抄録
医療法人稲生会 生涯医療クリニックさっぽろでは現在、札幌圏域において約140名に対して訪問診療を行っている。約9割が在宅人工呼吸器患者であり、全体のおよそ3分の1が重症心身障害児者である。大学病院やこども病院等からの依頼を受け、人工呼吸器装着患者の在宅移行支援を行うほか、慢性呼吸障害の疑いのある患者に対する呼吸機能評価および人工呼吸器導入を行っている。訪問診療では、呼吸管理のみならず全身管理やケアマネジメントの他、療育・教育機関との連携、兄弟姉妹を含めた家族支援を行っている。感染罹患などによる急性増悪については、24時間の電話対応を行うほか、臨時の往診にて血液検査、抗生剤静注、点滴治療を行っている。平時より急性期総合病院の小児科・内科と連携をとり、必要に応じて急性増悪時の入院加療を依頼しており、入院先に出向いて退院支援を行うこともある。近年では、在宅看取りの希望も増加しており、家族が希望する形での緩和ケア、ターミナルケア、在宅看取りを行っている。NICU退院後の重症児については、訪問診療の他、法人内の訪問看護・居宅介護・医療型特定短期入所(日中のみ預かり)により包括的な在宅支援を行っている。その他、法人開設時より患者・家族・地域住民を対象として生涯学習の場を提供する「手稲みらいつくり学校」の活動も行っている。
2014年8月より、北海道各地に出向いて地域の医療・福祉・教育機関との連携を行う「たねまきプロジェクト」を法人の独自事業として開始、2015年11月には地域医療介護総合確保基金を活用した「北海道小児等在宅医療連携拠点事業YeLL(いぇーる)」となり、①小児等在宅医療協議会の開催、②地域の社会資源の情報収集と発信、③仲間となってくれる医療機関を増やす活動、④福祉・行政・教育関係者との連携、⑤患者・家族の相談窓口、⑥北海道民の理解促進、という6つの事業を行っている。2015,16年度においては、北海道内の拠点都市を訪問して地域の拠点病院スタッフとの情報交換を行うほか、行政・教育関係者との情報交換会を開催しており、そこから新たな患者・家族支援につながることも多い。遠隔地の患者については、年1-2回患家を訪問し、呼吸機能評価および人工呼吸器の導入・調整を行っている。
人工呼吸器を必要とするような重症心身障害児者の在宅支援における課題としては第一に、レスパイトの問題がある。身体的・精神的な負担の大きい介護者に休息の時間を提供することが必要であるが、受け皿となる短期入所施設は十分であるとは言えず、地方ではそれが顕著である。学校についても親が付き添いを求められることが多く、放課後デイサービスについても医療的ケアのある児を受け入れることができる事業所はごくわずかである。第二に、トランジションの問題がある。主治医が小児科から成人診療科に移行することが難しいことは以前から指摘されているが、急性増悪時の入院先を確保することが困難な場合もある。また、介護者の高齢化により在宅生活の継続が困難になった場合、施設入所以外に地域生活の選択肢がないということも課題と考えられる。第三に、ターミナルケアの問題がある。気管切開、胃瘻、人工呼吸器の導入など、医療者や家族によっても考え方が異なるが、それについて相談することが難しい場合もある。最後に、訪問診療の問題である。訪問診療を実施する小児科医は全国的にも非常に少なく、成人の訪問診療医でも重症心身障害者を受け入れてくれる施設は多くない。また、どのような状態であれば訪問診療を行うことが望ましいかの基準もない。
当法人での関わりから、重症心身障害児者の在宅支援のあり方、支援内容、課題について述べる。
略歴
2003年北海道大学医学部卒、医療法人渓仁会手稲渓仁会病院小児科に入職。2008年、同院内に小児の人工呼吸器管理を行う小児NIVセンターを開設、2013年11月には医療法人稲生会を開設し、在宅療養支援診療所である生涯医療クリニックさっぽろの他、訪問看護・居宅介護・短期入所事業を行っている。2015年11月からは、地域医療介護総合確保基金による北海道小児等在宅医療連携拠点事業を受託している。公務として、日本小児科学会「将来の小児科医を考える委員会」委員、北海道小児科医会常任理事(在宅医療部長)、日本医療機能評価機構病院機能評価サーベイヤーおよび教育研修委員、北海道重症心身障害医療研究会世話人を務める。