抄録
はじめに
旧国立療養所に重症心身障害児病棟(以下、重症児病棟★)が設置されて40年が経過した。平成16年旧国立病院、旧療養所が144施設からなる独立行政法人「国立病院機構」として再スタートを切った中、障害者自立支援法の施行とともに経営面ばかりでなく質的・制度面でも重症児医療は大きく変わりつつある。
昨今母胎搬送など産科救急医療との関連で、NICU(neonatal intensive care unit) に長期入院しているいわゆる“ポストNICU児”支援施設として重症児病棟・施設がクローズアップされている。国立病院機構では平成21年から第二期中期計画の中でこの課題を取り上げ、「周産期医療においてはNICU(新生児集中治療室)の後方支援機能の強化を図ること」を掲げて積極的な関与を表明している1)。政策医療としての重症児医療の在り方とも関連してこの社会的要請に応えられるか、これまで旧療養所・国立病院機構が培ってきた重症児医療のあり方と病棟の現状からその問題点・課題について考える。
(重症児病棟★:国立病院機構重症児病棟は児童福祉法上の重症心身障害児施設ではなく委託病棟であるが、便宜上重症児病棟を略す)
Ⅰ.方法
国立精神・神経医療研究センターの精神・神経疾患研究開発事業において、「重症心身障害児(者)の病因・病態解明、治療・療育、および施設のあり方に関する研究」(主任研究者 佐々木征行)の一環として、国立病院機構重症心身障害病棟を設置する73施設を結んだ「重症心身障害(SMID)ネットワーク」が運用されてきた。このネットワークでは運営規約に基づき、入所者のデータベースを構築しその利用を図っている2) 。平成20年8月1日現在において蓄積されたSMIDデータベースから9,136件の初回入院時データを抽出した。基本抽出項目として入院年月日、入院時年齢、入院経路を年度ごとに解析して、過去約40年間の変化を検討した3)。
また併せて当院の入所待機者についても検討を行い、今後の方向性を考察した。
Ⅱ.結果
1.毎年の新規入所者数の変化(図1)
旧療養所に重症児病棟の設置が始まった1967(昭和42)年以降2008(平成20)年まで、毎年重症児病棟に150~180名の新規入所を受け入れてきた。多くの重症児施設、病棟では満床で病棟運営を行っている。そのため新規入所受け入れ数は、死亡退院による空床数にほぼ相当し、毎年おおむね入所者全体の2%に当たっている。
2.入院時年齢構成(図2)
入院時年齢が判別できた8183ケースを解析の対象にして、旧療養所に重症児病棟が設置され始めた1960年代より10年ごとに区分して検討を行った。0~9歳の若年層の入所割合は、1967~1976年は56.8%、1977~1986年は57.2%、1987~1996年は37.4%、1997~2008年は34.0%としだいに減少してきている。10~19歳群は年度区分にかかわらずおおむね30%前後で推移してきている。その結果20歳以上群の占める比率は増加し近年では40%を超え、40歳以上の群が全体の約15%を占めるに至った。
3.入所経路の変化(図3、図4)
「在宅より」の入所は旧国立療養所に重症児病棟が開設され80施設に拡大した1967~1976年に80%を占めていたが、年を追うごとに減少し1997年以降は37.3%と全体の4割を下回るようになった。「知的・肢体施設より」は1967~1976年に4.3%であったが1997年以降は17.4%に増加し、施設利用児の医療的ケアの増大(重症化)に伴い重症児施設への移行につながったと推測される。一方「国立・公法人(重症児施設)より」移行は10%前後で推移しており、「乳児院より」も大きな変化はみられなかった。
一方、小児科病棟やNICU などの「医療機関より」は、2.4%、7.0%、15.7%、32.9%と最も大幅な増加傾向を示している。その内容を詳しく分析すると、1967~1976年には「7 NICUより」0.03%、「8 小児科病棟より」0.6%、「9 精神科病院より」0.6%、「10 その他の科より」1.2%だったものが、1997年以降はそれぞれ4.6%、15.2%、3.5%、9.6%までに増加した(図4)。周産期医療の進歩とともにNICUの病床数も増加し周産期死亡率は世界トップクラスまで減少したが、一方では濃厚な医療的処置が継続的に必要な乳幼児の増加にもつながり「ポストNICU児」の問題が顕在化した4)。また「8 小児科病棟より」の入所増加は、障害が重度化して在宅医療移行が困難なため一般小児病棟に長期入院を余儀なくされている子どもたちも増加を示していると考えられる。
Ⅲ.当院の入所待機者の現状
当院における新規入所の対象となる入所待機者の現状をそのリストから分析した。平成22年8月末現在、児童相談所あるいは直接病院から38名の入所申し込みがあった(表1)。当院では平成10年より3個病棟で重症児の傾斜配置を実施して、医療的ケアが必要な超重症児を主体に受け入れを行ってきた。京都府下には重症児施設への新規入所に関して、行政を含めた協議機関はなく各施設の判断で行われている。当院はこれまでの経過より在宅重症児者の入所申し込みは少なく、在宅医療へ移行が困難なため長期入院している小児で待機者全体の8割を占めている。しかしこのうち“ポストNICU児”は2名に過ぎず、待機者の多くは気管切開や人工呼吸器管理を受け、全体の三分の二は京都府以外からの入所申し込みとなっている(表2)。
Ⅳ.考察
新たな入所者の年齢はしだいに高齢化の傾向を示しており、長年家族の元で暮らしていた重症者が家族の介護力低下や、さまざまな合併症で医療的ケアが増大したため入所に至ったものと推測される。一方小児科病棟やNICU等からの低年齢の入所児も確実に増加傾向にある。これら高年齢と低年齢グループに必要な医療の内容は大きく異なり、低年齢層は呼吸管理が主体であり、高年齢層においては四肢拘縮変形や消化器症状、腎尿路系合併症や悪性腫瘍等も問題になってきている。このため各施設の持つ“医療資源”即ち設備等のハード面は無論、重症児病棟の担当診療科やバックアップの診療科によって、新たな入所者の受け入れ対象は異なっていると推測される。1998年以降入院した呼吸管理などが必要な(準)超重症児のケースでは、入院経路の8割がNICUや小児科病棟からの転院であることが明らかになっている。その医療を担うのは小児科医であるが、現在国立病院機構重症児病棟(183カ病棟)を直接主治医として支える医師数は約300名で、その内小児科医は57%弱(160名弱)に過ぎない。また小児科医が1~2名のみで重症児病棟を支えている施設の割合も多く、マンパワーの不足は否めない5)。さらに旧療養所では重症児病棟担当の医師確保自体が難しいため、病棟の維持も困難な施設もありマンパワーの確保が喫緊の課題となっている6)。
一方入所希望者・待機者は“ポストNICU児”ばかりではなく、多くは小児科病棟などに長期入院をしている重症児(者)や高齢化した在宅重症者であり、一律に優先順位は付け難い。各施設の診療科のマンパワーと地域の実情に応じた入所対応になっているものと推測する。今後低年齢で医療的ケアが濃厚な重症児と高齢化した重症者を受け入れる施設の“二極化”が顕在化する可能性があると考える。
新生児・小児医療施設の進んだ医療環境と、多くの重症児施設のハード面やマンパワーを含めた医療面の格差は如何ともし難いレベルである。療育施設としての重症児病棟の実情や役割・意義に関して、病院側や利用者・家族との情報交換と理解が必要である。
今後の方向性
重症児施設は単なる新生児・小児医療の後方支援や代替え医療施設ではなく、療育活動・生活支援を通じ子どもたちの持つ能力・可能性を引き伸ばし、在宅への橋渡しを担う施設としての機能を担わなければならない。そのため利用者の施設間移動や在宅移行が柔軟に実施できる公的な支援システムが必要不可欠であり、継続性を担保して実施する上で、福祉・医療行政側が中心になり、第一線の新生児・小児医療施設と重症児施設とのネットワーク作りが求められている。
政策医療の中で重症心身障害医療のセーフティーネットとしての役割を担い在宅支援を掲げている国立病院機構は、各施設の医療資源を活かした地域の実情に即した “ポストNICU児”への積極的な取り組みや、高齢重症者への対応がより一層可能になるようハード面での改善やマンパワーの充実が必要である。