西洋中世研究
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青を着る「わたし」
「作家」クリスティーヌ・ド・ピザンの服飾による自己表現
伊藤 亜紀
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2010 年 2 巻 p. 50-61

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抄録
 西洋文学史上,「薔薇物語論争」で知られるクリスティーヌ・ド・ピザン(1365-1430年頃)は,執筆によって生計をたてた初の女性である。彼女は幅広いジャンルの作品を手がける作家であると同時に,自ら写本工房を構え,写本制作にも直接関わっていた。大英図書館所蔵のHarley ms. 4431をはじめとするそれらの写本には,執筆中,もしくは書を献呈する彼女自身の姿が描かれている。そして「『女の都』の画家」の手がけた挿絵では,彼女はつねに青い服(コタルディ)を身につけ,角状のかぶりものの上に白いヴェールをつけている。この装いは,彼女自身がそのように描かれることを望んだものであるのは疑いないが,彼女はそれによっていったい何を献呈相手や読者に伝えたかったのであろうか。
 クリスティーヌは女性向け教訓書『三つの徳の書,あるいは女の都の宝典』(1405年)において,身分にあった服装を勧め,華美な装いを戒めている。彼女が身につけるのが余分な装飾のないコタルディであるというのも,そのような意識のあらわれであるといえよう。また彼女は『恋人と奥方の百のバラード』(1407-1410年)のなかで,青に「誠実」というシンボリズムがあることを詠っているが,己の姿を描かせるさいに,中世においてポピュラーなものであったこのシンボリズムが念頭にあったことは間違いない。
 クリスティーヌは寡婦であるにもかかわらず,生涯俗世で著述に専念して王侯貴顕と絶えず接し,おそらくそれゆえ黒衣によって自らの立場を読者に示すことを好まなかった。女性の擁護者にして恋愛詩の達人であった彼女は,シンプルなコタルディ,同じくシンプルな白いヴェール,そして誠実さをあらわす青で,宮廷社会に受け入れられる謙虚な自分を演出しようとしたのである。
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© 2010 西洋中世学会
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