抄録
Ⅰ.痙縮(spasticity)とは
1.筋伸張反射
痙縮は相同性筋伸張反射(反応の強度が伸展速度に依存する)の病的亢進状態と定義される1)。筋伸張反射は姿勢反射のひとつでもあり立位など姿勢保持になくてはならない。この病的亢進状態は臨床的には深部反射亢進に加えて、徒手的筋伸張刺激の進行中にのみ出現、停止でただちに減弱する抵抗と伸張速度が高いほど強くなる抵抗を確認することが重要となる1)。痙縮が高度になるとクローヌスや折りたたみナイフ現象がみられ、これらはBabinski反射とともにいわゆる錐体路徴候として知られるが動物実験では錐体路に限局した病変では筋力低下は起こるが痙縮は起こらないとされる。上位運動ニューロンの障害により痙縮に伴い痙性姿勢異常、病的共同運動、病的同時収縮、屈曲反射の亢進など陽性徴候が出現し、麻痺、巧緻性の低下などの陰性徴候が出現する。
図1はSherringtonの除脳ネコによる筋伸張反射の実験結果である2)3)。大腿四頭筋が伸張される(細い矢印)と同部の張力が増強し、拮抗筋である大腿二頭筋が伸展(太い矢印)されると大腿四頭筋が相反性に抑制される経過(B)を示している。拮抗筋が伸展されないと張力は維持されたままとなる(A)。この相反性抑制の破綻が痙縮としてあらわれる。
2.痙縮をもたらす機序
α運動線維—筋肉—Ia線維からなるループに対し上位中枢からの直接、間接の、またγ線維を介した調節により筋緊張は制御される。田中によると1)痙縮をもたらす機序としてはγ運動ニューロン活動の亢進、筋紡錘受容器の感受性亢進、Ia線維の発芽現象やIa線維への抑制の減少などが推定される(図2)。痙縮では伸筋優位の症状が起こりやすい。尖足はその例である。伸筋(下腿三頭筋)優位の痙縮—筋伸反射亢進がIa抑制回路を通じて屈筋(前頸骨筋)の興奮性を過剰に抑制し下行路遮断による筋力低下を二次的に増悪させる。ボトックスはこの伸筋の痙縮軽減により屈筋の筋力増大までもたらす。バクロフェンは脊髄GABAB受容体の活性化を介し、γ運動ニューロン活動抑制、脊髄単シナプスおよび多シナプス反射を抑制し痙縮を軽減する。ジストニア、アテトーゼでは筋伸張反射回路は伸筋・屈筋ともに側通効果を受けるが、屈筋側痙縮が伸筋優位の活動により二次的に抑制されていることが多い。痙縮主体とジストニア、アテトーゼ主体の場合のITB療法の効果の違いの一因はここにある。
また二次的な非神経性変化として無動による拘縮、変形、萎縮により関節構造物、筋の粘弾性の増加が起こり機能低下を促進する。実際の臨床例では痙縮に視床・基底核病変由来の固縮とジストニア、アテトーゼなどの要素が多重に加わり病態把握が容易ではないが、安静時姿勢、徒手的筋伸張刺激による抵抗(固縮では速度依存性はない)や表面筋電図から推定する。
3.随意運動と情動
ヒトの随意運動に際して上記ループは様々な調節を上位中枢から受ける。その全容は不明な部分が多いが、一次運動皮質以外にもヒトの随意運動を駆動する中枢回路があるようである。図3にその例を提示する。原因不明の脳梗塞の7歳男児である。笑ったときには表情は対称的であるが、単に「イー」と発音させると顔面左下部は収縮せず非対称となる(矢印)。左上下肢の軽度痙性も認め、MRI上右深部白質、右内包後脚、右大脳脚外側に信号異常を認めた。Morecraftら4)のサルを用いた研究によると皮質から脳幹顔面神経核へは5つの回路がある(図4)。本症例では図4の一次運動皮質からの線維は障害されたが帯状運動皮質、補足運動野は障害を免れたためこういう笑いと単純な運動での乖離が起こったと推定される。特に帯状運動皮質は辺縁系からの強力な入力があり、笑いなどの情動を介した運動がおそらく独立して駆動される。この領域は上下肢をも支配し、通常顕在化することは少ないが、特にアテトーゼ型脳性麻痺やジストニアでみられる心理的な揺さぶりによる症状悪化は基底核を介したこの系の過剰な反応を見ている可能性がある。
Ⅱ.筋緊張に影響する因子
中枢神経系の病変以外で痙縮の重症化に相互に影響する因子として睡眠覚醒リズムの異常、てんかん発作とその治療、情動刺激(快不快)、呼吸負荷・胃食道逆流現象、疼痛などがある。これらの精査と治療は痙縮そのものの治療と同様重要である。痙縮と気分・情動の不安定さ、睡眠・覚醒リズムの乱れは相互に状態悪化の原因となるので日中の様子のみでなく睡眠を含めた評価が重要である。睡眠表を数週間以上家族に記載してもらい、睡眠構造をチェックし、筋緊張亢進との関連をみる。睡眠障害(構造およびリズムの異常)を認めた場合、軽度入眠障害、断続睡眠ではニトラゼパム、ゾルピデム(マイスリー®)、また深睡眠を増加させるトラゾドン(レスリン®)などを用い、睡眠相後退やフリーランの傾向があればラメルテオン(ロゼレム®)で調節をはかる。トリクロホスナトリウムも一定の効果がある。気分障害、情動刺激への過敏さ、自傷が目立つ場合はタンドスピロン(セディール®)、リスペリドン(少量)、アリピプラゾール(エビリファイ®)、抑肝散などを適宜用いる。
呼吸負荷、胃食道逆流(Sandifer syndrome)、疼痛は痙縮の増悪因子であり原因検索や対応は外科治療も含めて迅速になされるべきである。
Ⅲ.痙縮の治療体系
上記悪化因子の治療とともに痙縮に対し理学療法に加え内服療法を考慮する。塩酸チザニジン、ベンゾジアゼピン系、塩酸エペリゾン、ダントロレンナトリウムなどが使用されるが副作用に留意し少量からの投与が基本である。フェノバルビタールはベンゾジアゼピン系ほどではないが筋弛緩作用と気分の安定化がはかれる。筋緊張亢進が重度であれば血中濃度を40-50μg/mLあたりで経過をみる。トリヘキシフェニジルは抗コリン剤であり、痙性主体の場合には効果は期待できないがジストニアを伴う固縮の亢進には一定の効果がある。中でも姿勢性ジストニアには運動性ジストニアよりも効果がある。
重度の痙縮の場合、薬物療法には限界があり、ボツリヌス療法、選択的後根切除術(functional posterior rhizotomy, FPR)、バクロフェン持続髄注療法(intrathecal bacrofen, ITB)などが選択されるようになってきた。FPRの適応は痙直型脳性麻痺であるがジストニアを合併していても痙縮による機能障害が強ければ行う。アテトーゼ型では痙縮軽減により不随意運動が強くなり慎重な対応が必要となる。ITBは痙縮、ジストニアともに適応があるが、最重度の痙縮である持続的筋収縮状態(persistent contracted state)5)は最もよい適応となる。小児に対する施行も増加している6)。FPR,ITBともに上肢や頸部の残存する痙縮にボツリヌス療法を併用することもある。いずれの療法も治療のゴールを患者ごとに設定し、適切な経口薬物や理学療法、装具療法、整形外科的治療との併用や段階的移行が重要であり、包括的な治療体系確立が期待される。
Ⅳ.当センターにおけるバクロフェン持続髄注療法(intrathecal bacrofen, ITB)のまとめ
1.当センターでのITB療法の診療体制
図5に当センターでのITB療法の概要を示した。トライアルとは腰椎部から、脊髄腔穿刺針を刺入し、バクロフェン25-50μgを髄腔内に投与し痙性の評価を行うものである。効果があると判断された場合、手術を行うことになる。最近1年間でトライアルにより適応がないと判断されたのは1例のみである。ジストニアやアテトーゼの強い場合、トライアルでの短期効果が必ずしも痙縮主体の場合ほど長期効果を反映しないことがある。術後、緊張の評価、副作用チェックを行い漸増しながらバクロフェン投与量を決める。以上の診療には脳神経外科・神経内科・リハビリ科を含めた協力体制が必須である。また、再充填・投与量調整を行える施設が今後増加すると病院を超えた連携が必要となる。
当センターでITB療法を施行した8例を表1にまとめた。対象は大島分類1-2、手術時最低年齢は3歳10カ月、最低体重は9.6kgである。バクロフェン投与量は200μg/日前後が多いが原因不明の進行性ジストニアである症例8は700μg/日を要している。この量でもdystonic attackは起こる。一般的にジストニアやアテトーゼの強い場合、バクロフェン投与量は多くなる。また効果も変動が大きい。混合型脳性麻痺でアテトーゼの強い症例7ではITB療法後、後弓反張が脊椎前屈を伴うジストニアに変わった。これも一過性であったがマスクされていた屈筋系の緊張が前面にでたものと考える。ITB療法はおそらく主に下肢、および姿勢維持筋の伸展性緊張に対しより効果があると思われる。
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