2022 年 6 巻 2 号 p. 31-40
本研究の目的は,消費者のブランド・スイッチングと消費者のアイデンティフィケーションおよび幸福感の関係を縦断調査に基づき明らかにすることである。2時点の調査に基づく検証の結果,ブランドを通して得られる消費者の幸福感(ブランド・ハピネス:Consumer Happiness through Brand)がブランド・スイッチング行動を抑制する要因であることが明らかとなった。本研究は消費者の幸福度がブランド・スイッチング行動に及ぼす影響を縦断的な調査によって検証した初めての研究であり,本研究により得られた結果は,既存の消費者の幸福感およびブランド・スイッチングに関する知見を拡張するものである。
消費者とブランドの間に深く意味のある関係を築き,強力で健全なブランドを構築することは企業の長期的な成功に不可欠である(Bhattacharya & Sen, 2003;Lam, Ahearne, Hu, & Schillewaert, 2010;Yoshida, Gordon, & James, 2021)。消費者とブランドの間に関係性が構築された場合,消費者はブランドに対して同一視の感覚を抱くこと(ブランド・アイデンティフィケーション:Consumer-Brand Identification:以下,「ブランドID」)が知られており,これまで消費者のブランドに対する様々なロイヤルティを説明する重要な要因として検証が進められてきた(Carlson, Suter, & Brown, 2008;Lam et al., 2010;Yoshida et al., 2021)。より強力なブランドの構築においては「消費者のブランド間移動と機能的効用最大化の両立」(Lam et al., 2010, p. 129)と定義されるブランド・スイッチング(以下, 「BS」)をいかに抑えるかが鍵となるが,ブランドIDはこのBS行動を抑制することが縦断的な調査から明らかとなっている(Lam et al., 2010)。
消費者はブランドとの垂直的な関係性だけでなく,他の消費者との水平的な関係性も構築する(Yoshida et al., 2021)。このようなブランドを核とした消費者同士の関係性はブランド・コミュニティとして概念化されており,消費者はブランド・コミュニティに対しても同一視の感覚を抱くこと(ブランド・コミュニティ・アイデンティフィケーション:Brand Community Identification:以下,「ブランド・コミュニティID」)が指摘されている(Algesheimer, Dholakia, & Herrmann, 2005;Muniz & O’Guinn, 2001)。ブランド・コミュニティIDについては,ブランド・コミュニティに対するロイヤルティだけでなく,ブランドそのものに対する肯定的な態度にも正の影響を及ぼすことが検証されている(Algesheimer et al., 2005;羽藤,2016a,2016b,2017)。つまり,消費者のロイヤルティを強固なものにし,ブランドに対する継続的な消費行動を促すためには,ブランドに関連する消費者の同一視の感覚を多面的に捉えることが重要であろう。
ブランドに関わる消費行動によって知覚される消費者の幸福感に関する知見も重要な点の一つである。消費者の幸福感は,消費者行動を扱う研究領域において近年注目が高まっており,変革型消費者研究(Transformative Consumer Research:以下, 「TCR」)と呼ばれる研究パラダイムによって検討が進められている(Anderson & Ostrom, 2015;Bolton, 2021;Mick, 2006)。TCRとは,根本的な問題や機会によって構成され,消費の無数の条件,要求,可能性,影響に関連し,生活を尊重,維持,改善しようと努力する研究と定義されており(Mick, 2006),これまで数多くの研究成果が発表されてきた(Davis & Ozanne, 2019;Davis & Pechmann, 2013;Ozanne, 2011)。その中で,ブランド使用によって知覚される幸福感については,購買意図などのブランドに対する肯定的な態度への正の影響に加えて,ブランドIDによるブランドに対するロイヤルティへの影響を強めることが確認されている(Niedermeier, Albrecht, & Jahn, 2019;Schnebelen & Bruhn, 2018;Yoshida et al., 2021)。
一方で,これら二つの同一視の感覚やブランド使用によって知覚される幸福感がブランドに対する肯定的な態度に及ぼす影響については,単一時点における横断的な調査に基づく検証がほとんどであり,縦断的な調査に基づく検証は限られている(羽藤,2016a,2016b,2017;Lam et al., 2010;Niedermeier et al., 2019;Schnebelen & Bruhn, 2018;Yoshida et al., 2021)。先述の通りブランドIDについては,BSを抑制する効果があることが縦断的な調査によって明らかになっているが(Lam et al., 2010),もう一方のアイデンティフィケーション(以下,「ID」)であるブランド・コミュニティIDや消費者がブランドを通して得る幸福感については検証がなされていない。さらに,そのブランドについて主な愛好するブランドとして継続的に消費しているかどうかについては,ブランドIDによる購入頻度への影響が検証されるにとどまっている(Yoshida et al., 2021)。したがって,実際のBS行動を観測したうえで,消費者のIDおよび幸福感との関係に関する検討を重ねることが重要であろう。縦断調査については,横断調査にはない時間的先行性が存在するため,因果関係の同定においても有効な手法である(高比良・安藤・坂元,2006)。ここから,本研究は,消費者のBS行動と消費者のIDおよび幸福感の関係を縦断調査に基づき明らかにすることを目的とする。これにより,強力で健全なブランド構築における消費者のIDおよび幸福感がもたらす効果に関する知見の蓄積に貢献できよう。なお,縦断調査によって確認された実際のBS行動とこれらの要因の関連については先行研究が限られていることから(Lam et al., 2010),本研究においてはこれらの関係について探索的に検証を進めていくことにより知見の蓄積を目指す。
これまで,消費者のIDは社会的アイデンティティ理論および組織的アイデンティティ理論を背景に説明がなされてきた(Ashforth & Mael, 1989;Tajfel & Turner, 1979)。その中で,先行研究においては2種類の対象(i.e.,ブランド,ブランド・コミュニティ)へのIDが主要な検討対象となっている(羽藤,2016a,2016b,2017;Lam et al., 2010;Yoshida et al., 2021)。
一つ目のブランドを対象としたIDであるブランドIDとは,ブランドとの一体感を感じ,ブランドの成功や失敗を自分のものとして経験すること,と定義される概念である(Yoshida et al., 2021)。組織的アイデンティティ理論に基づく議論によると,ブランドへのIDが高い消費者は,低い消費者に比べて,ブランドに好意を持ち,様々な支持行動をとる可能性が高いとされている(Mael & Ashforth, 1992;Yoshida, 2017;Yoshida et al., 2021)。このような理論的背景に基づき,行動的ロイヤルティ(Yoshida et al., 2021),購入頻度(Yoshida et al., 2021),ブランドに対するコミットメント(Carlson et al., 2008;羽藤,2016a)への正の影響や,BSの抑制(Lam et al., 2010)などブランドに対する消費者のポジティブな態度の形成にブランドIDが寄与することが報告されている。
二つ目のブランド・コミュニティに対するIDであるブランド・コミュニティIDは,消費者とコミュニティとの関係の強さ,と定義されており,消費者が自分自身をコミュニティのメンバーである,つまりコミュニティに属していると解釈することを捉える概念である(Algesheimer et al., 2005)。ブランド・コミュニティとは,「あるブランドの愛好者たちによる社会的な関係を構造化した地理的に縛られない特殊なコミュニティ」(Muniz & O’Guinn, 2001, p. 412)と定義される概念である。これまでのブランド・コミュニティを取り扱った実証研究においては,結果要因として「ブランド・コミットメント」,「ブランド・ロイヤルティ」,「コミュニティ・エンゲージメント」,「コミュニティへの参加意図」など,組織のマーケティング成果へと直接つながる要因が用いられてきた(e.g., Algesheimer et al., 2005;Baldus, Voorhees, & Calantone, 2015)。しかし,消費者がブランド・コミュニティに対して心理的な結びつきを強くすることが実際のブランドに対する消費行動の継続に寄与するかどうかに関しては,研究が限られており未知な部分が多い(Yoshida et al., 2021)。
2.2 消費者の幸福感マーケティング領域におけるブランドと幸福感に関する理論的な研究はまだ初期段階である(Zhou, Wang, & Zhan, 2021)。さらに,そのほとんどが最終的な結果要因として幸福感やwell-beingを設定し検証を行っている(e.g., Junaid, Hussain, Basit, & Hou, 2020;Kumar, Paul, & Starčević, 2021;Prentice & Loureiro, 2018;Zhou et al., 2021;Zhou, Zhan, & Zhou, 2019)。
一方で,ブランド使用によって知覚される幸福感が購買意図へ正の影響を及ぼすこと(Niedermeier et al., 2019;Schnebelen & Bruhn, 2018)や,ブランドIDが行動的ロイヤルティと購入頻度へ及ぼす影響を消費者の幸福感(消費者ハピネス:Consumer Happiness)が調整すること(Yoshida et al., 2021),など消費者の幸福感がブランド消費に関わる要因に影響を及ぼすことも部分的に検証されているが,「消費者の幸福感を高めることによって企業に利益はあるのか?」といった疑問に対する検証は不足している。The Broaden-and-Build Theoryによると,ポジティブな感情は人々の瞬間的な思考・行動のレパートリーを広げ,身体的・知的資源から社会的・心理的資源に至るまで,永続的な個人資源を構築する能力を有しており,幸福度の高い個人は自分が行う活動により関心を持ちコミットしているとされる(Fredrickson, 1998, 2001;Frey, 2017)。ここからも,消費者の幸福感はこれまでに消費者が行ってきたブランドに関する能動的な消費行動に肯定的な影響を及ぼすことが考えられよう。
また,消費者の幸福感を検討する上でも,IDと同様にブランドそのものだけでなくブランド・コミュニティから得られる幸福感を考慮する必要がある。実際に,これまでのブランドと幸福感に関する検討においても,ブランドそのものに関わるもの(Junaid et al., 2020;Kumar et al., 2021;Prentice & Loureiro, 2018;Schnebelen & Bruhn, 2018)と,ブランド・コミュニティに関わるもの(Zhou et al., 2019)とは分けて議論が進められてきた(Zhou et al., 2021)。したがって,本研究においても「ブランドを通して得られる消費者の幸福感(ブランド・ハピネス:Consumer Happiness through Brand)」と「ブランド・コミュニティを通して得られる消費者の幸福感(ブランド・コミュニティ・ハピネス:Consumer Happiness through Brand Community)」という2種類の幸福感により検討を進める。そして,これまでの消費者の幸福感を扱った研究を参考に,ブランド・ハピネスは特定のブランドにおける消費活動に関連する幸福の状態,ブランド・コミュニティ・ハピネスは特定のブランド・コミュニティにおける消費活動に関連した幸福の状態,と定義し議論を進める(Yoshida et al., 2021;Zhou et al., 2021)。
2.3 論点のまとめブランドに対するIDは,ブランド・ロイヤルティ,購買頻度,ブランドへのコミットメントを高め(Carlson et al., 2008;羽藤,2016a;Yoshida et al., 2021),BS行動を抑制する(Lam et al., 2010)。ブランド・コミュニティに対するIDも,ブランドそのものに対する肯定的な態度に正の影響を及ぼす(Algesheimer et al., 2005;羽藤,2016a,2016b,2017)。消費者のブランドに関連する幸福感は,購買意図へ正の影響を及ぼし(Niedermeier et al., 2019;Schnebelen & Bruhn, 2018),ブランドIDが行動的ロイヤルティと購入頻度へ及ぼす影響を調整する(Yoshida et al., 2021)。このように,ブランドに関連する消費者のIDと幸福感がブランドに対する態度に及ぼす影響については先行研究において知見の蓄積が進められてきた。しかし,先行研究では(1)ブランド・コミュニティに対するIDと実際のBS行動の関係,(2)「消費者の幸福感を高めることによって企業に利益はあるのか?」という視点に基づくブランドの消費に関連する2種類の幸福感(i.e.,ブランド・ハピネス,ブランド・コミュニティ・ハピネス)とBS行動の関係,という2点について議論が不足している(表1)。本研究はこの2点の課題に対して,縦断的な調査に基づくBS行動の観測によって,BS行動を起こす消費者と起こさない消費者の違いを検討し,その違いを生み出していると考えられる要因のBS行動に対する規定力を検証する。これにより,消費者行動に関する研究において,これまで数多く扱われてきた消費者のブランドへのIDに関する研究群と近年注目される消費者の幸福感に関する研究群の両研究群に対して新たな知見を提供する。
アイデンティフィケーション | 幸福感 | |
---|---|---|
ブランド (消費者とブランド の垂直的な関係) |
ブランド・アイデンティフィケーション ①検証済み (e.g., Carlson et al., 2008;羽藤,2016a;Yoshida et al., 2021) ②検証済み (Lam et al., 2010) |
ブランド・ハピネス ①検証済み (e.g., Niedermeier et al., 2019;Schnebelen & Bruhn, 2018) ②未検証 |
ブランド・ コミュニティ (消費者間の 水平的な関係) |
ブランド・コミュニティ・アイデンティフィケーション ①検証済み (e.g., Algesheimer et al., 2005;羽藤,2016a,2016b,2017) ②未検証 |
ブランド・コミュニティ・ハピネス ①未検証 ②未検証 |
† ①消費者のブランドに対する肯定的な態度との関係の検証,②実際のブランド・スイッチング行動との関係の検証
本研究は,2021年11月29日から12月1日と2022年1月11日から12日の2時点において,リサーチ会社のインターネットパネルのうち特定の個人またはグループのファンクラブ会員になっている人物を対象にデータを収集した。これまでのブランド・コミュニティに関する実証研究においては,物財を対象とした研究(e.g., Algesheimer et al., 2005;Kuo & Feng, 2013)や,製品やサービスの種類を制限せずいずれかのコミュニティに参加していることのみを条件とした研究(e.g.,羽藤,2016a,2016b)などがある。物質的な購入と経験的な購入では消費者にもたらす幸福感に違いがあることが明らかになっていることから(Nicolao, Irwin, & Goodman, 2009),本研究では,これまでのブランド・コミュニティ研究において比較的検証が少ない経験的消費を対象に検討を行うこととした。
まずファンクラブの会員となっているインターネットパネルを抽出するため,予備調査を実施した。予備調査では,「現在,何かの特定の人物,グループを対象とした有料のファンクラブの会員になっていますか?」という質問を設定し,「はい」と回答した人物を本調査の対象者とした。本調査においては,まずそれぞれの時点で入会しているファンクラブを問う設問への回答を求めた。具体的には,回答者に1つのファンクラブを想起させるため,「現在,あなたが最も活動に力を入れているファンクラブを1つだけお答えください。」という質問に対する自由記述による回答を収集した。この設問の設定に関しては,著者ではない商学の博士号を有するマーケティング研究者1名と協議し,目的としているサンプルが収集できることを確認した。そして,ブランド・スイッチングの定義(Lam et al., 2010)に基づき,1時点目と2時点目で同じファンクラブを回答したサンプルを,ブランド間移動を起こしていないサンプル(ブランド・スイッチング群:以下, 「非BS群」)とし,異なるファンクラブを回答した場合は,ブランド間移動を起こしているサンプル(ブランド・スイッチング群:以下, 「BS群」)とした1)。その結果,1時点目および2時点目に回答したサンプルとして550サンプルが得られた。その中で,2時点目におけるファンクラブを回答する自由記述において,「今は辞めてしまった」など会員となっているファンクラブがないという回答が37サンプル確認された。これに加えて,意味のない文字列や無回答などを無効な回答としサンプルから除外し,最終的に合計507サンプルが有効回答となった(有効回答率92.2%)。そのうち非BS群が391サンプル,BS群が116サンプルであった(表2)。
非BS群 (n = 391) |
BS群 (n = 116) |
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性別 | 男性 | 163 | 62 |
女性 | 228 | 54 | |
平均年齢(歳) | 41.9 (SD = 13.6) |
39.9 (SD = 14.7) |
|
ファンクラブの 種類 |
音楽関連 | 314 | 76 |
スポーツ関連 | 70 | 32 | |
その他 | 7 | 8 | |
入会年数 | 1~3年目 | 142 | 50 |
4~6年目 | 83 | 32 | |
7~9年目 | 44 | 10 | |
10年目以上 | 122 | 24 |
また本研究は,1時点目で回答したファンクラブに対して以下の心理要因を7段階のリッカート尺度(「まったくあてはまらない(1)」から「大いにあてはまる(7)」)によって測定した。測定尺度は,ブランドIDは先行研究の6項目(Yoshida et al., 2021),ブランド・コミュニティIDは先行研究を参考に5項目(Algesheimer et al., 2005;羽藤,2016a,2016b,2017),ブランド・ハピネスは先行研究の2項目(Yoshida et al., 2021),ブランド・コミュニティ・ハピネスは先行研究を参考に2項目(Yoshida et al., 2021)が用いられた2)。なお,本研究の文脈に沿うために元の尺度から一部文言の変更を行った。具体的には,プロスポーツの試合観戦に関する消費者を測定するYoshida et al.(2021)の項目は対象を「(ブランド名)の試合を観ること」としていたが,本研究においては「『そのアーティストもしくはグループ』のパフォーマンス(例:ライブ,試合など)を見ること」(ブランド・ハピネス)および「『そのファンクラブ』の会員でいること」(ブランド・コミュニティ・ハピネス)と変更を行った。文言を変更するにあたり,著者ではない商学の博士号を有するマーケティング研究者1名が変更前と変更後の項目を比較し,元の尺度と内容的に違いが無いかを確認した。この手続きにより,変更後の項目における内容的妥当性が得られたと判断した。
3.2 分析方法本研究は以下の手順によって分析を進める。まず,得られたデータの構成概念妥当性を検討するため,確認的因子分析を行うことにより収束的妥当性と弁別的妥当性を検討する。次に,検証1として,非BS群とBS群において要因に差があるのかをt検定を用いた平均値の比較によって検討する。これにより,BS行動を起こした消費者とBS行動を起こさず継続的に同じブランドを愛好する消費者において1時点目のどの要因に差があるのかが明らかとなり,どの要因が高い消費者がBS行動を起こさない(もしくは起こす)のかが検証できる。最後に,検証2として検証1で2群間(i.e.,非BS群,BS群)において差が確認された要因が,BS行動を起こすことに対してどの程度の規定力を有するのかを検証する。検証には,BS行動を起こしたかどうかをダミー変数(有=1,無=0)とした従属変数を用い,検証1において差が確認された要因を独立変数としたロジスティック回帰分析を用いる。
IBM SPSS Amos 28を用いた確認的因子分析によって,収束的妥当性と弁別的妥当性の検討を行った(表3)。まず,因子負荷量(λ),合成信頼性(composite reliability:CR),平均分散抽出(average variance extracted:AVE)を算出した。その結果,因子負荷量が基準値(.707)に満たない項目が確認されたものの(Fornell & Larcker, 1981),CRはすべての要因において,AVEはブランドIDとブランド・コミュニティID以外の要因において基準値を満たした(CR ≥ .60, Bagozzi & Yi, 1988;AVE ≥ .50, Fornell & Larcker, 1981)。AVEが基準値に満たなかったブランドIDとブランド・コミュニティIDについては,先行研究において用いられている尺度であることに加えて,基準値との差がわずかであったことから,一定の収束的妥当性が確認されたと判断した。
要因 | 質問項目 | λ | AVE | CR |
---|---|---|---|---|
ブランド・アイデンティフィケーション(CBI) | .49 | .83 | ||
1 | 他の人が「そのアーティストもしくはグループ」についてどう考えているかにとても興味がある。 | .66 | ||
2 | 誰かが「そのアーティストもしくはグループ」を批判すると,それは個人的な侮辱のように感じる。 | .80 | ||
3 | 「そのアーティストもしくはグループ」について話すときは,“彼ら”ではなく“私たち”と言うことが多い。 | .51 | ||
4 | 「そのアーティストもしくはグループ」の成功は私の成功である。 | .76 | ||
5 | 誰かが「そのアーティストもしくはグループ」を賞賛すると,それは個人的な褒め言葉のように感じる。 | .86 | ||
6 | もしメディアで「そのアーティストもしくはグループ」を批判する記事が出たら,私は恥ずかしいと思う。 | .49 | ||
ブランド・コミュニティ・アイデンティフィケーション(BCID) | .49 | .85 | ||
1 | 私は「そのファンクラブ」にとても愛着を持っている。 | .82 | ||
2 | 「そのファンクラブ」のメンバーと私は同じ目的を共有している。 | .67 | ||
3 | 「そのファンクラブ」のメンバーとの交友は私にとって大きな意味がある。 | .60 | ||
4 | もし「そのファンクラブ」のメンバーが何かを計画した場合,それらは「彼ら」が行う計画ではなく,「私たち」が行う計画だと思える。 | .62 | ||
5 | 私は,「そのファンクラブ」のメンバーの一員であることを自覚している。 | .77 | ||
ブランドを通して得られる消費者の幸福感(CHB) | .68 | .81 | ||
1 | 「そのアーティストもしくはグループ」のパフォーマンス(例:ライブ,試合など)を見ることは,私の人生の幸福に大きく貢献する。 | .79 | ||
2 | 「そのアーティストもしくはグループ」のパフォーマンス(例:ライブ,試合など)を見ることを考えると,とても幸せな気持ちになる。 | .86 | ||
ブランド・コミュニティを通して得られる消費者の幸福感(CHC) | .67 | .80 | ||
1 | 「そのファンクラブ」の会員でいることは,私の人生の幸福に大きく貢献する。 | .83 | ||
2 | 「そのファンクラブ」の会員であることを考えると,とても幸せな気持ちになる。 | .81 |
要因の平均,標準偏差,因子間相関 | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
要因 | 平均 | 標準偏差 | 1 | 2 | 3 | 4 | |
1 | CBI | 4.18 | 1.23 | .49 | .48 | .34 | .14 |
2 | BCID | 4.61 | 1.22 | .69 | .49 | .28 | .64 |
3 | CHB | 5.10 | 1.49 | .37 | .53 | .68 | .45 |
4 | CHC | 4.88 | 1.34 | .58 | .80 | .67 | .67 |
† 要因の平均および標準偏差については,IBM SPSS Statistics 28を用い合成変数によって算出した。
†† AVEを対角線に表示した(斜体,太字)。
††† 相関係数を対角線から左下半分に表示し,因子間相関の二乗を対角線から右上半分に表示した。
†††† 全ての相関係数が統計的に有意であった(p < .01)。
弁別的妥当性は各要因のAVEと因子間相関の平方を比較することにより検討された。その結果,ブランド・コミュニティIDとブランド・コミュニティ・ハピネス間においてAVEが因子間相関の平方を下回ったものの,ともにブランド・コミュニティに関する構成概念であること,そして他の要因間においてAVEが因子間相関の平方を上回ったことから,一定の弁別的妥当性が支持されたと判断した(表3)。
最後に尺度モデルのデータへの適合度について検討した。その結果,χ2を自由度で除した値(χ2/df ≤ 3.00),comparative fit index(CFI ≥ .90),Tucker-Lewis index(TLI ≥ .90),incremental fit index(IFI ≥ .90),root mean square error of approximation(RMSEA ≤ .08)の指標が概ね基準値を満たす結果であった(χ2/df = 4.67,CFI = .939,TLI = .914,IFI = .940,RMSEA = .085)。したがって,尺度モデルのデータへの適合が確認されたと判断した(Hair, Black, Babin, & Anderson, 2019;Hu & Bentler, 1999)。
4.2 検証1:非ブランド・スイッチング群とブランド・スイッチング群における比較本研究は,まずBS行動を起こした消費者(i.e.,BS群)とBS行動を起こさず継続的に同じブランドを愛好する消費者(i.e.,非BS群)において1時点目のどの要因に差があるのかを検討するため,対応のないt検定を用いて,各要因の平均値について非BS群とBS群の間に統計的に有意な差があるといえるかどうか検討した。その結果,2種類のIDについては,5%水準で統計的に有意な差がないことが明らかとなった(ブランドID:M非BS群 = 4.12,MBS群 = 4.35,t-value = 1.71,p = .088;ブランド・コミュニティID:M非BS群 = 4.65,MBS群 = 4.47,t-value = 1.46,p = .145)。一方で,消費者の幸福感については,非BS群の値が1%水準で統計的に有意に高いことが明らかとなった(ブランド・ハピネス:M非BS群 = 5.23,MBS群 = 4.68,t-value = 3.56,p = .000;ブランド・コミュニティ・ハピネス:M非BS群 = 4.98,MBS群 = 4.57,t-value = 2.87,p = .004)。
ここから,BSを起こしたグループと比べてBSを起こしていないグループは,ブランドに関連する消費活動から幸福感を得ているという認識の程度が高いことが明らかとなった。したがって,次に2種類の消費者の幸福感がBS行動をどの程度説明するのかを検証した。
4.3 検証2:消費者の幸福感によるブランド・スイッチングに対する影響の検証次に,非BS群とBS群において統計的に有意な差が確認された2種類の消費者の幸福感によるBS行動へ規定力を検証するため,ブランド・ハピネスとブランド・コミュニティ・ハピネスを独立変数,BS行動の有無を従属変数(ダミー変数:有=1,無=0)としたロジスティック回帰分析によって検証を行った(表4)。また,非BS群とBS群においてファンクラブの入会年数が10年以上であるサンプルの割合は非BS群(32.1%)の方がBS群(20.7%)よりも大きかった。一方で,入会年数が1年目であるサンプルは逆の傾向を示しており(非BS群=16.1%,BS群=22.4%),BS行動において入会年数が関連している可能性が考えられる。したがって,独立変数に入会年数を中央値によって2値に変換したダミー変数(「1~5年目」=1,「6年目以上」=2)を含め分析を実施した。まず,Hosmer & Lemeshow検定により検証2のモデル適合を確認したところ,帰無仮説が棄却されなかったため仮定したモデルに問題がないと判断した(χ2 = 11.03,df = 8,p = .20)。次に,オッズ比の95%信頼区間(以下, 「95%CI」)を算出することで,ブランド・ハピネスとブランド・コミュニティ・ハピネスによるBS行動への影響を検討した。その結果,ブランド・ハピネスによる影響のオッズ比について,95%CIに1を含まないことから有意な負の効果が確認された(95%CI = .999~.685)。一方で,ブランド・コミュニティ・ハピネスと入会年数については95%CIに1を含むことから有意な効果は確認されなかった(ブランド・コミュニティ・ハピネス95%CI = 1.15~.756;入会年数95%CI = .1.02~.424)。したがって,BS行動にはブランド・ハピネスのみが統計的に有意な負の影響を有することが明らかとなった。つまり,ブランド・ハピネスはBS行動を起こす可能性を統計的に有意に低減させる結果が得られたといえる。
要因 | β | SE β | Wald’s χ2 | df | p | オッズ比 | 95%CI | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
下限 | 上限 | |||||||
CHB | −.189* | .096 | 3.89 | 1 | .049 | .827 | .685 | .999 |
CHBC | −.068 | .108 | .40 | 1 | .527 | .934 | .756 | 1.15 |
入会年数 | −.419 | .224 | 3.51 | 1 | .061 | .658 | .424 | 1.02 |
Goodness-of-fit test | χ2 | df | p | |||||
Hosmer & Lemeshow | 11.03 | 8 | .200 |
† *p < .05
†† SEβ:standard error of β,df:degree of freedom,95%CI:95%信頼区間
まず,本研究の結果より示唆される理論的貢献について言及する。検証1において,実際の行動結果に基づきBSを行った消費者(i.e.,BS群)と継続的にブランドを愛好しつづけた消費者(i.e.,非BS群)の比較を行った。それにより,あるブランドを継続して愛好する消費者はBSを行った消費者に比べて,当該ブランドに関する消費活動を通じて得られる幸福感を高く認識していることが明らかとなった。BS行動を起こした消費者とそうでない消費者におけるブランド消費から得られる幸福感の違いを明らかにした研究はこれまでなく,この本研究による検証は既存の消費者の幸福感およびBSに関する知見を拡張するものであるといえる(Lam et al., 2010;Niedermeier et al., 2019;Schnebelen & Bruhn, 2018;Yoshida et al., 2021)。一方で,これまでの研究において消費者のブランドに対する肯定的な態度を規定する有力な要因とされてきた消費者の2種類のIDの値について,ブランド・スイッチング行動を起こした群とそうでない群の間で統計的に有意な差が確認されなかった。これは,それぞれのIDの理論的背景となっている組織的アイデンティティ理論によって説明ができる(Ashforth & Mael, 1989)。組織的アイデンティティ理論によると,組織を同一視していた個人にとって,組織を離れることは必然的に何らかの心理的損失を伴うことになる(Ashforth & Mael, 1989)。一方で,本研究のサンプルによる2種類のIDの平均値は,7段階のリッカート尺度のほぼ中間の値であり(ブランドID:M非BS群 = 4.12,MBS群 = 4.35;ブランド・コミュニティID:M非BS群 = 4.65,MBS群 = 4.47),2種類の幸福感(i.e.,ブランド・ハピネス,ブランド・コミュニティ・ハピネス)と比べ標準偏差が比較的小さかった(ブランドID:SD非BS群 = 1.24,SDBS群 = 1.17;ブランド・コミュニティID:SD非BS群 = 1.21,SDBS群 = 1.25)。ここから,どちらのグループもブランドやブランド・コミュニティに対して高いIDを有しておらず,BSに対して心理的損失を伴わなかった可能性が考えられる。これにより,非BS群とBS群間におけるそれぞれのIDについて,統計的に有意な差が確認されなかったといえよう。
また検証2においては,ブランドを通じて消費者が知覚する幸福感がBS行動を抑制する要因であることが明らかとなった。これは,消費者の幸福感を高めることによる経済的なアウトカムに関する新しい知見を提供するものであり,ブランドと消費者の幸福感の関係に関する理論的枠組みを拡張するものである(Schnebelen & Bruhn, 2018;Yoshida et al., 2021)。そして,この結果はブランド・ハピネスが現在関与しているブランドに対する消費活動を持続させることを発見したという意味で,The Broaden-and-Build Theory(Fredrickson, 1998, 2001)に基づく議論と一致している。さらにこの知見は,今日の複雑で不確実な競争環境において,消費者は人生の幸福を得なければブランドへの忠誠心を維持できないという先行研究の指摘とも一致しており,先行研究の枠組みを拡張することに加え先行研究による議論をより頑強なものにしたといえよう(Yoshida et al., 2021)。一方で,先行研究では物質的な購入と経験的な購入における消費者にもたらす幸福感に違いが指摘されていることから,物質的な購入における検証も加えることでさらなる拡張が望めるであろう(Nicolao et al., 2009)。これらに加えて,本研究は消費者の幸福度がBS行動に及ぼす影響を縦断的な調査によって検証した初めての研究であり,時間的な先行性がある縦断調査によって因果関係のより厳密な推定を行った点も,既存研究を補強する学術的な貢献であろう(高比良他,2006)。
次に,実務的示唆について言及する。本研究の結果から,企業が顧客のBSの抑制を図る際は,企業によって提供されるブランドを消費することによって消費者が幸福になるビジョンを提供することが有効なマーケティング施策となる。実際に,多くの企業が国連の持続可能な開発目標(SDGs)の目標3(good health and well-being)と関連づけてマーケティングキャンペーンを実施しようとしており(Yoshida et al., 2021),このようなマーケティング施策は消費による幸福を意識させブランドを切り替えさせることを防ぐ働きがあるといえる。そして,これらの取り組みを通じて顧客がブランドから得られる幸福感の最大化を目指すことが,強力なブランドを作り安定した企業経営に結びつくであろう。
本研究は,縦断的な調査によってBSと消費者のIDおよび幸福感の関係を実証的に検証したことにより,学術的・実践的な貢献を果たしたが,いくつかの限界も存在した。
一点目として,本研究はアイデンティフィケーションや幸福感といった認知または感情的な心理的要因とBS行動の関連を検証したが,BS行動を行った理由は検討していない。計画的行動理論(Ajzen, 1991)において,人の行動には態度との間に行動意図が介在すると説明されているように,BS行動の意図に影響を与える態度形成につながる具体的な要因を検討する必要があろう。例えば,「なぜ力を入れるファンクラブを変えたのか」といった質的な調査を実施した上で,調査によって明らかとなった要因を用いた実証的な検証を行うことなどが有効であると考えられる。これに関連して,どのような具体的な経営施策が,顧客がブランドの消費により知覚する幸福感を最大化するのかについては未検証である。これらの施策を特定することにより,「具体的な経営施策が顧客の幸福感を介してBSの抑制に及ぼす影響」といった一連の心理的メカニズムを捉えた検証も可能となる。したがって,今後の研究では,どういった商品デザインやメッセージが消費者により幸福感を知覚させるか,といった知見の蓄積が求められよう。
二点目に,ブランド・ハピネスがBS行動を抑制する効果を調整する要因の検討を行っていないことがあげられる。心理学的視点に基づく検討において,要因間の関係を調整する要因を探求することは知見の蓄積において重要であることから(高比良他,2006),多様かつ大規模なサンプリングによりブランドの種類(e.g.,物財とサービス財)や個人特性を考慮に入れた検証を行う必要があろう。
三点目に,BS行動を起こしたサンプルについてBS後も以前のファンクラブの会員であり続けている可能性がある点があげられる。ファンクラブというサービスの特性上,顧客は必ずしも1つのファンクラブだけに入っているとは限らない。したがって,BS後も以前愛好していたブランドを引き続き消費しているかどうかなどを確認した上で,より詳細なグルーピング(e.g.,完全にブランドを移行したグループと新しいブランドを最優先としながらも以前愛好していたブランドを引き続き消費しているグループ)を行い,要因間の関係性を検証していくことが必要である。また,ファンクラブへの入会年数の影響も改めて検討する必要があろう。本研究は入会年数について11年目以上を名義尺度として測定している(1~10年目については選択肢において年数の選択を求め,11年目以上の場合は「11年目以上」という選択肢への回答を求めた。)。この影響から,検証2におけるロジスティック回帰分析の独立変数には入会年数を2値に変換したダミー変数を用いた。今後は,入会年数の測定に比率尺度を用い入会年数の詳細な影響も考慮した検証が求められる。
最後に,本研究とは異なる手法を用いたBS行動の測定を行う必要性があげられる。本研究は2時点による縦断的な調査によって,回答者が異なるファンクラブを回答したかどうかによってBS行動の有無を測定した。一方で,本研究の測定方法では,回答者のBS行動が「ブランドそのものに対する反応」なのか「会員制のサービス・プロダクトであるファンクラブに対しての反応」なのか判断ができず,ブランドそのものに対する厳密なBS行動を捉えているとは言い難い。したがって,今後は当該ブランドの消費量の変動を捉え,2つ以上のブランド間でその増減が確認された個人(e.g.,当該アーティストの音楽の視聴時間を減らし,他のアーティストに音楽の視聴時間を増やした)についてBS行動を起こしたサンプルとして検討を行うなど,厳密なBS行動に関する測定が必要であろう。
本稿の執筆にあたっては,審査過程において,2名の匿名レフェリーの先生方から建設的かつ的確なコメントをいただきました。ここに記して,感謝申し上げます。