抄録
はじめに
日本の新生児医療成績は世界でもトップレベルを誇るが、一方では周産期医療体制の崩壊が危惧されている。厚生労働省の調査でも「周産期医療センターへの母体搬送受け入れ拒否」の最大の理由は“NICU満床”とされている(表1)。“NICU病床不足”の主因は“ハイリスク新生児の増加”と“救命率の向上”による需要増加に対応するには新生児医やNICU看護師不足のために“NICU増床が困難”であるためである。そこでNICU長期入院児問題が社会的にも注目を浴びるようになった。行政や病院経営者は財政難を理由に新生児医やNICU看護師の増加を踏まえたNICU増床の代わりに“NICU長期入院児の転出“で小手先の解決を図りがちである。しかし、新生児医療と重症心身障害医療関係者と家族は、基本的には患児の立場から最善の療育環境を求め、一方では、有限の経済的・人的資源を有効活用して現実的な対応を図るという困難な努力が求められている。
Ⅰ.対象と方法
厚生労働科学子ども家庭総合研究「重症新生児に対する療養・療育環境の拡充に関する総合研究(主任研究者田村正徳)班」が実施した各種全国アンケート調査の結果を中心に報告する。なおここではNICUや新生児医療機関への1年以上の入院児を長期入院児と定義する。
Ⅱ.結果
1. NICU長期入院児の動態
分担研究者の楠田聡が新生児医療連絡会のNICU206施設を対象に行った調査では、全国で年間約210名が新規発生し、長期入院児の発生率は、NICU100床当り年間約9例、NICU入院児1000例当り約4例で、長期入院児の入院率は、NICU病床の2.64%、新生児回復治療室(GCU)の4.37%と算定された。さらに2年後の転帰は、15%が死亡退院し、30%が自宅に退院し、55%が新生児医療施設内に残存していた。特に新生児仮死の患者が長期残存の傾向が目立った。そのため毎年110名ずつ収容先を見つけないと、NICU内残存児が増加することが明らかとなった。
2.NICU入院児支援コーディネーター
飯田浩一は平成20年度より国の補助金事業となったNICU入院児支援コーディネーターを経年的に調査し、21年度には大分県、長野県、大阪府の3府県にしか配置されていなかったが、22年度には12都道府県(上記+東京都、千葉県、静岡県、三重県、兵庫県、山口県、愛媛県、佐賀県、熊本県)で採用されていたことを報告した。21年度の周産期医療体制整備指針の改訂で総合周産期母子医療センターの「確保に努める職員」に指定されたので今後の普及が期待される。
3.療育施設への受け入れ状況
岩崎裕治は、平成21年に重症心身障害児病棟を持つ国立病院機構74カ所と公法人立の重症心身障害児(者)施設120カ所を対象に平成19-20年度のNICU長期入院児の受け入れ状況を調査した。NICU長期入院児が全体の13%、小児科長期入院児が23%で、その他の入所児に比べ準・超重症児が多かった。NICU長期入院児の受け入れには、地域連携(急変時の後方施設、情報交換、中間施設の必要性)以外にも職員・医療機器不足の改善、家族の理解・協力、診療報酬改善などが必要と回答したものが多かった(図1)。また、療育施設への移行前に患者家族に対して患児の予後だけでなく療育施設の現状と限界もしっかりと説明しておくことが必要との回答も多かった(図2)。
4.NICUスタッフと家族の退院に向けた意識付けのガイドライン
岩崎等の調査結果からもうかがえるように、こうした児では入院当初から母児の愛着形成促進とともに退院に向けたスタッフと家族の意識付けの取り組みが重要と考えられた。側島久典・田村正徳等は、“NICUスタッフと家族の退院に向けた意識付けのガイドライン”とチェックリスト案(表2、3)を作成し、全国80カ所の総合周産期母子医療センターのNICU責任者と新生児病棟師長に送付するとともに意見を聴取した。このガイドラインでは長期入院児候補(表2)をリストアップして、早期からステップ別にスタッフを救命が主体のcure から子と親を支えるcareへと意識付けする。
スタッフに対する意識付けの第一歩としては、まず対象患者を3群に分けてリストアップ表を作成し、毎月定期的に治療方針、今後必要な多方面からの援助、問題点等を記入して医師・看護師で共有する(Step1)。リストに治療方針、退院に向けた方針を付記し、具体的な退院に向けた取り組みを医師、看護師間の定例会議等で配布、討論する(Step2)。小児科病棟(退院後の中間施設)の医師、看護師へのNICU長期入院児リストを配布し、プロフィールを共有する(Step3)。NICUを退院し、病棟、施設移動できそうな症例には、 小児科病棟スタッフと共同した在宅医療に向けた検討会の開催計画立案する(Step4)。家族のcareに日常参加できる人々のリスト作成(Step5)し、NICUを退院後の必要物品と実費家族負担調整、取扱い業者の紹介、保険診療でカバー可能な範囲を示し、入院と外来の格差調整する(Step6)。家族の在宅準備、役所への申請必要書類、手続きで可能なものを開始する(Step7)。 退院後のシミュレーション、検討会を開催する。症例検討会、複数の症例を集めてのワークショップなどをNICUスタッフ、家族とともに計画する(Step8)。在宅等に向けた家族との意見交換した結果を病院に働きかけて、児への愛着形成を妨げることのないNICU環境整備を行う(Step9)。
家族への意識づけとしては、NICUスタッフへの意識づけStep3まで認識されていることを確認する(Step1)。退院後に児の care に加われる人物を挙げてもらい、現在在宅医療を実行している家族と医療チームを交えて、在宅移行可能か、具体的な対応策を考える(Step2)。 在宅人工換気療法中の家族の会メンバー等を紹介してその実際の話を聞く機会を設定する(Step3) 。行政、訪問看護師、施設医師など地域サポート資源の紹介、交流を図る(Step4)。利用可能福祉制度、医療制度紹介をする(Step5)。 退院後の外来、小児科病棟へ家族と訪問する(Step6)。この取り組みへの家族の不安、負担への率直な気持ち聞き取り(臨床心理士等)、フィードバックし、必要なステップへ戻る(Step7)。全国の総合周産期母子医療センターの新生児科責任医師と新生児病棟師長を対象としたアンケート調査では、本ガイドラインはおおむね有用と評価され、特に師長たちからは多くの建設的な提言をいただいた。今後これらのご意見を踏まえてより有用なガイドラインとして完成させたい。
5.小児の在宅医療支援
滝・田村らの調査では、全国のNICU施設で主治医は在宅医療可能と考えられるにもかかわらず、実施できない理由は、「家族の受け入れ不良」、「家族が希望しない」、「家庭環境」等の家族側の要因であった。また在宅医療をしたくない理由として最も多かった回答は「レスパイトがない」で、次いで「経済的負担」、「緊急時の往診がない」、「緊急時の入院の保障がない」であった(図3)。
前田浩利の全国の11,928件の在宅療養支援診療所へのアンケート調査では、小児の在宅医療支援を今までに「10人以上実施した経験のある」と回答した医療機関は31施設しかなかった。小児の在宅医療支援を引き受ける条件として一番多かったのは「紹介元病院がいつでも受け入れてくれること」であった。このように、家族側も、在宅医療支援施設側にも共通して不安が強かったのが「緊急時に受け入れを保障する体制」であった。
6. 中間施設候補
日本小児科学会認定指導医のいる全国の508施設のアンケート調査では「在宅医療に移行したNICU長期入院児が急性増悪したとき」の受け入れが「可」の病院が約1/3、「条件付可」の病院が約1/3であり、これらが中間施設候補と考えられた。中間施設候補を人口比で補正した場合には関西圏・東海圏で多く、首都圏で少なく、昨今の産科の救急患者受け入れ拒否の地域格差の遠因になっている可能性が示唆された。「NICUで長期に呼吸管理されている児を、在宅医療に移行させるための準備として、小児科病棟に転棟させることは可能ですか?」との質問に対しては、可が54施設、条件付き可が99施設とそれぞれ1/3、1/2に減少した(図4)。
7. 小児の在宅医療支援のためのウェブサイトを開設
当班では、高度な医療的ケアを要する乳幼児の在宅移行を支援するために情報提供・情報収集・意見交換のツールと本研究班の各種マニュアルの批判的吟味を目的として会員制のウェブサイトを開設した【http://www.happy-at-home.jp/】。このサイトでは、先述の“スタッフと家族の意識付けガイドライン”や“在宅医療移行支援マニュアル”や“在宅医療での栄養管理マニュアル”などへの建設的なご意見を公募している他に、在宅医療推進に役立つようなGOOD PRACTICEの投稿も呼びかけているので是非読者の皆様の積極的な参加を切にお願いする次第である。
結語
NICU長期入院児問題は、単に周産期医療の個別問題ではなく障害児の療育環境問題であり、ひいては我が国が障害児やその家族に優しい社会になれるかどうかの試金石でもある。
(以降はPDFを参照ください)