日本重症心身障害学会誌
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シンポジウム2:学校等における重症心身障害児者の医療的ケアの現段階の諸問題
介護職員等の痰の吸引に関する新制度に伴う教育現場の対応と課題
下山 直人
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2013 年 38 巻 1 号 p. 77-83

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抄録
Ⅰ.はじめに 2012年4月より、一定の研修を受けた介護職員等は、法令に基づいて痰(たん)の吸引等を実施できる制度(以下、新制度)がスタートした。従前、特別支援学校において痰の吸引等に当たってきた教員も、この制度の適用を受けることになる。 本稿では、医療的ケアを必要とする幼児児童生徒(以下、児童等)の現状を踏まえ、新制度に対する文部科学省および教育現場の対応状況を紹介し、新制度の意義と課題について考察する。 本論に入る前に、本稿で用いる「特定行為」と「医療的ケア」という用語について整理する。「特定行為」とは、新制度の下で研修の修了により教員を含む介護職員(以下、教員等)ができるようになった行為である。「医療的ケア」は、特定行為のほか医師の指示の下に在宅において行われている特定行為以外の行為を含むものとして用いる。両者の関係は図1のとおりである。 Ⅱ.特別支援学校における医療的ケアの経緯 近年の医療技術の進歩やノーマライゼーションの理念の普及などを背景に、盲・聾・養護学校(現在の特別支援学校)に医療的ケアを必要とする児童等が増加するようになった。文部科学省は、厚生労働省の協力を得て、1998年度から医療的ケアへの対応の在り方について調査研究やモデル事業(以下、モデル事業等)を開始した。モデル事業等においては、教員による一部行為の実施可能性、実施による教育効果、看護師と教員の連携の在り方等について検討された。 2004年、厚生労働省に設置された「在宅及び養護学校における日常的な医療の医学的・法律学的整理に関する研究会」は、モデル事業等の結果を踏まえて「盲・聾・養護学校におけるたんの吸引等の医学的・法律学的整理に関する取りまとめ」1)を公表した。この取りまとめにおいては、盲・聾・養護学校に看護師が常駐し、看護師の具体的な指示の下に教員が一部行為を行うモデル事業方式においては、医療安全が確保されるほか、授業の継続性の確保をはじめとする教育効果や、保護者負担の軽減効果が観察できたと評価された。 研究会の取りまとめを受け、厚生労働省は、看護師が常駐すること、必要な研修の受講などを条件に、特別支援学校の教員が痰の吸引や経管栄養の一部を行うことは「やむを得ない」とする通知を発出した2)。 国の方針が明確になったことから、こののち全国の盲・聾・養護学校(主として養護学校)の医療的ケア実施体制の整備が図られた。各都道府県等においては、教育委員会が学校の医療的ケアを総括的に管理するとともに、看護師の配置や痰の吸引等を担う教員の養成等を進め、各学校が、安全なケアの実施を確保するための体制作りを進めてきた。 Ⅲ.教育現場における医療的ケアの現状 1.特別支援学校 表1~3は、文部科学省が行った2011年度特別支援学校医療的ケア実施体制状況調査の結果3)である。全国の公立特別支援学校に在籍する児童等のうち、日常的に医療的ケアが必要な者は7,350名で全体の6.4%を占めている。表1には学部別の結果も示されているが、低年齢ほど高い割合になっている。 表2は、行為別対象者数である。ケア数全体の2/3が呼吸関係、1/4が栄養関係となっている。表2のケア項目のうち太字にしたものが、新制度において特定行為となりうるものであるが、その合計は9,863件(51.1%)(合計の中には、経管チューブの先端が胃の中にあることの確認や気管カニューレを超えた吸引など特定行為にならない行為も含まれていることに留意)となっている。 特別支援学校で行われている医療的ケアのうち、半数程度が特定行為となりうる行為であることは、実施体制において教員が一定の役割を果たせることを示している。一方で、残りの半数程度は看護師でなければできない行為であり、特別支援学校の医療的ケアにおいて看護師の配置が欠かせないことを示しているといえる。 表3は、対象者数および看護師配置数等の推移である。対象の児童等の増加傾向に比例して看護師や医療的ケアに関わる教員も増加を続けている。医療的ケアを必要とする児童等は、全国の特別支援学校の約6割に在籍しており、その対応に約千名の看護師とその4倍の約4千名の教員が対応している状況である。 2.小・中学校 表4、表5は、2011年度小・中学校における医療的ケアに関する調査の結果4)である。小・中学校において初めて行われた調査であるが、これにより小・中学校に医療的ケアが必要な児童等が670名在籍していることが明らかになった。また、行為別の合計は988件であり、小・中学校でも2人に1人は複数の行為を必要としていること、そのうち特定行為となりうる行為が402件(40.2%)であることが示された。 Ⅳ.新制度に対する文部科学省の対応 1.検討会議の設置 新制度は、医療関係者との連携や役割分担、研修の考え方等において、これまで特別支援学校が整備してきた方向に合致するものである。一方、必ずしも学校に看護師を配置しなくても教員等が実施できるなど、これまでの対応と異なる点も含んでいる。新制度の仕組みが明らかになるにつれ、特別支援学校の関係者から、今後の看護師配置を心配する声が聞かれるようになった。また、小・中学校等の関係者からは、通常の学級等における対応について不安であるとの声が聞かれるようになった。 文部科学省においては、以上のような経緯から、新制度への対応を整理する必要があると考え、2011年11月に「特別支援学校等における医療的ケアの実施に関する検討会議」(以下、検討会議)を設置した。検討会議では、同年12月に、「特別支援学校等における医療的ケアの今後の対応について」5)と題する報告書を公表した。 この報告書には、新制度下において特別支援学校が医療的ケアを行うに当たっての基本的な考え方や、体制整備を図る上で留意すべき点がまとめられている。また、新制度が小・中学校等においても適用されることを踏まえ、小・中学校等において医療的ケアを実施する際に留意すべき点なども示されている。 2.通知の発出 検討会議の報告を受け、文部科学省は2011年12月、「特別支援学校等における医療的ケアの今後の対応について」と題する初等中等局長通知を発出した6)。通知で示された基本的考え方は大要次のとおり。 (特別支援学校における医療的ケア) ・医療的ケアを行う場合には、看護師及び准看護師(以下、看護師等)の適切な配置を行うとともに、看護師等と教員等の連携により特定行為に当たること。看護師等が直接特定行為を行う必要がない場合も、看護師等の定期的な巡回など医療安全を確保すること。 ・特定行為を行う者は、児童生徒等との関係性が十分ある者が望ましいこと。 ・教育委員会の総括的な管理体制、学校の組織的な体制を整備すること。 特別支援学校に在籍する医療的ケアを必要とする児童等の実態を踏まえ、引き続き看護師等の適切な配置が必要であることを強調している。一方、新制度により看護師等が常駐しなくても特定行為が可能となったことを踏まえ、児童生徒の状態を十分考慮した上で、看護師等を配置せずに実施する場合には、看護師等の定期的な巡回などによる医療安全の確保を求めている。 また、これまでの特別支援学校の実施経験を踏まえ、特定行為に当たる教員等には児童等との信頼関係が必要であること、教育委員会や学校がしっかりした体制を整備することの大切さを示している。 (小・中学校等における医療的ケア) ・原則として看護師等を配置又は活用し、主として看護師等が医療的ケアに当たる体制が望ましいこと。 ・特定行為が軽微かつ頻度も少ない場合には、介助員等が実施し看護師等が巡回する体制が考えられること。 ・教育委員会の総括的な管理体制、各学校の組織的な体制を整備すること。 小・中学校等は、特別支援学校と児童等の数や教員配置、施設設備の状況等様々な条件が異なっている。そのような条件を踏まえたとき、小・中学校等で医療的ケアを行うに当たっては、まず看護師等の配置を行うことが望ましいことを示している。一方で、特定行為の状況によっては、介助員等が実施し、看護師等が巡回する体制が考えられること、また小・中学校等においても組織的な体制の整備が必要なことを示している。 3.テキストの作成 前述の検討会議の報告において、研修の実施機関を支援するために、児童等の実態等を踏まえた研修テキストのモデルを作成するよう提言があった。文部科学省はこの提言を踏まえ、厚生労働省作成のテキストに修正を加え、2012年3月に「特別支援学校における介護職員等によるたんの吸引等(特定の者対象)研修テキスト」7)を作成し公表した。作成に当たっては、特別支援学校の指導に当たってきた医師および看護師等の協力を得た。 Ⅴ.教育現場の対応状況 2011年度の文部科学省の調査によれば、特別支援学校の医療的ケアにおいて教員を実施者としていたのは31都道府県と7政令市である。これらの都道府県および政令市においては、2012年度4月から新制度に移行することが求められた。 図2は、新制度を活用して教員等が痰の吸引等を行う場合の仕組みを示したものである。 1.研修 特定行為を行うためには一定の講習を修了することが必要となる。研修を提供できるのは、都道府県と登録研修機関(知事に登録した機関)である。 (以降はPDFを参照ください)
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