西洋中世研究
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1500年前後のフィレンツェ絹織物工業と国際市場
セッリストーリ金箔会社の経営記録から
鴨野 洋一郎
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2010 年 2 巻 p. 141-160

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抄録
 本論では,ルネサンス期におけるイタリア繊維工業のあり方を考えるために,1500年頃のフィレンツェ絹織物工業を取り上げる。フィレンツェでは15世紀を通じて同工業が大きく成長し,毛織物工業とならぶ国の基幹産業となった。フィレンツェの絹織物会社は,国際商業ネットワークを利用して生糸や染料などの原料を国外で購入し,完成した製品をヨーロッパ・地中海世界の宮廷や大市で販売した。とりわけ,フランドル・イギリスなどの北西ヨーロッパ市場およびオスマン帝国に代表される東方市場は,ジュネーヴ・リヨンの大市とならび,15世紀後半から16世紀初頭にかけてフィレンツェ絹織物の重要な販路となっていた。
 本論ではまず第1章において,これまで我が国であまり知られてこなかったフィレンツェ絹織物工業の歴史をまとめる。ここでは同工業がどのような歴史的条件の下で発生し,基幹産業にまで発展したのかを考察する。続く第2章では,1500年頃のフィレンツェ絹織物工業の実態を実証的に検討する。フィレンツェ有力家系の一つであったセッリストーリ家は,絹織物を製造する「絹織物会社」および金糸織り高級絹織物を製造する「金箔会社」という二つの会社を経営していた。その経営の詳細は,今日まで伝わる豊富な経営記録によって明らかとなる。本論ではこの経営記録から,「金箔会社」の1500年頃における絹織物製造および販売の全体像を描き,費用と収益の観点からそれを分析する。この分析により,同会社は原料購入のために費用の大半を充て,また製品の大部分をイギリス市場などの国際市場へ発送していたことが判明した。その一方で同時期,この会社はオスマン帝国へも間接的に製品を発送していたと考えられる。オスマン市場は15世紀にフィレンツェが開拓した新たな市場の一つであった。セッリストーリ金箔会社がこれらの市場で行っていた製品販売の実態は,今後,さらに検討するべき課題となる。
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© 2010 西洋中世学会
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