2023 年 7 巻 2 号 p. 9-16
サービス・プロフィット・チェーンで提唱されている満足ミラー効果を,宿泊施設の支配人とその利用客を対象に検証した。分析の結果,利用客の満足度を高めているのは従業員の満足ではなく,サービスの利用客に向けた役割外行動である組織市民行動(OCB-C)である可能性が示された。同時に,他の従業員に向けた役割外行動を示すOCB-Iについては,一部のサービス機能において,利用客の満足度を下げている事実が判明した。以上の結果から,満足ミラー効果が考える“鏡”に映し出されているものの正体は,従業員の態度(満足)ではなく行動であることが推察された。
Heskett, Jones, Loveman, Sasser, and Schlesinger(1994)は,従業員の満足が提供するサービス品質の向上をもたらし,それが顧客満足を高め,さらにサービスプロバイダの高業績へとつながることの因果関係を,サービス・プロフィット・チェーン(以下,SPC)と呼んだ。SPCの中核は従業員の満足(以下,ES)と利用客の満足(以下,CS)の相互作用にあり(徐・候,2017),Heskett, Sasser, and Schlesinger(1997)はそれを,従業員の満足が利用客の満足に“鏡”のように映し出された現象だと捉え,満足ミラー効果(satisfaction mirror effect)と名付けた。
ESとCSの間の正の関係は,複数のメタ研究(Harter, Schmidt, & Hayes, 2002;Brown & Lam 2008;Whitman, Rooy, & Viswesvaran, 2010;Hogreve, Iseke, Derfuss, & Eller, 2017)によって確認された事実であるが,いずれも弱い相関に留まるばかりか,明確な関係性を見出せていない研究も存在する(e.g., Loveman, 1998;Silvestro & Cross, 2000;Pritchard & Silvestro, 2005;Homburg, Wieseke, & Hoyer, 2009)。SPCが想定する因果関係が他の理論と整合しておらず,またサービスを取り巻く状況要因も考慮されていないなど,ESとCSの関係はHeskettらが想定するほど単純なものではないとの批判も根強い(Silvestro & Cross, 2000;Dean, 2004;Hogreve et al., 2017)。
そこで本論では,従業員と利用客との間に本当に“鏡”は存在するのか,またそこには何が映し出されているのかという問題意識の下,ESやその他の変数とCSとの関係について,同一サービスにおける機能の違いに着目した分析を行う。以上を通じて,従業員と利用客の間にある“鏡”に映し出されたものの正体に接近したい。
満足ミラー仮説の理論的根拠のひとつは,社会的交換理論にあるといわれる1)(Yee, Yeung, & Cheng, 2011;Zablah, Carlson, Donavan, Maxham, & Brown, 2016)。同理論は互恵性(reciprocity)を基本原則とするもので,良い職場環境を与えてもらった(従業員満足度の高い)従業員は,そのお返しとして職務として規定された内容以上の貢献をしようとする(Organ & Ryan, 1995;MacKenzie, Podsakoff, & Ahearne, 1998;Nishii, Lepak, & Schneider, 2008)。そうした役割外行動は,利用客に向けた貢献(組織にとっての良い仕事)にも及び,その結果として利用客は高い満足を覚えるのだと説明される(Yoon & Suh, 2003;Ariani, 2015)。
図1は,その関係を図示化したものである。この理論を背景にするならば,ESは良い職場環境を与えてもらったことによる,またCSは従業員からの役割外行動による結果変数にすぎなく,両者の間に直接的な因果関係はない。言い換えると,ESが高くない従業員であっても,CSを高めることは十分に可能である。実際,SPCの提唱者であるHeskett et al.(1994)は,ESが従業員の定着率や生産性の向上を促し,その結果としてCSが向上するのだと主張し,ESとCSの間に直接的な因果関係をおいていない。Brown and Lam(2008)もまた,サービス品質を媒介変数にすると,ESからCSへの直接効果はほぼ消失することを示している。これらの見解は,ESとCSの関係は(仮に関係があるのだとしても)擬似相関にすぎず,他の原因変数を制御できていたならば,ESとCSの間には正の関係がないことを示唆する。
社会的交換理論と満足ミラー効果の関係図
仮説1:ESとCSの間には,正の関係はない
2.2 組織市民行動と利用者満足社会的交換理論に基づくならば,CSをもたらす原因変数はESではなく,従業員による“職務に規定された内容以上の貢献(役割外行動)”にあると考えられる。こうした従業員による「自由裁量的で,公式的な報酬体系では直接的ないし明示的には認識されないものであるが,それが集積することで組織の効率的および有効的機能を促進する個人的行動」は,組織市民活動(Organizational Citizenship Behavior。以下,OCBと略)と総称される(Organ, Podsakoff, & MacKenzie, 2006,上田訳,2007,p. 4)。
OCBの下位次元には概ね共通項が認められる(Podsakoff, MacKenzie, Paine, & Bachrach, 2000;LePine, Erez, & Johnson, 2002)。Williams and Anderson(1991)は,組織に向けた役割外行動をOCB-O,個人(同僚・仲間)に向けたそれをOCB-Iと呼んで区分した。このうちOCB-Iは,新人従業員に仕事を教えたり,休暇の代役を担うなどの職場内での良いチームワークを形成するために不可欠な行動を指し,サービス品質管理における中核的課題に位置付けられている(Wilkinson, 1992;Morrison, 1996;Yoon & Suh, 2003;Castro, Armario, & Ruiz, 2004)。ただし,OCB-Iは職場仲間に対する役割外行動であって,利用客に対するそれではない点には注意が必要である。多くの利用客にとって従業員同士の行動が観察困難であることをふまえれば,OCB-IはCSを高める本質的な原因変数にはあたらないと推論できる。
仮説2:OCB-IとCSの間には,正の関係はない
サービス提供場面におけるOCBへの着目が高まるにつれて,サービスの利用客に向けたOCBの概念化を目指す動きが目立ってきた。こうした役割外行動は,customer service OCB(Blancero, Johnson, & Lakshman, 1996),extra-role customer service(Bettencourt & Brown, 1997),service-oriented OCB(Bettencourt, Gwinner, & Meuter, 2001;Jain, Malhotra, & Guan, 2012;Chou & Lopez-Rodriguez, 2013),customer service citizenship behavior(Vaughan, & Renn, 1999),customer-focused OCB(Schneider, Ehrhart, Mayer, Saltz, & Niles-Jolly, 2005),customer orientation behavior(Rafaeli, Ziklik, & Doucet, 2008)等,さまざまに概念化されており,本論ではこれをOCB-Cと総称する。宿泊施設を例にとれば,OCB-Cとは利用客に急病が出た際に特別なケアを行ったり,フロントが混雑している時にベルマンがタクシーを呼んだりする行為等を指す(Ma, Qu, Wilson, & Eastman, 2013)。
利用客が直接便益を受けるであろうOCB-Cの発揮が,CSを高める原因変数にあたることは想像に難くない。事実,OCB-Cに関連した実証研究のほとんどは,利用客に対する正の効果を示している(Schneider et al., 2005;Rafaeli et al., 2008;Chuang & Liao, 2010;Jain et al., 2012)。
仮説3:OCB-CとCSの間には,正の関係がある
以降では,これらの仮説の検証方法について解説する。
本論では,ホテルや旅館等の宿泊サービスを素材に,宿泊施設を分析単位とした仮説検証を行う2)。検証にあたっては,2つのデータソースを組み合わせた。ひとつは,国立情報学研究所のIDRデータセット提供サービスにより楽天グループ株式会社から提供を受けた「楽天データセット」である。これは,同社が運営する宿泊予約サイト「楽天トラベル」に投稿されたレビューが収録されたもので,これを用いて2018~19年の2年間に投稿されたサービス機能(サービス,食事,部屋,風呂,設備・アメニティ,立地)の評価値を宿泊施設単位で平均化した。ただし,この平均値がある程度安定的な数値を示すように,いずれの機能においても25件以上の評価値を含む7,210施設(576,449レビュー)に限定した3)。続いて,これらの施設のうち,移転,改修,一時休業,廃業等の事情により調査開始時点(2021年12月)で連絡がつかなくなった施設を除いた6,877施設の支配人に対する質問票調査を郵送法で実施した。この際,質問票に宿泊施設のIDを付与することで,レビューとの接合ができるようにした。回収された584通のうち,不備回答を除いた552通(8%)を分析に使用した4)。
3.2 従属変数サービス研究において,知覚されたサービス品質と満足の因果関係は未だ結論がついていないイシューであり(南,2012),サービス品質の高さが満足をもたらすと考える立場(e.g., Cronin & Taylor, 1992;Lee, Graefe, & Burns, 2004)と,満足がサービス品質をもたらすことを示唆する見解(e.g., Bitner, 1990;Bolton & Drew, 1991)が共存する。一方,Iacobucci, Grayson, and Ostrom(1994)は,両者の因果関係の探究が学術的に重要であることは認めつつも,実務的な示唆を得るという目的のためには両者の弁別は無意味であり,同一概念とみなして差し支えないとの見解を示している。多くの実証結果をみてもサービス品質とCSの間に極めて強い相関関係があることは明白であることから,本論ではサービス機能評価値の平均値をCSの代理変数として用いることにした。
3.3 独立変数ESやOCBについては質問票調査を用いて,宿泊施設内で働くスタッフ全体に対する支配人の評価値を得た。ESについては,Yee et al.(2011)を参考に,給料,昇進の機会,仕事そのものの3要素に着目した5)。OCBについては,Ma et al.(2013)がホテルの従業員を対象に開発した項目に準拠し,OCB-IとOCB-Cを測定する5項目をそれぞれ選出した。
これらの項目について6段階のリッカートスケールを用いて測定し,因子分析(主成分法)を行った結果,3つの因子が得られた。ただし,OCB-Cの測定のために用意した1項目については2つの因子に強く反応したため除外し,それを除いた12項目を用いて改めて因子分析を行った。プロマックス回転を施した後の因子得点をもってOCB-I,OCB-C,ESのスコアとした(表1)。
測定項目と因子負荷量
質問項目 | 因子1 (OCB-I) |
因子2 (OCB-C) |
因子3 (ES) |
---|---|---|---|
仕事上で気づいたことがあれば同僚へ伝えていた | 0.652 | 0.154 | −0.110 |
新人が仕事に慣れるように自発的に援助をしていた | 0.761 | 0.071 | 0.040 |
同僚が抱えている心配事や問題に対し耳を傾けていた | 0.861 | −0.014 | 0.010 |
休暇をとった同僚の仕事が終わるように手伝けをしていた | 0.863 | −0.078 | 0.028 |
多くの仕事を抱えている同僚の手助けをしていた | 0.895 | −0.044 | 0.009 |
お客様へに対するサービスの基本方針を遵守していた | 0.106 | 0.793 | −0.021 |
お客様からの要望や問題に迅速に対応していた | 0.007 | 0.894 | −0.041 |
お客様に対し,常に礼儀正しさと敬意をもって接していた | 0.014 | 0.872 | −0.010 |
お客様に対し,設備やサービスを意識的に案内していた | −0.083 | 0.830 | 0.091 |
従業員は,総じて給料に満足していた | −0.117 | 0.001 | 0.928 |
従業員は,総じて昇進の機会に満足していた | 0.024 | −0.047 | 0.892 |
従業員は,総じて仕事そのものに満足していた | 0.143 | 0.089 | 0.724 |
回転後の負荷量平方和 | 4.767 | 4.446 | 3.096 |
※数値は,プロマックス回転後の因子負荷量。
制御変数とした各施設の開業(操業開始)年,2018~19年時点における客室数とADR(客室一室あたりの平均販売単価),施設タイプは,それぞれ質問票より入手した。客室数とADRについては,分析の前に自然対数に変換し,それぞれLN_客室数,LN_ADRとラベリングした。施設タイプは,ホテル,旅館,民宿・ペンション,その他(簡易宿泊所など)を選択肢としたもので,ホテルをベースカテゴリとしたダミー変数へと変換した。
表2は,サービス機能ごとのCSの平均値(以下,CS平均)を従属変数にした重回帰分析の結果をまとめたものである。VIFの最大値は2.34であり,深刻な多重共線性の問題は生じていないと判断した。それによれば,すべてのサービス機能のCS平均に対してES因子の有意な寄与は確認されず,仮説1は支持された。
回帰分析結果(従属変数:CS平均)
CS平均 (サービス) |
CS平均 (食事) |
CS平均 (部屋) |
CS平均 (風呂) |
CS平均 (設備アメ) |
CS平均 (立地) |
|
---|---|---|---|---|---|---|
開業年 | −0.015 | −0.101** | 0.083* | 0.018 | 0.065 | −0.015 |
LN_客室数 | −0.229*** | −0.227*** | −0.060 | −0.047 | −0.031 | 0.186*** |
LN_ADR | 0.443*** | 0.383*** | 0.484*** | 0.486*** | 0.538*** | 0.296*** |
ホテルダミー | ― | ― | ― | ― | ― | ― |
旅館ダミー | −0.008 | −0.016 | −0.124* | 0.157** | −0.124* | −0.081 |
民宿ダミー | 0.102** | 0.125** | 0.071 | 0.110** | 0.113** | 0.092* |
その他ダミー | −0.013 | −0.026 | 0.007 | 0.044 | 0.021 | 0.006 |
OCB-I因子 | −0.085* | −0.062 | −0.009 | 0.023 | −0.017 | −0.010 |
OCB-C因子 | 0.142*** | 0.094* | 0.060 | −0.042 | 0.084 | 0.109* |
ES因子 | −0.017 | 0.036 | −0.010 | 0.020 | −0.031 | −0.052 |
adj.R2 | 0.383 | 0.353 | 0.186 | 0.396 | 0.234 | 0.057 |
F | 39.0*** | 34.4*** | 15.0*** | 41.2*** | 19.7*** | 4.7*** |
N = 552。数値は標準化偏回帰係数(* p < .05,** p < .01,*** p < .001)。「設備アメ」は,設備・アメニティの略。
OCB-I因子については,どの機能においても正で有意な寄与はなく,仮説2も支持された。負で有意な寄与が「サービス」に,また有意ではないものの比較的大きな負の寄与が「食事」に現れたことは,OCB-Iが利用客から「内向き」「顧客志向でない」などと受け止められている可能性を示唆する。また,これら機能の提供には従業員と利用客の対面交流が不可欠であることをふまえれば6),OCB-Iが利用客の反応をもたらすためには,そうした行動が利用客から観察できる(“鏡”に映し出されている)ことが条件になっていることを窺わせる。
最後に,OCB-C因子については,「サービス」「食事」「立地」に対しては正で有意な寄与があったものの,それ以外の機能については認められず,仮説3は上記の3機能においてのみ支持される結果となった。先と同様に,「サービス」や「食事」に強い寄与が現れたことは,従業員と利用客の対面交流を通じて,利用客をおもんばかる従業員の行動が利用客にとって観察できる(“鏡”に映し出されている)ことを反映した結果だといえよう。「立地」に正の寄与が現れたことの背景については定かではないが,これも送迎バスの準備や周囲の案内などの従業員との交流によって,利用客が立地の良さを再発見したことを示した結果ではないかと推察される。
分析結果をもとに,満足ミラー効果に関する検証を行いたい。まず,どのサービス機能においても,ESがCS平均を高める効果がなかった事実をふまえれば,“鏡”に映し出されているものの正体はESではないと判断できる。参考までに,本論のデータセットでESとCS平均の単相関係数を算出すると,それぞれ0.45(サービス),0.85(食事),0.52(部屋),0.73(風呂),0.44(設備・アメニティ),0.16(立地)と比較的高い値が示されており,表2の結果はこうした関係性がOCB変数の投入によって弱くなったもの,言い換えればOCBによる媒介効果を示したものだと推察できる。以上から,ESとCSの間に正の関係がみられたという先行研究の結果は,両者の間接効果を捉えたものにすぎなく,OCBなどの重要な原因変数を十分に制御できていなかった可能性を指摘できる。
本論と同様の宿泊施設を対象に,ESとCSの間に正の関係を見出したChi and Gursoy(2009)の研究についても同様の説明が可能であろう。彼らの関心は,ESとCS,企業業績というSPCの基礎概念間の関係性を調べることにあり,それぞれの因果関係に関する十分な吟味を行っていない。また,彼らが測定したESは主として職務内容に対する満足であり,狭義の職務満足に近いものである。一方のSPCでは,ESは多義的な概念として捉えられていることから7),給料や昇進機会を含めてESを測定した本論の方が,SPCの本質を捉えていると思われる。
続いて,OCB-I因子やOCB-C因子の効果について検討する。一部の機能において,負(OCB-I)や正(OCB-C)の寄与が確認できたという事実は,従業員と利用客の間にある“鏡”に,従業員の行動(OCB)が映し出されていることを示唆する。またこうした寄与が,従業員と利用客の対面交流が想定される「サービス」や「食事」などの機能について強く見出されたことは,“鏡”が機能する前提として,従業員と利用客の間の対面交流が条件になっていることを示したものだといえよう(既述の通り,OCB-Cにおける「立地」の寄与についても,対面交流が背景にあるものと推察される)。利用客の立場でいえば,従業員の姿が“鏡”に映し出されているのだとしても,それをもとに彼らの満足までを推し測ることはできず,利用客は彼らの行動(何かをされたこと)をもとに満足や不満足を抱いていると言い換えることもできるだろう。
本論では,宿泊サービスを素材にして,満足ミラー効果が主張する“鏡”には何が映し出されているのかという観点からの分析を行った。分析結果を総合すれば,従業員と利用客の間に“鏡”は存在するものの,そこに映し出されているものは従業員の満足(ES)ではなく,行動(OCB)であることが推察された。この事実は,「不満足な従業員は,顧客を満足させられない」8)等の,SPCの安易な実践的展開に対する警告となり得るものであろう。
本論の理論的貢献は,OCBなどの従業員行動と利用客反応の関係性に,対面交流が必要条件になっている可能性を,SPCの文脈において示したことにあると考える。従業員と利用客の間の接触が多い事業において,ESとCSの関係が強くなる事実は既に示されているが9)(Homburg & Stock, 2004;Brown & Lam, 2008;Wolter, Bock, Mackey, Xu, & Smith, 2019),本論の結果をふまえれば,これはOCBとCSの関係にこそ適用されるべきであると思われる。
さらに,これまでのSPCの研究は個人レベルの分析が主流であったが,それが想定する因果関係を考えればビジネスユニット単位での分析が望ましい(Brown & Lam, 2008;Whitman et al., 2010)。しかし,現在確認できるビジネスユニット単位の研究は,同一企業の支店や店舗などを対象としたものがほとんどであり,観測値の相互独立性が保証されていないという欠点が指摘されていた(Yee et al., 2011;徐・候,2017)。同一産業内の異なる施設を対象とした本論の分析結果は,SPCの研究スコープを広げることにも貢献できたのではないかと考える。
本課題の追求には課題点も残された。最大の点は,従業員の態度変数や行動変数を,支配人の認識に依拠して測定したことにあろう。組織メンバー同士の相互作用が想定される組織変数を,組織メンバーによる評価の集計値で代表することには既に懸念が示されており(James, 1982;Chan, 1998),実際,監督者による評価を用いた先行研究が存在する(e.g., Schneider et al., 2005;Nishii et al., 2008)。しかしその一方で,組織レベルのESについては,個人レベルの評価の集計値で代用した研究が多くを占めているのが現状であり(Whitman et al., 2010),そうした研究結果との比較のためには,従業員によるESの評価を同時に測定しておく方が望ましかったといえるだろう10)。
本論が示した事実は宿泊サービスに限定したものである以上,その一般化について慎重であるべきことは言うまでもない。その一方で,質問票のデータとレビュー評価値を接合させることでコモンソースバイアスの回避を試みるなど,分析結果の頑健性はある程度兼ね備えていると考えている。今後は,調査対象を他のサービス業態へと拡大し,発見された事実をさらに強固なものにしていきたい。
調査にご協力をいただいた宿泊施設の支配人の方々に感謝を申し上げます。本論では,国立情報学研究所のIDRデータセット提供サービスにより楽天グループ株式会社から提供を受けた「楽天データセット」(https://rit.rakuten.com/data_release/)を使用しました。また,研究の遂行にあたっては,科学研究費補助金(18H00884)による助成を受けました。