文献レビュー論文には,先行研究を幅広く網羅し,その内容を検討して体系立てて整理することと,そこに独自のアイデアを盛り込むことが求められる。文献レビュー論文に取り組む過程で,こうした活動は研究者の視野を広げ,新しい発想や視点の独自性を生み出し,高める助けとなる。他方で読者にとっても,網羅性と独自性の高い論文を読むことは,その分野の研究動向を効率的に理解し,将来の研究に繋がる着想やアイデアを得る機会となる。
この文献レビュー論文が持つメリットを生かし,学会全体の研究力を高めることを目的に,今回の文献レビュー特集が企画された。さらに,その効果を高めるため,この特集は,2024年12月15日に中京大学で開催された全国研究報告会と連動した企画として進められた。全国研究報告会には13件の応募があり,3つのセッションで研究報告が行われた。
論文の投稿も9本にのぼり,本号ではその中から論文1本を「文献レビュー特集」として掲載した。募集期間が限られていたにもかかわらず,9本の投稿があったことは,文献レビュー研究に対する学会員の関心の高さを伺うことができる。一方で,掲載に至った論文が1本にとどまったことは,文献レビュー研究に対する本学会の課題が少なくないことを示唆する。
査読を通じて,改めて気づかされたのは,本学会において「優れた文献レビュー研究の条件」に対する十分なコンセンサスが得られてないことであった。海外の著名ジャーナルでは,この点に対する指針がすでに示されている。たとえば,The Journal of the Academy of Marketing ScienceではPalmatier et al.(2018)が,“Review articles: purpose, process, and structure”の中で,「統合的なレビュー」,「独自性」,「リサーチアジェンダ」を優れたレビュー研究の条件として提示している。また,Information & ManagementではParé et al.(2015)が,文献レビュー論文をタイプ分けした上で,「再現性」と「方法論における厳密性」を優れた論文の要件として挙げている。両誌はいずれも,先行研究の単なる羅列はもっとも避けるべきであると指摘している。
本特集に投稿された9本のうち,3本はあるトピックの先行研究を網羅的に扱っているものの,先行研究の羅列や紹介に留まっていた。また,残る6本のうち5本は,システマティックレビューが行われ,再現性や方法論における厳密性は備えていたものの,統合的レビューには至らず,独自性も十分とは言えないものだった。
優れたレビュー論文には,網羅性と独自性の両方が欠かせない。しかし,今回投稿された論文の中で,この二つをともに満たしたものはほとんどなく,こうした状況を通じて,本学会では文献レビュー論文の書き方に関する知識があまり蓄積されてこなかったのではないかと感じた。思い返せば,「優れたレビュー論文は何か」について,本学会の学会誌や全国研究大会で議論した記憶もあまり多くない。
文献レビュー論文のタイプ本特集の企画に先立ち,本学会の会員に対して「よい文献レビュー論文とは何か」について意見を伺った。その結果,「論争があること」,「網羅的であること」,「ナラティブ論文はよくない」,「システマティック文献レビュー論文は浅い」など,さまざまな声が寄せられた。これらの回答から,文献レビュー研究を巡って,同じ研究であっても見方によって評価が分かれるなど,会員の間に認識の齟齬があることに気づいた。
Kraus et al.(2022)は,文献レビュー論文を演繹的推論アプローチ(deductive reasoning approach)と帰納的推論アプローチ(inductive reasoning approach)に基づく研究に分類している。システマティックレビュー論文は,代表的な帰納的推論アプローチであり,先行研究を探索的に検討するため,網羅性が評価の中心になる。それに対して演繹的推論アプローチに基づく文献レビュー研究では,事前に論点を定める必要があるため,帰納的推論アプローチほど網羅性は求められなく,統合的で批判的なレビューが評価項目になる。よいレビュー論文とは何かについて「論争があること」という回答があったが,演繹的推論アプローチから文献レビュー研究を捉えているように思われる。
つまり,文献レビュー研究の評価基準の1つとされる網羅性も,そのタイプによって意味合いが異なるのである。したがって,優れた文献レビュー論文の条件については,研究者の認識論や存在論を考慮する必要がある。
文献レビュー論文における独自性文献レビュー論文において,「独自性をどのように生み出せるのか」は重要な問いである。単に先行研究を広く網羅するだけでは,十分な独自性は生まれない。この点について,田中・市川(2011)は,文献レビュー研究の場合,知見統合とパラダイム提案によって独自のアイデアを生み出せると主張する。
統合的レビューについてはPalmatier et al.(2018)でもその重要性が述べられており,複数の知見を統合することで先行研究間の矛盾を明らかにするなど,個々の研究を超えた,より包括的で重要な知見を得られる可能性が示されている。また,文献レビューの独自性を,先行研究への批判的視点から導き出そうとする考えをパラダイム提案と呼ぶ(田中・市川,2011)。従来の理論を批判的に検討することで,新しい視点から従来の知見を見直したり,新しい研究方法を提案したりして,今後の研究の方向性を示そうとするものである。
しかし,投稿された9本の中で,知見統合やパラダイム提案を通じて独自性を打ち出していた論文は,わずかであった。
優れた文献レビュー研究を行うためには,単に文献を多く集めるだけでは不十分である。まず,どのようなタイプの文献レビュー論文を書くのか,その立場を明確にする必要がある。演繹的推論アプローチで書くのか,それとも帰納的推論アプローチで書くのか。ナラティブ論文にするのか,システマティックレビュー論文にするのか。こうした選択によって,求められる評価軸が変わるため,これから書こうとする文献レビュー論文のタイプと,そのタイプが求める条件を意識した研究を行う必要がある。
もっとも,どのタイプの文献レビュー論文であっても,共通して重視される項目が独自性である。Kumar et al.(2018)は,Journal of Marketingに投稿を検討する研究者へのメッセージの中で,文献を引用する際には羅列するだけではなく,統合的にレビューすることの大切さを強調している。統合的レビューは,文献レビュー論文に限らず,一般論文の先行研究レビューを書く際にも求められるものである。
また,パラダイム提案によって独自性を出そうとする場合には,Alvesson and Sandberg(2013)が提示しているリサーチクエスチョンの作り方が参考になるかもしれない。著者らは,リサーチクエスチョンに既存理論強化型と既存理論批判型の2つのタイプがあるとしている。その中でも後者,つまり,既存理論の根底にある前提に光を当て,批判し,挑戦することで新たなリサーチクエスチョンを立てるアプローチについて,著者らは面白い研究につながると主張している。田中・市川(2011)がいうパラダイム提案による独自性を出す考えは,既存理論批判のリサーチクエスチョンを出すことから実現される可能性がある。
優れた文献レビュー研究を会員間で共有しよう優れた文献レビュー研究を行い,その成果を共有することは,学会全体の研究力を高める大きな力となる。そのためには,積極的に交流の場を広げていく必要がある。全国研究大会との連携や特集号の企画は,効率的な交流の手段に成り得る。今回は9本の投稿から1本のみの掲載となったが,このような取り組みを継続することによって,投稿数や掲載論文数が今後さらに増えていくことを期待したい。
今回の特集号の企画を通じて,いくつもの収穫があった。1つ目は,学会員の文献レビュー研究への関心が高いことを改めて確認できたことである。全国研究報告会には,3つのセッションに分かれて研究報告が行われ,大きな盛り上がりを見せた。2つ目は,本学会における文献レビュー研究の課題があることの気づきである。優れた文献レビュー論文に対する議論と書き方のノウハウの共有を通じて,本学会のさらなる進化につながる。
そして3つ目は,学会内の連携がうまくできた点である。全国研究報告会のプログラム委員会が,文献レビューセッションを設けながら,『流通研究』で特集号を組む可能性について打診した時に,編集委員会編集部からポジティブなコメントをいただき,その後の査読プロセスにおいても多大なサポートをいただいた。編集部-本部執行部-プログラム委員会が短期間で連動できたことは,本学会の優れた協力体制やコミュニケーション能力の高さを意味するものである。
最後に,本企画にご投稿いただいた皆様,査読にご協力いただいた先生方,全国研究報告会における文献レビューセッションでご報告いただいた皆さま,司会を務めてくださった先生方,そして常に的確なサポートをお寄せくださった日本商業学会事務局の皆様に,改めて深く感謝申し上げる。