抄録
『トリスタン』における愛と名誉(êre)の関係は,「アーサー王物語」群とは異なる性格を持つ。後者においては,主人公の騎士が自己の個人的な側面である愛と社会的な側面である名誉を統合する形で宮廷社会に復帰することが最終目標となるが,前者において恋人たちの不倫愛の成就は,宮廷社会における彼らの名誉とは決して両立し得ない運命にある。
そのような彼らの愛が作中唯一完全なる成就を見せるのが,ゴットフリートが描く「愛の洞窟」の場面である。詩人はこの洞窟およびそこでの生活を完璧な理想郷として提示する。そしてその理想郷からのやむを得ぬ宮廷復帰を,媚薬の期限切れではなく宮廷的名誉の再獲得という点から動機づけているというのが従来の解釈である。
ゴットフリートは確かに一方では「愛の洞窟に名誉が欠けている」と述べているが,他方洞窟の諸要素をアレゴリーとして説明する中で,洞窟における名誉の存在をも語っている。洞窟に穿たれた3つの窓から差し込む陽光が名誉と解釈されているのである。同じ名誉(êre)という名で呼ばれているものの,洞窟に欠けている名誉と満ち溢れている名誉という二種類の名誉をゴットフリートはここで導入していることになる。後者についてはそれが「光」であること,そして3つの窓から入ってくることからして,「神」および「三位一体」という概念と切り離して考えることは出来ないであろう。
ゴットフリートはこの新たな名誉概念を導入することにより,「俗人本系」では恋人たちへの警告という意味しか持ち得なかったマルケ王の洞窟訪問を,物語の重要な転回点として位置づけることに成功した。つまり窓からイゾルデに照りつける陽光を遮るというマルケの善意から出た行為が期せずして恋人たちの名誉を傷つける結果となり,そのため彼らが洞窟を去らざるをえなくなるという因果関係をアレゴリー的に成立させたのである。