抄録
この報告では,受難劇と聖体祭劇の表現内容の中から,イエス・キリストの磔刑を中心とする受難場面について,作り手,劇そのもの,受け手の各立場から,両劇が「イエス・キリストの受難」というキリスト教信仰上の最重要テーマをどのように表現し,伝達しようとしたか,また劇の受け手にどのように受容された可能性があるかということについて考察する。
ドイツ語圏で受難劇と聖体祭劇とをジャンルとして区別することには,様々な問題がある。しかし報告者は,両劇が共に典礼の影響を受けた「劇」と呼ばれる形のメディアであるにも拘らず,異なった方法でイエス・キリストの「受難」を表現していることに注目する。この相違は,劇の作り手と受け手がそれぞれの祝祭意義に基づいて「受難」を発信・受容するに際し,一方では信仰に拘る期待・要望を,また他方では技術的,心理的,社会的側面を軸にして,内容に方向性を与えた結果である。劇そのものは,信仰の時代的推移と技術的,心理的,社会的枠組みの影響下での変遷・伝播を経て,最終的に存続,融合あるいは衰退へと方向付けられたと考えられる。
扱う資料の中心を成すのはドイツのフランクフルト・アム・マイン受難劇とキュンツェルスアウ,ツェルプストの両聖体祭劇,そして聖体祭劇でありながら,写実的な「受難」表現で受難劇に類似する英国のヨーク劇である。特にフランクフルト受難劇とヨーク聖体祭劇の「磔刑」を巡る場面では,殆ど同一の場面設定ながらも,そこで発信され,受容されるメッセージの違いは大きい。両劇の上演における社会的背景が反映されるテクストを比較考察する。なお,明瞭に種別するのが難しいとされている両劇の起源やテクストの特徴は,末尾の表で可能な限り対照的にまとめた。