題は
と定式化される。
上記の最大化問題の極大化の1階条件より,最適小売価格
が導かれる18)。ここで上付き添え字
と計算される。さらに,このときの消費者余剰は
(8−3)
と計算される。ここで留意すべきことは,(1)式より各市場の需要量が当該市場の価格の減少関数であり,(8)式より消費者余剰が需要量の増加関数であるから,消費者余剰は価格の減少関数になるということである。また,
であるから,統一価格が高くなれば市場1(2)からの利潤が減る(増える)。すなわち,
小売企業が市場1の価格を
と定式化される。
上記の最大化問題の極大化の1階条件より,最適小売価格
が導かれる19)。ここで上付き添え字
と計算される。さらに,小売企業の利潤は
と計算される。最後に,消費者余剰は
と計算される。
次に,統一価格の場合と価格差別の場合を比べれば,
であるから,価格差別によって市場1の価格
であるから,価格が下がった市場1の販売量
となる。すなわち,価格差別の下では各市場からの利潤が最大になっているため,統一価格の場合と比べて各市場からの利潤が増加する。それゆえ,総利潤も増えることになる。
最後に消費者余剰を比べれば,
であり,価格が下がって(上がって)購買量が増えた(減った)タイプ1(2)の消費者余剰は増える(減る)。そして,消費者の総余剰
結果1:価格差別効果(U均衡からD均衡への移行)
統一価格から価格差別に移行するとき,市場1では価格
この小節を終えるに際し,市場閉鎖について触れておこう。小売企業は,市場iの価格を
ポイント制の下で小売企業は,現金決済者向け(市場2)の表示価格
この状況における需要関数は(1)式であり,小売企業の利潤関数は,
で与えられる22)。ここで,
と定式化される。ここで
へと変換される。この最大化問題の極大化の1階条件より,最適小売価格
を求めることができる24)。ここで上付き添え字
と定義・計算される。上式より,ポイント付与率は
また,均衡における販売量は
と計算される。上式より,ポイント制の運営手数料が高いとき(
さらに,小売企業の利潤は,
と計算される。最後に消費者余剰は,
と計算される。
ここで,手数料率
であるから,手数料率
次に,P均衡とD均衡を比べると,
である。すなわち,
結果2:手数料効果(D均衡からP均衡への移行)
この節では,統一価格の状態からポイント制に移行することの効果について検討する。はじめに,
命題1:ポイント制導入の効果
(市場閉鎖が生じない)統一価格からポイント制に移行すると,市場2の価格が高くなり,そこでの消費量および消費者余剰が減るが,そこからの小売企業の利潤は増える。また,総消費量および総消費者余剰は減る。
この命題は次のように説明される。
p1 | p2 | q1 | q2 | q = q1 + q2 | y1 | y2 | y = y1 + y2 | cs1 | cs2 | cs = cs1 + cs2 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
U → D | ↓ | ↑ | ↑ | ↑ | 0 | ↑ | ↑ | ↑ | ↑ | ↓ | ↓ |
D → P | ↑ | 0 | ↓ | 0 | ↓ | ↓ | 0 | ↓ | ↓ | 0 | ↓ |
U → P | ? | ⬆ | ? | ⬇ | ⬇ | ? | ⬆ | ? | ? | ⬇ | ⬇ |
それでは,市場1の諸変数や小売企業の総利潤はどうなるか。この際に留意すべきことは,ポイント制への移行によって小売企業の総利潤が減るのであれば,彼はポイント制を導入しないということである28)。ここで
と定義すれば,小売企業はΔy>0のときにのみポイント制を導入する。この状況では,命題1で述べたように,市場2の価格が上がって購入量が減り,タイプ2の消費者の厚生は悪化する。仮に,タイプ1の消費者厚生も悪化するのであれば,ポイント制は小売企業の利潤を増やすのみで,すべての消費者の厚生が悪化するという「不都合な事態」が生じることになる。ここで,消費者厚生が購入量の増加関数で,購入量が価格の減少関数であることに留意すれば,ポイント制の導入によって(手数料を補填するために)市場1の価格が高くなれば,タイプ1の消費者の厚生は悪化し「不都合な事態」が生じることになる。
今後,情報技術が浸透することでタイプ1の消費者の比率
であるから,ポイント制の導入によって市場1の価格が上昇し,タイプ1の消費者の厚生は悪化する。もっとも,このときには(運営費用を負担する)小売企業の利潤も統一価格の場合よりも減少するから,ポイント制は導入されない。また,ポイント制の運営費用が十分低ければ(例えば
と定義すれば,
以下では,本稿のモデルで不都合な事態が生じる可能性について検討する。この際,議論を簡明にするために,いくつかのパラメータの値を措定する。具体的には,
いま,
と計算される。上式に
を得る。これらは図1に示される。
ここで,
次に,(22)式の
最後に,
本稿では,小売企業によるポイント制の導入が消費者厚生に及ぼす効果について検討した。ポイント制の下で小売企業は,ポイントを利用しないタイプ2の消費者には表示価格で販売し,ポイントを利用するタイプ1の消費者にはポイントを付与することで,実質的に低い価格で販売している。このように,小売企業が異なるタイプの消費者に異なる価格で販売するという点で,ポイント制は(第3級の)価格差別である。また,小売企業はポイント制を運営するために,販売額の一定割合を手数料として負担している。この手数料はポイント利用者への販売における売上税と同等の効果を持つ。したがって,ポイント制導入の効果は,価格差別効果と手数料(売上税)効果を併せたものになる。価格差別効果(
一方手数料効果では,結果2で記したように,タイプ1の消費者向けの実質価格が上がり,彼らの消費者余剰を減少させると同時に,小売企業の利潤を減少させるが,タイプ2の消費者向けの販売には影響を及ぼさない。これら2つの効果を踏まえれば,命題1で記したように,ポイント制の導入によってポイントを利用しないタイプ2の消費者余剰および総消費者余剰は減少することになる。そして,ポイント利用者の割合が高くかつ手数料が高い場合には,ポイントを利用するタイプ1の消費者向けの実質価格も高くなり,すべての消費者の厚生が悪化するという不都合な事態が生じる可能性がある。
所与の表示価格の下での値引きがすべての消費者の厚生を増加させるのに対し,小売企業が運営費用を負担するポイント制は,運営費用を消費者に転嫁するために表示価格を引き上げるから,ポイントを利用しない消費者の需要が減り,厚生を悪化させる。確かに,ポイントを利用する消費者の厚生を増加させるかも知れないが,総消費者余剰は減少するという意味で,消費者の利益を損なうのである。今後,情報技術が浸透することでタイプ1の消費者の比率
実証研究についていえば,ポイント制の導入によって表示価格が高くなるから,実質的な値引き率はポイント付与率よりも低くなる。例えば,ポイント制の導入によって表示価格が2%上昇するとき,ポイント付与率が2%であれば実質的な値引き率はゼロである。この点を踏まえて,値引きとポイント付与の販売促進効果の比較についての実証を再考する必要があろう。また,値引きの場合には消費者全体の変化から弾力性を推定するが,ポイント制の場合にポイント利用者の需要変化で推定を行うのであれば,タイプ2の消費者の需要減少を無視することになり,プロモーション効果を過大に評価する危惧がある。本稿の結果からは,価格差別効果では総販売量に変化はなく,手数料効果ではタイプ1の消費者の購買量が減るため,消費者全体へのプロモーション効果はポイント制の導入によってマイナスになる。こうした結果についても追加的な実証が必要である。さらに,キャッシュレス決済を伴うポイント制の場合,プロモーション効果がキャッシュレス決済によるものか,値引きによるものかを識別する必要があろう。この点と関連して,キャッシュレス決済という決済方法自体の利便性や,ロイヤリティプログラムのもとでの長期にわたる顧客関係がプロモーションに与えるポジティブな影響も無視することはできない。
このような課題は残されているものの,消費者のキャッシュレス決済におけるポイント利用が拡大している中で,小売企業によるポイント制の導入が消費者厚生に及ぼす効果を検討することは意義があると考えた。今後の検討課題として寡占市場への拡張がある。Holmes(1989)などは複占市場における価格差別を分析し,価格差別を行うことで小売企業間の競争が激しくなり,両企業の利潤が減るという結果を導いている。この際,小売企業が同質的であれば不都合な事態は生じないが,企業間の差別化が大きければ,不都合な事態が生じる可能性が残ると推察される。この点については稿を改めて論じたい。
FamilyMart (https://www.family.co.jp/famipay.html)
Paypay (https://paypay.ne.jp/point/)
RakutenPay (https://pay.rakuten.co.jp/topics/pointprogram/)
JRE point (https://www.jrepoint.jp/point/append/suica/)(いずれも2025年2月19日アクセス)
を得る。
を得る。
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